「僕とゼノヴィアとロスヴァイセさんでサイラオーグさんと戦う」
第六試合目。
両『王』によって振られたダイスは十二を出した。
ダイスが出す最大数を出したことでサイラオーグの出場は可能となり、サイラオーグはその期待に応えるかのように陣地で上着を脱いだ。
全身の毛穴が開きそうなほどの重圧。
それを差し向けられてなお、イッセーが武者震いをしてしまう余裕があったのはひとえにギルガメッシュとの死に物狂いの特訓があったからに他ならない。
そして祐斗はそのプレッシャーを感じた上であえて発言した。
「できるだけ相手を消耗させるつもりだ。キミと部長のために」
「ああ、頼む」
「祐斗!あなた、まさか……」
リアスは悟った。否、その場にいる全員が悟ったのだ。
――サイラオーグに勝てるのはイッセーだけだと。
「僕単独ではサイラオーグ・バアルには勝てません。そんなことは重々承知です。では、僕の役目は?簡単です。できるだけ相手の戦力を削ぐ。この身を投げ捨ててでも――。ゼノヴィア、ロスヴァイセさん付き合ってくれますか?」
「ああ、もちろんだ。イッセーと部長が後ろに控えているというだけでこんなにも勇気が持てるとはな。朱乃副部長の想いがよくわかる」
「役目がハッキリしている分、わかりやすくていいですね。――できるだけ、長く相手を疲弊させましょう」
覚悟を決めた表情にイッセーは拳に血を滲ませながらも笑顔で応える。
勝利を掴むための最善の手段。
勝利のために、仲間のために、一手でも多く相手を詰ませるための策を弄する。
「ここが正念場です。僕たちがサイラオーグ・バアルの力を削ります」
「それにやれるなら倒す!」
ゼノヴィアの気合いに満ちた言葉に祐斗は力強く頷いた。
「そうだね。なにも勝ち目がないわけじゃない。イッセーくんと違って直々に指導してもらっていたわけじゃないけど、ギルガメッシュ様のお陰で僕も戦術の幅が広がった。隙を見つければ必ずモノにするよ」
思えばこれを見越してギルガメッシュは自分にも直接指導こそしなかったものの、幾つか助言をしていたのではないか。そう感じずにはいられない。
「お願いするわ、三人とも。サイラオーグに少しでも多くダメージを、あわよくば倒してちょうだい。……ごめんなさい。さっき心中で覚悟を決めたばかりなのに、またあなた達に教えられてしまったわ……。本当に私は甘くて、ダメな『王』ね」
リアスの自嘲に祐斗は首を横に振った。
「僕達は部長と出会って、救われました。ここまで来られたのも、部長の愛があったからこそです。――あなたに勝利を必ずもたらします。僕達で」
多くの人間がギルガメッシュ達英雄派に救われたように、祐斗達はリアスの愛によって救われてきた。
それは悪魔を含めた人外を嫌悪している曹操をして『良い悪魔』だと言わせるほどだ。
それだけ言い残し、ゼノヴィアとロスヴァイセと共に転移魔法陣へと向かっていった。
祐斗はすれ違い様にイッセーと言葉を交わし、三人はバトルフィールドへと転送されていった。
三人が到着したのは湖の湖畔。
腕組みをして先に待機していたサイラオーグは三人を見て言う。
「リアスの案か?」
祐斗達は答えない。だが、リアスを知るサイラオーグにはすぐにわかった。
「そうか。リアスは一皮むけたようだ」
組んだ腕をとき、サイラオーグが告げる。
「お前らでは俺に勝てん。いいんだな?」
その言葉に祐斗は微笑を浮かべる。
「勘違いしないでください。僕達はあなたを倒すためにここに来ている!」
確かに勝つ確率は限りなくゼロに近い。
だが、少しでも可能性があるというのなら、諦めるわけにはいかない。
それはギルガメッシュと修行に励むイッセーを見て強く感じていたことだ。
「ふっ……いい心意気だ。流石はリアスの眷属といったところか。お前たちはどこまでも俺を高ぶらせてくれる……っ!」
『第六試合、開始してください!』
審判役の合図とともに、サイラオーグの四肢に紋様が浮かぶ。
「これは、俺の体を縛り、負荷を与える枷だ。――これを外させてもらおう。全力でお前たちに応えるっ!」
淡い光とともに紋様が消失すると、サイラオーグを中心に何かが弾けた。
風圧が巻き起こり、足下は激しく抉れ、クレーターを生み出す。
クレーターの中心で白く発光するサイラオーグの体。
それこそ魔力の才能に見放されたサイラオーグが体術を鍛え抜いた先に目覚めた力。闘気だった。
可視化できるほどの濃厚な質量を放つ闘気に解説役を担っているアザゼルも感嘆の声を漏らすほどだ。
「一切、油断をしない!貴様達は獲られても構わない覚悟さえ決めた戦士だ。生半可な相手ではない!ならばこちらも獲られる覚悟で戦う!それこそが俺であり、相手への礼儀だ!」
立っていた地面を大きく削るほどの踏み込みを見せ、サイラオーグが姿を消す。
「させません!」
すぐさまロスヴァイセが魔法のフルバーストを撃つ体勢を作った。
「ロスヴァイセさん、そっちです!」
サイラオーグの動きを捉えた祐斗の指示に従い、ロスヴァイセが一斉に魔法を放つ、
大質量かつ様々な属性の魔法は放っているロスヴァイセすら姿が見えなくなるほどだ。そこにゼノヴィアの聖なる波動による追撃も混じっており、並みの悪魔ならば塵芥さえ残らない。
――並みの悪魔なら。
「ふんっ!」
しかし、サイラオーグは規格外の化け物だった。
向かってくる魔法の数々を拳で返した。
そして高速で魔法と聖なる波動の雨をかいくぐると、ロスヴァイセとの距離を一気に詰める。
「逃げ――」
祐斗が忠告するよりも早く、サイラオーグの拳がロスヴァイセに直撃する。
直撃した瞬間、その周辺一帯の空気が振動するほどの一発。
ヴァルキリーの鎧がその勢いで無残にも四散していき、苦悶の表情を浮かべるロスヴァイセは湖の遥か彼方へと吹き飛ばされた。
「――まずは一人か」
淡々と告げるサイラオーグに残された二人は戦慄を覚えるのだった。
「見事だ。右腕はお前たちにくれてやろう。これで俺は否応なくフェニックスの涙を使わねばならない。――万全の態勢で決戦に臨みたいからな」
試合の流れはやはりというべきか、サイラオーグにあった。
連携攻撃。デュランダルの波動による攻撃、リタイアさせたかのように見せかけたロスヴァイセの奇襲。そして祐斗とゼノヴィアが共に放ったデュランダルの一撃。
そのいずれもが致命打には程遠く、デュランダルによってようやく斬り落とすことがかなったものの、それもフェニックスの涙ですぐに治され、傷らしいものはロスヴァイセの奇襲によるものだけとなっていた。
代償は祐斗に浅くない傷を負わせ、ゼノヴィアとロスヴァイセをリタイアさせた。
大きい代償だが、最低限の目的は果たされていた。
サイラオーグはフェニックスの涙の使用を余儀なくされ、それ以外にもダメージを負っている。
見事、というほかなかった。
だからこその賞賛。サイラオーグはこの戦いこそ圧倒的優位に立っているが、ゲーム全体で見れば祐斗達に軍配が上がる。
ゼノヴィアと共に脱落させられかけた祐斗だったが、自身に刃を潰した聖魔剣を射出、ぶつけることで辛くもサイラオーグの手から逃れた。
「さて、どうする?木場祐斗。お前の攻撃では俺にダメージを与えることは出来んぞ」
しかし、サイラオーグが指摘した通り、祐斗の聖魔剣も騎士団もサイラオーグに傷一つ負わせることもかなわなかった。まして速さにおいてもサイラオーグを振り切れない。勝っているとすれば技術面の話だが、それも圧倒的な力の前には無駄であると痛感させられた。
ならば、諦めるか。
――否。それだけはありえない。
「まだです。僕はまだ戦える!
創り出した聖剣を地面に突き刺すと、その瞬間祐斗を中心に次々と聖剣が地面から突き出す。
だが、それはサイラオーグには届かず、祐斗の周囲に現れるだけに留まった。
ここに来て意図の読めない行動にサイラオーグは訝しむ。
祐斗の目はまだ諦めていない。ならば、この行動に必ず意味はあるはずだ。
サイラオーグが警戒心を強めるなか、祐斗が右腕をあげる。
「っ――。そういうことか」
突き出していた聖剣が地面からゆっくりと上昇していく。
優に百を超える聖剣が祐斗の数メートル頭上に浮遊した状態で静止する。無論、その切っ先は全てサイラオーグを捉えていた。
「剣士が出来るのは近接戦闘だけじゃない。あの人から伝授された技です」
祐斗の『それ』はギルガメッシュからの助言によるもの。
『俺の臣下に教えた技だが、同じ神器を持っている貴様にも出来るはずだ』。
その言葉通り、祐斗にはそれが可能だった。
まだ戦闘を行いながらすることはできないが、今のような状況であれば十分に可能だ。
「それがお前の『奥の手』か?」
「ええ。それに下手な小細工を弄するよりも正面から挑む方があなたには適している」
「――面白い。その挑戦。受けて立とう」
その言葉を皮切りに、祐斗の周囲で静止していた聖剣がサイラオーグへと殺到する。
凄まじい速さで射出される聖剣。これだけの量を喰らえば並の悪魔であれば消滅の危険すらある。
しかし、サイラオーグには無意味である。
「足りない力を手数で補うか……その作戦。俺が相手では間違いだったな!」
さながら流星のように降り注ぐ聖剣を拳で叩き落としていく。
全てとはいかないが、掠る程度ではサイラオーグに傷はつかない。まともに当たらなかった聖剣はサイラオーグの闘気に触れると軌道を変えて足下に刺さった。
クリーンヒットさえしなければその一撃は届かない。
それをサイラオーグはわかっていた。
ゆえに警戒していたのは聖剣で視界を覆ったことでできる僅かな隙を突いてくる可能性。
一撃で吹き飛ばす事ができるこの剣の雨をあえて叩き落としているのはその際に出来る隙を突かせないためだ。ロスヴァイセをリタイアさせたあの一撃は強大だが、あからさまに隙ができる。
死中に活を求める相手にそれは愚行。通常の拳打でも十分迎撃できる以上、無駄に相手に好機を与える意味はない。
だが――
(来ない……?)
一向に攻撃をしてくる気配がない。
訝しみながらも警戒心を緩めないサイラオーグだったが、剣の雨が止まるまでついに祐斗からの攻撃はなかった。
視界が完全に晴れた時、祐斗の姿は同じ場所にあった。
「はぁ…………はぁ………っ」
先程と違うのは、祐斗が既に膝をついていること。
攻撃はおろか、立つことすらままならない状態だった。
「……なるほど。先の攻撃に魔力全てを費やしたか……。残念だが、俺には通じなかったな」
「その、ようですね……」
「お前たちのような素晴らしい戦士を貶したくはないが……あれしきでは俺でなくとも倒すことなどできん」
落胆していないといえば嘘になる。
三人合わせても力の差は歴然。
後に控える
それでも自身にフェニックスの涙を使わせるほど善戦してみせた彼らをサイラオーグは大きく評価していた。
最後に見せる奥の手というのだから、期待しないわけがない。
結果から言えば過大評価と言わざるを得ない。ともすれば自分でなくてもこの攻撃は凌げただろう。
「興醒めだ、などといえば傲慢にすぎるな。ケリをつけさせてもらうぞ」
そう言ってサイラオーグが一歩踏み出そうとした時。
「……良かった」
祐斗がにやりと不敵な笑みを浮かべた。
この絶望的な状況で笑みを浮かべた祐斗にサイラオーグは眉をひそめる。
万策尽き、動くことさえままならない相手がまるで
祐斗の武器は剣であり、騎士の利点は機動力。
そのどちらも使用できる状態でない祐斗が出来ることなどあるはずがない。
――はずだった。
「どういう――」
「
サイラオーグが問おうとした瞬間、周囲に突き刺さっていた聖剣が爆ぜた。
―◇◆◇―
「っ!?やはりあの技は――」
生み出した聖剣を高速で射出する祐斗を見て、ジャンヌは驚愕する。
当然の反応だった。あの技はジャンヌも使用する技であり、ギルガメッシュから教えられた技だ。
祐斗との違いは、練度が高い分、一瞬で祐斗同様に展開する事ができ、敵との戦闘中であろうとも創造し、射出する事ができる点。威力も当然ジャンヌの方が上だ。
なぜあの技が使えるのか。
それは祐斗自身が答えている。
――あの人から伝授された技です。
祐斗が指す『あの人』などギルガメッシュ以外にありえない。
ギルガメッシュの方を振り向けば、愉悦に満ちた表情で試合を眺めていた。
そこでジャンヌは確信する。間違いなく祐斗に教えたのはギルガメッシュで、意図的にこの状況を引き起こしたのだと。
なんの為か?
――試合をより面白くするためだ。
祐斗がどこまでサイラオーグに食い下がるか。
そのために必ずこの技を使うことを見抜いていたに違いない。
だが――。
「……勝負あったか。王から授かった技も、使い手次第でここまで差があるか」
ゲオルクがぽつりと呟く。
祐斗が放った聖剣はサイラオーグにかすり傷さえつけていない。
ただ、祐斗の実力を鑑みればこれは妥当な結果と言えた。本気の一撃を込めても、サイラオーグの闘気を破るのは困難。完全に防御されればなおさら破ることはできない。
後は祐斗がリタイアするだけか、とゲオルクは試合映像から目を逸らそうとして――。
(待て。本当にこれで
ゲオルクは違和感を覚えた。
誰もが万策尽きた祐斗を見て、敗北は揺るがないと感じているだろう。
実力者であれば、祐斗が無意味とも言えるあの攻撃を、構えた段階で察していただろう。
では、ギルガメッシュは?
全てを見通す眼を持つギルガメッシュが、この技を伝授した時点でこの結末を読めなかったのか。
(そんなはずはない!王ならば、この結末は予想されていたはず……っ!?)
そこでゲオルクはようやく気づいた。
あの技はギルガメッシュがジャンヌに教えたものだ。
ジャンヌは優秀だが、相手の能力によっては距離を詰められず苦戦を強いられることもあるだろう。相手が防御に特化した能力であれば、実力だけではどうにもならないこともあるだろう。
一瞬の油断。隙を突いて、一撃で相手を葬る技が。
ゲオルクはその技自体を目にした機会はない。ジークからそれとなく聞いていたために気づくのが遅れたが、ジャンヌは未だ試合映像の方に向けられていた。
「……決まったわ」
ジャンヌがそう呟いた直後、白い閃光がサイラオーグを呑み込んだ。
―◇◆◇―
木場祐斗に教えを請われた時はどうしようかと思った。
教えを請われた、と言っても露骨にじゃなく、それとなく助言を求められたのだ。
剣士の戦い方なんぞわかるわけないし、それが技術的なものだと尚更。
イッセーでさえ、右も左も分からないままに指導している状態だったので、最初は普通に断ろうかと思っていた。
……が、そこで気づいた。
原作ではジャンヌとの戦いがあったから、木場祐斗は『聖剣創造』の亜種禁手である『
だが、この木場祐斗にはそのきっかけがなく、禁手に至るという選択肢がなかった。
兵藤一誠ほどでないが、木場祐斗の禁手もまた重要なもの。
俺は木場祐斗に『聖剣創造』を禁手に至らせてくれとそれとなく伝え、後はジャンヌと同じ神器を持つということで某ブラウニー御用達の『
正直後者に関しては理屈でわかっていても出来るかどうかは怪しかったが、ジャンヌといい、木場祐斗といい、天才ってすごいなぁ(遠い目)。
……はっ。いかんいかん。
静かに傷ついている場合じゃない。今は試合だ。
これ以上ないくらい絶妙なタイミングでの『壊れた幻想』。
あれは木場祐斗がありったけの力を込め、聖なる力が高められていた。
全力でサイラオーグ・バアルが防御をしていれば大したことはなかっただろうが、直前までサイラオーグ・バアルは油断していた。『壊れた幻想』を読めなかったのだ。
そのため、完全に不意を突かれたわけだ。
ロスヴァイセの近距離フルバーストでダメージがあるのなら、聖なる爆発を起こした『壊れた幻想』ならかなり有効打になるはず。
これはひょっとすると本当にサイラオーグ・バアルを倒したんじゃ――
『……見事だ。見事としか言いようがない』
――そんなわけないですよねー。
サイラオーグ・バアルは立っていた。
目に見えてダメージを受けているのがわかるが、それと同じくらい『こいつ絶対倒れないわ』っていう確信があった。
ていうか、なんかかっこいいな。相手の奥の手をモロに食らって涼しい顔してるって。これは強キャラ間違いなしですよ!
『一切油断はしない、などと宣いながら、最後の最後で俺は油断した。このダメージは当然のものだろう。そして木場祐斗。改めて敬意を表する。お前たちは最高の眷属だ』
そう言うとサイラオーグ・バアルは反応も待たず、一瞬で距離を詰めて木場祐斗に拳を叩き込んだ。何度見ても痛そうだ。グレモリー眷属って兵藤一誠を筆頭に根性あるよね。俺だったら泣く。
しかし、なかなか熱い試合展開だった。
ジャンヌもゲオルクもこの熱い戦いを楽しんでくれているようだし、グレモリーやバアルといった未来を担う若手悪魔かつ良い悪魔を見れば、多少は態度が軟化するに違いない。
異文化交流を深め、更に組織内の意識改革を行う。ゲームも面白いという良いこと尽くめ。
はっ……!ひょっとして俺も天才なのでは。
………そんなわけないか。