「いよいよだな」
来賓席から映し出される会場を眺め、ゲオルクは呟くとジャンヌは「ええ」と相槌を打つ。
ゲオルクの言葉通り、後十分弱でレーティングゲーム開始の時間となる。
自分達より格下の者同士の対戦であるが、ギルガメッシュに連れてこられたというのが二人をその気にさせるには十分な理由だ。
「どう見る。ジャンヌ?」
「……グレモリーが以前より格段に強くなっているのは確かよ。特に赤龍帝。突然変異なんてレベルじゃないわ」
ジャンヌがイッセーを見たのは三大勢力の会談以来だが、その佇まいだけで桁違いに強くなっているのがわかった。他のメンツも以前とは比べ物にならない。ヘラクレスの言葉が嘘偽りないものであると真に理解した。
ゲオルクはバアル、グレモリーともに初見であるためジャンヌほどではないものの、やはり半年前まで神器を発現させてもいなかった人間の成長とは思えないほどの力をつけているイッセーには驚きを隠せないでいた。
そしてイッセーを飛躍的に成長させたギルガメッシュにもだ。
「赤龍帝の禁手が更に上の段階に成長していると考えて……四対六ぐらいね」
「グレモリーの方がやや不利……やはりバアルの『兵士』の存在か?」
「ええ。まさか宿主を失っても動く神器があるなんてね」
二人が見たのは仮面をつけた少年。
一見すればただの眷属悪魔にしか見えないが、その少年こそ『
「本当に今代の神滅具はイレギュラーばかりね」
「……頭が痛い話だ」
どれもこれも現在ギルガメッシュらが把握している神滅具は本来の成長とは異なる力に目覚めている。神滅具の他にも英雄派内には本来とは違う覚醒を見せた神器もあるものの、神滅具のように全てが予想外の成長を見せているというのは極めて異例の事態だった。
そのイレギュラーを考慮して、グレモリーとバアルの戦力差はバアルの方が上だとジャンヌが判断したが、必ずしもそうなるとは限らないだろう。特に赤龍帝――兵藤一誠はこれまで何度も逆境を乗り越えている存在。最もイレギュラーを起こしているような異端中の異端者なのだから。
そういった点でいえば、サイラオーグ・バアルも悪魔でありながら魔力に恵まれなかったために肉体を鍛え抜き、ついにはバアルの当主となった異端者だ。そこにイレギュラーを起こした神滅具がいるとなればこちらも予想通りとはいかないだろう。
例え魔王であろうと、レーティングゲームの覇者であろうと、このレーティングゲームを観戦しているものにはこのゲームがどう転ぶかはわからない。
――ただ一人を除いては。
「……ところで王の帰りが遅いな。お手洗いはそう遠くないはずだが」
「そうね。もう帰って来てもおかしく……まさか」
「「またか!?」」
―◇◆◇―
「……迷った」
あ、ありのままを話すぜ。
俺は尿意を催しトイレに行った。
そのまま帰ってもよかったが、ちょっと甘いもの欲しさに売店に行った。レーティングゲームを見に来ていた悪魔たちが俺に道を譲る中、ビビる店員から大判焼き(みたいなもの)とたこ焼きを買った。
そしてそのまま来た道を帰っていた。
……はずだったんだけどなぁ。
なぜか迷ったのである。
おかしい。
確かに俺は方向音痴のきらいがある。しかし、そこまで酷くないはずなのだ。
だというのに複雑でないはずなのに迷ってしまった。
こんな事なら二人に声かけておくべきだった。このままではゲームが始まってしまう……っ!
《これはこれは……覚えのない神気を感じて来てみれば英雄王ギルガメッシュではないか》
こいつ脳内に直接……っ!?
……という冗談はさておき。
司祭服のようなものに身を包み、ミトラを被った骸骨が向こう側から歩いて来た。
どこからどう見ても死神だ。死神以外の何者にも見えない。
《ここから先は我らに用意された専用のルームだ。何用か》
おおっ、目が光った。ますます死神らしさで溢れている。
「どうにも俺は道を覚えるのが苦手でな。迷った挙句、ここにたどり着いたというわけだ」
適当な事を言って後で迷子になったのがバレては恥をかくだけだと思い正直に話す。
《ファファファ。道に迷うたと申すか。貴様ほどの男が道に迷うた挙句、私の元に来ると?》
「偶然だな」
いや、全く。
別に会いたくてここに来たわけではない。俺は早く買ってきた物を食べながらレーティングゲームの観戦がしたいというのに。
《カラスやコウモリの群れと馴れ合っていると聞き及んだ時は耳を疑ったが……随分甘くなったものだな》
カラスやコウモリ。
堕天使と悪魔のことだろうが、この死神はアザゼルやサーゼクスたちを露骨に見下しているようだ。オーディンも友好的とはいえ開口一番小馬鹿にしていた事を考えれば当然な反応のようにも見えるが……こっちは一段と蔑んでいるように見える。
「……他の者にも言ったが、俺は英雄王ギルガメッシュの子孫のようなものだ。英雄王ギルガメッシュがどんな人間であれ、俺とは別人と考えたほうがいい」
まぁ、子孫ですらないんですけどね。
《そのようだ。少なくともウルクの神から聞いたギルガメッシュであれば、今頃奴等は諸共に滅んでおるわ。ましてこのように私と貴様が話すこともありえなんだ》
みんなそれ言うよね。
Fateのギルガメッシュと同じだと考えるなら可能性は十分あるけど、その子孫まで同じと考えるのはどうなのだろうか。あれか?一流アスリートの息子は一流で当然みたいな理論か?
「生憎と俺は平和主義でな。他勢力とことを構えるつもりはない。もっともそれを脅かす者は例外だがな」
《ならばどうする?あのロキのように屠るか?》
「さあな。俺は寛大ゆえ、何者であっても話し合うつもりがあるならその限りではないぞ」
《……半神風情が。巫山戯たことを抜かしおる》
途端、今まで若干感じていた冷たいオーラが強くなり、目玉のない眼孔の奥がさらに強い光を放つ。
それに影響されたのか、死神骸骨の後ろから更に似たような奴らが出てきた。
なんだ、この死神集団。と思ったが、そこでふと思い出した。
ここには他勢力や他神話の重鎮が集まる。
その中には当然ギリシャ神話も存在する。
ギリシャ神話で骸骨の死神なんてもう答えみたいなものだ。
死を司る神。冥府の神ハーデスだ。
アザゼルには『頼むから神に喧嘩を売りに行くのは勘弁してくれ』と言われていた。もちろん、そんなつもりはない。ロキでさえ巻き込まれる形でなければ戦おうとは思わなかった。放っておいても倒されるし、あれって倒せはしたけど、死んでなかったし。他神話の神を殺した時にどんな影響が世界に出るかわからない。
《ふん。まあよいわ。今日は別の楽しみもある。ましてここで事を構えるには些か
やっべ。レーティングゲームが始まるんだった。俺も早く戻らないと!
「ではな。冥府の神。いずれまた相見えることになるだろう」
あまり話が長引くとよろしくないので、半ば強引に話を切ってやや早歩きでその場を後にした。廊下走るの良くない。
《せいぜい死なぬようにな。貴様の魂を連れて行くのも構わぬが、それでは腑に落ちぬ神々も多いのだからな》
その場を去っていく俺の耳にそんな言葉が聞こえた気がした。相変わらずギルガメッシュは神に恨まれスギィ!幻聴だと思いたい。
帰ってくると案の定ゲオルクとジャンヌが詰め寄ってきた。
俺の言いつけ通り試合を見つつ、ゲオルクの魔術で探し回っていたがこれが絶妙に俺の行動と噛み合わなかったらしい。またこっそり歩き回っていたのではないかと問われた。
今回は単に道に迷っただけなので正直にその事を話そう。
そう思ったのだが……ちょっと待て。
よくよく考えれば、仮にも一つの組織を束ねるトップが特に迷う要素もない場所で迷うというのはどうだろうか。そのまま帰ってこればいいものを勝手に売店に行った挙句に道に迷ったなんてお間抜けにも程がある。
……だ、駄目だ。こんなこと正直に話したら俺はただの馬鹿という扱いを受けてしまう。
変に持ち上げられるのはごめんだが、馬鹿にされるのも勘弁してほしい。
咄嗟に『珍しいヤツが来ていたので挨拶をして来た』と言った。ハーデスのことである。
それを伝えると二人が立ちくらみがすると椅子に座った。
冥界だからと言って少し気を張りすぎではないだろうか、今回はあくまで観戦に来ただけだというのに。二人には多少気の抜き方を覚えてほしいものだ。
「試合の流れはどうだ?」
実況自体は廊下でも流れていたものの、やはり音声だけではなんとも言えない。
おまけに通常のレーティングゲームと違い、『ダイス・フィギュア』と呼ばれる特殊ルールで戦っている。人間界のチェスに駒価値があることにならい、両『王』が振ったダイスの合計で試合に出るメンツを決めるものだそうだ。詳しいことは覚えていないが、多分原作通りだろう。
「……はい。第二試合を終えて、バアルが三名、グレモリーが一名リタイヤ。流れで言えばグレモリーの方が優勢と言えるでしょう」
「今のところは、か?」
「あくまでも個人的な意見になりますが、いくら眷属を倒せたとしてもサイラオーグ・バアルを打倒することはかなわないかと……」
「私はジャンヌのように見るだけではわかりませんが……個人的にはバアルの『兵士』が気になります。アレの能力次第ではいくら赤龍帝がいるとはいえ、グレモリーに勝ち目はありません」
二人の言う通りだ。
確かに俺は無茶苦茶な修行でイッセーを強くした。英雄派が本来目覚めさせるはずだった覚醒を促し、強さ的にはほぼ原作と同じ通りだろう。
だが、それでは敵わない。例えサイラオーグ・バアルを圧倒しても、神滅具である『兵士』を纏えば形勢は逆転する。グレモリー全員でかかっても手も足も出ないだろう。
だから後は
この物語の主人公なら、過程はどうあれ、原作と同じ状況にある今なら必ず覚醒するはずだ。
俺はそれが見たい。正真正銘力と力のぶつかり合い。手に汗握る死闘というやつを。
何せ、俺はただの観戦者だからね!原作でも十分に読んでて面白かった試合が生で見えるんだから、心が踊らないわけがない。
「……愉しそうですね、我が王よ」
「ああ、愉しいとも。ここから面白くなるぞ、奴らの試合は」
「と、言われますと?」
「以前も話したが、グレモリー眷属は逆境に立たされるほどに真価を発揮する者達ばかりだ。であれば、『サイラオーグ・バアルが飛び抜けて強かった』などという理由で勝敗が決まるわけがあるまい?」
「では、この戦い。制するのはグレモリーということですか?」
「そうなるだろうと思っている」
『グレモリーが勝つ(ドヤァ)』とか言っておいてバアルが勝ったら超絶ダサいやつになってしまうので、それとなく『かもしれないよ』感を出しておく。
二人も納得するような素振りを見せているので多分大丈夫だろう。
……もしも、バアルが勝った時のために言い訳も考えておこう。
―◇◆◇―
グレモリーが勝つと
共に自身の意見こそ述べたものの、あくまでも現状では最も可能性が高い結果を予想しただけに過ぎず、到底ギルガメッシュのように結末を見抜くことなどできない。
もちろん、現状どう足掻いてもグレモリーに勝機はない。と二人は考えている。
それこそ『
であれば、それに変わる何かを赤龍帝は編み出しており、ギルガメッシュがそれに気づいている。というのが一番考えられる可能性だろう。
もしくはサイラオーグ・バアルを弱体化させられるないし、嵌める策があるか。
どちらにせよ、試合を見届けないことには始まらないのだが――。
「……ねぇ、ゲオルク。私たちはレーティング・ゲームっていう悪魔の競技を観てるわよね?」
「……そのはずだが」
「じゃあ、なんでストリップショーが始まっているのかしら?」
「それは……俺も聞きたい」
兵藤一誠対サイラオーグ・バアルの『僧侶』コリアナ・アンドレアルフスの試合は明らかにおかしかった。
そも兵藤一誠のスケベ技に対抗する術を持っているとサイラオーグが宣言した時点で嫌な予感はしていた。
序盤は普通に戦っていたというのに、一誠が『禁手』した瞬間にこれである。
「……試合が見えぬのだが」
「お目を汚すわけにはいきません。無礼と思われるやもしれませんが、どうかお許しを」
ストリップショーが始まった瞬間、ジャンヌは咄嗟に巨大な聖剣を創り出し、ギルガメッシュが見えないように目の前に突き刺した。
さらに音もゲオルクが遮断したことで、本格的にギルガメッシュにはなんの情報も伝わらないようになっていた。
試合は兵藤一誠の勝利で終わったのだが、少なくとも二人が目にしてきた中で最も下品かつしょうもない戦いだと断言できた。
「申し訳ございません。王にお見せするにはあまりにも低俗でしたので」
「……よい。俺も兵藤一誠の性格を失念していた。次からだ」
(王でさえ予見できないとは……)
(試合の内容はともかく、やはり赤龍帝は侮れないわね……)
ギルガメッシュでさえ予想もできない試合を繰り広げた?兵藤一誠は意外性においては侮れないと評価を上げる。いくらギルガメッシュが未来視めいた事が出来るとしても、型破りな言動で予想だにしない展開に持ち込まれてしまえば先を読むことなどできない。ギルガメッシュは全てにおいて規格外だが、兵藤一誠については意外性の一点において他の追随を許さない。というより、予想の斜め上を突っ走り過ぎている。
今はふざけた方向性であるからいいが、この矛先がギルガメッシュに向けられた時、はたしてどうなるか。全く予想もつかない。
二人が兵藤一誠の警戒レベルを引き上げている間にも、ゲームは次の試合へと移る。
それからの試合はやはりというべきか、熾烈を極めた。
互いの眷属同士の力が拮抗しているがゆえに起こる激戦。
どちらかが相手の予想を上回ったかと思えば、それをさらに上回る策を講じる。
間違いなく、このレーティングゲームは『当たり』の試合だと誰もが評する事だろう。
戦士としての性を持ち合わせているジャンヌは普通に試合を観ていたものの、いつの間にか『自分ならどうするか』と完全にゲームにのめり込んでいた。
ゲオルクも、様々な力を有する両者の眷属を見て感慨深そうに頷いている。
多くの観客が見守る中、グレモリーvsバアルのレーティングゲームは終盤へと向かっていた。