東方不死人   作:三つ目

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アリスの家に着き、少しの時間が経った頃、八雲はリビングで全裸・・・に近い状態だった
「もうそのタオルいらないから、あげるわよ」
と霊夢の心優しい言葉を貰い、一応はそのタオルで隠すべき場所だけは隠せている
肝心の八雲の洋服はアリスが奥にある人形用の裁縫所に持って行き修繕してくれている
だが・・・もしここに、八雲の状況を知らない人物が来ようものなら大変な事になる
八雲はそう考え、細心の注意を外に向け続けていた
「なぁ、アリスさん」
「アリスでいいわよ。で、何かしら?」
「じゃあ、アリス・・・ご両親って何時くらいに戻ってくるんだ?」
「両親はいないわよ」
それを聞いて八雲は、まずいと直感した
「もしかして・・・悪い事聞いちゃったかな」
フフッとアリスは軽く笑い
「親は居るわよ、でもこの家には来ないわ」
「・・・そうか」
今度は違う意味で、まずくなってしまった
一人暮らしの若い女性の家で二人きり、しかも現在八雲はタオル一枚のこの状況
『もしパイが見たら・・・怒る、よなぁ』
きっと聖地に戻っても、この事だけは説明できそうに無い
例え八雲にその気がまったく無かったとしても、だ
仮に、三只眼にそれを知られたら
『殺されるな、確実に』
无だから物理的には死なないのだが、死なないだけで殺せないという事でもない

この状況・・・非常にまずい。

色々な考えを巡らせている八雲に、アリスは奥の裁縫所から声を掛けた
「ねぇ、藤井さん?」
家に着いてから、アリスから会話を始めて切り出した
「なんだい?何かあったの?」
「洋服の方は問題なく直せるわ、それよりお願いがあるんだけれど、聞いてくれる?」
お願い、それにどんな意味があるのか八雲はまだ知らない
先にそれを聞けばいいものを、洋服を直してもらっているお礼のつもりか
はたまた、居候させてもらう後ろめたさか、もしくはその両方か
内容よりも、アリスのお願いを聞いてあげることが重要だと考えた八雲は
「俺に出来る事なら」
と、軽く返事をしてしまった。
「ならいいわよね、タオルを取って立っててくれるかしら」
何がいいのだろう
いや、良くないに決まっている
「いや、あの、それはちょっと!」
そういう事は妙に初心な八雲に
「大丈夫よ、乱暴にはしないわ」
余裕綽々のアリス

本当に、この状況を嫁の二人が見たら、どう思うのだろうか。




つかの間の休息

「思ったよりも良い体をしてるのね」

アリスは思ったままの感想を述べる

「多少は鍛えてるから、かな」

それに照れくさそうに八雲も真面目に応えていた

「さっきの傷・・・もう全部治ってる」

「言っただろ、俺は不死身だって」

「フフ、そうだったわね」

「俺はどうしたらいい?」

「何もしなくていいわ。私に任せて」

「あぁ・・・でも俺はこういう事したことないから、ちょっと緊張するな」

「リラックスしてればいいのよ」

ゆっくりと八雲の胸に指が這う

恐る恐るといった感じに、ぎこちない指先が八雲の肌に触れていく

その感触に、八雲は身をよじった

「どうしたの?」

「くすぐったいんだけど」

「あら、ごめんなさい。私もこういうのは初めてだから・・・でも、しっかり確かめたいの」

だから任せてくれると助かるわ、とアリスは照れくさそうに呟いた

その声を聞いた八雲も、なんか妙な気持ちになってくる

「いや・・・まぁ、大丈夫だ」

「なら続けるわね」

それから手は八雲の体を確かめる様に、あちこちに触れられていく

本当に不慣れなのだろう、とてもぎこちない動きにくすぐったさを感じるが、それは我慢するしかなさそうだ

そして腹を通り過ぎ、下半身に手が触れそうになった瞬間

「そこは・・・」

「平気よ。初めてだけど、まったく知らないわけじゃないのよ」

まったく怖気無いアリスに対して、照れが出るほうが妙に恥ずかしく思える

だからなのか、何かが吹っ切れた八雲は全てをアリスに任せたと言わんばかりに堂々とすることにした

「分かった、全部任せるよ」

それから手は、八雲の後ろの方まで回され、お尻の辺りまで触ってくる

やがて満足したかのように、太もも、すね、足と、くまなく触れた

 

「よし、もう大丈夫よ」

「ふー・・・やっと終わったか」

 

ずっと八雲に触れていた上海人形は、そのままアリスの元に帰り、姿が見えなくなる

アリスは奥の裁縫所に籠っていて、一度も顔を出す事はなかった

 

「寸法を採るくらい、タオルがあってもいいんじゃ・・・」

「藤井さんの服のほとんどがズタズタだし、ズボンのサイズも測らないといけないんだから、しょうがないでしょ」

直せるといったのは、素材の量の問題で

八雲の体の寸法を知らないのでサイズを測らせて欲しいというのがアリスの願いだった

別に八雲一人でも、測る道具さえあれば出来る事なのだが、それはアリスが頑なに嫌がった

どうも、洋服に関して・・・と言うよりも裁縫全般に拘りがあるようだ

 

・・・それから

 

裁縫所に入ってから、ものの30分程度で裁縫所から出てきたアリスの腕には新品同様の八雲の洋服が掛かっていた

「早いな、もう出来たのか」

「当然よ、ズタズタだったけど、物が残ってるんだから」

受け取った洋服に感心していた八雲だったが

異変に直ぐに気が付いた

よく見てみると元の服にあった土の汚れの全てが綺麗サッパリ無くなっている

そして手で服の感触を確かめるように撫で上げた

「もしかして、これ」

「そうよ、全部作り直したの、男物の服を作ったのも、男性の寸法を採るのも初めてだったから、これでも時間がかかった方よ」

アリスはまるで当たり前の様に凄い事を言っていた

八雲もママから裁縫の初歩くらいは一人でも生きていけるようにと習ってはいる、むしろ初歩しか知らないが、それでも判る

アリスの作業速度は常軌を逸している。

15分程度は八雲のサイズの計測と、素材の準備をしていたから

実質、洋服を作り上げるまでに掛かった時間は、たったの15分

八雲の愛用の篭手も、前の服から取り外し、新しい服に備え付けられていて

持っていた武器や道具類も、どれも元よりも取り出しやすい様に、なおかつ急な動きでも落とさない様に改善されている

短時間とは言え、アリスが丹精込めて作った、持ち合わせている裁縫技術の集大成と呼べる程の洋服だったが

八雲はそこまでは知らず、考えも付かない

「神業だな・・・」

それでも、思わずそう漏らしてしまうほど、素人目でもこの洋服の出来栄えは眼を見張るものがある

「褒めても何もでないわよ」

何もでないと言っているが、既に出ている

この洋服の布、かなり特殊な布を使用しているみたいだ

まるでアリスの精で織り込んだかの様にも見える・・・

地球にも、聖地にも、こんな布は絶対に無い

「布も全部私のお手製だもの、私でなければ作れないわ」

「ホントにいいのか?」

「いいのよ、私がしたかったんだから、気にしないで」

アリスの魔力を帯びた布を使用した洋服に、八雲は袖を通してみた

完全に八雲専用にオーダーメイドされた洋服なので、着心地は言う事無しの花丸を出したい

むしろ前よりもいいかもしれない、運動性も良く、激しく動いても破れる心配もなさそうだ

「なんてお礼をしたらいいか、分からなくなっちゃうな」

「お礼なんていらないわ、下手に感謝されるほうが困りものよ」

「そうか、なら大切に着るよ!」

「そうしてくれると私も作った甲斐があるわ」

アリスは微笑み、八雲も洋服を元通りにしてくれた嬉しさに笑っていた

 

 

「ところで、明日だけど」

急にアリスから切り出された建物の名前に、八雲は首をかしげる

「こうまかん・・・?」

幻想郷の土地の名前すらまったく知らない八雲に、建物の名前を伝えた所で分かるはずがない

「そう、紅魔館。明日に私と藤井さんで行ってみようと思うんだけれど、どうかしら?」

どうかしら?と聞かれても、やはり何も知らない八雲に何かを決定するという行動は取れそうにない

「行くとしても、そこに行ってどうするんだ?」

「その舘の主であるレミリアは『運命』を操れると聞くわ」

「運命を操る・・・?」

そんな能力など聞いたことも無い

もし自分にそんな能力があったなら、とても奇跡的で、とても残酷的な力だと思える

「だから藤井さんの運命を、『少しでも早く崑崙が見つかる』ように操ってもらおうと思うの」

あぁ、なんて良い子だろう、と八雲はまたアリスに感心した

そういう理由があるのなら、断る理由なんて無い

「そんな事が出来るなら、こっちからお願いしたいくらいだ」

「お安い御用よ。そうだわ、藤井さんの寝室を用意しないとね」

そういってアリスは人形部屋になっている部屋の扉を開け、中に消えていった

バタンと扉は閉まり、八雲はアリスに言葉では表せないほどの感謝を送っていた

 

 

 

そしてアリスは人形部屋に来客用の布団を用意していた

たまに魔理沙が使う程度の布団だけれど、無いよりはいいだろうと考え、丁寧にシーツを掛けて、皺を伸ばしていく

伸ばしながら、さっきの言葉を自己分析する

『少しでも早く崑崙が見つかる』

という事は少しでも早く八雲が帰る、という意味であり

少しでも早く帰るべき場所に帰れる様に、という協力の言葉

『別に・・・良い事じゃない、藤井さんは帰りたいんだし』

しかし、実際の所、そんな考えはその言葉を言った時には微塵もなかった・・・。

 

この考えは、人に言える様に考え付いたアリスの後付け。

 

誰かの為に、そう思っての行動を一体自分はどれだけしてきたのだろう?

あまりないかもしれない、それは利害の一致や、たまたまの偶然でそうなった事はある

でも、自ら進み込み、相手に感謝されるような事をするなんて・・・

 

今まであっただろうか?

 

全てはあの男と会ってから、いや・・・弾幕ごっこをやった後から何かが変わった気がする

 

その証拠に・・・

 

『”少しでも早く”・・・か。どうして”今すぐ”じゃないの?』

 

帰るべき場所に帰りたいと願う者に協力をするなら、それはノータイムで出せるセリフのはず・・・。

その違いの答えは既に得ている、このセリフを言った瞬間にアリスの心が理解してしまった。

理解した瞬間に逃げたくなり、人形部屋に転がり込んだ・・・別に夜まで時間はあるのだから、布団の用意なんて今する必要なんてまったくない、とりあえずの逃げる口実が欲しかっただけの言葉。

 

アリスの本心、後付けではない本当の気持ちはこうだった

もっと彼の術を見てみたいと考える、魔法使いの自分がいる。

もっと彼の事を見てみたいと考える、乙女の自分がいる。

その二人が同時にアリスの心の中に居合わせていた。

だから『今すぐ』ではなく『少しでも早く』といった有耶無耶な猶予期間を設けるような言葉を選択した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・そうか私は――――――――――。

 

 

 

自己分析で考え付いた先は、彼にだけではなく、他の皆にも悟られないようにしなくてはと、堅く心に誓うアリスだった。

 

 




夜の食事はアリスが用意してくれた。
手作りのロールキャベツはとても美味しかった、素直な感想を述べると
お昼を作ってくれたお返しよ、と軽く返された。
食事を終えてから用意してくれたお風呂に入り、それからアリスの敷いてくれた布団に横になっていた八雲。

真っ暗な部屋で天井を見つめつつ、考えを巡らせていた。
どうしてこうなったのだろう?
と何度目になるのか分からない考えをまた募らせる
ハーンの通信からほぼ一日になる、東京は・・・地球は大丈夫なのだろうか?
一体何がおきて崑崙の移動なんて不思議な事態になったのか・・・
地球の大地の精の異常だろうか?
はたまた別の術者による何か・・・
だが地球規模という広大な精の異常をきたす程の術を扱える人物となると限られてくる
限られた中で、そんな大変な事をしそうな人物に心当たりが無い訳ではない

「ベナレス・・・」

今度は一体何を考えているのだろうか
今度はどんな事をしでかそうと言うのか

「今回の件は貸しにしておく、近いウチに帰してもらうがな」

パリでの去り際のベナレスの言葉に嫌な予感を感じつつも、とりあえず八雲は今襲い掛かってきている睡魔に身を委ねる事にした。

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