東方不死人   作:三つ目

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竹林の医者

 

 

 

夜が明け、八雲とアリスは紅魔館を後にしていた

 

「とりあえず、医者に会ったら報告に来なさい」

 

とレミリアから言われ、ほかの全員も何も言及はせずに八雲達を見送っていた

 

ほとんど瓦礫と化している紅魔館を見ながら、八雲は考えていた

 

『もし問題が無ければ、戻って紅魔館の復旧作業を手伝おう』

 

そんな考えを浮かべていた

 

それからどれほど飛んだだろうか、かなりの時間を飛行して人里と呼ばれる上空に差し掛かった頃

 

「見えてきたわ」

 

先導してくれていたアリスが指を指していた

その先は、まるで密林の様に生い茂っている竹林

 

その竹林上部は、まるで竹が意思でも持っているかのようにざわめき、揺れ動いている

さながらそれは天然の竹槍で出来た針の山とでも呼べばいいのだろうか

とてもじゃないが上空からその竹林に降り立つというのは出来そうになかった

 

しかし、その竹薮の中に一箇所だけ空洞になっている部分を発見した

 

アリスもその空洞を指差し

 

「あそこよ」

 

天然の竹槍をかいくぐり、八雲達はその空洞に舞い降りて行った

 

八雲も使用していた追鱗(ジュイリン)から降り、その空洞の中にある建物の前に立ち、言葉を漏らす

 

「なんだここは」

 

その一言は、別に建物に対して出た言葉ではなかった

しかし、それでも思わずそんな感想が口から漏れてしまった

魔法の森でも感じたが、この竹林も嫌な感じは拭えない

 

「ここは迷いの竹林っていわれてる場所の中よ、一度迷えば出ることは出来ないわ」

 

「え!?」

 

驚く八雲に、アリスは微笑みながら付け足す

 

「それは普通の人間の話よ、空を飛べるなら空を目指せば脱出は容易いわ」

 

「な・・・なるほど」

 

「それに、この竹林には案内人がいるから大丈夫なのよ、運が良ければ助けてくれるわ」

 

「運が悪かったらどうなるんだ?」

 

んーっと少し考え、アリスは一言

 

「聞かないほうがいいわ」

 

その一言に全てが集約されていた

八雲も何となく感じる事は出来る、妙な気配がこちらの動きを見張っているようにも感じる

まるで猛禽類が獲物を狙う、そんな空気を感じなくも無いが

それがどこから、それが誰から、というのは明確には判らない

なにやら妙な力が働いているのか、第六感と言われる感覚を鈍らせる術にも似ている

 

様々な思考を巡らすも、特に意味は無いと割り切り、八雲は正面の建物へと向かい合った

 

「それで、ここが病院なのか?」

 

と聞きたくなるもの仕方が無い、外見だけ見ればそれは普通の家だ

少し古い作りの日本家屋と言っても差し支えは無いだろう

 

「えぇ、そうよ。ここが永遠亭、幻想郷の病院よ」

 

アリスはそう言いながら、扉に手を掛けようとした瞬間

扉が勝手に開いた。

自動ドアという訳ではなく、内側から丁度開けた人物がいた様だ

 

「おや?」

 

八雲の眼に飛び込んできたこの少女、姿はまるで日本の女子高生そのものの様な服装をしている

ブレザーに、綺麗に折り目の入ったやや短めのスカート

ただ、日本の女子高生と大きく違う部分もあった

 

「アリスさんじゃないですか」

 

頭の上にある、兎の耳をヒョコヒョコと動かし、ブレザー少女は軽くお辞儀をしていた

 

「こんにちわ」

 

「兎・・・?」

 

八雲はその姿を思わず凝視してしまった

コスプレにしか思えないその容姿は、八雲を困惑させるには十分だった

 

「貴方は・・・最近来た外来人ですね、話は聞いてしますよ」

 

「話だって?」

 

「えぇ、軽く有名人ですよ、なにせ博麗の巫女に一矢報いた・・・とでも言うんですかね」

 

「えっと、誰からそれを?」

 

特に電力や通信技術の無いこの世界で、そんな速く情報を伝達させる方法があるのかと疑問に思ったが

 

「えぇ、新聞に大々と出ていましたから、嫌でも目に留まりますよ」

 

新聞というワードが出た瞬間、八雲はなるほどと納得した

古来から、何かの情報を拡散する方法として、情報を書いた物を広めると言う手段は正しい

 

だが何故だろうか

どうしてそんな物を記事にする必要があったのだろう?

 

博麗の巫女を倒した、という事実はかなり重い物なのだが

八雲にはそこまで思慮は及ばない

 

そして、新聞というワードが鍵となり

 

アリスの顔色は変わった

 

「藤井さん、申し訳ないのだけれど、ここから先は一人でも大丈夫かしら?」

 

急な提案に、八雲はアリスの様子を伺った

 

「もちろん、診察が終わって帰る頃には戻れるようにするけれど、・・・良いかしら?」

 

有無を言わさない空気に、八雲は一歩下がる

 

「大丈夫だとは思う、けど急にどうしたんだ?」

 

不思議がる八雲に、アリスの眼が蒼く輝く

そして懸糸を手繰り、傀儡を操りだした

 

「ちょっと、野暮用を思い出したの」

 

「・・・」

 

何も言えない

アリスは人形を巧みに操り、まるで生きてるかのように人形が振舞っている

 

まさに人形と戯れる美少女・・・といった風に見えなくも無い

 

しかし、アリスは人形遣いだ

八雲は昔、人形遣いと戦っているから知っている

人形遣いの武装は、人形そのものだ

故に、八雲には武器の具合を確認している戦士、という形でしか今のアリスを見る事はできない

 

「少し、ほんの少しだけ・・・山の方へ行って来るわ」

 

何をしにいくのか、なんて聞くだけ意味が無い

武器、武装の確認をした戦士が向かう場所と言えば、戦場と相場で決まっている

 

「一人で大丈夫なのか?」

 

「えぇ、今度は大丈夫よ」

 

「分かった、気をつけて行って来てくれ」

 

八雲はそんなアリスを引き止めることはせずに、ただ見送る事にした

本来であれば、紅魔館の一件もあるので引き止めるべきなのだろうが

アリスは、野暮用と言っていたし、特に悲壮感が在る訳でもない

勝算というよりも、戦闘にすらならない可能性もある

一応、万が一の確認として、人形の調子を確かめただけかもしれないのだから

 

そんな八雲の言葉に、アリスはニコリと微笑み

 

「ありがとう、今度は必ず帰ってくるわ」

 

そう伝えると、あっと言う間に飛び上がり、アリスは雲の中へと消えていった

 

「えーっと、アリスさんが行っちゃったって事は、貴方が?」

 

患者なのか、という意味だろうか

すぐに八雲もそれに返事をした

 

「そうなんだ、出来れば診察して貰いたい」

 

うーん、と兎の彼女は右手を顎に宛がい

 

「どこをどうみても健康体に見えるんですけれど」

 

「なんと説明すればいいのかな・・・」

 

言葉を捜している最中に、建物から一人の女性が出てきた

長い銀髪で、赤と青の看護服を纏い、女性にしては長身な身体をしている

 

「禍々しい魔人でも来たのかと思ったけれど、そんな事も無いようね」

 

「師匠」

 

師匠と呼ばれた彼女は、ニコリと笑い、通ってきた扉を大きく開けた

 

「入りなさい、急ぎなのでしょう?」

 

「はい、助かります」

 

この看護婦の女性と、そしてウサ耳の彼女とも自己紹介も交わさず、八雲はそのまま扉を潜って行った

けれど、医者と患者という部分では、特段意識することも無いと無視していた

 

むしろ八雲にとって重要なのは、その医者が本当に八雲が望むほどの能力者か、という事だった

 

 

屋敷の中は凄くさっぱりとした印象を受けた

余計な物は少なく、必要なものだけを取り入れている

そして、案内されて通っている廊下も歪み一つ無い桧作りの廊下だ、こちらの世界の大工の腕の良さを感じる

廊下を歩きながら覗かせている部屋の畳も、庭の造りも、まさにこの屋敷は概観だけでなく、中身までも日本家屋と言っても申し分無い造りだ

 

そんな廊下を歩き、廊下の一番奥の部屋の扉が開かれると

 

その中は診療所となっていた

 

八雲も良く知る、病院の診察室だ

 

「なんとなく察してるけれど、とりあえず問診させてもらうわ」

 

そして部屋にある一番大きな机に看護服の彼女が腰を降ろしたのを見て、八雲は首をかしげた

 

「貴方は・・・看護婦さんじゃないんですか?」

 

「いいえ、ここの医者は私よ」

 

まさかの女医だった

 

しかし何故看護服なのだろうか?

 

と気になったが、もはやそこを質問する意味も無いかと八雲は考えるのを止めた

 

「俺にとある呪いに近い術が掛けられている可能性があります」

 

呪いという言葉に、女医は僅かに眉を寄せた

 

「まるでその術の検討が付いてるかの物言いね」

 

「いや、正確には『かもしれない』程度なんです。その術が復活しているかどうか・・・それを調べてもらいたいのですが」

 

女医はカルテを取り出し、その空欄を埋めるように筆を走らせる

そして、一言

 

「脳、ね」

 

と八雲に告げた。

 

その一言に、八雲は確信した

 

この女医の腕は、間違いなく八雲の望んでいた人物だと

 

――――そして・・・

 

 

「やはり・・・復活していますか」

 

それが分かるという事は、昔壊れたはずの術が、放棄されたはずの術が

蘇ってしまった事を確信するには十分だった

 

「そうね、とても強靭な力を感じるわ」

 

尚も女医は筆を走らせる

 

「解呪は出来そうですか?」

 

切羽詰る声で八雲がすがる様に発した言葉も

 

「難しいわね」

 

の一言で片付けられてしまった

 

難しい、その言葉の重さに八雲は溜息を吐き、肩を落とした

 

この術が復活してしまっているという事は、もしかしたらあの男がちょっかいを出す可能性もゼロでは無くなった

八雲の脳に術を埋め込んだ張本人

ベナレスが干渉してくる可能性もゼロではない

最悪の事態を想像しながら、今後の対策を考えている間も、八雲を他所に女医の筆はずっと走り続け

 

そして、ピタリと止まった

 

「それじゃ、触診したいから、そこに横になってくれるかしら?」

 

そう言い、腰くらいの高さの簡易ベッドを指差す

 

「え?」

 

呆けてしまった八雲に、女医はフフと小さく笑っていた

 

「まるでこの世の終わり。みたいな顔をしているわね」

 

「本当に終わってしまう可能性もあるんです・・・それだけは避けなければ」

 

「なら尚更ね、早く横になって」

 

「ですが、解呪は無理なのでは?」

 

その八雲の一言に、女医の眼が光る

何を言っているんだ、この阿呆はとも言いたげな瞳だ

 

「私は『難しい』と言っただけで、『無理』とは言っていないわ」

 

はっきりと言われた力強いその女医の言葉に、八雲は深く頭を下げた

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、あの妖怪人間。何で来たのさ」

ぴこぴこと耳を動かしながら、白い兎は青い兎に問いかけた

しかし、その答えを持ち合わせていない青い兎は、ただ首を傾げるだけしか出来なかった

「私にそんな事聞かれても知らないわよ、向こうから来たんだから」

なるほどねーと白い兎は何をする訳でもなく、ぼんやりと座っているだけだった

そんな白い兎を見た青い兎はボヤいた

 

「あのね、掃除の邪魔なんだけど」

「私は昼寝の邪魔をされてるんだけど」

 

青い兎に悪びれる事も無く、白い兎はのほほんとしているようだ

 

今にも喧嘩が始まりそうなくらいにお互い睨みあった所で、それは第三者に止められた

 

「まったく、何をしているの?」

 

「姫様!」

 

いつの間にやら、二人の死角からまるで人形の様に整った女性が現れていた

青い兎は慌てて掃除を再開しようとしたが、どうやらそれが正解ではなかった

 

「もしかして何も感じていないのかしら」

 

「あの・・・感じる、とは?」

 

「う~んと・・・」

 

白い兎も、青い兎も、どっちも何も感じ取っている様子は無い

むしろ、なんの話なのか、まったく見当が付いていなかった

 

「魔人が来ているでしょう?」

 

さっき訪れた男が魔人と形容されるほど強大な力を感じられなかった青い兎は、別の何かを考慮するも特に思い当たる事は何も無い

 

「もうよろしい、何も判らないなら永琳の元へお向かいなさい!」

 

訳も分からず姫様から怒られ、青い兎は涙目で診察室へと足を運び

苛立っている姫様からのとばっちりは御免だと、白兎もいつの間にか姿をくらませていた

 

渋々ながらも、青い兎は診療室の前まで向かい、いつも入室するとおりにノックを三回

 

・・・

 

いつもなら返事が返ってくるのだが、扉の向こうからの応答は無かった

仕方が無いので、青い兎はそのままドアノブに手をかける

 

「失礼します、師匠」

 

いつも通りの入室の挨拶を済ませ、室内状況を確認する

いつも通りなら、笑顔の師匠がデスクに腰を掛けている筈なのだが

どうやら様子がおかしかった

 

「・・・」

「・・・」

 

師匠と男はお互い渋い顔を浮かべている

 

あんな顔をしている師匠を、青い兎は見たことが無い

師匠と呼ばれた女性は男に注射を施している様子だった

そして師匠の視線もその注射器に注がれている

なので、青い兎も思わずその注射器に目を通す

 

「な、何をしているんですか!!」

 

その注射器の中身は空だったのだ

何も薬を入れてないサラな物、という事ではなく

確かに注射器の中にはしっかりとした内容物は入っている

 

空気と言う名の内容物が

 

もしも万が一、そんなものを注射すればどうなるか、そんな事は青い兎でも知っている

慌てて大声を出してしまった青い兎を師匠と呼ばれた女性がジロっと睨み

 

「黙ってなさい」

 

と、かなり低い声で言い放つ

思わず叫んでしまったが、ここは診療室

大声をあげていい場所ではない

 

「あっ・・・ハイ」

 

自分のした失態を即座に反省し、状況が読めない青い兎は黙って見守る事にした

 

師匠は黙ってその針を抜き取り、注射器を診察用のトレーに戻し

 

「なるほど」

 

と小声を漏らしていた

 

「だから言ったでしょう、採血は出来ないんですよ」

 

この男の発言に、青い兎は首をかしげる

採血が出来ない、そんな妖怪が居るのだろうか?

正確には居ない事はない、だがそれは雲の妖怪や、唐傘のような、肉の体を持たない者からはどうやっても採血は不可能なのだが

 

この男は違う

 

肉体がある、生きているのだから血は流れているはずなのだ

ならば、不可能なはずは無いのだが

 

「そのようね」

 

と師匠もなぜか納得している

 

少し考えた様子を見せた師匠は、立ち上がって薬棚を開き、その薬棚の奥に手を入れる

 

「申し訳ないけれど、その術の根源はかなり根が深いようね」

 

「・・・」

 

その診察結果を、男は黙って聞いている

 

「曖昧な事は言いたくないから、ハッキリと言うわね。さっきは難しいといったけれど、この術は掛けた本人でしか解呪出来ない仕組みになっているわ」

 

「そうですか・・・」

 

「解呪が無理になってしまったけれど、対策がない訳ではないわ」

 

そう言って、師匠は棚の奥から小さなビンを取り出し、八雲に手渡した

 

「其れを飲んでいるうちはその術の効力も弱まるはずよ、副作用がない訳ではないけれど・・・でも、貴方なら問題は無いでしょう」

 

「十分です、助かります」

 

「今は準備が無いからそれくらいしか出来ないけれど、次に通院してもらう時はその呪いに結界を施せるようにしておくわ、結界で遮断をすれば一時的だけれど解決にはなるはずよ」

 

「ありがとうございます、先生」

 

先生といわれた師匠は、ニコリと優しく笑い

 

「永琳でいいわ、貴方からそんな堅苦しく呼ばれたら肩が凝りそうよ」

 

永琳のその提案に、八雲は畏れながら頷いた

 

「わかりました、永琳さん」

 

「一週間後にまた来なさい、それまでに準備をしておくから」

 

八雲はビンを大切に仕舞うと、ゆっくりと立ち上がり、一度お辞儀をしてから診察所を後にした

 

音も無く、静かに扉が閉められたのを永琳は確認して、その数秒後に

 

「ふぅ・・・」

 

と溜息を漏らした

 

「珍しいですね、師匠が溜息なんて。そんな厄介な患者だったんですか?」

 

「そうね、少し難しいけれど・・・何とかするわ」

 

何とかする、そんな不確定な発言をするのは師匠らしくないと思いながらも、さっきのやり取りを思い出す

 

「そういえば、さっきの注射は一体なんだったんですか・・・?」

 

「採血をしようとしたのよ、けれど出来なかった」

 

「出来ない、ですか」

 

それがどういう意味なのか理解できないで居ると、永琳は静かに先ほどの注射器を手に取った

 

「一時的に血を抜くことは出来たのよ、でも抜いた矢先に・・・血が針を伝って体内に戻っていくのよ」

 

そんな馬鹿な話があるだろうか

しかし、そんな冗談を言う人物ではない事は重々承知しているので、この話も事実なのだろうと考え状況を想像する

 

・・・

 

なんとも気味が悪い

 

「まるで血に意識が在るかのようですね」

 

「いいえ、あれはどちらかと言うと無意識の産物ね。無意識に発動してしまっている能力のせい、とでも言うべきかしら」

 

「・・・血を自在に操る程度の能力ですか?」

 

「違うわ、強いて定めるとすれば、彼の能力は『自己蘇生』と『自己不変』を内包している程度の能力、って所かしら」

 

永琳は俯き、なにやら思い返すかのように呟く

 

「まさに不死の魔人ね」

 

不死、そう言われて思い当たる人物は多数居る

当の本人も不死なのに何を言っているのだろうかと青い兎は再度首をかしげ、質問をぶつける

 

「ですが師匠、それって蓬莱人と何か違いが違いがあるんですか?」

 

「そうね・・・首を撥ねても、心臓を潰しても、死に至る薬品を服用しても、お互いに滅びる事は無い

 そういう意味では違いなど無いでしょう、けれど根源的な部分は正反対なのよ」

 

「根源的な部分?」

 

「蓬莱人の根源は彼の『自己不変』をより強力にした物、死という変化すらも拒否する『絶対不変』

 故に年も取らず、不死身のようにも見える、けれどね・・・」

 

「けれど?」

 

「私や姫様には命がある、しっかりと体の中にね

 だから『生き返る』のではなく『変わらない』というのが一番正しい、変われないだけ。死という変化を受け入れず、肉体の損傷を受け入れず。全てを拒み、元に戻るのよ

 でも彼は違う、私たちは生きているけれど、彼は既に死んでいるの」

 

「はい?」

 

「正確には既に死んでいるのと変わらない、とでも言うべきかしら・・・彼は生きながら死んでいる」

 

「それって矛盾してませんか?」

 

「してないわ、だって彼の魂はまだ生きているのだから」

 

「・・・へ?」

 

「その体は殺せば死ぬ、首を撥ねれば当然死ぬし、心臓を潰したら当たり前の様に死ぬ、

 薬品なんか飲んだら大変な事になるわね・・・でも彼は生き返る、まるでそれが自然現象の様に生き返ってしまう

 何度死のうとも、輪廻転生なんてまるっきり無視して起き上がる、それこそソンビの様に」

 

「なんかそう聞くと怖いですね」

 

「そうね、私達は死という変化を受け入れない存在だけれど、彼は幾度も死を受け入れ、そのうえで生き返る

 私達を『蓬莱人』とカテゴライズするのなら、彼は差し詰め『不死人』って所かしら

 類似しているように見えても、まったくの別物よ」

 

「・・・」

 

「判ったでしょう?死を受け入れないという意味と、死して生き返るという意味は全然違うのよ」

 

ここまで語り、永琳はカルテをファイルに仕舞い、椅子に深く腰を掛けた

 

「違うと言われましても、あんまりパッとしないですね・・・私から見ればどっちも不死身ですよ」

 

「そうね・・・決定的な違いを挙げると、『絶対不変』を無視して、命に強制的な死を与える、そんな術があれば

 私や姫様も容易く死ぬでしょうね、もちろん生き返ることは絶対に無いわ」

 

「そんな、死ぬなんて言わないで下さいよ」

 

「ただの例え話よ・・・でも彼は違う、そんな狂気の術ですら意味を剥奪されてしまう。

 何度死んでも当たり前の様に生き返る、死という事柄が彼にはただの通過点でしかないのよ、まさに無限コンテニューといった所ね

 体は死んでも、魂までは死なない、そしてその魂は既に彼の器の中に無い・・・故に彼は既に死んでいるの、生きているのに」

 

ボソリと、医者である彼女が独り言の様に、最後の言葉を紡いだ

 

「・・・となれば誰が彼の魂を預かり持ってるのでしょうね?」

 

 

 

 

八雲は来た廊下をそのまま帰っていた

そこまで複雑な作りではないので一度通れば憶える事は容易いだろう

しかし、来た時とは違った事があった

 

「あの、なんでしょうか」

 

八雲の帰り道を阻むかのように、一人の少女が立っていた

仁王立ちしていた、という風にも見える

 

「何をしに幻想郷に来たのでしょう?」

 

その少女は、着物を着飾り、まるで一昔前の日本のお姫様の様な風体だった

 

「何をしにって言われても・・・」

 

幻想郷に来た八雲に、これといって幻想郷に来た目的も、来る理由もない

むしろ幻想郷に崑崙を通じて漂流するまで、その存在すら知らなかったのだから

 

「・・・魔人」

 

ボソリと言われた言葉を、八雲は聞き逃さなかった

それは玄関先でも言われていた

 

『禍々しい魔人でも来たのかと思ったけれど、そんな事も無いようね』

 

看護婦さん。いや、あの女医さんも言っていた言葉だった

何かの例えなのかと流していたが、こうも言われると流石の八雲も違和感を感じた

 

「魔人?」

 

反芻した八雲に、お姫様は長い髪を翻し、何も言わずに奥の部屋へと立ち去っていった

妙な違和感を感じたまま、八雲は確認する術を失ってしまったので、仕方なく出口へと向かう

そして出口に手を掛け、扉を開ける

開けた瞬間、八雲は一人の少女と目が合った

 

「待たせちゃったかな?」

 

少女は少しはにかむと、目を伏せた

 

「いいえ、私も今戻って来た所だから」

 

気にしないでと言いたげな感じで、少女はフワリと浮かび上がる

 

「話は道中で聞くから、とりあえず紅魔館に戻りましょう」

 

話と言うのはいわずもがな、診察結果の事だろう

 

その言葉を聞き、八雲も追鱗を呼び出し、アリスの後を追いかける様に飛び上がった。

 

 

 

 








一方、妖怪の山

「あややや・・・酷い目にあいましたねぇ」

そこにはボロボロの服を纏った一人の烏天狗がヘバっていた

「・・・」

その横には白狼天狗が何も言わずに、そんな烏天狗を見下ろしていた

「・・・助けてくれても良かったんですけど?」

「自業自得ではありませんか」

「あや?あやや?それは酷い責任転嫁ですねぇ、私は貴女が面白い物を見つけたというから急行して、それを皆に伝える義務を遂行しただけなのに」

義務など微塵もないのだが、どちらかと言えば義務を果たしたのは白狼天狗の方である

「面白い物?私は新しい外来人が、博麗の巫女の逆鱗に触れているとお話しただけですが」

それを聞いて、烏天狗はペンを取り出し、サラサラと胸に仕舞っていたノートへなにやら書き込み始める

「それが面白い物でないなら、一体全体なんなのか?」

「・・・」

「私にはサッパリですねぇ」

サラサラを書き込みながら、ボロボロの服で、烏天狗は笑っていた

「あの外来人からはスクープの匂いしかしませんよ!」

クスクスと笑う烏天狗に悪びれた様子はない

何も懲りずに、更なるペンを走らせるのだった

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