東方不死人   作:三つ目

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凄まじい光景を目にした
平和な幻想郷では想像も出来ない、スプラッタなもの
ソレをしろと言われて、吸血鬼である私にも出来ない事はない
だけれど、あんな風には出来ない

あの男は自分の心臓を鷲づかみにして、胸に空いた空洞の中に無理矢理心臓を押し込んだ、まるで買い物袋に野菜でも詰め込むかの様に、冷たく、無表情

そして切り離された左腕を右手で拾い、再生させるのかと思ったが、ただ持っているだけで付けようとしない

あの男には痛覚と言うものが無いのか?

いや、無い筈はない
痛みで顔を強張らせている所を私は見ている

そんな思惑の中で、あの男は私に問いかけてきた

「おぬし、名を聞いておらぬな」

「あら、私から名乗るの?レディに対して失礼じゃないかしら」

「それは失敬、だが儂は別に名乗る者でもない、しいて言うなら”八雲の影”とでも言うべきか」

影、あの優男の裏とでも言うべきなのかしら
でも確かに、影と名乗るだけはある

さっきから私に当てられているプレッシャーは並のものではない

妖精程度なら、それだけで怖気付いて逃走する
人間程度なら、それだけで死を覚悟するだろう
妖怪程度なら、それだけで戦意を失い頭を垂れるだろう

だが、私は違う
わたしは夜の者であり王だ
ナイトウォーカーの中でも上位種であり、その純血である私に、この程度のプレッシャーで逃げるわけが無い
むしろ丁度いいだろう、さっきのでは楽しめない

あんな加減をされた戦いでは、私の力は証明できない!

「私の名はレミリア・スカーレット」

その名前を聞き、八雲は首を捻る

「レミリア・・・知らん名だ、じゃがスカーレットか、なるほど」

何が『なるほど』なのか、聞いてみたいが聞くのも野暮というものか
それに、そんな与太話を気にしていては王は務まらない

「あの者の子か、そうじゃな、確か生まれていれば500歳前後、といった所か・・・まだまだ幼いのう、儂から見れば稚児と変わらん」

この男の言う『幼い』は、私の見た目や、私の考え方の話ではない事くらい判る
私の内の力を感じ取って『幼い』と、この男は言ったのだ

許せない

許せる筈が無い

許していい訳が無い

「その言葉、万死に値するわ」

私の言葉を聞き、あの男は馬鹿みたいに笑った
いや、馬鹿にされたのだ、この私が

「万の死か、与えられればいいのう」

まるで他人事の様に言い放ち
不死者はまた馬鹿みたいに笑う


・・・もう絶対に許してあげないんだから!!!




幼い吸血鬼

 

先に仕掛けたのは、八雲だった

 

「出でよ!」

 

手を前に突き出した姿は、レミリアに何かの術を宛がおうとしてるのは確実と言える

レミリアはその一瞬を逃さぬようにと、眼を凝らし、何が出るのか確かめようとした

 

「走鱗!」

 

しかし、飛んできたのは何の変哲も無い、ただの獣とも思える獣魔

雷を発する事も無く、異様な威力という訳でもない

むしろ、攻撃用ではないとさえ思える

 

その形状から察するに、おそらく移動用ではないかとレミリアは察しを付ける

 

であれば、今のは

 

「フェイント?」

 

突っ込んできた走鱗に気を取られてすぎる訳にも行かない

すぐに視線を八雲へと戻す

 

「出でよ!光牙!」

 

『やはり、今のはフェイントか!』

 

そう思い、構える・・・が、光牙はレミリアの予測とは違う方向に飛んでいった

 

光牙の目指す先は天井

 

光牙が貫いた天井の真下に、レミリアは立っていた

天井が崩れ、いくつもの瓦礫がレミリアに目掛けて降り注ぐ

 

「こんな子供騙しで!!」

 

瓦礫を避け、避けるのに困難な瓦礫は破壊して場所を移動する

そして警戒し、敵である八雲を探す

 

「・・・いない!?」

 

左右を見渡すが、八雲の姿は無い

即座に後ろを振り向いても、八雲はいなかった

逃げの一手、にしては大掛かり過ぎている

そもそも、逃げるための目暗ましならフェイントを入れる必要が無い

 

となれば、答えは

 

「出でよ!」

 

奇襲戦法。

相手の視線を一時的に誘導出来れば良い、それは何でも構わない

光術でも、降り注ぐ瓦礫でも

それに注視させ、自身は相手の視野の外へと向かい、相手の懐に飛び込む

そこで必殺の一撃を叩き込む

 

八雲は天井を伝ってレミリアに急降下していた

 

もちろん八雲が単独で天井を這う事は出来はしない

最初に呼んだ走鱗を手元に戻し、それに乗り、天井を蜘蛛の様に這うようにレミリアの真上へと移動し、落下した

 

だが

 

「甘いわね!」

 

またもレミリアは跳ぶ、レミリアの速度は自由落下している八雲よりも断然に速い

即座に間合いを開けたレミリアは今度こそ八雲を視界に捉える

これで何が来ても対応が出来ると、そう考えた

 

しかし、レミリアは八雲の姿を見て、違和感を感じた

 

『左腕が、再生していない!?』

 

あれだけの再生能力を持ちながら、心臓はすぐに治したのに、まだ左腕が再生していない・・・再生出来なかったのか、それとも再生させる必要が無かったのか

ふたつの理由を模索したが、すぐにレミリアはその答えを得た

 

トンと、レミリアの背中に何かが当たった

 

八雲は真正面に捉えているのに、背中から何かが当たるなど考えられない

レミリアはすぐにその背中に当たった正体を確認した

 

『左腕が・・・!!』

 

左腕が宙に浮き、レミリアの背中に手を当てていた

 

「操演」

 

八雲が唱える

 

「土爪!」

 

「っく!!」

 

切り離されている左腕から、鋭利な爪の獣魔が現れ、切り裂いてくる

零距離の土爪を避ける手段などない

だが、レミリアは瞬時に判断してその手から離れていた

あと一瞬、判断が遅れていればレミリアの体はバラバラになっていただろう

 

そんな刹那の防戦

八雲はそのまま地面に着地して、レミリアを見据える

 

「これが経験の違い、年季の違いというやつじゃな」

 

レミリアは今の土爪で傷を負っていた

 

「これでさっきのような動きは出来まい」

 

背中の羽までは、守れなかった

土爪の傷跡が、羽に残されている

 

「・・・舐めるな!!」

 

怒りを露にして、レミリアはその手に槍を作り出す

怖ろしいほど練りこまれた精を槍から感じ取り、八雲はにやけた

 

「グングニル!!」

 

レミリアはその槍の名を呼び、八雲に投げつけた

レミリアの移動よりも倍以上迅く、その槍は八雲の頭部を目掛けて突き進んだ

 

「なんじゃそれは?」

 

全力で放たれたグングニルの投擲は

容易く、あっさりと、避けられた

曲がる事もせず、真っ直ぐに進んだ槍の後を、まるでつまらないものでも見る目で八雲は追った

 

「狙った者を必ず貫くと言われる神の槍の模倣。速度は申し分ないが、当てるのであれば工夫が足りぬわ」

 

全力のグングニルを容易く避けた八雲を見て、レミリアは生唾を飲んだ

強い。

そうレミリアは実感した。

まだ数回のやり取りしかないが、この男は間違いなく強い

弾幕ごっこではどうなるか判らないが、実践においては格段に強い

 

「流石ね、私のグングニルを避けたのは霊夢と貴方くらいよ」

 

正確には、グングニルを使用したのは霊夢と八雲しかいない

だが、彼女のプライドもあってか、その様に言ってしまう

それを聞いた八雲は、首をかしげていた

 

「・・・霊夢?」

 

「あの巫女よ」

 

「巫女?・・・知らんな」

 

八雲は顎に手を当て、何かを考える素振りまで見せていた

知らないはずが無い、知っていなければおかしい

だが、今の彼は影と言っていた、ならば記憶も別なのかもしれない

と無理矢理な解釈をして、レミリアは飲み込んだ

 

今はそれを考える時ではない、さて・・・次だ

 

レミリアの周りには幾つもの魔方陣が展開される

弾幕ごっこでは使用しないほどの妖力を魔方陣に注ぎ込む

 

「ほう・・・幼いが、そこそこ出来るようじゃな」

 

にもかかわらず、この男からは『そこそこ』といった評価しか得られなかった

ニタリと笑う八雲を見ていると苛立ちが倍増する

 

「この!!馬鹿にして!!」

 

その魔方陣から一斉に妖力を放出する

 

スペル名なんて存在しない

 

ただ闇雲の、相手を倒すだけに練り上げた力

魅せるためではない、倒すための攻撃

 

「短距離転移」

 

その攻撃が届く前に、八雲は消え

レミリアの背後から現れていた

背後の気配を感じ取り、魔方陣への妖力供給を絶つ

 

「出でよ、石絲」

 

またレミリアの見たことの無い獣魔を呼び出す

花弁が開き、中の獣の口から黒い糸が吐き出される

 

「くっ!!」

 

即座に回避行動を取るも、その黒い糸はレミリアの右手にあたってしまった

 

レミリアはすぐに考えた、この攻撃は何かと

その答えもすぐに得た

糸が当たった所から、急激に石化し始めている

 

『これが・・・霊夢を石化させた術ね!』

 

まるで反射のようにレミリアは自分の右手を、なんの迷いも無く左腕の手刀で切り落とす

 

落ちた右腕は完全に石に変わり果て、傷口からは石化する予兆は見えない

この対処で正解だったと、レミリアは安堵する

だが、戦況を考えると安堵は出来ない

相手はまだまだ未知数、それにかなりの余裕がある

まだ見ていない技だってあるはずだ

それに対して、こっちは大技を使っても掠り傷すら負わせられず

あまつさえ、右腕を失って再生する予兆が無い

あの石化が解除されない限り、右腕の再生は絶望的といえる

 

「右腕を諦めたか、それでどうする?」

 

「何がよ」

 

「まだやるのか?」

 

白旗を揚げろと言うのか

この私に、降参しろと言うのか

 

「頭に乗るな!!たたが右腕くらい・・・無くても戦える!!」

 

「良い覇気じゃ、だが威勢だけでは勝てぬぞ」

 

はたから見て、明白だった

遊ばれている、そう思えるほどの実力差を嫌でも感じてしまう

いくらでもタイミングはあった筈なのだ

いくらでも、レミリアの首を撥ねる事だって出来たはずなのに

八雲はそれをせず、まるで教えるかのように、レミリアの体制が立て直せるまで待っている

 

残された左腕を使い、両足を使い

離れては光弾を打ち出し、時にはスペルカードの原型になった技までも扱う

 

もはやレミリアの部屋はただの瓦礫の山と化し、最初に座っていた玉座もバラバラに砕け散っていた

そんな中で、二人の攻撃の余波を避けつつ、咲夜はレミリアに訴えかける

 

「お嬢様!もう――――」

 

「うるさい!!!」

 

咲夜が止めようと声を掛けても、主はもはや制御不能だった

 

「出でよ、闇魚」

 

今度は胴体が闇に包まれている魚の獣魔が呼び出される

その闇の中には光は無い

ミスティアと同様の能力と捕らえ、レミリアは自ら闇魚の中へと飛び込んだ

 

『暗闇は逆に好都合だわ!』

 

相手からどう見えるかは判らないが、でもそれを逆手に取ろうと考えていた

吸血鬼の様な夜の妖怪は暗闇に強い、明るい場所よりも、闇夜の方が見通しが利きやすい

そう思って飛び込んだのは良い、が

 

『何よ・・・これは』

 

これはただの闇ではなかった

覆われた瞬間に、一切周りの気配が読めなくなった

それどころか、その闇のせいで自分の体くらいしかまともに確認出来ない

 

『気配が読めない!あの男の妖気すら感じない!』

 

全てから遮断された箱庭に閉じ込められたレミリアは、辺りを見渡す

ただの闇、黒に塗りつぶされたのではないかと錯覚するほどの闇がレミリアを包む

夜目が利くはずの吸血鬼が、何も見えない暗闇に身動き一つ出来なくなっていた

 

「自ら踏み込んだ割にはうろたえておるな」

 

八雲の声が響く、まるでドームの中に居るように声が反響して、正確な位置を割り出せない

 

「見えなくても関係ないわ・・・」

 

レミリアは身を屈めた

 

「全て吹き飛ばせばいいのよ!!」

 

レミリアのスペルカードである「不夜城レッド」それをより実践向きにしたものが

 

紅魔「スカーレットデビル」

 

しかしそれもスペルカード、弾幕ごっこのゲームの範囲の内の技

 

原型の技は存在する

 

あまりの威力で使用する事すら封印していた、彼女の大技

 

「吹き飛んで後悔するといい!!」

 

それを発動させた

 

紅く、赤く、朱い

彼女の内にある妖力が異常なまでの膨張を引き起こし、己の部屋ごと吹き飛ばさんとしていた

 

 

 





所変わって、紅魔館の門。そこには美鈴とパチュリーが居た
美鈴は何をするわけでもなく、ただ門の前に立っている
パチュリーは失われた体力を取り戻すために、門の横の芝生で寝そべっていた

「すいません、パチュリー様」
「・・・なにが?」
「屋敷の中が使えればベッドもあるんでしょうけど」
「いいのよ、今はこれも気に入ってるわ」

そういってパチュリーは芝生の上で寝返りを打つ
服は既に血や泥で汚れているので、もう多少の汚れなど気にしていない様だ

「光の龍・・・また屋敷を突き破ったわね」
「お嬢様の槍も突き抜けていきましたね」

ボーっと空を眺めながら美鈴とパチュリー零していた

「修繕が大変そうですね・・・」

もう後のことを考えている美鈴は帽子の上から頭を掻いた

「どっちが勝つと思う?」
「そんなの判りませんよ」

パチュリーからしてみれば、それは純粋な疑問でしかない
ある意味、実験のようなもの
どういう事が起きるのか、どんな変化が起きるのか
勝ちか負けか、白か黒か
純粋にその程度の考えのもの

美鈴はそうではなく、純粋な武道での勝敗を想定していた
実力だけではなく運もある
ラッキーパンチが当たってそのままノックアウト。なんて事だって十分ありえるのだ
だから、実力差が極端に浮き彫りにならない限りは絶対の勝利というものはない
だから『絶対』と言う文字は、絶対に無い

そして二人は後のことを考えていた

・・・それは片付け。

とても平和的で、楽観的の、そして平和的な未来を考えていた
最終的にはお互いに仲良くなって、今夜は酒でも飲むのかな?考えていた

凄まじい轟音を聞くまでは

それは全てを吹き飛ばすような勢いの赤い妖力の放出だった
指向性は無く、出鱈目に周辺をなぎ倒すような、そんな勢いの大技
その技を放ったのが誰か、二人はすぐに理解する
理解して、思考する

どうしてあのような技を使用したのか

そして二人は同じ答えを得て、異なった思いを抱いた

パチュリーは焦っていた
スペルカードのルールを大きく越えたその威力は、幻想郷にきてから一度も使用したことは無いだろう
それを扱わないといけない相手、それほどの苦戦を彼に強いられている
助けなければ・・・レミリアを
レミリアに何かがある前に

美鈴は焦がれていた
やはり彼はかなりの実力を持っていたのだ
あれ程の威力の技を使ったという事は、あの大技を当てても大丈夫という確信があったのだろう
もしくは、大技を使わなければ打破できない何かがあったのか
前者なら影ながら見守るべきだろう、それほど興味がある内容でもない
しかし後者なら・・・混ざりたい
レミリアの決着が付く前に

敗者復活戦、そんなものは弾幕ごっこには無い
しかしこれは、弾幕ごっこではない、戦いと言う実践だ
ならば、前に負けていたとしても、もう一度前に立って戦う事だって

あり、だろう

「行きましょう!!」
「・・・もちろんよ」

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