東方不死人   作:三つ目

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運命

 

重い扉が開かれた

その扉に手を掛けているのは、八雲であった

その後ろに、控えるように咲夜が申し訳なさそうに立っている

そしてその扉の先に、この館の主が鎮座している

どうみても幼い少女の様に見えるが、どうやら見た目通りではないみたいだ

背中からは漆黒の羽を生やし、八重歯は牙の様に尖り

クっと唇を引き上げて笑う様は、どう見ても子供のそれではない

 

「案外早かったのね」

 

まるで八雲を試していたかのような開口一番に八雲も目を更に細める

 

「アリスはどこだ?」

「・・・せっかちね、そんなんじゃモテないわよ」

「貴女に好かれようとは思っていない、アリスを帰してくれるなら別だけど」

「何を言ってるの?メインディッシュも食べさせずに帰すなんて、そんな事は主として許せないわ」

 

八雲は体に刺さっているナイフを引き抜きつつ会話を進めていく

 

その姿を後ろから見ていた咲夜は顔を伏せた

 

八雲は微塵にも感じさせないが、かなりの激痛のはずだ

癒着してしまった皮膚がナイフから剥がれる音が咲夜とレミリアの耳に入る

メリメリと耳障りな音を聞きながら、レミリアは笑みを崩さずに八雲に問う

 

「そんなボロボロでどうするつもり?」

「そうでもないさ」

 

その瞬間、八雲の傷口が急激に塞がり始めた

 

「そんな・・・」

 

その光景に、咲夜は口を手で覆う

流れた血が急速に八雲の体に集まっていく

そして集めきると即座に傷は何事も無かったように消えた

その現象をレミリアは観察していた、興味深そうにその光景を見つめている

 

「鋭利な傷なら、塞がるのも早いんでね」

「随分強力なリジェネーションのようね、今まで隠していたの?」

「隠していたわけじゃない、ただ薄めていただけだ」

「あらそうなの?どうして?」

「彼女を相手に、この力を使うのは反則だと思ったからだ」

 

そういって八雲は後ろに居る咲夜に親指を向けて示す

 

「だが、貴女は違うようだ・・・人じゃない」

「人が相手なら、人と同等になって戦かおうと言うの?それは酷い驕りよ」

「・・・」

「力は使ってこそ価値がある、力は示す為にあるの、圧倒的なまでの力の差を見せ付けて、初めて愉悦を得られるものよ」

「それこそ驕りだ」

「判ってないわね、そうしないと頭の悪い連中はハエみたいに集るのよ、弱者の分際で弁えもせず下克上を成せるのではないかと、ね」

 

レミリアのその言葉を聞き、八雲は溜息を吐いた

 

「その言葉には納得できないが・・・貴女がそうなら、それでいい。だがアリスは関係ないだろう」

「そうね、なくも・・・ない訳でもないけど」

「ならアリスを開放しろ」

「それは出来ないわ、どうしても開放して欲しいなら私を倒すことね」

 

レミリアのその言葉を聞いて、咲夜はピクリと反応した

 

「弾幕ごっこってやつじゃ駄目なのか?」

 

八雲のその言葉に、レミリアは目を研いだ

 

「馬鹿にしているの?アナタの弾幕なんて目を閉じても避けられる自信があるわ」

「・・・」

「アナタの選ぶ道は一つしかない、私と戦う事よ」

「どうしてもやるつもりか」

「そうよ、アナタはそういう『運命』なのだから」

 

運命、それを得に来たと言うのに

アリスの安否は判らない

望まない戦いを強いられる

これが俺の運命か、と皮肉に八雲は思う

 

「・・・その前に聞きたいことがある」

「なにかしら?」

「どうしてそんなに戦いたいんだ」

「決まっているわ、どっちが上なのか・・・証明する為によ!」

 

くだらない、と言いかけて八雲はその言葉を飲み込んだ

レミリアの表情が、笑みから真剣なものに変わっていたから

 

「分かった、俺が勝てば・・・アリスを返してもらうぞ」

「勝てば・・・?。舐めるな再生者(リジェネーター)!私は純血の夜の者。ただの妖怪に勝てる要素があると思う?」

「やってみなくちゃ判らないな」

 

そう言い切った瞬間、レミリアは跳躍した

何の予備動作も無しに、飛ぶのではなく、跳びたった

そのまま八雲の脇を通り抜けると同時に、八雲の左腕から熱い感覚が伝わる

燃えた訳ではない、何か鋭利な何かが通り抜けた摩擦熱の様な感覚

一瞬の出来事で把握しきれていない八雲は、その熱の感覚を目で追う・・・

 

左肘から先が―――無くなっていた

 

「やってみる?一体なにをするつもり?」

 

レミリアはまた不適に笑い始めた

その右腕には、八雲の左腕を掴んでいる

 

『速いっ・・・!』

 

痛みも無く、レミリアは八雲の腕を両断していた

遅れて、八雲のの肘から、そしてレミリアの掴んでいる腕から出血し、痛みを自覚しはじめた

 

「出でよ!雷蛇!!」

 

動きが捉えられないのであれば、広範囲攻撃で挑むも

 

「なにそれ」

 

つまらなそうに、レミリアは雷蛇の電撃の網ですら容易く避け、またもや跳躍をして飛び込んでくる

 

「出でよ!土爪!!」

 

八雲はそれを近距離獣魔で迎え撃つが

レミリアは体を捻り、爪と爪の隙間を縫った

 

「当たると思ってるの?」

 

まるで曲芸染みたレミリアの動きに、八雲は付いて行けない

勢いをそのままに、レミリアは八雲の胸に左手を突き刺した

鋭い痛みに、八雲も膝を突いた

 

「・・・ここまでとは」

 

それが八雲の感想だった

見た目は幼くも、その実力は思った以上

 

「これでも再生出来るかしら?」

 

胸から引き抜かれたレミリアの左手の中には、八雲の心臓が握られていた

ドクンと収縮する度に、心臓から血が吹き出す

右手には八雲の左腕、左手には八雲の心臓を持った吸血鬼は、不敵に笑っている

容赦無いレミリアの攻撃に八雲もどうして良いか判らずにいた

 

「・・・」

 

倒れない八雲を見て、レミリアは嬉しそうに笑う

 

「もしかして、再生者(リジェネーター)ではなくて不死者(アンデット)なのかしら?」

 

まるでオモチャを与えられた子供の様に笑うので、八雲も困惑してしまう

 

不死者(アンデット)なら面倒ね」

「面倒で悪かったな」

 

軽口を返してみるも、レミリアには全然響かない

眉一つ動かさず、右足で足刀を繰り出した

 

「でも、これで終わりね」

 

膝を突いたままの八雲では避けられなかった

その足刀は的確に八雲の顎を捉え、その衝撃と遠心力で脳を揺すられた

 

「相手が不死者(アンデット)なら、意識を刈り取ればいいだけだもの」

 

フワリと、意識が遠のく感じがした

 

『ま・・・まずい・・・!』

 

そう思っても既に手遅れだった

流石の(ウー)でも、最大の弱点である意識障害の攻撃をガードもせずに受けてしまってはひとたまりも無い

 

 

 

そのまま派手な音を立て―――八雲は意識を失い、倒れた。

 

 

 

「あっけないわね、この程度なの?」

 

レミリアは倒れた八雲を見下ろし

もう興味も失せたと言いたげな表情で、両手に持っていた心臓と左腕をうつ伏せに倒れた八雲の背中に放り投げた

 

「咲夜、紅茶を淹れて来て」

 

倒れた八雲に背を向け、従者に命令をする

いつもならすぐにでも返事をする従者が、今は返事をしなかった

それが気になり、レミリアは咲夜を見ると、咲夜は何かを呆然と見つめている

視線はレミリア・・・ではなく

 

「・・・お嬢様」

「なぁに?」

 

 

 

「後ろを!!」

 

 

レミリアの後ろに立っていた人物に送られていた

従者が叫び、その主も後ろを見る

 

 

「・・・”愚か者”が」

 

 

まるで幽鬼の様に、八雲は立ち上がっていた

顔は伏せられ、その表情は伺えないが、声で判る

 

その声には、呆れが込められている

 

「この程度の事で敗れるなど、(ウー)失格じゃな」

 

独り言を呟く八雲を見て、レミリアはさっきとは違い、なんとも言えない威圧感を感じた

 

「へぇ、まだ立てるの?」

 

「まったく、侮られたものじゃ」

 

八雲はその顔を上げた

さっきまで開いているのか閉じているのか判らなかったが、今はその眼がはっきりと見えるくらいに開かれている

 

「儂の方から逆に問いたい、この程度で倒せると思っておったのか?」

 

「減らず口を・・・!」

 

「おぬしでは儂には勝てぬ、天地がひっくり返ってもそれは叶わぬ」

 

そう八雲は言った

 

「いいわ、次は全力で殺して、バラバラにして血の一滴まで啜ってあげる」

 

「実力差も判らぬほど愚かでもあるまい、やめておけ」

 

そんな二人のやり取りを後ろで見ている咲夜は異変に気が付いている

 

 

『アレは・・・誰?』

 

 

咲夜は、さっきまでの八雲とは全然違う雰囲気に得体の知れない恐怖を感じていた




夢幻の如く、儂がその話を聞いた時の感想はそれだけしかなかった

忘れられし者の楽園

そんな世界があると聞いた事がある

じゃが、それを信じていなかった。

考えられるだろうか?

人も、鬼も、妖魔も、妖怪も、神も、幽霊も、妖精も、精霊も

ありとあらゆる、闇の者と呼ばれた者達

その、なにもかもが共存し、共生している世界

にわかには信じられぬ

まさに幻想的で、理想的で・・・非現実的じゃ

全ては遠き理想郷、想いの果ての夢幻

儚く散った思いが募り、語られた全てから忘却された世界

在りはしない幻の世界、そうあってほしいという夢の願望

その集大成が、その御伽噺だと思っておった

それがその世界の正体だと考えておったが

どうやら少し違っておったようじゃな

その世界を観覧しまった、その世界を体感してしまった

夢を、幻を、理想を、幻想を、そして新たな希望も

体感すると判る、常識に縛られていたのは、むしろ儂のほうであった

最早、枯れたつもりでおったが・・・

もしもその世界が・・・儂の夢も叶えてくれると言うのなら、それは至極愉快ではないか

ならば、やるしかあるまい

与えきれなかった心残りを

今一度、あの愚か者に与えよう

その空洞の様に抜けた、そして自ら縛った頭を今一度、無限に広げられる様に

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