東方不死人   作:三つ目

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切り裂いた扉の先に、待っていたのはさっきのメイドだった
なんとなくそれを八雲は予測していた
だが予測できなかった部分もある

それは怖ろしく長い廊下

ありえないほど伸びた廊下に無数の扉
外観からでが考えられないその空間に踏み込み、また違和感を覚えた

「なるほど、この違和感は君の能力か」
「お分かりになりますか」
「嫌でも分かる、こんな芸当されればな」

空間湾曲の能力、ありもしない空間を作り出し、それをあたかも在る様に使える
もちろん空間を縮めたり、伸ばしたり、変幻自在という訳だ
それが彼女の能力の一つ
八雲が進めば進んだ分の廊下が更に伸び、その分扉が増える仕掛けのようだ

「先に言っておきますが、私を放って置いて探索されるのは止めたほうが宜しいかと」

メイドが無数のナイフをまるで扇子の様に広げて八雲に見せる

「なら俺も言っておく、俺はもうレミリア以外とは戦う気がない・・・」

先ほどのパチュリーとやり取りを思い出してしまうと、どうしても踏ん切りがつかない
八雲が本当に相手にしないといけないのは、この館の主である、レミリアのみ

おぼつかない足取りで進む八雲はどう見ても満身創痍に見える

「レミリアお嬢様の元へと向かうのであれば、私も排除行動を取らざるをえません」

咲夜が警告しても、八雲は止まらない

「アリスを開放するなら、俺だって無益な戦いはしたくない」
「開放する権利など、私にはありません」
「それならどいてくれないか、君の主に言うさ」
「・・・出来ません」
「そう言うと思ってたよ」

溜息を吐き出し、八雲は更に歩みを進める
どんどんと、廊下の距離は伸び、咲夜との距離が縮まっていく

「止まりなさい・・・!」

彼はもう戦えないのではないだろうか
そんな思いが、咲夜のナイフを留めていた

「君の思いは分かる、俺が君でもきっと同じ事をするだろう。だから遠慮はいらない」

八雲は自分と三只眼、パイの事がよぎる
美鈴と同じく、主を護る者
その主に危害を加えると言うのだから、止めるのは当然だ
だが八雲にも進む理由がある
付き合いの長い短いは関係ない
自分の事を想ってくれた仲間を裏切るような真似を、八雲には出来ない

「どうした・・・来ないのか?」
「その前に、お聞きしたい事があります」
「・・・なんだい?」
「どうしてパチュリー様の治療を行ったのでしょうか?」
「見ていたのか」
「概ねは」
「・・・俺が怪我をさせたからだよ、だから治しただけだ」

なるほど、と咲夜は頷いていた

「それでは、いかせて頂きます」

「あぁ・・・来い」




夜に仕える者

 

 

昨夜が攻撃を開始して、3分程度しか経っていない

たった3分間、それだけでも咲夜の心を蝕むには十分な時間だった

 

咲夜の心は何度も折れかけた

 

折れかけそうになる度に、レミリアの忠誠心を思い、奮い立つ

それを何度も繰り返し、咲夜はなんとか八雲の前に立っていた

 

「・・・」

 

ヨロヨロと、無数のナイフが刺さった八雲を見据える

見ていられない、そう思う咲夜は顔を背けたくなる

でも、それは許されない。

敵・・・と思っている相手に顔を背けるなど、してはいけない事だから

 

「もういいでしょう?降参すれば私はもう何も致しません」

 

「・・・ならレミリアお嬢様に会わせてくれるのか?」

 

それも出来ない相談なのだ、だから咲夜は苦しんている

また一歩進む八雲に、咲夜は一歩下がりナイフを投げる

それを八雲は避けようとしない

当たり前の様に前へと進み、ナイフを受け入れる

 

「ぐっ・・・」

 

悲痛な八雲の痛みを訴える声に、咲夜の心が痛む

 

「どうして攻撃しないんですか!!」

 

八雲が攻撃してくれれば、咲夜の心も少しは晴れる

正当防衛という既成事実が生まれ、それを拠り所に出来る

敵に攻撃するのは仕方のない事なのだと思える

しかし、八雲はこの3分間、ただ前へと歩いていただけだった

歩き、ナイフを身体で受け止めていた

今の咲夜は自身の心と戦っていた

レミリアへの忠誠心だけを拠り所にして、八雲を止めようとする

 

「もう十分でしょう?引き返しては頂けませんか?」

「・・・」

 

降参を促す言葉には、八雲は何も言わない、何も聞こえていない様に更に歩みを進める

それにあわせて咲夜もナイフを投げる

そしてそれが当たり前の様に八雲に刺さる

ここまで、咲夜のナイフは一本も外れていない

全て八雲の身体に刺さっている

 

弾幕ごっことはまったくの逆パターン

 

既にこれは当てる戦いではなく、互いに耐える戦いになっていた

 

痛みで八雲の心が折れ、降参するか

良心で咲夜の心が折れ、諦めるか

 

そして咲夜には別の恐怖もある

 

『あれだけ刺さってまだ動けるの・・・?』

 

八雲の不気味さ、そして八雲を殺してしまうのではないかという恐怖が咲夜に押し寄せ始めた

無数のナイフが刺さった妖怪が絶命せずに歩いているのだ、怖くないはずが無い

そして次のナイフで八雲が死ぬかもしれないという恐れ、さすがに急所を避けているとはいえ・・・これだけ刺されば絶命しても不思議ではない

 

「止めましょう!もう止めましょうよ!」

 

「・・・」

 

それでも八雲は止まらない、すかさず新しいナイフを咲夜は取り出すが

 

投げられない

 

まるでナイフが手に張り付いた様な感覚すらある

 

心が、もう投げるべきではない、と・・・そう訴えかける

だが忠誠心はそうではない、投げろと命じてくる

その板挟みが、咲夜の心を磨耗する

 

「そこまでする理由があるんですか!?」

 

「なら俺にも聞かせてくれ、どうしてお嬢様を護ってるんだ?」

 

「それは・・・」

 

「君がそのお嬢様を護りたいと想っている気持ちと、俺がアリスを助けたいという気持ち、そこに大きな違いはないと思うよ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

それは違う、お嬢様にとってこれは遊びの一環だ

その遊戯の為に、ここまでの事をしなければならないのかと思うと・・・胸が痛む

お嬢様への忠誠心に揺るぎは無い

 

けれど・・・無抵抗の者へここまでする必要もあるのだろうか?

 

彼から悪性のものは何も感じない

仮に彼がお嬢様に何かするつもりなら、私も全力でそれを阻止するだろうけれど

逆なのだ、何かをしているのはお嬢様の方・・・

ならば行かせても、いいのではないか・・・

 

「通してくれ」

 

考えていた、この遊びに意味があるのかと

考えすぎていて、気が付けば、既に彼は手を伸ばせば届く距離まで近づいていた

それでも彼は私に攻撃する気配すら見せない

 

「君まで怪我をさせたくないんだ・・・頼む」

 

酷い怪我・・・私が彼を傷つけてしまった

一体何本のナイフを投げただろうか・・・

刺さるたびに、よろめき、踏ん張り、また前へと進む

ずっとそれを機械のように繰り返していた彼は・・・一体何を思っていただろうか

 

――――・・・一体、私は何をしているんだ?

 

「どうしてですか!?どうして!!」

 

戦ってくれれば、こんな思いはしなかったかもしれない

戦って、勝っても負けても、こんな気持ちにはならなかったかもしれない

私は、私は・・・私は――――

 

「出来れば戦いたくない、それだけだよ」

 

 

 

 

あぁ・・・私はお嬢様の為に命を捨てる覚悟はある、けれど・・・心までは捨てきれないようだ

 

 

 

 

一方的な蹂躙、それをして私は私を切り刻んでいた

彼は真剣で・・・それでいて真面目だ

 

私は美鈴の様に、強靭な肉体は持っていない

 

私はパチュリー様の様に、色んな魔法が使えたりなんかしない

 

私は、お嬢様の様に・・・強くない

 

「君は、人間だろう・・・?」

「えぇ、その通りです」

「なら尚更、俺は戦いたくない、そうだな・・・でも」

 

彼は、はにかんだように笑う

こんな私に向けて

 

「弾幕ごっこで遊ぼうって事なら、歓迎するよ」

 

私は何をしていたんだろう

私は一体、何からお嬢様を護ろうとしたのだろう

何もかもが馬鹿馬鹿しくなってしまった

全てが愚かしく感じてしまった

 

真剣な彼と、遊戯と思っている私では、覚悟の重さが圧倒的に違う

 

最初は彼の力量を測ろうと、軽い気持ちだった

けれど、今はその自分を戒めたい

こんなにも真剣な相手に、私は何をしていたのだろう

 

「参りました、藤井様。私の負けです」

 

その言葉に八雲は首をかしげた

 

「負け・・・?」

 

「このような気持ちで藤井様に手を出してしまった事を、深くお詫び致します」

 

「意味が判らないって、それに勝ちとか負けとか、そういうのじゃないだろ」

 

「え?」

 

「君は君の想いを遂げようとして、俺を止めていたんだろう?」

 

「・・・それは・・・」

 

「確かに、俺がアリスを助けたら俺の勝ちに思えるかもしれないけど、でもそれが君の負けにならないだろ?」

 

「・・・」

 

「君の負けは、レミリアお嬢様が倒された時・・・違うかな?」

 

「違いません、仰る通りです」

 

「なら君は誰にも負けてない」

 

あぁ、この人は・・・本当に・・・

 

「ふふ・・・久々です、藤井様の様な方にお会いしたのは」

 

こんな人に私はナイフを向けていたのか

 

「ですが私はお嬢様に仕える者」

 

そうだ、私はまだ負けていない

 

「もしもお嬢様に危害を加えるなら、その時は私が全力でお相手いたします」

 

私がナイフを向ける相手は、彼ではない

まだ・・・彼に向けるべきではなかったんだわ

彼がお嬢様に仇なした時に、私の力を振るえばよかったんだ

それなら私はまだ戦える

どんな事があっても、私は戦うと決めている

 

だからそれは、今ではない

 

「ですが、この迷宮を解除する訳では御座いません」

 

せめてもの嫌がらせをと思い、私はこう提案した

 

「この先の扉は一つしか有りません、ですが私の能力で無限に増やし続けています」

 

どんな顔をするだろう、彼は一体どうするつもりだろう

絶対にお嬢様の元へは行けない迷宮を作り出している

 

「それでも、行きますか?」

 

「当たり前だ、行くに決まっている」

 

決まっている、そう言い切った彼の顔は素敵だ

別に惚れたわけでもなんでもないけれど、でもこれだけ想われているとはアリス様も幸せ者ですわ

 

「最小限に・・・出でよ、哭蛹(クーヨン)!」

 

球体の獣魔を召喚したと想うと、瞬く間に私の世界は崩壊した

私の術が、小さな粒の様になって剥がされていく

 

「何を!」

 

ゆっくりと、確実に、そして強制的に私の術が解除されている

無限に作り出されていた廊下は全て元に戻り

最初から何事も無かったかのように、私の術は消え去り、お嬢様の元へと繋がる扉が現れていた

 

「まったく、なんて人でしょう」

 

冷や汗が流れていくのが分かる

こんな術まであるのなら、パチュリー様の時にだって使えばよかったものを

 

「君も来るか?」

 

その一言は、私への挑戦状と思えた

私を呼ぶ理由など無いだろうに、彼は私を連れて行こうとする

きっとこれから先のお嬢様との事を考えれば、私を連れて行くのはデメリットでしかない

 

ここから先が、お嬢様と彼との戦いになるのだろう

ここから先が、本気の彼の戦いになる

そして・・・ここから先が、私の本当の戦いの場

 

その時、対峙しなければならない

私と藤井様が戦わないといけない

 

それを知っていて、彼は私を呼んでいる

 

ここで足踏みをすれば笑われてしまう

 

「当然、行きますわ」

 

私の覚悟に、私は笑われてしまう

だから私は、彼に付いていく

もしもお嬢様にその牙が届くのなら

 

命を捨ててでも、止めて見せよう


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