六道の神殺し   作:リセット

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この話が一番難産になるとは。


二章 大災害(原作2巻)
7話 ~淡い思い~


その謁見は、ブカレストにある高層ホテルのスイートルームで行われていた。

謁見される者の名はサーシャ・デヤンスタール・ヴォバン、通称ヴォバン侯爵と言う。ヴォバン侯爵は、見た目は老教授と言ってもいい出で立ちだ。しかしながら、その体からは

老いを感じさせないほどの、生命力が溢れて見える。理由は簡単、ヴォバン侯爵が神殺しの魔王だからだ。

 

そんな彼の前に銀髪の少女が跪いている。彼女の名はリリアナ・クラニチャール。ミラノは青銅黒十時において、若くして大騎士の称号を預かる魔術師だ。

若き騎士にヴォバンは話しかける。

 

 

「…君がクラニチャールの孫娘か。ああ、挨拶は結構。私は短気な性分でね。さっそく本題に入らせて貰おう。

君をわざわざミラノから呼び寄せた理由についてだ。4年前の儀式を覚えているかね?そう、君たちに協力してもらって行った、まつろわぬ神を招来する儀式だ。あれをもう一度

行おうと思うのだよ」

 

 

その言葉に、リリアナがまじまじと侯爵の顔を見る。彼女とてあの儀式は覚えている。数多の魔女の素養を持つ者の未来を奪った大呪術。そんな儀式をなぜ、もう一度

行うのか。一瞬だけ疑問に思い、すぐに気づく。

神殺しが神を招来する以上、することなど決まっている。戦う為だ。

 

 

「あのときは、サルバトーレめにしてやられた。獲物を横取りし、あろう事か先に手を付ける痴れ者がいるとは予想していなかったからな」

 

 

エメラルドの瞳を揺らし、つまらなさげにヴォバンが呟く。

 

 

「クラニチャールよ、君は4年前の儀式にも参加していただろう。あの時最も優れた巫力を見せたのは誰か、覚えているかね。あの時の失敗で私は学んだよ、役にもたたん有象無象

より特別な才ある者を使う方が確実だったとな」

 

 

あろう事かこの魔王は、数十人の巫女を使い潰しておきながら彼女らの事を失敗作だと言う。そんな言葉に、リリアナは叛意を抱くのだが実行には移さない。叛意を翻した所で

権能によって魂を縛られ、永遠に隷属を強いられるだけだからだ。そもそも、神殺しは何をしても許されるのだから。

 

 

「確か東洋人だったか?あの娘の名を覚えてないかね?」

 

 

無論リリアナは覚えている。だが、答えるべきか否か。正直に答えれば、あの少女の未来は無くなる。最悪、彼女ほどの才能であればヴォバンの従僕の一員にされるだろう。

 

そうなれば、死ぬことすら許されない。だがここでリリアナが嘘をついても、他のものから聞き出すだろう。なればこそ、他の者に心苦しい選択をさせるわけにはいかない。

持ち前の正義感に任せて、リリアナは決意する。

 

 

「名はマリヤ。日本の東京の出身だと申しておりました。ー僭越ながら、私にお命じいただければ、御前に連れ出して見せます」

「その申し出は結構。私がこの足で、日本に往こう。ふむ、そうなると海を越えるのは久しぶりとなるな。供の者がいたほうが便利か。ではせっかくだ、君にその役を命じよう。異論は?」

 

 

反論など出来るわけがない。リリアナにはその命を受諾するしかないのだから。だがその前に

 

 

「一つよろしいでしょうか?日本には候の同胞たるお方がいらっしゃいます。先にお話しを通された方が良いかと思うのですが?」

 

 

日本のカンピオーネ、草薙護堂。今だ権能の全貌が不明な、新しき魔王。彼女のライバルである紅き騎士が仕える少年。そんな彼に話を通しておかないと、面倒になるのではと

思い、進言したのだがヴォバンは鼻で笑い、この進言を退けた。

 

 

「不要だ。話をしたいのであれば、そやつのほうから参ればよい」

 

 

暇を持て余した魔王の来日。これが、草薙護堂を巻き込み大災害に発展するのを、この時はまだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

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大災害を引き起こす片割れこと草薙護堂。彼は妙な息苦しさを覚え、眠りから覚めていた。薄く目を開ける。少し暗い。そして何か妙に柔らかい物が己にしがみついている。そう思った護堂は目を全て開ける。

 

そんな彼の視界に赤みがかった金色が写る。その色から、彼は誰が自分にしがみついているのか分かった。エリカだ。なぜかエリカが護堂にしがみついている。それもよく見れば裸だ。

 

彼女を見て、護堂の中を疑問が埋め尽くす。なぜエリカと一緒に寝ているのだろう。そう思い部屋を見回してみる。自分の部屋ではない。エリカの家のリビングだ。そして自分が今寝ている場所はソファーのようだ。

 

そこまで考えたところで、護堂はなぜ自分がエリカの家で寝ていたのかを思い出す。昨日エリカにカンフー映画の鑑賞に誘われたのだ。そして、リビングで鑑賞会が始まったのだが、エリカがやっぱり映画はカンフースターがいないと始まらないとと呟いたのが始まりだった。

 

そんな呟きを聞いた護堂は否と返す。カンフーも良いが、やはりハリウッド。そこからは言葉の応酬。では白黒つけようとなぜかエリカと共にレンタルビデオにダッシュ。そこで何本も借り、デスロードがスタート。二人して感想合戦に突入した。

 

途中でアリアンナが止めようとしたのだが、妙なところで張り合う二人は聞く耳を持たない。そのまま深夜までひたすら見続けた。そこまで思い返したところでどうやら寝落ちしたようだと護堂は結論づける。

 

そして護堂の息苦しさの原因はエリカのようだ。すでに6月も終わりで、梅雨に入っている。そんな時期に抱きつかれたら、常人と変わらない肉体の護堂では暑さを覚える。しかも寝落ちしている以上、シャワーすら浴びていない。そのせいか護堂の服は妙に湿っている。

 

 

(……エリカの奴め、途中で暑くなって無意識に服を脱いだな)

 

 

そして人が上に乗りながら、服を脱いでいるのに気づかない自身の迂闊さに叱責を入れたくなる。ともあれどうしたものか。普通であれば、モデル級の美少女が裸で乗っている状況にどきまぎするのかもしれないしれない。だが、今護堂が考えているのはひたすら暑い、これだけだ。

 

無理矢理引き剥がすか、飛雷神で転移抜けをしても良いのだがそれをしてエリカをこの時間に起こすのも忍びない。そんな考えをしながらどうしようかと、動いていたのがまずかったのだろうか。エリカがもぞもぞと動き出す。そして目を覚ました。

目の覚めたエリカは呆けたような顔で護堂を見る。

 

 

「…おはようエリカ、まだ寝ていて良い時間なんだぞ。エリカの好きな二度寝ができるぞ、やったな!」

「………護堂が、どうして私の下にいるの?あれ、そもそも私たちどうしたんのかしら?ジャッキーの顔を最後に記憶がないのだけど…」

「寝落ちしたんだよ、俺たちは。そしてそこまで意識が覚醒してるなら、どいてくれないか?さすがに湿った服が、気持ち悪くなってきた」

「ん~、のいてあげるから、おはようのキス…」

「後でしてやるから、のいてくれ。本当に暑いんだ。そのままのかないなら、飛雷神を使うまでだ」

 

 

エリカの寝起き特有の妙に甘える声を、護堂はばっさりと切り捨てる。エリカの事は好ましいのだが、今はシャワーを浴びたい。そんな気持ちが声に出ていたのか、エリカの無邪気な笑顔が消え不服そうな顔になる。

 

 

「だって、護堂はいつも後でって意地悪するじゃない。結局してくれないし」

「…月が落ちてきたらするかな」

「じゃ、今すぐ落として頂戴」

「出来るけどしないぞ。月なんか落としたらユーラシア大陸辺りが割れるわ」

 

 

そんな風に揉めてたのがいけなかった。リビングの扉が開かれる。

 

 

「お二人とも、朝になりましたのでそろそろ鑑賞を止めないと、学校に遅れま…」

 

 

入ってきたアリアンナがそう言いかけて止まる。彼女の目に映るのは、抱きついている裸のエリカと護堂。それを目にした彼女は

 

 

「………………………………」

 

 

 無言だった。そして彼女なりに空気を読んだのか、すぐに部屋から出て行く。それを見て、アンナさんの評価がまた下がったんだろうなと護堂は思うのだった。あとどうでもいい余談だが、彼女日本語が話せるらしい。

 

エリカから護堂を困らせる為に、口止めされていた。このことを聞いた護堂は、イタリアでのジェスチャーで頑張って宥めた苦労が全て無駄だったことを知り、頭を抱えたのは言うまでもない。

 

その後結局エリカがのかないので、護堂は飛雷神を使い帰宅。また帰りが遅いんだね、大変そうだねと妹に嫌味を言われたりもしたが、その程度で応える護堂ではない。シャワーを浴び、着替えた護堂は学校に向かうのだった。

 

 

 

 

 

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エリカが転校してきた日、護堂の評価は地の底に堕ちた。流石にとある推測は誤解にすぎないことをエリカが解いたが、旦那発言に関しては彼女は撤回する気がない。要するに二股疑惑は晴れなかったのだ。

 

そうこうしてる内に、昼に祐理が護堂を尋ねて来た。そんな祐理とエリカを連れて、護堂は屋上に向かい、まずエリカにどうして日本に来たのかを問うた。その問いに簡潔に彼女は述べた。

 

 

「私は護堂の第一の騎士よ。それなのに何時までもイタリアにいるのもね。それに護堂も寂しかったでしょ、これでいつでも一緒よ」

 

 

この答えになってない答えに、祐理が反応した。この人は誰なのですか?その質問に護堂が答えようとする前に、エリカが答える。聞いてないのかしら、護堂の愛人よ。

そんな答えを聞いた祐理は護堂にどういうことか尋ねる。

 

 

「…草薙さん、この方が仰られていることは本当なのでしょうか?」

「…エリカが言っていることは本当だな。まあ、愛人って表現はあれだけど」

「見損ないましたよ、草薙さん!私はあなたの事を誠実な方だと思っていました。ですが違ったようです、外国から自分の膝元に呼びつけるような真似をするなんて!」

「……それなんだけどな、実の所エリカが日本に来た理由が分からないんだ。さっきの説明だと要領を得ないし。まあエリカの事だから、本当に会いたいなんて理由でも驚かないがな」

「…………本当に草薙さんが招いたわけではないのですね?」

 

 

護堂は首を縦に振る。その動作に祐理も信用することにする。この一週間で護堂がこんなことで嘘をつく人ではないのを知っているからだ。護堂はエリカが来た理由に関しては今更問うても意味がないかと思い直し、エリカと祐理にお互いの自己紹介を勧めた。

 

お互いに自己紹介を終わらした所で、護堂はブルーシートをどこからともなく取り出し地面に引く。

 

 

「さて、親睦を深めるのに良い行為は何だと思う?それはな、一緒に飯を食うことだ」

 

 

そう提案する。この提案に対しエリカはいいわよと快諾。彼女としても、正史編纂委員会とのパイプを作っておくことは有意義だからだ。だが祐理はエリカのようにすぐには返答できなかった。

 

祐理とて恋愛ごとがどのようなものなのか、少なからず理解している。そんな所に根本的には部外者に過ぎない自分が、参加していいのだろうか。やはり断ろう。そう思い、口を開く。

 

 

「分かりました。私もご一緒させていただきます」

 

 

なぜか考えたこととは全く違うことを、祐理は口にしていた。分からなかった。そう分からなかったのだ。なぜ全く違う返答をしたのかも。護堂がエリカを愛人だと認めたときにほんの少し、心のどこかが痛んだことにも。この時の祐理には気づくことが出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

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学校に着いた護堂はいつも通りに授業を受けていた。そんな護堂の隣の席は空いている。その席をチラリと見て、護堂はため息をつく。

 

 

(エリカの奴本当に二度寝したんだな。あいつ今日は何時に来るんだろう?)

 

 

エリカは必ずと言っていいほど、遅刻してくる。酷い時には昼を回ることすらある。そんな彼女を護堂が迎えに行くこともあるのだが、あれだけ意識があるなら大丈夫だろうと高を括っていたのだ。どうやら駄目だったらしいが。

 

護堂がそんな考えをしているうちに授業が終わり、昼休憩がやって来る。護堂はクラスメイトに捕まる前にさっさと教室を出る。今の護堂が教室にいると、どこからか視線を感じるのだ。なにせ護堂の現在の評価は二股の屑野郎。

 

しかも粉をかけている相手はどちらも美少女。男子にとっては面白くないし、女子にとっても女の敵。その為居心地が悪いので、休憩時間は教室の外に出ていることが多い。最も昼休憩に関しては目的地があるので心持楽なのだが。

 

護堂が目的地に到着する。屋上だ。そこに護堂を待っていたのか、万里谷が屋上に来たばかりの護堂に近づいてくる。

 

 

「お待ちしていました草薙さん、…今日はエリカさんはいないんですか?」

「ああ、エリカの奴は遅刻だ。全くしょうがない奴だよ、何の為に学校があるんだと思ってるんだか」

 

 

そう言う護堂の顔は言葉の割には優しい表情だ。祐理は疑問に思う。なぜか最近こんな護堂の顔を見るだけで胸が締め付けられるのだ。その理由が分からない故の疑問。

祐理がそんな疑問を抱いていることにも気づかず、いつも通りに護堂はブルーシートを取り出し、地面に敷く。

 

 

「セッティング完了。さ、昼食にしようぜ万里谷」

 

 

そんな護堂の声に思考を断ち切り、祐理は護堂と共にシートの上に座るのだった。

 

 

 

 

 

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「しかしあれだな、今日は助かったろ。いつもエリカと俺に万里谷は怒らなきゃいけないんだから」

「そう思っているのであれば、少しは自重してください。確かにエリカさんと草薙さんは恋仲にあるのかもしれませんが、ここは学校です。公序良俗を守り、節度のある付き合いをしてください」

 

 

祐理の言葉に面目ないと護堂が謝る。祐理が怒るもの無理はない。エリカと祐理のスキンシップはエリカからのアプローチが大半とはいえ、学生のそれにしてはかなり甘ったるい。見ている者、特に男子は敵意を抱かずにはいられないほどだ。

 

そんな二人にたいして祐理はいつも立ち向かっている。しかし、二人は特に応えない。暖簾に腕押し。ぬかに釘。そんな言葉ばかりが連想される。

なので今日は祐理も護堂に対して口を酸っぱくしなくて良いので、確かに普段に比べて精神的に楽だ。

 

 

「そういえばあいつが転校してきてから、もう一月か。その間に特に何も万里谷に対して、頼むことがなかったのは良かったよ」

「…そうですね、草薙さんが私に頼みごとなどするとなると、間違いなく神絡みのものですし」

「ただな、今後万里谷を通して委員会に頼みをするのは間違いないんだ。そこでだ、前から言ってたように連絡が取れるよう万里谷も携帯電話を買おう」

「…やはりその話が出てくるのですね。ですが草薙さん、前にも言いましたが、私はその手の機械が苦手で持とうと思えないのです」

 

 

彼女の自己申告は嘘ではない。電話に出ることぐらいは出来るのだが、メールを打つことが出来ないほどの機械音痴なのだ。そのせいか祐理には必要に思えず、今まで欲しいと思えなかったのだ。

ただ、護堂としては連絡をすぐに取れるように持っていて欲しい。そして今日は買おうと言うだけで終わらす気はなかった。

 

 

「じゃあさ万里谷、今度一緒にショップに行ってみないか?そこで使い方なんかを学んでみるのはどうだろう。もしそれでも分からなかったら、俺が教えるし」

「い、一緒にですか?その、申し出はうれしいのですが、一緒に行くと言うことは休日にですよね?休日であれば草薙さんにも、予定があると思うのですが?」

「…確かにエリカ辺りがあれこれ言うだろうな。ただ、やっぱり祐理と連絡をとるにしても必要になるしいいだろう。エリカの方には俺の方から説明しておくしな」

 

 

祐理は考える。ここまで言われて断るのも苦しい。それに護堂と二人で休日に出かける。なぜかそれが妙に嬉しいのだ。祐理の心は訴えかけてくる。行くべきだと。

ならば直感に従おう。

 

 

「…では今度の休日に付き合ってもらえますか、草薙さん」

 

 

花も恥らうような笑顔で祐理は返答するのだった。

 

 

 

 

 

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「やあ祐理さん、見つかってよかった、探していたんですよ。お願いですから携帯電話を持ってください。仕事での緊急の連絡を取る時に困るんですから」

 

 

放課後になり、最寄り駅に向かっていた祐理はいきなり呼びかけられた。祐理が呼びかけられた方に振り返るとくたびれた背広姿の青年ー甘粕冬馬が立っていた。

 

 

「…甘粕さんも草薙さんと同じことを言われるのですね。ですが、そのことでしたら大丈夫です。草薙さんとご一緒に一度お店の方に行こうと、約束しましたので。ところで、今日は何のご用件なんでしょうか?」

「いえね、その草薙護堂と祐理さんのその後がどうなっているのか、聴こうと思いましてね。祐理さんと来たら最初の報告以外に、委員会の方に来てくださらないので。私どもとしましても心配していたんですよ」

「す、すみません!その、報告義務があるのに連絡を取ることをしないで」

「いえいえ、まああなたもこういったことになれていないでしょうし、構いませんよ。それよりも草薙護堂と一緒に、ですか。どうやら心配の方は杞憂だったみたいですね。祐理さんはかなり彼に好かれているようで」

「好かれているだなんてそんな!ただ草薙さんはあなた方委員会との窓口として、私を重宝しているだけです。それ以外で草薙さんに好まれるような要素は私にはありませんし…」

 

 

そこまで言った所で、祐理が急に下を向いて俯く。祐理は草薙護堂に自分が好まれるとは思っていない。彼女は自分の口うるささを自覚している。そのせいか友達も少ないのだ。そもそも護堂にはすでにエリカがいる。

その思考がまた祐理の心臓を締め付ける。そんな祐理に不審を覚えたのか心配そうに甘粕が話しかける。

 

 

「どうされたんですか祐理さん?急に胸を押さえて。もしかして何か病気でも?」

「い、いえ、大丈夫です。病気などではありません。心配をかけて申し訳ありません」

 

 

だがどうなのだろうと祐理は考える。この胸の痛みは甘粕の言うとおり、何かの病気なのだろうか。もしかすると祐理よりも人生経験の長い甘粕であれば何か分かるかもしれないと思い、祐理は相談する。

 

 

「…甘粕さん、その相談があるのですが少しお時間よろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ。元々祐理さんと話をする為に来ているんですから」

「ありがとうございます。それで、相談の内容なんですが甘粕さんが先ほど病気だと疑ったことについてなんです」

「続きをどうぞ」

「最近草薙さんの事を考えるだけで胸が痛むんです。ほかにもエリカさんと草薙さんがいちゃついてるのをみると、心がどうもモヤモヤしたり…」

「…………ほう」

「ただ、その原因が私にはわからなくて。もしかすると草薙さんの精神に作用する力が関っているのかもしれないとは思ったのですが、そのような呪力の気配も感じないのでずっと不思議だったのです。

甘粕さんなら何か分からないでしょうか?」

「……………………私にもちょっと分からないですね。そもそも、件の草薙護堂に関しては私自身それほど知りませんので」

「そう、ですよね。すみません甘粕さん、急にこのような事を相談されて困りますよね」

「いえいえ、草薙護堂との関係になにか問題が生じる可能性もありますしね。私などでよければ今後相談に乗りますよ?」

「そこまでしてもらうわけにはいきません。甘粕さんにもお仕事があるでしょうし、こんな事で呼び出されても迷惑でしょう?」

 

 

祐理はそう言って甘粕の申し出を断る。そこからは相談ではなく、護堂の日常の様子やエリカとの破廉恥な行為などを事細かに甘粕に報告していくのだった。報告が終わった所で、甘粕と別れ祐理は帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

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祐理の言葉を聞いた甘粕は、すぐに彼の上司の元に行き、祐理から聞いた事を報告していた。

 

 

「…甘粕さん、一応あなたの意見を伺っておこうかな?」

「意見もなにもないですよ。あれは完全に恋する乙女ですよ。何がきっかけでそうなったのかは分かりませんがね」

「甘粕さんの報告を聞く限りでは僕も同意見だよ。まさかあの祐理が誰かに恋心を抱くなんて思いもしなかったけどね」

 

 

そう返答したのは甘粕の上司ー正史編纂委員会・東京分室室長、沙耶ノ宮馨だった。馨は一見すると、美少年にしか見えない。しかしながら性別は彼ではなく彼女。そう彼女はなぜか男装癖がある美少女である。

そんな馨は甘粕の報告を受け、開口一番甘粕に祐理の現在の印象を聞いたのだ。

 

 

「ただね、その恋心は成就しないでしょうけど。エリカ・ブランデッリ、彼女が草薙護堂の隣を占領していますからね。祐理さんには可愛そうですけど、初恋は何時だって実らないものと相場が決まっていますからね」

「それはどうかな、甘粕さん。一緒に出かけようなんて言う位だ、草薙さんも少なからず祐理のことを思っているんじゃないかな。そもそも、草薙さんは神殺しの魔王。彼が受け入れるなら、何人でも女性を侍らすことが出来るはずだよ」

「…同性の彼女が何人もいる人は言うことが違いますね。そのもてっぷりが羨ましいですよ」

 

 

そんな馨のある意味畜生な発言に呆れた反応を甘粕は返す。確かに馨の言ったとおり草薙護堂は神殺しの魔王、何人たりとも彼を真の意味で縛ることは出来ないのだから。

 

 

 

 

 

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祐理が抱いている感情に対して、ある程度感想を述べた所で馨と甘粕は打ち切る。祐理の恋心はどうした所で護堂と祐理の問題だからだ。またそれ以上に考えなければならない問題が彼らには多くあった。

 

 

「祐理さんの報告を聞く限りでは草薙護堂は、かなり大らかな性格なのは間違いないみたいですね。最も神殺しを成し遂げる方が根本的にまともな性格だとは思いませんが」

「まあね、ただ草薙さんのその性格のせいで割りと面倒なことになっているのは、甘粕さんも知っているだろう」

「そりゃあもう、そのせいで最近はあちこち出かける羽目になっていますからね!」

 

 

今現在彼らを悩ませている問題、その原因はもちろん草薙護堂だ。草薙護堂は魔王であるそれも10歳の時には神を滅ぼしていた、そう祐理が証言したことで正史編纂委員会は上に下への大騒ぎとなった。この国始まって以来の神殺し。海外の魔術結社では破壊と混沌の象徴とまで言われる彼ら。

 

そんな存在が昔から日本にいたのだ。最初の内は委員会もどんな要求を護堂がしてくるのか警戒していた。しかし、その警戒もすぐに解かれた。彼は彼の宣言通り、祐理以外とは接触しなかったのだ。

 

そもそも彼は以前にこの国を神獣から守っている。そして人々に対して横暴に権能を振るわない性格。それらの事実が委員会の老人の欲に火をつけた。護堂を利用し、自らの権力を増そうとしたのだ。そんな彼らが護堂に首輪を付けるための方法として、護堂の身内や彼の愛人であるエリカによからぬ事をするのを阻止する為に、甘粕や馨は日々駆けずり回っている。

 

 

「どうしてお偉方というのは、あんなに権力を欲しがるんですかね?現状でも不満のない生活を送っているでしょうに」

「一応僕もそのお偉方なんだけどね。まあ、仕方のない部分もあるとは思うよ?草薙さんは日本人、それなのに恩恵を一番受けているのはエリカさん。頭の固い方たちにはどうしても受け入れられないさ」

「確かエリカさんを日本から追い出せでしたっけ?そんなことをしたら赤銅黒十時に喧嘩を売るのに等しい行為ですし、なによりも草薙護堂と下手を打てば敵対関係になりますよ。…私としてはあの年頃の少年から、恋人を引き剥がしたりしたらどうなるかなんて

嫌でも分かると思うんですけどね」

「彼らも草薙さんが怒り狂う可能性があるのは考えているさ。ただ、仮にそれで草薙さんと争うことになってもどうにかなると思ってるんだ」

 

 

結局の所、日本の呪術界はカンピオーネの恐ろしさを理解していなかった。なにせこの国で生まれた神殺しは護堂が初めてだ。その為、エリカの所属する赤銅黒十時のように彼らとどのように接すればよいのか、ノウハウがないのだ。そこに加えて、護堂の基本的に

大らかな性格。それらが、重鎮たちの目を曇らせる。護堂は所詮人間の延長線上で、数に頼めば圧殺できると思いこんでいるのだ。

 

 

「せめて草薙さんの力がどれぐらいなのか、分かればいいんだけど。祐理も権能の事は精神干渉以外は何も聞いていないようだし。他の権能が分かれば草薙さんと敵対関係になるのが、どれほどまずいのか彼らでも理解できるだろうから」

「……それこそ神様辺りでも降臨してくれませんかね。そうなればあの少年も戦うでしょうし、その光景をビデオにでも撮ってお偉方の所にでも送りつければいいですしね」

「…それ本気で言ってるのかい甘粕さん?」

「まさか、ただの冗談ですよ。神様なんかが降臨してカンピオーネと戦えば、どんな被害がでるかなんて海外での例を出さなくても推測できますしね」

「そんな簡単な事が理解できない人たちも多いんだけどね。…ともあれ今は甘粕さんにも頑張ってもらわないと。この国の未来の為にもね」

 

 

こんなことを話している馨と甘粕ですら真の意味で草薙護堂を理解できているわけではない。ただ欧州での事例から事前に対策をしているだけだ。そして彼らはすぐに不謹慎な冗談が実現することを知らない。

口は災いの元。そんな至言の意味をたっぷりと思い知るのだった。

 


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