六道の神殺し   作:リセット

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アテナ「蛇の呪力が…消えた…?」


4話 ~媛巫女~

東京タワーの近くに、神社や仏閣が多い地域がある。その中のひとつ、七雄神社で一人の巫女が身支度を整えていた。

少女の名前は万里谷祐理と言う。祐理はいつも通りに、自らの茶色がかった、黒髪を櫛で梳く。その櫛が突如折れた。

 

 

「不吉だわ。なにか良くないことが起きる前兆でなければいいのだけれど」

 

 

非科学的な感想だが、彼女はこの出来事になにかを感じていた。その何かは、分からない。

それでも、祐理の直感は嵐の到来を予感していた。

 

 

 

 

 

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身支度を整えた祐理は、拝殿に向かう。その途中、見知った人たちに出会い挨拶をする。挨拶をされた大人たちは、祐理に向かい、丁寧にお辞儀をする。

10代の少女にするには、馬鹿丁寧な挨拶。だがそれも仕方ない。祭神を除けば、彼女がこの神社で最も格が高いのだ。そんな祐理に声が掛けられる。

 

 

「やあ媛巫女、お初にお眼にかかります。少しお時間をいただけますかね?」

 

 

胡散臭さを感じるしゃべり方と軽薄さ。そのどこか道化じみた人物は、祐理に近づいてくる。その足からは、玉砂利の上なのに音もしない。

ただものではない。

 

 

「…あなたは?」

「や、これは失敬。申し遅れましたが、私、甘粕と申します。以後お見知りおきを」

 

 

名乗りながら、名刺を祐理に渡す。その名刺に書かれた肩書きに、不審を祐理は不審を覚える。

 

 

「正史編纂委員会の方が、どのような御用があるのですか?」

 

 

祐理は、目の前の20代後半の男性に質問する。一体、日本呪術界を統括する組織が祐理になんの用なのか。

 

 

「実はですね、この国始まって以来の大災厄の種、とても困った問題が最近上層部の頭を痛くしているんですよ。

そこで、媛巫女の力をお力を借りたいと思い、ぶしつけにも訪問させていただきました。お許しください」

「…私ごときにお手伝い出来る事など、そうないと思いますが」

「またご謙遜を。世界有数の霊視能力の保持者、そんなあなただからこそ、我々は今回助力を求めに来たのです」

 

 

この青年ー甘粕冬馬が称賛するように、祐理の霊視の力は絶大だ。霊視ーこの技術はアカシャの記憶、いわゆるアカシックレコードに干渉する。

それによりこの世の過去、未来、現在に存在する情報を知ることが出来る。ただ、万能の力ではない。並みの霊視では、目的の情報にアクセスすることが出来ない。そのため本来は霊視をもつ人物を掻き集め、人海戦術で行う必要がある。しかし、祐理は違う。彼女は単独で、望む事象を知る。

現在、委員会で浮上している最優先事項。それを解決するためには、この霊視が必要になる。

 

 

「あなたには媛巫女として、委員会に協力する義務があります。おわかりですね?話を聞いていただきますよ」

「……わかりました。では、私に何をしろと?」

「…我々も賢人議会のレポートで知ることができたんですがね、どうもこの国にカンピオーネが生まれた可能性があるのですよ。そして、その少年が本当に羅刹の君なのか、真偽を確認していただきたいのです」

 

 

カンピオーネ。羅刹の君。この言葉は祐理にとある魔王を連想させる。現存する最古の魔王、最強の怪物。爛々と輝くエメラルドの瞳。

そして祐理にとって、いや世界中の魔術師の恐怖そのもの。その連想を断ち切るように、甘粕の言葉は続く。

 

 

「あなたにお願いする理由が分かりましたね。あなたは幼い頃に、デヤンスタール・ヴォバンにあっている。あなたなら、本物かどうかの鑑定が出来るはずです」

「…信じられません。人間が王になるためには、神を殺める必要があるはずです。そんな奇跡を起こせる人物が日本にいたなんて!」

「同感です。だからこそ、私たちもその少年、草薙護堂が本物だとは思わなかった。しかし、こうしてレポートがある以上、確かめる必要があります」

 

 

本当に草薙護堂が神殺しなら正史編纂委員会は、彼との付き合いをどうするのか考える必要がある。そのためにも、まずは本物なのか確かめなければならない。

 

 

「その草薙護堂と言う方について、詳しく教えてください。私たち同様、なにかしらの呪術を学んだ方なのですか?それとも、武術を修めておられるとか?」

 

 

魔王がらみである以上、本気で取り掛かる必要がある。祐理にとってカンピオーネは、まつろわぬ神と変わらない。それでも、誰かがやらなければこの国の、ひいては民が苦しむことになる。ならば、例えトラウマに関することでもやらなければならない。

 

 

「呪術や武術に関しては、素人のはずなんですよ。彼の家は、そういった物に関ることはない家系ですからね。ただね、どうも奇妙なんですよ」

 

 

そう言いながら、紙の塊を祐理に差し出してくる。

 

 

「それは、賢人議会のレポートと草薙護堂に関する情報を印刷したものです。それを読んでいただければ分かるのですが、レポートに書いてあることと、委員会で調べた情報が食い違うんです」

 

 

祐理は資料を斜め読みだが、一通り目を通す。そして、情報のあまりの食い違いに困惑する。

委員会が調査した限りでは、草薙護堂はどこにでもいる平凡な少年だ。特にスポーツなどもしていなく、学校の成績の方も平均的。他人と違うところは、体力テストの結果が平均値を上回っているくらいだ。

それにしたって人間を逸脱しているわけではない。

 

しかし、賢人議会のレポートは違う。草薙護堂をこう評していた。

 

 

 

 

 

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草薙護堂はメルカルト及びウルスラグナを滅ぼし、カンピオーネへとなられた。しかし、現在彼が持つ権能、これらは依然謎に包まれている。

確かに草薙護堂は、権能と思わしき能力を行使する。だが、それらは先ほど述べた二柱の性質と異なる。このことから、草薙護堂の振るう能力は権能ではなく魔術に近いものだと伺える。

以上の理由から草薙護堂は元々、天仙級の術者だと推測する。そのため、彼と関りを持つ者は彼を魔王に成り立ての半人前と侮ってはならない。

彼は奇跡を持って神を殺したのではなく、勝つべくして神に勝ったのだから。

 

 

 

 

 

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「媛巫女が困惑されるのも、無理ありませんね。調査結果ではこの少年は白です。なのに、術の腕前は人類を凌駕していると記されている。しかし、そんな人間はいません。生まれるわけがないからです。その為、私の上司は一つ仮説をたてたんですよ」

 

 

わざわざ指を立てながら、説明する。その仮説に祐理も興味を引かれる。

 

 

「…どのような仮説なのでしょうか?」

「そうですね、…ところで媛巫女は神隠しをご存知でしょうか?」

 

 

話題が変わる。なぜ話題を変えたのか、祐理には分からないが、神隠しぐらいは知っている。

 

 

「…甘粕さんがおっしゃりたいのは、世間一般の意味での神隠しではなく、6年前から続いている事件のことですね」

 

 

神隠し。人がなんの前触れも無く失踪することを、神の仕業と考える概念だ。だが、6年前からこの言葉は日本の呪術師の間で、全く違う意味を持つ。

神獣の神隠し。草薙護堂の存在が発覚する前に、委員会を悩ませていた事件の名前である。言葉通り、神獣がこつぜんと姿を消すのである。

神獣は自然発生する。そして、この獣はただの獣とはわけが違う。もし、熊や猪のように人里に下りると、災害の如き被害が生じる。その為、委員会は神獣の発生を確認すると、すぐに討伐隊を編成する。そして、いざ討伐隊が出撃しようとすると、その神獣が子猫や子犬に思えるほどの巨大な呪力が、観測されたのだ。

 

 

そして、出撃した隊が現場に着くと、その呪力の主も神獣もいなくなっていたのだ。そして委員会は、まつろわぬ神が降臨し、神獣と共に姿を消したのだと思っていた。

だが不思議な事に、神獣が消えただけでそれ以降特に何もなかったのである。それらの事情から、神獣の報告は間違いで、神と思わしき反応も観測手の勘違いで終わったのだ、

その時は。しかし、終わってなどいなかった。また神獣の出現報告が委員会に届けられる。それに呼応して同じように神と思わしき呪力反応が捉えられる。そして、また姿を消す。

それがこの6年間、数件起きた。

 

日本にはまつろわぬ神がいる。それを、委員会の古老と呼ばれる者たちに相談などもしたが沈黙。かくして神は間違いなくいるのに、神獣をどこかに連れ去るだけでそれ以外は何もしない。

そんな奇妙な事件がこの国では起こっている。

 

 

「神獣の神隠し。連れ去った神がどのような意図で、この行為を行っているのかわからないために、この事件が危険なのか、そうでないのか誰も判断できず、問題そのものが宙に浮いている状態にあるんですよ。ただ、この事件の真相をもしかすると明かすことが出来るかもしれない。うちの上司はそういっていましたね」

「いえね、簡単は話し何ですよ。まつろわぬ神が降臨しているなら、この国は大災害に襲われているはずです。しかし、そうはなっていません。なので考え方を、変えたのです。連れ去ったのは神ではなく羅刹の君だと。そしてそれを行ったのは、どの魔王様方なのか?けれど、どう考えても現存する魔王の誰かが動けば、その情報を隠すことは出来ません。ならば誰なのか?答えは簡単です。当時すでに魔王となっていた草薙護堂が行ったのだと。それなら、ウルスラグナ神やメルカルト神の特徴と一致しない、権能を行使できても不思議ではないんですよね」

「ありえません!この調査書を読む限りでは、草薙護堂は私と同じ16歳のはずです!もしそれが本当なら彼は10歳、いいえそれより以前に神を殺めたことになります!」

 

 

祐理は悲鳴のような声を上げる。それもしかたない。下手をすれば、齢一桁の子供が神を殺したと言うことになるのだから。

 

 

「ええ、私としてもこんな仮説は笑い飛ばしたいんですよ。しかし、もし真実なら草薙護堂は、すでにこのレポートに載っている二柱以外にも、神から権能を簒奪しているベテランとなります。しかも、メルカルト神を倒すまでは、誰もそんな存在がいることを知らせなかったほど。そのうえ何の意図があるのか分かりませんが、神獣を連れ去っている。もしかするとすでに滅ぼしているのかもしれないし、まだ手元に残しているかもしれない。そして、今回これが真実なのかを、媛巫女には確かめていただきたいのです。私としても心苦しいんですよ?なにせこの少年、なにもかもが出鱈目な怪人物なんですから。無論、危険を伴う可能性もあります。それでも引き受けていただきますね?」

 

 

祐理に対して、最初に会ったときの軽薄さを捨てて、甘粕が問う。その問いに、最初のようにすぐには頷きを返せない。甘粕冬馬が説明したように、全てが謎に包まれた怪人物。カンピオーネであるなら、危険なのは間違いないだろう。

祐理は悩む。どうするのか。引き受けるのか、引き受けないのか。熟考のすえ、答えを出す。

 

 

「引き受けさせて頂きます。私にしか出来ないと言うなら、やるしかありません」

 

 

媛巫女としての責任を果たす。今、祐理の顔に浮かんでいるのはそれだけ。そんな祐理に対して、甘粕は唯一安心できる材料を提供する。

 

 

「ありがとうございます。それともうひとつ、あなたに頼んだ理由があるのです。こっちは完全に偶然だったんですがね……」

 

 

甘粕から渡された最後の情報。それに祐理も驚く。この怪人物と自身の間に、そんな縁があったなんてと。

 

 

 

 

 

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祐理は帰宅後、家族に今日あったことを伝える。それを聞いた、家族は思い思いの反応をする。

母は、もしかするともうこの家に娘が帰ってこないかも知れないことに涙を流す。

父は、己の無力さを嘆く。自身のちっぽけな手では、脅威から娘を守ることもできないのかと。

妹はまた神殺しが姉を苦しめるのかと憤る。この優しい姉が、どうしてそんな理不尽に付き合わなければならないのかと。

食卓が落ち込む。なにせ、今夜が家族全員が揃って食事を出来る最後の機会になるのかもしれないのだ。

祐理としても自身の感情を持て余す。

 

そんな、落ち込んでいた家族に妹ー万里谷ひかりが写真を撮ろうと持ちかける。家族で撮れる最後かもしれない写真。その中では、全員が無理に笑っている。祐理は、家族にこんな顔をさせたくなどなかった。

それでも祐理は、武蔵野を守護する媛巫女。この国を暴虐の化身から守る義務があるのだ。

 

 

 

 

 

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さて、このようにして正史編纂委員会からは警戒され、万里谷一家を恐怖のどん底に叩き込んだ怪人物こと、草薙護堂。彼が今、何をしているかというと

 

 

「で、お兄ちゃんは結局どこにいってたの?説明できる、できない、どっち?」

 

 

床に正座され、問い詰められていた。

護堂がイタリアから帰った時には、すでに日本は朝方。家族にこっそりとばれないように家に入ったのだが、そこには妹ー草薙静花が待ち構えていた。

 

 

「どこに行っていたか、か。実に難しいな、その質問は。形而学上の真理にふれるほどの質問だ。そもそも、人はどこに向かい、なにをなすのか?その辺り静花はどう思う?」

「…ふうん、結局説明できないんだ。それで、そんな誤魔化しが通用すると思ってるの?やっぱり、あれかな。お兄ちゃんにも、草薙一族の悪癖が出始めたのかな。こっそり、女の人と遊んだりしてるんでしょ」

「そりゃ、お前俺もいい年頃だぜ。そういった相手の一人ぐらいはいるさ。ただ、遊んでたわけじゃないぞ。世界の危機を救いに行ってたんだ」

「やっぱりいたんだ!どこのだれなの!お兄ちゃんの行動しだいでは、またご近所さんから草薙さんの家はお盛んねなんて、恥ずかしいこといわれるんだよ!後高校生にもなって、世界の危機とか妄想をいうのは止めて」

 

 

こうして、妹に問い詰められながら草薙護堂は思う。

いいから眠らせてくれ。ただそれだけを願うのだった。




この作品の力関係

護堂≧神≧魔王>>>越えられない壁>>>それ以外

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