六道の神殺し   作:リセット

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幕間Ⅱ
エリカと護堂Ⅱ


 エリカと一夜を共にした護堂。彼は陽光の眩しさに目を覚ます。いつもと違う枕の感触に違和感を覚えたのか不思議そうな顔をする。ふと人の気配を感じた護堂が天井から隣に目をやる。そこにエリカが寝ていた。

 

 

「……そうか、あの後帰るにも遅かったから一緒に寝たんだったな」

 

 

 護堂の独り言。頭がまだ上手く働いていないのか口にする事で状況を把握する。そのまま数分いつも以上に眠そうな顔でエリカを見た後、唐突に彼女の頭に手を伸ばす。芸術品でも触るかのような手つきでエリカの頭を撫でる護堂。彼女が眠りから覚めない様ゆっくりと手を動かし続ける。いつもの少しツリ目の勝気そうな顔でもなく、護堂やアリアンナのような身近な人に向ける顔でもない、ただ穏やかに眠り嬉しそうな顔のエリカを見ていたら護堂は撫でたくなったのだ。護堂はエリカが起きないよう細心の注意を払っていたが、頭頂部への刺激を感じたのかエリカが僅かに何事かを口から漏らす。

 

 

「ん……護堂……」

 

 

 寝言だ。エリカは自分の頭を撫でる行為など護堂か唯一の家族であるパオロぐらいにしか許さない。なおかつ最近は護堂ばかりなので、その感触を思い出し無意識に護堂の名を呼んだのだ。だが名を呼ばれた護堂は一瞬膠着し、エリカの頭から手を放し自分の枕に顔を埋める。

 

 

(……今のはずるいぞエリカ。まさか寝言で名前を呼ばれるだけでこれほど嬉しくなるとは)

 

 

 元から護堂のエリカへの想いは身を焦がすほどの代物であったが、一晩肌を重ねた事で強化されたようだ。手を離さずにあれ以上撫でていたら、抑えがきかずに昨日の続きに移行していた。護堂の脳裏によぎるのは昨日の晩の事。彼の腕の中であられもない姿を晒しながらも、身を預け委ねたエリカ。これ以上思い出したら本当に駄目だとより強く押し付け呼吸を止めて頭を冷やす護堂。酸欠寸前まで追い込んだ事で、沸騰しかけていた頭が冷静になったのか枕から顔を上げる。

 

 

(筋トレしてシャワーでも浴びるか)

 

 

 のそりとベットから出て下着と服を身につけトレーニングに最適な部屋を目指す。その途中で洗濯籠を抱えたアリアンナに出会う。

 

 

「おはようございますアリアンナさん、どこか部屋を少し借りても構いませんか?」

「護堂さんおはようございます。お部屋ですか?何に使われるのかは知りませんが、どうぞどうぞ」

 

 

 朗らかに笑いながら護堂に挨拶を返してくれるエリカ御付きのアリアンナ。しかし彼女の頬が少しばかり赤いのはなぜだろうか。

 

 

「ありがとうございます。それよりもアリアンナさん、先ほどから妙に顔が赤いようですけど体調でも悪いんですか?」

「ああこれはですね、体調が悪いのではなく護堂さんを見たら、昨日家中に響き渡っていたエリカ様の御声を思い出しただけですので、気になさらないでください」

 

 

 護堂の顔が無表情になる。そういえば遮音結界を張るのを忘れていたなと反省する。

 

 

「あー、そのですね、アンナさん。単刀直入に聞きます、うるさかったですか? 」

「はい、それはもう。私エリカ様が何を仰られているのか判別出来ないほどの嬌声に、ずっとドキドキしていたんですよ……」

「すみません、本当にすみませんでした。今後同じことが無いように猛省します」

「今後気をつけて下さるなら大丈夫ですよ。エリカ様の声も内容は分からなくても、幸せに満ちたものでしたし。……ただ不思議なのはエリカ様は初めてのはずですよね。それなのに痛がったりしなかったのでしょうか?」

「アンナさん中々答え辛い事を聞きますね。……確かに最初は痛がってましたけど、途中から俺が六道仙術を使いまくったのでそのあたりは、ね」

 

 

 六道仙術をどんな風に使ったのかは、言いたくないのか声が曇る。最上級の能力の使い方としては、最低に過ぎる手法なので言い淀むのも無理はないが。その話はさておいて、もう一つアリアンナに頼みごとをする。

 

 

「それとですね、後で洗濯機を使ってもいいですか?…………その、言いにくいんですけど、俺とエリカのあれな行為でかなりシーツが汚れたので」

「それでしたら後で私の方で洗っておきますよ」

「いえ、流石にそこまで頼むのも悪いですよ」

「護堂さん、私の仕事が何なのかお忘れですか? 」

 

 

 メイドでしたねと観念したように言う護堂。ではお言葉に甘えさせて頂きますと伝え10畳ぐらいの空き部屋を借り、加重岩の術で体重を増加してから腕立てや上体起こしなどを行い汗が滝のように溢れ出す。1時間ほどかけてじっくりと体を痛めつける。筋が痛むほどの負荷により筋繊維が断裂するが、超再生によってすぐに元に戻る。普通なら二日はかかる筋増加が数秒で済むあたり、相も変らぬ反則ぶりであった。汗を流すためにシャワーを浴びた後リビングで電子書籍に目を通す。

 

 読み終わったところで時計を見やる。現在時刻は9時前。今日の予定を考えると、そろそろエリカを起こした方がいいかと立ち上がり、寝室に向かう。もしかしたら起きているかなと淡い期待を胸に扉を開ける。広がった光景は案の定期待を裏切る。エリカは護堂が最後に見た時の姿勢のまま、静かに寝ていた。

 

 

 エリカを起こす前にカーテンを開けて日光を部屋に取り込む。本日は快晴、デートには最高の日だ。

 

 

「もう朝だぞ、起きるんだ。起きないと折角の晴れなのに時間が勿体ないぞ」

 

 

 そう言いながらエリカを揺さぶり目を覚まさせる。ゆっくりとエリカの目が開かれる。

 

 

「お願い後5分だけ寝かせてちょうだい」

「エリカの場合その5分が1時間になるだろ」

「嫌なの起きたくないの眠いの」

 

 

 やなのと言いながらなおも愚図るエリカ。身内限定ではあるが眠い時には妙な甘え癖のあるエリカだが、今日は何時にも増して酷い。

 

 

「寝た時間が時間だからもう少し安眠を貪りたいのも理解は出来るけれど、だからと言って惰眠を貪るのは淑女としてはどうなんだよ」

「淑女にも必要以上の睡眠を取るぐらいは許されてるわよ。……ん~、起きてあげるからおはようのキスを頂戴」

(おかしいな、朝起きた直後は天使にしか見えなかったのに、今はただの我侭な子にしか見えんぞ)

 

 

 若干ながら護堂の顔が微笑から苦笑に変わっていく。とはいえ、エリカが眠い原因の8割方は護堂サイドにある以上あまり強く言うわけにもいかない。普段ならおはようのキスなどと言おうものならばっさりと切り捨てるが今日の護堂、すなわち枷を外した今の状態ならその程度のおねだりぐらいすぐに叶える。エリカの体を軽く起こし身を屈めて軽く口付けをする。1秒にも満たない触れ合いだがそれで満足したのか、エリカがにこりと笑いかけてくる。

 

 それを見ただけで、今日ぐらいは思いっきり甘えられても構わないかと苦笑からいつもの眠たげな顔に戻る護堂。彼としても有象無象ならまだしも、エリカぐらい近しい女性に頼られたり甘えられたりするのは悪くないのだ。

 

 

「まずは服をと言いたいんだが、とりあえず色々とベタベタだろうしシャワーでも浴びたらどうだ? 」

「うにゅう」

「それはオッケーて事か? あとどこから出したんだよ今の声」

 

 

 護堂が抱え上げエリカを風呂場まで連れて行く。ここ最近女性をこうするのが増えたなあと自らの行動を振り返り、恵まれてるのかねと呟くのであった。

 

 

 

 

 

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 エリカがシャワーを浴び、下着を持ってくるのを忘れていた為部屋に護堂が取りに行く。ついでにシーツを剥がし、染みになっている部分だけを水遁を使用して液体に戻し抜き取る。一家に一台欲しくなる万能性である。

 

 洗いやすくしたシーツを風呂場まで持っていく。ちょうどシャワーを浴び終えた所なのか、あがって来たばかりのエリカと鉢合わせをする。改めておはようと答えた護堂にエリカも挨拶を返し、二人でリビングまで移動する。

 

 リビングではアリアンナが朝食を用意してくれていたのか、ふんわりと良い匂いが護堂の鼻に届く。トレーニングをしたのに何も口にしていなかったので、そこそこ腹が空いていた護堂はごちそうになりますとご相伴にあずかる。ただしこの際に絶対にスープには口をつけない。アリアンナの家事スキルはメイドだけあり非常に高いのだが、なぜか煮込み系の料理はまずいを超えた何かへと変貌するのだ。それを身を持って知っている二人は、視界内からスープを外し他の料理を思い思いに食べていく。アリアンナが悲しげな顔をしているが、だからと言って口にするわけにはいかない。彼女の煮込み料理ほど評価に困る物もないのだ。しょっぱい苦い辛い等色々な味が一斉に口内で展開される料理はけっして食事とは言わないだろう。スープを除いて全て平らげた護堂は皿洗いを少し手伝う。

 

 先に食べ終わり、ソファーでのんびりとしていたエリカの元に向かう。仕事は全てアリアンナに任せている辺り駄目な主であった。けれどもメイドと主の関係を思えばそうおかしな事ではないが。護堂の方も手伝ったのは彼の善意故なのでエリカに同じ事をするのは強要しない。

 

 エリカの隣に座り、ちらりと隣を見やる。エリカはのんびりしていた。具体的には船を漕いでいた。護堂が思わず手刀を頭のてっぺんに落とす。とたんふぎゃと声を上げて飛び起きるエリカ。

 

 

「いきなり何をするのよ! 少し寝ていただけじゃない」

「見ていたらついな。……手加減はしたんだが痛かったか? 」

「叔父様との訓練で、もっときついのをお見舞いされた事があるから平気よ。けれどそこそこ痛いのは事実なのよ?ただでさえあなた大柄で力が強いんだから」

「大柄って言っても俺ぐらいの身長ならそんなに珍しくないだろ。実際高木なんかは俺よりもでかいんだし……」

「高木……ああ、護堂の後ろに座っているあの男の子ね。確かに彼なんかはあなたよりも大きいけれど、筋量ならあなたの方が上回っているでしょう。……それに昨日抱きついた事で気づいたのだけれど、あなた3月の時より身長が伸びてない? 」

「多分伸びてるな。実はな、服のサイズが合わなくなってきてるんだ。エリカと出会った頃が175ぐらいだったけれど、今は180ぐらいあるんじゃないかな?体重もさっき量ったら88もあったからな」

「4ヶ月で5センチも伸びたのね。それに88ってずいぶんと重たいわよ? 見た限りでは脂肪が付いたようにも見えないし、筋肉だけでそれだけ重たいのね。護堂なら別にそこまで筋トレをしなくても、六道仙人モードにでもなって呪力を身体強化に回せば、このマンションを持ち上げるぐらいの膂力が出せるのに随分と無駄な事をするわね」

 

 

 護堂のトレーニングの成果に若干のあきれ顔を見せるエリカ。彼女の反応も仕方がない。年齢や人種を考慮するなら護堂は体格ががっしりとしているが、いくら体を鍛えた所で特に意味がないからだ。普通の人間なら体格が大きいのは色々な面で有利には違いないのだが、護堂やエリカの場合呪力を使う事で身体能力が生物の限界を超えてしまう。それなのに必要以上に筋肉をつける護堂の行為は無駄そのものなのだ。尤も護堂の体が平均を遥かに超えてでかいのは影分身修行のせいなのだが。

 

 

「うーん、確かに意味がないと言えば意味がないんだよな。ただトレーニング自体は習慣化してるし、今更止めるのもな」

 

 

 エリカとしてはもう少し護堂が細いほうが良いのだが、肥満と言うわけではないので構わないかと諦める。護堂に叩かれて眠気が少しは飛んだのだが、無くなったわけではない。隣に座った護堂の膝に頭を乗せ横になる。その行動にまた手刀を落とそうと護堂が構えたが、少しばかり考え叩くのではなく膝上の猫でも撫でるようにエリカの頭を撫で始める。その行為に心地よさそうに目を細めるエリカ。彼女はよく自分の事を獅子に例えるが、獅子もやはり猫科の動物に過ぎないのだと感じる光景であった。

 

 

 

 

 

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 30分ほどソファーでのんびり休憩をとった二人は身支度を整え、お台場まで遊びに来ていた。今日の目的は夏休みに海などに行く予定なのだが、その為の水着調達だ。ただ買い物をして、はい終わり、なのもつまらないので目一杯遊ぶつもりだが。なおここまでの移動手段はエリカが公共機関を好まないのと時間が勿体無いので、国際展示場付近に刻んでいたマーキングを使用し転移。そこから夢の大橋を渡った。

 

 

「なあエリカ、一つ提案があるんだがいいか? 」

「何かしら? 」

「手を繋ぐだけにしないか。これ意外と歩きにくいんだが」

 

 

 護堂が言う所のこれ、すなわち腕組みである。お台場についてすぐにエリカの方から護堂の腕にしがみついたのだ。護堂も最初はノリノリだったのだが歩幅の違いに苦戦していた。身長が伸びた影響が如実に出ているのだ。

 

 

「駄目よ。手を繋ぐだけだとあなたを感じ取れないもの。それに辛いって言ってもそこまでじゃないでしょう? 」

「まあ、我慢出来る程度ではあるし、こう、胸が当たって役得ではあるが、な」

 

 

 諦めて腕組みのまま歩く二人。時折視線を感じるのはエリカに対してだろう。一目を惹く美貌に服の上からでも分かる肢体。今時外国人程度ならそう珍しくも無いのだろうが、やはり美少女それもとびっきりのと言うのは相応に目立つ。しかも相方は同じ外国人ではなく日本人。護堂の方にも自然と注目が集まるのだ。

 

 護堂単独だとこんなに視線を集めたことなどないので、むうと少し唸る。エリカも見られているのに気づいてはいるのだろうが、元々自分の容姿に絶対の自信をもつ彼女がそれらに頓着などしない。結果護堂だけがなんだかなあと思うのだ。

 

 

「ところで護堂、今日のプランをきちんと聞いてはいなかったけれど、まずはどこに向かうのかしら?」

「そうだな、この辺りで買い物となるとダイバーシティ辺りだな。あそこならエリカの御眼鏡にもかなう水着が手に入るだろうな」

「そう、それにしてもこの辺りはかなり賑やかなのね」

「あれ、エリカはまだお台場に来た事がなかったのか? 」

「あのね、私は日本に来てまだ一月程度なのよ。流石にそんな短い期間で東京の地理を把握して、フィールドワーク染みた事をするのは難しいわよ」

「そういやそうか。エリカが日本語を日本人より上手く喋っているせいで、その辺りの事をすっかり失念してたな」

「言語を覚えて話すくらいそんなに難しい事じゃないわよ。私達魔術師は幼い頃から、独特の語学を学ぶから大体の国の言葉を難なく喋れるわよ」

 

 

 日本語しか理解できない護堂には羨ましい話だ。尤も最近はそれらを克服する為に影分身を使って、英語とイタリア語から学んではいるのだが。特に意味の無い会話をしながら、二人は最初の目的地であるダイバーシティを目指すのであった。

 

 

 

 

 

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 ダイバーシティ東京。東京都江東区青海に存在する複合商業施設である。東京に行ったことが無い人でも、等身大ガンダムがある場所と言えば通じるだろうか。そこに着いた護堂達だが、現在は分かれて行動していた。分かれた理由は護堂が一緒だと水着を購入しても、驚かす事が出来ないから。ようするにサプライズである。護堂もエリカがどんな物を着るのか今から知ってもつまらないので賛成し、一人で別の店舗に入りエリカの水着を検討していた。

 

 なぜ別のを検討するかと言えば、単純にエリカに護堂好みの物を着用して貰いたいからだ。サプライズも楽しみだが、男の欲望もしっかり発揮するあたりが護堂が護堂である所以でもある。やたらと真剣な顔つきでこれはどうだろうあれはどうだろうと様々な水着を手に想像の中のエリカに着せていく。彼が想像するのは本物に迫る贋作。昨日さんざん堪能した事でエリカのスタイル等を、ほぼ完璧に把握したがゆえの神業だ。

 

 そんな折に視線を感じた護堂が周囲を見渡す。彼に集まるのは不審人物を見る目。女性用の水着を手になにやら吟味し、時折にやりと笑う体格の良い男の子。どう贔屓目に見ても怪しさ満点である。護堂も今の自分を客観視し、俺なら通報するなと結論を出す。

 

 

(てかその答え一番駄目じゃねえか! なんだよ通報って。……しかしまずいぞ、この監視の中でこれ以上選ぶのは胃に少し悪いな。何か手立てを考えないと)

 

 

 神々や神殺しとの戦いで鍛えられた戦術眼が、現在の状況を打破する為の方法を模索する。一番手っ取り早いのは売り場から離れるなのだが、そんな事をしたら男の夢が儚くも崩れ去ってしまう。ゆえに却下だ。ではどうするのか?決まっている、どんな状況であろうと圧倒的汎用性を誇るのが六道仙術だ。売り場の棚の影に隠れ、誰も見ていない事を確認し、一つの術を使うのであった。

 

 

 

 

 

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「遅いわね」

 

 

 既に買い物を終えたエリカが一人ベンチで座っていた。待ち合わせの時間はとっくに過ぎているのだが、一向に護堂が戻ってこないのだ。手持ち無沙汰に誰かを待つ暇そうな美少女。この手のシチュエーションならナンパ等をされてもおかしくはないが、流石に外国人に話しかける勇気のある猛者もいないのか至って平和なものだ。けれどもそれでエリカの暇が解消されるわけでもない。普通の女子高生ならスマホでも弄って時間を潰せば良いのだろうが、生憎とエリカは携帯を実用性だけで所有している為、それで護堂の様に遊ぶなどの発想が無いのだ。

 

 

「すまん、待たせた。いやー、最近の水着って色々とあるんだな」

 

 

 エリカの前にいつの間にか誰かが立っていた。全く気配がしなかった事に驚き顔を上げる。そこにいたのはエリカに負けず劣らずの容姿を持つ少女であった。年は恐らくエリカと同じくらいだろう。肩辺りまで伸びているセミロングの黒い髪、シャツにデニムのシンプルなファッション。エリカが初めて会う少女だ。日本に来て以来、自らの地盤を固める為に結構な呪術師と出会っているが、その中にこのような子はいなかったはずだ。そんな少女にいきなり話しかけられた事に少しばかり警戒心が湧き上がるが、それもすぐに霧散する。

 

 こんな子に会うのは初めてのはずなのに、なぜか妙な既視感があるのだ。既視感の正体は雰囲気。いつも見ているとある少年を思わせる眠たげな顔。だからエリカもついその名を口にする。

 

 

「もしかしてだけど、……あなた護堂? 」

「そうだけど、どうかしたのか? ……ああ、この姿の事か。実はさっきまでエリカにプレゼントしたい水着を検討してたんだが、男一人だと怪しまれてな。だから発想を逆転させたんだ。男じゃなくて女の子が見ていてもおかしくないだろうって。うん? どうしたんだよ、そんな頭を抱えて」

「いえ、あなたのこう、なんと言うか常人とはおかしな方向に飛んでいく思考回路を甘く見ていたというべきか、それともこれこそ護堂らしいと評価するべきなのか悩んでいるだけよ」

 

 

 確かに女の子が吟味していてもおかしくはないが、だからと言って変化の術を使う必要はないだろうと割りと本気でエリカは呆れているのだ。その光景にエリカも大変なんだなと、原因そのものが他人事のように心配するのであった。

 

 

 

 

 

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 あの後エリカに一目につかない所で毎度おなじみの、正座説教をされた護堂はすぐに変化の術を解いた。買い物も終わり、目的自体は達成したので当初の予定通りエリカと共に護堂は思いっきり遊び倒した。ジョイポリスや台場怪奇学校等デートをするなら楽しめる場所がかなりあるのがお台場の良い所だ。二人とも物心ついたときには魔術を学び仙術を制御する訓練などに勤しみ毎日だったので、その手のレジャー施設で遊んだ事もなく最初は手探り感があったが、途中からはかっても分かり大いに楽しんだのだ。そして

 

 

「ふいー、流石に疲れたな」

「そうかしら? 私はまだまだいけるわよ。なんならもう一度バッティングセンターで、どちらがホームランを多く打てるか勝負でもする? 」

「それは止めておこうぜ。俺らがバカスカ打ちまくるせいで、ホームランの的が粉々になったんだからな」

「あれは護堂が途中でむきになって、仙人モードになったのが悪いんじゃない。まるで私のせいみたいに言われるのはいささか不服ね」

 

 

 既に日も暮れ逢魔が時が訪れる。最後に二人が寄ったのはお台場海浜公園のすぐ側、トミンタワー台場最上部の縁に腰掛け夜景を眺めていた。常人なら絶対に選ばないような危険な所だが、だからこそ護堂にとっては誰にも邪魔されずにエリカと二人だけでいる事の出来る場所だ。自然にエリカの肩に手を回し、自分の方に引き寄せる護堂。エリカも逆らわずに彼の胸板に自分の頭を預ける。幸せな時間であった。幸福そのものをゆっくりと護堂は噛みしめる。イタリアに行く前は自分にこんな穏やかな時が訪れるとは思いもしなかった。

 

 

「ねえ護堂、一つ聞いてもいいかしら」

 

 

 小さな問いかけ。だからこそ護堂の耳にはっきりと届く。

 

 

「なんだよ、聞きたいことって」

「改めてね、私の事をどう思っているかを聞かせて欲しいの」

「どうって言われてもな、普通に好きだとしか答えられないんだが。…………急にそんな事を聞くってことは、何かしらの心の変化がエリカにあるってことだよな。……万里谷との事か? 」

 

 

 エリカは何も答えない。答えないからこそ、それが正解なのだと否応なしに理解させられる。

 

 

「やっぱり怒ってるのか? 」

「怒ってはいないわよ。昨日も言ったけれど、私は心の広い女なの。あなたが意外と浮気性で、すぐに他の女に目移りする人でも愛し続けるくらいにね」

 

 

 護堂としては何も言い返せない。と言うよりもエリカにここまで言わせる気質に、ほとほと自らの事ながらあきれ果てる。それらの想いを誤魔化すようにエリカの手に手を重ねて強く握り締める。

 

 

「下手糞な誤魔化し方ね。この辺り女性の扱いは護堂もまだまだと言った所かしら。ただ、このまま誤魔化されるのも少し嫌ね。二人目が祐理なら信用出来る相手だけれど、ふむ。……そうだ、良いことを思いついたわ」

「……その笑顔を浮かべている時の、エリカの言葉はあまり聞きたくないなあ」

「良いから黙って聞きなさい。昨日の事で護堂が私の事をとても愛しているのは分かったけれど、それとは別にして欲しい事があるの。それをしてくれるなら祐理との事を、第一夫人として許可してあげるわ」

「なぜ恋人だの愛人だのを飛び越えて夫人まで進んでいるんだとか、疑問に思うんだが今はおいておくよ。それでだ、して欲しい事って何なんだ? 」

「あの時の告白の言葉をもう一度言って」

 

 

 告白と考えて護堂も記憶を掘り起こす。エリカが何をして欲しいのかたどり着いた護堂は慌てふためく。

 

 

「まさかあれか、俺がガルダ湖からエリカに引き上げられた直後の奴じゃないよな?」

「私が今護堂に囁いてほしいのはまさにそれよ」

「ちょっと待ってくれ、流石にあれは俺でももう一度するのは恥ずかしいわ。あんなの死にかけで頭が茹ってたから言えたんであって、素で喋るのは無理だ! 」

「だからして欲しいのよ。それとも本当は私の事が嫌いで祐理に乗り換えたい? 」

 

 

 流石にこれは虐めすぎかしらねエリカが自分の行動に苦笑する。けれどもどうにも嫉妬心が抑えられないのだ。心の狭い女ではないと自負しているが、かといって自分を一番に見てほしいのは女心として間違ってはいないはず。

 

 それを聞いた護堂がエリカから目を背ける。あれっとエリカは思う。護堂がこの手の仕草をするときは何かを考えている時だ。今の言葉には護堂が思考リソースを割くぐらいの意味があったのだろうか。数秒だけ沈黙し、考え事も纏まったのか護堂が動く。

 

 隣に座っていたエリカを護堂が持ち上げたかと思うと、自分の膝に向かい合う形でエリカを座らせたのだ。

 

 

「俺がエリカを嫌いになんかなるもんか。もし嫌いになるなら、俺はメルカルトやウルスラグナ、そしてあの剣馬鹿と争ってなんかいない」

 

 

 いつものどこか間抜けさが感じられる表情ではなく、偶にしか出てこない護堂の真剣な顔。そのギャップに慣れたと思っていたが、それでもエリカの鼓動が一瞬強く脈打つ。

 

 護堂の血筋である草薙一族は代々遊び人が多い。特に女遊びに関しては天下一品だ。何よりも厄介なことに、そんな問題行動を支えるぐらいの容姿を持った男が多いのだ。そして護堂もこの例に漏れない。彼の祖父である一郎は若いころは美丈夫として近所でも通ったほどだ。そんな傑物の血を護堂はそれなりに引き継いでいる。本人は特殊すぎる環境で育ったせいで自分の容姿を並程度に捉えているが、それは一族基準で並だ。それがいきなりまともな表情を取るのだ。

 

 これずるくないかしらとエリカは疑問に思う。今も情熱の国生まれのエリカですら気恥ずかしいセリフを臆面もなく言い放つ。護堂は好きだと思ったら結構こちらに分かりやすく好意を示す行動を取る。たぶん祐理もこの辺の性格と彼なりではあるが誠実な行動にやられたんでしょうねと推測するエリカ。

 

 

「あの時と同じ告白をするならこうやってエリカにも同じ行動を取って貰うぞ、そっちの方がやりやすいからな」

 

 

 何度か息を吸い吐いてはを繰り返し呼吸を整える。そしてあの時と同じか、それよりも感情の籠った声で想いを護堂がエリカに伝える。

 

 

「エリカ・ブランデッリ、俺はお前の事が…………君の事が好きだ。多分初めて会った時からそうだった」

 

 

 護堂がエリカの手を握る。そこからも伝わるように呪力を乗せる。

 

 

「なんで好きかって言われたら、単純な答えだよ。一目惚れだ。……ありきたりでつまならい返答だろ」

「そうね、サルバトーレ卿と争った理由がそれだなんて、呆れて何も言えないくらいよ。でも悪くはないわね」

 

 

 エリカも告白された時と同じ答えを返す。

 

 

「悪くないってことは、多少はエリカの方も俺の事を想ってくれていたのかな?」

「悪くないって言い方こそ悪かったわね。ねえ護堂、もしあなたが本当に私の事を唯一無二の異性として意識しているなら、私ね…………あなたになら全部あげてもいいぐらいには考えていたのよ」

 

 

 エリカの顔が護堂の至近まで近づく。ガルダ湖の時は心肺停止状態から復帰した直後だったから、今みたいに落ち着いてエリカの美貌を眺めれなかったなと過去を懐かしむ。

 

 

「そこまで想ってくれてたなんて知らなかったよ。てっきり嫌われているぐらいには思っていたんだけどな」

「確かにあなたに比べたら、分かりやすく好意を示してはいなかったわね。けれど本気で嫌っていたなら、あなたの為に結社を抜けるなんて真似していないわよ」

「それもそうか」

 

 

 人の心が読めるくせに存外鈍い自分に護堂が苦笑を漏らす。

 

 

「その好意に甘える形になるけど、はっきり言うよ。俺はエリカと一緒にいたい、叶うならいつまでも。…………ようするにだな、付き合って欲しい」

「ふふ、あなたの方から告白してくれるなんて思ってもいなかったわ。……今後ともよろしくおねがいするわ、魔王陛下様」

 

 

 どこか茶目っ気のある言葉で護堂の想いに答えるエリカ。彼の言葉に比べればいささか真面目さが少ないものの、表情には照れがあるのか僅かに頬に赤みが差している。

 

 

「これを改めてやるのは少し恥ずかしいわね」

「だから言ったじゃねえか、恥かしいって。しかもあの時と同じ事をするなら、この後俺がエリカのファーストキスを奪うってことだろ」

「ならそれも再現しましょうか」

「えッ!」

「エッっじゃないわよ。別にキスの一つや二つ今更でしょう。昨夜に至ってはあんな事までしたんだから」

 

 

 確かに言われてみれば今更ではあるが。なので護堂も気持ちを切り替える。それこそ初めてエリカとキスをした時と同じぐらいの感情で挑む。

 

 

「んーーふ、んぅ……」

 

 

 エリカの漏らす喘ぎ声に護堂の思考が真っ白に染まっていく。粘膜同士がぶつかる湿った音が聞こえる。密着している事でエリカの胸が擦れる感触に護堂の護堂が力強く反応する。164cmと日本人女性の平均よりは高いが、それでも護堂と比べるなら小柄な体に手を回し、後頭部に手を当て何度も何度もキスをする。

 

 数分続いたそれも終わりを向える。互いの荒い息が更に陶酔感を生み出す。

 

 

「今日もあれをやるのかしら」

 

 

 恍惚とした表情でエリカが問う。護堂の腕の中で熱を放ちながらスイッチが入ったのか、妙に色気を醸し出している。そんな姿に表情を変えないが、実際にはドキリとしながら強く抱きしめる。護堂の目に映るのは赤みがかった金髪。トミンタワーの屋上から見える夜景などよりも、彼にとっては魅力的な存在。それが今は自らの側にいてくれることに感謝しながら、エリカの問いに答えるのであった。




次話は祐理と護堂

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