六道の神殺し   作:リセット

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15話 ~決意~

 サン・バステン遺跡がある森から離れた無人の荒野。時刻は既に零時すぎ。その荒野でエリカと護堂は街に戻らずに焚き火を囲み野営していた。時折ぱちぱちと火が爆ぜる音がするだけで静かなものだ。エリカは何をするでもなく火を眺めるだけ。護堂は神の力を目撃した事で呪力は護堂の方が大きくとも、決して侮ってはならないと認識を改めた。そして太陽の欠片を見た時に出した結論を、どのタイミングでエリカに打ち明けるのかを見計らう。

 

 

「神様たちの事だけど、どうしたもんかねえ」

「止めるしかない手立てはないわよ。手負いでもあれだけの権能を持つ神々が戦えば、この島は海の底に間違いなく沈むわ」

 

 

 メルカルトの結界が無ければ広大な森を焼き払えるだけの力を有したウルスラグナ。そもそも彼の力の一部ですらこの島の都市をやすやすと破壊するのだ。その少年神と相打ちに持ち込める旧き神王。両者がまた激突すればどれだけの被害が生じるか。短い時間で終われば問題ないだろうが、生憎ウルスラグナとメルカルトは互角。戦いが長引くだろう。神々は人間がどうなろうと構わない思考で動く。全てが終わった後には、草木も生えない不毛の大地だけがこの島に残されるだろう。エリカはそれを見過ごすつもりはない。最初は功名心に逸り神を追っていたが、今は騎士としての誇りにかけても戦うつもりだ。初めて神に会ったときはパニックに陥ったがあの姿をこれ以上護堂に晒す気もない。格好の悪い所をこの少年に見せたくないのだ。

 

 

「とはいえ私やこの島の魔術師が総力を結集して命をかけても大した事が出来るとは思えないし、現状この島で神を足止めできそうなのは護堂ぐらい……。だから時間稼ぎをするわ」

「時間稼ぎ? 何か援軍の当てがあるのか? 」

「その通りよ、実はすでにこの島の魔術師達がサルバトーレ卿に連絡済みらしいの。卿が到着するのは遅くとも二日後、それまであなたと私で神を食い止めればいいのよ」

「確か前に話してくれた神を降して、彼らが持つ権能を簒奪した六人の中の一人だったよな?」

「ええ、サルバトーレ・ドニ様。イタリアに君臨する最強の剣士。あらゆるものを切り裂く魔剣の権能と鋼の肉体を持つカンピオーネよ」

 

 

 カンピオーネ、奇跡に奇跡を重ね神を殺め、至高の力を奪い取り人界の魔王として崇拝と畏敬を捧げられる戦士。その一人がこの島に向かっている聞いて護堂も安心する。今からエリカに切り出す話に信憑性を持たせるのに利用出来るからだ。エリカはあれほど神に恐怖を抱いたのに、今護堂と共に時間稼ぎをするなどと言い出した。護堂一人に任せて手柄だけ横取りしても良いのにだ。だからこそ護堂は今から彼女にある話をする。

 

 

「そうか、そんな人が来るなら俺も安心できるよ」

「あら、あなたでもこれから神の足止めをするとなると怖いのかしら」

「怖いわけじゃないさ。ただ俺はもう日本に帰るから、後の事を任せれる人が来るなら大丈夫だと思ってね」

 

 

 その瞬間のエリカの表情を護堂は忘れないだろう。まるで見捨てられた猫を思わせる顔を。信じられないとでもいいたげに動いた唇を護堂はきっと忘れてはならないのだろう。エリカにこんな表情を向けられたくは無かった。エリカの涙を見たときに、護堂は自分の中でもやもやしていた感情をなんと呼ぶのか答えを出した。だからこそエリカには自分に正の感情を感じられる笑顔等を見せて欲しかった。護堂が見たかったのは彼女のこんな様相ではない。ここで冗談だよとでも言えばからかわないでと拗ねた顔で許してくれるだろうかと護堂は思案する。だがそれでは駄目だ、護堂が今からすることにはエリカと行動を別にする必要がある。

 

 

「……護堂、急に何を言ってるの……分かったわ、冗談ね。あなた話も下手なのね、少しも面白くないわよ」

「冗談なんかじゃないさ、俺はもう日本に帰るつもりだよ。何が悲しくて神様同士の化け物バトルにこれ以上付き合う必要があるのか考えてな。流石にあれと戦うのに見返りの一つもないのはごめんだと思ったんだ。命懸けになるのに何もなしで関るのは馬鹿のやる事だよ」

「どうして急にそんな風に心変わりしたのか聞いてもいいかしら」

 

 

 エリカの声が低くなり護堂を睨みつける。その視線に泣きそうになりながらも護堂は精一杯皮肉げな顔をして返答する。

 

 

「エリカには最後まで見届けるなんて格好つけたけどな、ウルスラグナの力を見たら俺も怖くなったんだよ。ほら、理由としては十分だろ。それともまさか戦えなんてお優しく誇り高い騎士であられるエリカ様が強要するわけないよな」

 

 

 護堂の馬鹿にしたような言い方に今度こそ本気の怒りを篭めて睨みつけるエリカ。それを受けた護堂は流石に言い方がまずかったかと後悔する。けれど視線をすぐに逸らすエリカ。

 

 

「そうね、そういえばあなたにとってこの騒動は異国の狂騒に過ぎなかったわね。ならさっさと日本に帰ったらどう。護堂がそんな臆病者だとは思わなかったわ! 」

「そうさせてもらうさ。お前こそ気をつけろよ、その程度の力で神に挑んでも犬死にするだけだからな。いいか、何があっても神に挑むなんて馬鹿な真似をするなよ」

 

 

 吐き捨てるようにエリカに言葉を叩きつけ、護堂がその場から立ち上がり街に向かって歩き出す。エリカは護堂の方を見ようともしない。ただ一人残される少女。後ろに振り返った護堂の視界に寂しそうな姿が映し出される。とたん彼の胸が締め付けられる。やはり薬で眠らせるか、幻術にかける方法を取れば良かったかと思い直すが今の気持ちでエリカに仙術を使いたくは無かった。後ろ髪を引かれる思いを断ち、護堂はエリカから見えない所まで離れた所で体を周囲の風景と同化させ姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

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 あれから数時間後、エリカが寝静まったのを確認した護堂は飛雷神を使う。転移する場所は地下神殿に逃走のさいに刺しておいたクナイ。メルカルトが結界を張ったのならそれを空間転移で全てすり抜ければ良い。そこまで考えて用意しておいたわけではないが、思いのほか役に立った。地下神殿の通路に転移した護堂はクナイを引き抜き玉座を目指す。ゆっくりと歩きながら彼はぶつぶつと独り言を呟く。

 

 

 

「まだ会って数日なのに俺は何してるのかね、別にエリカに言ったように日本に帰っても誰も何も言わないのに」

 

 

 文句なのかそうでないのか判別がつかない事を口にする。その足は止まらず、ただ動き続ける。

 

 

「ただ何でだろうな、やっぱりあれかね、エリカが泣く姿を見たから情が移ったのか、それとも最初からあいつに好意を持っていたからあの時側にいたいと思ったのか。分からん、爺ちゃんにもっと恋だの愛だの聞けば良かった」

 

 

 護堂の一族は遊び人が多い。複数人を同時に孕ませて、どうしようもなくなり外国に逃げた猛者もいるくらいだ。そんな中護堂は一族の中でも大人しく、親類以外では女っ気もなく祖母などは安心していたくらいだ。けれども護堂は別に大人しいわけではない。普段から呑気に眠たそうな顔をしており、あまり覇気がないためそう見えるだけ。裏では神獣を狩り殺し、女っ気がないのも修練で忙しく普通の学生がやる様な事にかまける暇がなかっただけ。それも一段落し、余裕が出来たからこそのイタリア旅行。そんな旅行中に出会った綺麗な少女、そのうえ気高く誇り高い。自分が死ぬかもしれないのに騎士のプライドを優先し、無茶をする乙女。

 

 護堂はどうもそんな彼女に惚れたようだ。何の事はない、護堂がエリカの尊大な口調に反発心を持たなかったのは惚れていたからだ。惚れた女の言葉なら、暴言だろうと護堂にとっては至言なり。だから彼は今もメルカルトの元に向かう。

 

 

「でも仕方ないよな、俺がそうしたいって思ったんだから」

 

 

 エリカの言を信じるなら、光明神を主に持つウルスラグナは太陽が昇ってから動くだろうとの事。彼女もそれに合わせて動くつもりだ。けれどもエリカは人間だ、神の争いに首を突っ込めば待っているのは悲惨な最期。護堂でも神獣の時のようにあっさりと下し、守る事など出来ない。エリカは聡明だ、そんな結末ぐらい理解している。けれども騎士の誓いを立てた彼女は恐怖を押し殺しそれでも来るだろう。だからこそ日本に帰ると嘘をついてまで護堂は一人で神の元に向かう。

 

 エリカが死ぬ。冗談も休み休み言え。そんな糞食らえな未来はゴミ箱行きだ。彼女が死ぬ運命にあるのなら、そんな運命はくたばれ。運命がエリカを殺すなら、護堂は彼女の味方だ。世界の理如きが俺の邪魔をするな、道理を説くなら常人にやっていろ。

 

 そんな思いを胸に護堂自身はメルカルトの元に向かう。護堂がやろうとしている事。それは人類には許されない選択肢。かつてエリカは護堂にまつろわぬ神を相手に人類が取れる手段は三つしかないと語った。一つは数時間前のエリカのように恐怖に震え、許しを請い隷属する。一つはルクレチアがかつて日本でやったように弱い神格なら封印する。そして最後の一つ、実現不可能な選択。すなわち神をこの世から抹消する。だがこれは机上の空論だ。確かに今はこの世界には六人も神を殺し魔王の称号を得た偉大な人物達がいる。しかし彼、あるいは彼女らは奇跡を持って神に打ち勝つことが出来た。九死に一生どころではない。百万回挑んでようやくその可能性を拾えるかどうかなのだ。たった一つの勝利への道筋、それを見つけ出し行うからこそ神殺しは地上の覇者として君臨出来る。そんな奇跡を当然のように掴める者など世界を探しても、いや歴史を紐解いても極僅かだ。だからこそ神殺しは人類最大の偉業に他ならない。

 

 そして護堂にはそんな勝利への道筋を見つけ出す戦術眼などない。本来なら護堂は神殺しを成し遂げれるような人物ではない。それでも彼には一つだけ武器がある。この世に生誕した時からその身に宿りし究極の力、六道仙術。これを使えば護堂は神殺しにも負けない人類最強と呼ぶにふさわしい力を持つ戦士になれる。だから彼が選ぶのは最後の一つ、すなわち神を滅ぼす。神殺し以外で護堂だけに許された特権。成功するかどうかなど分からない。メルカルトは擬似太陽を生み出す存在と引き分けるほどの強者だ。それでもやる。ここで護堂が引けばエリカは護堂がいなくともサルバトーレ・ドニが到着するまで時間を稼ぐ為に神に挑むだろう。それでは駄目なのだ。護堂が望む未来には彼女がいなければならない。そしてエリカが生きる未来を得る為にはまつろわぬ神が邪魔だ。だから護堂は今から彼らの片割れを殺しに行く。大衆の事など知った事ではない、もしこの島の人間が全員死んだとしても根本的には護堂には無縁の話だ。だがその中には祖父のかつての友人と護堂が好きだと思った子がいる。

 

 ならば戦う理由には十分だ。なに、古来より男が戦う理由など何時だって単純だ。女の子を守るため、あるいは取り返すために数多の英雄達が難行に挑んできたのだ。その一人になりに行くだけ。だからぶつくさ言いながらも護堂の顔に悲壮は決意はない。あるのは一人の少女への想い。一目惚れだった。正直に言おう、護堂は彼女が欲しい。エリカともっと語らいたい、触れ合いたい、倒れそうなら支えたい、挫けそうなら慰めたい、その心を自分に向けてほしい。それらの想いが護堂の戦意を掻き立てる。いつもの眠そうな顔が消え、獰猛な肉食獣を思わせる顔つきになる。護堂の本当の本質が現れる。いつもの暢気さも確かに彼の在りかたの一つだ。だが護堂はとても我侭だ、本当にしたいことがあるなら足を止める事などしない。自分がやりたいようにするだけ、それこそが彼の本当の在り方だ。その顔のまま歩き続ける。

 

 ついにたどり着いた。数時間前に訪れた神殿の奥。そこに胸に刺さっていた剣が抜けたメルカルトがあの時と同じように玉座に座り待ち構えていた。

 

 

「先ほどの人の子か、戻ってくるとは何の用だ? 」

「少しやる事があってさ、あなたに会いに来たんだ。起きてたんなら好都合だよ、流石に寝ている所を起こすのは悪いからさ」

「ふん、それほどの戦意を携えて誰かが訪ねてくれば嫌でも目が覚めるわ。しかしあの軍神ではなく貴様が来るとはな、一応名を聞いておこうか人の子よ」

「草薙護堂だ、でも覚えても意味無いだろう。あんたは今から死ぬんだから」

 

 

 護堂の発言にメルカルトの体から立ち上るプレッシャーが急激に増す。身の程を弁えぬ大言壮語に怒りの裁きを下すのだろうか。違う、神王は嫌な予感にかられ戦闘が何時始まってもいいように神力を高めたのだ。高めた理由は単純、護堂から空間を軋ませるほどの呪力が感じ取れたからだ。護堂に変化が起きる。髪から一本ずつ色が抜け始めたのだ。徐々に髪全体が白くなっていく。ついに全ての髪の毛が真っ白になる。十字目になっていた目が紫に変色し、中心から波紋が広がる。顕現するのは巴模様。そして服が変化し、六道の羽織を纏う。護堂から神王に劣らぬ威圧感が放たれる。六道仙人モード、護堂の持つ力それを全て使う為の顕身。

 

 

 六道の力を全開にした護堂は開戦にふさわしい宣戦布告を考える。エリカが言うには護堂のやることは偉大らしい。それに似合う言葉がないか数秒考え思いつく。

 

 

「六道仙人草薙護堂、推して参る。御身を墜とし奉る! 」

 

 心せよ神王よ、汝に挑む者死すべき運命を持つ人の子ならず。その運命こそが最大の敵と断じた異訪者。覚悟せよ神々よ、今新たな敵が産声を上げる。

 

 草薙護堂一世一代の大告白。告白の名を神殺し。彼は最も愚かな理由で神に挑む。ただ旅の途中で出会った少女、知り合ってまだ三日程度。けれども彼は惚れっぽい。特にエリカのような少女を放ってなどおけない。だから彼は挑むのだ。六道仙人・草薙護堂、彼の挑戦が幕を開ける。

 




次回メルカルト戦。しかし今になって思えばゆりも分けるべきだったか。自分で読んでも長くてつらい

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