六道の神殺し   作:リセット

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14話 ~まつろわぬ神~

 休息を挟んだところで出会いの話を再開しよう。ドルガリで神獣と遭遇し、それを叩きのめした護堂はエリカと共にサルデーニャ島の西部オリスターノに向かった。この街に来たのはタロスの遺跡に近いからだ。タロスはかつてはフェニキア人とローマ人の手で栄えた街であった。今はさびれ街のほとんどが海に沈み廃墟同然ではあるが。そしてこの街はこの島に顕現した神の片割れ、メルカルトを都市神として信奉していた。神は自分にゆかりの地を好む傾向性にある。自らが守護していた場所であれば、傷ついたメルカルトが聖地として怪我を癒しに来る可能性がある。そんなエリカの考察を指針として二人は一日がかりで移動したのだった。

 

 

 

 

 

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「あいつから分かれた神獣は残すところ馬だけ。それを回収し少年が力を取り戻す前に、メルカルトを偵察し可能ならその場で封印、これがエリカの基本方針でいいんだな? 」

「ええ、まつろわぬ神同士の戦いは地を極めたルクレチアですら、呪力を全部使い切ってようやく見ることが出来るほどの規模で行われるわ。それがもう一度行われたらどんな事になるか想像もつかない。その前に療養中のメルカルトをどうにかするべきよ。それよりもタロスには神がいるのかしら? 」

「それは問題ないだろう。この街の近くから大きな呪力を感じるからな。エリカの考察どおり居心地のいい場所で怪我を治してるんだろ。…しかし流石本場だな、何度食ってもピザが上手い! 」

「今から神に挑むのに食事の感想が出てくる辺り大物なのね護堂は。なぜこんな暢気な人にあれだけの力が宿ったのかしら……それともこんな性格だから扱えるのか」

 

 

 エリカの呆れたような感想。護堂はそれを聞いて仕方ないではないかと心の中で呟く。そう二人は決戦前の腹ごしらえに市内にあるピザ屋に入り、食事を取っていた。腹が減っては戦が出来ぬ、その精神で腹にピザを詰め込んでいく。口にするのはモチモチとして食感のナポリ風ではなく、サクッとした薄い生地で出来たローマ風。それを眠そうな顔で上手い上手いと口にする護堂。エリカが今からすることは彼女が出来る中でも最大の功績になるはずなのに、実は大した事ではないのだろうかと感じる程に今自分の前でピザを食べる少年は落ち着いていた。エリカが変な子ね思っている内に二人とも食べ終わる。

 

 

「私は地元の結社と接触してくるから、しばらく時間を潰していなさい」

「今すぐ行くんじゃないのか? 」

「そうしたいのは山々だけど、ここは彼らの縄張りですもの。動くにも相応の許可がいるのよ」

 

 

 そう言ってエリカが先に店から出て行く。それを見送った護堂も立ち上がり自分の会計を済ませ適当にぶらつく事にする。

 

 

「さて、これからどうしたもんかね」

 

 

 意味のない独り言。歩きながら護堂は色々と思案する。カリアリで遊んだ少年神、同じくカリアリで出会い今は行動を共にしているエリカ、そしてこれから向かう場所にいるまつろわぬ神。数日の間に様々な事を護堂は知った。それと同時に護堂自身の持つ力がエリカやルクレチア達魔術師と比べてもずば抜けて凄まじい物である事も知った。しかしそれらは現在の護堂にとっては些細な問題だ。それよりも昨日からなぜかエリカをいつの間にか視線で追っている自分に驚いていた。

 

 

「なんだろうなこの気持ちは。あいつの為に何かしたいと思うのは何でだ? 」

 

 

 自らに芽生えつつある想い。それを護堂は持て余していた。正体も分からない何か、けれども決して嫌な物ではない。だから何でだろうなと呟きながら散歩する。適当に散歩をしていたら何時の間にか空が橙に染まっていた。その頃になってようやくエリカも護堂に合流する。

 

 

「護堂と私の読みどおりよ、やっぱりタロス遺跡に神が降臨しているみたい。私が斥候として現地に行くからって言ったら、たっぷりと情報を貰えたわ」

「そうか、なら行くとするか」

 

 

 

 

 

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 空から橙色が消え、真の闇が訪れる頃に二人は鬱蒼とした森の中を進んでいた。先導するのは護堂だ、明かりもない森の中を昼間に歩くのと変わらない速度で進む。その後ろを軽快な足取りでエリカがついて行く。護堂が目指すのは力の波動の元、サン・バステン遺跡だ。自らの知覚に任せ迷うことなく大地を踏みしめる。

 

 

「かなり近いな、もうすぐつくぞ」

 

 

 それから数分歩いた頃に遺跡の近くに到達した。森の奥深くまで進んだだろうか、そこら一帯が開けていて、見晴らしの良い広場になっている。その広場の一角に太い幹の大樹が生い茂り、遺跡の一部が崩れたのか石材に覆い隠された空洞がある。護堂はそこの前まで移動し、石を取り除き穴の中を覗き込む。

 

 

「ここだな、この奥から巨大な力を感じ取れる」

「私も呪力を感知する術を使ってみたけどそうみたいね」

 

 

 二人して顔を見合わせ頷きを返しあう。ここでも護堂が先頭で穴の中に降りる。降りた先は地下神殿であった。護堂を追いエリカも降りてくる。

 

 

「エリカは外で待っていてもいいんだぞ。もし封印するとなったら俺一人でも何とかなるだろうし……」

「馬鹿な事を言わないで、私は外で指を咥えて見ている気はないわ。それよりもあなたのほうこそ良いの? ここまで来てなんだけど私に協力しても特に見返りは無いわよ」

「別にいらんよ。ただ俺がそうしたいからそうするだけだしな」

 

 

 護堂の返答にそうっと軽く返しエリカが黙る。護堂も沈黙し先導する。護堂が感じている力は明らかに護堂に迫るほどの強大さ。それを頼りに進んでいく。途中で何度も分かれ道に当たるが迷う事など無い。そして開けた場所に出た。そこにいたのは神、エリカが探し求め護堂が感じていた力の正体、絶対の力の具現ーまつろわぬ神が祭壇に腰掛け鎮座していた。

 

 

 

 

 

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「このような所に何の用だ、死すべき運命の定命の者どもよ」

 

 

 低い遠雷を思わせる腹の底まで響く声。魂まで揺さぶる様な重厚な声であった。地下神殿の奥、石で組まれた通路が途切れ土がむき出しになり地下水が湧き出した水のほとり。その傍らにいる壮年の巨漢の声だ。ぼさぼさの髪と顔の下半分を埋め尽くすほどの豊かな髭を持つ容貌。身長は2mを超えるだろう、その巨体につくのはレスラーを思わせる隆々とした筋肉だ。そんな肉体を覆うのはあの少年が着ていたものによくにたすりきれたマントに皮の胸当て、そして汚いボロ布のような服だ。胸当てには護堂も二回みた黄金の剣が半分ほどの長さになり突き刺さっている。

 

 姿だけを見れば逃げてきた敗残兵と言った装いだ。しかしながらそうではない。彼からはおそろしいほどの威厳が溢れている。

 

 

「何も答えぬか、ではわしの名を知っておるか? それとも名乗らねばならぬか? さあ、述べてみよ! 」

 

 

 笑いながら神が訊ねる。その問いかけに含まれた侮りに護堂が気づく。目の前の神は自らを訪ねてきた人間を試しているのだ。対応を間違えればどうなるか、そう言外に含んで。この神は護堂達の事など気にも止めていない。療養の間の暇つぶし相手が出来た程度にしか感じ取っていない。護堂もこのままでは話にならないとばかりに仙人モードを発動する。護堂の黒目が十字に代わり、纏う雰囲気も強大さを増す。それにほんの僅かに目を細め、興味ありげな反応をする神。

 

「あんたがメルカルトでいいんだよな」

「いかにも! わしをその名で呼ぶ者がまだおるとはな。そしてそれほどの力を死すべき定めでありながら有するか、すまぬな人の子よ試すような真似をして」

 

 

 先ほどまでのどうでもよさげな空気がメルカルトから消え、護堂に対して相応の敬意を払うかのような対応をする。流石にメルカルトも一つの神話で王の座につく天空神。目の前の人の子が只人ではないのを察したのだ。護堂もようやく話ができるかなとなった所で気づいた。先ほどから護堂の後ろにいるエリカが動かないのを気配で読み取る。護堂が後ろに振り返る。そこにいたのはただ震えるだけの少女だった。顔を下に俯けメルカルトの放つ荘厳さに気圧され、怯えるエリカがいた。

 

 

「エリカ! 」

 

 

 護堂が呼びかけるが震える体を止めようとして腕で自分の胸を押さえるだけ。そこで護堂も気づく、エリカは仙人モードの護堂の力でも怯えるような目を向けた。そしてメルカルトの強大さは仙人モードの護堂を上回っている。なら彼女がどんな感情を抱くのか、それに気が回っていなかった。

 

 

(エリカを連れてここから離れるべきか)

 

 

 すぐにエリカの腕を取り来た道を引き返す。ここに神を封印しにきたのに遁走を選んだと言うのにエリカは特に抵抗しない。抵抗の意思も湧かないのだ。念の為に逃げる途中石の壁にクナイを突き刺しておく。逃げた護堂をメルカルトも特に止めようとはしない。彼は今傷を癒すのに忙しいのだ。そこに少し興味を引かれる人の子が来ただけ、それもすぐに忘れ去る程度の邂逅に過ぎない。今は軍神との再戦に備え神力を取り戻す。ごろりと地面に寝そべりメルカルトは休息を取るのであった。

 

 

 

 

 

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 護堂に連れられて地下神殿を出たエリカはぺたりと地面に座り込む。膝を抱きその中に顔を埋め、ただ震えるしか出来ないエリカ。さっきまでは気力を振り絞り何とかメルカルトの前で立つことが出来た。しかしそれも尽きた。もう彼女にあるのは恐怖だけ。本当の神を前にしたら人間など首を垂れ、ただ脅威が過ぎ去るのを待つしかないと実感させられた。前に立つだけで逆らう気力が根こそぎ削られる。聖書にすら名を残す強大な神王。あんなのをどうにか出来ると思っていた自分の浅慮を呪う。叔父の言う通りだった、エリカには早かったのだ。いや早いのではない、そもそもどうにも出来ないのだ。だからこそ叔父は止めたのに、その憂慮すらも自らの才能任せで踏みにじった。それらのどうしようもない事実に顔を上げる力も出てこない。

 

 それを見て護堂の胸が締め付けられる。護堂はエリカのそんな姿など見たくなかった。だから彼は考える、今自分が出来る事を。感情に任せ動く。エリカの背に手を当て治癒術を使う。別にエリカは外傷を負ったわけではない、だからこれは何の意味もない。けれどエリカがただ潰れそうになっているのを黙って指を銜えて見ているつもりなどなかった。

 

 

「…何のつもり」

 

 

 ようやくエリカが俯く以外の反応を取る。彼女の声に含まれるのは怒り。だが護堂にはそれが嬉しかった。恐怖を塗りつぶせるほどの感情を持ってくれたのが嬉しかったのだ。

 

 

「少しでも気が紛れたらと思ってな」

「余計な事をしないで」

 

 

 取りつくしまもない。けれど護堂は一向に離れようとしない。それにイラつくエリカ。自分はこんなに震えているのにこの少年がこちらを気遣うぐらいの余裕があるのがどうも許せない。

 

 

「情けをかけられるつもりはないの。離れてちょうだい」

「……怯えてる女の子をそのままにするほど薄情じゃなくてな」

 

 

 自分は怖くないからな。今のエリカの精神状態には護堂の言葉がそんな風にしか聞こえない。だから気がついたら背中に手を回し護堂の手を振り払っていた。

 

 

「エリカ? 少しは元気がで…」

「馬鹿にしないで! あなた何のつもりなの、私が怯えてる? 当たり前でしょ! あんなのと対面したのよ、もしメルカルトの機嫌が悪ければ死んでいたのよ私達。あなたは確かに強いのかもしれないわ、でも無理よ。あんな強大は力を放つ相手を封印なんて無茶だったのよ。それが護堂には分からないんでしょ、分からないわよね! だってあんな風にメルカルトに馴れ馴れしく話しかけるくらいなんだから! 」

 

 

 エリカの言っていることに間違いは無い。護堂とエリカのメルカルトに対する認識には大きな差がある。エリカは対峙しただけで口も開けないほどの恐怖に襲われた。護堂の方はと言うと特にそんな事もない。確かに荘厳さや威厳は感じたがそれだけだ。エリカには仙人モードしか見せていないが、護堂の全力はそんなものでは収まらない。今エリカが死んでいたと口にしたが本当に襲われていたのならエリカをその場から逃がし、護堂は六道仙人モードを解き放っていた。結局の所人類にとってはまつろわぬ神は跪き、祈りを届かせる対象でしかない。けれども護堂にとっては違う。だからこそ今のやり取りのようにすれ違いが生まれる。

 

 護堂を振り払ったエリカは自分が何をしたいのか見失う。エリカの心に到来するのは虚しさ。本能はパオロの下に帰れと訴えてくる。理性は騎士の誓いはどうするのだと囁きかけてくる。そして背中に先ほどまで感じていた温かさ。それを振り払えてせいせいした。だが同時にそのせいで怒りが消え、先ほどまで感じていた恐怖がぶり返す。ここまで言ったのだ、護堂も日本に帰るだろう。その後どうしようか、理性と本能のどちらを選ぶべきか。そうエリカが考えていた時にまた背中に温もりが到来する。

 

 

「エリカ、お前の言うとおりだよ。俺にはエリカがどれだけ怖かったのかなんてわからない」

「そうでしょうね、ならこの手を離してくれるわよね? 同情なんてごめんよ」

「でもさ、それでも一つだけ確かな事がある。お前が泣いてるってことだ」

 

 

 そう言ったかと思うとエリカの背から手を離し、エリカの前に回る。前に回られた事でエリカと護堂が顔を突き合わす。

 

 

「やっぱりな。さっき振り払われた時に雫が少し飛ぶのが見えたんだ」

「泣いてなんかいないわよ」

「別に俺がどう思われようとかまわないけどな、こんな時まで意地を張らなくたっていいだろ。どうせ俺なんて旅のゆきずりなんだから」

 

 

 エリカは何なのよと心の中で呟く。泣いてなどいない。少し目から水が出ただけだ。護堂はただひたすらにこちらを気遣うような事ばかりしてくる。エリカが本気で怒り、普通の少年なら勝手にしろとでも言いそうな事を言っても全く気にも止めようとしない。本当になんなのだろうこの男の子はと思う。ならば勝手にしろと好きにさせる事にする。今度はエリカの頭に手を載せ何かしらの術を使う。無遠慮に髪を触られた事でまた護堂を罵る。それを受けた護堂はやっぱりまずいかと言って頭から手を離す。ただエリカは普段と違う自分に違和感を持っていなかった。普段のエリカなら髪を許可もなく触られたなら剣を抜き斬りつけるのに、今は罵るだけでそれ以上なにもしないのだ。ほんのわずかな時間で護堂に対する感情が変わりつつあるのにエリカ自信が気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

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 少し時間が経っただろうか。エリカも顔を俯かせるような真似はもうしない。目に涙もなく、いつもの彼女へと戻っていた。

 

 

「エリカもようやく立ち直ったみたいだな、安心したよ」

「立ち直るも何も私は落ち込んでなんかいないわ、さっきまでのはあれよ、ただ石畳の遺跡が珍しいから見ていただけよ。……何よその笑いは腹立たしいわね」

 

 

 エリカがあまりにも下手糞な言い訳をするものだから、つい顔が綻ぶ護堂。そのように護堂が笑うのでぷいっと少し頬を赤く染め顔を背けるエリカ。

 

 

「だからあなたの行動で何かが変わったわけじゃないわ、そこを勘違いしないで。……まあ、あなたなりに何かをしようとしたのは評価してあげるわ」

 

 

 出会ったときのようなあいも変わらぬ上から目線にそうでなくちゃエリカらしくないなと護堂がぽつりと漏らす。その言葉に妙に照れくさげに上から目線ではないわよと拗ねた様に返答するエリカ。二人の間に奇妙な空気が流れ出す。その空気に耐えられなかったのかエリカが話題を変える。

 

 

「それよりも護堂はこれからどうするの? 」

「そうだな、ここまで関った以上この騒動を最後まで見届けるつもりだよ。今からまたメルカルトの下に戻ってどうにかできないか色々と試してみるさ」

 

 

 そう返した護堂が森の外へといきなり顔を振り向ける。その反応の仕方がカリアリの時の行動に良く似ていたので、エリカも護堂が何に感づいたのか悟る。

 

 

「もしかして神獣が近くに来ているの? 」

「それだけじゃない、あいつも来てるみたいだ。なら先にあっちに行くか。俺は行くけどエリカはどうする、ついてくるならもう一度神様と会うことになる。怖いならここで待っていても……」

 

 

 その言葉に鼻を鳴らしエリカが返答する。

 

 

「私は不屈の闘志の持ち主なの、一度くらい挫折を味わうのが主役の定めよ。でもここから立ち上がって勝利を掴むのがエンターテイメントの定番よ」

 

 

 分かるような分からないようなエリカの返しに苦笑しながら護堂がエリカを抱え上げる。

 

 

「……これはどういう意図があるのかしら? 」

「エリカよりも俺の方が速いからな、急いで行くならこれが一番だ。不躾なのは許してくれ、女の子と接した事があまりないんだ」

「確かにあなた人との距離感を取るのが下手ね、まるで小さな子供がそのまま大きくなったみたい。あなたの将来のパートナーは私みたいに芯がないととても苦労するでしょうね、気の毒なこと」

 

 

 愚にもつかない話をしながら護堂が駆ける。仙人モードでの疾走は音の壁を突き破る。パンっと乾いた破裂音を鳴らしながら遺跡まで来るのに一時間はかかった森を数十秒で走り抜ける。森を抜けた二人の目に映るのは倒れ伏し体のいたるところに黄金の剣が突き刺さった巨大な白馬。その白馬に手を当てて掌から神獣の力を吸収している少年がいた。

 

 護堂たちの目の前で最後の力を取り戻した少年が二人に気づき軽く手を上げてくる。いや二人ではない、彼が見ているのは護堂だけ。少年は視界の中にエリカを捉えているが注意を向ける事すらしない。向ける必要が無いのだ。仙人状態の護堂はまつろわぬ神でも興味を引かれるほどの存在感を持つが、その傍らにいる只人などどれほどの天才でも塵芥だ。

 

 

「久しぶりじゃの少年、元気そうじゃの」

「あんたの方は全部の神獣を取り戻して絶好調みたいだな、カリアリの時とは比べ物にならないほどの力を感じるよ、東方の軍神ウルスラグナ! 」

 

 

 護堂の前にいる少年はカリアリで遭遇した時とは雰囲気が全く違う。今の少年は非人間的な存在にしか思えない。なによりもあのメルカルトに良く似た神々しさを醸し出しているのだ。港の時はまだ半分程度しか神力を取り戻していなかった為そこまでではなかった。だが完全に力が戻った今は違う。護堂の推測どおり彼もまたまつろわぬ神だったのだ。

 

 

「その口ぶり、どうやら我の素性を読み解いたようじゃの善き哉善き哉。しかしメルカルト王め、このような場所に潜んでいたとはの。ふふふ、奴と決着をつけたいが我もまだ己を取戻したばかり、少し休息を取るべきかの」

「一つ聞いときたいんだけどさ、何であんたメルカルトと戦ったんだ? 」

「痴れ事を申すな、我は闘争と勝利こそを本質とする軍神よ。ゆえに念じたのよ。我にふさわしき敵を与えよ、闘争の場を設けよと。その甲斐あってかこの島で眠っていたメルカルト王が蘇ったのよ。あやつは我にとっても大敵じゃ、まことによき戦になったわ」

「今回の事はあんたが元凶だったのか……」

 

 

 少年が今言った事が本当ならこの少年ーウルスラグナこそがこの島で起きた騒動の黒幕になる。護堂もさてどうするべきかと思案する。

 

 

「畏れながら申し上げます。御身は正道を歩む民衆の守護神であらせられます。かような道ではなく本道にお戻りくださいませ」

 

 

 エリカが訴えでた。流石にメルカルトと遭遇したことで神の威厳になれつつあるのか、先ほどのような無様な格好を晒さない。その懇願でようやく護堂以外にウルスラグナが目をやる。

 

 

「本来の我なら叶えてやりたい願いじゃが、今の我はまつろわぬ身。正義の守護者としての側面も確かに我そのものであった。じゃが今の我は闘争神としての側面が色濃く出ておる。ゆえに聞けぬ相談じゃな魔女よ」

「なるほどな、港町であったあんたは自信家ではあったが、今みたいに見下すような視線で俺達をみるようなやつじゃなかったよ。それが現世に降臨した事で生じる歪みって奴か」

 

 

 護堂は実感として知る。目の前にいるのはカリアリでの少年とは別人だと。あの時は力が完全ではなかったせいでまつろわぬ神としての歪みが少なく、本来のウルスラグナの相が出ていた。人を愛し、民草に寵愛を与える神ですら残忍で凶暴な存在へと成り下がる。祀られない神の果ての姿に護堂は少し残念な顔になる。護堂が友情を感じた少年とは二度と会えないことに寂しい気持ちになったのだ。神を前にしてもそうなるのは護堂の本質が感情の面にあるがゆえに。

 

 護堂の仙人モードに興味深げな目をやっていたウルスラグナであったが、それよりも優先することがある。

 

 

「さて小僧よ、主には相応の実力があるようだがそれで我を止められると思うな。我はかの神王との決着をつけなければならないのでな」

 

 

 その宣言と共に剛毅な笑みを浮かべたウルスラグナが二人から視線を外し、森の奥を睨みつけ力強い足取りで踏み入ろうとする。けれども森に入る事は出来なかった。ウルスラグナを阻むように次から次へと地面から木が生え道を塞いだのだ。煩わしげに少年神が手を振る。

 

 

「我は最強にして、全ての勝利を掴むもの。全ての障碍を打ち砕くもの! 我は輝ける霊妙な駿馬となりて、不死の太陽、すなわち我の主の光輪を疾く運ぼう! 」

 

 

 少年神の呟きと共に空に変化が起きた。護堂もエリカもそちらに目をやる。そこに太陽があった。すでに太陽は沈み、暗闇が支配していたはずの空。そのはずなのに辺りを曙光が照らし出す。

 

 

「なんだあれ……擬似太陽、か? 」

「ウルスラグナの白馬の化身よ。神話では太陽神の乗り物が馬や馬車になることがよくあるの、ウルスラグナにもその逸話があるわ。あなたの言うように偽者の太陽を作り出したのよ! 」

 

 

 護堂もとんでもない規模で行われた奇跡に唖然とする。擬似とはいえ太陽を運ぶなど彼でも出来ない。護堂に出来ることは月サイズの惑星を作るのが限度。流石に太陽は無理だ。これが神の権能かと驚愕する。それと同時にウルスラグナが何をしようとしているのか感づく。すぐにエリカを再度抱え、その場から全力で離脱する。護堂が離れて数秒後に擬似太陽から陽光と共に炎の槍が森に突き刺さる。爆炎が舞う。森を舐め取らんと炎の舌が森を呑み込む。その光景は遠く離れた護堂達からも視認出来た。太陽が生み出した火炎とはどれほどの熱を持つのか想像もつかない。だというのに

 

 

「メルカルト王も、結界を張りおったな。我も化身を取り戻したばかりで力が戻っておらぬとは言え強固じゃの」

 

 

 ウルスラグナが苦笑する。太陽の欠片が落ちたのに森はわずかに葉等が焦げただけで無傷に近い状態で残っていた。

 

 

「しばし我も休息を取り、化身を体に馴染ませるべきか。旧き王よ、我は力を蓄えしだいここに戻りお主の砦を切り裂こう。それまで首を洗って待っているが良い! 」

 

 

 ウルスラグナの体が解け風になる。最後に哄笑を残しその場から少年神は姿を晦ますのだった。それを遠くから見ていた護堂とエリカ。エリカは神に気を取られていたせいで気づかない。護堂の眠たげに細められている目、その目にある決意が宿るのを。誰も気づくことは無かったのだった。


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