六道の神殺し   作:リセット

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今章は語り手中心、初めての試みだけれどご容赦を。


零章 昔語り
11話 ~神具~


さて出会いの物語、どこから語ればよいのやら。全てを話せば長くなる。二人だけの場面を抜き出せば話は短くすむだろう。けれどもそれはつまらないか。ならば全てを話す代わりに要約しよう。そもそも草薙護堂がイタリアに赴いた理由。そしてエリカ・ブランデッリがなぜ護堂が赴いた先、イタリアはサルデーニャ島にいたのか。本当ならきちんと護堂と祖父との会話やエリカとその叔父パオロの小粋な会話を挟みたいのだが、これはあくまでも彼と彼女のお話。その他の末節はちょっとばかり省略だ。

 

 では護堂の方から語るとしよう。3月も半ば中学を卒業し、尾獣・九喇嘛を生み出し六道の力もようやく制御出来たと自慢できるレベルに到達した護堂は今までの人生の目標がなくなり、端的に言えばどう生きれば良いのか見失っていた。

 

 護堂は自分が普通に生きれるとは思っていない。この年頃によくある万能感から来る妄想ではない。真実護堂は普通ではない。だからこそ自らに宿ったこの異能とどのように付き合っていくのか。それを改めて考えていた護堂は、買い物から帰った日に家の中から奇妙なチャクラ(この時点では彼は呪力をチャクラと呼んでいた)を感じ取った。その出所は祖父の書斎。

 

 不思議に思った護堂は書斎に入った。呪力の源は書斎にいた祖父の持つ石版。ただいまと告げた護堂は祖父にそれが何なのかを尋ねた。祖父こと一郎曰くその石版はある女性の持ち物が巡り巡って祖父の元に来たのだとか。女性の名はルクレチア・ゾラ、一郎がまだ大学院の学生だった頃の学友らしい。まだ学生だった一郎は友人グループと共に能登にほうに旅行に出かけた。その時に泊まった村で次々と村人が変死した。その村の氏神のたたりだと騒ぎになった。

 

 一郎たちも気が動転し、混乱していた中である女性がふらりと一晩いなくなった。そうルクレチアである。彼女は当時魔女と呼ばれていた。そんな彼女がどこかに行き、朝方帰ってきてからそのたたりがぱったりとおさまった。そしてその村の神社に、今一郎が持つ石版を奉納したのだ。その村が廃村になり奉納されていた石版が何の因果か転がり込んできたのだ。

 

 一郎はこの石版を本当の持ち主であるルクレチアに届ける為、イタリアに旅行するつもりだった。その一郎に護堂はそれを自分が届けても良いかと頼み込んだ。一郎も基本家に引きこもりがちな護堂(影分身を使った偽装だが)がどこかに自分から行きたいというのは珍しく思い、良いよと許可をくれた。祖父から石版を貰った護堂は自分の部屋に帰り、手の中のそれを眺めていた。

 

 一郎はたたりだ魔女だと信じてはいなかったが、護堂は本当にたたりがあったのだろうと推測し、そのルクレチアという人が自分のような異能の持ち主なのではないかと疑っていた。その証拠はこの石版、護堂はこの板から封印術に近い代物を感じるのだ。自分とは別の異能者。その人に会ってみたいと思ったのだ。そしてあわよくばイタリア旅行でなにかやりたいことが見つかったら良いなと、いつもながらの呑気さも発揮し護堂は外国への旅立ちを決意したのであった。

 

 

 次はエリカの方を語ろうか。エリカの所属する赤銅黒十字にその一報が届けられたのは二日前。サルデーニャ島にまつろわぬ神が降臨した。これを受けたエリカは叔父パオロに一つ相談した。この騒ぎを任せて欲しいと頼んだのだ。エリカは自らの力に自信を持っている。けれども彼女は少し焦っていた。つい三ヶ月前の事だ、パオロは赤銅黒十字の総帥に昇りつめた。それと同時に彼は一つの称号を手放した。『紅き悪魔』、赤銅黒十字を代表する騎士に与えられる称号。エリカもこの称号を戴くつもりだが、この称号はその前に別の騎士に受け継がれる可能性が出来たのだ。

 

 エリカは神童とはいえまだまだ若く、実力はあっても実績がない。そんな彼女が称号を手にするためには大きな功績を立てる必要があった。そこにまつろわぬ神の降臨。天恵だった。神たる存在を封じ、鎮める事が出来れば誰も文句を言わなくなる。その為にも、サルデーニャ島に向かうつもりだった。無論パオロは反対した。彼はとある事情からまつろわぬ神がどれほど危険なのかを嫌というほど理解している。そんな場所に結社の頂点に立てる才能を持つ天才児を行かせたくはない。

 

 けれどもエリカは騎士の誓いを立てた。こうなればパオロにも止められない。だから彼はせめて祈った。この難行の中でエリカが信にたる友と恃むにたる仲間を得て、いささか無謀な所のある姪が生還することを。かくしてエリカもサルデーニャへと足を向けるのであった。

 

 パオロが予感したようにエリカ一人であれば間違いなくどこかで野垂れ死に、結社の宝は失われていただろう。死ななくとも彼女の輝きは失われ、二度と華やかさを取り戻す事はなかった。けれども彼の願いは成就する。エリカが島に足を向けた日、日本から護堂を乗せた飛行機が飛び立った。まつろわぬ神、エリカ・ブランデッリ、そして草薙護堂。この先どのような試練が待ち受けているかを神すらも知らぬ。だが三者の道が交差し出会う時、時の歯車は回りだし時間の鼓動は刻まれる。前提はここで終わり、今から幕を開くは彼らの絆。そう、これはただ少女に恋をした少年の、ちょっとだけ規模の大きい初恋の物語である。

 

 

 

 

 

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「ボン・ヴォヤージュ!」

 

 

 サルデーニャ島の州都カリアリに着いた護堂の第一声である。それはフランス語だとか、そもそも旅人が自分で言うものではないなど言いたいことが山ほどでてくるあたり流石である。そう、護堂の気分は高揚していた。異国に一人止める者なし。自由に動き回り、どこを観光してもよい。そんな状況に彼が浮かれないわけがない。ホテルに着いた護堂はさっそく地図とポケット単語帳を片手に町に繰り出した。カリアリはのどかな田舎町だ。そんな明らかに日本とは違う空気や町並みに護堂の感動ゲージが高まっていく。

 

 もう少し高くなったら仙人モードになりかねないが、そこまでは行かなかったのか徐々に落ち着いていく。落ち着いたところで護堂の腹が鳴った。

 

 

「落ち着け俺の腹。ただ腹が減っているだけなんだ」

 

 

 訂正、沈静化などしていなかった。言っている意味が良く分からないが、これはこいつのいつも通りだ。けれども護堂の腹から音がでているのは事実。地図を片手にお店がないかを調べる。そしておもむろに一つの料理店に入った。席に着いた護堂は単語帳を見ながら注文。しばらくしてマルゲリータが運ばれてくる。モッツァレッラとバジリコ、そしてトマトソースのシンプルさ。カッターで八つに分け、一切れを口に運ぶ。

 

 

「こいつはチーズが濃厚だな、それにトマトソースが旨い。時折出てくるバジリコが良い味出してるぜ。こんなのでいいんだよ、こんなので」

 

 

 孤独なグルメを楽しんだ護堂は支払いを済ませ食後の散歩がてら適当にうろつく事にする。そのまま適当にうろちょろしていたらいつの間にか、カリアリ港にまで出ていた。せっかくなのでエメラルドブルーの海をもっと間近で見ようと、護堂が海に向かって歩を進めようとしたときにふと視線を感じた。

 

 護堂が視線の主を探す。視線の主はボロボロの外套を羽織った、漆黒の髪と象牙色の肌をした少年であった。年は護堂と同じぐらいだろうか。だがその少年は護堂とは比べ物にならないくらい綺麗な少年であった。

 

 十人中が十人振り返るだろう美少年。そんな人物がなぜか護堂の方を見ている。その少年も護堂が見られているのに気づいたのかこちらに近づき話しかけてくる。だが護堂にはイタリア語が分からない。それをジェスチャーと日本語で示そうと頑張った所で少年がまたも口を開く。

 

 

「なるほどの、ではおぬしの流儀にあわせて話すとしようかの」

 

 

イタリア語から急に流暢な日本語に切り替わった。そんな少年をまじまじと護堂は見つめる。

 

 

「なに、おぬしに話しかけたのは奇妙な残滓と片鱗がちと気になってのう、…気分を害したなら許せ」

「残滓と片鱗?……もしかして俺の中の力の事を言っているのか?」

 

 

 そう呟き護堂は目の前に少年を探る。そして驚いた、目の前の少年からあの謎の獣達を遥かに凌駕する呪力を感じるのだ。護堂の方から少年に問いかける。

 

 

「なあ、あんたはもしかして俺の中の力が何なのか分かるのか?もし、知っていたら教えて欲しいんだが…」

「なんじゃ、自分の事なのに何も知らぬのか。そうじゃの、おぬしの力じゃが……分からぬ。今の我は記憶を失っていてな、そのせいで名すら思いだせぬのじゃ」

「思い出せないって、記憶喪失って事か?何であんた記憶がないのにそんな呑気そうなんだよ?」

 

 

 そう護堂が見る限りでも急に話しかけてきて、こちらの異能を知っているかのような反応をする変な少年。だというのに記憶がないと言うではないか。しかも記憶がないのに狼狽せず、泰然としている。

 

 

(何なんだこいつ?)

 

 

護堂がこう思っても仕方がない。そして護堂の問いにこれまた奇妙な返答をする。

 

 

「確かに今の我は記憶がない。じゃがの例え記憶がなかろうと最も重要な事は覚えておる。ならばそれで十分じゃろう」

「最も重要な事って何だよ?」

「我が勝利を当然とする事じゃ。勝利は常に我と共に有り、それこそが我が本質。あわゆる闘争、すべもなき強敵であろうと我にかなわぬ。我こそが勝利ゆえにな」

「はあ…」

 

 

 とんでもないことを言い出した。これが普通の少年が言うのならただの大言壮語で片付けて離れるべきなのだろうが、護堂はこの少年にも妙な力が有るのを知っている。それゆえになんとも言えない反応だけしか返せない。そんな反応がおきに召さなかったのか少年がほんのわずかに不機嫌になる。

 

 

「なんじゃお主我の言葉をあまり本気にしておらんようじゃの。ふむ、この少年と少しばかり遊んでみるかの。もしかすれば我を敗北させる事ができるやも知れぬしな」

 

 

 後半は声が小さく聞こえづらいが、何か護堂にとってよからぬ事をたくらんでいる気配がする。そんな少年にどうしたんだよと言う前に少年が一つ提案してきた。

 

 

「どうじゃお主、我と勝負をしてみぬか?少し遊ぼうではないか」

 

 

 

 

 

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「お主の得手は何じゃ?遊戯、武芸、知恵比べなんでも良いぞ。お主の好きなものを選ぶが良い」

 

 

 そう少年が護堂に選択しろと話しかけてくる。なぜ異国に来て初対面の少年と競い合いをしているのだろうと疑問に思うが、どうせ食後の運動がてらに散歩をするほど暇だったのだ。ならば別にいいかと護堂も応える。とはいえ得手は何かといわれると辛い。

 

 護堂が人様に自慢できる物など六道の力程度だ。だが流石に大きな力を感じるとは言え、遊び程度に六道仙術の使用など言語道断。どうしたものかと何度も手を握っては開いてを繰り返す。それを目敏く少年が捉える。

 

 

「ほう、お主の手はかなり鍛えこまれているようじゃの。なるほど、それがお主の得手か、となると困ったのう。流石にそれで我に挑ませるのは不憫すぎるゆえな」

 

 

 その呟きに護堂がむっとする。少年が何を見て不憫と言ったのか。護堂とて男の子だ、まるで最初から勝てないかのような物言いにちょっとばかり対抗心が湧く。

 

 

「まるで絶対に俺が負けるかのように言うんだな。てことはあんたの得手もこれって事か」

 

 

そう言いながら護堂が拳を前に突き出す。護堂の言う所のこれ、すなわち素手を使った組み打ちだ。

 

 

「そうじゃ、流石にそれで挑むのは無茶じゃ。別の物にしておくが良い」

「そうか、だったらなおさらこれで挑むまでだ」

「ふう、誘ったのは我の方とはいえ意固地な子じゃのう。剣や拳で我と競うなどあらゆる勇士がはばかった蛮行だというのに。じゃがお主が本当にそれでいいのなら早速始めようかの」

 

 

 そう言いながら護堂と少年は港を歩き、広場に出た。広場ではサッカーが行われていたので、隅を借り護堂と少年が距離を取る。護堂は影分身以外でこうやって誰かと組み手をするのは初めてだが、自分が弱いとは思っていない。将来ある模擬戦で少しばかり自信をなくすが、それでも体術の技量は自らが培った物。

 

 格闘技の試合などを観戦したりもするが、そこに出場しても勝てるぐらいには身に技がついていると自負している。事実護堂には武芸の才能がないとは言え、影分身による反則修行は彼を達人の域に押し上げ身体能力と合わさって、相手が例え総合格闘技のプロでも殴り倒すことが出来る。ゆえに護堂は自分よりも小柄な少年に本気を出すつもりはなく、最初は軽く拳を打ち込んだ。ひょいと避けられる。

 

 

「どうした少年、相手を気遣って戦うは愚物の思考じゃ。我は闘争と勝利の具現者、お主ていどの拳で傷つき倒れるものではないわ。じゃから本気で打ち込むが良い、戦士の気概を少しだけでも見せてみよ」

「…怪我してもしらないぞ本当に」

 

 

 どうやらこの少年はあの程度の攻撃なら簡単に見切るぐらいの技があるらしい。そう思考を固めて今度はもう少し早く打ち込む。ぺしりと弾かれる。ならばと更に速く重く。これもかわされ、今度は少年から反撃。護堂の腹に軽く手が触れる。恐ろしく重い衝撃。胃の中がひっくり変えり、内臓が掻き回される。

 

 

(こ、こいつ、自分を勝利の化身だなんだと言うだけあるぞ。めちゃくちゃ強い!)

 

 

 少年の動きは羽毛のように軽く動き、されどその一撃が鉄より重い。確実に護堂が今まで見てきた中で別格。護堂よりも遥か上、恐らくだが武の頂に近い場所にいる。それを認識した護堂は今度こそ本気で矢継ぎ早に蹴りを放ちフェイントをいれ、テンプル狙いのフックなどを繰り出していく。それらが次々と逸らされかすりすらしない。少年の方も興が乗ったのか何度も護堂の身を打ち据える。ガードの上からでも護堂の内部に浸透する蹴り、手で弾こうとしても逸らせないほどの豪腕。滅多打ちだ。ついには顎に入れられ、護堂の膝が震える。

 

 けれども倒れはしない。彼が持つ超回復と不死性は罅の入った骨を瞬く間に修復し、傍目には少年の打撃が効いてないように見える。ただ少年の方はそのからくりに気づいていた。目の前の人の子が普通ではないとは思っていたが、まさか豊穣の実りに近い治癒力を持つとは。何度弾かれても護堂は立ち上がり少年に立ち向かっていく。少しばかり楽しくなっていた。

 

 

(まだまだこんなもんじゃない。こいつの涼しい顔を少しでも崩してやる!)

 

 

 実の所簡単に崩す方法はある。護堂の真の力、それを解放すれば体術の腕前は急激に上昇する。そうなれば護堂は人類最高峰の達人へと変化する。けれどもそれは使わない。純粋に今はもう少しだけ楽しみたい。そう思いながら護堂は自分よりも上にいる少年へと何度も突撃を仕掛けるのであった。

 

 

 

 

 

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「…あんた出鱈目に強いんだな、結局一度も当てられないとはなあ。自信なくすなあ…」

「そう卑下することはなかろう。もう少し鍛錬をし、経験を積めばお主なら一角の勇者になれるわ」

 

 

 時刻は既に夕方。日も傾き街をオレンジ色に染め上げる。あの後護堂は何度も挑戦したが、結局この少年のアルカイックスマイルを崩すことが出来なかった。二人してつれそって今は意味もなく港街を歩いていた。

 

 

「そういやあんたはこの後どうするんだ?記憶喪失みたいだけど、良かったら取り戻せるように手伝うけど」

「その心遣いは不要じゃ。我は自らの力を持って取り戻す。人の子の手を借りるのは性にあわん」

 

 

 他愛のない会話。まだ出会って数時間だというのに、護堂はこの少年に対して友情のようなものを感じていた。それがゆえの提案だったのだが一蹴された。そうかと返しまたお喋りに興じる。二人とも夢中になっていたからか、自分達の前に立ち塞がるように立っていた人影に気づくのが遅れた。

 

 

「ねえそこを行く人たち、突然で申し訳ないけれど少しばかりお尋ねしたい事があるの」

 

 

 イタリア語でいきなり話しかけられた。言葉の内容は分からないが護堂が少年の方から声のほうに目を向ける。そこに少女が立っていた。綺麗な少女であった。身長は160半ば程度だろうか、腰まで伸びた赤みがかった金髪を潮風になびかせる。威風堂々としておりぴんと張った背中ゆえか真っ直ぐに背筋が伸び、張り出された胸から自信のようなものが溢れている。そして何よりもその美貌、まるで手ずから神が創ったと言われても信じられるほどに整っている。覇気と自身が宿ったかのような顔付き。

 

 護堂は親族に妙な手合いが多く、その付き合いから色々な少女と会う機会が多い。そんな護堂が見てきた中でも間違いなく一番と呼べる綺麗さと可愛さを持っている。見惚れるなと言う方がどだい無茶な話だった。

 

 

「この島に顕れた神について知っている事を洗いざらい話しなさい。我が名はエリカ・ブランデッリ。あなたたちに教える義理はないのだけれど、これを持って礼としてあげるわ」

「…なあ、あの子なんて言ってるんだ?分かるなら教えて欲しいんだけど…」

「知っている事があれば吐けと言っておるの。ようするに脅迫じゃな」

「脅迫って何だよ。あんたの知り合いじゃないんだな」

 

 

 護堂と少年は日本語で会話する。そんな二人に無視されたと感じたのか、ほんの僅かに少女の美貌に不機嫌が現れる。そして日本語で今度は話しかけてきた。

 

 

「全ての道はローマに通ず。イタリア語も分からないのにこんなところをうろつくなんて、とんだ無作法ね」

「ああ、君も日本語が分かるのか。それで知っている事ってなんだよ?俺は君の事なんてなにも知らないぞ」

「私の事を知らないなんてとんだ田舎者ね。ならもう一度名乗ってあげるわ、私の名はエリカ・ブランデッリ、ミラノの結社赤銅黒十字の大騎士と言えば分かるかしら。あなた達には聞きたいことがあるの、三日ほど前からこの島で顕現しているまつろわぬ神について教えていただきたいの。…神が目撃された地域では常にあなたの姿が確認されている。偶然ではないわよね?」

 

 

 少女が言っている意味がいまいち読み取れないが、あなたが誰を指しているのか。護堂はちらりと隣を見やる。少女ーエリカの指すあなたは間違いなくこの少年なのだろう。そしてエリカは神と言った。ついでに少年の中から感じる巨大な波動。それらが護堂の中で繋がる。なるほど、確かに神と言われたらこの少年の謎の強さにも説明がつく。うんうんと一人納得する護堂。そんな護堂たちに痺れを切らしたのかエリカが再び口を開く。

 

 

「あら?ここまで待っても黙ったままなんて、強情な人たちね。なら平和的な話はここでおしまい、今からは剣の時間。言葉の通じぬ者に道理を説くなんて、無駄もいいところですものね!」

 

 

そうエリカが宣言し、何事かを呟く。それと同時に彼女の手に忽然と剣が姿を現れる。

 

 

「騎士エリカ・ブランデッリは誓う。汝の忠誠に武勇と騎士道を以て応えん事を!」

 

 

いきなり現れた細身の剣、それを見て護堂も驚く。

 

 

「武器口寄せ?…まいったな、俺以外にも異能者がいるかもしれないって期待して異国に来て見たら、まさか初日で二人も会えるなんて」

 

 

 とはいえ、この少女はどうみても臨戦態勢に入っている。ゆらゆらと剣をゆらし、攻撃の予備動作を取り出したのだ。そんなエリカに色々と護堂も聞きたい事があるので、まずは落ち着こうと話しかけようとして止める。きびすを返し急に走り出す。護堂が向かうのは

海の方。

 

 

「ちょっと待ちなさい、いきなり逃げるなんて何を…」

「ほう、あの少年気づいたのか。全く持って不思議な子じゃな!」

 

 

 いきなり走り出した護堂を追う少年。そんな二人を同じようにエリカも追いかける。だが

 

 

(嘘でしょ、いくらなんでも速過ぎる。私の跳躍術で全く追いつけないなんて!)

 

 

 今回の騒動一回目のエリカの驚愕。エリカは旧友であるリリアナに比べれば鈍足だ、とはいえ同年代の中では軽功の術の扱いが上手く速い部類に入る。そんな彼女が二人の少年にぐんぐん引き離される。先に走り出した護堂に追いついた少年は彼に一つ問いかける。

 

 

「お主厄介なものが来るのにどうやって気づいたのじゃ?」

「こんなでかいチャクラが近づいていて、気がつかないわけないだろう」

「ほう、呪力そのものを距離が離れておるのに感じ取っておるのか。稀有な能力を持っておる。…それでお主はどうするつもりじゃ?」

「どうするもこうするもあるか。近づいて来てるのが俺の予想通りなら、この町は戦火に包まれる。どうにか出来る力があるのに、見捨てるほど俺は薄情じゃなくてな」

「…なるほどの、我の時には本気ではなかったわけか。ふむ、では少年こうしよう。お主は少しばかり足止めせい、その間に我がどうにかしよう。なに、この手合いは因縁があってな。ではな少年、少しばかりの友諠とはいえ楽しかったわ。汝の道に勝利の加護があらんことを」

 

 

 そう言ったかと思うと、護堂の隣にいた少年の姿が消える。だが護堂も特には驚かない。彼にもその場から消えることの出来る手段ぐらい、いくらでもあるからだ。足を止めず呪力を全身に回し、運動能力を高め更に加速。ついに港にたどり着く。そのまま足を止めず海に跳躍、それと同時に手に持っていた札を大太刀に変える。重力に引かれ、海に落ちていく護堂の足元がいきなり割れた。なんと海から巨大な猪が飛び出してきたのだ。ロケットの如く飛び出した猪めがけ、護堂が太刀を突き刺す。目に突き刺さった。

 

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 

 

 この世の全てを薙ぎ払わんと言わんばかりの咆哮。衝撃波に押され護堂が港まで戻される。目を潰された猪は咆哮で港に止まっていた船を粉砕し、上陸。自信の眼前にいる今しがた自らに蛮行を行った、虫けらの如き人間を残った目で睨みつける。上陸した事で猪の全容が露わになる。体長は50mほどであろうか。黒き毛皮に魁偉なほど太く、逞しい胴回り。その胴を支える足回り。何よりも放つ気配がただ巨大な猪とは違う事を語る。これこそ神獣、人類が全力を尽くしてようやく抗える怪物なり。

 

 そんな猪に睨みつけられて護堂は特に表情も変えなかった。彼と猪のサイズ差は人間と蟻ほどの差。今は睨みつけるだけで突進もしてこないが、仮に猪が襲い掛かったら普通の少年なら挽肉に変えられ自らの行いを後悔するだろう。けれども実態は違う。大きさは猪の方が確かに圧倒的に上。けれども内包した力の総力差はどうあがいてもこの猪では護堂には届かない。

 

 そもそも護堂はこの手の獣が神獣と呼ばれることを知らないが、すでに日本で同レベルの存在を片っ端から狩り尽くしている。六年前ならいざ知らず、成長した護堂なら六道になるまでもない。その余裕が護堂の眠そうな顔を支える。先ほどの組み手では体術だけを使ったが、今は仙術も使用している。はっきり言おう、護堂は手を抜いても勝てる。それが分かるのか猪もむやみに攻撃を仕掛けなかった。そんな膠着した両者に赤い影が追いついた。

 

 

「なんてすばっしこい、それに神獣が出てくるのを予測するなんて。あの少年も重要参考人だけれど、どうやらあなたもそうみたいね」

 

 

 エリカであった。護堂もそちらに振り返る。神獣を前に目線から外す。とんでもない大馬鹿者だ。猪もそれを勝機と取ったのか、足を動かし突撃する。突撃してくる神獣にエリカの身が少し膠着する。護堂も足に感じる振動から、猪が動いたのを悟り自分の延長線上にいる少女に害が加わらないように術を行使しようとする。そんな時だ、突風が吹き始めた。最初は少し強い風程度だったが、一気に竜巻と呼べる物へと変貌。その竜巻が猪を空へと誘う。その竜巻の中を黄金の何かが閃き駆けた。剣だ、黄金の剣が竜巻の中を何本も飛び回り竜巻が天然のミキサーになる。

 

 そんな中に呑みこまれた猪は哀れだが、何度もシェイクされバラバラになりついにはその姿を消してしまう。そして猪を塵にした竜巻はゆるやかな風となり霧散した。残されたのは護堂とエリカと猪の咆哮と地鳴りによって破壊された港と船。エリカが護堂に近づき問い詰める。

 

 

「あなたもそうは見えなかったけど、魔術師だったのね。知っている事を話してもらうわ」

「ブランデッリさんだったよね、ちょうど良かった俺も聞きたいことがたくさんあるんだ」

 

 

六道仙人・草薙護堂、赤銅黒十字の大騎士エリカ・ブランデッリ。彼と彼女はまだ出会ったばかり、現在の相思相愛な姿からは想像も出来ない他人ぷり。この旅の最果て、そこに待ち受けるのは何なのか。二人の絆はまだ無いに等しい。けれど安心出来るのはエリカの尊大な口調に護堂が反発心を持っていない事。だから彼らは結ばれた。さて、また一旦閉幕。次に語るはちょいと時間を飛ばそうか。魔術や神だのは私が語ろう。必要なのは護堂とエリカの会話のみ。それ以外はやはり末節に過ぎないからね。

 

 

 

 

 

 




ちょっと端折りぎみになるかと思います。

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