六道の神殺し   作:リセット

12 / 22
8000ぐらいで抑えようとしたら20000字いった


10話 ~ゆり~

 神獣の神隠し。かつて日本で起きていた奇妙な呪的事件。この事件の犯人は祐理に自ら語ったとおり草薙護堂に間違いないのだが、彼は一つ嘘をついている。いや、嘘と言うよりは語った内容が少なかった。当時彼はまだ10歳。いつものように修行の一環として山の中を己の呪力を足に集中し、木の枝の裏に張り付きながら飛び回っていた。

 

 そんなときだ、幼い少年が神獣に出会ったのは。本来なら小さな子供が会ってはならない怪獣。例え大騎士クラスの者でも、数十人がかりで完全な連携を取らなければ死人が出るほどの獣。それが神獣だ。そんな熊より恐ろしい存在に出会った護堂が考えたのは怖いではなかった。

 

 

うわ、でけえ。尾獣かな?それとも口寄せ動物?

 

 

 割と呑気だった。そんな護堂に何の為かは不明だが神獣が襲い掛かった。だが護堂は生粋のパワーファイター。生まれながらにして究極と言える力の持ち主。悲しいかな、当時の護堂ですら既に神獣を超えていた。

 

 六道状態に変化し、神威を使い異空間に神獣を転送。護堂もすぐに神威空間に移動。これが委員会の討伐隊が到着した時には、現場には誰もいなかった真相である。神威空間に移動した護堂は神獣と戦闘。結果は言わずもがな。まだ力に慣れ始めたばかりのひよことはいえ、将来にはまつろわぬ神を滅ぼせるほどの大怪鳥に変化することが約束されている護堂に、神獣が敵う訳もなく1ラウンドKOである。

 

 気絶した神獣を見ながら護堂が考えたのはこれどうしようである。神威空間の中にこんなのを置いときたくはなかった。そんな神獣を見ていた護堂にふと悪い考えが護堂の中に芽生えた。あっけなかったとは言えこの獣は多くの呪力を有している。これを使ってあることが出来るのではないかと考えたのだ。しかも護堂を急に襲う以上明らかに危険だ。

 

 これが護堂ではなく、例えば大人の卓越した騎士であっても死んでいたであろう。つまり大義名分もあるじゃないかとなったのだ。

 

 そしてその考えを実行に移す為に護堂は暇さえあれば日本中を飛び回り、神獣を神威空間に捕まえていった。この時奥秩父の山中で一人の少女と出会い、ある約束をしたのだが護堂自身が完全に忘れている為それはまた別のお話。そして彼が中学を卒業する頃に、目標数の神獣が集まった。捕まえた神獣たちは既に護堂の幻術によって、小動物よりも大人しい存在になっていた。その神獣達から護堂は全ての呪力を引き抜いたのだ。外道の所業である。

 

 自らの存在を支える呪力が抜かれた神獣達は存在を保てずその身を消し、ただ多くの呪力だけが残った。そして護堂はその呪力を一つに纏め、ある術を行使した。陰陽遁・万物創造の術。陰遁の力でその呪力体に形を与え、陽遁の力を持って新たな命を吹き込んだ。

 

 形と名のベースとなったのは己の中にほんの少しだけ残っている、前世の記憶の中のとある獣。ある世界において最強の尾獣と呼ばれた存在。こうして九本の尾を持つ狐、九喇嘛は生み出された。

 

 これらがなぜ神隠しが行われたかの真相である。祐理は護堂が人々を神獣の脅威から守る為に戦ったと思っているが、護堂としては素材集めにひと狩りいこうぜの精神だった。祐理にはとてもではないが聞かせられないような真相には違いないのである。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 九喇嘛を呼び出した護堂は頭の上に着地、急に呼び出した事について謝るのであった。

 

 

「すまん九喇嘛、もしかして昼寝中だったりしたか?」

「…呼ばれた以上こんわけにはいかんだろう。それよりどうした親父、ワシを呼んで?」

「ちょっと立て込んでいてな。九喇嘛にあいつの足止めをして欲しいんだ」

 

 

 あいつ、すなわち片腕がなくなり全身から血が吹き出ていてもなおエメラルドの瞳をぎらつかせたヴォバン侯爵である。あれだけの怪我を負って戦意が落ちるどころか、むしろ向上している。狼の歯をむき出しにして嬉しそうに笑っているほどである。

 

 事実ヴォバンはこの状況に陥っても楽しんでいた。彼の脳裏によぎるのは初めて神殺しを成し遂げた時の事、いつ死んでもおかしくないほどの絶望的な戦力差。だからどうした。まだ自分には片腕があり、牙もある。空には雷雲も健在。空から火を落としても良いし、なんなら黒きドラゴンに姿を変えても良い。

 

 まだまだこちらには余力があるのだ。それらを武器にまだまだ戦える。それがゆえの闘志。いつだって神殺しの戦いは逆境の中でこそ輝くのだ。

 

 

「…親父、ワシにあれと戦えと言うわけか」

「…すまん、なんであんなボロボロになってもやる気一杯なのか俺にも分からん」

「まあ別にかまわんが。それよりもだ親父、足止めしろというが、ワシがあれを倒してもいいのだろう?」

「お前ってそんな性格だったか?」

 

 

 なぜか負けそうなことを言い出した。九喇嘛は俺の記憶をベースに作ってるから変な思考ノイズでも混ざったかなと、護堂は首を傾げる。ともあれ九喇嘛が戦ってくれるなら護堂はその間に結界生成の準備が出来る。

 

 

「そうだ九喇嘛、これを持っててくれ」

 

 

 そういって懐から札巻きクナイを一本取り出す。それと同時に今から護堂が何をするのかを作戦と共に伝えておく。その言葉に任せろと言わんばかりに頷きを返してくれる。

 

 

「それじゃ後は任せた九喇嘛。抑えきれないなら撤退も視野にいれるんだぞ」

 

 

 護堂の体が九喇嘛の頭から離れ一気に上昇。その場から離脱する。その動きを視線で追い、嫌な予感にかられたヴォバンはその場から離れようとして

 

 

「ウオラアアアア!」

 

 

 九喇嘛に組み付かれ阻まれる。九喇嘛が並の神獣程度であれば今の消耗したヴォバンでも簡単に吹き飛ばし、どうとでも出来ただろう。しかし九喇嘛は護堂謹製の最強の尾獣、複数の神獣のハイブリッドである。その強さはそこいらの野良の神獣とは訳が違う。

 

 まつろわぬ神が相手でも防戦に徹すれば互角以上に戦える九喇嘛の相手をする羽目になるヴォバン。護堂の目論見どおり今のヴォバンには九喇嘛以外に注意を向ける余裕がなくなるのであった。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 九喇嘛から離れた護堂の手には6本の杭が握られている。それを湖の岸に沿って打ち込む為に飛んでいた護堂の呪力探知に、覚えのある反応があった。

 

 

「……これは、エリカに万里谷に、それに…リリアナさんと誰だ?」

 

 

 この四人以外にも点々と呪力を感じるが一番近いのは護堂の知人達。

 

 

(ここにエリカ達がいたら危険だな。俺の術に巻き込まれるかもしれない。離れるように促さないと)

 

 

 結界の下準備をする前にそちらに向かう。たった数秒でエリカたちの元へと到着する。護堂が地に下りた瞬間、彼女らの背に震えが走る。護堂の六道仙人モードは何もしていなくとも強烈な威圧感を伴う。ヴォバン侯爵のような連中には何の効果もないが、それ以外なら視線だけで動けなくなるほど。慣れているエリカですらいまだに一瞬だがびっくりすることがある。その反応に慣れている護堂はすぐに通常状態に戻る。

 

 

「なんでここに来たエリカ。俺やあの爺さんの流れ弾に巻き込まれたらどうするんだ!」

「前に言ったはずよ、私は護堂の右腕として常に傍にいるって。覚えてないのかしら?」

「…言ってたなそういえば。…じゃなくて、まずはここから逃げるんだ。時間がかかるようなら俺の飛雷神で飛ばすし…」

「逃げろ、ねえ。あなた今回は何をするつもりなの?サルバトーレ卿の時みたいに突貫工事でもするのかしら?」

「…矢を使うか、九喇嘛と共鳴尾獣玉をやるつもりだ」

 

 

 矢に共鳴尾獣玉。その破壊力をエリカは知っている。そしてその破壊力ゆえに護堂がそのまま使うとは思わない。

 

 

「そう、あれを使うのね。けれどもそのまま使うわけではないでしょう?もしあれを使ったら周囲一帯が吹き飛ぶものね。…その杭は確か六赤陽陣を張る為の物よね?」

「…そのつもりだが…何を考えてる。まさか手伝うなんて言わないよな?」

「あら、まさかも何もそのつもりよ」

「駄目に決まってるだろ。結界を張っても全ての威力を防げるか分からないんだ。もし少しでも漏れたらそれだけでエリカたちが死ぬ。いいからここから離れるんだ」

 

 

 エリカの考えぐらい護堂にも読める。だかそれを受け入れるわけにはいかない。これは護堂の我侭で始めた喧嘩だ。既に色々な人に迷惑を掛けているが、だからといってこれ以上誰かを巻き込むつもりはない。それゆえにエリカの申し出を承服するわけにはいかない。

 

 しかしエリカの方が護堂の考えを受け入れない。渋い顔をしている護堂に近づき、耳元にそっと囁きかけてくる。

 

 

「ねえ護堂、確かにあなたにとって私のサポートは必要ないのかもしれないわね。正直な話足手纏いにしかならないのは分かっているわ、悔しいけれども。だからこれは私の我侭。私が護堂の役に立ちたいの。護堂ならこの意味が理解できるでしょ?」

 

 

 確かにエリカの言うとおりだ。本気の護堂には只人のサポートなど必要ない。例えそれがエリカほどの天才だとしてもだ。護堂自身に大量の手札がある上に、呪力量は単独で月を生み出せるほど。安定して権能級の高火力を維持し、必要ならそれらを上回る超火力を行使できる。

 

 エリカたちでもサポートできるような今回の杭打ちでも影分身で数を補える。簡単に言えば護堂は神や神殺しと比べても最高と呼ぶにふさわしい性能を持つ。まだまだ経験が乏しい為、今回の戦いのように苦戦を強いられる事が多いがそれでもスペックだけでヴォバン侯爵ほどの相手を追い詰めるほど。

 

 ゆえに護堂は一人で何でもやれる。だから今回のエリカの嘆願を跳ね除けた所で何かしらの支障があるわけでもない。だが

 

 

「………………」

 

 

 妙に苦しそうな顔をする護堂。その手の論法を自分に使うのははっきり言って卑怯だと思った。正しさよりもまずは自分が何をしたいのか。それは今まで生まれてきてから護堂が続けてきた生き方だ。そして護堂がそんな生き方をしてきたのをエリカは知っている。だれよりも深く心で繋がったことがあるがゆえに。だからこそ護堂が断れない言い方をする。

 

 

「…分かった。ただし杭を湖周辺に打ち込んだらすぐにここから離れるんだ。これだけは守ってくれ、いいな」

「了解!…というわけで、リリィに甘粕さん、行くわよ」

「ああ、やっぱりこれ私も手伝う流れだったんですね。なんというか神話の住民Aになった気分ですよ。むしろどんなとんでも技が飛び出すのか楽しみなくらいですね」

「…タクシー代わりに土木工事の手伝い。私の騎士道とはいったい…」

 

 

 エリカが護堂の手から杭を受け取り、なぜか楽しそうな甘粕と不服そうなリリアナを連れて離れていく。そして残ったのは護堂と

 

 

「あれ?」

 

 

先ほどから一言も喋らないどころか身じろぎすらしない祐理だけであった。一見すると完全において行かれた形だがエリカは意地悪でそうしたわけではない。ただ湖が広大な為迅速に動く必要があるので鈍足の祐理が荷物にしかならないので置いて行ったのだ。

 

それに下手に逃げるよりは護堂と共にいるのが一番安全だ。その判断の上でエリカは祐理を残していったのだが、護堂としては気まずい。この戦いは祐理をヴォバン侯爵に渡さない為に護堂が始めた戦争。

 

そんな戦を始めた理由はヴォバンとの会話の中で気づかされた、祐理との日常の中でいつの間にか護堂の中に育まれていたある感情。そんな感情を抱いたままで祐理と二人だけ。護堂もなんと話しかければ良いのか分からない。とはいえここで逡巡していても何も始まらない。

 

九喇嘛がヴォバンを足止めしてくれているがそれも何時までも続くわけではない。呪力を練り高める前に祐理だけでもここから逃がそうと近づこうとしたところで

 

 

「草薙さん、リリアナさんから話は聞きました。どうして今回ヴォバン侯爵が日本に来たのかを全て」

 

 

祐理が口を開く。今回の闘争の渦、その中心にいるとは思えないほどの穏やかな声。その声に護堂の足が止まる。足を止めた護堂に対して祐理の言葉は続く。

 

 

「エリカさんが言っていました。私が狙われたなら草薙さんが侯爵と争いになるのは必然だと。…それらの話を聞いた上であなたに問います。どうしてこのような無茶をされたのですか?」

 

 

祐理の言葉にあるのはただただ疑問。ここに来る前、更に言うならリリアナに話を聞くまでは護堂に怒りの感情を彼女は持っていた。避難勧告を出し、霞ヶ浦の周辺住民何万人に大迷惑をかけた護堂。

 

自分が彼に抱いていた誠実で大人しそうなあり方は幻に過ぎず、所詮は暴虐の化身である羅刹の君なのかと疑ったほどだ。だが護堂が何の為に剣を執ったのか。その理由に自分が関係していると知った時に怒りが疑問に変わった。エリカは護堂の性格ならそうするだろうと言っただけで、彼女も詳しい理由を語らなかった。それゆえに護堂に質問する。なぜなのかと。

 

 

「…そうか、全部聞いたのか。だったら分かるだろう、もし万里谷があの爺さんに連れて行かれたらどうなるのか。あいつの逸話を考えたら万里谷が攫われても委員会は動かないんじゃないのかな?」

「そうですね、私一人差し出すだけで侯爵の持つお力をこの国に向けられるのを防げるなら、正史編纂委員会の方々はそうします。それが最善だからです」

「……自分のことなのにずいぶんと他人ごとみたいに言うんだな。もしかして分かってないのか?神を呼び出す儀式なんて代償なしで出来るものじゃないだろ。そんな儀式の触媒にされたらどうなるのか、本当は分かってないからそんな風に言えるんじゃないのか?」

「いいえ、どうなるのか知っています。その儀式でしたら四年前にも参加していますから。大丈夫なことは経験済みです」

 

 

その言葉にほんのわずかに護堂の目が普段よりも開かれる。今の話は初耳だった。

 

 

「今回が初めてじゃなかったのか。あの爺さんどれだけ神様と戦いたいんだよ。…それでだ。その儀式に参加しても無事だったから今回も大丈夫だと?」

「そうです、これ以上草薙さんが侯爵と争う必要はないんです。今すぐにでも私を引き渡してください」

 

 

わずかに俯きながらの言葉。ほんの少しだけ震える肩。その震えが雨に打たれ、体が冷えた事によるものでないことぐらい護堂にだって分かる。

 

祐理が自己犠牲を良しとする性格な事ぐらい承知だ。そんな彼女が出したであろう結論。恐らく護堂が絶対に賛同出来ない答え。それを否定する為に護堂が祐理に近づき俯いたままの顔の頬を両手で掴み、視線を自分に向けさせる。

 

 

「く、草薙さん?」

「本当にその儀式は大丈夫な物なのか?祐理の体や精神に何も異常はなかったのか?」

「…はい、私には何もありませんでした」

「そうか、私には何もなかったのか。…まるで万里谷以外にも参加者がいたみたいな言い方だな」

 

 

護堂の言葉に祐理があっと気づく。その反応は護堂の言葉を肯定する物。嘘をつくことになれていないがゆえの悪手。

 

 

「どうやら他にも参加者がいたみたいだね。じゃあ、質問を変える。万里谷を除くと何人いたのかな?あと他の子達はどうなったのかな?」

 

 護堂の目が祐理の目と合う。こんな詰問染みたことをしなくても護堂なら幻術を使うことで無理矢理にでも聞きだせる。だがそれをしない。

 

もしここに来てなお彼女が嘘をつくなら、これ以上はなにも聞かず飛雷神でここから無理矢理退避させるだけ。それで祐理との関係が拗れても構わない。護堂にとって重要なのは祐理がこれから先も普段通りの日常を送れること、それだけだ。そんな本気が伝わったのか祐理が観念し、四年前の儀式でなにがあったのか語る。

 

 

四年前ヴォバン侯爵が一つの儀式を行った。まつろわぬ神を招来させる儀式。その儀式の為に三十人弱の巫女が集められた。その中の一人に祐理も混ざっていた。そして儀式が行われ、まつろわぬ神が降臨した。しかしその儀式を行った巫女達はただではすまなかった。

 

儀式に参加した巫女の内二十人近くが発狂。心が壊れたのだ。そんな儀式に祐理はまた参加すると言う。

 

 

「そんな結果でどこが大丈夫なんだ、自殺するようなものじゃないか。万里谷の提案は却下だ」

「ですが…それでは草薙さんが、…草薙さんは確かに侯爵を超える程の実力をお持ちです。今までの戦いを見ていたら分かります。それでも万が一、万が一草薙さんが亡くなられたら…。それにこれ以上お二人が戦えば周辺の被害が更に増えるはずです。ですから…

もう…」

 

 

前回が無事だったから今回も大丈夫。そんな事祐理自身が信じていない。だが彼女にはこれ以外に良い選択が思いつかないのだ。自分ひとりが我慢すれば丸く収まる。それで戦争と呼ぶべき闘争が終わるなら上々のはずだ。それに護堂がこれ以上祐理の為に傷つく必要などない。

 

そんな想いがあるからか、彼女の目からほんのわずかに涙がこぼれる。その涙も雨に混ざりすぐに見えなくなる。だが確かに護堂は見た。少しであろうと彼女は泣いている。もし己一人の事なら祐理の気丈さなら、感情を全て押し殺し見せなかっただろう涙。それでも抑えきれなかった。

 

その涙を見たとき、護堂の体が勝手に動いていた。かつてエリカにもやったこと。彼女の体を引き寄せ抱きかかえる。突然の事に祐理の体が強張る。

 

 

「確かに万里谷のいう事が正解なんだろうな。実際あの爺さん相手に俺は戦えてるけど、俺の方が倒れてた可能性もあったよ。何万って人が俺達のせいで迷惑を被ってるし、当分の間はこの地域一帯は人が住めなくなるだろし」

「なら…」

「ただ俺が嫌なんだ。万里谷を差し出して自分の安寧を得るなんて真似は出来ない。もし自分達の生活と安全の為にさっさと引き渡せなんて言う奴がいたら、そいつの家に真っ先に螺旋手裏剣を撃ち込んでやる」

 

 

 あまりの言い草に抱き抱えられたこととは別に祐理の呼吸が止まる。だが護堂が言った事は嘘ではない。護堂が普段は大人しい為呪術関係者も勘違いをしているが、護堂は別に正義の味方でもなんでもない。むしろその精神は実に人間らしく身勝手で我侭だ。

 

 護堂が大切だと思う人と顔も見た事のない大衆。天秤に載せ、どちらかを選べと言われたら躊躇いもなく護堂は知人を選ぶ。今回のように東京の真ん中で戦端を開くような真似はしないが、さりとて戦わないという選択肢は選ばない。その選択は祐理を諦めるという事。そんなもの最初から考慮外だ。

 

 

「あの爺さんについて行けば良くて廃人、悪ければ万里谷は死ぬ。そんな未来は俺はごめんだ。…万里谷、もう一度だけ聞く。本当にヴォバンの爺さんの元に行くのか?自己犠牲や俺の為なんて言葉じゃなくて、万里谷の…本音が聞きたい」

「…………私は、ッ私は!……」

 

 

ことここに至ってなお、彼女は悩んでいた。護堂は祐理がいなくなるのが嫌だと感情をぶつけてくる。それははっきり言えば悪だ。理屈で考えるならここで祐理がヴォバンの元に行くのが正解。民主主義に則っても多数決でそうなるだろう。だから行きます。そう一言告げるだけ。

 

だが出来なかった。護堂に抱擁され、もっと一緒にいたいと言外に告げられた時に心で思ってしまったのだ。自分もそうだと。その本来なら決して祐理の真面目な性格なら持たなかったであろう感情。それが祐理の理屈に基づいた発言を遮ろうとする。

 

そんな祐理の温かさを腕の中に感じながら、護堂は自分が彼女の事を守りたいと思ったのは間違いではなかったと実感を得ていた。これは身勝手な話ではあるが、もし祐理が自分の安全だけを優先し、護堂に侯爵を倒して欲しいなどと言うタイプであったなら護堂は彼女の為に祐理自身が望んでも力を奮ってなどいない。

 

自分の生命が脅かされているのにそれでも我慢し、地域住民や護堂の為に自らを犠牲にしようとする。護堂が呪力を使わなくとも力を入れるだけで壊れそうな華奢な体に溜め込もうとする。どこまでも心優しく真面目で気丈と言える少女。

 

そんな彼女のあり方が尊く、きれいだと思ったからこそ護堂もいつの間にか惹かれていたのだ。これもまた自分勝手な話だが、あの時ホテルでヴォバンから告げられた名前が祐理ではなく護堂の知らない巫女であったなら、恐らくヴォバンと戦おうとは思わなかっただろう。護堂は名も知らない者の為に命を懸けるほど酔狂ではないのだ。

 

 祐理を通して委員会に侯爵がこれこれこういう名前の少女を狙っていると伝えるくらいだ。その段階で委員会の方から救援要請があれば助けに行くぐらいはするだろう。そして助けに行ったとしても腕が噛み千切られた辺りで護堂自身のやる気がなくなり、降参していた可能性がある。

 

 だが己の大切な人、エリカや静花、一郎や祐理が危機に陥ったなら例え心臓が潰されようと体を二つに裂かれようと護堂は己の持つ力全てを使って助けようとする。もし死んだとするなら己の命を使ってでも、蘇らせる。無論護堂が死ぬ前に彼女らの命を奪った存在を、護堂自身が禁じ手にしている全ての手札を使ってでもこの世から葬り去る。草薙護堂はどこまでもそういった愚者の生き方しかできないのだ。

 

 だからいまだに悩んでいる祐理に言葉をかける。彼女に選べないなら、護堂が選ぶ。護堂の我侭で泣くものがいるなら諦めろ。草薙護堂は例え権能を簒奪できていなくとも、そのあり方はどこまでも魔王なのだから。

 

 

「万里谷、今からとても酷い事を俺は言う。だから俺のせいにしろ。この先誰になにがあってもそれは万里谷のせいじゃない。これは俺が始めた我侭なんだ、他の誰でもない俺が始めた喧嘩だ。……万里谷は自分の意思に関らず俺の物にされた。万里谷はただ無理矢理俺に唆されただけ。俺が自分の手篭めにした少女を他の魔王に奪われようとして、怒りで持ってこれに応えた。これが今回の真実になる」

「…………!!」

 

 

 護堂が何を言いたいのか。その言葉に含まれた感情。祐理が責任を負う必要はない。もし誰かが今回の事を糾弾するなら護堂が全て背負うとどこまでもまっすぐに伝えてくる。その瞬間に祐理の中で感情が弾けた。

 

 

「…草薙さん、…私を、どうして…そこまで…」

 

 

 そんな彼女の言葉にもう護堂は何も言い返さない。ただほんのわずかに腕に力を篭める。これが護堂からの答えだ。なにがあっても手放さない、彼女が拒むその時まで。だから今は雨で冷えた彼女が少しでも温かくなるようにと、その身を強く抱きしめるのであった。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 護堂と祐理がお互いに密着しあって既に結構な時間が経っていた。今も九喇嘛とヴォバンの戦いは続いている。九喇嘛あたりがここでこうやって、戦場のラブロマンスが展開されているのを知ればいいから急げよと怒るだろう。護堂も流石にこれ以上は時間がないかと名残惜しいが祐理から離れる。

 

 

「それじゃ万里谷を飛雷神で安全な場所まで飛ばすよ。東京なら結構色々な所にマーキングしてあるから、指定があるならいけるぞ」

「…草薙さん、……いえ、護堂さん。この戦いを私は最後まで見届けます。当事者でありながら安全な場所に避難など出来ません」

 

 

 祐理の目にはもう涙はなかった。ただ決意を瞳に加え、護堂を見る。

 

 

「しかしだな、この戦いはそもそも万里谷を危険に晒さないために始めた事だしな…」

「…それにですね、その、さきほどの護堂さんのお話では私は手篭めにされたのですよね?ですから、これはあなたを好きな少女が慕ったがゆえの願いです。叶えてくれますよね?」

「えっと、それって…」

「い、いえ、これはですね、護堂さんの作り話に便乗したと言いますか、話に現実味を持たせる為のお願いです!」

 

 

 自分が口走った事が急に恥ずかしくなったのか、祐理が慌てふためく。護堂はそんな彼女にまた近づき、今度は頭をなで始めた。

 

 

「とりあえず落ち着こう。言ってる事が支離滅裂になってるぞ」

「…取り乱してしまってすみません。その、こんなふつつかものですが、末永くよろしくお願いいたします」

「うん、……うん?」

 

 

 なぜだろう、彼女の言葉がどうしても嫁入り前のそれに聞こえるのだが。もしかして俺はなにか彼女の開いてはいけない扉でも開いてしまったのだろうかと護堂は悩む。そして考えるのは本当に祐理と結婚した未来図。護堂の想像の中で祐理とエリカが子供の教育方針で喧嘩している姿が浮かぶ。自然になぜか二人と結婚している図が出る辺り、自分は本当にあれな気質だなと我ながら呆れる。

 

 

「…下手に逃げるよりは俺といたほうが安全か。それじゃいくぞ万里谷、途中で怖くなっても降ろさないからな」

「はい、あなたがどこに行こうとお供いたします!」

 

 

 祐理を護堂はまた抱き寄せる。それと同時に六道状態に変化する。六道仙人モードに変化した途端に、祐理の体が今まで以上に強張る。だがそれもすぐに弛緩し、むしろ護堂の体に身を委ねるように預けてくる。

 

 

(本当は俺のこの状態が怖いだろうに無理して。…ああもう可愛いなちくしょう!万里谷は俺を悶え殺すつもりか!)

 

 

 馬鹿な事を心の中で口走っているが、この瞬間に護堂の色々なやる気が恐ろしいほどに上がる。それに合わせて莫大な呪力も荒ぶり始めた。最初は祐理の数千倍程度の呪力しか感じられなかった護堂のそれ。それが数万、数十万と跳ね上がる。

 

 もはや祐理に分かるのは途方もないという事。その呪力を飛翔能力に使い、護堂の体が一気に上昇する。飛び上がる時に、祐理の身を守る事も忘れない。護堂達は雲に突入。それと同時に二人を守るように須佐能乎が展開される。そして雲海を抜け、雲の上に飛び出た。

 

 

「……凄い……」

 

 

 祐理の目に移るのはどこまでも広がる空と白い雲。人類が長い時をかけて目指した場所。魔女達でも届かない神域、神々や魔王だけに許された風景。それに祐理の心が奪われた。祐理が何に感動しているのか六道状態の護堂は呪力を通して感じ取る。その感動に水を差すような事はしない。

 

 どうせ今からやる事はただ一矢をヴォバンに中てる。それだけなのだから、その間は風景観察で楽しむのも悪くないだろう。

 

 

「もう太陽も沈む所か。ずいぶんと長い間俺と爺さんは戦ってたんだな。…この一撃で決めてやる」

 

 

 既に杭が6本とも打ち込まれているのは感じ取っている。エリカたちも大分遠くまで逃げているのも呪力感知で護堂は確認済みだ。この長かった一日にケリをつける、その一念で高めた呪力を一つに集める。集まった呪力がいつの間にか須佐能乎の手に握られていた弓に番えられる。

 

 番えられた呪力が矢の形を取り、雷の性質を与えられた。護堂の攻撃術の中でも最大級の代物、インドラの矢。それを雲の下、ヴォバン侯爵に向ける。それと同時に結界を起動し、ヴォバン侯爵を滅ぼす破滅の矢が解き放たれたのだった。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 九喇嘛とヴォバンの体が衝突する。両者のぶつかり合いでもう何度目かも分からないが、大気がはじけ飛ぶ。九喇嘛を殺す為にヴォバンが零距離で口から雷を放つ。九喇嘛に直撃。ヴォバンから吹き飛ばされる形で九喇嘛が引き剥がされる。

 

 しかしすぐに立ち上がり突撃出来るように体勢を整える。その結果に舌打ちを一つヴォバンが零しそうになる。今のヴォバンは弱っている。それでも並の神獣程度なら即死させる雷を放つことは出来る。だというのに目の前の狐は倒れない。それだけ九喇嘛が強固に出来ているのだ。

 

 事実九喇嘛は要塞といってもいいほどの耐性を誇る。例え万全のヴォバンでも殺しきれるかどうか。

 

 けれども攻めあぐねているのはヴォバンだけではない。九喇嘛もこの巨狼を倒すつもりの攻撃を凌がれているのにいささか腹が立っていた。

 

 

(親父が足止めだけでいいというだけの事はあるか。ボロボロになればなるほど戦意が高揚するとはの。厄介な手合いだ)

 

 

 そのままにらみ合いの膠着状態に入る。どちらが先に仕掛けるのか。それを互いに探り、読む合っていたときにそれは起こった。九喇嘛達のはるか上空から急激に呪力が放出され始めたのだ。

 

 

「やっと準備が整ったか。全く遅いんだよ」

「この力は…あの小僧か!?」

 

 

 ヴォバンの気がそちらに少しだけ逸れる。そのヴォバンに向かって九喇嘛が今まで使用を控えるように、護堂から厳命されていた尾獣玉を今日始めて使う。九喇嘛の最大火力を誇る術尾獣玉、その威力は富士山を消滅させるほどだ。

 

 それゆえに護堂の準備が出来るまでは使わなかったのだ。九喇嘛の開いた口に薄紫色の直径十mほどの球体が出来る。それをヴォバンに発射。ヴォバンが自分に飛んでくる玉に気づき、防御するために呪力を高める。高めた力を手に集め尾獣玉を迎撃するためにぶつけた。

 

 

「ぬうううううう!」

 

 

 ヴォバンのうめき声。彼は今全力で九喇嘛の尾獣玉を逸らそうとしている。魔王の本気の抵抗、その執念は少しずづだが尾獣玉を押し返し始めている。あと少し時間をかければこの攻撃を弾き飛ばせるだろう。だがヴォバン侯爵にとって残念な事にこの尾獣玉ですら陽動に過ぎない。

 

 霞ヶ浦を覆うように半透明の赤い壁が出現する。護堂の結界、六赤陽陣だ。それが起動するタイミングで九喇嘛がヴォバンの前から掻き消える。護堂があらかじめ渡していた飛雷神のクナイで結界の外に飛ばしたのだ。そして九喇嘛が消えた直後、それは空から堕ちて来た。

 

 侯爵の風雨雷霆すなわち嵐を操る権能『疾風怒濤』により発生していた雲。そんな空を覆う分厚い雲を散らし、ただまっすぐにヴォバンの滅びが彼目掛けて飛来する。速度はそれほど速くない。だが今の尾獣玉を迎撃するために意識を割いているヴォバンは例えそれに気ついていたとしても、対処の仕様がない。

 

 インドラの矢があっさりと狼の頭を貫通し破砕する。それにより尾獣玉を抑えるのに使っていた力も霧散。そして尾獣玉とインドラの矢が共鳴し、同時にその力を解放。万雷と閃光それと衝撃波と熱を撒き散らし、湖もろともヴォバンの巨狼の肉体を蹂躙し結界内部を尽く破壊しつくすのであった。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 インドラの矢を放った護堂は祐理と共に地上に舞い戻り、九喇嘛のいる場所に来ていた。

 

 

「ありがとうな九喇嘛、お前がいなきゃこんな作戦は立てられなかったよ」

「礼なぞいらん、ワシは親父によって生む出された身だ。親孝行の一つぐらいはせんとな」

「…それでも言うさ。本当にありがとな」

 

 

 その言葉にふんとわずかに九喇嘛が鼻を鳴らす。そんな二人のやり取りに不思議そうに祐理が反応する。

 

 

「その、護堂さん。こちらの九尾の狐、九喇嘛さんは護堂さんの神獣になるのでしょうか?」

「うーん、生まれた経緯は俺が関ってるけど別に俺のってわけではないぞ。…その辺りについてはまた今度説明するさ。それよりもすまん万里谷、本当なら空の遊泳をもう少ししても良かったんだが中断させてしまって」

「い、いえこれに関しては護堂さんにあのような事を言っておきながら、空の風景に状況を忘れて見入った私が悪いので謝らないでください」

 

 

 こんなやり取りをいまだに抱き合ったまま祐理と護堂はしていた。そしてこの会話からこの少女は親父の彼女かなにかだろうと九喇嘛は推測する。準備が少し遅れた理由もなんとなく察した。護堂に対して少し冷ややかな視線を送る。それを受けた護堂が九喇嘛に対してすまんと謝罪する。

 

 一応護堂は九喇嘛の創造主にあたるのだが、このやりとりでなんとなくこの主従の関係が掴める。そんなこんなをしている内に九喇嘛の口寄せ時間の限界が来た。

 

 

「それじゃあな親父、ワシはそろそろねぐらに戻る時間だ」

「そうか、もうそんな時間か。…なあ九喇嘛、こっちで暮らさないか?あんな無人島で一人でいてもつまらないだろう。今の俺は何の因果か魔王なんて称号を得たからな、委員会か赤銅黒十時に頼めば何とかなるとは思うんだが」

「その気遣いはいらん。あの島はワシのために親父が作ったものだろう?それにあそこは静かだからな、昼寝をして怠惰に過ごすにはうってつけだ」

 

 

 そんな軽口を最後に九喇嘛が煙と共にその場から姿を消す。後には護堂と祐理だけが残る。

 

 

「ところで護堂さん。これは…どうしましょう…」

 

 

 祐理が言うこれ。その正体は言われなくても分かる。既に解除されているが結界内部にあたる場所、護堂のインドラの矢と九喇嘛の尾獣玉がコラボした元湖。そう元湖なのだ。六赤陽陣で被害を抑えたとはいえその内部はとんでもない有様になっている。有体にいうと何もなかった。

 

 霞ヶ浦の水が全て蒸発した、などという生易しいものではない。文字通り何もかもがなくなっていた。護堂の張った結界の形に大地ごとごっそりと消えているのだ。穴は深くどこまで消えたのか判別すら出来ない。間違いなく縦に千m以上が消し飛んだ。

 

 広さのほうもとんでもない。霞ヶ浦は上から見るとYの形に見えるがその下半分が全てない。まだかすみがうら市を含む上部分は残っているとはいえ事実上霞ヶ浦が、関東平野一の面積を誇る湖が地図から失せた。この結果に祐理から護堂に対して叱ろうとする意思まで消滅させてしまう。

 

 人類では絶対に再現できない災害。まさしく魔王にふさわしい所業だった。

 

 

「ああ、これぐらいなら大丈夫だよ。ちょっと時間はかかるけど、大地を創って水を戻すぐらいならなんとかなるさ。後は俺が隕石を落としたゴルフ場も修復しないとな」

「そうですか、なんとかなるのですね。…なんでしょうこの気持ち、とても複雑な感情を護堂さんに抱いてしまうのは」

 

 

 修復できるから吹き飛ばしてもいいものではないだろうと思うのだが、護堂に理屈を説いても意味がないのは今日のやり取りで十分に祐理は学んだ。それよりも彼女には優先したいことが一つあった。先ほどから護堂にずっと抱かれたままなのに羞恥を覚えたのだ。

 

 

「護堂さん、そろそろ離していただけると嬉しいのですが」

 

 

 そのお願いに護堂もどうしようかと考える。祐理の服はまだ濡れたままで体の冷えも取れたわけではない。そして何よりも大切なことがある。護堂本人がもう少しだけこのままでいたいのだ。

 

 とはいえ祐理は耳まで真っ赤になるほどの恥ずかしさを覚えている。これ以上は我侭が過ぎるかと離れようとして

 

 

「…おかしい。あの爺さんが倒れたならどうして嵐が止んでいないんだ」

 

 

 空を見上げながら護堂が急にぽつりと呟く。護堂が感じたのは強い違和感。この嵐はあの老人が起こしたものだ。雨は止んでいるが依然空は雲に覆われている。その上護堂の矢が開けた穴も少しずつ塞がりつつある。

 

 そして祐理も違和感を感じ始めていた。先ほどまで感じていた羞恥心が拭われるほどの胸のざわつき。なにかがおかしい。それを護堂の伝えようとして矢先に、今まで以上に祐理が強く抱きしめられる。

 

 

「きゃあ!」

 

 

 祐理が短く悲鳴を上げるがそちらを気遣う余裕がない。彼女をしっかりと抱きしめた護堂がその場から全力で離れる。その護堂達を追うように空から火炎弾が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 落ちる。落ちた。ただ空から破壊の炎が逃げる護堂を追いかける。流星の如き劫火に逃げながらも護堂は応戦。求道玉を使い当たりそうなものだけ弾き飛ばす。護堂に対して炎を放つ存在。それは空を悠々と飛ぶ黒き竜であった。黒瑪瑙色の鱗をした巨大な竜。護堂の完成体須佐能乎サイズのドラゴン。それが口から火炎弾を吐きながら追いかけているのだ。

 

 

「古き地母神………冥界へ下りけれども蘇る女神……………彼女もまた地母神として蛇との関りを持ち死を否定する……護堂さん、あのドラゴンの正体は侯爵です。メソポタミアの地母神イナンナから簒奪した権能による復活です!」

「それが万里谷の霊視による啓示って奴か。…てかやっぱりあのドラゴン爺さんだったんだな。呪力の性質からそうじゃないかと思ってたけども。それでイナンナだって?昔家の本で読んだ事があるぞ、確かメソポタミア神話の女神だよな」

「護堂さんの仰るようにかの女神は古代シュメールに起源を持ちます。そんな彼女のエピソードの中でも有名なものは冥界下り、一度死んでも条件付で地上に戻ることが約束されました。ですから…」

「そんな女神を殺して簒奪した権能の力は死んでも蘇る事が出来るってわけか。俺の持つ力も大概だけど、あの爺さんもとんでもない切り札を持ってたわけだ」

 

 

 護堂はすでにあのドラゴンブレスの威力を見切った。これなら求道玉や須佐能乎で十分に防げる。そう判断し、逃げるのを止め足を止める。ヴォバンも口から火を吐くのを止め、上空で停止する。

 

 

「これを使うまで追い込まれるとはな、実に感服したよ。貴様は私が知る限りでも最上級の敵だ」

「体が完全に消し炭になっても大丈夫な奴に何言われても嬉しくねえな。……一度死んでるんだから国に帰れよ」

 

 

 護堂が言っている内容が実に矛盾を孕んでいるが神域にいるものにとって、一度死ぬぐらい珍しくもない。どうせ護堂が何を言った所で聞く耳をヴォバンは持たないだろう。抱えてた祐理を降ろし、護堂も臨戦態勢に入る。そんな護堂の袖口が引っ張られる。

 

 

「どうした万里谷?」

「護堂さんはまだ侯爵と戦われるのですね。…ここまで出鱈目な事をしたのですから、必ず勝ってください。もし負けたりしたら、護堂さんの事を絶対に許しません。ですからこれはですね、その、あなたが勝つためのおまじないのようなものです!」

 

 

 今からすることは祐理では絶対にしなかった事。だからこれは二人の魔王の戦意に当てられた少女の一時の気の迷いのようなものだ。そう自分に言い聞かせ、耐え難い羞恥を振り払い彼女の人生の中でも最も大胆な行動にでる。自分の唇で護堂の唇を塞いだのだ。

 

 

 そしてすぐに離れる。離れた祐理はもはや赤くない所がないのではないかと思うほどに顔や耳を真っ赤に染めながらも、視線だけは外さず護堂のほうをただ見つめている。護堂の方はというと、今の触れ合いで祐理の心に触れた。彼女の唇を通して伝わってきた様々な感情。

 

 だが一つとしてそこには負の物はなかった。その事実に護堂の口がわずかに緩む。多幸感を胸に護堂の体が宙に浮き、ヴォバン目掛けて突撃する。ヴォバン侯爵と草薙護堂の戦争、後に霞ヶ浦の決戦と呼ばれる事になる戦の最後の幕が開けた。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 音速超過の速度でヴォバン目掛けて突撃した護堂は呪力を拳に集中。そのままヴォバンの腹に叩き込む。ドラゴンが反応できずに呻きながら空高くまで飛ばされる。

 

 

(やっぱりもうあの爺さんにはほとんど力が残っていない。死からの復活はあいつにとっても負担が大きいんだ。ならこのまま叩き潰すまで!)

 

 

 吹き飛んだヴォバンに向かって螺旋手裏剣を投擲する為に呪力を手に集中させる。今度こそ最後の一撃だと投げようとした瞬間に、護堂の六道仙人モードが解除され螺旋手裏剣が霧散した。

 

 

「あッ」

 

 

 護堂が解除したわけではない。護堂の六道仙人モード、確かにこの状態は最強と呼んでも差し支えないのだが常時維持できるわけではない。負荷がかかり過ぎると強制的に解除されるのだ。解除された結果、普通の仙人モードになってしまい輪廻写輪眼が黒目の部分に十時模様が浮かんでいるだけの目になる。服も髪も元に戻る。

 

 

(しまった!さっきのインドラの矢で一気に消耗しすぎたのか)

 

 

 ここに来て護堂の最大の弱点が露呈した。護堂最大の弱点、すなわち経験不足である。護堂はたしかに強い、生まれたときから神域に至っていた。そう至っていたのだ。そのせいで神様達と戦うまでは苦戦することがなかった。影分身を使い模擬戦をしていたがそれにしても所詮は模擬戦、命がけの戦いではない。

 

 つまり護堂はヴォバン程の強者との戦いにまだまだ慣れていない。結果としてペース配分を完全に間違えた。先の事にしてもインドラの矢を使う必要はなかった。戦意はあっても、ヴォバンは既に死に体であった。そんな相手なのに使ってしまった。

 

 ただ経験不足の護堂は、経験不足であるがゆえに適切な手札の切り方にまだまだ不慣れ。そのせいで今セルフでピンチに陥っていた。

 

 

 護堂の放っていた呪力が急激に落ち込んだのを好気とみたヴォバンが空から降下し、巨大な手で護堂をはたく。六道状態ならその程度の一撃簡単に避けただろう。だが今の護堂はただの仙人モード、通常状態よりはましだが六道状態に比べると遥かに劣る。護堂を襲ったのは全身が砕けそうな衝撃。もし仙人モードまで解除されていたらこれで死んでいたであろう。地面近くまで墜ちる。

 

 

(まずいぞ、どうやってここから勝つ。考えろ、考えろ)

 

 

 仙人モードでも小高い丘を突き崩すぐらいの火力は出せる。だがこれ以上戦いを長引かせれば仙人モードまで解除されかねない。ヴォバンも弱っている以上もしかしたら先に向こうが倒れるかもしれない。だが駄目だった場合、護堂の勝ち筋は完全になくなる。

 

 そうなればもう祐理を守れる人はいなくなる。そんな賭けにでるわけにはいかない。ゆえに護堂は更に考える。今のドラゴン体の侯爵を倒すにはどうすればよいかを。そして一つ思いついた。あの老人を確実に抹消出来る方法。それを実行に移す為には護堂が一度死ぬ必要がある。

 

 ちらりと祐理がいる方向を見る。彼女が祈るように最後の戦いを見守っている。それで決心がついた。

 

 護堂に向かってヴォバンが再度突撃してくる。口を開き噛み砕かんと接近する。それに合わせて護堂が片目だけを輪廻写輪眼に変える。剣山の如き牙に噛み砕かれる直前、輪廻写輪眼の中心に花が咲く。そして噛み潰されヴォバンの口内で火炎に護堂の体が焼き尽くされるのであった。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

「…そんな…」

 

 

 あたりも暗くなったとはいえ祐理は呪術を学ぶ身だ。闇を見通すぐらいは出来る。そんな彼女の眼に映るのはドラゴンの口の中に消える護堂の姿。端的にいって護堂は死んだ。もしかすると侯爵のように復活できるのかもしれない。しかし待てども何も起きなかった。

その事実に祐理の膝から力が抜ける。

 

 

「強敵といっても最後はあっけないものだ。さて巫女よ一緒に来てもらうぞ」

 

 

 護堂を殺害したヴォバンが祐理の元まで近づき巨大なドラゴンの手で掴み取ろうとしてくる。その魔王に向けられた祐理の目にほんのわずかに生気が戻る。

 

 

「いいえ、まだです。護堂さんは死んでいません。ですから私もあなたの命には従いません」

「ではなぜ奴は現れないのだろうな。巫女よ現実を見ろ、あの小僧は私の手で死んだ。その魂を縛る事が出来なかったのだけは口惜しいがな」

 

 

 ヴォバンはこういうが祐理は信じている。たしかに最初は護堂が死んだと思いへたりこんでしまった。けれども今は違う。彼女の直感が告げているのだ。護堂は必ず勝つと。だからもう彼女は怯えない。たとえ相手が古き魔王、最古のカンピオーネだとしても。

 

 そんな祐理にエメラルドグリーンの瞳をわずかに揺らし、無理矢理攫えば良いかと伸びたドラゴンの手がぼろりと崩れた。

 

 

「何…だと…」

 

 

 手が崩れただけではない。次々とドラゴンの全身が崩壊し粉状になっていく。

 

 

「グッ!ガアアアアアアアアアアアア!?」

 

 

 絶叫。ヴォバンの肉体の崩壊は止まらない。全身を襲い始めた激痛に苦しんでいるヴォバンの腹が切り裂かれ、そこから人影が飛び出してきた。護堂だ。竜の腹からなぜ護堂が出てきたのか。その理由は数分前まで遡る。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 ヴォバンに潰される直前、護堂は輪廻写輪眼を使いひとつの幻術を行使した。

 

 イザナギ、護堂の使う幻術の中でも究極の域にあるもの。その正体はおのれにかける究極幻術。発動してから三分間の間だけ自身に身に起きる不都合な出来事を全て幻にし、なかった事に出来る。

 

 確かに護堂は潰されひき肉になり、そのまま焼かれて焼失した。けれども護堂のイザナギは既に発動済み、己が死んだという現実を全て幻という嘘に書き換えた。現実を改変した護堂はそのまま相手の体内に侵入、ヴォバンの腹に落ちた。そう護堂が一つ思いついた方法。

 

 作戦名をつけるなら一寸法師作戦だろう。相手が城砦なら内側から潰せばいい。とてもシンプルな内容だった。腹の中に落ちた護堂は口の中に粘土を入れ、ガムを噛むように何度も咀嚼。それをペッと吐き出す。吐き出された粘土は一つの形を作る。

 

 小さな人形になった粘土。そしてそれが風船が膨れるように膨張し、パンっと音を立てて弾ける。これで護堂の術の準備は整った。相手が風と雷を操るせいで非常に使いにくかった手札。今破裂した人型は一見は何も起きていないように見える。けれども呪力をみる事が出来れば護堂が何をしたのかをすぐに分かるだろう。

 

 後は少し待つだけでいい。それでヴォバンの体内に護堂の放った毒が回る。待っている間に護堂の輪廻写輪眼が出現していた目が閉じられる。イザナギの発動時間が終わったのだ。この幻術は無敵に近いのだが一つ欠点がある。

 

 一度使うと72時間の間目が光を失うのだ。ようするに失明する。どちらにしろ六道にならずに輪廻写輪眼を使った時点で失明は決まっていた。だから片目を使い潰すつもりでイザナギを使ったのだ。護堂は待っている間に外の呪力を探る。どうやら祐理はヴォバンに危害などを加えられたりはしていないらしい。

 

 

「あと少しだけ待っててくれ万里谷。今度こそ本当に終わらせる」

 

 

 祐理がヴォバンに掴まれる寸前にようやく侯爵の全身に毒が回りきった。後はただ念じるのみ!

 

 

「渇!!」

 

 

 その言葉と共に護堂が体内から直接散布した毒ー超小型爆弾群C4カルラが一斉に起爆を始め、ドラゴンの肉体を内側から侵食したのであった。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 ヴォバンの腹を割き飛び出た護堂は祐理の前に立ちはだかる。邪竜が全身を使い暴れ、呪力を高めて崩壊を防ごうとするが無駄だ。神殺しの耐性といえど体内から起爆されたらどうしようもない。数十秒もがいていたが全身が細胞レベルで破壊され、今度こそ力尽きヴォバンが消滅するのであった。

 

 その結果を見届け護堂もようやく肩の荷が下りたのか地面に座り込む。そんな護堂に立ち上がった祐理が大丈夫ですかと近づいてくる。

 

 

「ちょっと疲れただけだよ、怪我の心配は全然ないさ」

「そうですか。ならなぜ片目を閉じているのですか?」

「これなら大丈夫さ、ちょっと失明しただけだから」

「失明!」

 

 

 心配そうに本当に平気なのですかと問うてくる祐理が護堂としては微笑ましい。三日すれば元に戻るのをどのタイミングでいえば一番驚かせるかと考えていた護堂の前、先ほどまでドラゴンだった塵の山から青黒い光の玉が飛び出てどこかに飛んでいった。

 

 

「嘘だろ、あの爺さんまだ死んでないのか」

 

 

 護堂も逃がさないように術を使おうとはしたのだが、それよりも早く逃げられたせいで追撃が間に合わなかった。流石にあそこまで不死身だとは誰も思わない。念のために最後の気力を振り絞って立ち上がり、周囲の呪力を探査し続ける。それを三十分ほど続け本当にただ逃げただけだと分かり仙人モードから通常状態に戻る。

 

 

「あそこまで疲弊したなら当分は安泰かな?」

「私もなんとなくですけど、大丈夫だと思います」

 

 

 そう護堂の疑問に返してくれる祐理。彼女が太鼓判を押すなら今度こそ今日の闘争は終了した。そうやって力をぬいた護堂の耳にかわいらしいクシャミが聞こえた。

 

 祐理が口元を押さえている。雨で濡れた上に体力が低いのに散々護堂に振り回された為、風邪を引き始めていた。少し寒そうにしている彼女を見て、護堂は初めての試みを行う。

 

 意識を集中させる。そんな護堂の服の上に羽織が現れる。六道仙人モードにならずに羽織だけ出したのだ。その羽織を祐理に着せる。六道の羽織は服としてみた場合、耐寒耐熱に着心地や耐久性が最高の衣服なのだ。羽織を着せる時にまた恥ずかしそうにしていたが特に抵抗もされなかった。そんな祐理を見て護堂は色々と考える。エリカに色々と謝らないといけないし、自分の吹き飛ばした霞ヶ浦の修復を急がないといけない。

 

 戦闘は終わったがまだまだやるべき事が山積みだ。それでも胸にあるのは充実感。羽織を着せた時に目が合った時の彼女の視線、それがとてもきれいだった。それを守ろうと思ったからこそ、自分の我侭を押し通したのだ。だから今はもう少しだけ彼女の笑顔を見続ける。

 

 そんな二人を照らすようにヴォバンが倒れた事で消えつつある雲の切れ間から、月の光が降りてくるのであった。




原作2巻分終了
次回は幕間挟んでから零章(3巻)の内容になるかと思います。


・今回の被害
 霞ヶ浦の消滅及びゴルフ場の粉砕(推定被害額いっぱい兆円。後に修復される)

後感想でナメプ云々あたり今後もきそうなので先に明言しておくと万全状態の神または神殺しが相手の場合指先ひとつでダウンレベルの戦闘はありません。全員が独自の強みを持っているので割りと今回のような戦いが多くなります。期待はずれな内容になるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。