六道の神殺し   作:リセット

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9話 ~激突~

霞ヶ浦及びその周辺地域の封鎖が完了した頃に、護堂は湖のすぐそばのゴルフ場ー霞台カントリークラブに到着していた。

そのゴルフ場の中心で立ち止まる。数分待っただろうか、その護堂に追いつくようにヴォバンの軍団が現れる。

 

もはや何人いるのか数えれないほどの、人の群れ。それに負けないほどいる馬並のサイズの狼達。

その集団の先頭に彼らを従える長がいた。無論ヴォバン侯爵である。

 

 

「逃走はここまでか小僧。であるならばその首を差し出すが良い。そうするなら痛みもなく葬ってやろう!」

「…それ本気で言ってないだろ。むしろ、もっとあがけって面しやがって。余裕綽々かこの野郎」

 

 

お互いに軽口を叩く。護堂としてはその提案に乗った振りをして近づき、心臓でも一突きしたいが神殺しの直感を誤魔化せるとは思っていない。

まあ逃げた振りをするのはここらで止めても良いだろう。ここに来るまでに道路が封鎖されているのは確認している。

 

 

(ありがとうエリカ、それに万里谷、後委員会の人達)

 

 

自分の無茶な頼みを何とかしてくれた二人への感謝、そして親愛の念。それらを胸に護堂は目の前の魔王を睨む。この最古の王はこちらを格下に見ている。そうやって慢心している内に決着をつけたいのだが、通常状態で神殺しの相手をしたくない。

 

そうなると六道モードになるしかない。しかし六道の力を使えばあちらは慢心を間違いなく捨てるだろう。そうなると戦況がどう推移するかが読めない為出来れば使いたくはなかったのだが、仕方がない。

 

 

「…爺さん、あんたさっき俺にこう言ったよな。たかが二柱からしか権能を奪っていないって。本当にそれだけなのか、自分の目で確かめてみろよ」

「何だと?」

 

 

護堂の奇妙な呟きにヴォバンが胡乱な目を向けてくる。そんな視線の先で変化が起きた。護堂の呪力が急激に増大したのだ。呪力が増大しただけではない、見た目にも変化が起きる。服が変わり、その上に羽織を纏う。髪が変色し、奇妙な眼になる。背中にはソフトボールサイズの漆黒の球体が九つ、円を描くように浮遊している。

 

そんな変身を遂げた護堂に、ヴォバンの顔が今日初めて険しくなる。信じがたいことにこの老王が格下に見ていた相手に、本気の戦闘体勢に入ったのだ。ヴォバンの獣の如き本能が警告を発する。

この小僧は狩られるだけの獲物ではない、隙を見せれば狩人を殺す狼だと。

そんな本気になったヴォバンとその後ろに控えている軍団に対し、護堂は六道の術を行使するのだった。

 

 

 

 

 

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あの後甘粕は馨から護堂とヴォバンの戦闘の撮影を命じられていた。この際に給料以上は働きたくないとぼやいたが、上司命令に逆らえるわけもなく現在車で霞ヶ浦に向かっている所だ。その甘粕の車にエリカと祐理は便乗していた。エリカは護堂の元に馳せ参じる為に。祐理は護堂の真意を問いただす為に。

 

 

「急に空が曇ってきましたね。魔王様方のどちらかが天候でも操作しているんですかね?」

「自然現象でないのなら、恐らく候のほうね。…護堂の方も似たようなことを出来るでしょうけど」

 

 

車内の空気が重い。その重さを払う為に甘粕は口を開いたのだが、エリカが一言返しただけで快活な彼女としては珍しくそこで話が止まる。そしてまた車内の空気が重くなる。なぜ車内の空気が重いのか。その原因はエリカの隣に座っている祐理だ。彼女は先ほどから俯いたまま顔を上げようともしないのだ。

そんな祐理の態度に業を燃やしたエリカが話しかける。

 

 

「いい加減に顔を上げなさい祐理。そんな風にしていても事態は好転しないわよ」

「…エリカさんはずいぶんと落ち着いているんですね。草薙さんが何の意図があってヴォバン侯爵と戦っているかも確かでないのに」

「確かに祐理の言うとおりではあるわね。けれど護堂が自ら争うとなるとよほどの何かがあったのでしょうね。…恐らく候が日本で何かをしようとして、それを防ぐ為に戦闘になったと考えるのが妥当よ」

「…草薙さんが亡くなられるとは考えてはいないのですね」

「ええ、そうね。護堂が負けるとは一切思ってないわよ」

「…どうしてそう楽観的に物事を考えることが出来るのですか。確かに草薙さんは幼い頃から神獣を滅ぼせるほどの強さを持っていたのかもしれません。ですが侯爵は数百年もの間欧州の頂点に立ち続けた魔王です。いくら

草薙さんが強くとも敵う訳がありません」

 

 

そう言ってまた俯いてしまう。エリカも祐理の言っていることが分からないわけではない。エリカも護堂の六道仙術の真価を知らなければ、同じような事を思っていただろう。だがこの仮定は無意味だ。エリカは護堂がどれだけ出鱈目な怪物なのかを間近で見てきた。

例え敵がヴォバン侯爵であろうとも勝つ。エリカはそう信じているだけだ。

 

 

そんな会話を最後に数分走っただろうか。甘粕が急ブレーキを踏む。そんな荒い運転をした甘粕に対し、文句の一つでも言おうとして気づく。道路に少女が立っているのだ。そしてエリカはその少女を知っていた。

 

 

「あれはリリィ?あの娘も日本に来ていたのね」

「お知り合いで?」

「昔なじみよ。ただリリィがわざわざ私の所に来るのは考えられないから、こんな所にいるのは何か別の理由があるのでしょうけど」

 

 

甘粕の疑問に答えると、エリカは車から降りて彼女がリリィと呼んだ少女ーリリアナ・クラニチャールの元に歩いていく。

 

 

「久しぶりねリリィ!あなたが日本に来ていたなんて知らなかったわ」

「友人でもないのになれなれしく呼ぶな、エリカ・ブランデッリ。あなたにそんな口を利かれる筋合いはない」

「もう、久しぶりの出会いなのにつれないわね。淑女たるもの心の声は抑えるものよ。…ところでどうしてリリィはこんな道の真ん中で立っていたのかしら?」

「だからリリィと呼ぶな。後私が何をしようと、あなたには関係がないだろうが」

 

 

そう吐き捨てるリリアナの視線はエリカではなく後方、甘粕達が乗る車に向けられている。そしてエリカを無視して車の方に近づこうとする。しかしエリカがそれを許さない。リリアナの前に立ちふさがり邪魔をする。

 

 

「退けエリカ、私は騎士として主の命を遂行する義務がある。邪魔をするなら切り捨てるぞ」

「ふうん、主の命令ね。ヴォバン侯爵が日本に来てる以上、誰かしら供がいるとは思っていたけど。あなたが連れてこられたのね」

「だとしたら何だ。あなたが日本の魔王の側近になったのは知っているが、それで侯爵の邪魔が出来るわけではないぞ。今の私は勅命を奉じた身だ。故に退けエリカ、邪魔立ては許さん」

「…そういえばリリィの視線はさっきから祐理達の方に向けられていたわね。そうなると候の目的は祐理ってとこかしら。どうして祐理が候に狙われるのか教えてもらえる?」

 

 

リリアナはなぜそれがと驚いた顔をしている。その顔を見て、リリィは昔から腹芸が出来なかったものねとエリカは微笑ましい物を見る目をリリアナに向ける。それと同時に得心が行く。リリアナの反応を見る限りエリカの推測は当たっているのだろう。

 

そして祐理が狙われたなら護堂がヴォバンと争う理由には十分になり得る。護堂の性格を良く知っているエリカはあの男はと苦笑が出そうになる。

 

 

「リリィ、あなた本当に昔から嘘をつくのが下手ね。そんな露骨に顔に出したら駄目よ。それに今祐理を連れて行っても意味がないわね。あなたの主は現在護堂と交戦中だから」

 

 

その言葉に今度は、は?とでもいいたげな顔をする。どうやら護堂とヴォバンが争っているのを知らなかったらしい。そんなリリアナに対してエリカは取引を持ちかける。

 

 

「ところでリリィ、折り入って話があるのだけど…」

「結構だ、あなたの話は何時だってろくでもないものばかりだ」

「そんな事言わずに。どうせあなたの事だから、祐理を連れて行くのに納得しているわけではないでしょう?それならこちらに与してもいいはずよ」

「…私に裏切れと言うのか。馬鹿を言うな、確かに彼の王のやり口は私の流儀にあわん。だからと言ってはいそうですかと鞍替えできるか。そもそもなぜ私を草薙護堂の陣営に引き入れようとする?」

「そうね、一つはここでリリィと争っても私に利がない。二つに車で移動するより、リリィの飛翔術の方が速いのよ」

「あなたは人の極めた術をタクシーか何かと勘違いしているのか!」

 

 

話にならんとばかりに憤慨するリリアナ。それを見てやっぱりリリィは面白いわねと内心ほくそ笑むエリカ。二人の力関係が良く分かるやり取りであった。とはいえエリカとしてもここでリリアナをこれ以上いじっているほど暇ではない。なので早々に切り札を使う。

 

 

「ところでリリィ、今小説のストーリーを唐突に思いついたのだけど聞いてもらえるかしら?」

「は?急に何を言って…」

「こほん…………『あの人なんて大嫌い。でもどうしてかしら、あの人の顔を考えるだけで胸がこんなにも高鳴るなんて。これはもしかして……ううん、そんなわけがないわ。そうこれはただの気の迷いよ、きっとそうよ。だってこんなにもカルロを思うだけで

憎らしいのだから』」

「…………………………………………ガハッ!!」

 

 

エリカが唐突に良く分からない三文芝居を始める。そしてリリアナは固有名詞が出たあたりで急に胸を押さえる。その顔に浮かぶのは驚愕か絶望か。彼女の冷や汗が止まらない。そんなリリアナを無視してエリカの朗読は続く。

 

 

「『全くあの女め、いつもいつも人の揚げ足を取りやがって。…でもどうしてかな、浮かぶのはあいつの笑顔ばかり。おかしいな、変なものでも食ったかな。まあいいや、明日会ったらまた文句をカルメンに言わなきゃな』、どうかしらリリィ、あなたならこのセリフにどれくらいの点数をつけるのかしら?満点よね」

「な、なぜあなたがそれを知っている?」

「そうね、世の中には需要があれば供給があるのよ。…ところでリリィはこの情報に対してどのくらいの対価を払えるのかしら?」

「そ、それが漏れる前にあなたの口を永久に封じればいい!」

 

 

そんな短慮な発想にエリカがにやりと笑う。護堂がいればリリアナに対して同情と共にある言葉を贈っただろう。

 

 

諦めろリリアナさん、紅い悪魔からは逃げられないと。

 

 

「分かってないわねリリィ。私が亡くなるとあるノートのコピーが、世界中に作者の名前と一緒に流布される手配が整っているのよ。まさか今日役立つとは思わなかったわ」

 

 

その言葉にリリアナが頭を抱えて蹲る。そんな彼女の変わりに涙を流すように曇り空から雨が降り始めた。エリカはこれで護堂の元まで、現状最速の足を手に入れた。

後はリリアナの回復を待つのみ。

 

 

(護堂、祐理はあなたが敗北すると思っているわ。それどころか今回の一件を聞けば、ほとんどの魔術師があなたの敗北を疑わないでしょうね。でもここにあなたが必ず勝つと信じている騎士がいる。だから勝ちなさい護堂、私に恥をかかせたくないでしょ)

 

 

そんなある意味彼女らしい激励に応えるように、エリカの向かっていた方角から轟音と地響きが届くのであった。

 

 

 

 

 

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エリカに届いた轟音の正体は無論護堂の行使した術である。使った術の名は天蓋新星。効果は単純、巨大隕石を落とす。字面にすれば一言ですむが、そんなものを使われた方はたまったものではない。天を覆う程の隕石が、高速でヴォバンの軍団の上に落ちたのだ。

 

所詮ヴォバンの軍団は元人間やエリカクラスの騎士ならわけもなく散らせる狼達、このような荒業に対して抗えるわけもなく、一部の転移魔術を使える者以外はレンガを叩きつけられた蟻の如く潰された。転移魔術で逃れた者も護堂の呪力探知を誤魔化せず、宙に浮いた隕石の破片もとい槍に全身を貫かれ消滅していく。だが肝心の相手を護堂はまだ見つけていなかった。

 

 

(あの爺さんどこに行った?反応がないけれど…)

 

 

護堂はこんな牽制程度の隕石で神殺しをどうこう出来るとは思っていない。その事実をイタリアの剣馬鹿のせいで嫌というほどに思い知った。やつらを行動不能にするには、この数十倍をもってくる必要がある。その思考故に反応がないのが死んだからだとは違うと断言できる。ではどこに?更に呪力を探る。大きな反応。場所は護堂の右後方!

 

その方向に対して振り向きざまに拳を放つ。なにかが護堂の拳と接触。掌だ、ただし人のものではない。護堂を襲ってきたのは人型の狼だった。そして呪力から目の前の狼が誰なのかすぐに察する。

 

 

「爺さんあんた狼男になれるのか。…それに芸達者だな。配下の魔女に自らを転移させて俺の隙を窺うなんてな」

「貴様こそなかなかに面白い手札を持っているではないか。まさか一撃で我が従僕達が葬られるとは思ってもいなかったわ!」

 

 

護堂とヴォバンが距離を取る。護堂から距離を離したヴォバンの呪力が高まる。その呪力の行き先は先ほどから雨を降らし始めた雲。それが何を意味するかをメルカルトとの戦いで学んでいた護堂は、咄嗟に背中の球体ー求道玉を頭上に移動させる。移動した求道球はソフトボール程度のサイズだ。

 

それが質量を無視して変形、人を包み込めるほどの布状になる。即席の傘だ。そしてこの傘が防ぐのは雨ではない。ヴォバンの呪力を受けた雲は帯電する。

 

 

轟。轟。轟。轟。

 

 

大気を引き裂き雷が降り注ぐ。それも一発ではない。雨に負けないほどの量が護堂目掛けて落ちてくる。常人であれば触れるだけで蒸発する雷撃。それを護堂の求道玉は全て防ぐ。一撃たりとも通さない。かつてウルスラグナの擬似太陽からのフレアをも防いだ、護堂の防御手段の中でも最硬レベルの防御。たかが雷の百程度防げないわけがない。

 

それを見たヴォバンが雷とは別、今度は大気を操り風の刃や暴風雨の壁などを繰り出してくる。それらも別の求道玉を使い防ぐ。

 

 

「チッ!」

 

 

ヴォバンは悟る。この小僧の防御は生半可な攻撃では崩せないと。これを突き崩す為には特大の雷撃を放つ必要がある。ヴォバンが呪力を底上げする為に、ほんの一瞬だけ雷の雨が止む。僅かな隙。そのタイミングを狙っていた護堂が動く。羽織の袖口から手に札の巻かれたクナイが滑り落ちる。

 

ヴォバンの狼面に向かって投擲。これを獣の如き反応速度で顔を振り避ける。ヴォバンの顔に嘲笑が浮かぶ。甘いなと。その嘲笑を受けた護堂もにやりと笑う。あんたがなと。

 

ヴォバンの避けたクナイに巻かれた札。その札に描かれていたのは飛雷神のマーキング。避けられたばかりのクナイに向かって護堂の身が転移する。位置はヴォバンの肩の上。気づいても時既に遅し。転移した護堂の手には中心に白く輝く玉の入った透明な箱がある。

それを人狼に向けて放射。掌サイズの箱は肥大化し、ヴォバンの身を飲み込むのだった。

 

 

 

 

 

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護堂の放った透明な箱。これは護堂の使う術の中でも極悪な代物。名を塵遁・原界剥離の術。触れた物体を強度に関係なく問答無用で分子に分解する術だ。そんな文字通りの一撃必殺を受けたヴォバンは無論、消滅しなかった。ほんの少し毛が削れた程度。それ以外にはなんの負傷もない。この結果にやっぱりこの程度の効果しかないかと納得する。

 

なぜヴォバンに塵遁があまり効果がないのかは理由がある。護堂程でなくとも神や神殺しには人間や神獣とは比べ物にならないほどの高い呪力耐性がある。これが今回ヴォバンの命を救った。護堂がかつて転生の儀を弾いたように、ヴォバンもまた神殺しがデフォルトで保有する耐性値で塵遁を弾いたのだ。

 

そしてこの呪力耐性故に護堂の使う幻術によるハメ技や、異空間転送を使った脱出不能の檻といった本来なら問答無用の理不尽戦術のほとんどが産廃技になる。

 

 

(まあ、このことはあのアホやウルスラグナ達のせいで分かってたことだしいいや。結局この手合いに対して一番有効なのは、体術と超火力技!)

 

 

結局の所、対神・魔王戦は体術で動きを止め、そこに高密圧縮をした螺旋手裏剣でも叩き込む方が効果的。護堂の踏み込みが己の塵遁に巻き込まれないように離れていた距離を零にする。踏み込むと同時に顎狙いのアッパー。それをクナイを避けたときと同様に身を捻り交わす。交わしただけではない、その動きを止めず護堂から距離を取ろうとする、が護堂の眼はその動きを既に先読みしている。

 

ヴォバンが距離を取る為足に力を入れるよりも速く、彼が逃げようとした場所に到達している。絶対に逃がさない。その意思を込めて人狼の腹に対して前蹴り。ウルスラグナの駱駝に匹敵する素早さと重さで放たれるそれ。そんな蹴りがあろう事か避けられる。

 

 

(何!)

 

 

確実に捉えたはずの打撃。それを避けた。この結果にヴォバン侯爵の体術に対する評価が、護堂の中で軍神レベルまで一気に上げられる。決して甘く見ていたわけではないが、格闘もこなせる爺さんだとは思っていなかったのだ。

 

だが驚きを得たのは護堂だけではない。ヴォバンもまた護堂の腕前に対して高い評価を付けていた。

 

 

(クッ!!この小僧、中国のあやつと同等レベルの格闘術の使い手か!)

 

 

ヴォバンは内心舌を巻いていた。今日まで様々な神々や神殺しと戦い続けてきたが、その中でもこの小僧は別格だと。放つ呪力の強大さ、接近戦の手ごわさ、防御の硬さ、先ほどの隕石のような高火力、恐らくまだまだ隠しているであろう手札の多さ、それらにヴォバンの戦意が高ぶる。

 

そもそもヴォバンが日本に来たのは、自らの敵を呼び出すために巫女を使う為だ。それでも己が満足できるほどの神が出てくるとは限らない。所詮暇を持て余した魔王の戯れになるはずだった。だと言うのにまさか、これほどの好敵手がいるとは!その上勝てば神を呼び出すための触媒も手に入る。

 

その思考がヴォバンの、いや神殺しの死すら恐れない戦士の魂に火をつける。いいだろう、もはやこの小僧をたかが半人前の魔王として相手をしない。自らが命を掛けて戦うに値する怪物として葬る。

 

 

そんな風に強敵認定されていることを知らない護堂は避け、交わし続けるヴォバンに対して反撃を許さない連撃を放ち続ける。繰り出される拳や蹴り、一撃一撃が戦艦の主砲を超える重い打撃。人間どころか神獣ですら瞬殺可能なそれらを凌ぐヴォバンもやはり怪物。

 

相手がいくら強くとも勝つからこその埒外。一秒先の死を跳ね除ける。風を操り自らを押し飛ばし数瞬先の生を掴み取る。そうやってヴォバンが凌ぎ続けた結果か、ほんの僅かに護堂の連撃が鈍る。そこを逃さない。護堂の伸びきった腕に対し、噛み付く。今のヴォバンは狼の牙を持つ。

 

ブツリと音を立てて護堂の腕が千切れた。腕が無くなったことで僅かにバランスが崩れる。追撃をするために口の中に残った腕を吐き出そうと、舌で押した時に肉や服とは違う感触が伝わる。まるで粘土。そうヴォバンが思った時には護堂の仕込みは既に完了していた。

 

 

(渇!)

 

 

護堂が念じた瞬間、ヴォバンの口内が破裂した。破裂したのはあらかじめ羽織の袖に貼り付けていた起爆粘土、護堂の呪力を帯びたプラスチック爆弾のような物だ。

 

それが口内で直接起爆。ヴォバンを襲った衝撃は顔が吹き飛んでいても可笑しくないほどの代物。彼が狼に転じていて、なおかつ神殺し特有の頑丈さがなければこれで死んでいた。が死ななくとも動きが完全に止まる。護堂がまだ煙を上げているヴォバンの顔に本気の蹴りを叩き込もうと足に呪力を篭め、攻撃に使わずにその場からすぐに退避する。

 

護堂が飛んだ直後ヴォバンをも巻き込む形で、極大の雷が先ほどまで彼のいた場所に落ちる。だがヴォバンはその雷に呑まれていない。彼が権能で逸らしたからだ。護堂が離れ少しだけとはいえ休息を取れたヴォバンの人狼の肉体が巨大化する。二m半ばから三十m程のサイズに変化する。

 

 

「そんなことまで出来たのかよ。てか何で起爆粘土が口の中で破裂して割と大丈夫そうなんだよ。不死身かあんた?」

「抜かせ小僧!貴様こそ腕がもう生えてるではないか!」

 

 

お互いが相手の頑丈さを称賛する。だがこれ以上は無駄口。心臓の弱い者なら止まりかねない圧力が二人の間に生じる。先に動いたのは護堂だった。再生したばかりの腕を宙に向ける。途端に辺り一帯に変化が起きた。先ほどから降り続けていた雨。それらが空中で停止し一箇所に集まり出したのだ。空中の水だけではない。水溜りや地面に染み込んだ水が逆再生のように浮き上がり集まり始める。集まった水は巨大な水球を作り出す。水球が形を変える。出来上がったのは水龍、それもヴォバンよりも巨大な龍だ。

 

水龍は空中を滑空しヴォバンに襲い掛かる。無論黙って襲われるつもりはない。巨大な狼となったヴォバンの口から雷撃が吐き出され龍を討つ。ばらばらになった龍、しかし元は水。元の形を取り戻し再度襲撃する。

 

 

「ちぃ!無限に再生する代物か。厄介な物をつくるじゃあないか!」

 

 

ヴォバンの言うとおりだ。護堂の水龍の術。一度生み出されたなら完全に消滅するか、周りの水が尽きるまで標的を襲い続ける。そして水は天から雨として供給される。端的に言えばヴォバンが死なない限りこの術は止まらない。だが流石に三百年戦い続けた魔王。

 

この程度の危機、過去に何度も遭遇している。風の檻を作り出し水龍を捕える。檻は徐々に小さくなり中の龍を圧縮する。そして小さくなった龍に向けて雷撃。膨大な熱量が龍を蒸発させた。

 

 

水龍を滅したヴォバンは龍を操る為に足を止めていた護堂に向かって跳躍。体重と重力、そして狼の肉体の膂力を持って踏み潰しにかかる。もう少しで潰されるというところで、すぐそばにあった隕石の破片と護堂の身が入れ替わる。

 

護堂が左眼の力、空間の入れ替えを使ったのだ。ヴォバンが着地。大地が裂け砕ける。近くにいた護堂の体が衝撃波によって木の葉のように舞う。だがそのまま吹き飛ばされることはなかった。護堂は空を飛ぶことが出来る。空中で静止する。静止した直後だった、ヴォバンが巨狼の両手で護堂を挟みこむ。

 

挟まれた護堂の体が軋みを上げる。潰されないように全身に力を篭めているが徐々に狭まりつつある。護堂は怪力の持ち主ではあるが、今のヴォバンとはサイズ差がありすぎる。しかも権能による顕身である以上、見た目以上の膂力があるだろう。このまま抗い続けてもジリ貧だ。

 

護堂が一気に自らの呪力を沸点まで高める。高まった呪力は泡立ち弾け、そして護堂の全身から蒸気が発し始めた。

 

 

「怪力無双だああ!」

「なっ!」

 

 

ヴォバンの驚きの声。彼の掌に伝わるのは焼けた石を生身で握った感触。そして閉じかけていた掌がこじ開けられる。蚊のように潰れるしかなかったはずの護堂が易々とヴォバンの手を跳ね除けたのだ。手を跳ね除けた護堂はすぐに大木のような巨狼の腕にしがみつく。

 

そして、そのままヴォバンを振り回し始めた。振り回されたヴォバンはその勢いのまま湖の真ん中目掛け投げ飛ばされるのだった。空中を配下の魔女の手助けなしでは飛べないヴォバンに抗うすべもなく着水。盛大に水しぶきを上げる。

 

 

「く、馬鹿力め。これほどの剛力を隠していたとは」

 

 

ヴォバンの称賛とも諦観とも取れる呟き。彼の言葉通り護堂は自らの膂力を高めた。沸遁・怪力無双、この術が護堂の四肢に普段以上の怪力を宿らせる。この術を使った状態なら例え敵が力自慢の逸話を持つ神格であっても、問答無用でねじ伏せるほどの力が出せる。

 

そんな護堂がヴォバン目掛けて飛んでくる。飛んでくるだけではない。護堂の体を青紫色のなにかが覆い始める。それは徐々に膨張し、人型を形成。更に形が整えられていく。出来上がったのはヴォバンに負けないサイズの鎧を着た大天狗。護堂のとっておきの一つ、

完成体須佐能乎だ。巨狼と須佐能乎がぶつかり合う。衝撃で彼らの足元の水が全て吹き飛んだ。

 

 

「次から次へと面白い事をする。ここまで私を楽しませてくれるとはな!」

「強がり言いやがって。降参して万里谷を諦める気はないか?それならあんたとこれ以上戦わなくていいんだけどな」

「ふん、まだ1ラウンドが終わった所だ。ここからが本番だろうが!!」

 

 

ヴォバン言う所の1ラウンドが終了。2ラウンド、須佐能乎VS巨狼の怪獣大決戦が幕を開けるのであった。

 

 

 

 

 

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そんな怪獣大決戦を見守る者達がいた。精神攻撃から復調したリリアナの飛翔術で近くまで来たエリカたちである。

 

 

「……………………」

「……………………」

「いやはや流石魔王様たち。出鱈目ですねえ」

「あの状態の護堂相手に善戦どころか互角の勝負に持ち込む辺り、候もやはり手強いわね」

 

 

エリカと甘粕以外は開いた口が塞がらない。エリカは護堂の暴れっぷりを見慣れているし、甘粕にしてもこうなるのではと思っていたので驚きは少ない。だが祐理とリリアナは別だ。祐理は護堂が強いとは思っていたが、ここまでとは想像していなかった。

 

リリアナは魔王の逸話を幼い頃から叩き込まれていたが、実際に彼らの本気を見たことはなかった。そんな彼女達の目の前で再現される神話の戦争。人の身でなぜ神殺しに挑んではいけないのかを悟らせる。

 

 

「…エリカさんは草薙さんがこれほど強靭な力をお持ちなのを、知っていたから動揺されていなかったのですね」

「そうね、でもそれ以上に騎士が自らが仕える主の勝利を疑うわけないでしょう」

 

 

エリカと祐理が軽いやり取りをしている間にもヴォバンと護堂の戦いは白熱している。地面が揺れ、大気が破裂する音が鳴り響く。そしてそれらを上回る爆発音。たった二人、されど魔王二人。今なお続く争いは周囲の地形を変えていく。ヴォバンが口から放った雷撃を須佐能乎が避け、後方の岸辺まで飛んで行き着弾箇所を蒸発させる。須佐能乎が腰の太刀を抜き振るうだけで湖が二つに割れる。そんな戦いが続いていたが、ついに形成が傾いた。

 

須佐能乎の太刀がヴォバンの体を袈裟切りにした。吹き出る鮮血。それでも倒れないのが神殺しのしぶとさ。飛び退り追撃をかわそうとする。ガクンッと後ろに飛んだヴォバンの体がいきなり空中で停止する。そしてなぜか須佐能乎の突き出した手に引き寄せられる。

 

須佐能乎のもう片方の手から太刀が手放され、代わりに紫電がその手に纏われる。その紫電の手刀ー千鳥が飛んできたヴォバンに向かって突き出される。ヴォバンもとっさに大気を手に集中させ、千鳥と衝突させる。とたん湖の真ん中にエリカたちの目を焼く閃光が出現するのであった。

 

 

 

 

 

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須佐能乎・千鳥とヴォバンの圧縮大気の激突。その結果はヴォバンの片腕の消滅に終わった。須佐能乎の腕もなくなっているが、護堂が呪力を供給すればすぐに元に戻る。はっきり言えば、この時点で護堂の勝利はほとんど決まっている。そのはずなのに護堂の顔は険しい。

 

 

(今ので決めるつもりだったのに片腕だけの犠牲に留めるか。…なるほど、最凶の魔王と呼ばれるだけの事はある)

 

 

確かに護堂がここから丁寧に詰めていけば勝てるであろう。しかし相手は手負いとなったヴォバン侯爵。一手間違えるだけで逆転勝利を決めに来る神殺しの一人だ。どんな隠し球を持っているか分かったものではない。その為、これ以上戦闘を長引かせたくはなかった。

 

 

(やはりドニのときと同じで、超火力で一気に決めるしかないのか。けれども…)

 

 

けれどもである。護堂の最大に近い火力技を使うなら、被害を抑える結界の準備をする必要がある。その為に杭を湖の周囲に打ち込みたいが、今の追い詰められたヴォバンがそんな不審な動きを見逃すわけがない。結界を張る前に死に物狂いで逃げられるだろう。

 

ついでに言うなら準備の間、湖の中に彼を留めておく必要がある。影分身では持たないだろう。輪墓は持続時間が短い上に相手が邪視と顕身を持っている以上、ウルスラグナの時のように潰されかねない。

 

今必要なのは護堂とは独立した戦力、しかもヴォバン侯爵相手に戦えてなおかつ護堂に注意を向ける余裕が無くなるほどの強者。そんな都合の良い存在を一人護堂は知っていた。

 

 

(急に呼び出したら怒るかな、あいつ。昼寝の最中とかだったらどうしよう?)

 

 

怒ったら土下座してでも謝ろう。そう思いながら、犬歯で親指を噛み切る。切れた指から血が流れ始める。須佐能乎を解除した護堂は空中から地面に向けて手を伸ばす。護堂の掌から梵字のよる魔法陣のような物が描かれた。

 

 

「来い、九喇嘛!」

 

 

その叫びと共に護堂の足元に煙が湧く。その煙の中から九つの尾を持つ狐が顕れるのであった。

 

 

 







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