「……もう半年経ったのか」
22層の宿屋(もちろん誰も寄り付かなさそうなところ)で俺はベッドの上でゴロゴロしながら呟いた。
現在俺の使っている武器は刀だ。
DPSが高いのでダガーよりいい、ある程度のリーチも取れてピッタリだ。
最近はギルドもよく作られていて、今のところ有名なのは"アインクラッド解放軍"と"聖龍連合"、あとはクライン率いる"風林火山"などだ。
アインクラッド解放軍はディアベルがリーダーとして動いている。あいつのカリスマのおかげで攻略の際も助かる。
あとはソロや中小ギルド、それか攻略組に所属している感じだ。
俺はもちろんソロだ。べ、別に寂しくねぇよ!
キリトは今では"黒の剣士"と呼ばれている、アスナは"攻略の鬼"だとか。
あいつらは大分出世したな……。
ボス攻略の度にキリトとアスナにはフレンド申請を送られているがやんわりと断っている。
一度こちらから切ったのにまた入れるというのもどうかと思うからな。
時計を見ると午前9時。いい時間だ。
「……行くか」
刀を装備して俺は宿を出る。
攻略のために俺は迷宮へと足を運んだ。
ーーーー
「……はっ!」
短く息を吐き、更に踏み込む。
ギリギリ相手の攻撃が届かないところから刀を振り抜く。
ソルジャー型のモンスターはそのままHPが0になりポリゴンの欠片となって崩れ落ちた。
いい具合にマッピングも進んだ、今日はここまででいいだろう。
そろそろ帰るか。刀を納刀する。
転移結晶というものもあるが高価なので滅多に使わない。
一応1つだけ持っている、緊急時に使うためだ。
「よっ、エイトマン」
「じゃあな」
後ろを振り向いたら黒いあいつがいた。
そう、キリトだ。
「おい待て待て。マッピング中か?」
「今終わったところだ、じゃあな」
「まだ11時だぞ……」
「飯食うんだよ、じゃあな」
「よし、じゃあ一緒に食いに行くか」
くっそ、空気読まねぇなこいつ。俺の帰りたいオーラを感じ取りながらも無理やり話してきやがる。
リア充なら空気読んで去れよ。……いやリア充ならサービス開始直後にinしないか。
「……わかった」
引く気が無いと見た俺はとりあえず了承した。
別にこのあと何かするっていう予定もなかったしな。
キリトは小さくガッツポーズをしていた。何、そんなに俺のこと好きなの? ホモホモしい路線はちょっと海老名さん思い出すのでやめてください……。
キリトがオススメやらここがいいやら言って俺はよくわからない店に連れていかれた。
飯はいつもパンか自分の料理スキルでラーメンを作って食べてたからこういうところは初めてだ。
周りでご飯を食ってる他のプレイヤーがコソコソ何かを話している。全ては聞こえないものの"黒"やら"剣士"、"影"とか聞こえる。多分黒の剣士だな。
んでその近くにいる俺はよくわからない影が薄い野郎……なんだこの自己分析。
「エイトマン、目が死んでるぞ」
「常時そんな感じだから気にするな」
キリトが勝手に頼んだセットをもぐもぐと食べる。うん美味しい。
「そういや、これ何コルだ?」
「いいよ、俺の奢りだ」
「まじ? なんか裏ないだろうな」
「ないから安心して食え」
苦笑するキリト。本当にいいんだな……ふりじゃないぞ。
よくわからない肉が入ったシチュー、それに柔らかいパン、あとはミルクのセット。和風じゃないのが残念だが洋食もなかなかだ。
欲を言えば小町の手料理が……うぅ、小町……。
「美味しいだろ?」
「ああ。働かないで食う飯は美味い」
「何言ってんだ、この後迷宮攻略に行くんだから働くだろ」
「…………は?」
思わず食べる手が止まる、え、なに、そんなの聞いてないよ! 八幡聞いてない!
「奢りって……」
「奢りだぞ、でも迷宮には行くぞ」
「裏もないって……」
「ああ、だからこれはただのお願いだ」
こ、こいつ……! 俺を嵌めやがった!
人に奢られて何もせずにはいられない、俺の優しさを利用したな!
仕方ない、今回は俺が引こう。美味しい店という情報を買ったと思えばいいんだ。
急いで飯をかき込み、立ち上がる。
「さっさと行くぞ」
「そんな怒るなよ、お前と一緒に攻略するの結構楽しいんだからな」
「俺は終わったと思ったらまた降り掛かってくるタイプのことが一番嫌いだ、つまり働きたくない」
「…………将来こうはなりたくないな……」
「人を騙すようなやつはもう遅いぞ」
満腹になって眠いのを我慢しながら俺はキリトと共に再度25層の迷宮へと向かった。
「スイッチ!」
前にいるキリトと後ろにいる俺の位置が入れ替わる。
キリトによってHPを半 6.7割ほど削られた3体のモンスターに向かって俺は刀を振る。
スタンしているモンスターは簡単に切り裂かれた。
範囲攻撃なので3体纏めて、だ。
「エイトマン、攻撃力もなかなか高くなってきたな」
「武器が違うんだよ、刀と短剣を比べるな」
キリトがその気になればあの程度のモンスター1.2発で沈められるだろう。このパワー厨が。
「なんで刀使い始めたんだ?」
「あ? 敏捷依存のスキルあるしリーチ長いしDPS高いからだ」
「エイトマンらしい理由だったな」
「なんだよ俺らしいって」
キリトと2人合わせてばったばった敵を薙ぎ倒していく。うん、ソロよりやりやすいな。
無言で進んでいくとキリトが耐えられなくなったのか話しかけてきた。よし、無言耐久レースは俺の勝ちだな。
「そういえば、今の攻略組でのトップはエイトマン、アスナ、ディアベル、ヒースクリフ、俺らしいぞ」
「あん? トップが5人いたらそれはトップじゃねぇだろ」
「そういう捻くれたのはいいから……ほら、これ」
キリトがウィンドウを開きこちらに見せてくる。見てみれば、アルゴが毎週発行している週刊誌の質問コーナーだった。
今回の質問コーナーは攻略組への質問みたいだ、ちなみに前回はリズベット武具店への質問だ。
「攻略組で一番かっこいい人は……ほうほう、んで?」
なんだこれ? と目でキリトに問いかける。
「ここの欄、攻略組で一番PvPしたくない相手は? ってところ、エイトマン1位だろ」
「一層でのことがあるからな」
「いやいや、敏捷極振り+隠蔽スキルでのヒットアンドアウェイ戦法とか誰も戦いたくないぞ、いつの間にか後ろに回られそうだーーーーーーってそうじゃなくて、ほらここも」
キリトが指さしたのは、攻略組で一番強いと思う人は? という質問のところだ。
「エイトマン、5位だぞ」
「微妙すぎてなんとも……てかお前2位……」
「ラストアタックよく取ってるからな、多少は仕方ない。でもエイトマンの強さも認められてるぞ?」
「一層でのことがあるから少しだけ名前が広がってるんだろ。聞いたことあるから票入れてやろう、的な奴らが多かったんだよ」
ちなみに1位はヒースクリフ、あのタンクおっさん……防御力硬すぎて誰もHPゲージが黄色になってるのを見たことないとか。
3位はディアベル、片手剣と盾を使って堅実に戦うスタイルだ。
4位はアスナ、まあ言わずともわかるだろうがレイピアでの高速剣技だな。
んで5位が俺……キリト曰く敏捷極振り+隠蔽スキルでのヒットアンドアウェイ戦法らしい。俺は逃げ回って一発一発ダメージ与えてるだけなんだけどなぁ……。
「それに皆二つ名とか付けられてるんだぞ」
「ああ、黒の剣士とか閃光のアスナとかだろ」
「エイトマンのはなーーーーーー」
「やめろやめろ、中二病時代を思い出しそうだ」
「なんでだよ、カッコイイじゃないか」
そうか、こいつの歳はだいたい中一〜中三くらいか。こういうのにはどストライクの時期か。
「……将来恥じ掻かないようにだけ気をつけろよ。年上からの忠告だ」
「お、おう……」
「マッピング、続けるぞ」
「なんだよ、結局やる気あるじゃないか」
「今すぐ帰りてぇよ」
そんな雑談を交えながら俺らは迷宮を進んでいった。
ーーーー
かれこれ数時間、俺たちはボス部屋の前に立っていた。
「まさかボス部屋見つけるまで帰らせてくれなかったとは……」
「いいレベリングにもなっただろ、あと目がいつもより腐ってるぞ」
「疲れてんだよ、もういいだろ? アルゴには俺から伝えるから帰っていいか?」
「そうだな、いい時間だし……あ、忘れてた」
「なんだよ」
早く帰りたくて足がうずうず……いや寧ろ疲れてガクガク。
と、思ってたらメッセージが届いた。誰だ……。
見るとキリトからのフレンド申請だった。
キリトを見るとニッコリ笑っている。
「後ろはボス部屋、前は俺が塞いでいる。フレンド申請受理しなきゃ通さないぞ」
「何お前、どんだけ俺とフレンドになりたいの」
「友達だからな」
はぁ、と溜息をつく。友達か、ずいぶんリア充になったな俺も。
でも俺にもプライドはある、野菜の国の王子様ほどではないがちっぽけなプライドがある。
そっちが強行手段に出るなら、こっちはシステム的に有効な手段に出るぞ。
「いいんだな、俺とやり合うってことがどんなことかわかってるんだな」
「エイトマン……フレンド受理するだけだぞ」
「転移!」
「あっ、おい! 転移結晶なんて高価なものをーーーーーー」
街に戻り宿に直行した。