一夜明け、ボス攻略の日となった。
ボス部屋の前で、ディアベルが先頭で士気を上げている。
その行為も、もう終わったようだ。
「皆、準備はいいな」
ディアベルがゆっくりとボス部屋のドアを開ける。
ボスの名前はイルファング・ザ・コボルト・ロード。なげぇ、略して雑魚ボルトでいいよ。大して略せてない。
雑魚ボルトにしてはなかなかの風格を放っている。ボスとなると威圧感が違う。
「まあ俺らはボスとは戦わんけどな」
ルイン・コボルト・センチネルが俺らの受け持ちだ。
そこらの雑魚モンスターよりは強い雑魚モンスターだ。なにそれややこしい。
「全軍! 突撃ぃぃっ!!」
ディアベルの声を合図にみんな雄叫びをあげながらボスへと切りかかる。
「キリト、行くぞ」
「エイトマンがやる気を見せる日が来るとは……」
「うるせえ」
こちとらさっさと現実に帰って小町と戸塚に抱きつきたいんだよ。
一瞬だ。
俺は隠蔽スキルを使いターゲットから外れる。
そして、鍛え上げた敏捷値にものを言わせコボルト達の脇を通る。
すれ違いざまに全員ダガーでダメージを与える。
「クリティカルは出したんだがな、やっぱHP高ぇ」
「やっぱり……エイトマンは速い、なっ!」
ヘイトを集めた俺へ襲いかかるコボルトをキリトが容赦なく真っ二つにしていく。
「攻撃が足りなきゃ意味ねぇよ」
「武器、変えたらどうだ?」
ズイ、と大剣を見せつけてくる。
俺は横に首を振る。
「ないな。身軽なダガーこそ最強だ。コソコソ逃げ回って削るのまじ神、おっと」
「陰湿だなぁ……っと」
ポップしたコボルトをキリトと俺で滅多刺しにする。
「ボス戦だからな、もう無駄話はやめるぞ」
「……おうよ」
キリトに咎められた。
初ボス戦、死んだら終わりのデスゲーム。
緊張感で頭がおかしくなりそうなのをキリトとのお喋りで誤魔化す。
アスナはというとキリトの後ろに引っ付いている。俺が知らないところで何かあったんですかね……。
再びポップしたコボルトに向かって俺はダガーを構えた。
「はぁっ!」
コボルトの首を切る。クリティカルは出たが致命傷は与えられてない。
やはり攻撃力が足りない。
そんな俺をカバーするが如く、コボルトを真っ二つにするキリト。
しかし運が悪くキリトが攻撃をやめたと同時にほかのコボルトがポップする。
「っ!」
が、そんなコボルトを滅多突きにするアスナ。
「もう少し周り見てよね」
「エイトマン、ポーション飲め」
「……! サンキュ」
キリトとアスナが俺を守っている間に俺はポーションを飲む。
俺はほかのヤツらより身軽にしているので、一撃一撃がかなりのダメージになる。
総体的にはキリトやアスナと同じくらいしか攻撃を受けてないがHPの減りは俺が一番だ。嬉しくねぇ一番だなおい。
「回復したぞキリト、アスナ」
「いい具合に全員HP減らしといたぞ」
「了解」
スイッチの掛け声で俺はキリト、アスナと前後交代をする。
ダガーを構え、ソードスキルを発動する。
《ラビット・バイト》
ダッシュして、すれ違いざまに標的を切りつけるソードスキルだ。
これは溜めれば溜めるほど、一気に遠くの方まで切りつけられる。
俺は三秒ほど力を溜める。
グググ……と足に力が入る。
シュン、と風を切る音がしたかと思うとコボルト六体がポリゴンの欠片となって崩れた。
「相変わらず速いな、それ熟練度200のスキルだろ?」
「敏捷値が高ければ威力も高くなるからな、俺にピッタリだ。それに遠くまで行けるから切りつけた後に攻撃される心配もない。ローリスク・ミドルリターンだ」
「本当にピッタリだな……っと、そろそろボスが武器チェンジしてくるぞ」
そんな情報があったな。βテスターに感謝だ。
確かHPが減ると、曲刀に武器を切り替えてくるのだ。
ボスは手に持っている剣と盾を放り捨てる。
まああの人数なら平気だろう、俺は安堵の息を漏らしていた。
しかし、事態は悪化した。ある男の発した言葉が原因だ。
「皆! 下がれ!」
ディアベルだ。
なに、今なんて?
「俺が仕留める!」
「馬鹿野郎、何してんだあいつ……!」
周りの連中は素直に下がっている。
俺は急いでディアベルの方に駆け寄ろうとするが、またポップしたコボルトに道を阻まれる。
「くそ! 邪魔だっ」
ボスが手に持っていたのは太刀、情報と違うっ!
俺の近くにいたコボルトが突如ポリゴンの欠片となり、前が見えた。
「エイトマン! 俺じゃ間に合わない!」
「わかった!」
キリトが俺の取り巻きを倒した。キリトじゃ間に合わない、俺がやるしかないのか……!?
「おおおおっ!!」
「くそっ……やめろディアベルっ!」
間に合うか……っ! 俺は直感的にこの前目にしたスキルを発動させた。
《瞬間瞬足》
これに合わせてラビット・バイト、距離は大丈夫だ。溜めなしでいきなり発動させた。
太刀が今にもディアベルに切りかかる、その寸前に俺はラビット・バイトの勢いでディアベルを横に押し倒す。
頭上を太刀が切り裂いた。あと一歩遅かったら死んでいたかもしれない。
「ディアベル、馬鹿野郎! 何してんだ!」
急いでポーションを取り出す。俺のソードスキルで少しばかりダメージを与えてしまっている。
「エイトマン……か」
「俺の名前は覚えてるとはな、あとで言い訳は聞くからこれ飲め」
無理やりポーションを飲ませる。
「エイトマン……君に頼みたいことが、ある」
「なんだよ、ボス戦後じゃダメか」
「ラストアタックボーナス……それを手に入れて、取り合いにならないようにしてほしい」
「ラストアタックボーナス……ああ、なるほどな。わかった」
恐らくラストアタックボーナスとは、トドメをさした人に送られるアイテムのことだろう。
それで取り合いになることを恐れたディアベルは自分から……辻褄が合う。
「ディアベルを回復させといてくれ」
近くにいたやつに言う。
俺はダガーをボスに向かって構える。
要は、ラストアタックボーナスを取って喧嘩にするなってことだろう?
だけど普通に俺が取っただけだとこのあとディアベルは責められる。βテスターってのもバレるかもしれない。
なら、俺が、比企谷八幡がやるべきことはなんだ。
「ゲームでもこれか」
引きつった笑みを浮かべながら俺はボスに向かって走った。
《瞬間瞬足》のデバフ時間の10秒が過ぎた瞬間、俺は隠蔽スキルを使い駆け出す。
「おらっ!」
完全に死角から攻撃をする、ボスの足の関節を綺麗に切る。
そうするとボスはダウンした、よし、時間は稼げた。
「エイトマン!? いつの間に!」
キリトの索敵にも引っかからないレベルになったみたいだ、ステルスヒッキーここにあり。
そんな冗談口に出す暇はないがな。
「いいか、よく聞け。ディアベルからの指示だ!」
その一言でまず周りのヤツらがザワつく。
「ディアベルは負傷したから前線に出てこれない! ここからはあの剣士、キリトの指示で動け! とのことだ」
「はぁ!? 俺!?」
「とりあえず俺が時間稼ぐから作戦内容でも伝えといてくれ、頼んだ」
キリトの肩に手を置く。
キリトは頭をガシガシかくが、納得した表情で頷いた。
「俺が死ぬ前までには頼むぞ」
「そこは、倒してくる、だろ?」
「死亡フラグは作らない主義だ」
すぐさまボスに向かって走り出す。
とりあえずターゲットを俺から逸らさないようにする。
「っと! あぶねぇ」
太刀の間合いはかなり大きい、間一髪で避ける。
10秒、20秒、30秒と経過する。
いくら俺の敏捷が高くても攻撃を全て避けられるわけじゃない。
何発か掠ったりもする。
耐久が薄いのでHPはガンガン減る。
そろそろやばい、と思ってた時、ボスの太刀が弾かれた。
「悪い、遅くなった」
「それで、作戦は?」
「全員で攻撃。残りのこのHPなら平気だ」
気づいたらボスの最後のHPバーが4割を切っていた。
俺の攻撃力はそこまで高くないが、チリツモというやつだな。
チリツモってのは塵も積もれば山となるの略称だ、テストに出るぞ。
「おおおおお!! キリトに続けえええ!」
「おらぁっ!」
後ろにいたヤツらがボスに攻撃を始める。
これなら、勝てる。
しかしディアベルからの依頼を達成するにはーーーーーー
「キリト、現時点での最高火力出すわ」
「……あと少しで倒せるのにやる意味は?」
「ディアベルからの依頼だ」
「…………わかった」
キリトは深く聞かずにボスへと向かう。
その間に俺はソードスキルの準備だ。
消費MPが今の俺の最大MPとほぼ同じなのでMPポーションを飲む。
よし、行くぞ。
「キリト!」
「よし、皆、退け!」
俺の前にいたやつが左右に分かれる。
綺麗にボスへの道ができた。
ボスと目が合う。なんだよその目。
ポリゴンの塊が俺を殺すのか?
ポリゴンごときに殺されてたまるか。
やれるもんならやってみな。
「《ミラージュ・ファング》!」
一気にボスとの間合いを詰める。
太刀の攻撃が入らないところまで一足で進み、膝のところを5連撃。
崩れたところで、最後の1撃を胸に突き刺し、風穴を開ける。
ボスは断末魔をあげたあと、ポリゴンの欠片となって消えた。
「終わった……のか?」
誰かが呟いたと同時に、Congratulationsの文字が浮かび上がりクエスト報酬が入る。
俺はその中にラストアタックボーナス《コート・オブ・ミッドナイト》を確認した。
皆が喜びあってる中、一際大きな声が聞こえた。
「なんでや! なんでディアベルはんは1人で突っ込んだんや!」
やはりな。そう言われると思ってた。
奉仕活動が染み付いているとは考えたくないが、帰ったあと奉仕部の活動を停止したとは言いたくないしな。案外気に入ってたみたいだ、あの部活。
解決の仕方は、リアルでもゲームでも変わらないようだ。
「なんでや! 答えろや!」
「それは……」
ディアベルが苦い顔になる。
ディアベルはラストアタックボーナスを自分で取って、争いを事前に止めようとしただけだ。
ラストアタックボーナスなんてものがあったら皆、我先にとボスへと向かうだろう。
そのせいで犠牲者が出たらたまったもんじゃない。
ーーーーーーだが、失敗した。
「もしかしてやけどな、最後に一撃入れたやつにはなんか報酬があったりするんじゃないんやろか!? そうなんやろ!」
キバオウの言葉に周りの奴らもざわざわしだす。
ところどころ、非難する声も聞こえる。
「答えろや!!」
ここだ。
俺はキバオウが叫んだあと、一瞬静かになったタイミングで笑い声静かに喉から漏らす。
初めは忍んだ笑い声。だが静かになった場所ではそんな声も反響して耳に届く。
「ククク……アッハッハッ……」
どこぞのボスキャラのような笑い方をしているとみんなの不思議に思うような視線が集まる。
その中にはキリトやアスナ、ディアベルも含まれていた。
キバオウは肩をわなわな震わせ叫ぶ。
「何がおかしいんや!」
「いや? 何にもわかってないんだな……ってな」
はぁ? といった顔を向けるキバオウ。俺は説明を続ける。
「俺がディアベルに頼んだんだよ、最後の一撃はお前が決めろってな」
「な、なんでそんな事を……」
キバオウの近くにいるやつが聞いてきた。
用意しておいた言葉を即座に返す。
「そんなの、これを取るに決まってるからだろ」
俺はウィンドウを操作し、手に入れた装備《コート・オブ・ミッドナイト》を装備する。
周りの奴らは目を見開く、がそれを無視し俺は話を続ける。
「ラストアタックボーナスだ。ディアベルに取らせた後、これをコルと交換しようと思ってたんだが……まあ、失敗した。だから、直接俺が取ったんだよ」
「そ、そんな……ディアベルはん! そうなんか?」
「い、いやーーーーーー」
ディアベルに答えさせる暇は与えない。
間髪入れずに俺が答える。
「そいつは全然使えなかったよ、それにこの装備も全然ダメだ。そもそもおかしいと思わなかったか? なんで武器を変えたボスに向かって俺が1人で時間を稼げたか」
「まさか……」
「そうだ、俺はβテスターだ、βテスター時にもっと上の階で同じ武器を使っているモンスターと戦ったんだよ」
「ふ、ふざけんなや! おかしいやろ!」
「うるさい、言っておくがお前らがどれだけ俺嫌おうと関係ない。俺はボス攻略にも参加するし迷宮にも潜る。だがな、PKしようとしてきたやつには容赦はしないぞ」
《コート・オブ・ミッドナイト》を仕舞う。
キバオウ達に背を向け、第二層への扉に向かう。
「現時点じゃお前らは俺には勝てない。ここでの戦いでわかっただろ」
「この装備はいらん、βテストの時と違う、俺には必要ない。指揮を務めたキリトに譲る」
「おっ、おい……エイトマン!」
これでいい、キリト、ディアベルはこれから先必要な人材だ。
ゲームでもぼっち確定か。
まあいい、PKにさえ気をつければ今まで大して変わらん。
「エイトマン。そのやり方、俺は嫌いだ」
「ああ、そうかよ。じゃあな」
ーーーーーーやはり俺の解決の仕方は間違っているのだろうか。
しかし、俺の生き方は変わらないのだろう。
ここでも、リアルでも。
ディアベル生存ルート、一度書いてみたかったです