緑色の幻影と、青色の情熱。   作:ブループロセスチーズ

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四章 彼女たち色の物語

五章

 

「おっはよーございまーす!!」

「おはようございます、プロデューサーさん!!!!今日は一段と元気ですね!!なにかいいことでもありましたか!?!?」

「おはよー茜ちゃん、特には無かったけど、今日はいい天気だよ!!!」

「そうですね!いい天気なので走っt「ちょ、キミ今から仕事でしょ!?」ああそうでした!」

 

すいません!!と小柄な体から大きな声を出しながらもう一度ソファに座り直す。彼女はは、この事務所に所属する日野茜十四歳、栗色の、少し癖のついたような髪が特徴で、何より元気な女の子だ。アイドルになる前はラグビー部のマネージャーをやっていたらしいが、アイドルになってからはたまに手伝にいくらいになってしまったと言っていた。

全く、今日も朝から元気なことだ、なんて人に言えた話ではないか。

 

「おはようございます、北条さん」

「おはようございますちひろさん、昨日はいきなり帰ってすみませんでした」

 

いえいえ、これも仕事ですから、と返すちひろさんに頭を下げる。今度なにか軽いお土産でも持ってこよう。

さて、ざっと見回しても今いるのはこの二人だけか、なんて思ってると

 

「おはようございま〜す・・・」

 

かちゃ、と消え入りそうな声と共に事務所の扉が開く。

 

「奈緒おはよーーー!!昨日は心配かけてごめんね!?頭痛は前から結構あったんだけど、奈緒がいる時には初めてだったから心配させちゃったよね!?」

 

ごめんねーとまくし立てながら抱きつくと、奈緒は目を白黒させながらも「お、おう、無事なら、よかったんだ。無事なら」と返してくれる。

さて、と一息ついて距離を置き、

 

「ところで、奈緒はなんでまた今日も事務所に来たの?」

 

「や、別に来るなって意味じゃないんだけど」と付け加えながら言う。今日も、別に予定は入れてなかった筈だ。

 

「ああ、これからさ、ちょっと文化祭の準備が忙しくなる、って伝えるの忘れててさ。今日来たのはそれだけなんだけど・・・」

 

奈緒は歯にものの詰まったような言い方をする。やっぱり、なんだかんだ昨日のことを心配してくれているのだろう。

 

「んー、あたしは今日は茜ちゃんと合流してからロケ行くんだけど、ちょっと時間余ってるからゆっくりして行きなよ。ちひろさんもいいでしょ?」

 

首を回してちひろさんに水を向けると、苦笑いしながら「構いませんよ」と返してくれる。

 

「だってよ、奈緒。それとも、他になにか予定あったりした?」

「いや、えーと、特には無いんだけど、一つだけ。一昨日コップ割れちゃったから、替えのコップを買いに行こうと思ってるんだよね」

「ふーん。じゃーそれ、付いてっていい?」

「へ!?」

 

当然のように言うわたしに目を白黒させる奈緒。相変わらず、からかい甲斐があってほんとにかわいい。

 

「んー、茜ちゃんもちひろさんも来る?こういう時、人は多いほど楽しいでしょ?」

「そうですねぇ、時間があるということでしたら、日野茜、喜んでお供させていただきましょう!!!」

「そうですね、ちょうどお昼もまだですし、みんなでお昼というのもたまにはいいかもしれませんね」

 

茜ちゃんは案外簡単に答えてくれたし、ちひろさんも、相変わらず苦笑いしながらだけど了解してくれた。

 

「さて、そういうわけでしゅっぱーつ!」

「ちょ、え、だから、なんであたしを無視して話が進むんだよ!?」

 

うがー、と吠える奈緒に茜は子犬のように挨拶に行き、その間にわたしたち大人組は事務所を片付けておく。そう言えば、この二人がきちんと顔を合わせてるの今回初めて見たな。

さて、と全部の窓や火元の確認が終わる頃には奈緒の憤慨もいくらか収まっていた。

 

「あはは、ごめんごめん、ポテト奢るから許してよ」

「いやポテトって、それ北条さんが食べたいだけじゃん!?」

「えへへ、ばれた?」

「ポテト、あたしも食べたいです!!ちなみに奈緒さんはどこのポテトが好きなのですか!?」

「だー、声がでかい!」

「一応ビルの中なので、声は静かにお願いしますね」

 

みんなで軽口を叩きながら街に繰り出す。なんのかは忘れたが、祝日なだけあって人が多い。ようやく八月の残暑も和らぎかけてるというのに、これじゃあ人の体温だけで暑苦しく感じてしまう。

その日は、成り行きで事務所全員分のお揃いのコップが揃えられた。

 

 

 

、、、、、

 

 

 

九月も本当に残り少なくなり、いよいよ学校全体が文化祭の準備に動き出した。

奈緒のクラスでも、衣装や演出、小道具の作成などの細々とした動きも目立ちだし、何より、放課後に教室以外の場所を使った練習が行われ始めた。

今日は、本番で使う体育館で練習させて貰っている、

 

「あらごめんなさいシンデレラ、手が滑って作ったくれた朝食を全部こぼしてしまいましたわ!もう一度作り直してくれるかしら?」

「はい、おねえさま」

 

がちゃん、という音と共に空の食器が舞台に落ちる

今は、最初の方のシンデレラが義理の姉にいじめられてるシーンだ。

一人でやっていた時はよくわからなかったが、なるほどいじめられるのはこういう気分なのかと少しの実感が湧いて来た気がする。ただ、なにか物足りない気もする。

 

「はーいおふたりさんちょっと休憩するよー」

 

未央が軽く手を打つ音で我に帰る。

 

「おつかれ奈緒ちゃん、大丈夫だった?」

「ん、大丈夫だよ、心配してくれてありがとな、まゆ」

 

座り込んでるあたしに手を差し伸べてくれたのは、先程のシンデレラの継母の娘役をやっている佐久間まゆだ。赤に近い深いボブの黒髪が特徴で、読モをやっているという話も聞いたが詳細は知らない。まったく、奏もまゆも、二人揃ってただの学校の制服で随分と熱演してくれる。

それでこそ、張り合いがあると言うものだけど。

ふと、思いついたことを聞いてみる。

 

「なー、まゆ?」

「なにかな?」

「まゆはなんでこの役引き受けたんだ?役とは言え人をいじめるなんて、嫌じゃ無かったのか?」

「それは、あたしじゃないとだめだと思ったからです」

「へ?」

 

ほとんど躊躇い無く返事が返って来て戸惑う。

 

「だって、かわいい女の子をいじめて、最終的に不幸な状況に陥る。そんな役目、他の子に任せるワケにはいけません」

「・・・それは、なんでまゆならいいと思ったんだ?」

 

彼女の鮮やかに黒い瞳に込められた静かな強さに気圧されながら聞く。

 

「あたしには、心に決められた人がいます。その人の為なら、たとえどんな状況からでも這い上がれる、そう思ってるし、それだけ強くありたいんです」

 

なんて、カッコつけすぎましたかね、と途端に恥ずかしげに俯く。

 

「いやいや、すごく参考になったよ、ありがと」

 

なんて話し込んでいると、周囲ががたがたと鳴っているのに気づく。見ると、小道具やらの撤収が始まっていた。

 

「なんか調子もいいみたいだし、今日は早めに上がることにしたから、まゆちゃんもかみやんも、おっつかれー☆」

 

未央がこちらへ歩いて来ながら言う。なんだか、文化祭の用意を始めた頃より少しやつれて見える。と言っても、みんなそんなものだし、それ以上にこの状況をみんなも楽しんでいるのだ。

 

「うん、みんなありがとな!」

「みなさん、今日もありがとうございました」

 

とりあえず全体に声をかけ、片付けていた連中と一緒にわかる範囲で片付けを手伝う。

片付けを手際よく終わらせて教室に戻ると、隅の机で寝転がっている人影を見つける。

 

「おーいこずえーおーきーろー」

 

そのまま放置するわけにもいかずに肩をゆする。寝そべっている机の上には、何枚か服の絵が書かれた紙が散乱している。そういえば、今回の文化祭では衣装のデザインを作りたい、といつも消極的な彼女には珍しく自分から頼み込んだんだっけか。

 

「んん〜、あ、なおだ、おはよ〜」

「おはようじゃないだろこずえ、もう帰る時間だって」

「、、あー、今日見たいアニメが」

「はいはい、わかったからとりあえず帰る用意して」

 

のそのそと二人で帰る支度をする。

机が色々散らかっていたせいでちょっとだけ片付けが遅くなり、支度が終わった頃にはほとんどの人が帰ってしまっていた。

 

「みんなおつかれ、また明日な!」

「じゃあみんな、またあしたねー」

 

ぱらぱらと返ってくる返事を背に教室を後にする。

てくてく、というような擬音が似合う速度で歩く。学校の敷地を越えたあたりで、奈緒が口を開く。

 

「それで、なんであんウソついたんだ?あたしは、意味も無くウソつくやつは嫌いだぞ」

 

こずえはアニメが見たいから帰ると言っていたが、あたしとこずえは同じルーチンでアニメを見ている。だから、今日、これくらいの時間から帰っても見るアニメが無いことはわかっているのだ。

案の定、「えへへー」と決まり悪そうに頭をかく。

 

「見たいアニメがある、って言うのは、嘘じゃないよ?」

「・・・??」

「奈緒は今日、時間あるー?一緒に、見て欲しいんだけど」

「お、おう。今からか?」

 

ふふ、といつもより少し楽しそうにこずえが笑う。その足取りがいつもの眠たくふらついたものよりより軽く、なんだか混乱が深まる。

 

 

 

、、、、、

 

 

 

 

「おじゃましまーす」

「どうぞー」

「あら〜奈緒ちゃんじゃない!いらっしゃい!」

 

こずえの家にお邪魔すると、いつも通りこずえのお母さんに熱烈な歓迎を受ける。

 

「奈緒ちゃんいつもありがとね〜ほんとにいつも感謝してるのよ〜」

「いやいや、あたしもやりたくてやってるだけですから」

 

どうもこずえは、小さい時からこの眠気を隠さない姿勢のせいで友達がほとんどいなかったらしい。なので、あたしがこずえとよく家に遊びに来るのがお母さんとしてはいたく嬉しいらしい。もっともこずえ本人は、友達が少ないのを気にしているそぶりは無いが。

 

「今日もまたアニメ?だったら何か飲み物と軽いおやつでも用意しちゃうから、ちょっと待っててね」

「いつもありがとうございます」

 

玄関でいつものやり取りを済ませてこずえの部屋に行く。

きぃ、と部屋の扉が軽い音を立てて開く。まず目に入るのが左手のピンクのベッド、その上の壁に貼ってある魔法少女もののポスター。右手には割と大きめのテレビ。

わざわざ個人の部屋にテレビが置いてあるのは、アニメにハマった頃にこずえがやたら頑固にねだったかららしい。と、こずえのお母さんから聞いたのだが、「初めてこんなにわがまま言ってくれたのよ!」と笑顔で付け加えていて、なんとも親バカな一面を垣間見た。

なんて思い出してる間に、こずえが慣れた手つきでDVDデッキの準備を始める。用意しているのは、有名な、随分昔にアニメ化された映画版のシンデレラだ。だいぶカバーが擦り切れてるから、きっと何度も見返したのだろう。そのパッケージを見た時点で、なんとなく納得したので特に何み聞かなかった。

部屋にオレンジジュースとゼリーを持ってきてくれたこずえのお母さんにお礼を言って、いよいよ鑑賞会が始まる。

 

「あたしはねー、やっぱりシンデレラは納得できないの」

「へ?いきなり何言ってんだ?」

 

と言うか、わざわざDVDを見るタイミングで言うセリフだろうか?

 

「最初に見た時は、こころがきらきらふわふわして、憧れたりもしたけど、やっぱりほとんど他の人に用意されてるような気がするの。それに気づいてから、なんだか素直に楽しめなくって。まぁ、わたしも、多くのひとに助けてもらってるんだけど」

 

そう言うこずえの顔を横目にに見るといつものぼんやりした眠そうな顔はなく、なんだか寂しそうな顔をしていた。

 

「・・・じゃあ、話を変えてもらうか?」

「え?」

「だって、納得できてないのに一番いいものなんてできないだろ?まだ時間もあるし、頼んでみるくらいはしてみてもいいんじゃないか?」

 

言いながら「あたしらしくも無いな」と思った。あたしは、もうちょっと冷めた人間だと思ってた。だけど、高校の文化祭程度のイベントなのだ。ちょっとのわがままくらい言っても、バチは当たらないはずだ。

 

「・・・やっぱり奈緒は、優しいねー」

「な、ちょ、今はあたしの話はしてないだろ!?それよりほら、始まっちまうぞ!」

 

恥ずかしさを誤魔化すように声を出す。こずえはくすくす、と楽しそうに笑いながら画面に向き直る。くそう、みんなしてあたしのことをいじりやがって。いつか見返してやる!

その日久しぶりに見たそのアニメは、なんだか子供の頃に見た時よりも、記憶の中の感動より色あせてしまったような気がした。女の子として憧れはするけど「そうなりたいか」って考えた時、なんだか素直になりたいって答えられそうにない気がした。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

次の日の朝一で誰に話を持っていけばいいかわからなかったので未央に相談してみたら「放課後まで待っててね!」と元気よく返され、その日の放課後には脚本担当の子に引き合わされ「できれば大幅な変更はしない方向で☆」と丸投げされた。どうやら、小さいながらも色々なところに支障が出て忙しいらしい。「あたしらみたいなわがままを安請負するからだろ」とかちょっと思ったが、これからもわがままを言うことになりそうなので黙っておいた。ごめん。

 

「それで、ボクらの紡いだ物語に物申したいと言うのは、キミかい?」

「えーと、まあそういうことになるのかな?」

 

それで今は、引き合わされた脚本担当の二宮飛鳥という子ががめちゃくちゃ濃い感じの子で戸惑っている。見た目的にはやたらボーイッシュな美少女というだけだが、話し方がやたら遠回しでわかりづらく、この前街中で見かけた時はだいぶパンキッシュというか、目立つ格好をして、その上やたら長いエクステまでつけていた。一生のうちで関わることになるとは思ってもみなかったタイプの人で、本当にどうしたらいいかわからない。

 

「具体的には、どういうところが気に食わなかったと言うんだい?」

「や、気に食わなかったと言うかだな、ちょーっとだけ変えて欲しいなー、ってところがあって・・・」

 

とにかく、当たって砕けろと昨日映画を見ながら考えていた案を話す。

 

「へぇ、それは、面白い。その案は一度提案したんだが、断られてしまったんだ。主役の後押しがあれば、今度は通るかもしれないな。その脚本も慰みに書き上げてみているんだ」

 

どちらかと言うとそっちの方が気に入っていたんだ、と言いながら、にぃ、と飛鳥が邪悪な笑みを浮かべる。どうやら、気に入っていただけたようだ。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

キュ、と上履きを鳴らしながら自分の机に向かう。カバンからやたら重厚な、鍵となぜか鎖まで付いたノートを引っ張り出してパラパラとめくっている。お目当のページが見つかったのか、そのノートをこちらに持ってきて見せてくれる。

 

「これが、その脚本さ。まさか、物語の主人たるキミにこの話を持ちかけられるとは思わなかったよ。人生とは、実に奇妙なものだね」

 

くすくす、と笑う飛鳥に軽くお礼を言って読ませてもらう。隅の方にお世辞にも上手いとは言いにくい絵で書かれた「傷ついた悪姫ブリュンヒルデ!」とか、謎のポエムとかは気にしないことにした。多分本文に関係無い。

 

「どうだい奈緒、キミは気に入ってくれたかい?」

「・・・最高!!ありがとな、今から直談判に行こうぜ!!」

「ちょ、キミは随分性急だな!?」

 

嬉しくて、つい腕を掴んで走り、だそうとして帰ってきた未央を見つける。

 

「いた、話はまとまったぞ!」

「ふふ、既に用意した物語を、彼女はいたく気に入って貰えたようでね」

「ちょ、きみら意気投合すんの早すぎない!?」

 

二人して興奮しながらずいずい、と詰め寄って戸惑う未央にまくし立てるように説明する。

話を一通り聴き終わった未央が苦笑いしながら口を開く。

 

「まあ、薄々そんな気はしてたんだよねー。いいよ、そのための段取りも今してきたし」

「「いまぁ!?」」

「うん、今☆」

 

二人声を揃えて驚く。もし提案が違ったらどうすんだとか、予感がしてたんなら最初からそうしてくれとか、言いたいことはいくつかあったけど飲み込んだ。結果オーライというやつだ。

 

「じゃあ、誰かさんのせいでこれからちょーっと忙しくなるけど、いっちょ頑張りますか☆」

「うぐぅ・・・ま、まあ、ありがとな!!」

「礼を言われるほどのことはしてないさ」

「それはもっとこれからいろんな人に言うことになるから、とっといたほうがいいかもよ?」

 

三人とも、自然に笑いが溢れる。これか大変になるだろうに、それをわかった上で。

確かな手応えを感じながら、彼女たちはまた次の一歩踏み出した。


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