と、勢い込んだほはいいものの。
「それで、」
「なに、北条さん?」
キラキラ、とした表情の神谷奈緒。だが、
「あたしはまだキミの名前を聞いてないんだけど?」
「へっ!?」
である。
恥ずかしいのか少々謎な動きをした後、
「うぇえー、と、ごほん。
自己紹介が遅れてごめんなさい、北条さん。
改めて、あたしは神谷奈緒。十七歳。これからよろしくな、プロデューサーさん」
「はい、私の方からも改めて、私の名前は北条加蓮。346プロ所属の、プロデューサーだかスカウトだか、まあそんなことやってるんだ。これからよろしくね」
改めて、握手を交わす。
、、、、、、、、
「たっだいまかえりましたー♪」
ばぁん、と上機嫌に扉を開ける。
ちひろさんと、他の面々もが目を丸くしながらこちらを見ている。それもそうか、自分でもここまで上機嫌で事務所に帰ってきたことは今まで無かった。
「お帰りなさい北条さん・・・そちらの方は?」
おおよそ察しがついたのか、ちひろさんの顔が明るくなる。
「はいちゅうもーく」
みんな注目してるだろうけど、あえてもう一度声を上げる。さっと目を通したが、タイミング良くあたしが担当してる娘が全員揃っていた。
私の後ろで「えと、その、」とおどおどしてるカワイイ奈緒を引っ張り出して、
「こちらが、今日からアンタたちの同僚、もしくはライバルになることになった、ほら、挨拶!」
緊張で凝り固まった奈緒の背中をぱん、と軽く叩く。
「えー、と、今日からお世話になります神谷奈緒、十七歳。まだなんか夢でも見てるだけど、とにかく、今日からよろしくな!」
まだ落ち着かないのか、もふもふした髪の毛を自分でいじりながら言う。
「じゃあちょっとやることもあるし、とりあえずこの件はおわりねー」
「これから、よろしくおねがいします」「どもー、これからよろしゅーこー」「なんでこんなに砂の匂いするの?」「神谷奈緒さんですか!!!!これから、よろしくお願いしますね!!!」「行ってらっしゃい、プロデューサーさん」
事務所の五人から飛んで来る挨拶を背に、未だソワソワとして落ち着かない奈緒を引き連れて、事務所のさらに奥にある個室に行く。
ガチャリ、と鍵を開け部屋に入り、 椅子に腰掛ける。と言っても、ここには椅子と机しか無いからやれるのはそれくらいだが。
「あ、ちひろさーん」
「はい?」
「今日は飲み物はいいからー」
チャプチャプと、帰って来る途中自販機で買った、時間指定付きの紅茶をみせる。ちなみに寝起きに飲むのが好きなので、冷蔵庫に何本か常備されてる。
「はーい」とちひろさんの間延びした返事と、奈緒が椅子に座ったのを確認し、扉を閉める。
早速、飲み物で喉を潤す。「ん、キミも飲んだら?」と促すと、ちょっとギクシャクしながらも買ってあげたコーラのペットボトルをカシュ、と開ける。ちなみに、私は炭酸が飲めないから少し羨ましかったりする。
その隙に、事務所の登録に必要な書類を用意する。
「ところでさぁ」
「んぐ、な、なんだよ?」
ペットボトルの蓋を閉めながら警戒心を露わに聞いて来る。
「なんで、アイドルやる気になってくれたの?」
「うぐぅ」
炭酸が上がって来るのとは別の種類の苦しい顔をする。その時点で、大体のアタリを付ける。大方、夏休みとかでテンションが上がったのだろう。そう言う子がいきなり事務所に殴り込んで来ることが何回かあった。
「いや、その、」
「まー焦らなくていいよー」
クーラーで体がやっと冷えてきた。まだまだ喉が乾いていたので、エラそうに飲む時間を指定している甘過ぎる紅茶を飲み干し、ラベルを剥がし始める。
「・・・よく、わからないんだ」
「・・・へえ?」
ちょっと、珍しいタイプかもしれない。
誤魔化す様な子は居たが、わからない、は初めて聞いた。
まぁ、一回で全て終わらせる気は無い。気長に行こう。
「じゃ、こっからは書類多いからがんばってね?」
「はーい」
ちょっとうんざりした様子で書類の山を見ながら言う。
、、、、、、、、、、
八月
肌に火をつけんばかりの太陽光を恨みながら北条加蓮は道を行く。日傘でも買うか、とか一瞬考えたが、そんな嵩張るものを持ち運べる訳がない。
今日の目的地は本社のレッスン場。歩く敷地内には活気ある多くの美男美女と、一部疲労で倒れそうな人達。最後のは私の同類として、美男美女達は殆どがここ所属のアイドル達だ。
「みんな若いなぁ・・・」
ポツリ、と漏らしてこういう事考えるから老けるんだっけか、となにかの本で読んだ知識を思い出す。
夏休みに入ったおかげで多くの学生組がレッスンに仕事にと、忙しなく動き回っている。今から会いに行く神谷奈緒も、その一人だった。
、、、、、
「おつかれさまでーす」
キィ、と軽い音を立てながら扉を開けると、中からハキハキとした奈緒の声が聞こえてきた。今は、ボイストレーニング中か。
「おつかれさまです、トレナーさん」
「おつかれ、北条プロデューサー」
彼女が良くお世話になるトレーナーさん。
少し伸びた髪は後ろで一つにまとめてあり、服は上下ともシンプルで涼しそうなトレーニングウェアだ。
タイミングが良かったのか、奈緒に休憩を言い渡してからこちらに歩いて来る。
「どうです、奈緒の調子は?」
「ん、全体的には一ヶ月であれなら及第点だ。が、演技面で、どうにも恥じらいが残ってることがあるな」
あらら、と苦笑い。相変わらず、竹を割ったような性格と物言いだ。だからこそ、信頼もしてるのだけど。
「それで、他には?」
「ん、時間も守るし挨拶も丁寧だ、今時の若いのには珍しくな。気になる点といえば、集中力が切れてきた様な気がするな」
まあこれも平均的だが、と言いって時計に目をやり、
「おっと、時間も丁度いいんであそこに転がってるの連れて帰ってくれないか?」
「はーい、了解でーすっ」
レッスン中は鬼のトレーナーさんも、レッスンが終わるといくらかフランクになる。と言うのは巷の評判で、正直に言うとレッスン中よりこっちの方がなぜか威圧感を感じる。
ただ、少し気になったことがある。最後の、集中力が切れてきたと言う意見。彼女にしては珍しく、少し歯切れの悪い様に感じた。
とりあえずのところ時間も押しているようだし、「奈緒ー帰るよー」と言いながら肩を貸して立ち上がり、二人して「ありがとうございましたー」と部屋を後にする。
部屋を出たところで、奈緒が深く息を吐き、
「あー、つっかれたぁー!」
「おつかれさま」
彼女も若いことだし、もっと大きな声を出すかとも思ったが、予想よりは声が小さかった。
ここに来る道中予想して買っていたスポーツドリンクを渡しながら「何かあった?」と水を向けてみる。
「やー、プロデューサーさんはさ、真剣に声出すだけで汗だくになるって知ってた!?」
んぐ、と一口飲み込んで話し出す。
「ああなんだ、そんなこと?」
「へ?」
「そらまぁ、」
私だってアンタだけの担当じゃないからね、と苦笑いしながらオブラートに包んで知っている事を伝えると、二、三秒ぽかんとした後、「んんん、もう、とにかく、疲れた!」と誤魔化すように大きめの声を立てながら顔を背ける。
「なぁに、もしかして、嫉妬してくれたの〜?」
「なっ、そんな訳あるかぁ!」
いつもどおりにからかいながら歩いてるといくらか体力が戻ったのか、「もういいよ、ありがと、北条さん」と言いながら肩から離れる。
「ところで、」
「ん?なんだ、プロデューサーさん?」
「なんか、集中力欠けてそうだけど、大丈夫なの?」
気になっていた事を聞いてみる。
実は私も、これまで何回か見にきたことがある。その時は「疲れてるのかな?」と流してたが、どうにもトレーナーさんの言い方が頭の片隅に引っかかっていた。
「うぇ!?、あ、いや、えーとだな、その、」
わたわたとなる奈緒の目を見つめながら待つ。これから更に、集中力を維持できなくなる前に、できるなら原因に片をつけておきたい。
「ごめん、やっぱわかんない」
彼女自身、困惑していると言う感じの表情で言う。
「・・・なら、仕方ないかなぁ、できれば帰ってから考えといてね?」
「へ!?う、うん、わかったよ、考えておく」
あっさり引き下がったのが意外だったのか、ぽかんとした顔をしている。
関わった時期はまだだったの一ヶ月も無いが、少なくともウソをつくような子でない事はわかっていた。
「じゃあ、今日はもう帰る?私は、今日ここでいくつか資料整理していくつもりだけど」
「んや、今日はもう帰るよ。まだまだ夏休みの宿題も残ってるし」
「ふふっ、優等生だ♪私なんか、夏休みの宿題なんか、やった事すらないよ?」
背中に投げかけられる「ちょ、北条さんそんなんでちゃんとプロデュースしてくれんのかよ!?本当に大丈夫なのかよ!?」と言う声に「じゃあねー☆」と軽く返して本社にある私の部署の書類のあたりに辿り着く。
ふぅ、といつもと少し違うものの混じったため息を吐き、手に持った水のペットボトルで喉を潤す。真夏にあの紅茶は甘すぎて、喉に張り付く感じがするのだ。
それから暫くは資料を整理して過ごした。
、、、、、、、、、、
九月
十月の文化祭に向けて話し合いが行われているのを、神谷奈緒はうずらぼんやりと聞き流していた。
単純にこの手の行事に興味が無いのもあったが、自分でもわかるけど、この頃ちょっと上の空気味なのだ。その事を北条さんに指摘されてから原因を考えるうち、もっとわからなくなってきた。
「うーん」
一人静かに首をひねる。クラスで一番気心の知れたこずえは単に席が離れているのもあったけど、、それ以前に授業中はほぼ全ての時間をうつらうつらと過ごしているので、そっとすることにしている。
えーと、ともう一度考えを整理してみる。
まずあたしは、なんでアイドルになろうとしとんだっけ?
と、その時点で、一番最初の入り口で堂々巡りしている不毛さに気づく。それなら、と別方向からのアプローチを試みる。
単純に、何が起こったのかを思い起こしてみる。
、、、、、
北条さんのとこで登録の書類を作っている時に、両親からアイドルになるっていう許可を貰ってないのに気付いて、一旦事務所から出て電話をかけた。そこで一悶着あったものの、形はどうあれ同意を勝ち取ってから北条さんのところに戻る。
それで、後日ご両親同伴で来てね、とその日の事務処理は終わった。
事務室から出ると、待ち構えていたように事務所の面々が詰め寄る。と言っても、仕事に出たのか二人に減っていたが。
「どもー、これからはうちらも仲間やね。346プロ所属、塩見周子十八歳。これからよろしゅーな」
夏だと言うのに肌も髪も白く、なんだか掴み所のない不思議さを感じた。
「あ、はい、これからよろしくおねがっ、てなに匂い嗅いでんだ!!ちょっ、やめっ、はーなーれーろ!!」
すんすんすんすん、と全身を犬の様に嗅ぎ回る黒寄りと赤毛の頭を押し返す。改めて、走って来て汗だくなことに赤面する。
彼女は押し返されたことに対する不満げな表情を隠さずに顔を上げる。
「アタシ、一ノ瀬志希。気楽にしきちゃん、って呼んでくれてもいいから、もっと匂い嗅がせてくんない?」
「ちょ、なんでそーなるんだ!走って来て汗だくで恥ずかしいからやめろ!」
「ねぇ、なんで奈緒ちゃんは走って来たの?」
「へ?」
周子が目ざとく突っ込む。
えい、と一瞬の隙をついて腰に巻き付いた志希に抵抗しながらちょっと考えてみるが、思いもよらぬところから声が出る。
「大きな憧れに、少しの焦りと反骨精神をブレンドして、触媒が現れて絶賛反応中、ってとこかな?」
腰の辺りに抱きついてすんすんやっている志希が口を出す。
きゅっ、と何故か緊張が走る。
「はー、志希ちゃん、相変わらずあたしらにはわからん言葉で話さんといてなー?」
「んー、いい香り〜♡」
周子のツッコミを、志希は無視して匂いを嗅ぎ続ける。そんな彼女を引き剥がして、その日は逃げる様に帰った。
、、、、、
記憶から現実に帰ってきて、うーんと唸る。
あの日のこととしては、志希が執拗に匂いを嗅いできたことが強烈すぎた。帰ってから、風呂で何度か体を洗ってしまったくらいだ。
「な〜お〜」
にゅ、と知った顔が突然視界を占領する。
「うわ!?ちょ、なんだよ!?」
確かに知った顔ではあるが、そこまで仲がいいというわけでもなかった。
今になって気付いたが、その顔だけでなく、クラスメイトの殆どがこちらを向いている。
「今度の文化祭、全会一致で、奈緒が主役のシンデレラを演ることになりましたーー!!」
はいみなさんはくしゅー、と言いながら手を叩く。クラスのみんなも、ノリノリで手を叩く。
「ちょ、一番大事な人の意見を聞き忘れてないか!?」
「先生のこと?」
「ちーがーう!!あ、た、し!!!なんでよりによって主役本人の意見を聞かないんだ!?」
「じゃあ、やらないの?」
「うぐ、」
間髪入れず突っ込んでくる。その目が、見透かした様にニヤリと微笑む。
実際、あたしが主役のシンデレラ、その光景を想像して、幾らか楽しみだと思ってしまったのは事実だった。
「ねーえー、やらないのー?」
にやにや、と性悪そうな顔で笑う。もし配役を決められるなら、絶対こいつを嫌味な継母役にしてやる。
「もー!!いーよわかったよ、そんなん言うならやるよ!やってやるよ!!」
「よっ、男前!」
誰が男かぁ!と言う叫びは、みんなのの拍手でかき消された。
続々