少女が一人、踊っている。
大きなホール、でもその客席は空。それもそのはず、これはリハーサル。
彼女は、足がふらつくのを必死で堪える。力の無い体で、マイクに向かって声を張り上げる。
あぁ、夢だな、と理解する。いつか見た、夢を見る夢。
しばらくすると、彼女の体力は減っていき、手に持ったマイクが滑り落ち、
、、、、、、、、
「・・・んぁっ!?」
がくんっ、と首が落ちる。反射的によだれが垂れてないか手の甲で確認する。よしっ、垂れてない。
5月の昼下がり、営業回りと言う名の休憩に出ていた北条加蓮は、公園のベンチでうたた寝していた。
事務所に近いが、平日の昼間っから公園のベンチで、仕事なんか知ったこっちゃ無いとばかりに、スーツで熟睡である。
とりあえず、腕時計を見る。
「あー、こんな時間か・・・」
時計の針は午後三時を指し、腹時計は食後ニ時間を指す。そろそろ体が午後のおやつを求め出すがその前に、職業病と言うか、ほぼ無意識に、公園に美少女が居ないかさっと目を通す。
彼女は何も、変質者では無い。ただの女の子を、アイドルとしてプロデュースする、プロデューサーだ。
まあ尤も、スカウトとして声を掛けても、まともに取り合ってくれることは少ないが。
いつも通りさっ、と見渡すだけの予定だった視線が一箇所に釘付けになる。
そこにいるのは、なんの変哲も無い女の子。勝気だけど、どこかふんわりした目元と、ふかふかの髪の毛が特徴といえば特徴か。制服を着てるから、おそらく高校生。
そして気になるのが、時間。平日の昼間っから、彼女は何をしているのだろう?現在進行形では、公園のブランコで揺れながら、手持ち無沙汰な感じで何かの冊子を読んでいるが、学生の本分は、一体どこへ行ったのだろう?
ふと思い立ち、
「ヘーイカノジョー、いまひまー?」
「おーずいぶん待たせてくれやがっ、てあんた誰だよ!?」
「あっはは、キミ、ノリいいねー?才能あるよ?」
「へ!?えっへへ、ありがとって、だから誰なんだよ!!??ティッシュマン!?新手のティッシュマンなのか!?」
「失礼しちゃうね君〜この麗しき美女を捕まえて「マン」とは」
「うっ、それは、その、ごめん、」
「あ〜ごめんごめん、つい可愛くてからかいすぎた☆」
「って、うがー!!」
実に、からかい甲斐がある。
「で、いい加減なんなんだよ。わざわざ声かけてきたってことは、なんか用事があるんだろ?友達もなかなか来ないし、話くらいならきいてやるよ」
「やった、ありがとー♪」
「ほんとに話だけだからな!?」と警戒心を露わにするのをよそに、私はとん、とブランコの周りの安全柵に腰掛ける。
「ところで、、うら若き乙女であるキミは、一体こんな時間に何をしているの?学校は?」
ん、いやさ、と予想を裏切りとても軽い調子で話し出す。
「友達がさ、映画に誘ってくれたんだよ、今流行ってるやつ。」
と言って、持っていた冊子をひらひら、と見せて来る。その映画は、たしかに今流行りのアニメ映画だ。
「で、今日は学校が創立記念日で半上がりだから、これから見に行こう、ってなったんだけど・・・」
と言って時計の代わりか、携帯を見る。
なんだ、不良な感じの子では無かったか。
「・・・ん?」
何かの通知が来てたのか、「ちょっと待って」と呟き弄り始める。
「・・・あー、もう!!」
うがー、という感じで髪をわさわさかき混ぜながら勢いよく立ち上がり、ビヨン、と変な具合にブランコの鎖に引っかかりすっ転ぶ。
「あたっ!?」
「ふふっ、」
「・・・もー!笑うな笑うなー!笑うの禁止ー!」
ばたばたと土をはたいて立ち上がりながら、恥ずかしげに喚く。
「お察しの通り、數十分前に、今日来れない、って、連絡来てたのに、今気づきましたよー!!」
「あー、それは御愁傷様」
まだ治らぬニヤニヤ笑いを貼り付けながら言う。
「もー、時間を無駄にした!今日は帰る!帰って寝る!」
「ちょっ、ちょっとキミ!!」
「へ!?」
勢いよく踵を返すので慌てて声をかける。
「私の話聞くって約束、忘れてない?」
「へ!?あ、いや、も、もちろん忘れてないぞ!?ほんとだぞ!?」
と言いながら、私からいくらか距離を取って、安全柵におそるおそる腰をかける。ブランコの件が、ちょっとトラウマらしい。
「それで私は・・・」
すっ、と内ポケットから名刺入れを取り出し名刺を渡す。タイムラグなく物を取り出せるだけで、意外と印象が変わるのを彼女はよく知っていた。
「私は、普通の女の子を見つけてアイドルにするお手伝いをしてるの。因みに、所属してる事務所は346プロダクションね」
ああ、あの声優さんの、と渡された名刺に目を落としながら小声で納得する。
「それで、キミをプロデュースしたくて声を掛けたわけ」
「ふーん・・・ってあたし!?あたしなのか!?」
「そー、キミ」
「あたし!?って言うか、アイドルってほら、あの、めちゃくちゃ可愛い感じの服着て、キラキラしたステージで、歌って、踊るあれか!?あれなのか!?」
「うんうん、それそれー」
こんなに大きな反応をしてもらうと、なんだか嬉しくなる。
「えーうーあー、」
いつの間にか立ち上がり、頭を抱えて唸り始める。ブランコの時の失敗は活かせたようだった。
「・・・むり!!あたしには絶対むりだってそんなん!歌ったりとか得意じゃないし、第1可愛い服とか似合わないし・・・」
もにょもにょ、となにかに申し訳なさそうに口ごもる。
「いや、似合う。絶対に似合う。だってかわいいもん。私が保証する」
つい、立ち上がって手を取り詰め寄る。
あー、やっちゃったなーと内心思う。まずあまりにも言葉が単調だし、何より出会って時間も無い人に手を握られたのだ。逃げるに決まっている。
ただ、放った言葉に全く嘘は無かった。私の心を突き刺す、もしくは満たしてくれる何かを、彼女は持っている気がした。
後ろ向きな予想とは裏腹に、彼女は「えーと、あーと」と未だに混乱している。
そして、ピン、と閃いて
「は、話だけは聞いたからな!?約束通り!文句は言うなよな!?そう言う約束だったからな!?」
ブンブン、と荒く手を振り払われ、踵を返し走り出す。
少しだけあっけに取られるが、
「気が向いたら連絡してねー!」
「だっ、誰がするかぁ!」
律儀に叫びかえしてくれる。
それを聞いてなんとなくよかった、と一息つく。
もう一度時計を見て、そろそろ戻る予定の時間に気づく。でも、「ま、今日のおやつはいいか」と満足げな顔で呟き、事務所に足を向けた。
、、、、、、、、、、
「ただいまかえりましたー」
ガチャリ、と雑居ビルの一室、所属事務所のドアを開ける。
「んー、加蓮ちゃんおかえり〜」
「ただいま志希、ちゃんといいこにしてた?」
「ちょっと、志希ちゃんそんなに信用ない〜?」
「日頃の行動を思い返してみなさい」
入って右奥、仕切りの向こうから投げかけられる弛緩した声の主は一ノ瀬志希。加蓮と街中でばったり遭遇して、いきなり抱きついて「いい匂いするー!!」とか興奮しだしたので、取り敢えず事務所に連れ帰り、スカウトしてみたらあっさりOKされて、今に至ると言う訳だ。
ただし、
「ねーねー、いい加減仕事ないのー?志希ちゃん、レッスンだけとか聞いてないんだけどー?」
「こっちだってあんたにあんなに体力ないとか聞いてないから」
彼女はまだアイドルとしての仕事が無い。
一応事務所に登録して、規定通りに本社のレッスン場に送り込んだはいいものの、基礎レッスン始めて5分以内に満身創痍、へたり込んでしまった。トレーナーさん曰く「過去最低記録更新おめでとうございます」らしい。なかなかスパイスの効いた皮肉である。
「とにかく、体力つけてからね?」
「はぁーい、」
でも、気まぐれな彼女が逃げ出さずに続けてるのだ。それなりに、アイドルに興味を持ってくれたと言うことで、今は良しとする。
「お帰りなさい、北条さん」
「はい、ただいまちひろさん」
向かって左側、割と広めにとってある自由スペース兼事務スペースにいるのがちひろさん。彼女には、申し訳ないことに書類整理の八割方やってもらっている。しかも、その残った二割は私の確認が必要なやつだったりする。
ただ不思議なのが、彼女の名前をだすと顔が凍りつく人に数人出会ったこと。それ以来、出来るだけ彼女の名前は出さないようにしている。
「それで、今日の戦果はどうでした?」
「うっ、えーと、ですね?」
少しだけ恨みがましい目線を向けられる。
これまた申し訳ないけど、「営業回り」と言う単語が彼女との間で既に「昼休憩」という隠語として成立してしまっている。一体いつ気づいたの。
「殆ど空振りだったんですけど、一人、声かけたらいい反応返ってきました」
「へぇ珍しいですねぇ」
心底珍しそうに声を上げる。実際、私もこんな表現使ったのは久しぶりだった。
「それはいいとして、『もう一度』営業回り行ってもらえます?他の子達が仕事無いんじゃ寂しいでしょうし」
私がプロデュースしてる娘が、後数人いる。
「・・・はぃ、」
ちひろさんの驚いた顔が、冷たい笑顔に変わる。
お世話になって申し訳無いのもあるし、何より笑顔が怖かったので大人しくもう一度出る。
出がけにチラリと志希の様子を見たが、ソファの上でスヤスヤと寝息たてていた。私がここに来て、十分も居なかったのに、その間に彼女は爆睡できた訳だ。
少しだけ、羨ましく思い、同時に少し癒された。
、、、、、、、、、、
「ただいまー」
ガチャり、とマンションの一室、自室のドアを開ける
「あ、おかえり加蓮」
返事をする黒髪の女性は、渋谷凛。
北条加蓮の高校の時からの同級生で、加蓮が「一人暮らしはしたいけど、寂しそう」と中々ワガママなことをぼやいて居たら、「じゃあ、ルームシェアする?」と平然と持ちかけてくれた天然ジゴロでもある。
「凛、おかえり〜」
「加蓮、ただいまだよ。晩御飯そろそろだから、早く着替えちゃって」
「やった〜☆」
凛は実家の花屋を継いでいて朝が早いので、その分の家事は加蓮がし、時期毎や仕事毎に帰宅時間の不定期な加蓮の代わりに、その分の家事、と言うように、お互いつづがなく続いている。
何より、歩き回って、疲れて帰った家で、黒髪ロングの美女が毎日エプロン姿で待っていてくれるのが嬉しい。
ふんふん、と鼻歌を歌いながら部屋着に着替えていると、
「なにかあった?」
凛が、テーブルにふたり分の晩御飯を並べながら声をかけてくる。相変わらず美味しそうだ。
「えへへー、今日はいつもより案件取れたんだー☆」
「おー、すごいじゃん!」
素直に笑顔で祝福してくれる。いい、笑顔です。
あれから、本当の「営業回り」で、実際いつもより好調に話を付けれた。
「じゃあ、今日はワインでも飲む?」
凛がいたずらっぽく言う。
ワインは、21あたりに初めて飲んだと思う。ひっそりとなにかに隠れるように飲んだそれの味がとても気に入って、それ以来たまに呑んでいる。問題は、
「・・・明日も仕事だからパスで」
「まあ、仕方ないね」
アルコールにすごく弱いこと。ワイングラス一杯でも、翌朝二日酔いになっていることが殆どなので、とても予定に余裕がないと呑めない。
「じゃ、冷める前に食べちゃお?」
「うん」
ワインのことは頭の隅に追いやりながら、がたがた、と向かい合わせに席に着く。いただきます、と手を合わせる先には、肉じゃがと白ご飯、その他副菜達。
おお、と密かに感動する。と言うか、毎日感動している。よくもまあ、こんなに美味しく作れるものだ。メニューも単調じゃ無いし、栄養バランスもいい。
「ありがとね、ほんと」
「・・・ん?なに?どうかした?」
呟いたが、凛はもっもっ、とご飯を咀嚼するのに忙しそうだった。いつもは大人びてるのに、こう言うところで子供っぽい事がある。
「いや、美味しいね、って」
「ん、ありがとう」
微笑み、またすぐご飯に集中する。
その様子になんとなく可笑しくなりながら、自分もご飯に集中する。
夜は更けているが、太陽が昇るにはまだまだだ。
、、、、、、、、、、
7月、太陽の熱に負けないような、恨みがましい視線を太陽に向ける少女が一人。
教室の隅、机の上で頬杖をついた彼女、神谷奈緒はいつからか煮え切らないものを感じていた。
正確には、あの変質者紛いのプロデューサーと会ってから。
「誰がかわいいってんだ、まったく、」
「奈緒は、かわいいよー?」
「うひゃあ!?」
誰に向けてもない呟きに反応する声が背後からして、飛び上がらんばかりに驚く。
「い、いまの聴いてた!?聞いてたのか?!」
「んー?奈緒がかわいいってー、聞いてたよー?」
ううぅ、と呻いて頭を抱える。なにか妙な誤解がされてるような、されてないような。とにかく、言っても聞かないタイプの子だとよく知ってるから何も言わない。
彼女、遊佐こずえは、神谷奈緒の同級生。いつ、仲良くなったのか、それ以前に、いつからクラスにいたのかもわからない。ただ、いつでも眠そうなのはわかる。
ちなみに映画の誘ったのも彼女だったりする。そして来れないとの連絡は、「ねむい」の三文字だけで、それでも、お互い笑って流せるような仲だ。
「それでねー、奈緒?」
「な、なんだよ?」
さっきの呟きを聞かれたのが恥ずかしくて身構える。
「夏休み、なにか、あそぼーって、思ってー」
「へ?」
夏休み。
わかってはいたが、そろそろ夏休みだ。末期テストも終わり、だるんだるんに夏休みを待ち構えている。実際今日だって、授業の殆どを窓の外を眺めて過ごしてた。
「奈緒はー、なにかしたいこと、あるー?」
「したいこと、ねぇ・・・」
海!山!花火!と、健康的で平均的な考えも浮かんでくるが、もっと大きく浮かんでくるのが、あの熱量を持った、プロデューサーの顔。
気づけば、制服のポケットからあの時の名刺を取り出し、弄んでいる。二ヶ月も似たような事をしているせいで、大分くたびれてきている。
「なあに、それ〜」
「これ?えーと、これはだなー、」
口ごもる。まさか素直に「大手事務所の美人にスカウトされました」なんて言えるわけもない。他の人に言われたら、自分でも笑い飛ばしてしまう自信がある。
そんな葛藤を知ってか知らずかこずえは、
「それが、したいことー?」
名刺を軽く指しながら言う。
「・・・へ!?」
余りにも予想外の言葉だった。でも、話題振られて出したんだからそう取られてもしょうがないかもしれない、のだけど。
熱量が、ふつふつと湧いてくる。それは夏の暑さに当てられたのか、それとも、なにか燻っていたものに火がついたのか。
「ごめんこずえ、やることができた!!」
そんなこと、どうでもいい!
「ふあぁ、じゃあねー」
ガタン!と椅子を蹴飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、走り出す。
事務所の住所は確認していない。だけど、あの公園に行けばまた会える気がした。
、、、、、、、、、、
なにやってんだあたし、と思う。だけど、走り出した足は止めない。止めたら後悔すると、なんとなく理解していた。
全身汗だくになりながら、もつれる足で必死にコンクリートを蹴りつける。
視界にようやく公園が見えてきた。じゃり、と公園の地面を蹴ると同時に、あっ、と思う。
この公園は地面に、一面の砂が敷かれているタイプだった。
気付いた時には既に遅く、疲れ果てた体を止めることもできず、あえなく入り口ですっ転ぶ。
ぜぇ、ぜぇ、と仰向けになって呼吸を整える。すると、
「ふふっ、」
視界の端、差し伸べられた手の先から、あの笑い声が聞こえた。
「・・・ああ、もう!!!」
まだ息は整ってないけど、その手を引っ掴んで乱暴に立ち上がり、服についた砂も払わずに彼女の目を見つめる。
「北条さん!」
「え、と、はい?」
「あたし、アイドルやるから!!」
加蓮は、二、三秒目を丸くした後、
「よろしくね。わたしが、キミの、ファン一号だよ」
そう言って、微笑んだ。
続