「フンフンンンーン、宮本フレデリカこと、フレちゃんが到着だよー?」
バーン、と事務所のドアを勢いよく開け放ち言い放つ。呆れたような顔をする者、殆ど身じろぎもしない者、元気に挨拶する者などにひとしきり声をかけて、
「ボンジュールプロデューサー、しるぶぷれー?」
最後に彼に声をかける。
「ん、おはようさんフレデリカ、これから打ち合わせだったな、知ってる、すまん、まだ書類が上がってないんだ」
「えー、フレちゃん待つのー?待っちゃうのー?そんなに待ったらフレちゃん、忠犬フレちゃんになっちゃうよー」
わんわん、とからかいながらも時間は予定の五分前。これは二人の恒例儀式だし、他のメンバーも気にして無い。
「・・・っし、終わった」
「終わった?やった!!これからフレちゃんと楽しいデートだねー♪」
バタバタとファイルやら書類やらを手際よく片付けていく。その様子を見ながら、なんとなく机の上にあったキャンディを2つほど拝借した。
「あ、それあんずの・・・」
「ははー、承りたもうてこのご恩は必ず返すためうんたらかんたらー」
と、口で唱えながら跪いて掲げてみる。はは、いいよそんくらい、と言う声が聞こえてきたのでケロリと立ち上がり、
「ありがとうねー☆」
と目を見て感謝を伝える。
「じゃあねー」
ひらひら、と手を振るみんなに挨拶しながらプロデューサーと連れ立って外に出る。
、、、、、、、、
社内カフェの隅、通称Pスペースと(わたしに)呼ばれるところがある。そこではだいたいいつも、アイドルとプロデューサーが真剣に打ち合わせているからだ。
「フレちゃんはー、チョコパフェとミルクティーで!勿論奢ってくれるよね、プロデューサー?」
「そんな訳ないだろ、俺はブラック、ホットで」
えへへー、と笑いながら注文をすませる。
厨房に戻るウェイトレスさんに「頑張ってねー♪」と声をかけて、
「それで、フレデリカ」
「なぁに、プロデューサー?」
改めて話しかけられる。
「今日の調子はどうだった?」
「んーとねー、今日もフレちゃんお手製スマイルで絶好調だったよー☆」
シューコちゃんも可愛かったし、文香ちゃんは頑張ってたねー、と今日収録ののバラエティーの事を話す。
今日だけでもいくつか番組は取ったが、同じ事務所の子が居たのはその番組だけだったのだ。
そうしている内に、お待たせしました、と先ほどと同じ人が注文の品を持ってきてくれる。
ありがとーお嬢さん今度フレちゃんとデートに行かないー?と声をかけてると、やめんか、とプロデューサーのチョップが入る。フレデリカの抗議の視線を無視しながらどうもありがとうございました、と丁寧に送り返し、
「さて、と」
プロデューサーは、すごく気が進まないと言うように首筋を掻く。
「・・・予定通りにやるんだな?」
「・・・うん、みんなには悪いと思うけど、やっぱりこれがアタシのやり方かなって」
、、、、、、、、
「フフーンフンフフーンフンフンフーン♪」
特になにとは無く鼻歌を歌いながらふらつく。
季節は三月、まだまだ寒い頃合い。
事務所、と言ってもだだっ広い外側を歩くフレデリカも割と厚着をしている。
「フンフンフ・・・フーン?」
何かを見つけたようにおおぉ、と声を上げながら駆け寄る。向こうはその段になってようやっと気づき、慌てふためいている。
「やっほー、元気なフレちゃんおはデリカだよー、智絵里ちゃん元気ー?」
「は、はい、おはようございます、フレデリカさん。私は、元気ですよっ」
わたわた、と落ち着き無く立ち上がりながら返事をする。こんな寒いのに、四つ葉のクローバー探していたらしい。
「ううむ、それはまことよきことで。それで、クローバーは見つかったー?こんなに寒い中探してると、風邪引いちゃうよー」
言いながら、既に手を掴んで温めている。智恵理は、あわあわしながらも嬉しそうに、困ったように微笑んでいる。
フレデリカに引っ張られる形で建物内に避難した二人は、ふぅ、と一息つく。すぐ暖房で熱くなるだろうな、と思いながら、
「今日は智絵里ちゃん休みだったの?」
「は、はい!仕事も打ち合わせもちょうど終わったし、クローバーでも探していこうかと思って」
「おおーいいねぇ、今度私も誘ってよ。絶対見つけてあげるからさー」
「へっ?は、はい、今度探しに行くときは、声をおかけしますねっ」
「んー、ありがとー。ほんとに、ありがと」
なんだか様子がおかしいな、と少し思ったけど、その思いは事務所に入っての第一声「さーみんな、雪合戦しよう?雪降って無いけど♪」と言う一言で消え去った。
、、、、、、、、
「フフーンフンフンフンフフーン、フフフフンフンフーフッフフーン♪」
「にゃは〜、志希ちゃんそれ知ってる。レベルアップした音だ〜☆」
「おおぉ〜志希選手正解です!!賞品として、フレちゃんの特製スマイルをプレゼント☆」
「やった〜」
にゃははー、と笑う一ノ瀬志希と連れ立って、今日はショッピングと称して道をふらついてる。
二人揃って丸一日休みだったので、なんとなく合流する事になった。
「それでー、フレちゃん、どこ行こっか?」
「んーフレちゃんねー、完璧なデートプランを練ってきたはずなのに朝飲んだココアが美味しかったから忘れちゃったんだー☆」
「にゃははー、じゃー私の行きたいとこでいい〜?」
「おおっ!?志希ちゃんの行きたいとこ!?行く行く、フレちゃん気になっちゃった!」
「じゃー、出発進行〜」
「おー☆」
とてとて、と連れ立って歩く事約10分。駅に近いのに、この建物の周りは何か不思議な静けさがあった。
「ワーオ☆素敵なカフェだねー」
何も気をつけなければ、おしゃれな一軒家として通り過ぎてしまいそうな建物だった。
「でしょでしょー?」
と言いながら、ととと、と明らかに従業員用と思しき入口に躊躇いなく向かう
「ちょっと志希ちゃん、まずいって」
流石に焦り止めようとするが、
「にゃはは、大丈夫大丈夫って、それより、面白いものが見られるかもよ?」
その「大丈夫」に適当な響きではなく、何かの確信に満ちていた。
「はー、フレちゃん怒られても知らないよー?」
言いながらも、ひょこひょことついていく。
「じゃーこれと、これと・・・」
「おと、あた、わたたた」
入口に着くなり、志希に何かを手渡される。これは、
「コック服・・・?」
「そーコック服。番組やらで何度か着たのと大体同じだから、着ちゃってねー」
「ええぇー・・・」
彼女にしては珍しく、ペースに飲まれてる。
その間にも志希はテキパキと手慣れた様子で装着していき、
「一ノ瀬志希、参上いたしました!」
奥の方で事務作業をしている、貫禄のある女性に敬礼する。
「・・・あたしへの挨拶が最後とは、いい度胸してるじゃないかい?」
その女性がゆらり、と顔を上げる。
年齢的にはおそらく三十代後半、だとは思うけどその体から発散される生命力のせいで二十代前半といっても通用するかもしれない。
きぃ、と椅子を鳴らして立ち上がる。それだけなのになぜか志希は少しだけビクッ、となる。それを気にせず志希の隣まで行き、
「それで、あちらのお嬢さんはどっから拾ってきたんだい?」
「もーおばちゃんってば、私は人間を拾ってきたりはしないよー!拾ってくるとしたら、雨に打ち震えた哀れな子猫くらいのもんだよー」
「うちはもうあんたっていう大食い飯がいる時点で、そんな余裕はないよ。ほら、そんなことより紹介してくれよ」
「えー彼女は「ハロー!!ボンジュール?マダム?クリームマカローン?ってハローは英語じゃん☆」
ようやっと出番が回ってきたので全力で割り込む。
「えへー、アタシこんな見た目だだけど日本語しか喋れないんだよねー。
見ての通りのフランス人じゃなくて、日本人とのおハーフ、生まれは日本育ちはフランス、じゃなかった☆生まれはフランス育ちは日本、喋らなければ美人だけど、喋ったら超美人、宮本フレデリカこと、フレちゃんだよー☆」
「はっはっ、いいねぇ、小娘はこれくらい元気でなくちゃ!」
普通の人にかましたら何秒かは硬直するような挨拶を快活に笑い飛ばし、こちらにつかつかと歩いてくる。
「どうも、名乗り口上なんて考えてもないが、まあアオイとでも読んでくれ。」
す、と握手の手を差し出す。
「んー、ぼんじゅーる、メルシー、メルシー、マダーム?」
その手を笑顔で握り返す。
「ちなみにあたしの年は49だ」
「うぇえ!?」
「はっはっ、その反応でまた1つ若返ったわ!」
フレデリカが珍しく本気で驚き、その様子を見てアオイが声を立てて笑う。声を立てて笑うアオイの後ろでは、したり顔で志希が笑ってる。おそらく、彼女の鉄板ネタなのだろう。
「それで、」
ひとしきり笑った後に振り向き、
「志希がお客を連れてくるなんて珍しいじゃないか。変なもんでも食べたか?」
「ちーがうーって、今日ちょっと見てってもらおうかなって思ったの!」
「あー、厨房かい?」
「そうそう」
わかった風に話す二人と、置いてけぼりの一人。
「じゃー、フレデリカちゃんだったかい?」
「はいっ、萩本フレデリカですっ」
くい、と顔をこちらに向ける一人と、ボケを突っ込む一人。
「さっきと名前変わってるじゃないかい。いいから、そのコック服を着てからこいつについてって、説明はしてくれると思うから。」
軽く笑い飛ばしながら言う。
厨房?コック服?見る?
謎のワードに混乱しながらも取り敢えず着る。
「じゃーフレちゃんいくよー」
「はいっフレデリカ一年生、行きます!」
ピシッとした新品のコック服と大量の謎を着込んで、敬礼する。
、、、、、、、、
少しだけ移動すると、なるほど厨房か、と納得した。
テレビ用のセットで使うような、装飾華美な厨房では無く、むしろ取材に入った実用重視な店舗のそれに近い。幾らか手狭な印象はあるが、それでも清潔感と、不思議な愛着を感じる。
その中で既に二、三人が作業をしていて、それぞれが志希に軽く挨拶をしている。
「えー、ちゅーもーく!」
パンパン、と志希が頭の上で手を叩く。
全員の注目が集まったのを確認して、
「こちら、私の友達のフレちゃんでーす!!」
「どもー!今をときめくみんなのラブリーエンジェル、宮本フレデリカこと、フレちゃんだよー☆」
ざわざわ、とざわめき始める厨房を完全に無視して志希はフレデリカに話しかける。
「で、連れて来たはいいけど、今日はあの隅の椅子で待っててくれない?」
ぴっ、と指で指されたのは背もたれのないタイプの、小さな丸椅子。
「まー見てて、magical showの幕が上がるから」
悪戯っぽいウインクを残して、結局、椅子に座るのを確認しもせずに踵を返す。
フレデリカは言われた通りに、大人しく椅子に座る。久し振りに、思考の休息を取ることを選択して。
、、、、、、、、、
「ん、んー!おつかれー」
「志希ちゃんおつかれデリカーおつでりかー☆」
約二時間後、志希が体をほぐしながら厨房に挨拶をしている。「おつかれー」や、「んー」など、実に多様性溢れる返事が返ってくる。
「じゃー、フレちゃん行くよー」
「ん、りょーかいですっ。じゃーみんなおつデリカおつデリカ〜☆」
フレデリカも挨拶をして厨房を出るが、これまたぱらぱらと返事が返ってくる。
厨房からちょっと出て志希が「おばちゃん部屋借りるねー」と声をかけ、「ん、行っておいで」とアオイが返事をする。
「じゃー、フレちゃんもついて行った方がいいのかな?」
「ん、そうだよー」
「後でなんか持ってくよ」
ひらひら、とアオイさんが手を振る。事務所からもうちょっと奥、狭い階段を上がると、通路に出る。通路の両側にドアがいくつか付いているが、
「お邪魔〜」
と志希が一番右手の部屋に入る。
「フレちゃんも、おじゃましまーす」
目に入った部屋は、生活感がまるでなく、あるものは畳、ちゃぶ台、積まれた座布団、隅の方にはビニールのかかった扇風機、くらいで、恐らくは休憩室のひとつだろう。
「じゃーテキトーに座っちゃって」
ずる、と積まれた座布団を無造作に崩し、無造作に放ってくる。ぽふ、と受け取り、志希が胡座をかく45°向かい辺りに体操座りする。
「それで、どうだった?」
「へ?」
主語が丸々すっぽ抜けた質問を、志希が投げかける。
「どう、といいますと?」
混乱したフレデリカが質問を返すが。
「観測対象に干渉すると、正確な結果が出ないから、取り敢えず感じたこと言って?」
その目は、いつもの興味につられてゆらゆら揺れ動くような瞳ではなく、何かを見定める時の目だった。
「・・・正直にね、みんな、すごいと思った」
「と、言うと?」
厨房でやっていたのはお菓子作り。フレデリカたまにもやることはあるが、
「手際がいいし、連帯感もあって、でも無駄は無くて、それで、」
「それで?」
「それで、」
わだかまるものを込めてつぶやく。ここまで、ごく当たり前。ただ、フレデリカにも今ひとつ掴めていないモノが、言葉にならない。
「情熱的だった」
ぽろり、とその言葉がこぼれた。
「・・・そう、情熱的だったんだよ!フレちゃん驚き!」
ぶわ、と両手を上に広げる。志希はまだ、観察に徹している。
「これまでも結構いろんな情熱的な人を見てきたけど、あの人たちほど純粋に、そして静かに、情熱を焦がしてる人、初めて見ちゃった!」
厨房の彼らがしていたのは、店頭で注文の入った品を作って出す、それだけだった。その光景は、他のところでもよく見るはずだった。なのに、何故こうも心掴まれたのか。
「ん、ありがとうフレちゃん」
満足げなようすで、志希が言う。
こんこん、と後ろのドアがノックされる。志希が「はーい」と返事をしてから入ってきたのは、先ほど店で作ってたお菓子を幾つかとグラスとポットを持ったアオイ。
「どーしたの、別にノックなんていいのにー」
「なに、若いのが二人集まってんだ、くんずほぐれつしてるかもだろ?」
「しーないってー」
相変わらず、けたけたと笑い飛ばしてから出て行く。思い出したように出口で振り返り、「お代はいらないよ、元から形が崩れちまってたんだ」と言い残して、今度こそ部屋を出る。
「じゃ、いっただきー」
「は〜い、アオイさんめーるしー?」
聞こえてないだろう感謝を伝え、フォークを取る。
皿に乗っているのは、実に平凡なチョコケーキ。言われてみれば確かに、隅が少し欠けていることに気づく。
「ん〜、おいひ〜♡」
志希は既に遠慮無くケーキに手を付けている。フレデリカとお揃いのチョコケーキだ。
釣られてフレデリカもケーキを口にする。
「んー、すうぃーと!すごいね!これなら三食これで生活できちゃいそうだよ!」
いつも通り冗談めかして言ってみるが、割と本気で思う。あっさり、と言うかしつこく無く、下に乗せると解けるのに、それがあったことはきちんとわかる。まるで、小さい頃に見た夢みたいだ。
「そう言ってもらえるとうれしいねぇ」
既に半分以上ケーキを食べた志希が言う。
「それで、」
「うん、ここに連れてきた理由だよね」
聞こう、としたら、予測していたように被せられる。
「さっきの、私が厨房で働いてたの、意外だったでしょ?」
「んー、そうだねー、確かに志希ちゃんのイメージでは無かったかもなー」
厨房で働いていた志希は、実に、そう、実に普通だった。いつものようにおどけることも無く、必要な事をして、失敗すると謝る。ごくごく、普通の、善良な労働者の姿勢だった。
「志希ちゃんもねー、ああまでなるのは結構苦労したんだよ?ちょーっとふざけるだけで、ローストチキンにされかねないような情熱的な視線を貰ったりさー」
苦笑いする彼女の様子は、とても今までの一ノ瀬志希と同じとは思えない。
「まずね、私がここに来ることになったのは、道端でたおれてたからなんだよね?」
「倒れてた?道端で?道端で??」
「うん、東京で一人暮らし始めたら、家に備蓄する食料調整仕損なっちゃって」
決まり悪そうに、組んだ足をもぞもぞさせる。しかし、なんと無くではあるが、その光景が容易に想像が付いてしまった。
「それで、アオイさんに遭遇して『腹減ってんなら、飯は食わしてやる、その後働くんならな』って言われて、あれ、って。その時アオイさん、財布を持ってるか確認しもせず言ったんだよ?まー、行き倒れがまともにお金持ってるのが少ないのは予測が出来るけど、そのときあたしはお金を持ってたからそう言ったの。なのに、『それがどうした。食べたくないなら放って置くぞ』って。訳がわからなかったけどとにかくお腹が空いてたし、何より面白そうだから付いてきたら、ここに連れてこられたの。そこでね、このケーキを食べさせらてたんだー」
つい、とフォークでケーキを掬って口に運ぶ。
「その時も、やっぽりケーキの隅がかけてたんだ。」
懐かしむように目を細めながら笑う。
「それでね、その時ケーキに感じたのは、美味しい、でも、いい匂い、でも無く、嫌、感じていたのかも知れないけど、それが圧倒される程の感動が私の内側から湧いてきたなにか」
上機嫌にフォークを弄ぶ。
「その感情はなんだ、って考えた時にふと浮かんだのが、アイドルのことだった。アイドルっ、『他の人のために頑張って、』『感動を届ける』お仕事じゃん。その熱量を、ケーキ1つから感じた。に、だから、アイドルみたいなケーキってなんだろう、ってその不思議さの研究のためにも、私から頼んで働かせて貰ってるんだー」
「へー、フレちゃん納得」
確かにいつもフラフラしてるように見えるが、アイドルに関しては続いてるし、その理由も今回話してくれたのと大体同じ内容だった気がする。
「んで、厨房にいた人たちも大体アタシみたいな拾われ方されてんの」
「へ?」
素っ頓狂な声が出た。ちょっと失礼な言い方をすれば、志希ちゃんぐらいしなそんなこと起こると想像もしていなかった。
「直接は聞いてないんだけど、あの中では、一人は捨て子、一人は前科持ち、一人はジーニアス、後数人シフトの合ってないのがいて、兎に角特殊な人たちが集まってんの」
まー拾い方も拾い方だし、と言いながらケーキの上のミントを口に含む。
なるほど、あの時感じていた熱量は、本当に、本当に後が無い人たちのものだったのか。
「アタシさー、アイドルを辞めたらギフテッドしか残らないただの女の子だと思ってたけど、こんなところでトんだ拾い物をしたねー、って。そんな話がしたかったの」
「話は終わりー」と言って、残りのケーキを口に「ってああ!?」
「にゃははー、油断してるからフレちゃんのケーキも食べちゃったー♪」
「もー志希ちゃんったら、そんなに食べたらケーキの上のサンタさんみたいな、甘〜い体になっちゃうよ?」
にゃはー、と悪びれた様子もない志希と、いつの間にかお腹いっぱいのフレデリカ。
それから二人はお茶を飲みながら、やれ昨日の収録がああだった、やれ先週のライブが楽しかっただ、取り留めもない話をして日を過ごした。
、、、、、、、、、
「ママ、ただいまー」
「おかえり、フレちゃん」
「あたしが、」
家に帰り着き、言葉が溢れ出ようとする。
「どうしたの?」
ママに心配される。ママはいつも、私のことをよく見て、一番に異変に気づいてくれる。
「ううん、ご飯の後ででいいや」
「そう、きちんと手洗いうがいするのよ?」
「わかってるってー、子供じゃないんだから」
お互い軽く話しながら家に入る。
すんすん、と鼻を鳴らし、今日のデザートはプリンか、と当たりをつける。
、、、
「おごちそうさまでしたっ!」
「フレちゃんお粗末様」
ママと二人で手を合わせ、二人揃って挨拶する。パパは今日は仕事が遅くなるらしく、二人で食卓を囲んだ。
「それで、フレちゃんはなにを言いたかったのかしら?」
ママが優しく促してくれる。テーブルの上には、ぬるくなりかけたお茶が置いてあって、それで喉を湿らせて口を開く。
「ママは、わたしが外国にに行きたい、って言ったらどうする?」
そう言えば、と思う。わたしがアイドルになるって決めた時もこんな感じだったな。
「そりゃもちろん、応援するに決まってるじゃない!」
即答された。
「えと、理由とか聞かなくていいの?」
ちょっと予期できなかった事態に狼狽えながら言う。
「アタシがそんな野暮なオンナに見える?」
そう言えばそうだった。ママは、家の近くに出張していたパパに一目惚れして駆け落ちするような人だった。
「えへへ、ありがと、ママ」
「どういたしまして♪さて、食後のデザートよ!今日は気合い入れて作ったからご賞味あれ♪」
と毎日と同じことを言ってくれる。
その日のデザートは、甘いけどきちんとした苦味も感じて、とてもバランスが良く感じた。
、、、、、、、、、
大事な用がある、とフレデリカからメールが来た。
わざわざあいつが担当Pである俺を呼び出す時は、いつもロクなことが無い。
前回は、冬に「イルミネーション綺麗だから見に行こう」という用件だけのはずなのにどういうわけか皿が何故白いのかだの空飛ぶ雲は綺麗だねだのと紆余曲折した文面と、何故かマップの位置情報が送られて来たことがある。
嫌な予感がしながらも地図の指す場所に到着すると、イルミネーションも何も無い、ただの空き地。雪も積もってクソ寒い中で、なぜ男一人で空き地に突っ立たねばならぬのかと一人寂しく憤慨していると、物陰から出て来た年少組のアイドル達とフレデリカにしこたま雪玉をぶつけられたことがあった。
ただ今回は、何の装飾も無い、場所も時間も単純に、これぞと言うくらいの業務上の連絡と言った感じで、今までで最悪の予感を覚えていた。
「はろー、ブワデューサー、待ったー?フレちゃんは今来たとこー」
フレデリカが既に半分ほど減ったポテトをつまみながらニコニコと、手を振りながら言う。
ポテトを見て思い出す。一度このカフェのオーナーに「メニュー作らないの?」と聞いてみたことがあるが、「そんなもん作ってたら文庫本レベルのサイズになりますよ」と笑って話してた。芸能プロ付属のカフェってなんなんだと思った。
場所はいつものカフェスペースの隅。ここをよく打ち合わせで使うせいで、事務所の大体の人が、この辺りに近づかないでくれる。
どがっ、と荒く椅子に腰掛け、グラスの水を軽く飲む。
「・・・用件は?」
苦虫を噛み潰したような顔してるだろうなぁ、と思う。正直に言うと、来たくなかった。すっぽかして帰って布団で寝たかった。ただ、彼女にそんなこと出来るわけもない。彼女も背筋を正し、こちらの目をまっすぐ見て言う。
「アタシ、アイドル辞めようと思うの」
「・・・あ?」
あんまりにも、予想して無かった台詞が飛び出てくる。
いつもならこんなタチの悪い冗談を言う奴でも無いし、今回の、いっそ冗談のような真面目さも、その言葉に重みを与えていた。
「おい、ちょっとまて、それは、あれか?アイドルを辞めるって、あの、アイドルを辞めるってことか?」
「うん、そうしようと思ってる」
混乱して、えらく頭の悪い台詞が飛び出した。それにも彼女は、真剣な言葉で答える。
怒りに任せて怒鳴り散らそうかとも思った。だけど公衆の面前でもあるし、何より彼女の頭の良さと頑固さはよく知っていた。ただのプロデューサーが、彼女に口で勝てるわけが無い。
苦虫を噛み潰したような表情を、毒虫を丸呑みしたような顔に変えながら、
「・・・理由を聞いてもいいか?」
喉の奥というか、腹の底からかろうじて声を絞り出す。
「うん、まずは、アタシが短大でデザイン専攻してたのは知ってるでしょ?」
「ん、ああうん」
もう卒業してしまったが、彼女は確かにそんなことをやっていたんだってけか。
「それで、アタシはいつからか、なにか、違和感を感じてたの。確かに、ダンスとかトークとかビジュアルとか、自信あるよ?でもね、最初はよくわからなかったけど、いつからかな、ほんとにアタシはここにいていいのかなーって、思っちゃったの。
アタシがみんなの邪魔になってるとか、そんな悪い意味じゃ無いよ?ただ、もっとできることが、アタシにしかやれないような事がある気がしたの」
フレデリカはポテトの隣に置いてあったコーラのストローをいじっていた。よく見るとコーラに入っていたであろう氷は殆ど溶け、随分長いこと居座っていた事がわかる。
「それで、いろいろあって、イロイロ考えて、アクセサリーのブランドを立ち上げようと思ったの」
「・・・はぁ」
重い、と言うか魂ごと吐き出すようなため息を吐く。
もう、訳がわからなくなって来ていた。自分の担当アイドルが引退しようとしてるってだけで頭を抱えてしまうのに、その上、明らかにこちらに別種の相談を持ちかけて来ている。
「・・・とりあえず聞くが、アイドル辞めて、ひとまずはナニするつもりだ?」
「ん、フランスとかいろんな国の、色んな雰囲気に触れてみようと思う」
自分探しの旅かよ、とツッコミを入れたくなったが控える。
「とりあえずは、ママの友達の家に泊めてもらえることになったんだ」
「ああ、そうか・・・」
もう完全に、辞める気でいる。決意は固いようだし、こいつを採った時の直感が、今引き止めてはいけないと言っている。でもママさんは引き止めて欲しかったかな。
「ああ、くそ、」
もう訳がわからなくなって、とりあえず独りごちる。
「ちなみに、『男女二人で行く』って言ったら友達の家紹介してくれたし、そう言うことはやっぱりまだ心配なのかなーっ、て」
「・・・あ?お前、いつそんな相手見つけたんだ?」
ちょっと現実に引き戻される。視線の先ではフレデリカが悪戯っぽい笑みを浮かべていて、今年どころか、人生で最大級に嫌な予感がした。
「だって、プロデューサーもついて来てくれるでしょ☆」
「・・・・・・ふ、」
「ふ?」
「ざっけんなオラーーーー!!!」
堪らず、叫びながら頭を抱える。勢いよく仰け反ったせいで、椅子が仰向けに倒れて盛大な音を立てる。
「わ、わ、大丈夫、ブワデューサー?」
割と本気で慌てた様子でフレデリカがやって来る。
ざわつく周囲を無視しながら、ああ、と納得する。これは、運命と言ってもいいのかも知れない。さっき誘われた時に、断るっていう選択肢が、全く浮かんで来なかった。
ああもう、と本日何度目かわからない言葉を口の中でつぶやき、
「わかったよ、それこそ、地獄の底まででも付いてってやるよ、できれば天国がいいけどな」
「・・・・・・ありがと、プロデューサー」
クソッ、かわいく微笑みやがって。八つ当たりのように考えながらその手を支えに立ち上がる。
何度、この華奢な手に引っ張られた事か。何度も困らされたし、慌てさせられた。それも、ある意味ではこれが最後になる。
掴んだこの手は、絶対に守り抜くと心に誓った。
完
どうしてこうなった?