もしかしたら、別の未来も   作:ブループロセスチーズ

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もしかしたら、別の未来も

宮本フレデリカがアイドルを引退した。

「じゃー、また会う日まで、ラビュー♫」と公式ブログを更新したのを境にひょいと、唐突に、なんの音沙汰も無くなってしまった。

一部関係者の間では、この頃自分がメインでは無い仕事ばかりで予定を埋めてるから引退するのでは無いか、と冗談交じりに囁かれていた。しかし、本気でそれを信じるものなど誰も居なかった。

実際、この更新に世間も最初は困惑し、次に驚き、そして彼女の引退の理由を憶測する特番がいくつか組まれた。それ位には、彼女は世間に愛されていた。

しかし、一部熱烈なファン達は、「またいつもの気まぐれだろう」とタカを括って(或いは言い聞かせ)いた。

しかし時が経ち、彼女がいなくとも番組やイベントがどれも大きな問題もなく回ることが発覚するにつれ、次第にそう言う人達も「彼女は本気でアイドルを引退したのだ」と大きな絶望とともに、認識されるようになって行った。

もちろん、色々な噂が飛び交った。

ある人は、「彼女は誘拐されたのでは無いか」と。

ある人は、「アイドルというものが嫌になったのでは無いか」と。

しかし、そのどれもが憶測の域を出ず、親しい事務所の人間も知らず、彼女の担当プロデューサーは沈黙を保ったまま事務所を去り、後には大きな謎と小さくない悲しみが残った。

 

しかし時が経つにつれ、彼女の存在は忘れられて行く。

彼女も人気とは言え、世間を熱狂の渦に巻き込んだわけでもなく、「一人の人気アイドル」でしか無かったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ〜、きょおーもおっしごっとつっかれったなぁ〜」

月夜が照らす10月の街中を、ぶらりぶらりと漂う様に歩く影が1つ。

「えー、明日の予定は・・・新作の発表かぁ」

一人ポツポツと、夜に言葉を落として行く。

綺麗な満月を眺めながら脳内のノートを広げ、今日あったこと、これからの予定を記していく。

もっとも、予定に関しては日時も無く優先度も無い、気が向いたらやる「お遊び」の様な物だ。

 

彼女、一ノ瀬志希は最盛期よりアイドルとしての仕事が減っていた。理由は明白だと思う。

宮本フレデリカの引退だ。

これまで、彼女は宮本フレデリカという存在に助けられてきた所が大いにある。それは何よりも自分が知っていたし、こうなる事も予測できていた。

 

「あ、」

 

と、と、と、と数歩まろび出て、

 

「奏ちゃんだ〜♫おっはよー」

 

「あら志希、おはようというにはいささか遅すぎるんじゃ無いかしら?」

 

深夜一時、極当然の返事を返すのは同じ事務所に所属する速水奏。

出会った頃は年齢に対してはいささか過剰な色気を醸していた印象だったが、二十歳を超えその妖艶さには、年齢不詳でも許されるような気がしてくる。

 

「どうしたの、仕事上がり?」

「んー、今日も今日とて志希ちゃんはお仕事頑張りました。

だからおぶってー」

「もう・・・」

わー、と大きく手を広げる志希をおぶる。今までも何度かこういうことがあって、こうなると最終的にはしがみつかれて身動きが取れなくなる。

そうなる前に抱えて、

「志希の家でいいわね?」

「りょーかーい」

二人は満月を背に歩き出す

 

じゃり、じゃり、とアスファルトが音を立てる。それ以外に何の音もしないと風情があるのだが、生憎街は眠らない。

 

「ねーねー奏ちゃん」

「なぁに?」

「今日は飲んでいかない?」

「・・・」

 

彼女には、たまにこういう日がある。

何度か「今から時間ある人あたしの家に集合ねー」と一斉に連絡が入ることがある。幸い、連絡つく範囲の人なら家の場所は知っているが、もちろんこちらにだって予定はあるから集まりは良くない日が多い。

それでも集まった人には、彼女お手製のあれこれを振舞われることになる。

 

ただ、面と向かって言われるのは今回が初めてだった。

ここで、「なにかあった?」と聞けば、もしかしたら何かが違うかもしれない。だけど、

 

「・・・いいわよ。ただ、ちょっとコンビニに寄っていかない?」

「えぇー?そんなに食べれないものは出してなかったはずだよー?」

「そう言ってる時点で自覚があるじゃ無いの」

 

なんとなく、長い夜になりそうだと思った。

 

 

 

 

「とーうちゃーく」

 

がちゃり、と実に器用におぶさったまま、オートロックに鍵を挿す。スッ、とほとんど音もなく自動ドアが開く。「んんん、」とうめき声がして、ようやっと奏の背中から降りる。はぁ、と少々わざとらしい抗議のため息を気にも掛けずルンルンとエレベーターに向かう。

道路では色々な音が静かに満ちていたのに、エントランスは薄気味悪いほどに静かだ。いつもは、気にも留めないのに。

チーン、という軽い音がエレベーターの到着を告げる。

 

「それで、」

「んにゃ?」

「今日の志希ちゃんはどんな仕事をしてたの?」

 

エレベーターに乗り込み、何とは無しに聞く。

道中では、おぶられた志希が静かで規則正しい寝息を立てていたのでなんの話もできなかった。

 

「えーと今日は・・・化学番組の収録かな?」

 

ああ、と頷く。

確か、以前話していた。以前ゲストに呼ばれたとき、奔放な行動とは裏腹に丁寧でわかりやすい例えを用いた解説をするから、この頃になってレギュラーを獲得したんだったか。

 

「奏ちゃんはー?なにしてたのー?」

 

くんかくんか、とわざとらしく匂いを嗅ぎながら言う。

 

「ん〜、濃いめの化粧品、濃厚な感情、新しい服の匂い、それと土・・・分かった!!志希ちゃん分かったよ!ドラマの収録だぁ!!」

「・・・正解よ、志希」

「やったぁ!奏ちゃん、なにかご褒美は?」

 

無いの無いの?とせがんでくる。

 

「無いわよ。それに、こんなに何度も正解されちゃ、その内身ぐるみを剥がされちゃうわ」

「えー、志希ちゃん残念〜」

 

いつもの様に、くだらない話をしているうちにチーン、とエレベーターが開く。目的の階だったので連れ立って目的の部屋へ向かう。

がちゃり、と自室の鍵を開け、

 

「たっだいまースウィートマイーハウス!」

 

と言いながらくるくるとリビングに踊り込もうとし、

 

「こらこら、きちんと靴を脱がないとでしょ?」

「えっへへ〜」

 

腕を掴んで止められる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらためて、たっだいま〜」

「じゃあ、お邪魔するわね」

 

何度か来ているのでお互いとくに戸惑いもなくダイニングまで行き、

 

「・・・なぁにこれ」

「にゃっはー・・・」

 

いたずらを見つかった子供の様な反応だ。

目に入ったのは棚、棚、棚、壁一面の棚。それもアルミ製のような安っぽい棚ではなく、木製の落ち着いたラックや、金属製の、恐らく何かを冷やしているモノもあった。前回来てから1年も経ってないし、その時はこんな光景ではなかったはずだ。

 

興味をそそられ、手近な棚を覗き込む。そこにあるのは本。大量で、サイズも揃って無ければ、見た所学術書の類や小説、果ては漫画まで無節操に並んでいる。

隣の棚に目を移すと、そこにあるのは瓶。ワインの類や焼酎や日本酒、更に見たこともない様な薬品と思しき瓶までこれまた無節操に並んでいる。

その隣に・・・

「きゃっ!?」

驚きの声を上げてしまう。

ガラスケースに入った大量の爬虫類を見てしまって、悲鳴をあげない人は少数派だと思う。

 

「あのねー・・・」

 

後ろから、申し訳無さそうな声がする。

 

「これは、そう、宇宙人の仕業なんだよ!!」

「・・・あのねぇ、」

「わかったごめん、ごめんって」

 

流石に申し訳なくなったか、萎れた様子で話し出す。

 

「この頃さー、私がクイズ系の番組から出禁食らったのしってる?」

「ああ、あなたあれのせいでだいぶん有名になったじゃない」

「うぐぅ・・・」

 

クイズ系の番組、と言うのはよくある「正解していって優勝したら〜円!!」とか言うあれだ。

あれを、当初は「つまんなさそうだからや〜」などと断っていたのに、この頃になって何故か積極的に出演を頼むようになったのだ。

最初は番組Pも喜んでいたと言う噂も聞いたが、あまりの正解率で賞金を軒並み掻っ攫っていき、たとえ数字は出ても出演はさせられない、と言うことになったらしい。

相変わらずと言うか、これが今まで最大限の無茶苦茶な行動だと思う。

 

「つまり、その賞金でこの大規模な改築をやった、って訳ね?」

「おー、奏ちゃん大正解!もしかして、名探偵だったり?」

「もう、全く」

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとまず、コンビニで買ったスイーツやスナックの類をローテーブルの上に整理する。(下はフローリングなのに「椅子は疲れる」と言って聞かないのだ)。その間に志希は台所へ行き、手製のつまみの類を作り出す。

 

ふぅ、と一息つき、改めて部屋を見回す。

最初の頃はここと比べると割と手狭なアパートに物をごちゃごちゃ詰め込んでたが、この部屋に引っ越してからは物が増えても部屋が狭くなる様子が一切無い。寧ろ、何かの力で広がってるんじゃ無いかという気すらする。

 

「奏ちゃーん、できたよー」

 

お盆を手に歩いて来る。そこに乗っているのは、実に色とりどりのモノたち。毎回、「なにをする気なのか」と聞きたくなるようなものたちだが、いい加減慣れてきた。

 

「ねーねー、今日は何飲みたい?おすすめはねー、志希ちゃんお手製のフルーツカクテルでーす!!」

「へぇ、今日は随分とまともなものをお勧めしてくれるじゃない。」

 

からかうように、軽く笑いながら言う。

今までお勧めされたのは、「ミックスジュース(イカ墨入り)」「初恋のキスの味のグミ」「好きだったあの子の汗の味の飴」「鮮血のブラッディマリー」などなど、色々な意味で正気を疑うメニューだった。

 

じゃあ、

「たまには一ノ瀬シェフのおすすめに任せてみようかしらね」

「志希ちゃん、了解いたしました!」

ビシ、と敬礼を返して台所に戻って行く。

 

今日はまだ呑んでないのに、早くもほろ酔いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、出来上がったよー♫」

 

カクテルと言うだけあって、そこまで時間もかからず戻ってくる。

 

「・・・本当に、随分とまともなものを持ってきたわね」

なんの変哲も無いカクテルグラスに、鮮やかな赤が綺麗な、詳細不明のオリジナルフレーバー。

「やー失礼しちゃうなー志希ちゃん落ち込んじゃった」

 

およよ、と嘯きながら手慣れた手つきでグラスを並べる。

その時、

 

「あら、それ、いいセンスしてるじゃない」

「ん、これ?だよねぇ、私もそう思うんだ。何種類もあったけどどれも雰囲気が柔らかくて好きなの」

 

奏が言ったのは、志希の手首に巻かれている細身のブレスレットだ。

 

「それ、どこで手に入れたの?」

「これはねー、ホワイトマカロンのやつ」

「ああ、この頃人気が出てる」

「そーそー」

 

ホワイトマカロンは、割と最近に出来たアクセサリーをメインに取り扱うブランドだが、その柔らかな、何かに寄り添うようなデザインで少しづつ人気が出てきている。まあ、私には似合わないか。

 

ト、と志希は当然のように隣に座るし、奏もそれを止めない。

「じゃあ、」

グラスを手に取り、

「今日は何に乾杯しようかしら?」

「そーだねー、」

志希はんー、と2、3秒虚空を見つめ、ニヒルな笑みを浮かべ、

「ここにはいない、フレちゃんに♪」

動揺して固まる私のグラスにチン、と軽く打ち合わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・もう、なんでここでフレちゃんになるのよ」

 

つい、と軽く顔を背けながらグラスを傾ける。

二人きりだと言うのに他の名前を出された悔しさかもしれないけど、何かそれとは別の、まだ私にもわからないもののような気もした。

 

「やー、だってこのところ調子悪いみたいだし、実際今もなんか変な匂いしてるしさー」

 

すんすん、と背けたままのうなじを嗅がれる。

 

「なぁに、それ?」

 

流石の私も訳が分からなくなり、改めて向き直る。

 

「なんかさー、この頃物足りなくない?」

 

生暖かいものに、といきなり足を掴まれたような感触がした。いや、もしかしたら前から掴まれていたのかもしれない。

 

「この二年間さー、心に穴が空いたような感じがしてるんじゃないのー?」

 

そう語りかける彼女の目は、いつものような好奇心に満ち溢れたモノじゃなく、寧ろ気を抜くと吸い込まれそうなほどだった。

 

「今まで、奏ちゃんの演技には魂があった。

心があった。

情熱があった。

それは冷静さに隠れてはいたけど、私にはそれが手に取るように分かっていた。」

だけど、と呟きながら奏の心臓辺りに指を置く。突き刺すように、もしくは頼りなくも支えるように。

「奏ちゃんからはこの頃それらが少しづつ欠けていってている気がする。

いや、みんなの心も少しづつだけど欠けて行っている。

だからあたしも欠けてるのかな?って確認してみたら、やっぱりなにかが欠けてた。

何故かな?って考えてみたら、フレちゃんが引退してからだった」

彼女が引退したのは、丁度二年前だった。

「・・・結局、あなたは」

なにが言いたいの、と言いかけて、お互いの顔がぶつかりそうなほどに近くなっていた事に気づく。そして、そのなにかを引きずり込みそうな目からは、涙が零れ落ちていた。

「ねぇ奏ちゃん」

「・・・なぁに、志希ちゃん」

本人は、涙が零れているのを、気にしない。

「この感覚に、なんて名前をつけたらいいと思う?この感情を、どう扱えばいいと思う?」

だんだん、顔が歪んでいく。

私の胸置かれていた指は、いつの間にか私にしがみついていた。

「それはね、」

答えようとして、声がうまく出ないのに気づく。なんだ、私も、

 

「寂しい、って言うのよ」

 

言葉にしたら、何かの糸が切れた気がした。

 

生まれて初めて、なりふり構わず泣いたかもしれない。

こんなにも大きな喪失を抱えたのも、生まれて初めてかもしれない。

アイドルになる前の、普通の少女だった頃、恋愛をしていた事も、失恋した事もある。

その時でも、ここまで心を揺さぶられたことは無かった。

彼女のことは、良き友人として信頼していた。いつの間にか、それ以上の存在になっていたみたいだ。

 

 

 

 

それから、二人して泣き疲れてその場で眠ってしまった。

朝起きて、二人してどこか恥ずかしげに顔を合わせる。

だけど、その顔はなんだか以前より明るいような気がした。

 

昨夜から散らかったままのテーブルの上を、取り留めもない話をしながら片付け、なんでも無かったような顔で別れる。

 

 

 

 

 

10月の朝の、少し冷たい風が彼女を現実に引き戻す。ふぅ、と一息つき、背筋を伸ばして歩き出す。

 

 

・・・・・・・・・・

 

宮本フレデリカがアイドルを引退した。

その出来事は世間に衝撃を与え、彼女のことを好きな人たちには大きな喪失をもたらした。

 

それから少しして、口コミでひっそりと新ブランドが人気になっていた。

そのブランドは『女の子にもっと「素敵なもの」を』、と言うキャッチコピーで、地味では無いが生活に寄り添うような柔らかなデザインと、手に取りやすい価格帯で人気を掴み取っていった。

そのブランドを誰が立ち上げたか知るものは少ない。だけど、その商品から何かを感じ取り、好んで身につけている人は少なく無い。

そのブランドの名前は、ホワイトマカロンと言った。

 


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