女王様と犬   作:DICEK

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はるのんがかわいくならない……
ただ話して勉強してるだけの話ですがお楽しみください。
次回は多分夏休みパートです。


比企谷八幡は勉強する

 

 

 放課後に勉強を見てくれる。

 

 陽乃のその申し出は、無理難題を押し付けられた八幡にとって悪くない申し出だった。無理難題を押し付けたのが陽乃自身であるからマッチポンプであるのは否めないが、今後のことを考えれば試験で良い点を取っておくに越したことはない。

 

 問題は勉強を見てもらう場所だった。

 

 人目につくのはよろしくない。陽乃はそこにいるだけで注目を集めてしまう。必然的に、その横にいる自分まで衆目に晒される。関係を良く知らない他人からすれば、比企谷八幡が雪ノ下陽乃に付きまとっているように、見えなくもないだろう。

 

 実際はその逆である。八幡から陽乃の方に近づくことは、実はほとんどなかった。

 

 発足間もないから平日は毎日生徒会室で顔を合わせているが、顔を合わせる機会は基本それだけだ。学年が違うから放課後までは一緒にならないし、一緒に昼食を取るような間柄でもない。ただ、生徒会の仕事の時には必ず八幡が同行しているから、他人にはいつも一緒にいるように見える。

 

 そこから話が飛躍して付きまとっている的な話になるのである。間違っても陽乃の方が引っ張りまわしているとはならない。陽乃はリア充の側で、八幡は学内ヒエラルキーの最下層だ。陽乃が八幡を生徒会役員に公然と指名したという事実があっても、学内ヒエラルキーにおいて八幡よりも上位に位置する人間――要するに、同じ最下層にいる連中以外のほとんどの生徒が、そんなゴシップを許さない。

 

 ヒエラルキーの上位に属する人間ほど、上下関係には敏感である。最下層の人間を最上位の人間が引っ張り込むのは、厳密にはルール違反だ。今の状況が許されているのは一重に、陽乃が単独でヒエラルキーの頂点に立っているからに他ならない。陽乃が決定し、本人がそれを実行しているから許されているのだ。

 

 少しでも陽乃の庇護の外に出れば、八幡は即座に攻撃される。それを良く理解しているからこそ八幡は陽乃に従っていたし、必要以上に近づかないようにしていた。

 

 公然と指名されたことで名前と顔が売れている。今更多少気をつけても手遅れのような気はしないでもないが、注意をしておくに越したことはない。攻撃されないための最も有効な手段は、とにかく目立たず相手を刺激しないことだ。

 

 巻き込まれるのは仕方ないとしても、自分から目立ちに行く必要はない。

 

 しかし、陽乃がここと決めたら立場上、八幡にはそれを覆すことができない。図書室とか最悪、陽乃の教室での羞恥プレイまで覚悟していたのだが、陽乃が指定したのは生徒会室だった。

 

 ここなら、他人の目は全くと言って良いほどない。陽乃が人払いでもしているのか、陽乃の知人が訪ねてくることはないし、来るのは生徒会関係の仕事で用事のある人間か、世間話に来る静くらいのものである。

 

 衆目に晒されない。その一点だけで、生徒会室は八幡の憩いの場となっていた。

 

「さ、始めましょうか」

 

 その憩いの場の主である陽乃が宣言する。『憩い』という言葉とは程遠い存在感を持ったご主人様に、八幡はこっそりと溜息をついた。

 

「まずはこれね。欠けてはいないと思うけど、一応目を通してもらえる?」

 

 言って、分厚いファイルを八幡の机に置き、自分は会長の席に腰を下ろした。その厚さにげんなりとしながらも、八幡はファイルを開く。

 

「……過去問ですか?」

「そう。過去四年分の一年生の期末テスト、全教科分あるよ」

「どこでこんなに手に入れたんです?」

「私くらい『友達』が多いと、このくらい楽勝なの」

 

 笑顔で言っているが、陽乃が今脳裏に浮かべている人間を友達と思っていることはないだろう。外面が極めて良い割りに、内面は驚くほどに薄情だ。その人間離れした腹黒い感性があると理解できるからこそ、こんなリア充を体現したようなある種バケモノのような女子と一緒にいられるのだ。

 

 雪ノ下陽乃は友達ではない。それ以上の関係になるはずもない。余計な期待を抱く余地はない。だから裏切られることもない。ある意味、これほど安心できる相手もいなかった。普通の人間は陽乃の容姿や雰囲気にどきどきしたりするのだろうが、陽乃と近い距離で過ごしていても八幡の心は穏やかなままだった。

 

「ところで八幡。私は八幡のためにここまでのことをした。恩を着せるつもりはないの。でも八幡はおバカさんではないよね? 私がここまでのことをしたのに、目標を達成できませんでしたなんて、そんなふざけたことを八幡が言ったら……どうしよう、私、何をするかわからないなぁ」

 

 愉快そうに、実に愉快そうに陽乃は笑う。その笑顔を見て八幡は確信する。この女はきっと、人を殺す時でも笑っていられる。笑顔の時こそ、注意しなければならない。陽乃の癖。陽乃は真意を隠そうとする時にこそ、より笑みを深くする。

 

 期待が裏切られた時のことを考えただけで、陽乃は苛立っているのだ。それだけ期待されているということでもあるが、それを裏切った時のダメージは青春的にろくでもない目に合い続けてきた八幡をしても、想像することはできなかった。

 

「もちろん全力を尽くしますよ」

「そんなのは当たり前。その上で、私は結果が欲しいの。八幡がテストの結果を自慢してくれるの、楽しみにしてるね」

 

 くすり、と笑いながら陽乃は答えの記入された紙を差し出してくる。

 

「模範解答だよ。私が解いたものだけどセットになってたものよりはスマートだね。最悪これを覚えなさい。全部覚えれば八幡なら半分寝てても60点は取れるから」

「それで全教科50位以上になれますか?」

「最低でも80点は欲しいかな。60点は私の力。残りの20点は八幡の力。二人の共同作業だね!」

「それに少しもときめかないのはどうしてでしょうね全く」

 

 模範解答を受け取り、それに目を落とす。陽乃らしい綺麗な字で書かれたそれは、確かに付属の模範解答よりも整然としていた。

 

「……ちょっと待ってください。まさかさっきの時間で解いたんですか?」

「まさか。時間はあったもの。あらかじめ解いておいたものに、ちょっと手を加えただけだよ。雪ノ下陽乃も、そこまでデキる女じゃないんだから」

 

 冗談のような言葉に八幡はくすりともしない。陽乃自身がその言葉を誰よりも信じていないのは、目を見れば解った。

 

「素朴な疑問なんですけど、どうすれば陽乃みたいになれるんですか?」

「私みたいになりたい?」

「それは欠片も思いません。単純に、疑問に思っただけです」

「私に興味ないって言われてるみたいで傷つくなぁ……」

 

 そうして欠片も傷ついてはいない顔で、

 

「でも、答えてあげる」

 

「それはね。私がやりたいと思ったことは、全部成し遂げてきたから。勝って勝って勝って、これからも勝ち続けるから私は私でいられるの。頭を押さえつけられたからって、くじけたりはしないの。だって私は、雪ノ下陽乃なんだから」

「負け続けてきた俺には、理解できない感覚ですね」

「八幡の悪いところは、自虐的過ぎるところだと思うな」

「陽乃の悪いところは――」

「何かある?」

「……いいえ。雪ノ下陽乃は、完全で完璧です」

 

 半分以上は嫌味のつもりで言ったが、陽乃は正面からその言葉を受け止めた。それが当然という風である。自分に対する圧倒的な自信に、八幡は呆れて溜息を漏らした。そんな八幡を見て、陽乃は面白そうに笑っている。

 

「それじゃあ、とりあえず一教科解いてみようか。制限時間は30分。得意の国語で70点切ったら、拳骨だからね?」

「わかりました」

「もー女王様の仰せのままにとか言えないの?」

「俺がそんなこと言ったらキモいとか言うんでしょう?」

「うん。凄くキモい」

「だったらやりませんよそんなの。そういうのはご自慢の『友達』にやってもらってください」

「一人だけ特別扱いにしたらその子が調子に乗るじゃない。皆にやったら全然面白くないし」

「俺だってそのうち調子に乗るかもしれませんよ?」

「それはないよ。そうならないと思ったから、八幡に声かけたんだから」

 

 それもそうだ、と八幡はテスト用紙に目を落とした。適当に選んだはずだが、教科は得意の国語だった。ざっと問題に目を通して見る。これならば高得点が狙えそうである。

 

 横目で陽乃を見ると、彼女は真剣な表情でテスト問題に目を落としていた。内心はどうあれ、自分のために時間を割いてくれている。その事実だけで、八幡には十分だった。

 

 

 

 


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