女王様と犬   作:DICEK

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デートって何でしょう……
しかもニ分割となりました。
デート編は次で完結です。ごめんなさい。


雪ノ下陽乃は告白する

 

1、

 

 八幡にとって外での食事とは『安くて普通』か『高くてそこそこ』の二種類しかない。前者が一人でも行けるところ。後者が何かあった時に皆で行く場所――早い話が、八幡にはほとんど縁のない場所だった。

 

 だが、陽乃に連れて行かれた場所は、その二つのどちらとも違う場所だった。そこそこ高くオシャレで、見渡す限りリア充しかいない。一人では絶対入らないどころか、候補に上りすらしないだろう。

 

 メニューも確かに日本語で書いてあるはずなのだが、横に写真までついているのに、内容が頭にまるで入ってこない。

 

 渋面を作っている八幡を見て、陽乃は笑みを浮かべている。戸惑い、困っている八幡を見て楽しんでいるのだ。

 

「八幡、何にする?」

「陽乃のオススメで」

「お財布は大丈夫かな?」

「ローンまで組んだらもう、俺に怖いものはありませんよ」

 

 男女二人で出かけて女性に財布を開かせている時点で、男の面子などとっくにつぶれている。今更多少豪気に金を使ったところで、挽回は不可能だ。これ以上下降しないのであれば、好きなように振舞うに限る。

 

 陽乃は慣れた様子で店員を呼び、メニューを指しながら注文をする。軽食はなく、飲み物だけのようだ。メニュー名を音で聞いても、八幡に解ったのはそれくらいだった。

 

「良く来るんですか? こういうところ」

「一人でゆっくりしたい時に使うかな。普通のお店だと、声をかけられて鬱陶しいの」

「陽乃に声をかけるとは、随分なチャレンジャーもいたものですね」

 

 総武高校ならば考えられないことである。そも、陽乃が一人でいることが高校内ではめったにない。陽乃とつるむことができる人間の中でさえ、陽乃のプライベートについて知っている人間はほとんどいない。自分がその一人であることに、八幡は少なからず自尊心を刺激されていたが、それでもなお陽乃が全く見通せないことに、落胆すると共に、安堵する。

 

「知らなかった? 私、結構モテるんだから」

「相手の男が袖にされる瞬間が目に浮かぶようです」

「八幡に予想されるほどワンパターンじゃないつもりだけど?」

「すぐに殺すか、後で殺すかの違いくらいでしょう?」

「残念、不正解! すぐに殺すか、ちょっとだけ待ってそれから殺すか、だよ。後で何て時間の無駄だもの」

 

 からからと、愉快そうに陽乃は笑う。物騒この上ないことであるが、陽乃はやると言えばやる。その結果、相手の男がどういう行動に出るかまで加味してそういう対応なのだ。男に相対した女性の気持ちなど、男である八幡には解るはずもないが……陽乃が女性として類稀な精神力を持っていることは解った。

 

「試しに付き合ってみようとか、思ったりしなかったんですか?」

「八幡は良く知らない人に、自分の時間をつぎ込んでみたいと思う?」

「欠片も思いませんね」

「でしょ?」

 

 陽乃に付き合っていてほしいと思っている訳ではない。心情はむしろ逆である。口にしてから随分と適当な質問をしたものだと思ったが、陽乃から返ってきた答えは意外にも的を得ていた。自分には絶対にないことだろうが、見ず知らずの女性が告白してきたとしても、それを受け入れることはないだろう。ならば良く知っている女性からならOKを出すかと言えば、それも想像することができない。やはり何かしら理由をつけて、断るような気もする。

 

 例え相手が自分を気に入ったとしても、こちらが相手を気に入るとは限らない。選べる立場か、と人は言うのだろうが、一度しかない人生の時間を賭ける相手なのだ。少しくらい選り好みをする権利は、誰にだってあるだろう。

 

 そう考えると、恋人がいる人間というのは、また、夫や妻がいる人間というのは、どういう過程を経て『この人間ならば』と思うに至ったのか気になってくる。一番最初に思いついたのは自分の両親だ。実の息子に美人局に騙されるなと真顔で教え込むような父親である。どんな人生を送ってきたのか、その事実だけでも想像に難くないが、そんな父親にも一人女性を見つけて『この人だ』と思うことがあったのだ。その上子供を二人作って、家族全員を養ってもいる。

 

 自分がそうしている光景を、想像することができない。将来の夢は専業主夫と公言している八幡であるが、具体的にそうしている自分というのを想像したことは意外なほどに少なかった。

 

「……難しい顔してる。柄にもないこと考えてるんじゃない?」

「そんなことありませんよ。ここの支払いがいくらになるのか、暗算してただけです」

「てっきり『男女の関係とは』みたいなこと考えてるのかと思った」

 

 核心を突いた陽乃の問いに、八幡はポーカーフェイスを貫いた。表情には出ていないはずであるが、陽乃相手にごまかしきれたか自信がない。人対人の対決では、類を見ない強さを誇る怪物だ。陽乃の前で隠し事を隠し事のまま通すことができたら、それだけでも腹芸をする人間としてはかなりの腕であると言えるだろう。生徒会に組み込まれて約半年。大分経験は積んだと思うが、いまだに陽乃の影は見えてこない。

 

「ま、それは良いや」

 

 確信がなかったのか、それともただカマをかけただけだったのか。陽乃はさっさと諦めて話題を切り替えた。陽乃に気付かれないよう、ゆっくり小さく溜息を吐きながら、八幡は水を飲む。

 

「今日はこれから映画にでも行こうと思うんだけど、八幡は何かみたいものある?」

「特にこれと言っては……でも、最近見に行ってないんで、行けば何か見たくなると思います」

「それは良かった。服を見てカフェに寄って映画見て、ってかなり定番というか平凡なコースだけど、退屈とかしてない?」

「陽乃と一緒にいて退屈することはありませんよ」

 

 正直既に疲れてはいたが、それは言わないで置いた。そんなことは陽乃も十分に理解しているだろう。何しろ使っている本人なのだから。八幡の模範的な解答には、言外の意味も十分に込められていたが、陽乃はそれに気付かないふりをした。自分に都合の悪いことは取り合わないのが、いつもの雪ノ下陽乃である。

 

「なら良かった。それじゃあここでは、取りとめのない話でもしようか。最近小町ちゃんはどう?」

「相変わらず世界一かわいいですよ」

「世界一可愛いのはうちの雪乃ちゃんだけど?」

「……」

「……」

 

 人でも殺しそうな顔、というのはこういうのを言うのだろう。陽乃の顔からは、一切の笑みが消えていた。自分の顔を見ることなどできないが、この時は八幡も似たような顔をしていた。

 

 数秒も相手を見詰め合っていただろうか。先に息を吐いたのは八幡だった。

 

「やめましょうか。この問題を追及していくと、お互いに血を見ることになりそうな上に、決着もつかない」

「そうだね。雪乃ちゃんはかわいいけど、小町ちゃんもかわいいしね」

「妹さんだってかわいいですよ」

「ありがとう。でもあげないよ?」

 

 くすくすと陽乃が笑う。数秒前まで人でも殺しそうな顔をしていたとは思えない。妹のことになると、陽乃は少し人格が変わる。それだけ雪乃のことが好きなのだろう。

 

 陽乃に愛想笑いを返しながら、八幡は軽井沢で少しだけ顔を合わせた年下の少女のことを思い出す。姉妹だけあって陽乃と良く似た顔立ちをしていたが、方向性が大分違う。それどころか八幡は、雪乃に自分に近しいものを感じていた。

 

 基本、学校で顔を合わせるだけの自分ですら、ここまで気苦労があるのである。血が繋がっていて、家で毎日顔を合わせる同性の妹の立場は、想像に余りあった。

 

「意外と難しいんですね、とりとめのない話題って」

「会話しなれてない証拠だね? ならトレーニングでもしましょうか。八幡から振ってみて? 私はそれに答えてあげる」

「いきなりハードルが上がりましたね……」

 

 頭を捻る八幡を見て、陽乃は笑う。こうなれば陽乃は、自分から話題を振ってはこないだろう。こちらがまごついていると、彼女はいつまでもそれを眺めていそうな気がする。陽乃はデキる人間であるが、悪趣味だ。他人が困っているところを見るのは、陽乃の楽しみの一つである。

 

 後の弱みを提供するのも癪だ。

 

 何を喋るか。頭を捻った結果、八幡は自分のことを話すことにした。断じて人に誇れるようなものではないが、自分にあって陽乃にない物と確実に言えるものである。笑いが取れる自信はないが、退屈する可能性は低い、ような気がする。

 

 何も話さなければそれはそれで針の筵だ。同じ筵ならば座る場所は自分で選ぶ。半ばやけになった八幡は、本当に、中学時代のことを話し始めた。

 

 

 

 

 

 

「………何か、ごめんね?」

「いや、謝られても困るのですが」

 

 受けるとは思っていなかった話題は、やはり受けなかった。それどころか陽乃は世にも珍しい気の毒そうな表情を浮かべている。普段見れない陽乃の顔が見れた、というところではプラスだが、八幡の心も大きなダメージを受けている。トータルすれば、明らかにマイナスだった。

 

「解ってたつもりだけど、全然だったね。八幡のこと、私大分誤解してた。これからはほんの少しだけ八幡に優しくしてあげるよ。だから気をしっかり持ってね?」

「陽乃、楽しんでるでしょう」

「良く解ったね。いやー、私の期待を裏切らないね、八幡は」

「お楽しみいただけたのなら、何よりです。それじゃあ、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2、

 

「さて、映画館についた訳だけど、人が死ぬ映画と、人が凄く死ぬ映画と、人がすっごく死ぬ映画のどれが良い?」

「人が死ぬ映画しかやってないんですか?」

 

 額を押さえながら予定表を見る。陽乃が言っていたのはそれぞれ、悲恋物っぽい恋愛映画(邦画)と、ハリウッドスターを前面に押し出したアクション映画と、社会派の戦争映画の3つである。それ以外は丁度良い時間がない。その3つの中でというのなら、八幡が選ぶものは決まっていた。

 

「俺ならアクション映画ですかね」

「女の子と一緒なのに? その心は?」

「まず戦争映画は論外です。作品のデキはともかくとして、無駄に気分を重くする必要もないでしょうし、俺ら二人で社会派もありません。残る二つは単純に、その手の恋愛映画が俺の趣味ではないということなんですが……見たいですか? こういう恋愛映画」

「私も趣味ではないかな」

「となると、この三つだと消去法でアクションになりますね。雰囲気も変に暗くならずに良いんじゃないかと」

「うん。私もこの三つなら、これって判断したかな。ところで、さっきからちらちらとあっちに視線を向けてることに、私は気付いている訳だけど?」

 

 にやにやと笑う陽乃に、八幡は視線を逸らした。疚しいことがあった訳ではない。単に今月から公開されたプリキュアの映画が気になったから見ていただけだ。候補に上った三つではなく、あれが見たいなどと大それたことを思ってはいない。プリキュアが名作だ、というのは八幡の中で揺ぎない真実であるが、こういう時見るのに適さない内容だということは、よく理解している。『あれは名作だ』と思うのは自由であるが、それを口にする時は、状況を良く考えなければならないだろう。陽乃相手にプリキュアは、どう考えてもNGだ。

 

「八幡が見たいなら、一緒に見てあげても良いよ?」

「勘弁してください。そんな羞恥プレイの趣味は、俺にはありません」

「面白そうだったんだけどなぁ……八幡が恥ずかしさに耐えるの」

 

 そりゃあ面白いだろう、と心中で一人ごちる。八幡も、逆の立場ならば見たいと思ったに違いない。

 

「ポップコーンとか食べる?」

「飲み物だけにしておきます。俺が買ってきますよ。何が良いですか?」

「アイスティーでよろしく。Mサイズね」

「了解です」

 

 映画館でポップコーンというのも定番であるが、人が集まる環境で音を立てるというのも抵抗がある。ぼっちは普通に行動する分には目立つことが嫌いなのだ。レジカウンターから見る美味しそうなプレッツェルに心引かれながらも、飲み物を買って陽乃の所に戻り、シアター内部へ。

 

 休日昼間、大衆向けのアクション映画であるが、初公開から二週目ということもあって、人の入りはまばらだった。カップルよりも友達といった雰囲気の人間が多いのは、普通のカップルならば恋愛物の邦画の方に行くからだろう。自分達が普通でないと言われているようで聊か気分が滅入るが、隣に座ってストローを咥えている陽乃を見れば、彼女が普通でないのは良く解る。普通でないのなら、普通でない行動をするものだろう。何より、人が少ないというのは僥倖だった。

 

「寝たくなったら肩貸してあげるからねー」

「起きてますから大丈夫ですよ」

「……」

「……」

「…………肩を貸してあげる、とは言わないの?」

「態々自分から言うことではないかなと。使いたかったら使っても構いませんよ。俺の肩でも良ければ」

「取って付けたみたいでつまらなーい」

 

 ぶーぶーと抗議を漏らす陽乃を軽くいなしていると、映画が始まる。

 

 特に目新しい設定はなかったが、アクション映画だけあって適度に楽しむことができた。横目で見た限り、陽乃も時折口を開いて『おー』と声を漏らしていた。趣味に合わないつまらないということはなさそうで、胸を撫で下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映画館を出ると、夕暮れ時になっていた。

 

 これからの行動を決める必要がある。この休日、いつまで一緒にいると決めていた訳ではない。そろそろいい時間であるからここで分かれないのであれば、夕食の場所を決めておく必要があるだろう。出費が重なっているが、ローンまで組んだ八幡にもう怖いものはない。

 

「夕食はどうしますか?」

「時間は大丈夫?」

「泊まりとか言われると困りますが、終電までに家に帰れれば大丈夫ですよ。小町がこうなら両親も文句の一つも言うでしょうが、俺なら特に文句は言われません」

「信用されてるんだね、親御さんから」

「こういうのは放任主義って言うんですよ」

 

 突き放したような物言いであるが、両親との距離感は嫌いではなかった。小町ほど手をかけられていないというだけで、面倒は見てくれる。必要以上に干渉されないというのは、八幡の性格からすれば願ったり叶ったりの環境である。不満があるとすれば、そういう境遇にいる八幡のことを、小町が心配しているということであるが……家族に関する八幡の希望は、小町が健やかに育つということだけである。心配させているのは申し訳なく思うが、それを除けば最高の環境だった。

 

「私に任せるってことでOK?」

「どこか決めている場所があるんですか?」

「レストランとかじゃないけどね……時間がOKなら、良いかな別に」

「どこに行くつもりなんです?」

「ムードのあるところ。男の子と女の子が一緒にいるんだから、最後くらいはそういう場所に行かないとね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3、

 

 目的を告げられず、陽乃に連れてこられたのは公園だった。団地の中にあるような小さな公園ではなく、遊歩道などもある広めの公園である。夜の帳も降り始めた公園は人の気配はなかったが、しっかりと電灯が設置されているため、薄暗くはなかった。

 

 陽乃の後ろに立って歩きながら、八幡は逸る気持ちを抑えるのに必死だった。リア充と言っても良家の生まれである陽乃は、素行不良ではない。遊んではいるが夜間に外出して警察に補導されるようなことは皆無の学生生活を送っているはずである。

 

 だから夜間、柄の悪い連中がどういう行動をするのか、あまり頓着していないのだろう。人気のない場所というのはカップルが立ち寄る定番でもあるが、同時にそういう連中にも、都合が良い場所だった。カップルなど、柄の悪い連中の格好の餌食である。そういう連中の気配はないか、歩きながら周囲の気配を探る。バイクの音はせず、話し声も聞こえない。ああいう連中は基本大声で話すから、ある程度離れていても聞き取ることができる。この段階で何も聞こえていないということは、近くにはいないということだ。

 

 地面のチェックも忘れない。ゴミが落ちていたらその内容まで検分する。煙草の吸殻などが落ちていたら一発でアウトだが、吸殻どころかゴミの一つも落ちていなかった。珍しく利用している人間のモラルが高いのか、清掃業者の人が優秀なのか。いずれにしても、柄の悪い連中が残していく定番の、コンビニ袋なども全く見られることができなかった。

 

 公園の中には、耳に痛い程の静寂が満ちていた。本当に、自分と陽乃の二人だけなのだろう。薄暗い人気のない公園に美少女と二人きりとなると、流石に比企谷八幡と言えども緊張する。陽乃はどうだろうか。周囲のチェックをやめて陽乃に視線を向けると、ちょうど彼女が振り向いた。

 

「座ろうか」

 

 陽乃が示したのはベンチである。二人掛けの、あまり大きくないベンチの端に腰を下ろすと、陽乃もその隣に腰を下ろした。

 

 隣に座るのは珍しいことではない。他人との心の距離については鉄壁な上、認識阻害の魔法までかけている陽乃だが、物理的な距離はほどほどに近い。相手を勘違いさせることを目的としているのだろう。特に男子に対しての距離の取り方は絶妙だった。エロイベントは絶対に起こさずに、相手の意識だけを満足させる。天然でも考え物だが、意図的にそれをやれるとしたら、八幡から見るともう化け物だ。

 

 その行動は生徒会のメンバーに対しても適用される。一番距離が近いのは同姓で仲の良い静で、その次が同姓で後輩のめぐりである。めぐりよりも付き合いは長いが、男性である八幡は、生徒会内ではビリだった。

 

 その辺を歩いている男子よりは若干マシ、というレベルであるが、普通と違うことがどれだけ重要なのか、陽乃を見ていると良く解る。

 

 だから近くに陽乃が座るのは、八幡にとっていつものことだった。どきどきするなど、今更なことである。落ち着け、落ち着け、と一度念じると動悸はすぐに収まった。雪ノ下陽乃は美少女であるという事実だけを、ただ受け入れるのみである。

 

「今日は楽しかった?」

「一人で過ごすよりも、有意義な時間を過ごすことができました。楽しかったですよ、服も買えましたしね」

「いざとなったら返済はまってあげても良いよ?」 

「月々の返済はきっちりと。金の切れ目が縁の切れ目と言いますからね。返済が遅れたくらいでガタガタ言う人ではないと信じてますが、やるべきことをやらないで評価を落とされるのもバカらしいですし」

「プレゼントしても良かったんだけどねぇ……」

「それは悪いですよ。俺は陽乃に、そこまでしてもらう理由がありません」

「人に何かをするのに理由はいらないと思うんだけどねぇ」

「そういうのは大事な人に言うものですよ。俺じゃなく、妹さんとか」

「雪乃ちゃんは大事だけどね。世界で一番大事。可愛すぎて、意地悪しちゃうくらいに」

「意地悪しすぎると、嫌われますよ?」

「別に良いよ。私が雪乃ちゃんが好きなのは、変わらないから」

「自分が良ければそれで良いんですね」

「まず、自分が納得できないとね。したいことはする、したくないことはしない。できる限り妥協したくないもの」

「陽乃でも妥協することがあるんですか?」

「しょっちゅうね。私だって苦労してるんだよ?」

 

 知りませんでした、とは言えなかった。本人が何でもないことだと振舞っているだけで、陽乃が陽乃なりに苦労しているのは近くで見ているから解る。雪ノ下陽乃だから、という理由だけで神聖視する人間が、総武高校には多すぎた。完璧であるが故に、誰にも気付かれない。気にかける人間が誰もいないと、本当に誰も知らないところでパンクしかねない危うさが、陽乃にはあった。

 

 陽乃に必要なのは、それをフォローする人間だ。自分の役割というものが、八幡にも漸く理解できてきた。雪ノ下陽乃がより長期的に、効率的に動けるようにすることが、学校での比企谷八幡の使命である。意識できるようになると、仕事は上手く回るようになった。めぐりという新しいメンバーも増え、雪ノ下政権はより効率よく回るように進化している。

 

「珍しく弱音吐いちゃったね。何だろう、今日は機嫌が良いのかな私」

「悪くはなさそうですね。悪い時はもう、もの凄く攻撃的になりますから」

「八幡が言うなら、そうだろうね。じゃあ、告白ついでに言っちゃおうかな」

 

 そうして陽乃は微笑むと、何でもないことのように言った。

 

 

 

 

 

「私ね、多分八幡のことが好きだと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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