女王様と犬   作:DICEK

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雪ノ下陽乃は答えを得る

 最初は適当に使い潰してぽいするつもりだった城廻めぐりが、実は結構使える人間だと気付いたのは、彼女を生徒会に引き入れてから一週間も経った頃だった。

 

 勿論陽乃自身よりは大分劣るが、中々効率的な人の使い方を提案してくるのだ。これについては八幡よりも上手いと言えるだろう。反面、八幡が抜群に上手い『人を見る』ということについては、平均よりも劣っているように思える。

 

 一言で言うならば、城廻めぐりは性善説で動いているような少女だ。人の良心を信じて行動するせいで、そうではない人間に足元を掬われる。ちょうど自分や八幡とは真逆のタイプだった。一人で行動させるのは危なっかしいが、真逆の視点を持った人間とセットで使うなら良い仕事をするだろう。

 

 視点は鋭いが人を使うのがイマイチな八幡とは、良いコンビと言えた。仕事を効率的に回すという、ただそれだけを追求するならそうするべきなのだろうが、陽乃のプライドがそれをすることを躊躇わせていた。

 

 一週間眺めてみて、八幡狙いではないということは何となく掴めてきた。この性善説の少女は本当に文化祭を手伝いたくて、生徒会室のドアを叩いたのだ。話に聞けば、クラスの実行委員はリア充系の男女に奪われたという。解らなくもない。この性格、この地味さでは、そういう連中には勝てるはずもない。

 

 それでも諦めずに生徒会に直談判しにくるとは、見た目によらない行動力である。おかげでクラスでの立場は微妙なものになったろうが、めぐり本人は満足そうだった。何よりも、文化祭を成功させるために行動する。そんな自分の環境に満足しているのが雰囲気から解る。

 

 野心はない。下心もない。強いてあげるならば雪ノ下陽乃に憧れているところはあるが、それもあくまで常識的な範囲の話。頭の回転は悪くなく、こちらの言うことも良く聞く。

 

 命令を聞く人間は取り巻き連中の中にも大勢いるが、彼ら彼女らは自分をアピールすることに熱心で肝心の命令を半端に達成することが多い。陽乃からすれば使えないことこの上ないが、その点野心のないめぐりは命令を忠実に実行した。手際の悪さこそあるが、それは時間が解決してくれるだろう。

 

 間違いなく拾い物であるがそれだけに、八幡の反応が気になった。

 

 めぐりのことを八幡はどう捉えているのか。それが陽乃の目を持ってしても読みきれなかったのである。

 

 めぐりと仕事をしている八幡は、特におかしなところはなく、普段通りに見える。特にめぐりにときめいているような様子はないが、そもそも八幡が何かに目を輝かせているところを、陽乃は見たことがなかった。どういう女が好みなのかも良く知らない。反応を見るに自分がそう好みから外れていないことは解るが、それだけだった。

 

 八幡が女について話したことで記憶に残っているのは、彼の父親関連のエピソードだけ。美人を見たら美人局を疑えと教えた彼の父親は、なるほど、男として英才教育を施したのかもしれないが、陽乃からすれば良い迷惑だった。

 

 そこらの男ならば簡単に読めることが、八幡に関しては全く読めないのである。さくさく進む仕事とは反対に、陽乃のイライラは日々積もっていった。それを態度に出さないように神経を使いながら過ごすことしばし、とうとう限界に達した陽乃は昼休み、生徒会室の自分の椅子で脱力していた。

 

 何かストレス発散しないと、致命的なボロを出しかねない。明日は休日だが、できればそれ以前に何か一つでも良いことがあれば……

 

 ぐるぐると椅子を回転させながら、携帯をいじる。アドレス帳の名前を飛ばしに飛ばし、最後に候補に残ったのはやはり八幡だった。そう言えば最近、八幡とあまり話していない気がする。八幡と話をすればストレスから開放される……という訳ではないはずだが、めぐりと八幡をあまり引き合わせないようにしていたせいで、自分が八幡から遠ざかる結果となっていた。

 

 きちんと毎日顔を合わせているはずなのに、顔すら見ていないような気がするのもちゃんと話していないせいだろう。ちょうど昼休み。友達のいない八幡は、生徒会室にやってくるはずだ。同じクラスのめぐりとクラスでお昼してる可能性もないではないが、クラスで女子と二人でいることを選ぶなら、八幡は生徒会室に逃げてくだろう。

 

 少なくとも教室から逃げる可能性は非常に高く、その逃げ場として生徒会室を選ぶ可能性も、また高い。

 

 ただし、絶対ではない。一人になれる場所など学校にいくらでもあるはずだ。陽乃はとんと思いつかないが、本物のぼっちである八幡ならばそういう場所を心得ていても不思議ではない。

 

 携帯電話に視線を落とす。メールをすれば、八幡はすぐにでも飛んでくるだろう。昼ごはんを一緒に、と誘うのも嫌ではないが、それが建前であることは陽乃本人が一番理解していた。他人に、しかも男に逃避しているようで我慢がならない。葛藤がよりイライラを募らせていくが、そこは譲れないところだった。何より男に媚びるなど自分のキャラではない。

 

 悶々としながら携帯電話を眺めることしばし、陽乃は携帯電話を放り投げた。ストレス発散よりもプライドを取った陽乃は、苛立ちを隠せない様子で椅子に深く座りなおした。

 

 もう一人でお昼を食べよう。そう思った矢先、

 

「ちはーっす」

 

 やる気のない声で生徒会室にやってきたのは、八幡だった。

 

 その顔を見た瞬間、陽乃は顔を下に向けた。自分が世にも気持ち悪い顔をしていることを、自覚したからだ。八幡から顔を背けるように、椅子を回転させて頬を揉む。できれば鏡が欲しいが、手鏡を取るには椅子をもう一度回転させて八幡の方を向かなければならなくなる。今、この顔を見られるのはどうしても避けたかった。

 

「いるとは思いませんでした。珍しいですね、昼休みにここにいるの。取り巻きの人たちは大丈夫ですか?」

「たまにはいいでしょ。私にだって一人になりたい時もあるの」

「お邪魔なようなら席を外しますが……」

 

 だめ! と心の声を押し殺した陽乃は、大きく深呼吸をした。

 

「別にいいよ、八幡がいても」

「そうですか。では遠慮なく」

 

 自分の席に荷物を置いた八幡は、そのままお茶の用意を始める。かちゃり、という音は二度聞こえた。何を言うまでもなく、二人分の用意をしているのだ。その気遣いが、今日は溜まらなく嬉しい。

 

「紅茶で良いですか」

「いいよー。あついのでよろしくね」

 

 わかりました、と八幡の声はそこで途絶えた。足音もしない。ポットの前でぼーっとしている八幡が、見えるようだった。

 

 それからしばらく。どうぞ、と八幡の差し出したカップを陽乃は後ろ手に受け取る。まだ顔を見ることはできない。八幡の顔を見ないまま受け取ったその紅茶は、程よい甘さで陽乃の口にあった。お茶の淹れ方はまだまだだが、雪ノ下陽乃の好みというのがわかってきたようだ。それに刷り合わせようという、努力の後が感じられる。

 

「めぐりは一緒じゃないの?」

「友達いない俺と違って、城廻には友達がいますからね。教室で仲良く弁当食べてましたよ」

「そう? あんまり人気者なタイプには見えなかったけど」

「実は結構人気あるんですよ。メガネかけた仕事できそうなタイプに」

 

 本人がそういうタイプでないだけに、メガネとつるんでいる光景がイマイチ想像できないが、反リア充派に人気が出るというのは解る。生徒会役員をやったという実績があれば、雪ノ下陽乃と相反するタイプであっても、次の会長に当選するかもしれない。

 

 自分が引退した後のことに興味がない陽乃は、誰にも公認を出すつもりはなかった。それを良いことに、雪ノ下政権のカラーを引き継ごうと似たような、しかし明らかに劣る立候補者が乱立することになるだろう。そんな中、めぐりの朴訥さは新鮮に映るかもしれない。

 

「もしの話だけどさ。めぐりが来年度の会長戦に立候補したら、八幡はどうする?」

「選挙運動を手伝うかってことなら、まぁ、それくらいは手伝っても良いですが、役員になるかと言われたら遠慮します」

 

 てっきり最後まで手伝うものだと思っていた陽乃は、面食らった。八幡の方に顔を向けると、何でもないと言った風に弁当を食べている。

 

「どうして?」

「どうしてって……めんどくさいじゃないですか。やらなくても済むなら、そういうことはやらないに限ります」

「知らない仲じゃないでしょ?」

「俺がいてもマイナスにしかなりませんよ。優秀な友達がきっと何とかしてくれるでしょう。俺はリア充系にも真面目系にもウケが良くありませんからね。誰もが陽乃みたいに人を使いこなせる訳じゃないんです」

 

 暗にめぐりには自分を使いこなせないと言っているように聞こえて、陽乃は思わず噴出した。人に配慮ができるだけの神経の細やかさを持っているのに、細かなところでは雑なのだ。その雑さを無神経と思う人間もいるだろうが、陽乃はこの雑さが嫌いではなかった。

 

「でも私のことは手伝ってくれたでしょ?」

「……無理矢理引き込んでおいて何を言ってるんでしょうね、この人は」

 

 八幡は心底呆れた表情をする。逃げられないように逃げ道を塞いでお願いという名の命令をして引き込んだ訳だが、それでも八幡は腐ったり手を抜いたりせずに手伝ってくれた。根が真面目なのは見ていて解る。もう少し社交性があればめぐりのグループにいても違和感はなかったはずだが、他人と仲良くする八幡というのも想像できない。

 

 八幡が逃げずに留まっているのは『ここ』だけだ。この学校の生徒ならば誰もが知っている事実であるが、それを改めて認識したことで陽乃の感情は段々と穏やかになっていった。溜まりに溜まっていたストレスはどこかに消えていた。

 

「八幡」

「紅茶のおかわりですか? それとも肩でも揉みますか? 俺から見ても少し疲れてますよ。大変なのは解りますが、いくら陽乃でも根を詰めると――」

「ありがとう」

「……背中向けてください。どうも本格的に疲れてるみたいですね」

「ひどーい。私だってたまには普通にお礼を言いたくなることもあるのよ?」

「そんなのは陽乃のキャラじゃありませんよ。陽乃はいつもみたいに笑顔のまま人をチクチクザクザク刺すような人間でいてください」

 

 ほら、といつもより強引な口調で八幡が背中を向けるように促してくる。他人に背後に立たれるのも、身体に触られるのも久しぶりの経験だ。雪ノ下陽乃に触れるというのが、この学校の男子にとってどれだけ大それたことであるか解っていないはずはないのに、八幡は躊躇いなく肩に手を置いて、肩をもみ始めた。

 

「眠いなら寝てても良いですよ」

「そう? それじゃ、時間になったら起こしてもらえる?」

「了解です」

 

 八幡の声を聞きながら、陽乃はそっと目を閉じた。




めぐり先輩を出すつもりだったのに気付いたらはるのん一人舞台となっていました。はるのんかわいい!
次回はヒッキーとめぐり先輩の話になります。

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