女王様と犬   作:DICEK

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だから比企谷八幡は友達がいない

 

 

「夏休みがあけたら、文化祭が近いな」

 

 避暑地、軽井沢にて。

 

 雪ノ下家の別荘。その広大な庭に設えられた東屋である。

 

 薄着で飲み物を片手にチェスなどを指しながら、静は言う。相手は陽乃で、これまたリラックスした装いで、駒を動かしていた。時間を潰すための遊びであるが、そこには八幡が立ち入る隙がないほどの勝負が繰り広げられていた。

 

 最初は八幡も混じって交代でやっていたのだが、八幡一人あまりにレベルが違いすぎるために、仲間はずれにされてしまったのだ。今はうちわで二人を交互に扇ぐという情けない任務についている。美人二人相手のお世話であるから、金を払ってでもやりたいという男は――特に総武高校には――いくらでもいるだろうが、実際に団扇で二人を扇ぐ八幡の顔は『憂鬱』というタイトルをつけて額縁に入れられるほどに、苦りきっていた。

 

 自分は何をしているんだろうと考えずにはいられない。これだけ辛気臭い顔をしていたら大抵の人間は煙たくなって遠ざけたくなるはずなのに、静は我関せずと八幡の表情は気にしないことにして、陽乃はその捻じ曲がった精神でもって八幡の表情を楽しみながら夏の日の午後を楽しんでいた。

 

「文化祭ですか。そこそこ大規模にやるって聞いてますが……」

 

 静の話題に、八幡は適当に答える。正直に言えばあまり係わり合いになりたいイベントではない。一致団結を強要するあの雰囲気はぼっちにはキツいのである。

 

 逆に、陽乃のようなタイプは輝くことだろう。人々の中心に居座るために生まれたような陽乃は、静の言葉にそうねー、とやはり適当に相槌を打ちながらも、

 

「あ、私文化祭実行委員長もやるから、静ちゃんよろしくね」

 

 と、軽い調子で爆弾を落とした。静もぽかんとした顔で陽乃を見返す。

 

「何を言っているんだお前は……」

「言葉通りの意味だけど? 別に兼務しちゃいけないって訳じゃないでしょ? 私まだ二年生だし」

 

 チェックメイト、とナイトを動かして陽乃が大きく伸びをする。高度な戦いではあるものの、戦歴はこれで陽乃の5勝0敗である。静の勝ちは一つもなかった。苛立たしげに懐から煙草を取り出し、咥える。

 

 それとほとんど同時に、八幡は預かっていた静のライターに火を灯した。静はそれに煙草を近づけ、ふー、と煙と一緒に大きく溜息を吐く。

 

「解ってると思うが、激務になるぞ」

「私の負担は全力で軽くするから大丈夫」

 

 可憐に微笑むが、八幡には陽乃のそれが悪魔の笑みに見えた。

 

 陽乃の才能は多岐にわたる。学業も学年主席を外したことはなく、全国模試でも当たり前のように名前が載る。運動も、真面目に部活に打ち込む凡人を軽々と追い越し、青春全てをかけているような秀才にも肉薄する。流石に努力する天才には一歩劣るが、そんな才能が早々いるものでもない。

 

 総合力においては文句なく、影も踏ませないほどに総武高校では頂点に君臨していた。

 

 そんな陽乃の才能の中で八幡が最も希少と感じているものが『人を使う』才能である。彼女は実に効率よく人を使う。自分はあくまで無理をしない程度に仕事を処理した上で、その余剰分を他人に割り振る。八幡には適当に放り投げているように見えるが、その実、適材適所を判断して割り振っている……らしい。

 

 加えて、本性を知らない人間には猫をかぶったまま、本性を感じ取っているシンパにはそれなりに、気持ちをくすぐるような言葉を吐く。相手を乗せるのが絶妙に上手いのだ。無理やり良い方に解釈すれば、やる気を引き出すのが上手いということでもある。

 

 優等生ではこうはいかないだろう。陽乃のような美人が、こういう性格をしているからこそ成り立つ手法だった。

 

 その手法に基本的にひっかからない稀有な存在であるところの八幡だからこそ、陽乃の手腕を近くで、正確に観測することができた。

 

 素晴らしい才能だとは思うが、真似したいとは思わない。その才能を発揮するための下地作りのために、陽乃は相当な時間を人間付き合いに割いている。それなりに楽しくやっているようだが、不本意な関係もあるだろう。

 

 外面とは裏腹に、陽乃は人間の好き嫌いが非常に激しい。感性も歪んでいるものだから、どうでも良い人間と上辺だけの付き合いをすることは、ストレスになっているはずだ。

 

 それを苦であるように見せないのも、彼女の強さであるとは思うが……

 

 陽乃の横顔を見る。陽乃はいつものように、モテない男を一目で恋に落とすような笑みを浮かべていた。

 

「あ、八幡にも実行委員会に入ってもらうからね」

「実行委員はクラスから任意で選出されるんじゃありませんか?」

 

 質問の形をした『立候補なんてしませんよ』という意思表示でもある。そうしない限り、まさか他薦されることもないだろう。陽乃の犬である八幡を貧乏くじとは言えクラスの代表にしようという物好きが、過半数もいるとは思えない。

 

「委員長が採用と言えば、おそらく通るだろう。人数を厳密に定めている訳ではないし、委員でないものが手伝ってはいけないという校則がある訳でもない。参加したい人間が全員参加となったら収拾はつかんだろうが、陽乃がそんな有象無象を引き込むはずもないからな。それに、生徒会長が実行委員長を兼務するなら役員が関わることもなし崩しに認められるだろう」

 

 つまり陽乃が実行委員長になったら、必然的に八幡も委員が確定である。陽乃が委員になれないということは万に一つもない。

 

「実務は委員に割り振ればそれほどでもない。実行委員の案件もまとめて生徒会室にもってくれば処理も楽になるだろうが……解ってるのか? 実行委員会が活動している間は、その分生徒会の仕事も増えるし、執行部には監督義務もある。単純に執行部の仕事が増えるんだ。実行委員会の仕事もこなしながらとなると、流石に比企谷一人では処理し切れんのではないかな」

「俺一人確定ですか」

「さすがにそれはかわいそうだから、お手伝いを使うことは認めてあげる。八幡にそんなこと頼める友達がいればだけど」

 

 絶対にないと確信している風で陽乃は言う。悔しさは別に沸かない。何故なら本人がそう確信してるからだ。とは言え仕事に忙殺されるのも、それはそれで困る。生徒会室に他人が来るのを実は嫌っている陽乃から手伝いは認めるという言質はとった。後は使える人間さえ用意できれば、とりあえずではあるが負担は減る。

 

 陽乃の気にいらない人間であればちくちく攻撃して自発的に辞めるように追い込むだろうから、彼女とそれなりに上手くやっていける人間でないといけない。何となく、駅で行き違った雪ノ下妹などは良い線行きそうだったが、OGであるならまだしも入学してもいない中学生を執行部には引き込めないだろう。

 

 とにかく、ダメもとでも探すしかない。見つからなければ陽乃のことだ。過労でおかしくなるギリギリまで笑顔で追い込んでくるに違いない。

 

 仕事ができて、陽乃と上手くやっていけて、なおかつ比企谷八幡の誘いにも乗ってくるか、あるいは向こうから声をかけてくるようなクレイジーな存在。

 

 八幡が求めるのは、そんな都合の良い人間である。 

 

 

 

 


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