フーカ「この声は……グレートサイヤマン!」   作:ルシエド

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 タグに技だけ、容姿だけ、みたいな感じのタグを付けるのが流行りと聞いたのでそれに便乗したタグを付けました。これで自分も立派な便乗作者です


バンジョーとカズーイの大冒険の紹介はオミットされました

 ライ・ドローンはその日、その時、その夜。

 星と月が輝く夜空の下で、無数の不良に囲まれていた。

 

「おうおうおーう、てめえ調子乗ってんじゃーん」

「一人で、しかもガキのくせして俺らに喧嘩売るとか、舐めてんの?」

「俺達はクラナガン紅さそり隊。クラナガンでも名の知られたチーマー軍団なんだぜ?」

 

 『ふかづめのドラゴン』、『魚の目のシルバー』、『ふきでもののマリー』等、クラナガンでも有名な不良達が並んでいる。

 小柄な中学一年生であるライであったが、彼は不良に囲まれても気怖じ一つ見せず、いつも通りに言葉足らずでコミュ力に欠けた話し方で喧嘩を売る。

 いや、気怖じしていないのではない。彼は恐怖を忘れるほどに怒っているのだ。

 

「謝れ。そしてもうしないと誓え」

 

「あん?」

 

 少年はポスターを広げて、それを不良達に見せつける。

 ポスターには、『格闘技選手:リンネ・ベルリネッタ』の姿と、それを引き立てる背景や大文字の数々が記されていた。

 ……そして。

 それらを台無しにする、品の無い落書きがあった。

 

「あ、それ俺が今日の夕方にアートにしたやつじゃん」

 

「落書きしたな」

 

「は?」

 

「もうしないと誓え」

 

 それだけだ。この少年がここに居る理由はそれだけ。

 生来の勇気があるわけではないこの少年が、夜に道端で見かけた不良に自分から絡んで行った理由は、この落書きされたポスター以外の何も無い。

 

「……まさか、それだけの理由で、俺らに喧嘩売ってきたのか?」

 

「誓え」

 

「マジかよ! アホすぎんだろ! くははは!」

 

 不良達が笑う。

 それだけの理由で来た子供に変に感心した者も居て、バカらしいと笑う者も居るが、その大半は嘲笑の笑い。

 

「誰が誓うかよ! おいお前ら!

 後遺症が残らない程度にボコって病院の前に捨てといてやんぞ!」

 

 不良達の手には低価格のテーザーガン、金属バット、鉄パイプなどが握られている。

 対し、少年には大した戦闘力もない。

 結末は決まりきっていた。

 だが。

 だが、その時。

 不良達のリーダーが、自分達に重なる人影に気付く。

 高所に誰かが現れ、月の光に作られたその影が不良達に重なったのだ。

 

「……この影! 何奴ッ!」

 

「お前らに名乗る名前は無い! とうっ!」

 

 建物の上から、街灯や窓の縁・街路樹などを足場にして減速しながら何度も跳ね降り、軽やかに少女が現れる。

 白群色(びゃくぐんいろ)のリボンで、長い茶の髪をポニーテールで纏めた少女は、登場と同時に拳をリーダーに叩き込むことで、不良の(ヘッド)を一瞬にして無力化していた。

 少女が振るうその拳には、絢爛で純真な『青い魔力光』が宿されている。

 その光に、ライは思わず見惚れていた。

 

「青い光、青い拳……」

 

「こ、この光! 魔導師だ!」

「皆の衆! であえ、であえー! クラナガン紅さそり隊の力を見せるのだ!」

「野郎ぶっ殺してやらあ!」

 

「ワシの目の届く範囲で! 見逃せんことしとるんじゃあないっ!」

 

 ヒーロー見参。

 

 そして敗北。

 

「げっふぁ!」

 

「囲め囲め!」

「殴れ殴れ!」

「触れ触れ!」

「三國無双のやり過ぎで夢見てんじゃねえぞコラァ!」

 

 動きは素人、体付きに鍛錬の名残は見えず、武器は魔力の一撃だけ。

 それでは山ほど居る不良軍団に勝てるわけがない。

 少女は囲まれ、袋叩きにあってしまう。

 鍛え上げた格闘家でも、数の暴力には勝てないというのは有名な話だ。

 

 だが、暴力が勝てないもの、不良が勝てないものというのも存在する。

 暴力の天敵、すなわち法のパワーだ。

 

「全員その場を動くな! 警邏隊の者だ!」

 

「げっ、おまわりだ! サイレン無しかよ!」

「一人だけだ! 多分先行して来たんだ、やべえ!」

「逃げろ逃げろ逃げろぉ! 皆逃げろぉ!」

 

 制服を着た男が現れ、笛を吹く。

 高い音が鳴り、逮捕を恐れた不良達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 後には、ボコボコにされて立ち上がることもできない状態の少女だけと、警邏の制服を着た男だけが残される。

 

「……僕は、戦いが不得手。けれども得手もある」

 

 かくして、"変身魔法で警邏隊の人間に変身していた"ライは魔法を解除して、元の姿に戻る。

 少女の状態を確認しながら、彼は少女に声をかける。

 

「待ってて。今すぐ病院に」

 

「……待っ……病院は、いかん……事件性があるのは、あかんのじゃ……」

 

「……」

 

「頼む……人目につかない所に……そこに放って……」

 

 そう言って、少女は気絶してしまう。

 

 何か事情があるのだろうか、と彼は思い、恩人の少女にどう恩を返すべきなのか考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずということで、ライは少女を自宅に連れて行く。

 その途中、容姿から少女の素性を察したが、それは一旦脇に置いていた。

 自宅のソファーに寝かせ、地面を転がされたせいで汚れ傷付いていた少女の体表を綺麗にし、消毒し、回復魔法をかける。

 後遺症が残るような傷がないか魔法で確認していたライであったが、その過程でこの少女の身体的な特徴に少しばかり驚いていた。

 

(この骨格の強さ、尋常じゃないな)

 

 後頭部を鉄パイプで殴られていたりしていたのに、ダメージがほとんど見当たらない。

 鉄バットで殴られた部分も、骨に損傷はなく傷があるのは肉の部分だけだ。

 この少女の骨格は、異常に頑丈に出来ていた。

 回復魔法で治すのに手がかかるのは、硬い部分や繊細な部分の損傷、あるいは深い傷である。

 専門外の回復魔法であったが、これならライの回復魔法でも治るだろう。

 

 そもそもの話、特に鍛えていない中学生の女子の体格で、「不良に鉄パイプとかでタコ殴りにされました」「目が覚めたら特に問題なく動けました」というのがおかしいのである。

 この少女、生まれつき何か特別なものを持っているようだ。

 

(あれだ、クマみたいだ)

 

 そこで、少年が連想したのは『クマ』だった。

 クマは膨大な体重を支えるため、非常に頑丈な骨格を持っている。

 走る車と正面衝突しても骨折しない、と言われる種もあるほどだ。

 頭蓋骨がライフル弾を弾き返した事例もあるらしい。

 少女の骨格。

 少女のパワー。

 その二つが、不良に囲まれたあの状況から、少女を後遺症もなく帰したのだ。

 

(頑丈過ぎる。これが『フーカ・レヴェントン』か)

 

 ゴリラネッタの親友は、クマみたいなパワーと頑丈さを生まれつき持つ少女であった。

 

 "クマのフーさん"である。

 

 アインハチミツさんからハチミツ断空拳を習ってそう。

 

(どうしようか。話さないと事情は分からないし……お腹にタオルケットかけておこう)

 

 少女が風邪を引かないよう、少女の腹にタオルケットをかけるライであったが、それがフーカを目覚めさせるきっかけになったようだ。

 

「あ、起きた」

 

「……ん、むぅ……あれ、お前さんは……」

 

「安静に、フーカ・レヴェントンさん。ここは僕の家」

 

「何? ちょっと待った、ワシは名乗ってないはずなんじゃが」

 

「リンネさん」

 

「リンネ? あいつがどうし……んん? ちょっと待った」

 

 少女は体を起こし、ここが家屋であることを把握しつつ、少年が自分の名を知っていたことに不審な目つきになる。だが、記憶に何か引っかかるものを感じたようだ。

 

「結構言葉足らず……金髪……観葉植物みたいな雰囲気……

 ああ、分かった! お前さんがあのライ・ドローンか! 会いたいと思ってたんじゃ!」

 

「ん」

 

「こっちもリンネから、お前さんのこと聞いとるけえのう。

 しかしまあ、奇縁というもんもあるもんじゃ。

 知り合いでもなく、他人でもなく、友達の友達とこういう形で縁ができるとは」

 

 この少年と少女に面識はない。

 だが、二人に共通する友人は居た。

 リンネ・ベルリネッタという少女である。

 二人は友人(リンネ)を通して、互いのことを少しだけ知っていたようだ。

 

 ライは引っ込み事案で分かりづらい性格だが、フーカとリンネは分かりやすい。

 フーカは正統派主人公、リンネはやや面倒臭めの鈍感主人公、そんな関係。

 フーカがかめはめ覇王断空拳を撃てば、リンネはゴリック砲を撃つ、そういう関係。

 二人がポタラ合体すると、『ベ』ル『リ』ネ『ッ』タとレヴェン『ト』ンでベリットとかいう名前になりそうな関係。

 二人がフュージョンするとゴリーラとかいう名前になりそうな関係。

 フーカカロットとベジタネッタは、そんな性格と関係性だった。

 

 そんなフーカだから、彼が咄嗟に引っ込めた回復魔法をちらっと見ただけで、この状況を把握してしまう。

 

「逆に助けられてしまったみたいじゃな。

 ここも病院ではないということは、ワシの願いも聞いてもらったようじゃ。

 その回復魔法も……なんというか、助けに入っておいて情けないのう、たはは」

 

「そんなことはない」

 

「ワシはこの通り、強いというわけでもないんじゃが、喧嘩っ早くてな。

 仕事が見つかっては喧嘩して首になっての繰り返し。

 どうにも性分で克服もできん。

 今の職もやっとありついたのに、喧嘩を何度もしてクビ寸前で……

 次に喧嘩したらクビだ、と言われてたんじゃ。本当にありがとうな、ライ」

 

「構わない。君は恩人だから」

 

 ライの表情は揺らがない。揺らがぬポーカーフェイスだ。

 ただ、寡黙な彼の言葉からは、確かな感謝が感じられる。

 フーカはこの縁に少し気分が浮ついたのか、リンネから以前聞いていた内容を、"話が弾むだろう"と考えて口に出していた。

 

「そうじゃ、卒業式の日にリンネに告白して玉砕したとかなんとか―――」

 

「ぐがっはぁッ!!」

 

 瞬間。

 両目・両耳・鼻・口の七つの穴から血を吹き出し、ライはその場でばたりと倒れた。

 七孔噴血、傷心死の一歩手前である。

 このダメージは回復魔法でも治せない。

 

「うわっ!? す、すまん!

 リンネの口ぶりからして、てっきりそっちも笑い話にできるもんだと思ったんじゃ!」

 

「……いいよ……いいんだ……」

 

 全ては、少し前に少年がリンネに告白したことから始まった。

 少年はリンネに告白するも玉砕。「わ、私達もっとお互いのことを知ってからがいいと思うの!」という神撃の言葉にて玉砕した。

 申し訳無さそうにしているリンネから"申し訳なさ"を取り除くため、そして告白後にも友人関係を続けるため、ライは必死に取り繕った。

 

 それが、鈍感リンネにいい感じに作用した。してしまった。

 リンネはちょっとのドキドキを貰ったものの、その後のライのフォローのせいで、彼の告白を結構軽い気持ちでしたものなのだと理解してしまったのだ。

 そして、何でも話せる家族同然の大親友に、そういうニュアンスで話してしまったのである。

 フーカはリンネとは違い、そこまで鈍くない。

 だが、リンネというワンクッションを挟んでしまったのが失敗だった。

 

「……だ、大丈夫か?」

 

「……死にはしない……」

 

「心は死んどる顔をしとるぞ……!」

 

 クラッシャーリンネ。彼女のパワーは心も砕く。それでも彼は彼女が好きだった。

 

「とりあえず、ご飯にしよう……もう遅いし……」

 

「親御さんは待たなくていいんか?」

 

「今は居ないから」

 

 少年は冷蔵庫にあるものを使い、手早く時間をかけずささっと夕飯を作っていく。

 "前日の残飯の残りで弁当を作る"作業に手慣れた者特有の動きがちらちらと見えた。

 少年は皿に火を通した胡椒味の鳥のささ身を並べ、温めた鶏肉と野菜の煮物を出し、ポテトサラダと小皿を置いて、白米をよそった茶碗を『二人分』出した。

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

「え、ご馳走になってもええんか?」

 

「勿論」

 

「なんか申し訳ないのう」

 

「恩人だから」

 

 少年は言葉少ななだけで、受動的ではなかった。

 あれよあれよともてなされている内に、もう遅いし女の子がこんな時間に外歩きは、という流れからフーカはすっかりお泊りモードに入ってしまったのだった。

 

「結局風呂まで頂いてしまった……」

 

 風呂上がりに、フーカは居間で何やらコードを繋いでいる少年を見る。

 絡んだらほどきにくそうなコードだなあ、と思いながら、フーカは少年に近寄った。

 

「というか、何やっとるんじゃ?」

 

「夜の暇潰し」

 

「あ、知っとる知っとる。テレビゲームってやつじゃな!」

 

「やろう」

 

「あー、気持ちは嬉しいんじゃが、ワシはやり方知らんのじゃ」

 

「はい、説明書」

 

 フーカはゲーム機を見てちょっとワクワクした様子を見せながら、自分の境遇から来る無知ゆえに遠慮する。そんな彼女に、ライは古ぼけた説明書を手渡した。

 説明書の裏には、子供っぽい字でライの名前が書いてある。

 

「ワシは昔から文字読むのも苦手で、結構周りに迷惑かけて……」

 

「いいよ、待つから」

 

「……うむ、お前いいやつじゃの。リンネの友達がお前で、安心した」

 

 フーカが遅いペースでじっくり説明書を読む間、ライは座布団と二人分のマグカップを取りに行く。取ってきた座布団をフーカの横に置き、暖めた牛乳もその横に置いた。

 

「よし、覚えた! パーペキじゃ! ……あ、と、ありがとさん」

 

「じゃ、やろっか。『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』を」

 

 ―――ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ。

 それは1999年1月21日に発売され、「恐怖の大王は来なかったけどもっとすげえものが来た」とまで言われた伝説のゲームソフトだ。

  1996年6月23日発売の『Nintendo 64』の歴史を語る上で、絶対に外せないものである。

 

 64は発売初年度に『スーパーマリオ64』『マリオカート64』、翌年度に『スターフォックス64』『ヨッシーストーリー』、その次の年には『ポケモンスタジアム』『ゼルダの伝説 時のオカリナ』『マリオパーティ』等を出した、時代が産んだモンスターハードだ。

 このハードのソフトの中でも、"スマブラ"の愛称で呼ばれるこのソフトは指折りに凄まじい人気を博したものである。

 

 64は古い。だが、今でも十分楽しめるハードでありソフトだろう。

 このゲームが出た頃チャゲ&アスカと子供達に呼ばれていた者が、シャブ&アスカと呼ばれるようになるだけの時間が経っている。

 有名人がフリッカーシャブからのアクセルシャブインフィニティをキメている間にも、時は無情に進んでいくのだ。

 だが、時が前に進んでも、名作が名作であることに変わりはない。

 

「キャラもいっぱいおるのう、どれを使えばいいのやら」

 

「初心者向けはマリオ」

 

「ほほう。ならワシはマリオじゃ」

 

「僕はカービィで」

 

 ハイラル城という名のステージで、ゲームは始まる。

 そして、フーカはあっという間にゲームにのめり込んでいた。

 

「おお! 見ろライ! マリオが火を出したぞ!」

 

「ん」

 

 キャラが自分の思い通りに動くだけで、指示した通りに火を出すだけで、思った通りに戦ってくれるだけで、フーカは面白いように反応を示す。

 彼女はゲームをしていると一緒に体も動いてしまうタイプ。

 隣に座るライは彼女の肘打ちをたびたび脇に食らっていたが、ゲームに夢中になっているフーカに、あえて言及しなかった。

 

「うわぁ……わぁ……! このっ、このっ」

 

(楽しんでるなあ)

 

 こうまで楽しまれると、ライもついつい手加減してしまう。

 

 フーカ・レヴェントンは孤児である。

 娯楽はおろか、人並みの衣食住さえあったか怪しい人生を送って来た。

 そのことにわざわざ激情を抱くような後ろ向きの性格はしていない。

 ただシンプルに、"くそったれだ"という吐き捨てるような感情があっただけだ。

 

 その境遇のため、娯楽や食事等に対し、普通の人よりも"満足するハードル"が低い。

 ドハマリするのは当然の流れであった。

 

「プレイしてて気付いたんじゃが、64コントローラーの左側要らんのでは―――」

 

「それ以上いけない」

 

「お、おう」

 

 だが、そういうことに気付く勘のいいガキは嫌いだよ。

 

「そこのアイテム取って」

 

「んん? こうか……おお、回復した!

 そうか、これが回復アイテムなんじゃな!」

 

「そう」

 

「対戦中の相手に塩を送るとは余裕じゃのう……後悔させちゃるけえの!」

 

 合間にライが入れてきたホットミルクを飲んだりしつつ、二人は楽しくスマブラをプレイしていく。いまいち不評な某ソシャゲCM的に言えば、スマブっていく。グラブらない。

 

「よし、また勝った! ワシ天才なんじゃなかろうか!」

 

「また負けた」

 

 ライが手心を加えているのもあって、フーカは連戦連勝。

 どんどんのめり込み、加速度的に調子に乗っていく。

 境遇のせいでこういう風に友人と遊んだ経験もなかったのだろう。

 実に楽しそうだ。

 

(少しだけ怖い。この子、リンネさんより柔軟で怖い才能がありそうだ)

 

 ライはフーカにつられて自分まで楽しい気分になっていた。

 だが同時に、ゲームを通してフーカの才覚にも気が付いていく。

 フーカには、ゲームにも適応できる特殊な才能があるようだった。

 

「初めてやったゲームで連戦連勝……

 もしやワシの才能はここにあったのでは……

 ゲームで金を稼ぐ方法もあるという……

 しかしゲームで生きる糧を得るというのもなんかやじゃな……

 けれどもし、今の職場も首になったら、背に腹は……」

 

(あ、しまった。ちょっと手心加えすぎた)

 

 ただ、彼女の才能はゲームに特化したものではない。

 この程度の腕で"ゲームで食っていける"なんていう幻想をほんの少しでも持ってしまうことは危険かもしれない、とライは考える。

 ゆえに、一計を案じた。

 

「ちょっと、別の対戦相手を呼んで来る」

 

「別の対戦相手? 家族か?」

 

「僕の家族じゃない、でも、この家の住人ではある」

 

 喧嘩っ早いせいで職を転々としている――生きる糧を得る方法を常に探している――フーカに、変な幻想を見せないために、ライは部屋の外へ出て行く。

 そして一分後、ライと入れ替わるように、新たな戦士が現れる。

 対人対戦だけをしていたフーカは知らなかった。

 『突然の乱入者』こそが、スマブラの醍醐味の一つであるということを。

 

「おー、おま……え……え?」

 

 振り返す少女。その視線の先には、仮面を付けた大人の男が立っていた。

 

 

 

「グレート……サイヤマン!」

 

「ぐ、グレートサイヤマン!?」

 

 

 

 グレートサイヤマンと名乗ったその男は、天火星・亮だけに許された決めポーズをやたらとキレッキレに決める。

 この衣装を纏いし者は、登場時に己の理想を形にした決めポーズを決めなければならない。

 出来なければ、死あるのみ。

 それがこの衣装に課せられた鉄の掟であった。

 

 その男が纏う雰囲気は、紛れもなく強者のもの。尋常ではない。

 『グレート』の文字がそれだけで強い感を醸し出している。

 強い! 絶対に強い!

 

「調子に乗っている子が居ると聞いてね。

 ゲーマーの世界の厳しさを、少しばかり教えてあげよう」

 

「乱入者っちゅうわけか、面白い。

 ワシも自分の腕を試したいと思っていたとこじゃ。

 何より、ワシにゲームを教えてくれたライの顔に泥は塗れん!

 絶対に勝って、ライに勝利の報告をしてやるんじゃ!」

 

「……」

 

「ん? どうしたんじゃいきなり黙って。ビビったんか?」

 

「いや、ね。ここにライ君が居たら、小声で謝ってただろうと思っただけさ」

 

 何故か声に一瞬だけ罪悪感を滲ませて、グレートサイヤマンは彼女の隣に座る。

 

「ワシは王道を行くマリオで」

 

「では僕は、ドンキーコングを使わせて貰おう」

 

「そんな使いにくいゴリラで大丈夫か?」

 

「安心するといい。僕はゴリラとの共闘で負けた覚えがないんだ」

 

 この光景を、このゲームをかつてよくプレイした者が見ていたなら。ある者はゲロを吐いただろう。ある者は苦笑しただろう。ある者は勝利の快感を思い出しただろう。そして大半の者は苦虫を噛み潰したような顔をするだろう。

 

 そして、蹂躙が始まった。

 

「よーし、攻めちゃるけえの!

 あ、詰まった。む、振りほどけ……あれ?

 ちょ、ちょっと待った! ワシのマリオ掴んだまま場外に!?

 そりゃ自殺じゃろ、やめ、やめ、あああああ!

 なんちゅう手を使うんじゃ、まさかマリオ掴んで無理心中……え?

 も、もう一回!? もう一回無理心中!?

 やめえや! ここでこういうことされたら対抗でき……あああああ!

 まさかこれで引き分け狙いか!?

 なんちゅうこすい手を……ってまたあ!

 うう、最後の残機で引き分けやられるとは夢にも……

 ……ん? え? あれ? ……あれ……?

 あの、ドンキーコングが勝者になってるように見えるんじゃが。え? フェイント?

 ……………………………………………………………………………………………………は?」

 

 ゴリラによる一方的蹂躙。

 フーカは様々な手を打つが、ゴリラを巧みに操るグレートサイヤマンのプレイヤースキルは非常に高く、全て対応されてしまう。

 普通に戦っても圧倒的に強いのがゴリラであり、グレートサイヤマンだった。

 

 圧倒的ゴリラ。

 夏場のゴリゴリ君の売上くらいに圧倒的な蹂躙。

 そのパワーはポケモンであればオニゴーリラ(ゴリーラのすがた)と表現すべき規格外。

 裸ネクタイという通報待ったなしの最先端ファッションに身を包むオシャレゴリラ・ドンキーコングは、連戦連勝絶対不敗であった。

 

「お前ェ!」

 

 そしてとうとう、フーカがキレた。

 

「男として恥ずかしくないんか!

 ライ見習えライを! あいつは十分紳士じゃったぞ!」

 

「ふははは いいことを教えてやろう。

 想定された仕組みは仕様。想定されてない仕組みはバグだ。

 修正されないものが前者で、修正されるのが後者だ。

 64の時代は修正パッチなんてない時代だったが……

 ゆえに、致命的なバグは回収騒ぎとなり、それ以外は仕様とされる時代だった」

 

 ゲームの世界において、仕様はたびたびバグとされ、バグはたびたび仕様とされる。インターネットが今ほど普及していなかった時代において、大抵のバグは仕様であった。

 

「つまり、このやり方は仕様なのさ。

 ゲーム内で"できること"とは、すなわち"許されていること"でもあるのだ」

 

「むむむ……もう一勝負じゃ!」

 

 フーカは何度も負けて、何度も挑む。

 その度に手酷い負け方をする。

 ライという格下を認識し、グレートサイヤマンという格上を認識し、フーカは自分の実力の程を正しく認識し始めていた。

 

「これで分かっただろう?

 ゲームで金を稼ごうだなんて幻想は捨てるんだ。

 それはヒップホップで食っていこうとするようなものなんだから」

 

「ぐ……それは分かった。

 じゃけえ、せめて一機! 一機削って一矢報いる!」

 

 敗北に次ぐ敗北。

 その敗北一つ一つがあまりにも酷いものだったために、フーカの心は限界だった。あと一度戦うのが限度だろう。

 フーカの才能の一つに、学習と実践がある。

 見れば覚える。

 受ければ体得する。

 イメージ通りの動きを現実にできる。

 時間さえかければ、上記の三つをほぼ完璧に実践できる。

 その才能は、ゲームにおいても遺憾なく発揮されていた。

 フーカは五機の残機を使い切るつもりでグレートサイヤマンを追い詰め、ドンキーコングに的確な攻撃を当て、そして――

 

「もらった!」

 

 ――セクターZの戦闘機が撃って来た無差別射撃(ステージギミック)に撃たれ、吹き飛び、一矢報いられずに敗北した。

 

「なんでじゃあああああ!!」

 

「あらら」

 

「アホか! バカかワシは! バーカレヴェントンか!」

 

「せっかくの可愛いくて格好いい名前なんだから、それで自虐はやめなさい」

 

「お前が言うなあ! グレートサイヤがらせマン!」

 

 グレートサイヤマンが立ち上がり、フーカが座布団を抱きしめてその場を転がる。

 完全に戦闘不能状態に陥っていた。

 

「う……うぐぐ……ゴリラもう許さん……ゴリラ嫌いじゃ……」

 

「じゃ、僕は目的達成したんで帰りますよっと」

 

 捨て台詞を残し、グレートサイヤマンは部屋を出て行く。

 

 

 

「グレートサイヤマン……一体何者なんじゃ……」

 

 

 

 くてっとしてカーペットの上に転がるフーカの視界から、グレートサイヤマンが消え、ライが現れる。

 

「お前、どこ行っとったんじゃ」

 

「本読んでた」

 

「ふーん」

 

 ライはホットミルクのおかわりを持って来てくれたようで、フーカは礼を言ってからそれに口をつける。

 勝負に熱くなっていたせいか、喉が結構乾いていた様子。

 

「お前、よくあんな性悪と同居できるのう」

 

「僕と彼は同居してない。グレートサイヤマンは呼べば来るだけだから」

 

「なんじゃあいつ、どんだけ謎が多いんじゃ……」

 

「そんな感じ。もう寝る?」

 

「そうじゃな、そういう時間じゃ。ライ、悪いがそこのソファーを貸して……」

 

「部屋余ってるからそっちを使っていい」

 

 申し訳なさそうにソファーを借りようとするフーカの意志はどこへやら、ライはフーカをやや強引に部屋へと繋がる廊下へと押し出して行った。

 女の子をソファーで寝かせるなんてダメだ、という意識が見て取れる。

 親の教育がよく行き届いている証拠だ。

 ライの親は、よほど善い人物なのだろう。

 

「そこが妹の部屋。

 その隣が母の部屋。

 好きな方を使えばいい」

 

「というか、まだ誰も帰っとらんのか。旅行にでも行っとるんか?」

 

「そんな感じ」

 

 ライとフーカが居る場所にしか電気がついていない家を見渡しながら、フーカがちょっと不機嫌そうに喋り出す。

 

「一人息子を放っておいて家族で旅行とは、何考えとるんじゃ?

 ライ、お前さんが言いにくいようなら、ワシが代わりにガツンと……」

 

「いい」

 

 フーカは妹の部屋を選び、彼と別れる。

 

「その気持ちだけで、僕は嬉しい」

 

 去り際に彼が顔を見せていかなかったのが、何故か無性に気になった。

 フーカは部屋に取り残される。

 ライの妹の部屋はとても綺麗で、毎日掃除していなければこうはならない、と言い切れるくらいに綺麗だった。

 

(几帳面な家族なんじゃろうか)

 

 ベッドに腰掛け、部屋を眺める。

 フーカはベッドに隣接する小さな衣装棚の上に、幼いライとその家族が写っている写真、及び写真立てを見つけた。

 父親、母親、ライ、ライより歳下の少女の四人家族。

 ライの年齢から逆算すれば、5~6年前の写真だろうか?

 

「家族写真? なんで新しい写真がなくて、こんな古そうな写真が……」

 

 フーカはこの写真に、この家の様子に、引っ掛かりを覚える。

 そこから深く考えれば。

 もしくは、この写真に抱いた違和感をライに突きつけてみれば。

 この家の事情を何か知ることが、できたかもしれない。

 

「……寝よう」

 

 だが、フーカはそうしなかった。

 元より深い付き合いがある相手でもなく、深く付き合うつもりがある相手でもない。

 友達の友達であって、友達というわけでもない。

 その心に踏み込む義理など、どこにもなかった。

 

 孤児であるフーカは、多少なりとスレている。

 コンプレックスを刻まれながらも、基本的には純粋で純真な子に育ったリンネとは対照的だ。

 だから彼女は、踏み込まなかった。

 

 彼の家庭の問題には口を出さずに、寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日朝早くにフーカは出て行き、帰って行った。

 少女が宿舎付きの職場に向かうのを見送って、ライも学校に向かう。

 二人共、これでもう会うことはないかもしれない、くらいに考えていた。

 二人は違う世界に生きている。

 リンネの仲介で会う可能性はあっても、それ以外で会う理由が無い。

 一期一会というやつだ。

 もう二度と会うことはないかもしれない、と少し寂しい気持ちを抱えながら、ライは夕暮れの帰り道を越え自宅に到着し。

 

「……何やってんの」

 

「あー、あはは……」

 

 玄関前で体育座りをしている、フーカの申し訳無さそうな苦笑いを見た。

 

「……その、街の警備カメラに映像が残ってたらしくての。

 警察に通報が行って、職場にも話が行って……その、なんじゃ。

 ……資格も技能も無い、なのに面倒事起こすガキは置いておけんと首にされて……その……」

 

「……」

 

 聞けば、あの夜の一件が発覚し、結局警察のお世話になってしまったらしい。

 フーカは魔力素養があるために、並の成人男性より力がある。そのため働くこと自体は問題ないが、問題なのは彼女の喧嘩っ早さであった。

 未成年のフーカがやらかした問題は、フーカが泊まり込みで働いている職場の社長、その監督責任になる。

 "子供の面倒を大人が見る"という社会システムの充実は、頻繁に問題を起こす問題児の負担が大人に行くことにもなるのだ。

 問題児のフーカがまたやらかしたことに今度こそ社長はキレた、というわけである。

 

 自分のせいでクビになったという話を聞き、ライの良心が激しく痛む。

 フーカにそのつもりはないのだろうが、もはやこの時点でライはフーカの味方をする以外の選択肢を無くしていた。GBAの電池の蓋のように無くしていた。

 同様に、フーカもライを頼る以外の選択肢を無くしていた。

 DSのタッチペンのように無くしていた。

 

 迷惑をかけてもさほど良心が痛まない距離感、けれどもある程度の親しさと友好があり、かつその人を頼っても身の危険はまずないだろうと確信できるような相手。

 フーカの狭い交友関係の中で、そこまで厳しい条件に当てはまる人物は、ライ・ドローンという草食系男子しか居ない。

 

 例えるならば、クマが草食動物の友人を頼るようなものか。

 

「よかったら、次の職が見つかるまでウチに居る?」

 

「お願いします!」

 

 頼って、頼られて、予定調和のように了承されて、そうして。

 

 クマのフーさんは、クマの無職(プー)さんになって帰って来た。

 

 

 




 ネタバレ:この作品の完結後、フーカちゃんは習得した覇王断空拳を覇王翔吼拳に進化させてリンネちゃんに勝ちます。
 前作の燕尾服仮面の正体は驚くべきことに主人公のライ君だったわけですが、今回は新キャラのグレートサイヤマンが登場。果たして謎の包まれたその正体は……?

 今回の話は前作ほどギャグでアクセルを踏みすぎないように、ほんわか路線です。

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