Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第九話  かつての夢 1つ目

ルイズは夢を見る。

 

ふと気付くと、ルイズは深い青空の下でボロボロの服を着た人達と共に行列に並んでいた。

いつの間にか、視点がひどく低い位置にある。せいぜい前にいる大人の腰あたりだ。

 

(ここは?)

 

辺りを見回そうとしても顔が動かない。

まるで誰かの視界をそのまま覗いているようだった。

 

「オラ! 次だ!」

 

ガンガンと金属を叩く音がすると、行列が前へと少し動いた。

誰かに右手を弱々しく握られているのを感じる。

 

 ―大丈夫、もうすぐだから。

 

誰かの幼い声が耳に響いた。

どこかで聞いたような声だが、頭がぼんやりとしていてうまく思い出せない。

 

自分の視界が右に移ると、そこにはボロボロの服を身にまとった小さな男の子がいた。

その子供はひどくやせ細っている身体をこちらへと寄せ、不安そうに胸の前へ持ってきている手には薄汚れた器が握られている。

 

一瞬風が吹き、目の前の少年の薄桃色の髪が優しく風になびく。

 

もう一歩、前に進む。

すると、少し離れた所で男性の怒号が上がった。

 

「返しやがれ、この野郎!」

 

ばっとルイズの視界が振り向く。

見ると、女性が何かを抱えながら必死に駆けて行く姿があった。

その後ろを、怒声を上げる男性が追いかけていく。

 

少ししてから、遠くで女性の悲鳴が聞こえてきた。

隣にいる小さな子供がぎゅっとこちらに抱きついてくる。

 

 ―大丈夫よ。大丈夫だから。

 

聞こえ続ける悲鳴を背景に、今度はかすかに震える声が耳に響いた。

 

(これ・・・誰の声なの?)

 

ルイズが聞こえてくる声の主をいくら必死に思い出そうとしても、思い出すことはできなかった。

 

しばらくの間、行列を少しずつ進んでいく。

目の前の人が横にどくと、目前には金属製のテーブルに置かれた大きな鍋が湯気を出しながら並んでいた。

湯気の向こう側には大人たちが立っているように見えるが、湯気を通しているからかよく分からない。

 

「器を」

 

鍋の向こうにいる男性らしき人が無感情な声で指示する。

それに従って、視界の主と横の子供が男性へ薄汚れた器を渡した。

 

少しして、ごとり、と目の前の鍋と鍋の間に何かが入った器を置かれる。

視界の主は急いでそれを受け取ると、行列から逃れるように早足で歩いていった。

器に入っているのは、穀物で作られた粥のようだ。

 

半ば駆けるように、朽ちた材木と藁で作られた家々の間を通り抜けていく。

ひどく汚れた通りをしばらく進むと、視界の主はその家の一つに飛び込んでいった。

その家の中は灯りもなく薄暗い。

 

「ちゃんと取ってこれたかい」

 

声のした場所を見ると、優しそうな老婆が小さな椅子に座っていた。

足を怪我しているようで、包帯に血がにじんでいる。

 

「あそこには危ない人がいるからね。この時間以外は、あまり行っちゃいけないよ」

 

 ―分かったわ、行かないようにする。あんたも。分かったわね?

 

横を見ると、先ほどまでしがみつくようにしていた子供が嬉しそうに粥を頬張っていた。

こちらを見るとにいっと笑って言う。

 

「分かったよ、お姉ちゃん。ねえ、今日はご飯食べられて良かったね」

 

そう言うと、また器に入った粥へ顔を向け、必死に食べ始めた。

 

 ―ほら。あんまり一気に食べようとすると、喉につっかえちゃうわよ。

 

「ごめんねえ。馬鹿息子が逆らわなければ、あんたたちをこんな目に合わせなかったのに」

 

隣を見ると、老婆がしくしくと泣いていた。

視界の主が老婆に近づき、その皺だらけの手をそっと握る。

老婆の手を握っているその手は薄汚れ、余りに小さな細い手をしていた。

 

 ―わたしたちは平気よ。それに、お父さんは悪くないわ。きっとすぐに迎えに来てくれるもの。

 

そう言うと、目の前の老婆が小さな声を上げて更に泣き始める。

 

すると、ルイズの視界はすっと暗闇に飲み込まれていった。

 

 

 

 

リウスは上機嫌に食堂へと向かっていた。

食堂に通じる渡り廊下の窓から外を見ると、青空の下を鳥の群れが飛んでいく。

今日も良い天気だ。

 

「おはよう。ルイズ、リウス」

「おはようキュルケ。良い天気ね」

 

後ろからキュルケが声をかけてきたので、リウスは振り向いて声を返した。

ルイズはというと、物思いに沈んでいるようで答えない。

 

キュルケは特に気にした様子もなくふっと笑うと、颯爽と赤髪をなびかせながら食堂へと向かっていった。

 

ルイズはいまだに何か考えながら歩いている。

そのせいか、その歩みは随分と遅い。ただでさえ小さい体であるのにそんな様子だからか、次々と他の生徒達に抜かされていく。

 

それから少しして、前方から見知った声がかかった。

 

「ルイズ!」

 

見ると、金色の巻き毛の少年がこちらへ向かってくる。

昨日リウスと決闘をした少年、ギーシュ・ド・グラモンだった。

 

ルイズはその声にすら気付かずに、すたすたと食堂へ向かって歩いていく。

 

「ちょっとルイズ。呼んでるわよ」

 

はっとしたルイズは、リウスの顔を見たと思うと視線を逸らした。

 

朝からずっとこんな調子だ。

今朝起きてからというもの、彼女の髪を梳いている間も何を考えているのかぼうっとした様子だった。

 

ルイズのそんな様子にリウスが「ほら」と促すと、真面目な顔をしたギーシュが目の前に立っていた。

 

「何よ、ギーシュ」

 

怪訝な顔をしたルイズに対して、ギーシュはさっと地面に両膝とつくと、まるで土下座をするかのような恰好をする。

 

「ラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに、グラモン家が四男ギーシュ・ド・グラモンが謝罪を申し上げる!」

 

ぽかんとするルイズ達や周りの貴族達を気にもせずに、彼は続けた。

 

「今まで申し訳ない! 僕が悪かった! これまで行なってきた侮辱を、どうか許して欲しいっ!」

 

ギーシュは頭を地面にこすり付けるかのように低頭していた。

その姿に慌てた様子のルイズが声をかける。

 

「ちょ、ちょっとギーシュ! 何してるのよ、顔を上げて!」

 

呆気に取られていたルイズはギーシュの傍に近付くと、狼狽した声を上げる。

 

「許してくれるかい・・・、ルイズ」

 

ギーシュは自分を立ち上がらせようとするルイズに向けて、頭を下げたまま問う。

ルイズはその姿に見つめながら口を開いた。

 

「・・・ええ、ヴァリエールの名にかけて」

「・・・ありがとう」

 

そう言うと、ようやくギーシュは顔を上げてルイズを見た。

ルイズが立ち上がるとギーシュもその身を起こし、今度はリウスに向き直る。

 

「ミス・リウス。貴方にも謝罪をしなければならない。昨日は、本当に申し訳なかった。この通りだ」

 

頭を下げるギーシュに、リウスは慌てた様子で口を開いた。

 

「そ、そんなに謝らないでください。昨日のことは私があなたを侮辱したことで始まったことです。私も謝らなければなりませんし、彼女たちに謝ってくれれば私はそれで満足ですから」

「ありがとう、ミス」

 

頭を上げたギーシュがリウスを見る。

リウスは昨日の凛とした姿とは違って、おろおろとした表情に浮かべていた。

 

「昨日怖がらせてしまった彼女、シエスタにはもう謝ってきたよ。一番迷惑をかけてしまったからね」

 

普段とは違う真面目な顔をしたギーシュがリウスを見つめる。

 

「ミス・リウス、僕に敬語など使わないでくれ。貴方との決闘で、僕が魔法を持たない平民に対してどれほど酷いことをしたかに気付いたんだ。彼女には、本当に酷いことをした」

 

ギーシュは決闘で感じた死の恐怖をいまだ鮮明に覚えている。

昨日までの自分は、何も考えずにあんな恐怖を平民へと向けていたのだ。

今の彼は、かつての自分の姿をひどく嫌悪していた。

 

「これからモンモランシーとケティにも謝ってくる。恥ずかしい話だが、今朝までずっと気を失ってしまっていたのでね。少し遅くなってしまったが、早く謝らなければ。それでは」

 

そう宣言したギーシュはマントを翻して去っていった。

 

「急に、何なのかしら」

 

呆気に取られたルイズをちらと見てから、リウスは去っていくギーシュの後ろ姿を見た。

 

先ほどの様子を見て彼を嘲笑する者もいたが、リウスには朝日に照らされた堂々とした後ろ姿から、確かに立派な貴族の姿を感じていたのだった。

 

 

 

 

リウスが厨房に着くと、奥にいたマルトーというコックから大きな声がかけられた。

 

「おっ。来たな、『我らが剣』! そこに用意してあるから遠慮なく食べてくれ!」

 

リウスはその言葉に少し苦笑しながら、豪華な料理が用意してあるテーブルに腰かける。

 

昨日の夕食時、リウスが食事を貰いに行くと、厨房から予想していなかった歓声が上がったのだった。

 

「あんたは会ったばかりの俺たち平民のために横暴な貴族と戦ってくれた! メイジといっても、あんたは別だ! だから、これから『我らが剣』と言わせてくれ!」

 

そう声をかけてきたマルトーと呼ばれる中年のコックやシエスタの話を聞いていくと、どうやら厨房の人達もこぞって決闘を見に来ていたらしい。

『我らが剣』というフレーズは、リウスが短剣を中心に戦っていたことが由来だそうだ。

 

興奮した様子の人達に囲まれて、怖がられるとばかり思っていたリウスは気まずそうにしながら顔を赤くしていた。

職業柄、彼女はこういう状況に全く慣れていないのだった。

 

今朝からリウスが上機嫌だったのは、怖がられるとばかり思っていた厨房の人から受け入れてもらえたためである。

ただ目の前に置かれた朝食の内容を見て、リウスはもう一度困ったように苦笑した。

 

豪華で美味しい食事は確かに嬉しいけれど、迷惑はかけたくないのに。

 

そう思いながらも、好意には感謝で答えなければ、とリウスはありがたく食事を頂戴するのだった。

 

 

 

 

それから数日の間は滞りなく進んだ。

リウスが危惧していた貴族からのちょっかいも無く、実に平和な毎日だった。

 

それというのも、ギーシュとキュルケが「ミス・リウスに決闘を挑んだら、そいつに私たちが決闘を挑んでズタズタにする」と公言していたからだった。

 

ただでさえ東方のメイジだと噂されるリウスに加えて、キュルケもギーシュも学院では有名な実力者である。

そんなメイジ達と三回も決闘を行なえるほど胆力のある生徒がいる訳もなく、リウスはのんびりと毎日を過ごしていった。

 

 

「明日は街に出るわよ」

 

ある日の夜、ルイズが唐突にそう宣言した。

 

「あれ、授業は?」

 

リウスは自分の武器の手入れをしていたが、その手を止めてルイズへ聞き返す。

 

「明日は虚無の曜日だからお休みよ」

 

虚無の曜日だと言われてもリウスには分かる訳がなかったが、要するに休日なのだろうと彼女は判断した。

 

何をしに行くのか、というリウスの問いに、ルイズがぴっとリウスを指差した。

 

「城下町に服を買いに行くのよ」

 

城下町、と聞いたリウスは興味津々といった具合に目を輝かせる。

 

「いいわね、行ってみたいわ。でも服なら替えの服が一着あるし、着回せば別に問題ないけど」

「あなた、他の生徒からすごい見られてるわよ。特に男子から」

 

そういえば、とリウスは思い返した。

すっかり気にしていなかったが、この服が隠しているのは、両腕と、胸や腰の一部だけである。

確かにこの年頃の男子生徒にとって、下着のような服は目に毒かもしれない。

 

「でもルイズにとってはせっかくの休日でしょ、勿体ないわよ。場所さえ教えてくれれば私一人でも行ってこれるわ。ちょうど換金したいものもあるし」

「な・・・! リウスだけ行っても意味ないじゃない!」

「そうなの?」

 

きょとんとしているリウスに、ルイズは、このコンチクショウ、と睨み付けた

 

 

実をいうと、ルイズはつい先日、噂好きなクラスメートから先の決闘騒ぎの原因を詳しく聞いたのだった。

 

そのきっかけは実にアホらしいもので、香水を落としたことでギーシュの二股がバレて、ギーシュがその香水を親切に拾ってくれたメイドに八つ当たりした、ということだった。

 

そしてその様子を見かねたリウスがメイドを庇い、それを馬鹿にしたギーシュにリウスが怒ったのだ、とその女生徒は話してくれた。

 

話を聞いていたルイズは呆れかえっていた。

事情を知らないルイズはリウスに謝るよう言ってしまっていたが、こっちが謝る必要なんて何一つなかったようだ。

 

しかしその女生徒と話している時、横から割り込んできた他の生徒が言った。

 

「それ、ちょっと違うわよ。私すぐ近くにいたもの。あの時ね、ギーシュったら全然関係の無いルイズのこともバカにしたの」

 

ルイズは驚いて、少し興奮した様子で話を続ける女生徒を見た。

 

「確か、その、魔法を使えないんだからルイズは貴族じゃないって言ってバカにしたのよ。そしたら彼女ね、ルイズをバカにした事にホントものっすごい怒っちゃってさ、真正面からギーシュに『このエセ貴族』とか言っちゃったのよ。凄い声で。怖かったわあ」

 

ギーシュってばサイテーよね、と二人の女生徒が笑い合っている中、ルイズはそれを聞いて涙が出そうになっていた。

 

 知らぬ内に、自分を庇ってくれていたのだ。

 

ルイズは女生徒達にお礼を言い、リウスのために何か出来ることがないか考えていた。

 

何か買ってあげるのがいいのだろうか。

例えば、今の生活で足りていないもの。

ベッドは確かに足りてないけど、一緒に寝れないのは嫌だ。

他には・・・髪留めとか、ネックレスとか。

 

ルイズは綺麗なネックレスを付けたリウスを想像すると、すぐにかぶりを振った。

 

確かに喜ぶかもしれないが、リウスは女性の癖に自分自身に対して無頓着すぎる。

リウスから聞いた話によると前の生活では食事も全然取っていなかったみたいだし、睡眠もあまり取っていなかったようだ。

冒険で手に入れた宝石なども全て売っぱらっていたと言っていたので、装飾品というものにそれほど興味がないのかもしれない。

 

大体いっつもあんな服着てるし、と愚痴をこぼし始めたルイズははっとした。

 

そうだ、服だ。女性に人気な服じゃなくっても、実用性の高い服なら喜ぶかもしれない。

 

 

虚無の休日を使って一緒に服を買いに行こう、とルイズはここの所ずっと考えていたのだが、まさか一人で行くとか言い出すとは思わなかった。

 

じとりと睨み付けてくるルイズを見て、リウスはようやく自分が余計なことを言ったことに気付いた。

どうやらこの子も一緒に行くつもりだったようだ。

 

「やっぱりルイズも一緒に行きましょう。私だけじゃ、お店の場所も分からないから。ね?」

 

先ほどのリウスの言葉に、ルイズは拗ねた顔をしてそっぽを向いている。

誰かが傍から見ていたなら、その様子は妹をあやす姉のように見えたかもしれない。

 

(この子がいるから、今更あんな夢を見たのかもしれないわね)

 

ルイズをなんとか宥めつつ、リウスはふと今は亡き弟に対して思いを馳せるのだった。

 

 


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