Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第八話  Analysis of Each Person

トリステイン魔法学院の主塔、その最上階にある学院長室からヴェストリの広場を見守る者たちがいた。

 

一人は、本学院の長であるオールド・オスマン。

白髪を豊かに湛えたその老人は三百年の長きに渡って生き続けているとも言われ、理知的で賢者然とした姿から学院長としてふさわしい人物と言えた。

 

もう一人は、ジャン・コルベール。

普段冴えない表情の彼も決闘の様子を見るにつれ、眼鏡の奥の瞳に強い警戒心を浮かべるようになっていた。

 

「勝ってしまいましたね」

「うむ」

 

オールド・オスマンはパイプに火をつけると、一息吸ってから白い煙を吐いた。

 

二人の前には淡く輝く鏡が浮かんでいる。

その鏡はヴェストリの広場にいるリウスを映し出していた。

 

「さて、『炎蛇』のコルベールくん。彼女をどう見る?」

 

自身の名に付けられた二つ名に眉をしかめながら、コルベールは口を開く。

 

「貴族崩れの傭兵、でしょうか。あの動きは間違いなく戦い慣れた者の動きですが、軍人のように教育を受けたものではないでしょう。

 彼女自身は東方のメイジだと言っていましたが、どこまで本当なのかは分かりません。少なくとも召喚された時の様子では、トリステインはおろかハルケギニアのことすら知らないようでした」

 

自らの分析を細かく告げるコルベール。

ふむ、とオスマンはもう一口パイプを吸った。

 

「ただ、彼女の魔法ですが・・・、あれはあまりに威力が高すぎます。まるで人間以外を攻撃の対象にして作られているかのような」

「そうじゃな。最後の魔法は、ミノタウロスのような亜人にも効くじゃろう」

 

何でもないことかのように、オスマンはパイプを吹かしている。

 

ミノタウロスとは、牛頭の亜人である。

身長は2メイルから3メイル程。

肌は短い剛毛に覆われ、その下にある筋肉と皮膚の硬さによりオーク鬼とは比べ物にならない強度を誇っている。

頭部の形状に似合わず雑食であるが、特に肉を好み、稀に人里にいる人間を襲う強大な化け物だ。

その生息数こそ少ないが、腕力だけのオーク鬼、体ばかり大きいトロル鬼やオグル鬼などとは一線を画す存在だった。

 

「仰る通りです。最後の魔法は範囲こそ狭いものの、トライアングル・スペル並みの威力がありました。彼女はそれをあの短時間で詠唱して、あまつさえ疲労の色さえ見せていません」

 

浮かんでいる鏡は、平民のメイドに抱きつかれているリウスと、周りにいるルイズやキュルケやタバサを映し出している。

今のリウスの表情にも特に疲労の色はうかがえない。

先ほどのゴーレムとの攻防の直後においても、息一つ上がっていなかった。

 

「オールド・オスマン。あなたはどう思われますか?」

 

そうじゃの、と一度言葉を区切ると、オスマンは厳かな表情で口を開いた。

 

「あの、服装」

 

コルベールはぽかんとした表情でオスマンを見る。

 

「へそ丸出しの恰好、そして健康そうな脚。いや、若いってのは素晴らしいの。眼福眼福」

 

ほっほっほ、と笑うオスマンにコルベールは食って掛かった。

 

「オールド・オスマン! アホなことを言ってる場合ですか!」

 

非難もどこ吹く風というようにオスマンが告げる。

 

「まあ、今は様子見でよい。先の決闘も彼女が厨房のメイドを庇ったためだと聞く。非はグラモンのせがれにあるのじゃろうな。彼女には、次の機会に改めて話を聞くとしよう。呼び立ててすまんかったの」

「そう、ですか。では一応、昨日仰られたように彼女の使い魔のルーンだけでも確認してまいります。それでは失礼します」

 

(オールド・オスマンは本当によく分からない。次の機会があるかも分からないのに)

 

コルベールはそう思いながら、学院長室を後にする。

その入れ違いに、眼鏡をかけた緑髪の美女が学院長室に入っていった。

 

「オールド・オスマン。『眠りの鐘』を宝物庫に戻しておきました。こちらの鍵をお返しします」

「ありがとうの。ミス・ロングビル」

 

ロングビルがオスマンに宝物庫の鍵を手渡すと、ふむう、とオスマンは喉を鳴らした。

 

「ミス・ロングビル、君もあんな恰好をしてみたくはないかね?」

 

オスマンが杖で指し示す先には、鏡に映されたリウスの姿があった。

ロングビルは表情を変えずにオスマンを見据える。

 

「お断りします。それと、パイプを吹かすのはお止めください。あなたの体調管理も、秘書である私の仕事ですので」

 

何食わぬ顔で机に座るロングビルを横目に、オスマンは心底残念そうな表情を浮かべた。

 

(使い魔のルーンが光っておったの)

 

パイプに残る火を魔法で吹き消したオスマンは、パイプの中の灰を念力で捨てながら先程の戦いを思い浮かべていた。

 

(まさか、人の使い魔に未知の魔法とは。長く生きていると、何が起きるか分からないもんじゃのう)

 

オスマンは面白そうに椅子に座り直し、ロングビルに紅茶の用意を促すのだった。

 

 

 

 

「よ、良かった。無事で、良かったです」

 

シエスタはそう言うと、両手で顔を覆って泣き始めてしまった。

 

シエスタもいつの間にかどこかから決闘を見ていたようだ。

彼女は走ってくるルイズを追い抜くスピードで、リウスの元に飛び込んできたのだった。

 

ギーシュくんのことを言えた義理じゃないわ、とリウスは苦笑した。

昨日から今日にかけて、私の方が女の子を泣かしているかもしれない。

 

「もう、泣かないでシエスタ。魔法使うから大丈夫って言ったじゃない」

 

ヴェストリの広場にいた生徒達は決闘が終わったことを見届けてから、既にその大半が塔の中へと戻っていた。

ギーシュはというと、リウスと話してから少し経って気絶してしまったようだ。

どうやら精神力の限界だったらしい。

心配そうなモンモランシーを付き添いに、他の貴族達によって医務室へ運び込まれていった。

 

周りにいるのはルイズ、シエスタ、キュルケと、喋ったことのない青髪の少女だ。

遠目にはこちらの様子を窺っている貴族が数人いる。

また生意気だってケンカを売られたらどうしようかな、とリウスはぼんやり考えていた。

 

「それにしても、あなたがメイジだなんて気付かなかったわ。しかも凄い強いじゃない、びっくりしたわよ」

 

キュルケがそう口にすると、ルイズもむくれたように口を開いた。

 

「ほんとよ。私だって今朝知ったんだから。しかも勝手に決闘だなんて。使い魔の癖にご主人様をほっぽっといて、何やってるのかしら」

「素直じゃないわねルイズ、あんなに心配そうに見てたくせに。リウスがゴーレムに囲まれた時なんか、手で顔を覆って全然見てないんだもの。あんなに恰好良かったのに、勿体ないことをしたわね」

「う、うるさいわね! キュルケは黙ってなさい!」

 

そうこうしている内に、ようやくシエスタも泣き止んだようだ。

貴族に囲まれた中で泣いていたことに気付いたのか、慌てた様子で一礼をすると厨房に向かってパタパタと走っていった。

 

リウスはそれを見送った後、ルイズへと向き直った。

 

「そっか、心配させちゃったわね。ごめんねルイズ」

「わ、分かればいいのよ」

 

さっきの剣幕はどこへやら、急に恥ずかしそうな様子で呟くルイズ。

その姿を見たキュルケが面白そうにまた茶化し始めた。

 

そうしたわいわいと騒がしい様子を、青髪の少女、タバサも黙って見つめていた。

 

ゴーレムを翻弄しつつ次々に破壊していくリウスの姿を思い返す。

その戦い方はまるで舞いでも踊っているかのようだったが、恐ろしい程に実戦的な動きだった。

 

そして彼女が使った魔法。

『アーススパイク』や『ヘブンズドライブ』とかいう魔法に関しては、ハルケギニアにも似た魔法がある。

『ナパームビート』という魔法も念力の一種だろうか。

しかし、彼女の使う全ての魔法はあまりにも威力が高すぎた。

東方のメイジ、彼女が宣言したその言葉をタバサはもう一度思い返した。

 

もしかしたら、この使い魔は私が欲しい知識を知っているかもしれない。

タバサがそんな期待を込めた視線をリウスへ向けていると、リウスもその視線に気が付いた。

 

「初めまして、ですよね。ルイズの使い魔、リウスと言います。以後、よろしくお願いいたします」

 

リウスは微笑みながら丁寧に自己紹介をする。

眠そうな目でぼんやり見ていたタバサは小さく呟いた。

 

「私の名前はタバサ。二つ名は『雪風』」

「ミス・タバサ、これからよろしくお願いしますね」

 

にこやかに笑うリウスに対して、タバサは未だにぼんやりとした目でリウスを見つめていた。

口数の少ない子なんだろうか、とリウスは思ったが、その表情が少し気になっていた。

 

リウスが昔ゲフェンに着いたばかりの時を思い出す。

その泊めてもらった宿屋の鏡で久しぶりに自分の顔を見た時のことを。

このタバサの表情は、その時の自分の顔にひどく似ているように思えたのだ。

 

すると、微笑ましそうにタバサの様子を見ていたキュルケが笑って言った。

 

「タバサはいつもこんな感じなのよ。あ、そうだわ。リウス、私のことも『ミス』だなんて他人行儀じゃなくって、ルイズと同じように話して頂戴。あとタバサにも。いいわよね、タバサ」

 

ん、とタバサは短く返答する。

その様子を黙って見ていたルイズがジロリとリウスを睨み付けた。

 

「別にいいけど、キュルケとはあまり仲良くしないでよね」

「どうして?」

 

リウスがきょとんとして尋ねる。

不思議そうな表情のリウスに向き直ったルイズは、腕を組んで胸を張った。

 

「まず、キュルケはトリステインの貴族じゃないの。隣国ゲルマニアの貴族よ。それだけでも許せないわ。私はゲルマニアが大嫌いなの」

 

キュルケはどこ吹く風という感じで微笑みながら様子を見ている。

 

「わたしの実家があるヴァリエールの領地はね、ゲルマニアとの国境沿いにあるの。だから戦争になるといっつも先陣切ってゲルマニアと戦ってきたの。そして国境の向こうの地名はツェルプストー! キュルケの生まれた土地よ!」

 

ルイズはどんどんヒートアップしていく。

タバサはちょこんと座りこんで本を読み始めていた。

 

「つまり、あのキュルケの家はヴァリエールの領地を治める貴族にとって不倶戴天の敵なのよ。実家の領地は国境を挟んで隣同士! 寮では隣の部屋! 許せない!」

 

ルイズがダンダンと地面を踏みしめ始めた。

キュルケを見ると、やれやれといった具合に肩を竦めている。

 

「しかも色ボケの家系よ! キュルケのひいひいひいおじいさんのツェルプストーは、わたしのひいひいひいおじいさんの恋人を奪ったのよ! 今から二百年前に!」

「結構、昔の話ねえ」

「それからも、散々ヴァリエール家を辱めたわ! ひいひいおじいさんは、キュルケのひいひいおじいさんに、婚約者を奪われたの! ひいおじいさんのサフラン・ド・ヴァリエールなんかね! 奥さんを取られたのよ!」

「恋人、取られまくりね」

「だから! 仲良くなったらダメ!」

 

そう言って締めくくったルイズはずいぶん疲れた様子だ。

「大丈夫?」とリウスが声をかけているのを尻目にキュルケが口を挟む。

 

「そうは言っても、取られる方が悪いわよ。戦争についてだってしょうがないことだわ」

 

赤髪をかきあげながら火に油を注ぐキュルケに、容易く再炎上するルイズ。

その言い争いを見守っていたリウスはタバサに声をかけた。

 

「止めた方がいいのかしら」

「いつものこと」

 

タバサは視線を本に落としたまま短く答えた。

キュルケが余裕たっぷりにルイズを茶化し、ルイズは大真面目に顔を赤くしながら反論している。

 

「仲が良いのねえ」

「私もそう思う」

 

炎上する一部を除いて、のんきな時間が過ぎていく。

ふと見ると、遠くからコルベールがこちらに向かってきていた。

心なしか顔が険しい。

 

「皆さん、そろそろ授業が始まりますぞ」

 

コルベールが開口一番にそう言うと、ルイズとキュルケの言い争いがぴたりと止まった。

 

「は、はい。分かりました」 ルイズが慌てて答えた。

「分かりましたわ、ミスタ・コルベール」 キュルケは動じた様子もなく髪をかきあげた。

「・・・」 タバサは何も答えず、本を閉じて立ち上がった。

 

三者三様の反応を見ていたリウスに、コルベールが顔を向ける。

 

「それと、ミス・リウス。使い魔のルーンを見せて頂いてもよろしいですかな?」

「あ、はい。こちらです」

 

リウスが左手の甲を見せると、コルベールは羊皮紙に手早く模様を書き写した。

 

「ふむ、珍しいルーンですな。はい、ありがとうございます」

 

羊皮紙に書き写したルーンをまじまじと見つめてから懐に仕舞うと、コルベールはあっさりと立ち去っていった。

 

その様子をリウスはじっと見つめていた。

先ほどのやり取りに、私に対しての警戒の色が見えたように思えたのだ。

 

(どこかから決闘を見ていたのかもね)

 

何も言ってこないところを見ると、今すぐ何かある訳ではないのだろう。

何も言わずに急に襲い掛かってくるのであれば別なのだが、多分この学院ではそういったことはあるまい。

 

そういえば、とリウスは別の思索をしつつ、授業へと向かうルイズ達に付いていく。

すると、目の前を歩くルイズから声がかかった。

 

「リウス。別に次の授業は使い魔がいなくても大丈夫だから、どっかうろついててもいいわよ」

「そうなの。じゃあルイズの部屋にいようかしら」

 

そういってルイズ達と別れると、リウスはルイズの部屋へ向かっていった。

 

そういえば、もう一度荷物袋の中身を改める必要がある。

リウスの意識は、荷物袋の中にあった見知らぬ2つの小石に向けられていた。

 

 




今年の更新はここまでとなります。
読んでくださった方々、ありがとうございました。

今後ともよろしくお願いいたします。

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