Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第七話  昼下がりの決闘

ヴェストリの広場は、魔法学園の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある中庭である。

 

西側にある広場なので、そこは日中でも陽があまり差さない。

あまり生徒が近づく場所ではなく、普段は人気の無いひっそりとした広場だった。

 

しかし、今のヴェストリの広場は噂を聞きつけた生徒達で溢れかえっている。

 

「諸君! 決闘だ!」

 

 ギーシュが薔薇の造花を掲げると、生徒達が歓声を上げた。

 

「二年のギーシュが決闘するぞ!」

「相手はあのルイズの使い魔の平民らしいが、ギーシュが女性相手に決闘するなんてなあ」

「いや、聞けばあの女の人がギーシュを真正面から馬鹿にしたらしいぜ」

「そうさ! ギーシュ、あの生意気な女に立場を弁えさせてやれ!」

 

ギーシュは腕を振って歓声に応えている。

おろおろしながら隣に立つルイズをよそに、リウスは何食わぬ顔で肩を回していた。

 

「ギャラリーも充分に集まったようだね。さて、そろそろ始めようか」

 

その言葉に周りの生徒達が更に大きな歓声を上げた。

 

「ちょっとリウス! 早く! 謝りなさいよ!」

 

ルイズが慌てたようにリウスへ訴えるが、リウスは柔らかい笑みを浮かべるだけだ。

 

「だから謝らないってば。ほらほら、ルイズは危ないから下がってて」

 

リウスは左の腰にかけた二本の短剣を確認しながら、ルイズを周りの人垣の方へ促した。

 

 

ギーシュは全く緊張していないその姿を見て苛立ちながらも、胸の内には一抹の不安があった。

 

グラモン家といえば由緒ある武門の家系である。

父はトリステイン王国の元帥、三人の兄達も名のあるメイジとして軍に所属している。

 

グラモン家は、軍人としてエリート中のエリートなのであった。

 

そのような家に生まれたからか、ギーシュは生まれてから今まで幾人もの手練れのメイジを見ながら育ってきた。

彼らの常に冷静で隙一つない姿に、幾度となく憧れを持ったものである。

 

さっきまでは分からなかったが、目の前に立つこの女性からも彼らのような手練れに似た雰囲気を感じる。

あの恰好からただの平民の踊り子だとばかり思っていたが、もしかしたら名のある傭兵なのかもしれない。

無いとは思うが、メイジである可能性もある。

 

そんな不安を払拭するかのように、ギーシュはいつも手にしている造花の薔薇をさっと振るった。

そして小さく詠唱を唱えると、造花から剥がれ落ちた一枚の花弁が地に落ちる。

 

その途端、まるで大地から生えてくるかのように、見事な造形のブロンズ像が立ち現れた。

大きさは成人男性ほどだろうか、人型であるそれは優美な戦乙女の姿をしている。

リウスはそれを見て、おおーっ、と面白そうに声を上げた。

 

もう一度上がる歓声に応えながら、ギーシュは口上を述べる。

 

「改めて名乗ろう。僕はギーシュ・ド・グラモン。二つ名を『青銅』のギーシュ。従って、君とは僕の操る『ワルキューレ』がお相手しよう」

 

そう言うと、ワルキューレを操って自身の目の前へ移動させる。

ワルキューレの造形の確かさと、その動きのなめらかさに、今度は周りの生徒達から拍手が上がった。

 

「うわあ、あれがゴーレム? 凄い魔法ね。ほらルイズ、下がった下がった」

「ちょっと!」

 

ルイズはなおも喰ってかかるが、リウスはルイズの耳元でそっと囁いた。

 

「大丈夫よ、私も魔法を使うから」

 

ルイズははっとしてリウスを見る。

 

あの教室で、確かにリウスは魔法が使えると言っていた。

でも本人は落ちこぼれだったと言っていたし、それに勝てるかどうかなんてやってみないと分からないではないか。

 

「もう! 知らない!」

 

ルイズはそう言うと、リウスに促されるままに人垣の方へ走っていった。

それを見送るリウスにギーシュが声をかける。

 

「さあ、もういいかな。言い忘れていたが、僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」

 

その言葉に振り返ったリウスがうっすらと笑いながら告げる。

 

「ええ、構いませんよ。でもまずは、私にも口上を言わせてくださいな」

 

ギーシュは「ふん」と鼻を鳴らしながら顎で続きを促す。

しかし杖を握った手には少し汗をかいていた。

 

リウスがすうっと息を吸う。

 

「私は東方のメイジ、シュバルツバルド共和国のリウス。二つ名はありません。私は冒険者なので、剣と魔法で戦います。よろしいですね?」

 

少し大きめの声に一瞬周りが静まり返ると、広場は次第にざわざわとした声に包まれていった。

 

「魔法? 平民じゃなかったのか、あの女は!」

「でも剣と魔法で戦うって言ってたわよ。貴族崩れってヤツかしら」

「東方のメイジって、まじかよ」

 

ざわざわとした雰囲気の中、ギーシュは内心毒づいていた。

嫌な予感が当たった。本当に、メイジだったとは。

 

なんとか顔を繕いつつ、勿体付けたようにギーシュは鼻を鳴らす。

 

「ふん、構わないさ。その生意気な態度にようやく納得がいったよ。まさかメイジだったとはね。では、始めようか」

 

そう言うと、ワルキューレが一歩、二歩とリウスへ近付いていった。

リウスは腰に下げた短剣の一本を右手で引き抜くが、その短剣を構えもせずに近付いてくるワルキューレの様子を観察している。

 

(二つ名が『青銅』ってことは、あのゴーレムは青銅製ってことでいいのかしら。そこそこ固そうだけど、レイドリックほどの威圧感は無いわね)

 

リウスは今までの冒険でレイドリックというモンスターに出会ったことがあった。

レイドリックは、グラストヘイムという廃墟の古城にいる、文字通りの動き回る鉄の鎧である。

グラストヘイムの兵士の魂を宿らせたその鎧は生前と同じような剣術を使い、生きている人間を無差別に襲うのだ。

 

リウスは『モンスター情報』の魔法を発動させると、目の前のゴーレムの属性やその能力を分析していった。

 

どうやら一目見た時に感じた通り、レイドリックほどの能力は無いようだ。

せいぜい駆け出しの戦士程度の動きしか出来ないらしい。

属性も金属で出来ているだけあって無属性。つまり、どの魔法でも同じようなダメージを与えられるということだ。

 

リウスは続いて、ゴーレムの魔力を辿っていく。

すると、ゴーレムの四肢とギーシュの持つ杖に魔力的な繋がりを感じた。

どうやら、土に魔力を通して青銅を『錬金』し、杖から発している自身の魔力とゴーレムを繋いでいるようだ。

ということはギーシュがさっき言っていたように、自立的に行動するのではなく単純に『操って』いるだけだと思っていい。

 

(錬金で生成しているってことは、武器や盾を持たせることもできるかもしれないわね。弩みたいな複雑な武器も錬金できるものなのかしら。石とかを投げられても面倒だけど)

 

もっともこの程度のゴーレムでは、一体や二体なら大した脅威にはなり得ない。

ただ更に多くの数を作られると面倒だ。

リウスが使える範囲魔法は『ヘブンズドライブ』と『ファイアボール』のみ。

得意な魔法は、地面を隆起させる『ヘブンズドライブ』と『アーススパイク』だ。

 

(そうね。じゃあ、私は土系統のメイジだってことにしようか)

 

そう思いながらワルキューレを見続けるリウスを、じれたようにギーシュが睨み付けていた。

 

目の前の使い魔が持つのは杖ではなく短剣、つまり密着するかのような接近戦が主ということだ、とギーシュは当たりを付けていた。

 

「随分キレイな短剣だけど、そんなものを使ってしまっていいのかい? このワルキューレを相手にしてしまうと、そのキレイな短剣に傷が付いてしまうよ!」

 

その演技がかった言葉に、周りの生徒達からどっと笑い声が漏れる。

 

それもそのはず、リウスの手にあるのは金色に光る美しい短剣であり、戦闘で使用する武器というよりかは儀礼用の短剣にしか見えなかった。

 

しかしバゼラルドというその短剣は魔力を増幅する力を持ち、リウスの愛用する武器の一つである。もちろん、生徒達にはそれを知る由も無い。

 

「確かに。結構高いんですよ、これ。じゃあ私も魔法を使いましょうか」

 

リウスはそう言ってすっと短く息を吸うと、呪文を紡ぎ始めた。

魔法のレベルは3くらいでいいはずだ。

 

 

「『アーススパイク』」

 

 

どん、という音と共にワルキューレが砕け散った。

よく見ると、リウスへ向かっていたワルキューレの足元から頭に向けて、三本の尖った石の柱が突き立っている。

静まり返った広場にパラパラという軽い音が響くと、石の柱は何事もなかったかのように地面へと戻っていった。

 

よく晴れた青空の向こうから鳥の声が聞こえてくる。

 

バラバラになった青銅の破片を、ここにいる多くの人間が雁首揃えて呆然と見続けていた。

何とも間抜けな光景である。

 

(あれえ?)

 

魔法を打ち込んだ張本人、リウスも唖然とした表情で破片を見続けていた。

 

短剣を持っていない左手の甲では、使い魔のルーンが鮮やかに光り輝いている。

 

(私の詠唱って、こんなに早かったっけ?)

 

 

 

 

 

一瞬静まり返った広場は次の瞬間、叫びにも似た歓声に包まれていた。

 

「なんだあれ!」

「石柱の魔法? でも杖も持たずに魔法使ってたわよ」

「あの短剣が杖の代わりなんだろ。それよりも! あんなの人が喰らったらひとたまりもないぞ!」

 

ルイズは先ほど起きた光景に目を見開いていた。

いつの間にか隣にはキュルケと青い髪の少女が立っている。

 

「凄いわねルイズ。あなたの使い魔、あんな威力の魔法を一瞬で出したわ」

 

聞こえていないのかルイズは答えない。代わりに隣の青髪の少女が口を開く。

 

「・・・あの人、全然本気じゃない」

 

キュルケは隣に立つ青髪の少女、タバサの顔をちらっと見る。

この子がこんな風に他人へ興味を示すのは珍しい。

 

「そうみたいね。それにしても自分が唱えた魔法だってのに、何をあんなにびっくりしてるのかしら」

 

 

当のリウスは周りの喧騒も聞こえずに、先ほど自分が使った魔法を思い返していた。

 

確かに自分はアーススパイクのレベル3を使ったはずだ。

しかし、それにしては詠唱が早すぎた。呪文を唱えてから、魔力の構築がほぼ一瞬で終わったのだ。

しかも魔法の威力も上がっているようで、普段よりも発生させた石柱が大きかった。

あれではレベル1でも先ほどのゴーレムを破壊できるはずだ。

 

そんなリウスの困惑をよそに、対峙するギーシュは背筋が凍る思いをしていた。

 

青銅で出来たワルキューレを一撃で吹き飛ばす威力の魔法。

あの魔法がどの程度の射程を持つのかは分からないが、下手をしたら今自分がいる場所も射程の範囲内かもしれない。

 

しかも、あの使い魔の女性は詠唱を唱え始めてから一瞬でワルキューレを吹き飛ばしていた。

あんな一瞬で足元から魔法を放たれたら、避けようがないではないか。

 

ギーシュは、足元から突き上げられた石の柱で串刺しになる自分の姿を想像した。

 

こんなはずじゃ。

ギーシュはそう思った。

ただの平民相手に、貴族への立ち振る舞いを教育してやるだけだったのに。

 

足元から感じる強い死の予感に、思わずギーシュは背後へ飛び退きながら手に持った造花を無我夢中に振りまく。

五枚の花びらが辺りに舞い、それぞれが新たなゴーレムを形作った。

 

はっとしたリウスは目の前の光景に自分の失策を恥じた。

さっきのタイミングで畳み掛けるべきだったのに、既にギーシュは次のゴーレムを出してしまったようだ。

 

ギーシュの近くに大盾を持ったゴーレムが一体。

前方に立ちふさがるような形で、更に大盾持ちのゴーレムが一体。

残る三体はそれぞれ左右に散らばる隊形で棒状の武器を手にしている。

 

しかもギーシュの横に立つゴーレム以外の全てが、こちらに近い位置に立っていた。

 

「行け! ワルキューレ!」

 

ギーシュが叫ぶと、彼の近くにいるゴーレム以外の四体がこちらに向かって走り出した。

 

迷っている暇はない。

飛び道具を持ったゴーレムはいないみたいだが、あの数に殺到されたら避けきれない可能性がある。

 

とりあえず右から迫ってきているゴーレムは一体のみだ。

右側に向き直り、青銅で出来た棒を振りかぶりながら走ってくるゴーレムを狙って詠唱を始める。

 

「アーススパイク!」

 

ごごん、という音と共に地面から突き出た石柱でゴーレムが串刺しになる。

念のために二本の石柱を発生させたので、ゴーレムはその胴体ごと縦に引き裂かれていた。

 

次は左だ。二体のゴーレムがすぐ近くまで迫ってきている。

前方から向かってきている大盾のゴーレムはまだ少し距離があるため後回しだ。

 

左から迫るゴーレム達が、それぞれリウスの右肩と左脇を狙って棒を振り下ろしてきた。

リウスは急いでもう一本の短剣を引き抜くと、一瞬で二体のゴーレムの持つ棒の真ん中を叩き切る。

 

引き抜いた短剣は、強力な魔法のかかったカウンターダガーという武器だ。

非力なマジシャンのために作られたこの武器は、意思を持つかのように狙った対象の弱点を容易く引き裂いてくれる。

 

いつも以上に身のこなしが速くなっているのをリウスは感じていたが、気にしている余裕は無い。

ゴーレム達はすぐさま半分になった棒から手を離してリウスに掴みかかろうとしている。

 

リウスは後ろに下がって距離を取りつつ、突き出されてきた一体のゴーレムの両手首を切り落とした。

そしてもう一体が掴みかかろうとするのを避けながら、両手を切り落としたゴーレムの右脇から一気に背後へと回り込む。

 

体勢を低くしていたリウスは、回り込んだ時の回転を利用しながら目の前のゴーレムの右膝を斜めに断ち切った。

しかし崩れ落ちる目の前のゴーレムの後ろから、残るゴーレムがまたもや掴みかかろうとしてくる。

 

リウスが脇を見ると、大盾を持ったゴーレムもすぐそこまで近付いてきていた。

リウスは内心舌打ちをしながら、掴もうと手を伸ばすゴーレムへ密着するように飛び込んでいく。

 

「しめた!」と考えたギーシュは、ゴーレムに思いっきり両腕で掴みかかるように命令を下した。

しかし、リウスは手に持つ短剣をゴーレムの左太ももに突き刺したかと思うと、自分の全体重をかけてそのままゴーレムの体勢を崩す。

よろめいたゴーレムの太ももから即座に短剣を引き抜くと、十分な勢いをつけて体勢を崩しているゴーレムの首を叩き落とした。

 

リウスは体勢を整えるため、大盾を持ったゴーレムから一歩離れるようにステップを踏んだ。

目の前には大盾を構えて迫りくるゴーレム。

だがさっきまで誰もいなかったはずの後ろから、がちゃり、と金属の動く音が聞こえた。

 

「今だ! 捕えろ、ワルキューレ!」

 

リウスは知らないが、ギーシュの精神力で作り出すことのできるゴーレムは七体までである。

少し時間をおいてから、その最後の一体をリウスの背後に生み出したのだった。

 

リウスは咄嗟に目の前のゴーレムが持つ大盾へ向けて左手の人差し指を向ける。

視界に入ったその左手の甲では、使い魔のルーンが力強く光り輝いていた。

 

「ナパームビート!」

 

リウスがそう呪文を唱えると、目に見えない念力の衝撃によって大盾のゴーレムが大きく後ろへと仰け反った。

 

その隙を逃さずに、目の前のゴーレムが持つ大盾の上部を両手で掴む。

そのまま両手に力を込めて盾を駆けあがったかと思うと、呪文の詠唱を開始しながら、ゴーレムの頭を踏み台にして空中へと身を翻した。

 

同時に横目で自分の周囲の状況を確かめる。

近くにいるゴーレムは、この二体だけのようだ。

 

「ヘブンズドライブ!」

 

空中で呪文を唱え終わると、地面から突き出してきた細長い尖った岩が二体のゴーレムの全身を貫いた。

リウスが無事地面に着地すると、穴だらけになったゴーレム達は力なくよろめき、自分の重量に耐えきれなかったのか、そのまま崩れるようにぐらりと倒れ込んでいった。

 

 

 

リウスは一息ついて辺りを見回した。

残るゴーレムはギーシュの横に控える一体だけのようだ。

周りを取り囲む観衆達は先の攻防に大いに盛り上がっている。

 

「さあ、次はどうくる?」

 

余裕たっぷりといったように、リウスはギーシュに視線を向ける。

しかし内心では、先ほどの攻撃を仕掛けてきたギーシュに対して賞賛したい気持ちがあった。

 

間違いなく、彼の魔力よりも私の魔力の方が上のはずだった。

一体一体のゴーレム達の能力も大したことはない。

しかし、そうした評価を嘲笑うかのような、あの波状攻撃。

そしてあのタイミングで背後にゴーレムを出現させるという技術と戦略。

 

その結果、元々使うつもりのなかったナパームビートまで使わされた。

一介の見習い魔法使いがここまで戦えるとは、とても思っていなかったのだ。

 

一方のギーシュは、今の攻撃が全て通じなかった悔しさと、これから行われるであろう私刑に対する恐怖から、滝のような汗を流して俯いていた。

 

死の恐怖もあってか、先ほどの攻撃ではこれまで以上にワルキューレ達を操れていたはずだ。

明らかにドットを超える力を発揮できていたし、ワルキューレの奇襲のタイミングも完璧だった。

それなのに、敗れてしまった。

 

残ったワルキューレは一体だけ。

精神力も尽きかけている。

横に佇む優美な姿のワルキューレも、今はひどく頼りないものに見える。

 

ふと使い魔の女性を見ると、彼女は詠唱を開始していた。

 

「ま、待って」

「『アーススパイク』」

 

今までの非ではない、無数の石柱が横に佇むワルキューレを貫いた。

その地響きのような音がしばらく続いたかと思うと、今度は細かい石のようなものが辺りに降り注ぐ。

さっきまで、ワルキューレだったものだ。

 

少し離れた所にいたあの女性がこっちへ近づいてくる。

それを見たギーシュは腰を落として、思わず目を伏せた。

 

ああ、もう駄目だ。

まさか今日死ぬことになるなんて思ってもいなかった。

まだ、モンモランシーにも謝っていないのに。

 

気付けば、使い魔の女性が目の前にいた。

 

「これでゴーレムはいない。あなたの精神力も尽きかけている。まだ続けるなら相手になるわよ。そうじゃないなら、私の言うことに従ってもらうわ」

 

静かな声色でそう語りかけてくる。

続けられる訳がない。ギーシュはそう思いながらも、死の恐怖のあまり降参の言葉を口から出せないでいた。

 

「もうやめて!」

 

誰かがギーシュを庇うように横から飛び出してきた。

見ると、その人は金髪を見事にロールにした少女だ。モンモランシーだった。

 

「お願いよ! もうギーシュは魔法を使えないわ! あなたの勝ちよ!」

「モ、モンモランシー・・・。だめだ、さ、下がって」

 

モンモランシーはギーシュを庇うような恰好で動かない。

庇う少女の頬を涙がこぼれていく。

 

「バカ! なんでこんな決闘なんてしたのよ! わ、私、最後の魔法で、死んじゃったかと思って・・・! 勝手なことばかりして・・・!」

「か、彼女は関係ない! やるなら僕をやれ!」

 

ギーシュはふらつきながら立ち上がり、逆にモンモランシーを庇う。

震える手で、花弁のない薔薇の造花をリウスに向けていた。

 

「や、やめて、ギーシュ! もう魔法は使えないでしょ!?」

「構うもんか! さあ! やるなら僕をやれ! モンモランシーには手を出すな!」

 

リウスは盛り上がるうら若い二人を前に、困ったような表情で頬をぽりぽりと掻いた。

最後の魔法は余計だったかな、と思う。

 

「誤解してるみたいだけど、別に私はあなたをどうこうしようとか思ってないわよ」

 

その言葉にギーシュは呆けたような表情を浮かべる。

いつの間にか周囲の観衆もざわざわとした雰囲気になっていた。

 

「だって、あなただって私を殺そうとなんてしてなかったでしょ?」

 

リウスは先ほどのゴーレム達を思い返した。

素手に、大盾に、棒。どれも殺傷力の無いものばかりだ。

大盾なんて作り出せるのだから、いくらでも武器らしい武器は作れただろうに。

何とか押さえこもうとしてたからなのか、あの棒の使い方だと骨の一本くらいは折れただろうが。

 

  ―君も女性だからね

 

ギーシュは食堂でそんな言葉を口にしていた。

知ってか知らずか、殺されると思いながらも彼はそれを実践してみせたのだろう。

 

「だから私はあなたに危害を加えようなんて、思ってないわ」

 

そう言うと、少し間を置いてギーシュが杖を下ろした。ほっとした空気が流れる。

 

「ただ、私の言うことに従ってもらうけどね」

 

リウスが悪戯っぽくにやっと笑うと、ギーシュの顔に緊張が走った。

モンモランシーがリウスをきっと睨み付ける。

 

その様子に、リウスは地面に座るギーシュの顔を覗き込むかのようにしゃがみこんだ。

 

「あなたが怖がらせたり泣かしたりした女の子達に、きちんと謝りなさい」

 

「え・・・」

 

一瞬の間を置いて、ギーシュが呆気に取られたような声を漏らす。

 

「四人よ。このモンモランシーって子と、ケティって子。それにメイドのシエスタ。あなたが馬鹿にしたルイズ。この四人。分かった?」

「は、はい」

「よし」

 

リウスは満足そうに頷くと立ち上がった。

 

「これでこの決闘は終わり。そこのモンモランシーって子、あんまり泣かしちゃダメよ。そんな可愛い彼女がいるのに浮気するなんてねえ」

 

リウスは楽しそうに笑いながら二人を見る。

密着した姿勢だった二人は頬を赤くしながらさっと離れた。

 

「それと食堂で言った『エセ貴族』って言葉は取り消すわ。あんなこと言って、ごめんなさい」

 

頭を下げるリウスを、先程まで恥ずかしそうにしていたギーシュが真顔になって見つめる。

 

そんなギーシュの様子に、リウスはもう一度微笑みかけた。

 

「あとね。さっきの決闘、凄かったわよ。思った以上に強かった。出来ればその力を、誰かを守るために使ってね」

 

それじゃ、とリウスはその場を離れた。

遠くの人混みの中からルイズがこちらへ向かって走ってくるのが見える。

 

 そう、私のこの力は誰かを守るために。

 

走ってくる桃色髪の少女を見つめながら、リウスはもう一度そう思うのだった。

 

 




※お詫び
 リウスが使用した『クァグマイア』を『ナパームビート』に変更。

すいません、クァグマイアはウィザードのスキルでした!
戦闘シーン面白いからといって記憶と勢いで書くもんじゃないですね...気を付けます。

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