Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第六十六話 守るべき意味

学院の大地を揺るがす轟音が一番艦の内部にも強く響きわたっていく。

二番艦が墜落したことに、多くの船員や兵士達が顔を青ざめさせながら駆け回る中、その通路の中央を憤怒の表情を浮かべた人物が足早に進んでいた。

 

「クソが・・・!!」

 

魔法の使い過ぎなのだろう、その男の顔色は悪く、時折ふらついたように廊下の壁へ手を付いている。

しかし、白い瞳を湛えた怒りの形相と、その身体から立ち昇る殺気が、男の姿を傷付き怒り狂った恐ろしい怪物のようにも思わせていた。

 

その男の顔を見た兵士が小さく息を飲んでその男へ道を譲る。

同じようにその男を見た船員達は次々に心底怯えたような表情を浮かべると、金縛りを受けたかのようにその場で凍り付いていた。

 

 

その男、メンヌヴィルは巡洋艦の甲板へと辿り着くと、その中でアルビオン兵へ指示を飛ばしている士官の元へと歩み寄っていた。

 

「おい、説明しろ・・・!」

 

振り向いた士官の襟をメンヌヴィルが掴みあげる。

 

「何故、俺達の艦が落ちてやがる・・・! 一体何が起きた!!」

 

万力のような力で締め上げられた士官の男は苦しげな顔を浮かべながらも、その手を何とか振りほどいた。

 

「オ、オスマンだ・・・! 学院のメイジによって、貴殿の艦は航行不能に陥ったのだ!」

 

メンヌヴィルはその言葉を飲み込ながら、ゆっくりと怒りの感情を露わにしていく。

 

「それを・・・! てめえらは指をくわえて見てたってのか!?」

「こちらとしてはどうすることも出来なかったのだ! 今、三番艦を呼び戻している! メンヌヴィル殿はこの艦のアルビオン兵を率いて、再突入を・・・!」

 

「きみ! きみがメンヌヴィルだな!? 役立たずの傭兵というのはきみのことだろう!?」

 

どすどすと足音を立てながら、艦内から駆けるように指揮官の男が近付いてくる。

 

「・・・ああ?」

「貴様らが失敗しなければ、一隻程度の巡洋艦を落とされたところで決着はついていたのだ! この事態は貴様の責任だと分かっているのかね!?」

 

佇むメンヌヴィルの殺気にすら気付いていないのか、その指揮官はメンヌヴィルの元へと詰め寄っていく。

 

 

「貴様には今すぐこの責任を取ってもらおう! 今すぐにこの艦を降りたまえ! そしてあの学院へと突入して・・・!」

 

 

指揮官の男へ、メンヌヴィルが一瞬の内に杖を振った。

 

爆炎が指揮官の身体を瞬時に包み込んだ。

その勢いのまま、轟く爆音と共に炎に包まれた指揮官は巡洋艦の外へと吹き飛ばされ、眼下へと消えていった。

 

「き、貴様は、何を・・・っ!」

 

目の前で起きた惨劇に士官の男が杖を引き抜こうとするも、同時に士官の足元から吹き上がった大きな火柱が一瞬の内に士官の身体を吹き飛ばした。

 

凍り付いた甲板上の兵士達の間へ、炎に包まれた士官が鈍い音と共に落ちていく。

 

 

「・・・指揮官殿は戦死した。今から、この分隊の指揮は俺が取る」

 

 

地を響かせるような声に、アルビオン兵達は上官の躯をただ見つめることしか出来なかった。

 

「・・・隊長どのであれば、巡洋艦の砲撃でも死ぬことはないはずだ。あの男を殺せるのは・・・俺の炎だけなのだからな・・・」

 

意味の分からない言葉を口にするメンヌヴィルへ、アルビオン兵達は恐怖に濁った目を次々に向けていく。

 

 

「砲撃準備だ。外にいる学院のメイジ共を狙え。あそこに群がるメイジ共を、皆殺しにしろ・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・え、・・・っかりして・・・!」

「負・・・者を運び・・・! 今の・・・だ!」

 

頭の奥で響き渡る耳鳴りと共に、ギーシュは自分の身体が強く揺すられているのに気が付いた。

目を開けるのが億劫なのと、自分が何故地面に倒れているのか分からないのとで、ギーシュの意識はもう一度暗闇の中へ落ちていきそうになる。

 

 

「・・・ーシュ! ギーシュ! お願いだから、目を開けて!!」

 

 

その声に、ギーシュの意識はゆっくりと覚醒していく。

愛しいモンモランシーの声がすぐ近くから聞こえてくる。

 

そうだ、僕たちは、学院の中に逃げようとして・・・。

 

ギーシュは我に返ると、ばっとその身体を起こした。

 

 

「あだっ!」

 

「いったっ!」

 

 

急に動いたギーシュにモンモランシーの身体がぶつかった。

土に塗れたギーシュの傍らでモンモランシーが尻もちをつく。

 

「このバカ! いきなり起き上がらないで!」

「ごご、ごめんよ! でも、一体何が何やら・・・!」

 

怒るモンモランシーに謝りながらも、ギーシュはきょろきょろと辺りを見回す。

 

自分たちのすぐ近くには瓦礫の山、地面に転がる多くの人々に、何とか学院へ運び入れようとする教師や生徒たち・・・。

 

「さっき砲撃があったのよ! あなた達はそれに巻き込まれて・・・、そうよ! 早く学院の中に入らないと!」

 

「そ、そうだ! ミス・リウスはどこに・・・!? あの人はもう限界で・・・!」

 

モンモランシーの言葉を無視するようにギーシュが立ち上がろうとする。

が、足に力が入らないのかよろよろとその場に倒れ込んだ。

 

「ちょっと! 無理しないで!」

 

「ギーシュ! お、お前も早く学院に!」

 

モンモランシーもよく見知った小太りの男子生徒が駆けるように近付いてくる。

一方のギーシュは、蒼白の表情を浮かべながらも必死の形相で再度立ち上がろうとしていた。

 

その姿にモンモランシーは胸の内で何やら苦い感覚を覚えつつも、ギーシュの肩を両手で優しく掴んだ。

 

「あの人は私に任せて! マリコルヌ! ギーシュをお願い!」

 

そう言われた小太りの男子生徒がギーシュの腕を肩に回す。

『フライ』の魔法でそのまま学院へと運ばれていくギーシュをほんの一時見つめてから、モンモランシーは目に止めた女性の元へと一人駆けていった。

 

 

 

 

遠く転がっていたリウスの周りには数人の衛兵がいた。

彼らは身体の各所に火傷のような傷を負っていた。しかしその痛みに歯を食いしばりながら、必死にリウスを学院へと運び入れようとしている。

 

「ねえ! 大丈夫!?」

 

モンモランシーの姿に気付いた衛兵の一人が声を上げた。

 

「こ、この人を、早く中に・・・」

 

リウスを抱えようとしながらその衛兵はよろよろと膝をついた。

見ると、周りの衛兵達も既に限界が近いようだ。

リウスはかすかに目を開けていたが、弱々しい朦朧とした瞳のまま短い呼吸を続けている。

 

そのぼろぼろの姿に息を飲んだモンモランシーは焦る感情を抑えつつ、衛兵たちへと顔を向けた。

 

「ミス・リウスは私に任せて! あなた達こそ早く学院に!」

 

「し、しかし・・・」

「いいから! 渡り廊下が壊されたんだから、今は上の階からしか学院には入れないのよ!? ミス・リウスの方が軽いんだから、私が・・・!」

 

すると、彼らの近くにギトーや教師陣がふわりと着地した。

 

「何を言い合っている! 早く行くぞ!」

「そ、その人達をお願いします! ミス・リウスは軽いですから、私が運びます!」

 

モンモランシーの言葉に、教師陣は衛兵達へ肩を貸しながら次々に宙へと飛び立っていく。

 

一人残ったギトーがモンモランシーと共にリウスを運び入れようとするも、ギトーの身体がぐらりと揺れた。

 

「わ、わっ! ちょっと、ミスタ・ギトー!」

 

倒れかけたギトーが何とか踏みとどまる。

 

 

「心配は、無用だ・・・!」

 

 

両足に力を込めて、ギトーはもう一度『フライ』の呪文を唱えていく。

それを手助けするようにモンモランシーも『フライ』の呪文を唱えていくが・・・。

 

 

彼らの周囲に、遠く、遠雷のような轟音が響きわたった。

 

 

「なっ・・・」

 

ギトーの小さな声と共に、モンモランシーも遠く浮かぶ巡洋艦へと勢いよく振り向いていた。

 

 

巡洋艦の舷側がゆるやかに黒煙を上げていく。

 

空を切る音と共に、何かの黒い点が、勢いよく、こちらへ向かって飛んできている。

 

 

「ふ、伏せ・・・!」

 

 

ギトーのその声とほぼ同時に、周囲へ竜巻のような暴風が巻き起こった。

 

広範囲を覆い尽くしたその暴風は、ギトーやモンモランシー達の場所だけでなく、『フライ』で逃げようとしている多くの生徒達すらも守るように吹き荒れていく。

 

暴風がかすかに砲弾の軌道を変え、襲い来る砲弾は見当違いの方角へと次々に着弾していった。

 

「きゃあっ!!」

 

砲撃の轟音に地面が大きく揺れていく。

モンモランシーが悲鳴を上げる中、彼らの近くに一人の人間がふわりと着地した。

 

 

「あっぶないのう。間に合ったようで何よりじゃ」

 

 

その人物はギトー達や逃げ切れていない生徒達へと目を向けてから、もう一度遠くに浮かぶ巡洋艦を睨み付けた。

 

「オ、オールド・オスマン・・・」

 

へなへなとモンモランシーが地面に腰を落とす。

オスマンの姿を見たギトーも、心なしか安堵した表情を浮かべていた。

 

「こら君たち、早く連れて行きなさい。儂の精神力も、もう限界が・・・」

 

どんどんどん、と遠く砲撃の音が響きわたっていく。

 

先程の砲撃はまだ微調整が済んでいなかったのか二、三発の砲弾のみが正確に飛んできていたが、今度の砲撃は更に多くの砲弾が飛来してきていた。

 

 

「限界が・・・! 近いんじゃがの・・・!!」

 

 

もう一度オスマンの生み出した暴風が壁となって砲弾の軌道を次々に変えていった。

更に、もう一度鳴り響く砲撃の音。

それを耳にしたオスマンは底の見えかけている精神力を限界まで振り絞っていく。

 

一回目の砲撃は五発。先程の砲撃も同数の五発だったが・・・。

この砲撃で止めと言わんばかりに、更に七発の砲弾が飛来してきている。

 

 

(防ぎ切れん・・・!)

 

 

オスマンの生み出した暴風がほんの一瞬力を落とし、次々と暴風の壁を砲弾の雨が突き破った。

飛来する砲弾が、逃げ遅れた生徒達や、ギトー達の元へと向かってくる。

 

その瞬間、周囲を埋め尽くす程の魔法が一斉に降り注いだ。

 

 

「砲弾を狙う必要はない!! とにかく、撃ち落とせ!!!」

 

 

数十人のメイジによる魔法の束が飛来する砲弾へと襲い掛かった。

 

そのほとんどが砲弾には当たらず空を切っていくが、そのいくつかは砲弾へと直撃し、切り裂き、粉々に砕いていく。

 

轟いた砲撃の音が消え、最後の砲弾が撃ち落とされた。

生徒達による魔法の矢はそれでも降り注いでいたが・・・、それも次第に数を減らし、魔法の雨はゆっくりと止んでいった。

 

 

迫り来る砲撃を防ぎ切ったことに、学院の中にいたメイジ達も、外にいたメイジ達も全員が色めきたった。

わあっという歓声が周囲を包み込んでいく。

次々に外にいたメイジ達が『フライ』の魔法を詠唱し始め、ギトーやモンモランシーもそれに続こうとする。

 

しかし、二人の肩に担がれていたリウスがかすかに顔を上げて、必死に声を上げようとしていた。

 

 

「ま、まだ・・・!」

 

 

それと同時にオスマンは目を見開いていた。

 

巡洋艦の砲撃は一旦止まっているのだが、並び立つ無数の砲身、そのいくつもが、ゆっくりと動いている。

 

 

 

「まだです・・・!」

 

「まだじゃッ!!!」

 

 

 

落雷のような砲撃の音が一斉に鳴り響き、その音に学院のメイジ達は周囲の時が止まったような感覚に襲われていた。

 

無数の砲弾が徐々に近付き、精度を上げていた砲撃は多くの生徒達がいる場所と、詠唱を開始していたオスマン、ギトーやモンモランシーのいる場所へと向かってくる。

 

 

「あ・・・」

 

 

モンモランシーの口から乾いた声が漏れた。

 

その時モンモランシーの視界で、どこからともなく、急に白い光があふれ始めていた。

 

 

「あ、相棒ッ! やめろ!!!」

 

 

モンモランシーの傍から叫ぶような声が聞こえてくる。

それと同時に、肩を貸していたリウスが、モンモランシー達の前へとゆっくり歩を進めていた。

 

リウスの周囲に小さな、複数の氷の欠片が次々に浮かび上がった。

それらは八方から生み出した氷を取り込みながら、内側からもめきめきと氷の成長を続けている。

 

ガンダールヴのルーンが際限なく光を強め始める。

周囲を照らす程の光が、更に強くなっていく。

 

 

ガンダールヴのルーンに導かれるままに、リウスは理解していた。

 

ガンダールヴのルーンを刻まれた自分自身と、デルフリンガー。

その双方から放たれた魔力の共鳴によって、リウスは何の痛みも感じないまま身体を動かすことが出来るようになっていた。

目に映る全ての動きが緩慢になり、自身の魔力、周囲の魔力、その全ての動きを瞬時に分析していく。

 

その中で詠唱を続けるリウスは・・・、『自身の身体の内部へと』魔法構築式そのものを生み出し続けていた。

 

 

リウスの肉体に宿る生命力が、魔力に変換されていく。

自分の命が急速に削られていくのを感じながら、自身の生み出した魔力がデルフリンガーの魔力と混ざり合い、更なる莫大な魔力が身体中を駆け巡っていく。

 

 

 

「やめろ!! やめろ、やめろ!!!」

 

 

 

デルフリンガーの叫びを耳にしながら、リウスは魔力の奔流の行く先を、周囲に浮かぶ氷の矢へと向けていった。

 

(死んで・・・、たまるか・・・!!)

 

突如として氷の矢が急激に成長し始めた。

氷が弾けるような異音と共に、それらは数メイルもの巨大な氷の槍へと次々に姿を変えていく。

 

 

リウスの視界が真っ赤に染まっていく。

 

その中で、リウスはこの世界での記憶が濁流のように脳裏へ駆け巡るのを感じていた。

 

守るべきものは、数多くあった。

この世界において、リウスは数多くの守らなければならないものを見つけていたのだ。

 

ルイズの笑顔が脳裏によぎる。

自分が死ねば、あの子と二度と会えなくなる。

 

 

そんなことは・・・、認められる訳がない・・・!

 

 

 

(諦めて、たまるか・・・っ!!!)

 

 

 

リウスは迫り来る無数の砲弾へと瞳を向けていた。

その軌道と速度に合わせ、自身の周囲に浮かぶ氷の槍の照準を合わせていく。

 

 

「コールド・・・!!」

 

 

それぞれの砲弾が、射程に入った。

 

 

「ボルトッ!!!」

 

 

空気を切り裂く音と共に、氷の槍が次々と撃ち出された。

無数の氷の槍はそれぞれが弧を描くように迫り来る砲弾へと向かっていく。

 

二発の砲弾へ氷の槍が直撃した。

砕け散った砲弾は生徒達への軌道を大きく外れていく。

 

左右の砲弾を氷の槍が貫く。

更に迫り来る砲弾へと向けて、氷の槍は生物のように宙を泳ぎ、無数の砲弾を撃ち落としていく。

 

 

その中で、最後の一発がリウス達の元へと迫り・・・。

それを複数の氷の槍で吹き飛ばした瞬間、リウスの意識はぶつりと途絶えていたのだった。

 

 

 


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