Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第六十三話 Mage of Flames

「そっちにいったぞ! 仕留めろ!」

「このクソガキがっ! いい加減にしやがれ!!」

 

傭兵の間を駆け抜けるリウスに対して傭兵達が次々と剣を振るう。

しかし身を低くしながら傭兵達を盾とするリウスへその斬撃が届くことはなく、逆に同士討ちまで発生する程に傭兵達は混乱していた。

 

舞うように傭兵を翻弄するリウスの身体には擦り傷やかすり傷がそこかしこに見て取れたが、当初十数人もいた貴族崩れのメイジ達は既に動ける者の数を半分近くも減らしている。

 

「エアハンマー!」

 

「フレイムボール!」

 

傭兵の斬撃を回避したリウスへと二つの魔法が飛来する。

しかし離れた位置から放たれた風の塊は身を翻して回避され、リウスの身体ほどもある火球はデルフリンガーによって一刀両断された。

目標を外れた火球はリウスの背後にいる傭兵へと直撃し、炎に包まれた傭兵が大きく悲鳴を上げている。

 

 

「馬鹿野郎! これ以上味方を巻き込むんじゃねえ!」

「うるせえ! もう隊長もこっちに向かってるんだ! グズグズしてる場合じゃねえんだよ!!」

 

 

その言葉に傭兵達は一瞬青ざめると、次々とリウスに向かって杖を向けた。

 

 

「こうなりゃ破れかぶれだ!!!」

 

 

各々の傭兵がリウスの周囲にいる味方など気にせずに高威力の魔法の詠唱を開始する。

 

しかしリウスはその一瞬の隙を逃さなかった。

 

 

「ソウルストライク!!!」

 

 

リウスの周囲から光り輝く十個の光の弾が浮かび上がり、光の尾を引いたそれぞれが詠唱中の傭兵達を吹き飛ばした。

大きく吹き飛ばされた傭兵達は他の傭兵達へと次々にぶつかり、彼らは一ヵ所にまとめられるようにもみくちゃになっていく。

 

「うおおお!!」

「クソが! 何してやがる!」

 

わめき散らす傭兵達の周囲に次々と炎の壁が吹き上がる。

傭兵達は、今自分たちが置かれている周囲の状況に思わず目を見開いていた。

 

あの桃色髪の女の周囲には、既に味方の傭兵がいなくなっていた。

まるで檻のように左右と背後へ炎の壁を作られ、メイジの女が今まで使ってはいなかった長い詠唱を開始している。

 

 

「まっ、まずい・・・!」

 

 

『フライ』の呪文で逃げようとするも、折り重なるようにもみくちゃになった傭兵達は思うように浮力を得ることが出来ない。

 

 

「ヘブンズ・・・!」

 

「相棒!! 後ろに避けろ!!!」

 

 

デルフリンガーの叫びに、リウスは詠唱を中断することを選択すると全力で大きく後ろへと飛び退いた。

 

瞬間、巨大な炎の波がリウスの目の前を飲み込んでいった。

余りの火力に肌が焼ける程の熱を感じ、その殺意の塊のような炎にリウスは一瞬全身が粟立ったような感覚に襲われていた。

しかしリウスは恐れることなく体勢を整えると、新しく現れた敵へと視線を向ける。

 

 

「良い動きだ」

 

 

傭兵の一団の先頭にいる、ゆらりと現れた男・・・。

その顔面の右半分は黒く焼けただれ、残った左目も白く濁り切った色を湛えている。

 

その背後には二十人を超える傭兵達の姿があった。

 

 

「増援・・・」

 

 

乱れた息を整えながら、忌々しげにリウスは呟いた。

 

体力は確実に削られている。

時間も充分に稼げたとはいえない。

しかも現れた一団は・・・、その全員がメイジだった。

 

「・・・相棒、潮時だぜ」

 

「ああ? なんだ、その剣はインテリジェンスソードか?」

 

ほんのかすかなデルフリンガーの呟きだったが、先頭の男は耳ざとく言葉を返した。

 

「たかが剣如きがつれないことを言うんじゃねえよ。これからだろうが。なあ?」

 

心底楽しそうな顔がリウスへと向けられ、リウスはそのにやついた顔を強く睨み付けた。

 

 

こいつが、この部隊の隊長なのだろうか。

 

盲目なのだろう、男の濁った左目はリウスを見てはいなかった。

しかしこちらの位置は把握しているのか、にやりと笑みを浮かべた顔がしっかりとリウスに向いている。

 

「お前ら、手を出すな。こいつは俺の獲物だ」

 

その男は武骨なメイスを片手に前へ出る。

しかし、先程まで戦っていた傭兵達から不満の声が漏れ出した。

 

「隊長! ここまでやられたんだ、こいつは俺達が・・・!」

 

「うるせえ、ごく潰し共が。黙ってろ」

 

傭兵達はびくりと身を震わせる。

メンヌヴィルの白く濁った瞳がそのまま傭兵達へと向けられると、傭兵達は青ざめた顔のまま次々に口を閉ざした。

 

しかし、その中の一人、アルビオン軍属の兵士が叫ぶように声を上げた。

 

 

「メンヌヴィル殿! いくら貴殿と言えども遊んでいる時間など・・・!」

 

 

その瞬間、地面から走った炎の塊がその兵士を一息に飲み込んだ。

叫び声もなく一瞬の内に火柱が巻き起こると、それとは反対に周囲は凍りついたような静けさに包まれていた。

 

 

「何か言ったか?」

 

 

パチパチと炎の弾ける音が答える中、メンヌヴィルは辺りを静かに見回す。

先ほど不満の声を上げていた傭兵達は呻くことすら止め、恐怖に濁った目をメンヌヴィルへと向けていた。

 

「・・・ちっ、生きてやがるな。おい、お前ら」

 

かすかに背後へ視線を向けたメンヌヴィルに、背後の傭兵達が青ざめた顔のままで答える。

 

「へ、へえ・・・。何でしょうか」

 

「転がってる連中はほとんどが生きてやがる。艦まで連れてってやれ、邪魔だ」

「わ、分かりました! 連れてくぞお前ら!」

 

メンヌヴィルの背後にいる傭兵達が駆けるように動き始める。

 

リウスは倒れる傭兵達を魔法の射程内に収めてはいたものの、傭兵達が負傷者を連れていこうとするのを止めることは出来なかった。

 

リウスはゆっくりと緊張を高めていく。

 

 

間違いなく、私が動けば、この男も動く。

 

 

「これ以上手駒を減らす訳にはいかないからな。今更お前もここから逃げられるとは思っていないだろう?」

「・・・そうね。その通りだわ」

「思わぬ収穫だ。こんな辺鄙な所まで来た甲斐があるってもんだな」

 

残った傭兵達が遠巻きに取り囲み始める中、リウスは小さく深呼吸をする。

 

「どうすんだ、相棒・・・」

「・・・こいつを倒すしかないわね」

 

ある意味では僥倖であるかもしれない、リウスはそう考えていた。

 

先程のやり取りを見る限り、このメンヌヴィルという男が傭兵達の隊長であることは間違いない。

その上、数いる敵の中でも、明らかに突出した力量を持つメイジであることも間違いなかった。

そうであるなら、こいつを仕留めれば一時的にでもこの部隊を退却させることが出来るかもしれない。

当初の目的である時間稼ぎには充分すぎる程だろう。

 

くっくと、メンヌヴィルが笑う。

 

 

「そう、お前の想像通りだ。俺を倒せばこの状況も打開できるかもしれないなあ」

 

 

リウスの背に冷たいものが走った気がした。

まるで内心を見透かされたような言葉に戸惑いながら、リウスは今自分が置かれた状況を意識してしまいそうになる。

 

今この場にいる数十人のメイジ達は全員が自分の敵であること。

先程までとは比較にならない程の致命的な状況だった。

 

この場で戦うことを選択すれば、誰がどう見ようとも、たとえこの男を倒そうとも・・・。

結果は、同じ・・・、絶望的な・・・。

 

胸の内に湧きあがりそうになった恐怖の感情を、リウスは必死に掻き消していく。

 

 

隙は出来る。

この男を倒せば、必ず隙は出来るはずだ。

 

 

メンヌヴィルが鋼鉄のメイスを肩に担ぎ、にやりと笑った。

 

 

「上玉だな。俺を楽しませてくれ、女」

 

「言われなくても・・・!」

 

 

メンヌヴィルの挙動に全神経を集中させながらリウスは地面を蹴った。

 

体力の残りなど気にしているべきではない。

今は全力で、即座にこの男を打ち倒す・・・!

 

 

「ウル・カーノ!」

 

 

メンヌヴィルの振るう武骨なメイスの先端から炎がほとばしると、急激に成長した炎は白い光を発しながらリウスを包むように襲い掛かった。

 

「デルフ!!」

「任せろ!!」

 

リウスはその炎へと飛び込むようにデルフリンガーを振るっていた。

白い炎が真っ二つに引き裂かれ、火の粉がリウスの肌や髪をかすかに焼いていく。

 

「はっ! 凄えな! 何だ、その剣は!」

 

楽しそうに笑いながらメンヌヴィルが更に杖を振るうと、周囲にいくつもの炎の塊がばら撒かれていく。

 

 

「これはどうだ!」

 

 

メンヌヴィルの叫びへ合わせるかのように、周囲に散った炎の塊が猛然とリウスへ襲い掛かった。

デルフリンガーが届くか届かないかの距離まで近付いていたリウスは、魔法も使わずにそれらの火球を紙一重で避け続けながら詠唱を完了させる。

 

「ライトニングボルト!」

 

空気の弾ける音と共にメンヌヴィルの頭上から強力な魔法の雷が落ちる。

 

「しゃらくせえ!」

 

明らかに死角から放たれた魔法だったが、生物のように飛び回るいくつかの火球がメンヌヴィルの頭上で爆発する。

そして威力が削がれた魔法の雷を、敢えてメンヌヴィルはその身で受け止めていた。

 

あくまで牽制として放っていたために今のライトニングボルトはそれほどの魔力が込められていなかった。

それを見破ったかのような予想していなかった行動だったが、リウスはそのままメンヌヴィルの肩口に向かって斬り掛かっていく。

回避をしないことで反撃の準備を整えていたメンヌヴィルは目前のリウスへ向けて勢いよく杖を振るった。

 

 

「燃え尽きろ!」

 

 

メンヌヴィルの魔力が凝縮され、杖から炎を生み出そうとした瞬間、リウスは詠唱を完了させていた。

 

 

「マジックロッド!」

 

 

杖の魔力が霧散するのと同時にデルフリンガーの一閃がメンヌヴィルの肩口へと叩き込まれる。

 

しかしその寸前、身を翻したメンヌヴィルは即座に回転させたメイス状の杖でデルフリンガーを受け止めると、リウスの腕を掴みながら、その耳元で囁いた。

 

 

「・・・てめえ。今、俺の魔法を消したな?」

 

「・・・っ! アーススパイク!!」

 

 

メンヌヴィルの足元から尖った石の柱が突き立った。即座にリウスの腕から手を離したメンヌヴィルは大きく後ろへとステップを踏む。

リウスは距離を離されないようにそれを追いながらも次々と斬撃を放った。

 

弾かれた二つの斬撃に火花が散る中、リウスの撃ち出した光球の魔法が縦横無尽にメンヌヴィルへ襲い掛かる。

 

メンヌヴィルが光球を魔法で撃ち落とそうとした瞬間、リウスはデルフリンガーの斬撃を放ちながらもメンヌヴィルの魔法を破壊する。

 

しかしメンヌヴィルの顔には、まるで獲物を捉えた猛禽のような笑みが張り付いていた。

 

 

「馬鹿がッ!!!」

 

 

大きく横なぎに放たれたメイスの一撃に、斬撃を放とうとしていたリウスは身構えることしか出来ない。

何とか距離を詰めて直撃は避けたが、それでも腹部に強烈な衝撃を感じながらリウスは大きく吹き飛ばされた。

 

 

「がっ・・・!」

 

 

吹き飛ばされたリウスは地面に打ち据えられながらも流れるようにその身を起こす。

 

既に撃ち出されていた光の弾が次々とメンヌヴィルへ襲い掛かるも、リウスを弾き飛ばした瞬間にメンヌヴィルの持つメイスの先端から帯のような炎が吹き上がっていた。

メンヌヴィルはその炎を意のままに操りながら、死角にある魔法すら見えているかのように光の弾を次々と撃ち落とし回避していく。

 

「・・・見たことのない魔法だな。お前・・・、一体何者だ?」

 

(こいつ・・・!)

 

先ほど受けた打撃の回復を図りながら、リウスは詠唱を開始する。

 

「コールドボルト!」

 

リウスの頭上に生み出された十本の氷の矢が撃ち出されるも、メンヌヴィルは身じろぎ一つせずに杖から吹き上がった炎を振るってその魔法を掻き消した。

 

瞬間、背後から一本の尖った石柱がメンヌヴィルへと突き立ったが、それすらもまるで見えているかのようにメンヌヴィルは身を翻して回避する。

 

「おい! お前ら! この女の髪は桃色か!?」

 

息を飲んで繰り広げられる攻防を見ていた傭兵達は、はっと我に返った。

あの女が次々と放っていく攻撃は、手練れのメイジといえども二度、三度と致命傷を受けている程のものだったからだ。

 

「そ、そうですぜ! そいつの髪は薄い桃色をしています!」

 

メンヌヴィルは眉間に皺を寄せながらリウスへと顔を向けた。

 

「なるほど、貴様が使い魔のメイジとやらか。ワルドの野郎・・・、魔法を消せるなんざ言ってなかったってのに・・・」

 

リウスは不吉な予感を振り払うように呪文の詠唱を開始していた。

 

 

「オートスペル!」

 

 

リウスの魔法による構築された魔力がデルフリンガーに流れ込んでいく。

 

オートスペルの魔法は、武器に『魔法構築式そのもの』を纏わせることで、衝撃によって半ば自動的に特定の魔法を放つことのできる魔法である。

複雑な魔法構築式を用いるため戦いながら扱える魔法ではなく、オートスペルの魔法を発動させるには、武器に纏わせた魔法構築式そのものへ魔力を蓄積させる必要があった。

そのため魔力分析に長けた者しか扱うことのできない、非常に扱いが難しい魔法だった。

 

「ほう、次は何を見せてくれるんだ?」

「うるさい・・・!」

 

期待を寄せたようなにやついた表情のメンヌヴィルへ、受け止められることも視野に入れながらリウスは猛然と斬り掛かっていた。

斬り掛かりながらもメンヌヴィルによる反撃の魔法を破壊するが、もう想定済みであるかのようにメンヌヴィルは軽く右側面からの斬撃を受け止める。

 

そのままメンヌヴィルが左手で掴みかかろうとするが、リウスはデルフリンガーを滑らせるようにしてその攻撃を躱しながら至近距離での呪文を完成させた。

 

「ナパームビート!」

 

しかしメンヌヴィルは魔法が撃ち出されるよりも前に身を翻してリウスの側面へと回り込んでいく。

ぶおん、と鋼鉄のメイスが薙ぎ払われる。

それを受け流そうと身構えたリウスだったが、まるで誘い込まれているかのような嫌な感覚に大きく後ろへと飛び退いた。

 

 

「ウル・カーノ!!」

 

 

メイスから炎が吹き上がると爆裂するようにリウスの目前が吹き飛んだ。

何とか爆風に吹き飛ばされずに耐えたリウスは即座にメンヌヴィルへと全神経を集中させた。

 

「ソウルストライク!!」

 

同時にメンヌヴィルへと肉薄したリウスはデルフリンガーを全力で逆袈裟に斬り上げる。

煌めく剣閃と時を同じくして、リウスの背後から生み出された十個の光の弾が尾を引いて頭上へと翻っていく。

 

「同じ手か! くだらねえな!!」

 

リウスの渾身の斬撃すらなんなく受け止めたメンヌヴィルは、リウスの魔法へと合わせるように杖の先端から炎を生み出し光の弾を迎撃しようとする。

 

しかしそれと同時に、デルフリンガーが電気を帯びたように光を放った。

オートスペルの発動条件が満たされたのだ。

 

 

「ライトニングボルト!!」

 

 

ばちん、とメンヌヴィルの頭上に最大火力の雷が形成された瞬間、リウスは後ろに飛び退きながら畳み掛けるように魔法の詠唱を開始する。

メンヌヴィルの周囲には十個の光弾と魔法の雷。

そしてリウスは、自身にとって最も威力の高い魔法の詠唱を完了させた。

 

 

 

「アーススパイクッ!!!」

 

「鬱陶しいッ!!!」

 

 

 

メンヌヴィルの杖を覆っていた炎が一瞬の内に膨れ上がった。球体を思わせるような白く巨大な炎がメンヌヴィル自身の真下へと撃ちこまれる。

自身の身体すら巻き込みながら地面を爆裂させて石柱の群れを吹き飛ばすと、それと同時に分裂した炎が魔力の雷を左右から飲み込み、メンヌヴィルの周囲を飛び回る炎の蛇たちが光球を喰らうように破壊していく。

 

肌を焼くほどの爆風に押されたリウスは一旦距離を取りつつ、静かに息を整えながら、平然と佇むメンヌヴィルを強く睨み付けた。

 

 

「危ねえ危ねえ、やるじゃねえか」

 

「・・・自分の炎に飲み込まれた気がしたけど、生きてるとは驚いたわ」

 

デルフリンガーに纏わせていたオートスペルの魔法が消えていく。

しかしメンヌヴィルはそれを知ってか知らずか、隙一つない様相でリウスへと口を開いた。

 

「何を言ってやがる、『火』のメイジが炎に強えのは当たり前じゃねえか。まあ俺は火力の調整をちゃんとしてたがな」

 

メンヌヴィルはにやついた笑みを顔に張り付かせたまま、もう一度口を開いた。

 

「しかし、惜しいな。貴様が男ならばもう少し楽しめただろうが・・・。貴様の戦い方は、ただの奇襲にすぎん」

 

まるで称賛するかのようにメンヌヴィルが語り続ける。

しかしリウスは、先程の攻撃で仕留め切れなかったことにかすかな冷や汗を流していた。

 

「いじましいことだ。腕力の劣る女だからだろうが・・・、貴様の攻撃は全て虚を突く攻撃ばかりだ。

確かに並みのメイジには効果的だが、俺にとっては何ら工夫の無い攻撃に過ぎない。相性ってのは残酷なもんだな」

 

『相性』。

リウスにはその言葉が何を指しているのか理解できなかったが、胸中で不安に似た感情がじわじわと大きくなっていくのは確かに感じていた。

 

しかしリウスは怯えた表情一つなく、にやりとメンヌヴィルへ馬鹿にしたような笑みを向ける。

 

「そんなこと言ってて良いのかしら?」

 

「ああ?」

「それで負けたら恥さらしなんてものじゃないわ。部下の手前、格好つけるってのがレコン・キスタの流儀なのかしらね?」

 

その言葉にメンヌヴィルが噴き出すと、豪快に笑い始めた。

 

 

「なるほど、こりゃ大したタマだ。怯えたガキの言葉に、俺が激昂するとでも思ったか?」

 

 

リウスは自分の心臓が凍りついた気がした。それと同時に、先程の『相性』という言葉が頭の中で鐘のように繰り返されていく。

 

戦闘の中で、幾度も感じた違和感。

徐々に正確さを増していく、こちらの動きを先読みするかのような戦い方。

 

 

(まさか、有り得ない・・・。でも・・・)

 

 

この男が、もしこちらの感情を読めるのだとしたら・・・。

 

もし、戦いの中で・・・、自分の思惑が筒抜けなのだとしたら・・・。

 

 

「緊張が増したな。そうだ。俺は目が見えんが、貴様のことはよく見えている。戦いの中で貴様が何を狙っているのかも。その内面に隠した、恐怖すらもな」

 

歌うようにメンヌヴィルは続けていく。

 

「感情は杖を鈍らせ目を曇らせる、ってな。おっと、俺の場合は鼻や耳か? ま、どっちでもいいことだ。そうだろう?」

 

リウスは自分の心臓がいつの間にか強く高鳴っていることに気付いていた。

 

胸の内から湧き上がる感情を何とか押しとどめながら、緩みそうになったデルフリンガーを握った手に無理やり力を込める。

 

 

「貴様は、俺を仕留めきれなかった。あれ程に手の内を晒したにも関わらず」

 

 

メンヌヴィルはリウスの様子を味わうように眺め、凄惨な笑みを浮かべながらもう一度静かに口を開いた。

 

 

「・・・貴様ほどの使い手ならば分かるはずだ。もう、勝ち目など無いことに」

 

 

全身に力を込め、メンヌヴィルに斬り掛かりながら、リウスはニューカッスル城の時のことを思い返そうとしていた。

 

デルフリンガーが言っていた、自分が我を忘れた時のガンダールヴの力。

あれを使うことが出来れば、この窮地を脱することができるかもしれない。

 

それが逃避であることにも気付かずに、リウスは必死にそれを考えながら魔法を繰り出し、メンヌヴィルへ斬撃を加えていく。

 

「体温が上がっているな。動きにも動揺が多い。どうすればいいのか分からないか?」

 

メンヌヴィルは既に魔法を頼らずに打撃による攻撃を中心に切り替えていた。

 

リウスの斬撃や魔法を全て予測したように回避し弾き飛ばしながら、その太い足によって放たれた蹴りがリウスの身体にめり込んでいく。

 

 

「が・・・! はっ・・・!」

 

 

吹き飛ばされ地面を転がったリウスは何とかデルフリンガーを手に取り、よろめく足で立ち上がった。

 

「ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ」

 

リウスが詠唱を行なえない隙にメンヌヴィルが呪文を紡いでいく。

 

揺らぐ視界の中でリウスは確信していた。

こいつは、スペルブレイカーやマジックロッドのタイミングすら完全に把握している・・・。

 

「あ、相棒! もうあいつに勝つのは無理だ! 何とかして逃げろ!」

「・・・」

 

その言葉にも答えずにデルフリンガーを構えたリウスへ、メンヌヴィルがにやにやと笑う。

 

「女、お前は正しい。今さら逃げることなど不可能だ」

 

メンヌヴィルの持つ武骨なメイスの先端から炎がほとばしると、その炎は次第に勢力を増しながら生物のように蠢き始めている。

 

「悪いが、時間が押しているのでな。手早く済ませるとしよう」

 

鎌首をもたげるように、巨大な業火の先端が頭上へと翻った。

そのままリウスを喰らうかのように襲い掛かる炎の帯を何とか身を投げ出して回避する。

 

爆発が地面を抉り、それと同時に分裂した炎が更に襲い掛かるも、リウスは輝くデルフリンガーによってそれを受け止める。

瞬時にデルフリンガーが炎を吸収するが、それすらも予測していたように周囲から次々と炎の塊が飛来してきている。

 

その隙間を縫うように身を翻して避け続けていく中、火球の群れと共に接近したメンヌヴィルが鋼鉄のメイスを叩きつけるように撃ち下ろした。

 

「くっ・・・!」

 

ギリギリのところでデルフリンガーを使ってメイスを斜めに受け流す。

しかし、メンヌヴィルは攻撃の手を緩めない。

 

 

「消し飛べ」

 

 

斜め下から振り上げられたメンヌヴィルの杖に、魔力が凝縮されていく。

 

 

(避け・・・切れない・・・!!)

 

 

明らかな誘いであるにも関わらず、リウスはその魔法を掻き消す以外の選択肢が残されていなかった。

 

 

「マジックロッド・・・!!」

 

 

メンヌヴィルの魔法が掻き消されるも、それと同時に振るわれたメイスの一撃がリウスの握ったデルフリンガーを弾き飛ばした。

 

 

「あ、相棒っ!!!」

 

 

弾き飛ばされたデルフリンガーの叫ぶ声を背景に、更に周囲の炎がメンヌヴィルの杖に合わせて立ち昇り、無数の炎の鞭となって四方八方からリウスへと襲い掛かった。

 

デルフリンガーと分断されたリウスは腰の短剣を引き抜きつつ、石の柱を発生させることで次々と襲い掛かる魔法を耐え続けていく。

 

メンヌヴィルはその様子を眺めながら心底恍惚とした表情を浮かべていた。

 

 

「おお、恐怖の香りだ。闘争の香りだ。人間だけが発することのできる、必死に感情を制する時の・・・、極上の香りだ」

 

 

リウスを襲っていた炎がメンヌヴィルの杖へと戻り、先ほどよりも更に大きい、白炎の業火へと姿を変えていく。

 

「・・・さあ、準備は整った。そろそろ貴様の焼ける匂いが嗅ぎたいものだな」

 

(どうすればいい・・・! どうすれば・・・!)

 

しかし、リウスは気付いていた。

縦横無尽に襲い掛かるこの男の炎はデルフリンガーがなければ防ぐことが出来ない。

既に形作られた魔法である場合は魔法で掻き消すことも出来やしない。

 

つまりもう、打つ手など・・・。

 

 

「お前は誇っていい。ここまで耐えられたのは、久しぶりだ」

 

 

メンヌヴィルがそう言い放った瞬間、真っ赤な蛇のような炎がふいを突かれた傭兵達を薙ぎ払った。

 

 

「燃え尽きろ」

 

 

メンヌヴィルが放った白く巨大な炎の波に、別方向から放たれた炎の蛇が勢いよくぶつかった。

リウスの目前で二つの炎は大きく逸れ、あらぬ方向へと流れた炎は絡み合うように大きな爆発を引き起こしていく。

その爆発と共に、何者かがメンヌヴィルの頭上から襲い掛かっていた。

 

 

「ウル・カーノ!!!」

「クソが・・・。邪魔をするんじゃねえ!!!」

 

 

獣のような雄叫びを上げたメンヌヴィルは頭上から撃ち出された炎の塊を躱しながら、現れた男へ向けて吹き上がった白炎を放った。

しかし、その白炎は火球による複数の爆発を受けてあらぬ方向に逸れ、その男が地面へ着地すると同時に無数の鞭のような炎がメンヌヴィルに猛然と迫っていく。

 

「この程度・・・っ!」

 

しかしメンヌヴィルに直撃する寸前、それらは絡み合うように大きな火柱へと姿を変えた。

目を見開いたメンヌヴィルは左腕を焼かれながらも寸前で回避し、そのまま叫びにも似た驚愕の声を上げ始める。

 

 

「おお・・・、おおおっ。おぉおおお! お前は! お前はお前はお前は!!!」

 

「一気に仕留めますぞ!!」

「はっ、はい!!」

 

 

現れた男と共に、即座にメンヌヴィルへ接近したリウスは至近距離からアーススパイクの魔法を放つ。

メンヌヴィルがかろうじて石柱を回避をしつつリウスへメイスを振るうも、小さな火球の爆発が鋼鉄のメイスの軌道を大きく変えた。

 

 

(いける・・・!)

 

 

体勢の崩れたメンヌヴィルへ更に一歩踏み出したリウスは、横から飛び出してきた人物に抱えられるように突き飛ばされた。

 

瞬間、リウスのいた場所へ無数の魔法の矢が突き刺さる。

その人物はリウスを抱えるようにしつつメンヌヴィルから即座に距離を取っていく。

 

 

「・・・あと一歩でしたな」

 

 

何が起きたのかよく分かっていなかったリウスは先ほど自分がいた場所を見やると、納得したように口を開いた。

 

「た、助かりました。コルベールさん」

 

コルベールはリウスから身を離すと、魔法の矢が放たれた方向を睨み付ける。

先程コルベールの攻撃を回避した傭兵達の幾人かがメンヌヴィルへの援護を行なったようだ。

 

 

「間違いない! この魔法! この待ち望んだ温度は! お前は! お前は、コルベール! 隊長どの! 俺を忘れたか!!!」

 

 

命拾いしたことすらどうでもいいのか歓喜の声を上げ続けるメンヌヴィルへ向けて、コルベールは突き刺さるような瞳で返した。

 

「・・・お前はまるで変わっていないのだな、メンヌヴィル」

「懐かしい! 懐かしいぞ、隊長どの! 二十年ぶりだ! 今までどこにいたと言うのだ!」

 

メンヌヴィルが歓喜の声を上げ続ける中、リウスは殺気に満ちたコルベールの様子をちらりと見た。

 

「・・・知り合いですか?」

「・・・ああ。昔の、知り合いだ」

 

「こんなところで出会えるとはな! はるばるここまで来た甲斐が・・・」

 

狂ったように笑い続けるメンヌヴィルが、はたと考える素振りを見せる。

 

 

「・・・なんだ? 隊長どの。もしやと思うが、今は教師なのか? 貴様が・・・、かつて『炎蛇』と呼ばれた貴様が?」

 

 

一瞬肩を震わせたメンヌヴィルだったが・・・、奇声にも似た猛獣を思わせる声でもう一度笑い始めた。

 

「は、はは! ははははは!! 今は教師なのか! そうか! 隊長どのが教師か!? 貴様が一体何を教えると言うのだ!!」

 

「・・・黙れ。貴様に分かるはずもない」

 

コルベールの言葉にメンヌヴィルは笑いを抑え始めると、興奮し切った表情のままコルベールへ顔を向ける。

 

「つれないな、隊長どの。俺の両目を奪った時と同じだ」

 

メンヌヴィルはにやにやと楽しむように呟きながら、残る傭兵達へと顔を向けた。

 

 

「あの女はお前らが仕留めろ! この男は俺の獲物だ! この男に手を出す奴は諸共に焼き殺す! 分かったな!!!」

 

 

その狂気じみた怒声へ応じるように、傭兵達が怯えと殺気の入り混じった表情と共に動き始めた。

その中には負傷し苦痛に顔を歪めた傭兵達も含まれている。

 

それでもなお、互いの戦力差は火を見るよりも明らかなものだった。

 

 

「リウスくん・・・、君は本塔まで下がりたまえ。私が道を作る」

 

 

しかしリウスはデルフリンガーが転がる位置を確認しながら、小さくコルベールに言葉を返した。

 

「・・・私は、頑固だって言われたことを忘れてませんよ。コルベールさん」

 

険しい表情を浮かべたまま、コルベールはほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 

「今は最適な選択を選ぶべき・・・。そういうことでしたな」

「ええ、貴方の邪魔にはなりませんから」

 

油断なく二人を見つめるメンヌヴィルが呆れたように苦笑する。

 

「なんだ、その女が心配なのか? らしくはないな、隊長どの」

 

傷だらけのリウスをちらりと見てから、コルベールはもう一度メンヌヴィルへと氷のような視線を向けた。

 

 

「・・・過去の清算をしなければならん。メンヌヴィルくん、私を恨んでくれても構わない」

 

 

コルベールが静かに詠唱を呟くと、手に持った杖から真紅の炎が吹き上がっていく。

 

 

「そうだ、その殺意だ。俺の両目に焼きついた、貴様の殺意だ」

 

 

メンヌヴィルの背後に広がった十名を優に超える傭兵達が杖をリウスに向け、メンヌヴィルもまた、武骨な杖をコルベールへと静かに向けた。

 

 

「・・・お前の焼ける匂いを嗅がせてくれ。隊長どの」

 

 


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