Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第六十一話 それぞれの思惑

『トリステイン貴族の皆々方! 何も、我々は諸君らに危害を加えようとする気はない! 武装を解除し、粛々と投降することを望んでいる!』

 

 

『風』の魔法で増幅された声がアルビオン巡洋艦より響きわたった。

投降を促しているのは、三隻いるアルビオン巡洋艦の中でアルビオン軍属の兵士が多く乗り込んでいる艦である。

 

その中にはこの艦隊を率いている壮年の貴族・・・、アルビオン軍総司令官の子飼いの貴族もいるのだが、実質的な総指揮権はメンヌヴィルの元にあった。

 

傭兵団の頭を指揮官とすることに抵抗があったのだろうが、誰が上になろうが下になろうが、そんなことはメンヌヴィルにとってどうでも良かった。

彼にとっては単に自分に対して余計な口出しをしなければそれで良いのである。

 

先程から再三にわたって投降を促しているが、学院側に何か動きがある訳でもない。

隣に浮かぶ巡洋艦からむなしく響きわたる貴族の声に、メンヌヴィルは小さく鼻を鳴らした。

 

「茶番だな。さっさと命じて欲しいもんだ」

 

メンヌヴィルは巡洋艦の甲板から遠くに浮かぶ艦を眺めた。

とはいえ盲目である彼の目には何も映ってはいないが、空気の揺らぎや風の音によって前方にある本塔の位置は分かっている。

 

本塔の反対側に浮かんでいるはずの三番艦は、逃げようとする学院の貴族たちを逃がさぬよう、監視する役割を担っている。

そして、今自分がいる二番艦と、隣に浮かぶ一番艦は、トリスタニアからの援軍を警戒しているのだった。

 

「隊長、ウチの連中の降下が完了した模様です。いつでも降りられますよ」

「まあ待て。まだ上官殿の演説が終わってねえよ」

 

事前の取り決めにおいて、トリステイン軍が救援に来た場合には即座に撤退することが決められている。

そのまま付かず離れずの距離において応戦していれば、トリステインの救援軍を追いかけてきたアルビオン戦列艦によって一網打尽に出来るという訳だ。

 

その間、学院内の拠点を確保するために自分ら傭兵団が同行している訳だが・・・、いかにも鼻持ちならない貴族の考えそうな、性根の腐った作戦である。

 

そしてそんな展開はメンヌヴィルにとっても喜ばしいことではなかった。

そんな光景が繰り広げられてしまっては、学院の連中が早々に投降してしまう可能性があるのだ。

 

「しかし・・・。わざわざ降伏勧告を行なってやるなんざ、お優しいことで」

「馬鹿かテメエは。トリステイン貴族がそう簡単に投降なんざする訳ねえだろ。ありゃあ脅しだ」

 

傭兵の男がメンヌヴィルを見ると、メンヌヴィルはつまらなそうな顔で口を開いた。

 

「貴族のガキは二、三十人も捕まえれば上々だ。だから、今は選択肢を与えてやってるのさ。今頃あいつらは大混乱、それでも投降しないとなれば学院に立て籠もることを選ぶだろうよ」

 

「・・・なるほど。それでこの艦の数ですか」

「そうだ、ああいった連中は屈服させねえと何をするか分からねえ。だから、俺らは親切にも気付かせてやってるのさ。時間が経てば経つほど、選択肢は無くなっていくことをな」

 

メンヌヴィルはアルビオン貴族の声が途絶えていることに気が付いた。

そして、ふと隣に浮かぶ巡洋艦に顔を向ける。

 

 

『これ以上我々の言葉に答えぬのであれば、諸君らに抗戦の意志があると認めざるを得ない! これは警告である! 速やかに武装を解除し、投降せよ!』

 

 

くっくとメンヌヴィルが笑う。

 

「大詰めだな。おい、斥候として下の連中の一部と軍属の連中を右手前方にある渡り廊下に布陣しろ。念のため、反対側へ古参の連中を数人送っとけ。

本塔周辺の状況が把握できたらそのまま待機だ。トリスタニアの救援軍が来るまでしばらく待つ」

 

「はっ」

 

「救援が来ないのなら、俺らの合図に合わせて砲撃が始まるだろうよ。砲撃が終わったなら、そうだな・・・。塔上部の窓、渡り廊下から突入だ。罠の気配があるなら軍属の連中を使え。俺を待つ必要はない」

 

その発言に怪訝な表情を浮かべながらも、部下の男は傍らにいる傭兵に隊長の言葉を伝える。

その傭兵が縄梯子で降りていくのを見送って、部下の男はメンヌヴィルの近くへと戻ってくる。

 

 

「何故、俺が真っ先に行かないのかと思っているだろう?」

 

 

メンヌヴィルの言葉に、ぎくりと部下の男は身を強張らせた。

下へ降りる準備を進めながら、部下の動揺を感知していたメンヌヴィルは満足そうな表情で部下の男へ白く濁った瞳を向けた。

 

「メインディッシュは俺が貰う。だから、お前らには前菜をくれてやる。

お前らは・・・、無駄死にすることも仕事の内なのだからな」

 

 

 

 

背後、上空に浮かぶ巡洋艦からは投降を促す警告が繰り返し聞こえてくる。

 

十数人にもなる貴族崩れの傭兵達とアルビオン軍の兵士達は流れるように歩を進めながらも、各々のその顔には緊張が浮かんでいた。

 

ここにいるほとんどのメイジが貴族の子供らであり、教師達が『ただ魔法を使えるだけ』の一般人であるとはいえ、ここがメイジの巣であることには変わりがない。

精度の低い魔法なぞ物の数ではないが、それでも束で来られては危険ではあるのだ。

 

手練れである古参の傭兵達は既に塔の反対側へと移動している。

今残っている傭兵達は頼りない周囲の味方達に内心舌打ちをしながらも、前後左右を寸断無く警戒しつつ本塔の右手にある渡り廊下へと進んでいく。

 

 

傭兵達が音も立てずに進む中、ふと渡り廊下近くに人影が見えた気がした。

先頭の傭兵が手サインでそれを知らせるや、その人影がすたすたとこちらへ向かって歩いてくる。

 

あまりにも無防備なその姿に、傭兵達はそれぞれ警戒の色を濃くしていく。

現れた桃色髪の女性は何やら一人で何かを話しているように見えた。

 

 

「・・・おいおい、相棒。わざわざ真正面から出ていかなくてもよ・・・」

「・・・さあ、どれが正解なんて分かんないわ。変に刺激するよりこっちの方がいいかもって思っただけ・・・」

 

 

女性の方向から男の声が聞こえた気がして、傭兵達は散開しながら周囲に気を配っていく。

とはいえ、今いる場所は塔や建物から離れているため奇襲をするにしては適していないようにも思えた。

 

桃色髪の女性は十メイル程離れた場所で立ち止まると、目の前の男たちへざっと目を通していく。

 

いかに彼らが傭兵として生きてきて、その上戦争中であるといえども、彼らはこの人数差でいきなり攻撃を行なうほど無粋な訳でもなかった。

何より目の前の女性がこちらに危害を加えてきた訳でもないし、たかが女一人、さっさと拘束して連れていってしまえばいいだけだ。

もしかしたら白旗でも上げるつもりなのかもしれない。

 

緊迫した雰囲気の中、アルビオン軍属の兵士が口を開く前に、髭面の傭兵が脅すような声を上げた。

 

「おい。てめえ、そこから動くなよ。何のつもりだ」

 

「アンタ達こそ何の用? 戦争になったのは知ってるから、何となく予想はつくけど」

 

窮地に立たされているのは明白にも関わらず、目の前の女性は憮然とした表情で腕を組んだ。

その妙に落ち着いた雰囲気に、アルビオン軍の兵士が苛ついた声で答える。

 

「お前の想像通りだ。投降するのであれば、両手を頭の後ろに付けろ」

 

しかし桃色髪の女性は馬鹿にするように肩を竦めると、朗々とした声で口を開いた。

 

 

「お断りよ。それより、アンタ達に決闘を申し込むわ」

 

 

予想もしていなかった言葉にアルビオンの兵達は目を丸くする。

思わず互いの顔を見合わせる傭兵達。

ほんの少し弛緩したような妙な雰囲気に包まれ、傭兵達が目の前にいる桃色髪の女性へと視線を戻した瞬間、傭兵達から大きな笑い声が上がった。

 

「おいおい嘘だろ! トリステイン貴族っつってもここまでとはな!」

「お前オツムがおかしいのか!? ここにきて笑いを取ろうってのはよ! 面白え女だ!」

「決闘だあ!? こっちは戦争やってんだぜ!?」

 

大笑いする傭兵達だが、彼らのその目は注意深く周囲へと向けられている。

彼らにとって想像すらしていなかった状況だが、常に戦いの中に身を置いていた彼らの意識が緩むことはほとんど無かった。

 

「お嬢ちゃんよ、そんな訳の分からないこと言って俺らを困らせるんじゃねえよ。ふん縛っちまうぞ?」

 

へらへらと笑いながら傭兵の一人が下卑た声を上げる。

しかし桃色髪の女性は緊張した様子もなく、もう一度肩をすくめた。

 

「せっかく学院で魔法の勉強をしてきたんだもの。だから何もしないで捕まるなんて、私のプライドが許さないわ。私を捕まえる人は私よりも強い人がいいの。言ってる意味は分かる?」

 

その言葉を真に受けたのか、アルビオン軍の兵達は緊張した表情を浮かべている。

しかし一方の傭兵たちはまた大笑いを上げ始めていた。

 

馬鹿にするような笑い声の中、リウスの背にいたデルフリンガーが「よく言うぜ・・・」と小さく呟いているが、リウスは聞こえていないように腕を組みながら笑い続ける傭兵達を眺めていた。

 

現実が見えていない世間知らずなメイジ。大部分の傭兵達とアルビオン兵達はそう思っているようだったが、それでも納得のいっていないアルビオン兵の一人が声を上げた。

 

 

「お前の思惑は分かっている、先ほど男の声が聞こえていたからな。我らを罠に嵌めようと考えているのだろう。違うか?」

 

 

しかしリウスはきょとんとした表情を浮かべると、背から鞘に入った剣を手に取った。

アルビオン兵達は焦ったように杖をリウスへと向ける。

 

「男の声って、この剣のことでしょ? ほらデルフ、ご挨拶しなさい」

 

驚いたようにデルフリンガーが鞘をかちゃかちゃ鳴らすも、すぐさま納得がいったように声を張り上げた。

 

「ようお前ら、俺っちはデルフリンガーってんだ。まあこの状況じゃ、よろしくって訳にはいかねえがな」

 

アルビオン兵達が杖を構えたまま目を丸くすると、その脇に立つ傭兵達はそれぞれ豪快に笑い始めた。

 

 

「おいおい、何が分かってたんだよ! 剣が罠に嵌めてくるってか!? こりゃいいや!」

 

 

アルビオン兵達は笑う傭兵達を苦々しげに睨み付け、そのまま手に構えた杖をもう一度リウスに突きつけた。

 

「やかましい! どちらにせよ我々は貴様など相手にしている訳にはいかんのだ! おとなしく投降するがいい! それとも私の魔法で引き裂かれたいか!?」

 

その兵士の雄叫びにも傭兵達は大笑いすることを止めず、リウスの手に握られたデルフリンガーも馬鹿にするように声を上げた。

 

「おいおい、相棒のことがいくら怖いっていってもよ。大の男共が年端もいかねえ娘っ子一人にこの人数差で襲い掛かるって? なっさけねえの」

 

「やめなさいよデルフ。この人達に自信が無いのならしょうがないじゃないの」

 

怒りで顔を赤くする兵士達とは裏腹に、傭兵達はにやにやと興味深げに答える。

 

「おもしれえ。軍の連中が舐められるのは構わねえが、俺らも一緒にされちゃ困っちまうなあ」

 

そう言った無精ひげの傭兵が一歩前に出ると、アルビオン兵は怒りの矛先をその傭兵へと向ける。

 

「何のつもりだ。そんなことをしている場合ではないだろうが!」

「なあに、状況が分かっていない嬢ちゃんにちょっと教育してやるだけだ。それに反対側にも手練れが行ってるんだからな。問題はねえよ」

 

一色触発の雰囲気の中、強面の傭兵の一人がにやついた声を上げる。

 

「ったく、仲間同士で何争ってんだ。そもそも据え膳喰わぬはどうたらって言うだろうが。もうちょっとアルビオン軍も遊び心を持ってもいいんじゃねえかあ?」

 

リウスが憮然とした声を上げる。

 

「据え膳扱いとは失礼ね。それよりもさっさとしてよ、待ちくたびれちゃったわ」

「ほうら嬢ちゃんも待ちくたびれたってよ。軍属の連中は女の扱いが分かってねえな。さっさと満足させてやれよ」

 

そうだそうだ、と傭兵達から声が上がると、にやついた無精ひげの傭兵がリウスに向かって杖を向けた。

 

「しょうがねえから俺が可愛がってやるよ。ほら嬢ちゃん、構えな」

 

腕に自信があるのか、その傭兵は余裕たっぷりの舐めきった表情を浮かべている。

魔力の密度を見ても、数少ないこの部隊の手練れの一人だと言っていいかもしれない。

 

「貴方が一人目ね。分かったわ」

 

リウスがデルフリンガーを引き抜くと、傭兵は意外そうに口を開いた。

 

「なんとなくそうじゃねえかと思ってたけどよ。お前は貴族崩れなのか?」

「まぁそんなとこよ。この学院には子供の頃からちょっとした縁があってね、今さら厄介になってるわけ」

 

リウスの言葉はまるで嘘っぱちであったが、傭兵は納得したように鼻を鳴らした。

 

 

「なら手加減はできねえな。後悔するなよ」

 

 

傭兵は片手に持った杖を軽く振るうと、魔法の詠唱を開始する。

 

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ・・・」

 

リウスも同時に詠唱を開始する。

 

「ウル・カーノ・ジエーラ・ハルキス・ペオース・・・」

 

リウスの詠唱は全くのデタラメである。

学院の図書室で見た呪文のルーンに適当な言葉を繋げただけのデタラメな詠唱を口に出してから、ほぼ同時にリウスは本来の詠唱を開始していた。

 

傭兵の周りに十数本の氷の矢が浮かび上がる。

それと同時にリウスの周囲にも燃え盛る数本の炎の矢が浮かび上がっていった。

 

 

「ウィンディ・アイシクル!」

 

「ファイアーボルト!」

 

 

二人の周囲から異なる属性の矢が撃ち出される。

それらは互いに交差するかのようにぶつかり合い、勢いを削がれた属性の矢がリウスと傭兵の周囲に降り注いだ。

 

「おっと! やるじゃねえか! じゃあこんなのはどうだ!」

 

敢えてリウスは弱めの魔法を放っていたため、勢いの弱まっていない氷の矢をリウスは何とか自力で避けざるを得ない。その隙に傭兵が次の魔法を唱える。

 

「ウォーターウィップ!」

 

傭兵の杖の先端から発生した水の塊が杖の周囲を覆っていく。

 

「そうら!」

 

傭兵が杖を勢いよく振るうと、杖に纏わりついていた水の塊が鞭のように細長く伸びあがった。

風切り音と共に飛来する水の鞭をリウスは間一髪身を引いて回避する。

 

回避された水の魔法は即座に方向を変えると、正にしなやかで強靭な鞭のようにリウスへ向けて襲い掛かる。

リウスはデルフリンガーすら使わずにそれを避けながらも、デルフリンガーへと小さく静かに口を開いた。

 

 

「・・・デルフ、魔法を消しちゃダメよ。時間稼ぎなんだから」

「わかってら。任せとけって」

 

 

上半身に飛来する水の鞭を咄嗟に屈んで回避しながら、リウスは水の鞭をデルフリンガーで切り上げるように叩き切った。

しかし切り落とされた水の鞭は即座に繋がり、何の問題もないかのようにまたリウスへと襲い掛かる。

 

「馬鹿か! これは水なんだぜ!?」

 

まるで生き物のように襲い掛かる水の鞭がリウスの顔面へと飛来する。

 

流れるような身のこなしで鞭を回避しながらも、実のところリウスには別のことを考える余裕すらあった。

しかしそれに気付いていない傭兵は水の鞭を操っていくのに夢中である。

 

主塔の反対側。先程の傭兵の言葉が正しいのなら、この部隊の手練れはそちらへと向かっているようだ。

コルベールが同じ方向にいるはずなので、既にあっちはあっちで戦っていてもおかしくはない。

 

 

(コルベールさんなら問題はないだろうけど・・・。こっちに来てくれる余裕はないと思った方がいいか)

 

 

そう考えながらリウスは足元へ飛来した水の鞭を身を翻して回避すると、デルフリンガーで切り掛かるため猛然と傭兵に襲い掛かる。

焦った傭兵が水の鞭を球状の水の塊に戻し、それを弾くように周囲へ撃ち出すと、即座に後ろへステップを踏んだリウスは直撃しそうになった水の弾丸をデルフリンガーを盾に防ぎきった。

 

 

「おいおい、お前がまさか手間取ってるんじゃねえのか!? 手え貸してやろうかあ!?」

「俺にもやらせろよ! あっという間に仕留めてやるからよ!」

 

 

傭兵達から下卑た笑い声が漏れ出すと、リウスに相対する傭兵が苛立った顔でわめき散らす。

 

「うるせえ引っ込んでろ! 意外とやるんだよ、この女!」

 

この演技は大した時間稼ぎにもならない。演技がバレたなら、その時はその時だ。

 

リウスはそう考えながら、またデタラメの詠唱と共に、威力の弱い魔法を傭兵に向けて撃ち出したのだった。

 

 

 

 

 

 

リウスが戦っているちょうどその頃・・・、主塔の反対側に位置する広場は炎の海に包まれていた。

最後に残った二人の傭兵が、炎の海の中心に立つ男へと渾身の魔法を詠唱する。

 

 

「ウォーターフォール!」

 

「エアストーム!」

 

 

三メイル以上もある大量の水の塊が男の頭上から襲い掛かるのと同時に、男の周囲に発生した数メイルもの風の竜巻が炎を掻き散らしながら襲い掛かる。

しかしその男は、周囲の炎を巻き取りながらも杖の周りから地面に向けて大人程もある火柱を走らせると、吹き上がった細く高密度な炎の一閃によって襲い来る竜巻を真っ直ぐに両断した。

 

「ば、馬鹿な!!」

 

傭兵が叫びを上げるや否や、空中へと凝縮された炎の塊は蛇のような巨大な炎の帯へと姿を変えた。

まるで怪物の唸り声を思わせる業火の音と共に、身を翻した巨大な炎の蛇は頭上から襲い掛かる水の塊を真横に弾き飛ばす。

周囲に熱風のような水蒸気が撒き散らかされた瞬間、その巨大な炎の蛇はうねりながら分裂するように無数の炎へと分かれ、獲物を捕食するかのように二人の傭兵の腕や足を焼き尽くした。

 

 

「ぐわあああああ!!!!」

 

「ぎゃああああ!!!」

 

 

杖と共に四肢を焼かれた傭兵達は地面へと転がり叫び声を上げている。

しかしその男、コルベールは二人へ止めを刺すこともなく、静かに口を開いた。

 

「・・・そのまま大人しくしていたまえ。命まで奪うつもりはない」

 

コルベールの周囲には既に数名の傭兵達が転がっていた。

しかし死んでまではいないのか、二人の傭兵と同じく腕や足を焼かれて呻き声を上げている。

彼らには鋼鉄の杖や剣を使用していた者もいたが、その全ては既に燃やし尽くされ、どろりと溶けた鉄の塊へと姿を変えていた。

 

 

「・・・メンヌヴィル」

 

 

忌々しげにコルベールは呟いた。

 

この傭兵達から聞いた名前。

この学院を襲った彼ら傭兵団の隊長であり・・・、かつて自分の腹心だった男の名前。

 

常に人を馬鹿にしたような笑みを湛え、有り余る才能を人を害するためだけに扱う男。

 

忌むべき仲間達を焼き殺し、自分の背に杖を向けたあの男に対して、かつての自分はあの狂気に満ちた両目を奪っただけで留めていたのだ。

 

駒のように、命令されるがままに無実の人々を焼き殺した自分。

かつての自分があの男を殺さなかったのは、真実を知った自分が自身の所業を恐れ、その場から逃げることを選択したからに他ならない。

 

 

(私は、あの頃から変わることなど出来なかった訳ですな・・・。そして、あの男も・・・)

 

 

コルベールは呻き声を上げる傭兵へと静かに近付いていく。

地面に倒れ伏した傭兵が恐怖に濁った目を向けている中、コルベールは氷のような冷たい瞳でその傭兵へと杖を向けた。

 

 

「・・・お前達の隊長はどこにいる。正直に答えねば、焼き殺す」

 

 

 


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