Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第六話  貴族さまの喧騒

真っ青な顔になって震えているシエスタをかばうように、リウスがワイン塗れの貴族の前に立ちふさがっていた。

 

「決闘だ!」と周りにいる貴族たちが騒いでいる。

 

(何で、こんなことに)

 

シエスタは恐怖で気が遠くなるのを感じつつ、リウスさんだけは許してもらわなければと朦朧とする頭で考えていた。

 

 

 

つい十数分前、私がガラスで出来た小瓶を拾ったことがきっかけだった。

リウスさんに手伝ってもらいながらケーキの配膳を進めていた私は、目の前の貴族様のポケットから紫色の液体が入った小瓶が落ちるのを見たのだった。

 

小瓶を落とされたのは、金色の巻き毛とフリルのついたシャツを着ている貴族様だった。

名前は確か、ギーシュ・ド・グラモン様といったはずだ。

 

「あの、グラモン様。こちらの小瓶をポケットから落とされましたよ?」

 

しかしグラモン様はちらっとその小瓶を見たと思うと、無視するかのようにその視線を戻した。

何で私はその視線の意味に気付けなかったのだろうか。

 

「あの、すみません。グラモン様・・・」

 

その時は、周りの貴族様との会話に夢中で気付かなかったのだろうと思っていた。

二度にわたって話しかけているメイドとその手に持つ小瓶に、グラモン様と話していたご学友の方が興味を持った。

 

「・・・おっ! その香水は、もしかしてモンモランシーの作った物じゃないのか?」

「そうだ! その鮮やかな紫色は間違いない!」

「つまり、ギーシュ! お前は今、モンモランシーと付き合ってるんだな!?」

 

そこからはあっという間だった。

ケティと呼ばれる貴族様が二股だったのかと泣き、モンモランシーという貴族様が二股をかけられていたことに怒って、グラモン様の頭にワインをぶちまけて去っていった。

 

そこから、少しの沈黙が流れた。

ワインに塗れたグラモン様はため息を一つつくと、ハンカチを取り出してゆっくりと顔を拭いた。

 

「あのレディ達は、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

 

確かそんなことを言っていた気がする。

その時の私は頭が真っ白になっていたので、あまり記憶が定かではない。

やってしまった。その言葉だけが頭の中で響いていた。

 

隣に立つリウスさんが「行きましょう」と促してくれたので、一緒にその場を離れようとした。

しかし・・・。

 

「待ちたまえ、そこのメイド君」

 

びくりと体を震わせた私に代わって、リウスさんが答える。

 

「・・・何か御用ですか?」

「君じゃない、そこのメイド君に用があるんだ」

 

大げさなため息を一回ついた(と思う)グラモン様は更に続けた。

 

「君が軽率に香水の瓶を拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉に傷がついた。どうしてくれるんだね?」

「え・・・、え・・・? あの・・・」

 

言葉が出てこなかった。

貴族様を怒らせてしまった、でもこれは言いがかりだ、どうしようどうしよう。

 

「いいかい、メイド君。僕は君があの香水の瓶を渡そうとしてきた時、彼女たちのためにちゃんと知らないフリをしたんだ。使用人なら状況を察して、間を合わせるぐらいの機転があってもいいだろう?」

「え・・・。あの・・・、その・・・」

「そうは思わないかい?」

 

とにかく謝り続けるしかない、そう思った。

 

「も、申し訳・・・!」

 

そこまで言った時だった。隣に立つリウスさんが口を開いた。

 

「彼女、シエスタに、あなたへ香水の瓶を渡すよう伝えたのは私です」

 

最初、リウスさんが何を言っているのか分からなかった。

 

「差し出がましい真似をして申し訳ございませんでした。以後、気を付けます。それでは仕事がありますので、失礼いたします」

 

リウスさんが軽く腰を折って一礼をする。

確かにそれは丁寧な物言いだったが、やけに透き通ったその声色は、まさに冷淡極まりないものだった。

一瞬、リウスさんが懐かしいお爺ちゃんの姿と重なる。

 

 ―冒険者ってのはな、怖がって冷静じゃなくなっちまったら死ぬだけなんだよ。

  いくら怖くっても、冷静でいなきゃな。

 

お爺ちゃんと同じ冒険者になる、と小さい頃の私はそう言って聞かなかった。

それに気を良くしたお爺ちゃんはいつも私にそう教えてくれていた。

 

でもお爺ちゃん。相手は貴族様だよ。

 

心の中で、もう死んでしまったお爺ちゃんに訴えかける。

目の前のグラモン様がやけに大げさな身振りを交えながら、リウスさんに話しかけていた。

 

「いや、ちょっと待ちたまえ。ええと、どこかで見たような・・・。ああ、君はルイズの使

い魔くんか! 使い魔なら使い魔らしく、主人の傍にいればいいものを!

 さて、じゃあ君に聞こうか。どうしてくれるんだい?」

 

リウスさんはグラモン様をじっと見つめてから苦笑した。

 

「どうもしませんよ?」

 

更に頭の中が真っ白になった気がした。

グラモン様もあんぐりと口を開いている。

 

「むしろ今いちゃもんをつける前に、二股した女の子達に謝ってきた方がいいと思いますよ」

 

その言葉に周りの貴族様たちがどっと笑った。

 

「そうだ! ギーシュ、お前が悪い!」

 

ああ、もうやめて。

 

「早く服着替えて謝ってこいよ!」

 

すると明らかにいらついた様子のグラモン様は、急にふふっと笑って両腕を広げるようなポーズをする。

 

「はっ、所詮はあのゼロのルイズの使い魔か。貴族に対する心構えがなっていないな。

 ・・・いや、ルイズも貴族とはいえないか。ああも魔法が使えないのでは、ルイズも貴族の心構えなぞ欠片も持っていないんだろうさ」

 

グラモン様は椅子に座って足を組むと、リウスさんを見もせずに虫を追い払うような仕草をした。

 

「でも僕は寛大だ、君も女性だからね。いいよ、行っても。許してやろう」

 

そこまでグラモン様が言った時、横から、がぎり、と何かを擦ったような音がした。

 

「・・・このクソガキが。言ってくれたな」

 

地の底から響くような、低く、冷たい声だった。

驚いて横を見ると、リウスさんがグラモン様に憤怒の(としかいえない)表情を向けている。

 

「な・・・。き、貴族に向かって・・・」

 

リウスさんのその剣幕に、周りの貴族様の息を飲む音がした。

 

「ルイズに対して、貴族とはいえないだって? この、エセ貴族が」

 

グラモン様の頬がかっと赤に染まる。

 

「き、貴様! 平民が、貴族に向かって! 決闘! 決闘だ!」

 

その言葉を皮切りに、最初呆けたようにしていた周りの貴族様たちが徐々に騒ぎ始めた。

「決闘だ!」、その言葉に私は気が遠くなるのを感じていた。

 

 

 

 

「決闘だ! ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの使い魔だ!」

「ルイズの使い魔! 二十分後、ヴェストリの広場に来たまえ! 平民が貴族に楯突くことの意味を教えてやる!」

 

周りの貴族が騒ぐ中、ギーシュ・ド・グラモンはマントを翻して去っていった。

周囲を取り囲んでいた一部の貴族たちが「決闘だ!」と叫びながらギーシュの後を追っていく。

 

その様子を睨み付けるように見ていたリウスは、ふっと肩の力を抜くと一つため息をついた。

 

「はぁ、やっちゃったな。ごめんねシエスタ。私のせいだわ」

 

横に立つシエスタに向き直ったリウスだったが、シエスタは真っ青な顔をしながらぶるぶると震えている。

いや、シエスタの顔は青を通り過ぎてもはや土気色になっていた。

今にも倒れそうに見えたシエスタに、もう一度リウスは声をかけた。

 

「ちょ、ちょっと。シエスタ大丈夫? こっちは何とかしとくから、厨房で休んできたら?」

「リ、リウスさん。あなた、殺されちゃう・・・」

 

涙を浮かべながら訴えかけるシエスタを見たリウスは、そういうことか、と内心納得していた。

 

『貴族は魔法をもってしてその精神となす』、ルイズが言っていた言葉だ。

この世界の魔法は生活に根差した重要な技術であると同時に、魔法が使えない人、いわゆる平民に怖れられる力となっているのだろう。

勘違いをした貴族やその子供達が、その言葉の本来の意味をはき違えてしまっているのだ。

 

「あ、謝りましょう。今すぐ謝ればきっと大丈夫です。何度も謝れば、きっと」

 

シエスタは唇を震わせながら、涙ながらに何度もリウスへ訴えかけている。

これじゃケーキは配れないな、とリウスは他人事のように考えながら、シエスタの手を引いて厨房へと向かっていった。

 

厨房に着くと、心配そうな表情のコックとメイド達がこちらを窺っていた。

そこにいたメイドの一人に震えるシエスタを任せてから、手に持ちっぱなしだったケーキの乗ったトレイを渡す。

 

振り向くと、遠目に先ほどギーシュの周りにいた貴族の一人がこちらを見つめていた。

どうやら私が逃げないように見張っているのだろう。

目が合ったその貴族が、こっちへ来い、と言うように手招きをしている。

 

その貴族のところへ向かおうとしたリウスの手が、誰かに掴まれた。

 

「い、行っちゃダメです。殺されちゃいます。一緒に謝りましょう」

 

見ると、シエスタが冷たくなった両手でリウスの手を掴んでいる。

 

ここまで怯える姿を見るに、貴族が平民に魔法を向けるのはよくあることなのだろう。

周りのコックやメイド達も次々に口を開く。

 

「そうだぜ。行っちゃあ駄目だ。あんたが悪くないのは分かってる。だけど貴族と決闘だなんて、死にに行くようなもんだ」

「謝りましょう。昨日来たばかりなんですから、グラモン様もきっと分かってくれます。わ、私達もシエスタと一緒に謝りますから」

 

リウスは口々に訴える目の前の人達を見て、思わず目を細めた。

 

(仕方がない、か。自業自得ね)

 

内心ひとりごちたリウスは心を決めて告げた。

 

「皆さん、心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫です。私も、魔法が使えますから」

 

その言葉に、厨房の人々はみな唖然としていた。

シエスタも何を言ってるのか分からないといった顔をしている。

 

ギーシュとやらの魔力を見たところ、多分魔法は必要がないとも思う。

ただ、相手は未知の魔法だ。

いざという時にはこちらも魔法を使う必要がある。

 

それに、身の危険を顧みずに心配してくれる彼らを騙していたくはない。

 

「そろそろ行かないと。今までよくしていただいて、ありがとうございました」

 

メイジが恐れられているのなら、彼らも魔法を使う私を怖がるだろう。

そして、彼らを責めることなんて出来ない。

それはしょうがないことだ。

 

(せっかく仲良くできそうだったのにな)

 

リウスはそう思いながらも彼らに背を向け、見張りの貴族の元へと向かっていった。

 

 

 

 

「ちょっと、リウス! 何してんのアンタ!」

 

ルイズの部屋に置いた荷物袋から武器を取ってきたリウスの所へ、ルイズが息を切らせて走ってくる。

 

「あー、ごめんルイズ。ギーシュとかいう人と決闘することになっちゃって」

 

リウスは申し訳なさそうに言った。実際、この件でルイズもお咎めを受けるかもしれない。

横に立ったルイズはきゃんきゃんとまくし立てている。

 

「馬鹿なことはやめなさい! 今すぐ謝ればギーシュだって許してくれるかもしれないわ! そもそも何でこんなことになってるのよ!」

「ええと、成り行き?」

「ああそう! 成り行きね! いいからほら、謝りに行くの! 私も謝るから!」

 

その言葉にリウスは笑いながら言う。

 

「譲れないものってあるでしょう?」

「いいから! 怪我じゃ済まないかもしれないわ! 死んじゃったらどうするのよ! 」

 

必死になってリウスの手を引くルイズを見て、リウスは思わずルイズの頭を撫でた。

 

「優しいねえ、ルイズは」

 

急に撫でられて驚くルイズに向かって、なおも続けた。

 

「でも、あの貴族には謝らないわよ」

 

リウスはにやっと笑いながらそう言うと、すたすたと決闘の場へと向かっていく。

 

「ああもう! ちょっと待ちなさい!」

 

 ルイズは慌ててリウスの後を追いかけていった。

 

 





申し訳ありませんが、連日の投稿はここまでとなります・・・結構なスピードで書き貯め分を消化してしまいました。

ここからは週一ペースくらいにとなるかと思います。
上げられそうなら随時上げていきますので、よろしくお願いします。

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