Double Servant -Poetry of Brimir- 作:ねずみ一家
学院の中はどたばたと慌ただしい雰囲気に包まれていた。
食堂のコックやメイドは備蓄の食料をかき集め、衛兵達はいざという時のために優先して守るべき場所を確認しているのか、学院の至るところを見回っている。
その中で貴族の生徒達は不安そうにうろつき回ったり、平民達へふわふわとした指示を飛ばしたり、時には生徒同士で喧嘩まがいなことを引き起こしたりしていた。
食堂の一角には先程から騒ぎ立てている一団もいた。恐怖や不安を紛らわせるために酒盛りを始めた生徒達である。
べろべろに酔っぱらった生徒達が酒を運んできたメイドに怒鳴り散らしているのを見て、リウスは溜め息を吐きながら席を立ち上がった。
そんなリウスの肩へ、静かに手が置かれた。
「私が行こう。こういうことは、教師である我々の仕事だ」
そこにいたのは、いつか見た教師の一人である。
ほとんど顔を合わせたこともないし名前も知らないが、確か学院の三年生の教師だった気がする。
彼はリウスの顔をちらりと見てから酒盛りをしている生徒達へと向かっていく。
メイドを下がらせてから生徒たちへ注意を行なうも、生徒達は半ばやけくそというように教師に向かって反論を始めていた。
そんな喧騒の中、貴族の一団から離れたメイドがリウスの姿を見つけて近寄ってくる。
「リウスさん、ご飯は足りてましたか?」
そのメイドは背の低い、そばかす混じりで幼くも見える女の子だったが、先程まで酔った貴族に目を付けられていたにも関わらず毅然としたものである。
余計なお世話だったか、と思いながら、リウスはそのメイドへ小さく笑いかけた。
「うん、ありがとう。美味しかったわ。貴方も大変だったわね」
リウスがちらりと先程の生徒達を見る。
未だ喚き散らす生徒達だったが、相対する教師は冷静に生徒達を説得しているようだ。
「へっちゃらですよ、こんな時ですし。あの方にも助けて頂きましたから」
リウスが持っていこうとしたスープ皿を受け取りながら、メイドがリウスの顔をちらと見る。
「知ってます? リウスさんが来てから、一部の貴族様が私たちを助けてくれるようになったんですよ」
リウスは少し困惑気味に、嬉しそうな笑顔を浮かべているメイドへ顔を向けた。
「私が来たから、って断言はできないんじゃない?」
「いえ、リウスさんがここに来てくれたからです。今までは貴族様が私たちを助けてくれるなんてほとんどありませんでしたから。
だから、ああやってお酒を飲まれて絡まれるのは困りますけど、貴族様が不安に思われているのならお酒をお出しするくらいは全然構わないんです」
メイドはリウスの顔をじっと見つめて、ぱっと笑顔を浮かべた。
「そうだ。リウスさんも少し飲まれますか? 確かとっても美味しいワインが残ってて・・・」
「ううん、私はいいわ。いつもよりも酔っちゃいそうだから」
皿を両手に抱えたメイドは何やらもじもじとしながら、もう一度リウスを見る。
「あの、何かご入り用なら言ってくださいね? ちょっと心配ですので・・・」
リウスはメイドの表情を見て、少し溜め息を吐いた。
「・・・私は感情が顔に出やすいのかしらね。ありがとう、何かあったら言うわ」
未だ少し心配そうなメイドだったが、可愛らしくぺこりとお辞儀をすると厨房に向かって去っていった。
それを見送ってから、周囲の様子を見回したリウスはもう一度小さく溜め息を吐いた。
ルイズは、無事なのだろうか。
いくら大丈夫だと言われても、リウスは気付かぬ内にそれを考えてしまっていた。
そして、どうしてもニューカッスル城の、ルイズを救いに行った時のことを思い出してしまう。
待つしかできないことが、これほどまでに苦痛だったとは。
しかし、今の私には何もすることは出来ない。
ルイズを迎えに行くことも、この戦争をどうにかすることも・・・。
成り行きに任せるしかない現状に、リウスは強い無力感を感じていた。
「リウスくん。ちょっといいかね?」
ふと横からかけられた言葉に振り返ると、そこにはコルベールがいた。
学院に至るまでの道程で疲れはあるはずなのだが、彼の固い表情からは疲れなど見つけることは出来なかった。
「もちろんです。どうしました?」
「なに、今から教師陣で緊急会議を開くのでね。君にも参加してもらいたいのですぞ」
コルベールはそう言うと、リウスの確認を待つこともなくすたすたと歩き始めた。
リウスは怪訝に思いながらもその後を追う。
「私は構わないのですが、学院の部外者がしゃしゃり出ても良いものなんでしょうか?」
「ええ。すまないが、協力してもらいたい。この学院に実戦の経験がある者は少ない。いざという時に対応できる人間は、一人でも多く欲しいのです」
「・・・なるほど、分かりました」
二人は食堂の外へ出た。コルベールはどうやら学院長室へと向かっているらしい。
廊下でおろおろとしている学生達を尻目に二人は学院長室に繋がる階段を登っていく。
「・・・そういえば『竜の羽衣』が届いていましたぞ。この戦が終わり次第、また調査を進めたいものですな」
ぽつりとコルベールが呟いた。リウスはコルベールの背を見つめる。
「そうですか・・・。もう少し早く見つけられていれば、あの兵器を使えたかもしれません」
「・・・『竜の羽衣』を使って、君が戦いに行くということかね?」
階段を登りながらコルベールが問いかける。
「私は『ガンダールヴ』です。あれほどまでの兵器であれば、もしかしたら戦局を覆すことも・・・」
「やめなさい」
途中の踊り場で立ち止まったコルベールはくるりと振り返った。
「君はこの世界の住人ではないでしょう。わざわざ死にに行く必要などない」
その強い言葉とは裏腹に、コルベールは優しげな表情を浮かべながらまるで説得するかのようにリウスを見つめていた。
「君が思う以上に、君を心配する人間は多い。それにハルケギニアのことはハルケギニアの人間がどうにかすることです。君が無理をする必要はない」
その言葉を聞いて、リウスは何故かルイズの姿を思い出していた。
そしてあの夜、自分の過去を全て話した夜に・・・、ルイズが言っていた言葉を。
「私はもう無関係な人間ではないでしょう? 私は、既に貴方たちと知り合ってしまったのですから」
コルベールは目を細めて、目の前に立つ女性の、強い瞳を見つめ返していた。
たぶん彼女には譲れないものがあるのだろう。
今までの行動は、彼女が彼女であり続けるために必要なものなのだ。
だからこそ、私はこれ程までに心配な気持ちになってしまうのだろうか。
彼女のような人々は確かにいたのだ。
私の行動を止めようと、その身すら顧みずに向かってくる者達は。
そして、あの人達の悲劇を作り出したのは・・・。
あの頃の私は・・・。一体いつから、抵抗なく人を焼けるようになったのだろうか・・・。
そのままコルベールはくるりと階段へ歩を進めた。
後ろからリウスが付いてくるのを感じる。
「ならばせめて、危険だけは避けるように。君を心配する人の中には私だって含まれているのですからな」
「・・・それはお互い様です。コルベールさんならご存知でしょうが、戦う必要がある時には躊躇なんてしませんよ」
「・・・貴方は頑固ですな」
その言葉と共に、コルベールは静かに溜め息を吐いた。
「・・・まあ、リウスくんの言うことは分かっておりますぞ」
学院長室の扉を開けると、集まっていた十名程の教師達がこちらへ振り向いた。
教師の半数は納得したようにリウスへと目を向けていたが、残る半数は苛ついたように厳しい視線をリウスへ投げかけている。
その一団から少し離れた場所で、ギトーがリウスとコルベールをちらと見た。
「・・・よし、それでは教師の皆様は先程伝えたように、生徒達が勝手な行動を取らないよう見張っていること。とにかく学院への出入りを厳格に制限しなければなりません。アルビオン軍がこちらへ来ることもないでしょうが・・・」
ギトーに向き直った教師陣が緊張した面持ちで頷いた。ギトーもまた緊張した様子のまま、しかめっ面で口を開く。
「では、緊急時の対応を話し合いましょう。もしアルビオン軍がここへ攻めてきた場合、まず第一に考えるべきことは子供らを守ることです。
・・・そうですな、食堂に生徒を集めて全員で立て篭もるのが良いでしょう。異論はありますかな?」
教師達は互いに頷き合い、異議なしと口々に言った。
その中でコルベールとリウスだけが険しい顔で考え込んでいる。
「異論がないのであれば早速行動へと移りましょう。まずは・・・」
「・・・敵の数や種類にもよりますが、全員で立て籠もるべきではないですぞ」
教師達がコルベールへ視線を集める。それを代表するようにギトーが口を開いた。
「何故です」
「全員が一ヵ所に集まれば一網打尽にされるだけですからな。
詳細を説明をする前に、まずは皆様の認識を再度確認しますが・・・。アルビオン軍が攻めてきた場合は、少なくともトリスタニアの決着がつくまでは投降をしない・・・、間違いありませんな?」
その落ち着いた確認の言葉に、数人の教師たちは憤ったような声を上げる。
「当たり前です! ミスタ・コルベールは我々を侮辱するつもりですか!?」
「アルビオンの恥知らず共に屈するなどトリステイン貴族として有り得ませんぞ!」
青筋立った教師達の言葉にも、コルベールは冷静な表情を崩さずに頷いた。
「そうですな。では説明いたしますぞ。・・・投降せずに戦うのであれば、生徒達に指示を行なう数人を除いて、いくらかの教師は迎撃に回った方がよろしい」
全員とは言わずとも、特に先ほど声を上げていた教師達は、愕然とした様子でコルベールを見つめている。
どうやら戦争が始まり、なおかつ投降もしないと決めていたにも関わらず、彼らの大半は未だ自分たちが実際に戦う可能性があることを念頭に入れていなかったようだ。
「この本塔は壁こそ強固とはいえ、出入り口や窓が多すぎることは知っておりますな? 事が起きた際、食堂へ生徒達を集めるのに異論はありません。しかしいざという時のために、今の内から食堂を中心として侵入路を塞いでおく必要がありますぞ」
教師達を代表するように、納得した様子のギトーが頷いた。
「確かに。それでは・・・、それだけをすればよろしい。教師を迎撃に回す余裕などないはずでは?」
「先程も言った通り、それだけでは一網打尽にされるだけです。誰かが迎撃に回らねば敵を好きにさせるだけですからな」
眉根を寄せたギトーはコルベールの言葉をゆっくりと飲み込んだ。
「・・・つまり、教師の数人を盾にする、ということですかな? 我々が、その教師を助ける術を必ずしも持てないにも関わらず」
コルベールは静かに頷いた。
その様子に教師達の大半がざわめき始めた。
覚悟を決めたと思われる表情を浮かべている教師もいるが、それはほんの二、三人程度である。
ギトーは教師達の表情をちらりと見てから、コルベールに向き直った。
「そこまで言うのなら、ミスタ・コルベールも矢面に立つのでしょうな? 学院の全権を担っている以上、私は貴方のようには出来ませんがな」
「分かっておりますぞ、ミスタ・ギトーは生徒達といてください。事が起きた場合には私も迎撃に加わるとしましょう」
険しい顔のまま、ギトーは考え込むようにしばらく黙りこくった。
そして、ふとコルベールの横に立つリウスを見る。
「その使い魔はどうするおつもりです」
「・・・彼女も生徒達と共にいさせた方が賢明でしょうな。いざという時には、平民達への指示を飛ばしてもらいましょう」
リウスは驚いたようにコルベールを見た。
「それは得策ではないです! 私も迎撃に加わった方が・・・」
「そうだ! その女は東方のメイジで、ただの使い魔だろうが! お前も戦わなければならん!」
教師の半数が口々に反論の声を上げ始めた。それに対してコルベールや二、三人の教師達が説得を始める。
シュヴルーズはおろおろと周囲の喧騒に戸惑い、ギトーはそれぞれの主張を聞きながら静かに考え込んでいる。
すると突然、学院長室の扉が猛烈な勢いで叩かれた。
それとほぼ同時に、入室を促していないにも関わらず扉が勢いよく開けられる。
「な、何だ貴様らは! 今は会議中なのだぞ!」
教師の一人が怒鳴りつける。
息せき切って学院長室に駆けこんできたのは、学院の衛兵と、軍属の服に身を包んだ急使だった。
「マザリーニ枢機卿より伝令です! トリスタニア郊外に展開したアルビオン艦隊より、アルビオン巡洋艦三隻が離脱! 当学院に迫ってきております! 我らトリステイン軍は明朝の決戦の為に動くことが叶わず! 学院の皆さまは至急対応を検討すべしとのこと!」
言葉を失った全員はしばらく立ち尽くし、学院長室の窓に向かった教師を皮切りにその場の全員が窓から外へと目をやった。
しかし、この場所からは何も見えない。
「食堂だ!」と誰かが叫び、それぞれが学院長室から廊下へと飛び出していく。
空を飛べるにも関わらず全員が学院内を移動しているのは、迫ってきているアルビオン軍を警戒してのことだろうか。
教師の一団と共に学院をひた走るリウスは、横を走るコルベールへ声を上げた。
「コルベールさん!」
「何かね!」
コルベールの視線がリウスに向いた。
「私は、迎撃に回りますから!」
コルベールの瞳に苛立ちと怒りが満ちていく。
「君は何を言っているのか分かっているのか!? 死ぬかもしれないのだぞ!」
「子供たちを守れないのであれば、魔法を扱える意味などありません! 今は最適な選択を選ぶべきです!」
走りながらも教師達の数人がリウスへと視線を向ける。
そして、その言葉を聞いたコルベールはリウスを強く睨み付け、そのままその瞳を前へと向けた。
「君は、本当に愚かだ・・・!」
そう吐き捨てられた発言にリウスも叫ぶような声で返した。
「分かっています! でもお説教は全部終わった後に!」
そろそろ週一更新で続けていく予定です。
詳細は「活動報告」をご確認くださいませ。
それでは、よろしくお願いいたします。