Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第五十六話 The Will of Royalty

トリステイン王宮は騒然としていた。

ラ・ロシェール上空に停泊していたトリステイン艦隊が全滅、それとほぼ同時にアルビオン政府からの宣戦布告文が急使によって届いたのである。

 

ゲルマニアへのアンリエッタ出発の準備でおおわらわだった王宮には更に将軍や大臣たちが集められ、緊急会議が開かれていた。

 

会議室の上座には呆然としているアンリエッタの姿があった。

本縫いを終えたばかりの、眩いウェディングドレスを身に纏っている。

これから馬車に乗り込み、ゲルマニアへと向かう予定であった。

 

本来、その上座にはこの場にいる全員を指揮する王の姿があるはずだった。

 

しかし、今この場でアンリエッタに目を向ける者は誰もいない。

 

「アルビオンは我が艦隊が先に攻撃したと言い張っておる! しかしながら、我が方は礼砲を発射しただけと言うではないか!」

「偶然の事故が、誤解を生んだようですな」

「アルビオンに会議の開催を打診しましょう! 今ならまだ誤解が解けるかもしれませぬ!」

 

各有力貴族たちの意見を聞いていたマザリーニ枢機卿が頷いた。

 

「よし、アルビオンに特使を派遣する。ことは慎重を要する。この双方の誤解が生んだ遺憾なる交戦が、全面戦争へと発展しない内に・・・」

 

そのとき、急報が届いた。

伝書鳩によってもたらされた書簡を手にした伝令が、息を切らして会議室に飛び込んでくる。

 

 

 

「急報! 急報です! アルビオン艦隊がタルブ地方より北東へ移動を開始! ラ・ロシェールの空域から、トリスタニア方面へと進んでおります!!」

 

 

 

一瞬、会議室の喧騒が静まり返った。

しかし次の瞬間には息巻いた貴族たちの怒声に包まれていた。

 

「馬鹿なッ!! ここに向かってきているだと!?」

「間違いではないのか!? ラ・ロシェールを素通りするなど有り得ん!」

「至急ゲルマニアへ軍の派遣を要請しなければ!」

「いかん! 事を荒立てては全面戦争となる! アルビオンへの打診を急げ!」

「枢機卿! 今すぐに残りの艦隊をかき集めるべきです! 迎撃せねば、トリステインは終わりですぞ!!」

 

既に、会議は混乱の極みに達していた。

 

各々が怒号のような意見を言い合い、全面戦争の準備を進めるべきだという将軍達、外交による解決を求める大臣達・・・、互いの発言が紛糾する中で、もはやトリステイン上層部は収拾すらつかぬ状況へと成り果てていた。

 

 

 

 

「報告です。斥候部隊がラ・ロシェールを除く周辺地域の制圧を完了。その際、竜騎士三名が負傷いたしました」

 

タルブ地方を通過していた『レキシントン』号の艦上にて・・・、ワルドが眉をひそめる中、サー・ジョンストンが泡を食ったように激昂していた。

 

「何をやっておる! こんな序盤で負傷などと!」

「・・・火竜に問題はないか?」

 

目を剥いて喚くジョンストンを尻目に、ワルドが伝令へ問いかける。

 

「はっ。火竜の損傷は軽微かと思われます。目下、念を入れて治療中でございます」

 

「その三人をここに連れてこい! 私が直々に処遇を決定してくれる!」

「で、ですが、現在竜騎士達も治療中でございまして・・・」

 

顔を真っ赤にして更なる怒りをぶちまけようとしたジョンストンに、ワルドが割って入る。

 

「お気持ちは分かりますが、そのようなことをなさっては士気に影響いたします。総司令閣下の作戦に影響はございませんのでご安心を・・・」

 

不機嫌さを露にしながらも、ジョンストンはどすどすと足音を立てて立ち去っていく。

 

「・・・原因は何だ?」

 

ワルドの短い言葉に、伝令は口ごもりながら報告を続けた。

 

「はっ。一名はタルブ領主率いる部隊より奇襲を受けたとのことで、重傷を負っております。

あとの二名は軽傷なのですが・・・、彼らが言うには、タルブ村のメイジより攻撃を受けたとのことです。なんでも、光の球のような・・・、未知の魔法だったと」

 

顔には出さないまでもワルドはその魔法に心当たりがあった。

 

あの光球を操る魔法を使える存在がトリステインに二人といるとは考えにくい。

驚愕などはなく、分かり切っていたことでもある。

 

 

(こんなところにいるとはな。やはり、生きていたか・・・)

 

 

「予備隊より代わりの竜騎士を三名選出する。火竜の治療は念入りに行なっておけ」

「はっ!」

 

伝令が走り去っていく中、問題なく航行を続けていた『レキシントン』号の艦長、ボーウッドが士官への命令を終えて戻ってくる。

 

「何か問題があったのか?」

「些細なことです、竜騎士三名が負傷いたしました。予備隊より代わりの竜騎士を選出いたします」

 

ボーウッドは小さく溜め息を吐いた。

 

「言わんことではないな。本営はトリステインのメイジを甘く見過ぎている」

「ええ。司令官の命令であれば従う他ないのでしょうが、無意味な損害ですな」

 

ボーウッドが同意するように頷くと、ワルドは艦内の竜騎士詰所へと向かおうとする。

 

「君も出るのか?」

「火竜の確認と、斥候として進路の確認をして参ります」

「君は負傷などしないでくれよ。今後の作戦に支障が出る」

 

ボーウッドの言葉に小さく笑いながらワルドは振り返った。

 

「お言葉ながら、私に傷を付けられる竜騎士などトリステインには存在いたしませぬ」

 

その確信を持った発言にボーウッドはにやりと笑った。

 

「それは頼もしい限りだな、子爵」

 

 

 

 

昼を過ぎても、トリステイン王宮の緊急会議は遅々として進んでいなかった。

王宮には次々と報告が飛び込んできている。

 

「偵察に向かっていた竜騎士隊、帰還せず!」

「タルブ領地、アストン伯戦死!」

「未だアルビオンより問い合わせの返答ありません!」

「アルビオン艦隊はトリステイン方面へと依然進行中のようです!」

 

それぞれの怒号が響きわたる会議室の中で、アンリエッタは自身の薬指にはまっている『風のルビー』に目を落としていた。

 

 

(何故、わたしは・・・、何も言えずに・・・)

 

 

恐ろしかった。そして、情けなかった。

 

愛する者と共にいることすら出来ないこの世界が、自らの意志を口にすることすら許されないこの国が・・・。

迫りくるアルビオン軍に慌てることしか出来ない目の前の人達も、民の血が流されている中で何も出来ない自分自身も・・・、その何もかもが・・・。

 

未だに会議は混乱の渦に飲まれたままだ。

顔を真っ赤にしながら喚き散らす人々。マザリーニ枢機卿でさえ、普段とはまるで異なる顔をしながら大臣や将軍達と怒鳴り合うように意見を交わしている。

 

 

(父上・・・、ウェールズ様・・・。わたしは、どうすれば・・・)

 

 

「やはり、ゲルマニアに軍の派遣を要求するべきです!」

「それよりも艦隊の再編成が先だ! 小さかろうが古かろうがこの際何でも良い!」

「馬鹿な! アルビオン艦隊の戦列艦は十を優に超えるのだぞ!? 全面戦争へと突入した場合はどう責任を取るつもりなのだ! アルビオンへ特使を送るべきだ!」

「そうだ! 今は事を荒立てるべきではないと言っておろうが!」

 

怒号に包まれている会議室へ、また新たな急使たちが飛び込んでくる。

 

 

「ラ・ロシェール近辺の村々から火の手が上がっているとの報告あり! 各領主から次々に救援要請が届いております!」

 

「城下町に避難民が殺到しております! 衛兵の補充の要請が・・・」

 

「愚か者が! そんなことは後回しで良い!」

 

 

大臣の一人が伝令に怒鳴り散らし、その言葉にアンリエッタは顔を上げた。

 

周囲の喧騒が遠のき、アンリエッタの頭からは悲嘆の感情も恐怖の感情も掻き消えていた。

 

 

「・・・そんなこと・・・ですって?」

 

 

しかしそのアンリエッタの呟きに目を向ける者は誰もいない。

 

アンリエッタは、自身の頭の芯が次第に冷えていくのを感じていた。同時に、胸に沸き起こる、熱く、確信に似た想いも。

 

 

アンリエッタの脳裏に、今なお愛し続けている王子の姿が浮かび上がる。

 

あの人は、ウェールズ様は、国家に殉じ、勇敢に戦い・・・、そして、死んだのだ。

私がどんなに想い続け、どんなに会いたいと願い続けたとしても・・・。もう二度と、会うことはできないのだ。

 

薄いブルーの瞳と金の髪を湛えたあの人の横顔を、アンリエッタは静かに思い浮かべていた。

 

あの人はとても優しく、とても強く、そしてとてもずるい人だった。

 

ウェールズ様と初めて出会ってからレコン・キスタが現れるまで、アルビオン王家を揺るがす事件はアンリエッタの耳にも届いていた。

 

国王ジェームズ一世の王弟であったモード大公の処刑。

その処刑から始まった、荒れる王家と貴族一派との諍い。

そして、ウェールズ様の父君であるジェームズ一世が衰弱の一途を辿り始め、その全ての重責は年若い皇太子へと向けられているということ・・・。

 

そう、あの人はとってもずるい人だったのだ。

あの優しげな瞳の奥にどれだけの苦悩があろうとも、彼は決して私にそれを見せることがなかったのだから。

 

 

私はあの人とずっと一緒にいたかった。

あの人の苦難を分かち合い、共に寄り添ってずっと生きていきたかった。

 

でも、もうそれが叶うことなんてない。

 

私の願いが叶わないのであれば。せめてあの人の強さの欠片を、私だけでも・・・。

 

 

 

-貴方の発言や行動は、間違いなく強力なものです。

 

 

 

かつてリウスに言われた言葉がアンリエッタの脳裏によぎり、アンリエッタの胸の内でもう一度確信に似た想いが湧き上がる。

おぼろげだったそれは確かに形を持って、アンリエッタの心をただ強く揺さぶっていた。

 

今まで、アンリエッタは『王族』というものを呪い以外の何物とも思っていなかった。

しかし今のアンリエッタには、その裏に潜む力をはっきりと意識することができていた。

 

 

王族であること。

 

それは王家に定められた呪いでもあり、同時に祝福でもあったのだ。

 

臣下を導くことができる立場も、民を守り、苦境に立ち向かえる力も、怒りや憎しみを一身に受けなければならない責務も・・・。

王族として生を受けたその時から、それらは間違いなくこの身に宿っているのだから。

 

そうであれば・・・、私もウェールズ様のように生きてみよう。

そう生きることが、たとえこの身を裂かれる程に恐ろしくても、私を本当に守ってくれる人はもういない。

 

それならば、あのウェールズ様のように、大切なものを守るためにもこの力を飼い慣らすのだ。

この胸の内に住むあの人を想えば、私は何が起きようとも乗り越えられるはずだ。

 

 

かすかに俯いていたアンリエッタの瞳は、誰に知られることもなく、静かな決意を湛えていた。

 

 

(・・・いつまでも、守ってもらう子供のままではいられませんわね。リウスさん)

 

 

アンリエッタは顔を上げた。

目の前に広がるのは叫ぶように罵り合う貴族たち。

その姿はまるで道標を失い、周囲へ怯えに似た戸惑う感情をぶつけているだけに見える。

 

アンリエッタは彼らを見下すでもなく真っ直ぐに見つめ続け、そして、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

「あなたがたは、恥ずかしくないのですか?」

 

 

 

決して大きい声ではなかったが、その透き通った言葉に彼らは罵り合いを止めた。

それぞれの目がアンリエッタへと集まっていく。

 

「姫殿下?」

「国土が敵に侵されているのですよ? 特使がなんだ、責任がなんだ、と・・・。あなたがたがやるべきことは騒ぎ立てることだけなのですか?」

 

「しかし殿下・・・、この件は誤解から発生した小競り合いなのですぞ? 我々は不可侵条約を結んでいたのですから・・・」

「条約は紙よりも容易く破られたようですわね。元より条約を守る気がなかったことは明白です。もうあなたがたも分かっているはず」

 

「しかしですな・・・」

 

「・・・あなたは、先程の報告を聞いていなかったのですか?」

 

声を上げていた大臣を薄いブルーの瞳が射抜く。

 

 

 

「あなた達は・・・! それでも自分は貴族だと胸を張ることが出来るのですか!!!」

 

 

 

アンリエッタはテーブルを叩き、大声で叫んだ。

 

 

「今こうしている間にも民の血が流されているのです! 我らは何のために王族を、貴族を名乗っているのですか!

このような危急の時に、彼らを守るために我々は存在しているのではないのですか!!」

 

 

将軍たちも大臣たちも、誰もが何も言えずに息を飲んでいた。

 

 

「この事態に対処を講じられるのは我々だけなのです! あなた達は分かっているのですか!? 今ここにいる我々だけが、トリステイン国民の命運を握っているのです!

いくら強大であろうが、我が民たちを害する者は何者をも許しません!!」

 

 

目の前にいる年端もいかない姫の姿が、かつての偉大な先王と重なって見える。

 

彼らは互いの顔色を窺うこともなく次々に心を決めていた。

会議室を覆う熱気が貴族たちの表情を変えていく。

 

 

我が王が命ずるのであれば・・・! 我々がすべきことはただ一つ!!!

 

 

 

「我々は!! 戦います!!!」

 

 

 

雄叫びとも怒号とも言えぬ歓声が会議室を包み込んだ。それぞれの貴族が大声で士官に向けて指示を行ない始める。

 

 

「将軍! 各連隊を集め、アルビオン艦隊への打開策を模索しなさい! 大臣! ゲルマニアへ援軍の要請を!」

 

「ははっ!」

 

「アルビオン艦隊の速度からトリスタニア到達時刻をもう一度逆算せよ! 迎撃地点を模索する!」

「ゲルマニアに親交の深い貴族を集めろ! なんとしてでもゲルマニアから援軍を引き出すぞ! 必ず引き出さなければならん!」

「各領主へ正確な状況確認を行なえ! 偵察および支援部隊を向かわせるぞ! 風竜主体の竜騎士隊を複数編成しろ! 走れ!」

「艦隊配備を急げ! どんな艦でも構わん! 全ての艦の戦闘準備を急がせろ! トリスタニア周辺の連隊を早急にトリスタニアへと集めるのだ!!」

 

 

あっという間に少数となった反戦派の大臣が声を上げる。

 

「で、殿下・・・! 事を荒立てては!」

「黙りなさい! もう杖は振られたのです! ただ喚き合うだけの会議を行ないたいのなら出ていきなさい!

衛兵! 避難民たちの受け入れを! 王宮の警備は最低限でも構いません!」

 

止まっていた血液が巡り始めたかのように、各々の貴族達が強い決意と共に動き始めていく。

その熱意が伝播するがごとく、会議室に出入りする士官や衛兵達からも悲壮な表情ひとつ見られなくなっていた。

 

 

マザリーニはアンリエッタと共に貴族達への指示を飛ばしながら、同時に先程のアンリエッタの姿を思い浮かべていた。

 

いずれ、アルビオンとの戦になることは覚悟していた。

しかし未だに国内の軍備は整ってなどいない。

その上、ラ・ロシェールに展開していた艦隊が壊滅したことは致命的だった。

 

決して命を惜しんだ訳ではない。

こうなった以上、外交による停戦を行なわなければトリステインに勝ち目などないのだから・・・。

 

 

(しかし・・・。机上の空論だと言われた気さえしますな・・・)

 

 

マザリーニは数人の大臣や将軍を集め、決戦へ向けて更なる有力貴族たちを集めるよう指示を飛ばしていく。

彼らと二、三の意見を交わしながらも、マザリーニは自身の胸に沸き立つ熱い感覚を静かに味わっていた。

 

いつか忘れてしまった、あの先王に仕えていた時の感覚を・・・。

 

 

マザリーニの心は常に、このトリステインと、忠誠を誓った先王の元にあった。

だからこそ、陛下の忘れ形見であるアンリエッタ姫殿下が確実に生き残れる道を模索していたのだ。

 

急速に増長し続けるレコン・キスタを止めるには、もう二つの道しか残されていなかった。

 

一つは、ガリア王国を動かすこと。

そしてもう一つは、王の存在しないトリステインが帝政ゲルマニアの傘下に下ること。

 

しかしガリア王国がレコン・キスタの支援を行なっている可能性がある以上、我々は後者の選択肢を取るしかなくなっていた。

 

 

名ばかりの同盟という体の元、いずれ我々やトリステインの民達が戦の犠牲になるにしても・・・、アンリエッタ姫殿下を、ゲルマニアの元に。

 

 

我らにとって守らなければならないものは数多くあるが、今この時こそ、私の最も守るべきものを最優先で選択しなければならない。

そのためにはそうするしかないと、マザリーニは考えていたのだ。

 

しかし、それでも、殿下が民を守るために戦えと言うのであれば・・・。

マザリーニが取るべき選択は、一つしかなかった。

 

 

「枢機卿・・・。アルビオンへの特使の件ですが・・・」

 

 

先程いた反戦派の大臣である。

その薄ら笑いを浮かべた顔を、マザリーニは強く、ただ強く睨み付けていた。

見たこともないマザリーニの視線を受け、その大臣は顔を真っ青にしながら何も言わずに立ち去っていく。

 

 

そしてその場に残った貴族たちも、マザリーニもアンリエッタも、アルビオン艦隊迎撃のために全力で打開策を模索していくのだった。

 

 

 

 

 

日も暮れ始めた頃、コルベールとリウスは一路、トリステイン魔法学院へと向かっていた。

 

「ここから迂回しますぞ! 着いてきなさい!」

「はい!」

 

遠く見える上空にはアルビオンの船団がかすかに見えている。その周辺の大地からは、絶えず黒煙が上がり続けていた。

 

奴らはラ・ロシェールを通り過ぎて北東へと進み続けている。

トリステイン魔法学院もその方角であるために、二人はアルビオンの竜騎士に見つからぬよう慎重かつ迅速に歩を進めていた。

 

十数刻も前、二人はタルブ村の村人たちと森の中を逃げている際にタルブ伯の一団と遭遇していた。

どうやらアルビオン艦隊は王都トリスタニアへと向かっているらしい。

そのためタルブ地方周辺の村人達は一時的にでもラ・ロシェールへ避難を行なっているとのことだった。

 

タルブ伯の本隊は斥候である竜騎士への強襲を行なうとのことで、二人と村人たちはタルブ伯の館には向かわずにラ・ロシェールへと向かっていた。

 

タルブ村の村人たちをラ・ロシェールに送り届けた後、そのまま二人はラ・ロシェールで馬を買い付けて魔法学院へと戻ることを決めたのである。

 

荒れた道を進んでいくと、トリスタニア方面から逃げてきた避難民たちとすれ違っていく。

同時に、馬に乗った軍人たちがトリスタニアへ向けて走っていく姿も見て取れた。

 

「コルベールさん」

 

進路方向を向きながら、リウスは横を走るコルベールへ呼びかける。

コルベールは正面を向いたまま険しい表情を浮かべていた。

 

 

「・・・この戦争に、勝ち目はあるのですか」

 

 

コルベールはしばらく何も言わずに、荒れ果てた道の向こうを睨み付けている。

 

「トリステイン単独では、勝ち目はありません」

 

リウスは何も言わず、コルベールと同様に正面を見続けていた。

 

「ラ・ロシェールの上空から落ちてきた艦隊が多すぎます。今のトリステイン空軍に、アルビオン艦隊は止められないでしょう。あとはゲルマニアの援軍が来るのを待つしかありませんな」

 

まるで他人事のような言葉に、リウスはコルベールへと視線を向ける。

しかし先程の落ち着いた言葉とは裏腹に、コルベールの目は燃えるような怒りを湛えているように見えた。

 

「我々に出来ることは学院に戻ることだけです。・・・お喋りはここまで。飛ばしますぞ」

 

「・・・分かりました」

 

 

山々の向こうへ日が落ちていく中、二人の馬が荒れた道を駆けていく。

 

その中で、コルベールははるか遠くに見えるアルビオン艦隊を横目でひたすらに睨みつけていた。

 

 


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