Double Servant -Poetry of Brimir- 作:ねずみ一家
翌朝、一行は空飛ぶシルフィードの背でシエスタの説明を聞いていた。
シエスタの説明はあまり要領を得ないものだったが、確かに『竜の羽衣』はタルブ村に存在しているらしい。
村の近くにある寺院に保存されていて、それを管理しているのはシエスタの家族なのだそうだ。
「どうして『竜の羽衣』って呼ばれてるの?」
「えっと・・・、それを身に纏った者は空を飛べるって言われているので」
ルイズの言葉にシエスタは言いにくそうな顔で告げた。
「空を? ということは、『風』のマジックアイテムなのかしら」
シエスタは困ったような顔で笑った。
「本当に大したものじゃないんです。そういう言い伝えがあるだけなんですよ」
「そうなの? どうして?」
「なんていうか、インチキなんです。どこにでもある、名ばかりの秘宝というか・・・。ただ地元の皆はありがたがって、寺院もあることですし、近くのおばあちゃんとかは毎日拝んでたりもしています」
「へぇええ。ミス・シエスタの家族が管理してるってことは、君の家族のものなのかい?」
シエスタは恥ずかしそうにほんのりと頬を染めている。
「実は、ひいおじいちゃんの私物なんです。ある日、ひいおじいちゃんは私の村にふらりとやってきたんです。その『竜の羽衣』に乗って東の地からやってきたって、みんなに言ったそうです」
「すごいじゃないの」
「それが、誰も信じなかったんです。ひいおじいちゃんは頭がおかしかったって、みんなそう言ってます」
「どうして?」
「『竜の羽衣』で飛ぶことなんて出来なかったからです。ひいおじいちゃんは色々試して、色々と言い訳をしたらしいんですけど、それで皆が信じる訳もなくって。
そのまま飛べないことを理由にして村に住み着いちゃったので、村の皆は仕方なく受け入れたらしいです」
その話にキュルケは面白そうな顔をしながら笑った。
「変わり者だったのね。家族も大変だったんじゃないの?」
「いえ、『竜の羽衣』の件以外はとても真面目な人で、仕事もちゃんとしてた人だって聞いてます。大金を払って『竜の羽衣』に『固定化』の魔法をかけてもらったり、ちょっと無駄遣いをするような人だったそうですけど」
「本当に飛べるのなら凄いわね。ぜひとも私も欲しいもんだわ」
「リウスは飛べないものね。あんな魔法も使えるくせに本当に不思議だわ」
「分からないものは分からないのよ。今でもみんな飛べることの方が不思議でしょうがないんだから」
「・・・もしかしたら、ひいおじいちゃんも嘘を言ってなかったのかもしれません」
ぽつりと呟いたシエスタの言葉に、キュルケが首を傾げた。
「どういうこと?」
「あ、いえ。もしかしたらって思っただけです」
シエスタがリウスをちらりと見るも、リウスは目線を合わせるだけで何も口には出さなかった。
東の地から飛んできた男。偶然に偶然が重なってタルブ村へと向かっている現状を思うと、シエスタのひいおじいちゃんの話ですら、遠いかつての世界に何か関係しているようにも思えてしまうのだった。
ひんやりとした寺院の中、リウスは興味深げに『竜の羽衣』を見つめていた。
ここはシエスタの故郷、タルブ村の外れにある寺院の中である。
そこに『竜の羽衣』は安置されていた。というより『竜の羽衣』を包むように寺院が建てられている、といった方が正しい。
丸太が組み合わされた門の形。石の代わりに、板と漆喰で作られた壁や木の柱。白い紙と、縄で作られた紐飾り・・・。
あまり見たこともない寺院ではあるが、それ以上に見たことがないのは『竜の羽衣』そのものである。
板敷きの床の上に置かれている、くすんだ濃緑の塗装を施された『竜の羽衣』。
それは、あまりにも不思議な形をしていた。
全長は十メイル程で、筒状になった胴体の先端には金属のプロペラが付いている。
胴体の足元には黒のような奇妙な色をした二つの車輪。
胴体から横に伸びている羽根のようなものに関しては、何に使うのかすらも分からない形状をしている。
キュルケやギーシュ、ルイズは気のなさそうな顔で『竜の羽衣』を見つめていた。
好奇心を刺激されたのか、タバサだけがリウスと同じように興味深げな顔をしている。
「まったく。こんなものが浮くわけないじゃないの」
キュルケが欠伸混じりに呟いた。それにルイズとギーシュも頷く。
「これはカヌーみたいな丸太船じゃないのかね。それに、鳥のおもちゃのような翼をくっつけただけのインチキさ。
大体、何だねこの翼は。こんなもので羽ばたける訳がない。大きさだって小型のドラゴンほどもある。ドラゴンだってワイバーンだって、羽ばたくからこそ飛ぶことができることは子供でも知っているというのに。何が『竜の羽衣』なものかね」
ギーシュは『竜の羽衣』を間近で見つめつつ、もっともらしく頷いた。
リウスもその言葉に異論はないものの、曖昧に頷いていた。
「・・・それにしても、面白い形してるわね」
リウスはおずおずとした顔で『竜の羽衣』を見つめていた。
そのまま『竜の羽衣』をぐるりと見て回る。
「これが、羽衣?」
羽衣ということは身に纏うのだ。シエスタだって『身に纏ったものは飛べるのだ』と言っていた。
しかしどう考えても、金属のようなこんな固そうな物を身に纏うことなんて出来る訳がない。
そもそもこんな大きさのものを『羽衣』と名付けたことにだって違和感しか感じないのだ。
ふと胴体の上部を見ると、ぽっこりと盛り上がっているガラス張りの箇所がある。
そこは人が出入りできるくらいの大きさになっているので、もしかしたらギーシュの言うように船のような乗り物なのかもしれない。とはいえ、今勝手に『竜の羽衣』へ昇る訳にもいかないだろうが。
リウスは軽く手の平で『竜の羽衣』に触れてみる。
固いことは固いのだが、思いのほか薄く作られているような、不思議な柔らかさを感じることができた。
すると、突然ガンダールヴのルーンが光り始めた。
驚いたリウスは咄嗟に手を離そうとしたが、頭へ流れ込んできた情報にぴたりとその手を止めた。
「・・・」
「ねえ、リウスー。皆シエスタの家に行くんだって。私たちも行きましょ?」
遠目にルイズが声をかけてくるが、リウスは目を丸くしたまま固まっている。
首を傾げたルイズがもう一度声をかけると、はっとしたリウスが振り返った。
「あ、ああ、そうなの。先に行っててもらっていい? 私はもう少しこれを見てから行くわ」
「そう? じゃあ先に行ってるわね。さっさと来てね」
「分かった、分かったって」
硬い表情のまま手を振ると、ルイズは不思議そうな顔をしながらも寺院を後にしていった。
一人残されたリウスはもう一度、『竜の羽衣』を細い指でゆっくりと撫でる。
「・・・信じられない」
こわばった顔でリウスは呟いた。
これには魔力なんて欠片も存在しない。
ただの置物のような、到底飛べるだなんて思えない代物なのに・・・。
ルーンが光り、中の構造やその動かし方、『竜の羽衣』に何が出来るのかが頭の中へと流れ込んでくる。
これに乗れば、ドラゴンどころではない速度で空を飛ぶことができる・・・。
固い鱗すらなんなく破壊できる、小型の大砲のような未知の銃を搭載している・・・。
しかもその銃は有り得ない程の速度で連射することができる・・・。
そしてこの全ては、尋常ではない緻密な機械によって作り上げられている・・・。
この機械は見たことがないどころの騒ぎではなかった。
この『竜の羽衣』はリウスのいた世界よりも、はるかに高度な文明によって作り出された代物だ。
こんなものを生み出せる文明。それが、この世界のどこかに存在するとでもいうのか。
そんなはずはない、とリウスは必死に頭の中で否定していた。
今まで見てきたハルケギニアにはこれに近い機械など存在していなかった。
アルビオンまで乗ることができる飛行船だって、リウスのいた世界とほとんど変わりのない乗り物だったではないか。
いま私の目の前に確固たる証拠があるにも関わらず、信じることなんて出来ない程の物だというのに。
強く混乱していたリウスだったが、はたと考えを止めた。
頭に流れ込んでくる『竜の羽衣』の構造の中において、一つだけ見覚えのある場所があったのだ。
いや、似ているだけといった方がいいかもしれない。
いったい、どこで。この構造は、いったい。
リウスは、知らず息を飲んでいた。
「・・・『愉快なヘビくん』と・・・同じ・・・?」
「・・・おお、ここですかな? これはまた見たことのない寺院ですな」
「そうでしょう、そうでしょう。他の貴族様達も先ほど訪れておりましたので、もしかしたらまだいらっしゃるかもしれませんよ」
「そうですか。では失礼して」
聞き覚えのある声にリウスは勢いよく寺院の入り口へ振り向いた。
そこには見覚えのある眼鏡と、禿げあがった頭をしている男が寺院に入ってくるのが見えた。
「おや、やっぱり来てましたか。どうですか? 『竜の羽衣』は。何か発見がありましたかな?」
信じられないものを見たかのように、リウスは小さく呟いていた。
「コルベールさん・・・。何で、ここに・・・」