Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第五話  はじめての授業 その後

シュヴルーズが気絶してしまったため、授業は中止、自習となった。

そのため、半壊した教室にいるのはルイズとリウスだけである。

 

騒ぎに駆けつけた別の教師から、ルイズは罰として後片付けを一人で、かつ魔法抜きで行なうように命じられたため、リウスも使い魔としてその片付けを手伝っていた。

 

ばらばらになった教壇や壊れた机を部屋の隅に集め終わると、リウスはうーんと伸びをした。

ルイズは黙々と煤で汚れた机を拭いている。

 

「隅に集め終わったわよ。窓、拭くわね」

 

ルイズは何も言わずにこくんと頷いた。

その表情は暗い。昨日他の生徒に馬鹿にされていた時の顔と同じか、とリウスは思う。

 

二人して黙々と片付けを続ける。

その沈黙に耐え切れなくなったのか、俯いた姿勢のままルイズが口を開いた。

 

「・・・これだから、私の二つ名は『ゼロ』なのよ」

 

何の感情も含んでいないような、暗く冷たい声色だった。

リウスは窓を拭く手を止めてルイズに向き直る。

 

「今朝教えたでしょ。『貴族は魔法をもってしてその精神となす』。でも私は魔法を使えない。何をやっても爆発する。そういうことよ」

 

リウスは何も答えずに、俯いたルイズをじっと見続けている。

ルイズの口元は微かに歪み、まるで笑っているかのようにさえ見えた。

 

「・・・何よ、何見てるのよ。なんか言いなさいよ!」

 

堰を切ったかのようにルイズが叫んだ。

それでもリウスは目を逸らさず、ルイズの目を真っ直ぐに見続けている。

 

『錬金』の実演で指名された時、ルイズはきっと上手くいくと思っていた。

 

今まで何度も何度も魔法を唱えては、爆発。

呪文を完璧に覚え、理論も学び、座学で一番になった。

でも、魔法を唱えると何も変わらずに、爆発。

 

魔法の先生にもさじを投げられ、家族からは呆れられ、クラスメートからは馬鹿にされた。

 

でも、私はリウスを召喚した。

契約も上手くいった。

ついに魔法は成功して、リウスは本当のお姉さんみたいで、私のためを思ってくれていて。

 

きっと、リウスを召喚できたのなら上手くいく。

リウスが見てくれている今なら、魔法は成功する。

そう確信していた、さっきまでは。

 

「私なんて、貴族失格なのよ! 平民からも同情されるような、出来そこないよ!」

 

さっきまでの冷たい声色とは違った、悲痛な叫びだった。

ルイズの目からはとめどなく涙がこぼれている。

リウスは侮蔑も同情も無い視線をルイズに向け続けていた。

 

「・・・もういい」

 

ルイズは握りしめていた布巾を机に置くと、俯きながら教室の出口へ向かっていく。

リウスはその様子を少し目で追ってから、口を開いた。

 

「ルイズ」

「・・・何」

 

ルイズは俯いたまま足を止めて答える。

ルイズは、何も言って欲しくはなかった。

今まで家族から向けられたように、自分の使い魔にまで呆れられるなんて。

 

「わたしの友達にカトリーヌって子がいてね。小さな子だったんだけど、わたしと同い年だった」

 

唐突にリウスは話し始める。

ルイズは背を向けたままで続きを待っていた。

 

「わたしが魔術師ギルドに入った時、カトリーヌはいつも一人だったわ。元々持ってる強い魔力、貴方達の言う精神力を使いこなすことができなくって、他の人は迷惑がかかるって嫌ってたのよ。私はその時、いつまで経っても魔法が上手くならない落ちこぼれでね。ずっと思い悩んでた」

 

ルイズは頭を棒で殴られたような衝撃を感じていた。

いつの間にか、足が震えている。

魔術師ギルド。同い年。魔法。つまり。

 

「あなた・・・、魔法が、使えるの・・・?」

 

ルイズは振り向き、震える声で尋ねる。

今、自分がどんな顔をしているか想像もできない。

 

「ええ、使えるわ」

 

平然と答えるリウスを、ルイズはいつの間にか強く睨み付けていることに気が付いた。

 

「私がほんの少しだけ魔法を操れるようになった頃、冒険に出かけた先でカトリーヌと会った。いつも平然としてたのに、彼女、泣いてたわ。依頼されたモンスター退治で、モンスター共々森を焼いちゃったって」

 

リウスは睨み付けてくるルイズから視線を逸らさずに続ける。

 

「私はその時、泣いてるこの子をどうにかしたいと思った。ずっと昔に死んだ弟と重ね合わせたのかもね。私は魔法を扱うのは苦手だったけど、魔力の感知と体術は人よりも才能があった。だから、セージを目指したの」

 

「だから、何?」

 

ルイズが口を開く。

ルイズは、自分が思う以上に冷たい声を出していることに気付きながらも続けた。

 

「落ちこぼれのメイジが、落ちこぼれだったメイジを召喚したって話!? ふざけないで! だから、何だっていうのよ!」

「貴方の魔力は、カトリーヌに似てる」

 

叫ぶルイズに聞こえるよう、リウスは少し大きな声で告げた。

 

「貴方の魔力は他の人よりもはるかに強大よ。それこそ、シュヴルーズ先生やコルベ―ル先生や、私よりも」

 

ルイズは涙も拭わずにきっとリウスを睨み付けた。

涙は両目からとめどなく流れ続ける。

もう、何に怒っているのかも分からない。

 

「嘘つかないで!」

「セージとして言うわ。私の専門は『魔力の流動性における解析技術』。モンスターや人の魔力解析を主としてる私が断言する。貴方の魔力は他の人よりも強すぎる。だからこそ、魔法が上手くいかないの」

 

ルイズは力を込めた拳をふっと緩め、ぺたんとその場に崩れ落ちた。

 

「じゃあ、どうすればいいのよぉ・・・」

 

リウスはルイズの傍にしゃがみこむと、そっとその小さな体を抱きしめた。

 

「今は分からないけど、きっと大丈夫よ」

 

抱きしめられたルイズはリウスの肩にしがみつくようにしている。

 

「今まで、何度失敗しても挑戦し続けてきたんでしょ?」

「・・・うん」

「ずっと馬鹿にされ続けてきたけど、諦めないで努力し続けてきたんでしょ?」

「・・・うん」

「失敗、怖かったでしょう?」

「・・・うん」

「でも、逃げずに挑戦してきたんでしょう?」

「・・・うん」

「なら、貴方には本物の勇気がある。いつか、魔法を使える貴方になれる。貴方は立派よ。ルイズ」

「・・・う・・・ん」

 

「他の誰が馬鹿にしても、認めなくても、私だけは貴方を認めてるわ」

 

まるで叫ぶかのような泣き声が、教室中に響き渡った。

 

 

 

 

「もう、平気?」

「うん、ありがと」

 

ルイズはひとしきり泣いた後、残っていた教室の後片付けを終わらせてから食堂に向かっていた。

そうは言っても、片付けの残りは全てリウスが行なったのであるが。

 

思えば、人前で泣いたことは昨日が生まれて初めてだった。

それに引き続き、今日も号泣してしまっている。

しかも会ったばかりの人に対して、である。

ルイズは今になって恥ずかしさがこみ上げてきたが、不思議と気持ちは晴れやかだった。

 

「それにしても貴方、メイジだったのね。何で言わなかったのよ」

 

ルイズがジト目で睨みつけると、リウスは内心ぎくりとした。

 

「ごめんごめん。言うチャンスが無かったのよ」

 

警戒してたから、とは口が裂けても言えまい。それこそ主人と使い魔の関係にヒビが入りかねない。

 

「まあ、私は魔法が使えるといっても貴族じゃないわよ。小さい頃の記憶はないけど」

「あ・・・、ごめん」

「昨日、謝るなって言わなかったっけ?」

 

何を思ったのか謝るルイズに、今度は含み笑いをしたリウスがジト目で睨みつける。

そうして少し笑いあった後、何かに気付いたルイズがそっぽを向きながら口を開いた。

 

「リウス。先に食堂に行ってて」

「いいけど。どうしたの?」

「顔、洗ってくるから」

 

ああ、とリウスは納得した。思えば号泣した直後である。

ルイズの両目は赤く、頬には涙の跡がまだ残っていた。

全身を見ると少し衣服も乱れている。

何があったのか、と生徒達に勘ぐられるのはリウスも流石に嫌だった。

 

一旦ルイズと別れ、リウスは先の授業で見たルイズの魔法を考えつつ厨房へと向かった。

 

『錬金』の対象だった石ころを覆う、異常な密度の魔力。そこまでは分かる。

だがそれが何故爆発したのかがどうにも分からなかった。

 

魔力を凝縮して爆発させている?

ただ、それでは爆発するのはあくまで『魔力そのもの』である。

魔力の爆発による衝撃で石ころや教壇がバラバラになるのは分かるのだが、ルイズやシュヴルーズが煤で汚れたことの説明がつかない。

 

(つまり、何らかの熱が発生しているということね)

 

教壇の破片にも焦げ跡があったことから、強い熱量が発生しているのは間違いないだろう。

そうすると、魔法の近くにいた二人が無傷だったのも問題ではあるが、一番の問題は、

『ルイズが何に対して魔力を混じり合わせて魔力反応を引き起こしたか』である。

 

(もしかしたら、あれは魔法の失敗じゃなくって成功の一つなのかもしれないわね)

 

あれが失敗ではなく、『錬金』をしようとして別の魔法が発動している、という可能性は十二分にあった。

そもそも、リウスの世界において『魔法が失敗した結果、爆発する』ことは起き得ないことである。

普通、魔法が失敗したら魔力が霧散して『何も起きない』のが当たり前なのだ。

 

はっきりと言えることは、ルイズの魔法を考えるにはまだまだ情報が足りていないということだ。

そもそも、まだこの世界の魔法について充分に調べられていない。

魔法社会なのだから魔法の研究もちゃんと行なわれているだろうし、それらをきっちり確認してからこの件は考えるべきだ。

 

リウスはそう結論付けると、たどり着いた厨房を覗き込んだ。

相変わらず、戦場然としている厨房ではコックもメイドもバタバタと慌ただしい。

リウスはどぎまぎしながら通りがかったメイドに声をかけると、案内されるがままに厨房の中へ入っていくのだった。

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

昼食の賄い料理は朝とは違い、野菜が少し入ったスープと固いパン、それに朝食の残りである魚のパイが数切れである。

それでも美味しく堪能したリウスは、隣で休憩しているシエスタに笑いかけた。

 

「とっても美味しかったわ。ありがとうシエスタ」

「よかった。朝の残りをお出ししてしまって、すみません」

「そんな、謝らないで。朝ごはんも凄く美味しかったし、またこのパイを食べたいって思ってたんだから」

 

シエスタはリウスの顔に微笑みかける。

 

シエスタは、この人はまるで猫みたいだ、と思った。

リウスさんの凛とした雰囲気と、こちらを見透かすような濃い青色の瞳。初めて見た時にはその雰囲気にいつの間にやら萎縮してしまっていた。

あまりに見たことのない服装に「もしかしたらメイジかも」と思っていたことは確かだが、それ以上に、まるで隙の無いその佇まいが大好きだったお爺ちゃんと重なったからかもしれない。

 

そういった今朝の緊張も既に昔の話で、今ではこうやって笑い合ってお話しをしている。

この人は感情が顔に出やすいようで、さっきもスープを一口食べた途端に口元をほころばし、ニコニコと美味しそうに食事をしていた。

そういったところが彼女の主人であるミス・ヴァリエールと似ていると思う。

 

「なあに、シエスタ。なんかじっと見て。何かついてる?」

「! いえ、何でもないです! あ、そろそろデザートを運ばなくっちゃ」

 

シエスタは慌てて席を立つと、パタパタと厨房の奥に引っ込んでいった。

リウスが良い香りの紅茶を楽しんでいると、シエスタがケーキを乗せたトレイを手に戻ってくる。

 

「うわ、結構量があるわね。手伝おうか?」

 

シエスタの持つトレイにはずっしりと果物の詰まったケーキが並んでいる。

片手でトレイを持ちながら反対の手に持つハサミで配るのだろうが、このトレイを片手で持つにはいささか無理がありそうに見えた。

 

「いえいえ。慣れてますから」

 

シエスタはそう言いながらぱっとケーキを配る手つきをするが、トレイを持つ左手が少し震えているのは隠せていなかった。

 

「一人よりも二人の方が楽でしょ。はい、持つわよ。手もちゃんと綺麗にしてるから」

 

リウスはひょいとトレイを奪い取るとにやっと笑った。

 

「あ、ありがとうございます。じゃあ、すみませんがお願いします。実は今日のは少し重くって」

 

実際にケーキが重かったのは事実である。

シエスタは素直に好意に甘えつつ、ケーキを配るため食堂へと向かうのだった。

 

 

 

 

ルイズは心なしか上機嫌だった。

泣き跡のついた顔もちゃんと洗い、髪や衣服も整え、多少遅れたけれども何食わぬ顔でルイズは昼食の席についていた。

いつもよりも、ご飯が美味しく感じられる。

 

 ―私だけは貴方を認めてるわ

 

あの言葉でここまで気持ちが楽になるなんて、思ってもいなかった。

初めて、本当に言ってもらいたい言葉を、本当の言葉で言ってもらえた。そんな気がする。

 

「あらルイズ。随分と嬉しそうね」

 

はたと隣を見るとキュルケが立っていた。

確かにキュルケの言う通り上機嫌だったのだが、それを見破られたみたいで嫌だと思ったルイズは、いつもと同じようにジロリとキュルケを見上げた。

 

「なによキュルケ」

「そっちこそ何よ、気持ち悪い。にやついた顔が隠しきれてないわよ」

 

ルイズの顔にさっと赤みが差した。

 

「う、うるさいわね! 何の用よ!」

「あら、ご挨拶ね。気付いてないみたいだから、教えてあげようと思ってたのに」

 

ルイズは小首をかしげた。気付けば周りが随分と騒がしい。

 

「あなたの使い魔、なんか大変なことになってるけど。ほっといていいの?」

 

 

 


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