Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第四十七話 Engine

 

数日が過ぎ、その日の教壇にはニコニコと笑うコルベールの姿があった。

 

「さてと、皆さん」

 

コルベールは上機嫌にそう言うと、レビテーションの魔法で何やら奇妙な物体を机の上に置いた。

 

でんっと置かれたその奇妙なものには円筒状の金属の筒やらパイプやらが伸びており、パイプが繋がる先にはふいごのようなものがある。

円筒の頂上にはクランクが、そのクランクは奇妙な形をした車輪に繋がり、更にその車輪と繋がった奇妙な箱がある・・・。

 

一見して前衛芸術のような、ただのごちゃごちゃしたガラクタのような物体を見て、生徒達は「今日は休講か」とばかりに近くの生徒達との私語を再開していた。

 

コルベールは生徒の教育に冷淡というよりも、むしろ情熱を持った部類の教師だった。

 

彼が好きなのは、学問や歴史、そして研究である。

だから彼は授業が好きだった。

未来ある生徒達へ向けて、自分の研究の成果を思う存分開陳できるからである。

 

その結果、ちょくちょく自分の授業の時間で研究の成果を披露してしまうことは珍しくなく、私語にかまける生徒達をほったらかしにしたまま自信たっぷりに高説を繰り広げる光景が展開されるのだった。

 

とはいえ、今の時点で私語にかまけているのは生徒達の半分くらいである。

興味深げにコルベールの持ってきた奇妙な物体を見つめている生徒達に向けて、コルベールはおほんともったいぶった咳をしてから語り始めた。

 

「えー、『火』系統の特徴を、誰かこの私に開帳してくれないかね?」

 

話を聞いている生徒達がキュルケに視線を集めた。

爪の手入れをしていたキュルケは、やすりを上手に操りながら気だるげに答える。

 

「情熱と破壊が『火』の本懐ですわ」

「そうとも!」

 

意を得たように、にっこりと笑うコルベール。

 

「だがしかし、私は考えるのです! 情熱はともかく、『火』が司るのが破壊だけでは寂しいと! 諸君、『火』は使いようですぞ。使いようによっては、色んな楽しいことができるのです。それを諸君に見せるために、今日はこの『愉快なヘビくん』を持ってきた訳ですな」

 

生徒達はぽかんと口を開けて、奇妙な装置に見入っている。

ルイズは気の無い顔でコルベールの様子を見守っており、一方のリウスはというと、興味深げな顔でまじまじとその装置を見つめていた。

 

鼻歌でも歌いだしそうな様子で、コルベールは手早く装置をいじくり始める。

 

「まずは、この『ふいご』で油を気化させる」

 

しゅこしゅこと音を出しながら、コルベールは足でふいごを踏んだ。

 

「すると、この円筒の中に、気化した油が放り込まれるのですぞ」

 

慎重な顔で、コルベールは円筒の横に空いた小さな穴に、杖の先端を差し込んだ。

 

短く呪文を唱える。すると、断続的な発火音が聞こえ始め、気化した油に引火したのか、発火音は次第に爆発音へと音を変えた。

 

「ほら! 見てごらんなさい! この金属の円筒の中では、気化した油が爆発する力で上下にピストンが動いておる!」

 

すると円筒の上にくっついていたクランクが動き出し、車輪を回転させていく。

 

回転する車輪の動きに合わせて、箱の扉からヘビの人形がぴょこぴょこと顔を出していた。

 

「動力はクランクに伝わり車輪を回す! ほら! するとヘビくんが! 顔を出してぴょこぴょことご挨拶! 面白いですぞ!」

 

この時点で、話を聞いている生徒達は更に減っていた。もうほとんどの生徒が話も聞かずにぼけっとした顔をしているか、近くの生徒と私語を行なっている。

その中でリウスだけが、信じられないものを見たかのように驚愕の表情を浮かべていた。

 

「それがどうしたっていうんですか?」

 

生徒の一人がとぼけた顔で感想を述べた。

教室の様子を見たコルベールは自慢の発明品がほとんど無視されている現状に気付いて悲しくなったが、おほんと咳をすると説明をし始める。

 

「えー、今は愉快なヘビくんが顔を出すだけですが、たとえばこの装置を荷車に乗せて車輪を回させる。すると、馬がいなくても荷車は動くのですぞ! 海に浮かんだ船でも同様、帆がいらなくなる訳ですぞ!」

 

「そんなの、魔法で動かせばいいじゃないですか。なにもそんな妙ちきりんな装置を使わなくても」

 

生徒の一人がそういうと、みんなもそうだと言わんばかりに頷き合った。

 

コルベールがあれやこれやと興奮した様子で説明を続けていく中、ルイズはぼんやりした顔のまま頬杖をついていた。

 

「ふうん。良く分からないけど、何か凄いのかしらね」

「蒸気機関・・・? あんな小型で・・・? 油だけで、水も使わない・・・?」

 

何やらブツブツと呟いているリウスに、ルイズはぼんやりとしたまま顔を向けた。

 

そういえば、リウスも学者だったと言っていた。何かコルベール先生と通じるところがあるのだろうか。

 

「ねえ、リウス。何が凄いの?」

 

はっとしたリウスはルイズに顔を向けた。

 

「いや、あんなもの見たことないわ。凄いんだろうけど、仕組みが分からなくって・・・」

「なら授業の後に見せてもらえば? 私も忘れかけてたけどリウスは使い魔なんだから、授業に出なくても問題ないわよ」

 

リウスはそういえば、といった具合に頷いた。

 

「そうね。じゃあ午後は話を聞きに行こうかしら」

 

 

 

 

 

 

昼食を終えて、リウスは本塔と火の塔の間にある一画に訪れていた。

そこにはボロボロの掘っ立て小屋がひっそりと立っている。

 

(本当に、ここが研究室なのかしら・・・)

 

リウスは目の前の掘っ立て小屋を眺めながら、ジュノーの研究室を思い出していた。

 

リウスはセージと呼ばれる賢者・学者の一人でもあるが、同時に冒険者でもある。

各地に赴いて情報や研究材料を集め、ジュノーに持ち帰って研究してみる、というのが基本的なパターンであり、そのため必然的にジュノーで研究をする時間は短くなる。

 

そもそもリウスの専門は『魔力の流動性における解析技術』。

つまりモンスターや動植物のサンプルを基にそれらが持つ魔力を読み取ったり、または地域ごとの特色を分析するというものなので、基本的にはリウス自身が持つ魔力感知や『モンスター情報』などの魔法を主に使用するのだった。

ジュノーに戻るのは、必要な書物を探す時や論文を作成するくらいのもの。

そのため、リウスは他のセージ達に比べて異色のフィールドワーカーと言っても過言ではなかった。

 

ジュノーを拠点とする一般的なセージ達は、主に自身の所属する研究所を中心に研究を行なっている。

だからこそ個人的に研究をし続ける人は稀でもあるし、こういった掘っ立て小屋を研究所とする人はもっと珍しかった。

 

(火とか出ても平気なのかしらね)

 

リウスは掘っ立て小屋の様子を見て回っていたが、意を決して小屋の扉を叩いた。

 

しばらくして、小屋の中からバタバタと足音が聞こえてくる。

扉ががちゃりと開いて、中からひょっこりとコルベールが顔を出した。きょとんとしているコルベールの頬は煤のようなもので汚れている。

 

「おや、ミス・リウス。こんなところに珍しいですな」

「すみません、突然お邪魔して。ミスタ・コルベール」

 

コルベールは怪訝な表情を浮かべており、どことなく緊張の色を感じる。

以前、ギーシュと決闘した後にも同じような表情をしていたのを思い出した。

 

「先ほどの授業で見せてもらった・・・、ええと、『愉快なヘビくん』でしたっけ? あれに興味があったので。今お邪魔してもよろしかったですか?」

「おお! そうでしたか! ささ、どうぞどうぞ」

 

促されるままに小屋の中に入ると、内部は正に研究所の様相だった。

 

木でできた棚には薬品のビンやら試験管やら、更には大小さまざまな壺が雑然と並んでいる。

その隣には壁一面の本棚。羊皮紙を球に張り付けた天体儀に、ハルケギニア各地の地図などもあった。

檻に入ったヘビやトカゲに見たことのない鳥。埃ともカビともつかぬ、鼻をつく妙な異臭が漂っている。

 

その只中にいたリウスは異臭に顔を歪ませることもなく、目を輝かせながら興味深げにきょろきょろと周りを見回していた。

 

コルベールはがさがさと物をかき分けながらテーブルへと近付いていく。

リウスもその後に続いていくと、そこには少しばかり分解された『愉快なヘビくん』の姿があった。

 

「ああ、そういえばこの研究室はご婦人には大変不評でね。ミス・リウスは平気なのかね?」

「この匂いですか? 慣れてますから平気ですよ。私も学者だったもので」

 

正直に言って、ここよりも凄まじい臭気を放つ研究所はいくらでもあった。

それと比べればこの匂いはそこまでのものでもない。むしろ、リウスはこの空間に懐かしさすら感じていた程である。

 

「なんと、そうだったのかね! それなら早く言ってくれれば良かったのに! ささ、これが『愉快なヘビくん』だよ。少し改良を加えていたので部品が外れてはいるがね」

 

先程の警戒した様子は早々に無くなり、やけに嬉しそうな表情のコルベールがリウスを促す。

 

テーブルに近付いたリウスは、まじまじと目の前にある装置を見つめていた。

クランクと繋がっている車輪、そして車輪と、箱に取り付けられた扉の構造は理解できる。

しかし、このままでは金属性の円筒の中の構造が分からなかった。

 

「授業では驚きました。こんな装置は見たこともなかったもので。これは蒸気機関なのですか?」

 

「じょうききかん? はて、蒸気・・・」

「水を沸騰させた蒸気を利用して、この装置のようなピストンを動かす機構のことです。ただそれには多量の水と燃焼させる装置が必要なので、こんなに小型のものではないですが」

 

何やら合点がいったように、コルベールがぱっと顔を輝かせた。

 

「驚いた! このヘビくんの前に、似たような物を構想したのだよ! あまりにも巨大なものになってしまうので設計図だけ作ったのだがね!」

 

言葉半分のまま、コルベールががさごそとテーブル横の棚を漁っていく。

 

その姿に、リウスは小さく笑った。

この人はまさしく研究者なのだろう。授業で見た生徒達の反応は『魔法を使えばいい』というものだった。

しかしこの人は、個人の才能に左右される魔法というものではなく、誰もが同じように扱える装置を作り出そうとしている。

 

コルベールはようやく設計図を見つけたようで、嬉しそうに設計図の説明を行なっていく。

リウスはその設計図を前に、コルベールとあれやこれや議論を交わしていくのだった。

 

 

 

 

 

日も落ちかけてきた頃、ルイズはコルベールの研究室の前に立っていた。

 

いつまで経ってもリウスが帰ってこないのでここまで探しに来たのである。

掘っ立て小屋の中からは、何やら男女で語り合うような声が聞こえてくる。

 

「すみません、ミスタ・コルベール」

 

ルイズが扉をノックしても何の返答もない。

未だ続けられている男女の会話に、ルイズはそっと扉へ耳を付けた。

 

 

「・・・うーむ、これでは重いものを運べないのではないかね? そうだ! こうやって組み合わせれば・・・」

「・・・ああ、なるほど。ただこうした装置だけではピストンの力が足りないかも・・・」

 

 

リウスの声が聞こえてくるが、話に夢中でノックの音が聞こえていないようだ。

もう一度ノックをしても反応がない。このままでは埒が明かないので、ルイズは小屋の扉をがちゃりと開けた。

 

「お邪魔します、ミスタ・コルベール。・・・って何この臭い!」

 

「おお、これはミス・ヴァリエール。どうしたのかね?」

「あれ、ルイズ。どうしたの?」

 

二人がきょとんとした顔をしている中、ルイズは鼻をつまみながら小屋の外へと後ずさった。

 

「どうしたのって、もう夕食の時間なのにこんな時間まで何やってるのよ。しかも、こんな臭いの中で」

「ああ、もうそんな時間?」

「なるほど、それならリウスくんは行ってきたまえ。私は先程の内容を書き起こさねば」

 

そう言うなり、コルベールはテーブルに広げられた設計図を丸め始める。

どうやら話した内容を早く羊皮紙にメモしたくて仕方がないらしい。

 

「じゃあコルベールさん。長いことお邪魔してしまってすみません」

「いやいや、また来てくれたまえ。お待ちしていますぞ」

 

リウスとコルベールがにこやかに別れの挨拶を交わしている中、ルイズは若干ぶすっとした顔でそれを見つめていた。

 

コルベールの研究室を出て、ルイズとリウスは食堂へと足を向けていた。

 

「なんか随分と仲良くなったみたいじゃない」

「コルベールさんは凄いわよ。あんな小屋じゃなくって、もっとちゃんとした研究室を貰えればいいのにね」

 

上機嫌な様子のリウスを見て、ルイズはますます面白くない。

 

「あんなよく分からない機械じゃなくって魔法を使えばいいのに」

「それよ、ルイズ」

 

ルイズはきょとんとした顔でリウスを見る。

 

「魔法を使えばいい。確かにその通りだし、私のいた世界でも、魔法は単なる戦う手段に過ぎない。

でもね、コルベールさんはそれを飲み込みながらも魔法と機械を共存させようとしてる。貴族も平民も恩恵に預かれるような物を作ろうとしてる。なかなか出来ることじゃないわ」

 

ルイズは少しばかり思いを巡らした。

もしかしたら、コルベール先生があんな研究所しか持ててないのはそれが原因なのだろうか。平民も便利に使える装置を生み出そうとしているなら、私たち貴族側からしたら面白くない人もいることだろう。

 

「もしかしたら、ハルケギニアの歴史に名を残す人なのかもね」

 

リウスのふとした呟きに、思わずルイズが笑った。

 

「まさかぁ」

「まあ、もしかしたら、だけどね」

 

ルイズとリウスは互いに笑い合いながら、二人してアルヴィーズの食堂へと歩いていくのだった。

 

 

 


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