Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第四十六話 夢の終わり

ふと気付くと、リウスは暗い部屋の中にいた。

 

窓からはうっすらと月明かりが差し込んでいる。

その月明かりを眺めながら、リウスは柔らかなソファの上にひとり座っていた。

 

しばらくして、部屋の中に綿をナイフで突き刺すような、奇妙な音が聞こえてくる。

 

「忘れるな・・・。憎しみを・・・、報いを・・・」

 

部屋の中に呻くような小さい声が響いている。

窓に映る満月を見上げつつ、リウスはその声へと静かに答えた。

 

「忘れないわ。忘れる訳がない」

 

高い空に浮かぶ月は、いつもと変わらずに煌々と光り輝いている。

その姿は幼い頃から全く変わってはいない。

いつもいつも、あの月は私を見下ろし続けていた。

それすらも憎んでいた時があったのだが、それはずいぶんと昔のことのように思える。

 

「それなら・・・繰り返せ・・・。みんなを取り戻せ・・・」

 

誰かの小さい声が呪詛のように繰り返されていく。

しかしリウスは、今までのように恐怖に震えることも、後悔に押し潰されることもしなかった。

 

「みんなが戻ってくることなんてないわ」

「・・・嘘だ」

 

「私が、そう信じていたかっただけよ」

「・・・嘘だ!」

 

徐々に、呟きは訴えるような熱を帯びていく。

 

「それなら、みんなは何でいなくなった・・・! みんながいなくなったのには・・・! 何の意味があった・・・!!」

 

「・・・分からない。でも分からないなら、今、出来ることをするしかないんだわ」

「みんなは、戻ってくるに決まってる・・・! みんな・・・何も無かったみたいに・・・戻って・・・!」

 

部屋を響かせていた声は、次第に少女のような嗚咽へと変わっていく。

 

「後悔はもうしたくないけど・・・。うずくまってたら何も出来ないのは、あなただって分かってるはずよ」

 

そのまま暗い部屋の中にかすかな泣き声が響き続け・・・、そして、ゆっくりと消えていった。

 

 

リウスはしんと静まり返った部屋の中、誰に言うでもなく声を出した。

 

「ねえ、今も聞いてるの?」

 

しかし、誰も答えない。

あの金髪の青年。彼は、今もこれを聞いているのだろうか。

 

「あなたが誰かは知らない。だけど、私はここで生きてみせる。ルイズの使い魔として」

 

気付くと、窓辺に誰かが立っていた。

リウスと同じように、明るく光り輝く満月を見上げている。

 

「それが、君の選択か」

「ルイズにとって必要じゃなくなったら、いつでもこの世界から去ってみせるわ。あなたが何を求めてるのかは分からないけどね」

 

男がこちらへと振り向いたが、月明かりに照らされたその顔に見覚えはなかった。

 

月明かりに金の髪が輝き、青い瞳を湛えたその顔には静かな笑みが浮かんでいる。

 

 

「それなら、今は君の好きなように動くといい。・・・運命は、いつも君と共にある」

 

 

そしてどこからともなく、部屋の中が真白い霧に満ちていった。

リウスの視界が白色に覆われていく中、もう一度、青年の声が聞こえてくる。

 

 

「僕も、最善を尽くしてみせよう」

 

 

 

 

 

リウスはぱちりと目を覚ました。

 

ふかふかした布団の感触の中、リウスはルイズに抱きかかえられるように眠っていたようだ。

目線だけ動かしてルイズの顔を見ると、ルイズはすうすうと寝息を立てて眠っている。

 

まるで幼子のような自分の体勢に気恥ずかしくなり、リウスはもぞもぞと布団から這い出していく。

 

幸い、ルイズが目を覚ました様子はない。

目がしょぼしょぼとしていたので、リウスはまぶたをこすりながら部屋の鏡を覗き込んだ。

 

「・・・ひどい顔」

 

そうは言いながらも、リウスは胸のつかえが取れたような感覚を覚えていた。

あんなことになってしまったのはいつ以来だろうか。そのまま思い返していっても、自分の過去を全て話したことなんてリウスの記憶には全くなかった。

 

あんな情けない姿を人に見せたことなんて、今まで一度も・・・。

 

「おはよう相棒。もう平気か?」

 

少しぼんやりしていたリウスに、背後からデルフリンガーが声をかけた。

 

「・・・ああ、デルフ。おはよう」

 

平気かとはどういう意味なのか。

デルフリンガーの姿を見たリウスは、ふと何かを失念しているような気がした。

 

「・・・っ!」

 

それに気付いたリウスの顔は見る見る内に真っ赤になった。

そういえば、昨日はずっとデルフリンガーを部屋に置いていたはずだ。

だとしたら、昨夜のことも・・・。

 

「デ、デルフ! アンタ、昨日の話聞いてたでしょ!」

「お、おい相棒。嬢ちゃんが起きちまうぜ?」

 

またしてもハッとしたリウスは、慌てて布団にくるまっているルイズへと振り向いた。

しかしルイズは未だに熟睡中である。

 

ほっとしてから、リウスは声のトーンを落としつつデルフリンガーに詰め寄った。

 

「アンタね。盗み聞きなんて趣味悪いわよ」

「しょうがねえじゃねーか、俺っちは剣だもんよ。相棒みたいな足がありゃ俺だって外に出てたっつの」

 

不貞腐れたようなデルフの声に、リウスはぐっと黙った。

 

それはどうみても正論であって、デルフが悪いわけがない。悪いわけがないのだが・・・、なんとなく癪に障るのでリウスはぷいとそっぽを向いてから服を着替え始めた。

 

「まあ、安心したっちゃ安心したぜ。相棒はいっつも無理しやがるからな」

「うるさい。昨日のことは黙ってなさいよ」

 

リウスの不満そうな言葉にも、デルフリンガーはけらけらと笑っている。

そんなデルフリンガーをじろりと睨んだリウスは、そういえば、とあることを思い出した。

 

「デルフ。そういえばニューカッスル城にいた時、本当の姿がどうとか言ってたわよね」

「ああ、言ったね。そんで相棒は今の今まですっかり忘れてたね」

「う・・・。確かに忘れてたわ、ごめん」

「・・・まあ、しゃあないか。あの状況じゃな。そう、錆びてた姿は自分で変えてたんだよ」

「なんで、そんなこと?」

「つまんねえ奴にばっか使われて、飽き飽きしてたからな!」

 

わっはっは、と笑うデルフリンガーに、リウスは溜め息を吐いた。

 

「アンタ、変なことしてるわね。私が買った時からそういうことは言いなさいよ」

「しょうがねえじゃねーか、忘れてたんだから。相棒の感情に引っぱられて思い出したんだよ」

 

リウスはきょとんとした。今、デルフリンガーが変なことを言っていたような・・・。

 

「感情、って? どういうこと?」

「あー、相棒には話してなかったっけ? 俺っちは使い手の感情も読めるのさ。あんときの相棒は久々にビビっとくる感情だったからな。俺っちもテンション上がっちまってたし。

あと・・・、その、なんだ。あの後の感情とかな」

 

あの後というのは、たぶん私が錯乱していた時のことだろう。

あの時のことはあまり自分でも覚えていないことではあるので、何やら申し訳ないような声を出されても何とも言えない。

 

するとデルフリンガーが何かを思い出したように、もう一度声をかけてくる。

 

「そう、これも相棒に言ってなかったっけか。ガンダールヴのルーンは、感情にその強さを左右されるんだよ」

 

「感情に?」

「心を震わせれば震わせるほど、ガンダールヴの力を引き出せるってこった」

「・・・それも忘れてたわけ?」

「忘れてたっつーか、なんつーか・・・。思い出したんだよ。気付いたっつーか」

「忘れてたってことじゃない。で、何に気付いたの?」

 

「相棒のガンダールヴの力は、なんか、弱いんだよ」

 

すっかり着替え終わったリウスは、梳いた髪を三つ編みに結びながらデルフリンガーへと振り返った。

 

「これで弱いの?」

「そうそう。なんつーの? 相棒はいっつも感情を押し殺しながら戦ったりしてるだろ? 多分だけど、アルビオンで相棒が一回やられてからの戦い、あれが本来のガンダールヴの力だったんじゃねーかな」

 

その時、リウスが思い出そうとしていたのはワルドとの戦いではなく、フーケを捕らえた時のことだった。

 

フーケのゴーレムから、ルイズを救いに行った時・・・。あの時のこともうる覚えではあるのだが、今考えればいつもよりも遥かに素早い動きをしていた気がする。

 

「まあ、流石にあそこまでの感情はいらねえけどな・・・」

 

何やら珍しい口調でデルフリンガーが呟いた。

 

「ワルドと戦ってたとき?」

「そう」

「私はあんまり覚えてないけど」

「・・・それでいいんだよ相棒。ありゃ、やりすぎだよ。もっと自分を大切にしな」

「・・・何よ、心配してくれてるの?」

「何だよ、心配しちゃいけねーってのか? ああそうだよ、心配してんだよ。あんな感情、耐えきれるわきゃねーだろが」

 

三つ編みを結び終わったリウスは言葉を濁しながら、ぽりぽりと頬をかく。

 

「その、えっと・・・。あ、ありがとうね、デルフ」

「けっ! 俺っちらしくもねえな、こんなん! 相棒も昨日は子供みてえにわんわん泣いちまってよ! あんなに思いつめるんだったら、はなっから人に頼れっつーのよ!」

 

かあっとリウスの顔が朱に染まった。

何か言おうとして口をぱくぱくさせてから、ようやくリウスはデルフリンガーへと言い返した。

 

「う、うるさいなあ! しょうがないでしょ頼り方なんて分からないんだから! アンタそうやって他のとこでも言いふらしたら地面に埋めるわよ!」

「まーたそうやって意地ばっか張りやがってよ! マフラー編んでる時も自信マンマンなくせしてあんな三角形の鍋敷き作ったりしてよ! なんかあんだったら俺っちにでも話しゃいいじゃねーかよ!」

「剣に相談なんて私のいた世界でもいないわよ! 大体アンタ魔法を吸収できるってのもあんな状況で初めて言うだなんてバカじゃないの!?」

「だーから忘れてたんだって言ってんだろがよ! 大体あんな状況で嬢ちゃん助けに行ったらあんなことになるくらい分かりきってんじゃねーかよ!」

「そんなこと言ったってあれ以外に無かったでしょうが! アンタほんとに地面に埋めて・・・」

 

ハッとしたリウスは、ゆっくりと顔をベッドに向けた。

そこにはベッドに座ったまま、くすくすと笑っているルイズの姿があった。

 

「おはよう、リウス」

「あ・・・、あの、ね。これは・・・」

 

リウスは顔を赤くしながら、困ったような表情で目線を泳がせている。

デルフリンガーが勝ち誇るかのように鞘をかちゃかちゃ鳴らしているのを、リウスはじろりと睨み付けた。

 

「良かったわ、元気になって」

「・・・ああもう。剣と言い争いだなんて。起こしてごめんね、ルイズ」

「別にいいわよ。それよりも、リウスが元気になって本当に良かった」

 

そう言って笑っているルイズに、リウスは自分の結んだ髪をいじりながら口を開いた。

 

「昨日は、迷惑をかけたわ。もういなくなるなんて言わないから」

 

ぱっと嬉しそうな表情を浮かべたルイズはベッドから降りると、小走りにリウスへ駆け寄っていく。

 

「本当?」

「本当よ」

「もうウソは言わない?」

「・・・言わない、かも」

 

そう言ったリウスにルイズは少しむっつりしながら、腰に手を当ててリウスを見つめている。

そのルイズの視線にリウスは目を泳がせていたが、ゆっくり笑顔を浮かべるとルイズの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「・・・分かった。もうウソは言わないわ」

「・・・本当に?」

「本当よ」

「本当の、本当?」

「本当だってば」

 

にんまりと笑ったルイズが、リウスの身体に抱きついてくる。

リウスは驚いたようにルイズを見ていたが、優しく暖かい感覚を確かに感じながら、ふっと穏やかな微笑みを浮かべてルイズの頭をもう一度撫でた。

 

少しの間そうしていたが、ふとリウスが口を開いた。

 

「・・・そういえば、今日って授業なかったっけ?」

 

その言葉にルイズはぱっと離れて窓の外を見た。もう太陽がはるか上まで昇っている。

そういえば、周りの部屋からも物音ひとつ聞こえてこない。

 

 

ルイズとリウスはそれぞれ慌てながら身支度を整え始めた。

 

それから少しして、授業が行われている部屋に慌てふためいた桃色髪の二人が駆け込んでいくのだった。

 

 


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