Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第四十五話 告白

虚無の休日の夜、夕食を終えたルイズとリウスは、ルイズの部屋でシエスタやキュルケに手伝ってもらった編み物の続きを行なっていた。

 

「あのお菓子はちょっと多かったわねえ。もうお腹がパンパンだわ」

「でも美味しかったわよ? 自分で作ると違うものね」

 

二人は編み物を続けながら雑談を交わしていた。

ルイズはちらりとリウスの様子を見るが、リウスはいつも通りの柔和な表情のままで自分の手元を見つめている。

 

そのままじいっとリウスの顔を見ていると、リウスが顔を上げた。

ルイズはどきりとして自分のマフラーに目線を落とす。

 

「ルイズ。それ、大丈夫?」

 

ふと気付くと、ルイズのマフラーの編み目がずれて、一部の編み目が広がってしまっている。

慌てながら修正しようとするルイズに、リウスは自分の編み物をテーブルに置いて近寄ってくる。

 

「ここは、こうして・・・。こう・・・。ほら、直った」

「あ、ありがとう」

「同じミスを大分やったからね。もう慣れたもんよ」

 

リウスはにやりとルイズへ笑いかけると、また自分の編み物を手にして座っていた椅子へと戻っていく。

ルイズは自分の編み物を手にしながらも作業を止めたまま、そのリウスの様子をしばらく眺めていた。

 

昼間に心を決めたまではよかった。でも、どう切り出せばいいのか・・・。

 

「ルイズ、どうしたの?」

 

ルイズがはっとして顔を上げると、編み物をしていたリウスがちらりと上目遣いにルイズを見た。

 

「あの・・・」

 

ルイズは話を切り出そうとするが、俯きながら口を噤んだ。

 

「変なルイズ」

 

笑顔を浮かべたリウスはまた作業を続けていく。しばらくそうしてから、俯いて手を止めたままだったルイズがぽつりと呟いた。

 

 

「エミールの・・・こと・・・」

 

 

一瞬だけ、リウスが手を止めた。

 

しかし表情は変えずにそのまま作業を続けていく。

 

「・・・そういえば、そのことは聞いてなかったわね。話したくなかったらいいわよ。個人的な話だから」

 

どことなく、その口調には拒絶の感情が見え隠れしていた。

ルイズはぐっと緊張を浮かべながらも、顔を上げた。

 

「・・・私は、リウスが苦しんでる姿を見たくない。もし話すことで気が楽になるのなら、話して欲しいの」

 

しかしリウスは作業を止めず、ルイズを見もせずに小さく言葉を出した。

 

「何の話?」

 

「・・・リウス、最近ずっとうなされてる。何の夢を見てるの?」

「・・・さあ、忘れちゃったな」

 

その拒絶の言葉に口を噤みそうになるが、ルイズはぐっと堪えてリウスの顔を見つめ続けていた。

 

「アルビオンの時、あなた言ってたじゃない。みんな、いなくなっちゃったって・・・。

あれは、何で」

 

「ルイズ」

 

リウスが強い口調でそう言った。

 

ぎくりとしてリウスの表情を見る。

また何かを必死に耐えているような、あの顔だった。

 

「その話はやめて」

 

こちらを見ないまま投げかけられた言葉に対して、ルイズも強い口調で返した。

 

「いやだ。やめない」

 

少し苛立ったような厳しい表情を浮かべながら、リウスがようやくルイズの顔を見た。

 

「何のつもり?」

「リウスこそ、何のつもりよ。私が心配してないとでも思ってるわけ?」

 

 

そのまましばらくの間、ルイズとリウスは睨み合っていたが・・・。

溜め息を吐いたリウスが手に持った作りかけのマフラーをテーブルへと置いた。

 

「・・・簡単な話よ。ワルドから雷の魔法を受けた時に思い出しただけ」

「・・・何を?」

「ここに来る直前の記憶」

 

ルイズはどきりとした。

リウスはずっと、何故この世界に来たのか自分でも分かっていなかったはずだ。

そして、そこには何か元の世界に戻る理由があるかもしれないのだと。

 

「何が、あったの・・・?」

 

その震える声に、リウスはおぼろげな瞳でルイズを見つめ返した。

その姿はまるで消え入りそうに見えて、ルイズはキッと唇を結んで続けた。

 

「私は、リウスの夢をずっと見てきたわ。始めは、ボロボロの服を着た人がいっぱいいる場所の夢だった。それから、カトリーヌが出てくる夢も見たし、先生が出てくる夢だって・・・」

 

真っ直ぐに自分を見つめているルイズへ、リウスは納得のいったように頷いた。

 

「・・・使い魔のルーンの影響かしら。なるほどね、そうだったの。あまり楽しい夢じゃなかったでしょ」

 

ルイズは首を横に振る。

 

「辛い記憶もいっぱいあったけど・・・。あの二人と話してる時のリウスは、本当に安心してて幸せそうだった・・・。

私はリウスの重荷を少しでも背負いたいの。お願いだから、そんな顔しないで。私だって・・・リウスのためになりたいんだから」

 

何の表情も浮かべずにリウスはしばらく黙ってルイズを見つめていたが、やがて観念したように薄い笑みを浮かべた。

 

「・・・そうね、ルイズには話さなくちゃいけないかもね」

 

そう言うと、リウスは窓の向こうに浮かぶ暗闇へと目線を向ける。

 

「どこから、話したものかしらね」

 

 

 

 

 

リウスは窓の向こうを見つめたまま、ゆっくりと話し始めた。

 

「私が物心ついた時は、リヒタルゼンって街の大きな家で暮らしてたわ。父さんもお婆ちゃんも、赤ん坊だった弟のエミールもいた」

 

「母さんは、ほとんど家に帰ってこなかった。母さんはルーンミッドガッツ王国の人間だったから、一緒には住めなかったの。ほんの時々しか会えない母さんが恋しい時もあったけど、今思えばあの頃は幸せだった気がする」

 

ルイズはじっとリウスの話を聞いていた。

リウスは何の感情も乗せずに、ただ訥々と話し続けている。

 

「リヒタルゼンはね、シュバルツバルド共和国内で一番強い権力を持ってる、レッケンベル社っていう組織の街なの。父さんもレッケンベルの人間だった。

でもある時、私とエミール、それにお婆ちゃんも貧民街に追いやられた。父さんも母さんもいない中で貧民街に家をあてがわれて、そこで私たちは暮らし始めた」

 

「貧民街に移ったのは父さんがアインブロックっていう街から帰ってきた直後だった。

後で知ったんだけど、私たちが貧民街に移った時にはもう、父さんも母さんも死んでた。事故なのか、他殺なのかすら分からない」

 

ルイズは息を飲んだ。

 

前に見た夢で、リウスの両親の顔を見たことがあった。

あの優しそうな、幸せそうな二人の顔を。

 

「そんな・・・、なんで・・・?」

「父さんが何かの研究に携わってたらしいけど、詳しくは知らないわ。もしかしたら家や市民権を奪われたのと関係があるかもしれない。けど、それも結局分からなかった」

 

能面のような表情のまま、リウスは話し続ける。

 

「貧民街に着いてからのことは、いっぱいあるわね」

 

「街の配給だけだと食べていけなかったから、お婆ちゃんは何かの仕事をしてた。

だけどある日、足に怪我をして帰ってきたわ。その怪我が元で、お婆ちゃんも死んじゃった。いつも優しい、お婆ちゃんだった」

 

リウスは少し俯くと、何でもないことのように話し続けていく。

 

「エミールと二人で暮らしてた時、私はガラクタや髪を売って過ごしてたわ」

「・・・髪?」

 

ルイズが呟くと、しばらくぼんやりとしていたリウスは合点がいったように頷いた。

 

「・・・ああ、ルイズには馴染みがないかもね。そこそこ良い値段で売れるのよ、これ」

 

リウスは自分の髪を摘まんで、ぴらぴらとルイズに見せる。

貴族社会の中で生き続けてきたルイズは、髪が売れるだなんて考えたことすらなかった。

 

「そんな生活をし始めてから、一年くらい経って、私は・・・」

 

ルイズは目線を落としたリウスを見つめた。

言葉を止めたリウスの唇はかすかに震えている。

 

それでも静かに口元を結ぶと、もう一度言葉を続けた。

 

「そう、私はね、貧民街から街の外へ繋がる穴を見つけたの。それからは時間のある時にその穴から外に出て、使えそうなものを集めては食べ物と交換してた。小さい頃に読んでた図鑑を思い出しながら薬草を集めたり、時々モンスターを退治して使えそうなものを集めて暮らしてた。

・・・得意になってたわね、私は。これで二人とも生きていけるって」

 

無表情のまま、リウスは少しだけ俯いた。

 

「でもね、でもある日に、私は外でモンスターの群れに襲われて怪我をした。そして、その怪我が原因で病気になった。

・・・エミールは私のために、何度も栄養のある食べ物を貰いに行ったわ。私を、お婆ちゃんと同じ目には会わせないって。自分の髪すら売って、食べ物と交換してくれてた」

 

少しずつ、リウスの語調が荒くなっていく。

 

「ある日、エミールは男に襲われた。争う声が聞こえたから、私はその場所に走った。そしたら、そしたらエミールが倒れてて、男がエミールを殴ってた」

 

ルイズは何も言えずに、ただ黙ってリウスの話を聞いていた。リウスの声は、かすかに震えている。

 

「わ、私は、止めようとしたけど、何も出来なかった。男は、お前も仲間かって殴りかかってきた。止めようとしたのよ。でも、武器を持っても、何も出来なかったのよ、私は」

 

ルイズはどう言えばいいのかも分からず、リウスの震える手をそっと握った。

 

びくりと身を震わせたリウスが、ルイズの顔を怯えたように見る。

その顔は、まるで涙を堪えている小さな子供のようだったが・・・。我に返ったのかルイズに向けて弱々しく微笑んでから、顔を見せまいとするかのように小さく俯いた。

 

「・・・大丈夫よ、落ち着いたわ。大丈夫。・・・当時ね、貧民街では失踪事件が多発してたの。だから、同じ貧民街の隣人であっても協力し合える状態じゃなかった。皆、疑心暗鬼になってたわ。だから襲われたのね、多分」

 

「・・・男は、私をひとしきり殴った。その時エミールが男に掴みかかったけど、あいつはエミールを突き飛ばしてから慌ててどこかに逃げていった。

エミールは、頭を強く打ってた。血だらけで、ぐったりとしてて。エミールは、そのまま私の目の前で息を引き取った」

 

俯いたまま、リウスはルイズに添えられた手から、静かに手を引いた。

そのまましばらく黙り込んでから、リウスが小さく呟いた。

 

「私が、エミールを殺したのよ」

 

「・・・そんな」

 

どうすればいいのか、どう言えばいいのか、ルイズは一瞬逡巡した。

 

「そんなことない。エミールはその男が・・・」

「違う。私が殺したの」

 

リウスはルイズへ顔も向けず、独り言のように呟いている。

 

それでも何か言おうとしたルイズの言葉を遮るように、リウスが弱々しい目で笑いかけた。

 

 

「話を続けるわね?」

 

 

有無も言わさないような口調で、またリウスは語り始めた。

 

「・・・その後ちょっとしてから、母さんの知り合いだと名乗る老人が現れた。その人に治療を施されてから、私はその人に連れられてリヒタルゼンを出ることになった」

 

「その人は母さんの魔法の師匠でね、その後の私に魔法を教えてくれた先生でもあるの。その人と同じように、母さんもウィザードっていう地位のメイジだった。

先生は厳しかったけど、本当に優しい人だった。そのまま私は、ルーンミッドガッツ王国のゲフェンって街で暮らし始めた。ルイズは夢で見てるかもしれないわね。大きい塔と噴水のある街よ」

 

「そこで先生と暮らしてた私は、カトリーヌと知り合った。私は魔法を上手く使えなくってウィザードにはなれなかったけど、何とか私は魔法を使えるようになった。

・・・その間、何度も夢を見たわ。エミールが死ぬ夢を。それで私は・・・。先生には止められたけど、復讐のためにリヒタルゼンに戻った」

 

「復讐・・・」

 

「そう、復讐よ。あの男を八つ裂きにしてやりたかったの。それに、私自身があいつに会ってどう思うのかを確認するためだった。・・・でも、あの男はもう死んでた。他の人に殺されたんだって。あいつの死に様としては不満が残るけどね」

 

そう吐き捨てたリウスは、とても悲しそうな、残酷な笑みを浮かべていた。

ルイズには、ニューカッスル城で見たリウスの姿と、今のリウスが、まるで重なっているように見えた。

 

「私には、何にもやることがなくなった。でも、せめてセージになりたかった。それまでの私たちに意味を持たせたかった。カトリーヌのために、って言い聞かせてね。そのまま私はセージの試験を受けた。今思うと、よく受かったものよ」

 

「・・・一人でジュノーに移り住んでから、セージのアカデミーで魔力解析の勉強を必死にやったわ。才能があったみたいで、すぐ人とモンスターの魔力解析が出来るようになった。

カトリーヌにも会いに行って、強すぎる魔力の抑制方法を話し合った。あの子の場合は杖にも問題があったからそれも改善して、カトリーヌは魔法を自在に操れるようになっていった」

 

「そこからの事を、前にアンリエッタ姫殿下が来た時に話したかしらね。私は冒険者として遠出をするようになった。色んな国を回って、色んな人の依頼を受けた」

 

「ある時ジュノーに帰ってみると、先生が、さっき言った母さんの師匠ね、あの人が失踪したっていう話を聞いた。リヒタルゼンに行ってから、帰ってこないって」

 

「リヒタルゼンには二度と近付きたくなかったけど、先生を探すために私はリヒタルゼンに向かった。数か月してようやく見つけた協力者によると、先生はシュバルツバルド共和国の上層部から依頼を受けて、レッケンベル社のことを調べていたらしかった。そしてそのまま、行方知れずになってた」

 

「いったん調査を切り上げてジュノーに戻ってみると、カトリーヌが私を訪ねてきていたと聞いた。私はその二年前にカトリーヌに酷いことをしたのよ。本当は、私こそ会いに行くべきだったのに。

でも私がリヒタルゼンにいるって知ると、カトリーヌはリヒタルゼンに向かっていた。元々、カトリーヌもルーンミッドガッツ王国からの依頼を受けていたらしいから」

 

「嫌な予感がしてリヒタルゼンに行っても、先生も、カトリーヌも見つからなかった。かすかな情報から辿っていく内に、カトリーヌと同じような、ルーンミッドガッツ王国からの調査員と会うことができた。

その人たちと一緒にレッケンベル社の調査を始めて、一ヶ月くらい経ってからだったかな。ようやくレッケンベル社の地下にある研究所の情報を手に入れた。もうその研究所は崩壊してたけどね」

 

 

「そして・・・そこでようやく、カトリーヌの情報に辿り着いた」

 

 

ルイズは息を飲んでリウスの言葉を待った。

リウスは何かを思い出すように遠い目をしていたが、その顔には何の表情も浮かんでいなかった。

 

「カトリーヌはね、もう死んでたのよ。研究所の実験材料にされて」

「え・・・?」

 

ルイズの動揺を無視するかのように、リウスはゆっくり話し続けていく。

 

「その研究所は、人間の魂を取り出して魂の複製を作ってた施設だった。力のある冒険者を複製するために・・・。私たちは、その冒険者達に襲われて全滅した。

私が死んだのはね、カトリーヌの複製に殺されたからよ。これが、思い出した記憶ってわけ」

 

そう言ってにこりと笑いかけるリウスの顔を、ルイズは信じられないように見つめていた。

今のリウスの顔は、ルイズの知るリウスの顔とはかけ離れているかのように見えた。

 

「私たちは、殺される直前にこれを手に入れてたの」

 

一旦話を終えたリウスは呆然としているルイズから目を離すと、椅子から立ち上がって自分の荷物袋をあさり始めた。

そして小さな皮袋を手にすると、ルイズへ見せるようにその中身を外へと出した。

 

「これよ」

 

リウスが袋から取り出したのは、手の平ほどの藍色の球体と、ガラス管に入った石の欠片だった。

 

「この球は、カトリーヌだって聞いてる。正確には、複製された魂」

「・・・この球が?」

「そう。それよりも問題は、こっちの石よ」

 

リウスは藍色の球体を皮袋の上に置くと、石の欠片が入ったガラス管をそっと手に取った。

 

「この世界に来たのは、この石を持った私だけだったわ。私が死んだ時、私はこの石を持ったままカトリーヌの魔法を受けた。その時どうなったのかはほとんど分からないけど・・・、何か、吸い込まれるような感覚があったことだけは覚えてる」

「吸い込まれる・・・」

「研究者の記録だと、カトリーヌの魔力でこの石の研究を行なおうとしていたらしいから・・・。もしかしたら、この世界に来た理由はこれが原因なのかもしれない」

 

両手に持ったガラス管を見つめながら、リウスはじっと黙り込んでいた。

その目は虚ろで、ルイズには彼女が何を考えているのか分からなかった。

 

「何もかも、私が悪いのよ。自業自得どころじゃないわ。とんでもない女よね」

 

その静かな独白に、ルイズが声を上げた。

 

「・・・何で? 何でリウスがそんなこと言うの? あなたが悪いことなんてひとつも・・・」

「私がみんなと出会ったからこうなった。つまり、全ての原因は私だったってことなのよ」

 

そう断言したリウスに、ルイズは絶句していた。

ガラス管を見つめながら、リウスはまるでルイズを諭すように続けていく。

 

「ルイズも分かるでしょ? あのカトリーヌですらああなった。それなら、先生もたぶん無事じゃない。

私が最初っからいなければ、エミールも、先生も、カトリーヌも、死なずに済んだかもしれない」

 

「そ、そんなことないわ! リウスは何も悪くない! 悪くなんてない!」

「そんな言葉はいらないわ。・・・いらないのよ、ルイズ」

 

ことり、とリウスがテーブルにガラス管を置いた。

 

「私は、私の家族が死んだことに意味を作りたかった。私がその意味を作るはずだったし、作らなくちゃいけなかった。

でもね・・・、お笑いぐさにもならないわ。私がいたから、皆いなくなった。皆いなくなったのは・・・、『私がいたから』っていう理由があったからとしか思えない」

 

リウスはそう言うと、ほんの少しだけ口を閉ざした。

リウスの言葉には澱みが無かった。

まるで、本当にそうであると信じ切っているのかのように。

 

「だからね・・・。そう、アルビオンから戻って、ずっと言おうと思ってた。でも、言えなかった。それでも言わなくちゃいけないってことは、分かってるつもりよ」

 

ここから続く言葉がルイズの脳裏によぎったが、それを信じたくなんてなかった。

 

「ルイズ・・・、私はもうこれ以上ここにいることは出来ない。私といれば、ルイズにも良くないことが・・・」

 

「いやだっ!!!」

 

弾かれたようにルイズが叫んだ。

 

「リウスといて良くないことなんて、起こるわけない!!」

「・・・ルイズ、お願いだから・・・。これ以上・・・」

 

ルイズはリウスと離れたくないという気持ち以上に、ここで引き下がってはいけないと何故か強く確信していた。

 

二つの感情が奔流となってルイズの中で交差する。

 

絶対に認めたくない。認めてはならない。

 

 

「いや!! 絶対にだめ!! そんなの・・・」

 

俯いたリウスは唇を震わせながら、強く、かぶりを振った。

 

 

「だったら・・・。だったらっ!!」

 

 

 

「わたしはっ!! どうすればいいって言うのよ!!!」

 

 

 

俯いたまま、リウスが叫んだ。

 

「私が、エミールを、みんなを殺したのよ! 私は、先生にもカトリーヌにも出会うべきじゃなかった! 母さんみたいな立派なウィザードなんて、目指すべきじゃなかった!!」

 

リウスは俯いたままだったが、ぽつぽつと涙がこぼれている。

リウスの服に涙が落ち、黒い染みを作っていく。

 

「カトリーヌと出会わなければ! 友達になろうだなんて考えなければっ! カトリーヌだってあんなことにはならなかった! 先生だって、私のことなんかあんなに気に病まなければ・・・!」

 

リウスは震える手で顔を覆った。

そこで涙が溢れたように流れているのに気付き、ぐいと両目を拭う。

 

「エミールだって・・・っ! あんなに、あんなに優しい子が・・・どうして・・・!!」

 

拭っても拭っても、次から次に涙がこぼれていく。どうしていいかも分からずにリウスはその感情のままに言葉を続けていった。

 

「今でも、今でも覚えてるわ・・・。あんなに暖かかったあの子の体が、見る見る内に冷たくなってく。私が、あの子をあんな目に合わせたのよ。私が、私のせいで・・・あんな・・・!」

 

ルイズは両手でリウスの肩を掴んで、叫んだ。

 

「わたしは! リウスに会って救われたの! いっぱい助けてもらった! あなたは悪くなんてないっ!!」

 

リウスは俯きながら、何かを振り切るように強くかぶりを振る。

目の前のルイズの顔なんて見る訳にはいかなかった。

 

「ルイズには、関係のない話なのよ・・・。何で、そんな・・・」

「関係なくない! 何でそんなこと言うのよ!!」

 

ルイズはリウスの肩を掴んだ両手に力を込めた。

 

伝えなければならない言葉は分かっていた。

今にも崩れ落ちそうな姿を前にして、ルイズの目からは涙がこぼれ始めていた。

 

リウスや夢の中で見た人達の笑顔が頭をよぎり、その光景にルイズは胸をかきむしられるような悲しさを覚えていた。

 

 

この人は、いつだって強くあろうとしていたのだ。

 

 

何に晒されても逃げることすらせずに、自分の命すらも後悔の記憶の中へと投げ出して、逃れられない恐怖に一人で立ち向かい続けてきていた。

 

今この人の手を取ることが出来なければ、この人は、いつまでも囚われたままだ。

 

 

「エミールだって! カトリーヌだって、先生だって! リウスを恨んでる訳なんてないのよ!! リウスの幸せをっ・・・! 願ってるに、決まって・・・」

 

 

ルイズの目から涙がこぼれていく。そのままリウスの顔を抱きしめるように強く胸へとうずめた。

 

 

「もう、やめてよ・・・。一人で抱え込まないで・・・。私がいるから・・・。いなくなったりなんてしないから・・・」

 

 

自分の頭を包む暖かい感触に、リウスは自分の感情が溢れだしていくのを感じていた。

 

もう嫌だと、今まで何度思ってきたのだろう。

後悔を思わなかった夜なんて今まで一度もなかった。

その度に、この手から失ったものを想う度に・・・、私は何度、その凍えるような感覚に怯え続けてきたのだろうか。

 

言葉少なげに自分を気遣ってくれていたカトリーヌ。

夕暮れ時に自分の手を引いてくれていた先生。

二人のうっすらとした笑顔や、エミールの嬉しそうな小さい姿、おばあちゃんの優しげな細い手の平、父さんや母さんの幸せそうな表情が、濁流のように脳裏を流れていく。

 

 

「・・・ぅ・・・う・・・ううぅ・・・・・・」

 

リウスの胸から、押し込めていた悲しさも、悔しさも、全てが溢れ出していった。

憎しみも怒りも恐怖も、その全てがどんどんと飲みこまれていく。

 

 

「・・・ううぅぅぅ・・・何で・・・何でカトリーヌがっ・・・・・・先生がっ・・・うあぁぁぁ・・・」

 

 

必死に感情を押さえこもうとする子供のような泣き声が、いつまでも部屋の中に響き続けていった。

 

 


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