Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第四十三話 かつての夢 7つ目

 

リウスは夢を見る。

 

 

ぼろぼろの小屋の中、リウスは樽の中に入った薄汚れた水をもう一度汲み上げた。

汚れた水を小さな樽から別の樽へとゆっくり移していく。

移し先の樽の中には布や炭、砂の層が積み重なっており、樽の下部には小さな穴、その穴には薄汚れた布と石を削って作った栓が詰め込まれていた。

 

リウスは栓を開けて、穴から出てくる綺麗な水を皮袋へ移し替えていく。

額の汗を手で拭いてから、ふと周りを見ると、小屋にぽっかり開いた穴からオレンジ色の光が差し込んできていた。

 

「どこまで行ってるのよ、あの子」

 

そう一人で呟きながら、一つ、また一つと皮袋に綺麗な水を移し替えていく。

そんな中、小屋の入り口に掛けられた布きれがばさりと揺れた。

 

息を切らして入ってきたのは、薄い桃色髪の少年だった。

 

「もう、遅いよ。心配したんだから」

「ごめん、お姉ちゃん。でもほら! こんなの見つけた!」

 

綺麗な水がほとんど出尽くしたことを確認してから、リウスは手に持った皮袋の口を紐で縛り付けた。

にこにこと近寄ってくる薄い桃色髪の少年をじろりと見て、その皮袋を手渡す。

 

「ほらこれ! どう? 売れそう?」

 

受け取ったそれは、煤で汚れた小瓶だった。

その中にはきらきらと輝く小石がぎっしり詰め込まれている。

 

「あんなところにこんなのがあるなんて、びっくり! 何だっけほら、お金持ちが持ってるヤツ」

「宝石?」

「そう、それ! もしかしてホウセキなんじゃない?」

「バーカ、これはガラスよ。でも売れるかもしれないし、明日親分さんのところに持ってってみるわね」

「えー、ホウセキじゃないの?」

 

がっかりする少年が皮袋に口をつける。

リウスは小瓶を古びたテーブルに置いてから、小屋の隅にある床板をがぱりと開けた。

 

床板の下には、筒状の鉄くずが転がっていた。

その筒の蓋を開けて中に手を入れると、いくつかの布で出来た包みの感触がある。

その一つをひょいと取り出して、リウスは包みごと少年へと手渡した。

 

「なにこれ」

「パン。固いけどね」

「えっ、本当!? やった!」

 

包みからカチカチになったパンを取り出して、少年は目を輝かせた。

そしてパンを一度包みに戻すと、椅子の角を使って器用にパンを砕いていく。

包みから取り出したパンの欠片を少年が口に放り込み、リウスもそこから一つ手に取って自分の口へと放り込んだ。

 

二人してぽりぽりと塩の効いたパンを食べていると、少年が顔を上げた。

 

「今日はハイキュウ無しなんだっけ?」

「なーし。昨日の分がまだあるでしょ? 明日の昼過ぎにもっかい来るってウワサ」

「じゃあさ。向こうの十字路のおばちゃんがね、ご飯が足りないんだって。ぼくの残りを持っていくね」

 

その言葉を言うや否や準備をし始める少年へ、リウスは呆れたように溜め息を吐いた。

 

「はーい、ストップ。今度の人には何の理由でご飯を渡すの? こっちだって大変だってのに」

「だってさ、あのおばちゃんはぼくたちよりも小さい子供がいるんだよ?」

 

そうは言いながらも目を泳がしている少年の様子に、リウスはピンときた。

 

「それ以外は?」

「・・・ええと、前にハチミツをちょっと舐めさせてもらった」

 

そういうことだと思った。リウスはもう一度溜め息を吐く。

 

「まあ、いいけど。『支え合い』だものね」

 

もじもじしていた少年がぱっと明るい顔をする。

 

「そうだよ、『支え合い』だもん。お父さんもお母さんもきっと喜んでくれるよ」

 

そう言って、少年はいそいそと新しい布きれを床に広げた。

うんうん唸りながらパンの欠片の山を二つに分けて、二分された欠片の山をまた半分に分ける。

四つになったパンの山の一つを床に広げた布きれへと移し替えている少年に、リウスは優しく笑顔を向けた

 

「それっぽっちじゃ足りないでしょ」

 

リウスはそう言うと、自分のパンの欠片の山から二掴みの欠片を少年の布きれへと移す。

 

「残りは、アンタとわたしで半分こ。ほら、早く持ってきなさい」

「お姉ちゃんは無理しなくてもいいのに」

「アンタね、姉ちゃんをナメんじゃないわよ」

 

にやりと笑ったリウスに、にんまりと笑みを返した少年がパンの欠片の積まれた布きれをしっかり畳んで懐に入れた。

 

「エミール、余計なところに行ったらダメだよ」

「わかってるよ! すぐ戻るね!」

 

エミールはそう言うと、元気よく部屋の外に飛び出していった。

 

 

 

 

 

翌日、ちらほらと人が行き交う配給所の前を、桃色髪の少女がぱたぱたと走っていた。

 

日が頭上に昇り切らないこの時間はまだ配給の時間ではないのだが、モノの交換が行われているこの広場にはいつも人がいる。

そういった人たちの隙間を抜けて、リウスは一回り大きいぼろぼろの家へと辿り着いた。

 

その家の扉の前に座っていた坊主頭の男が、じろりとリウスを睨み付ける。

 

「てめえ、また来たのか。頭は忙しいって言ってんだろうがよ。ほれ、渡せ」

 

リウスは息を切らせながら、綺麗な水の詰まった皮袋をひとつ渡した。

 

「親分さん、いる?」

「ああ、付いてこい」

 

その坊主頭の男はすっと立ち上がると、軋む扉をがちゃりと開けた。

 

 

息を整えながら、リウスは薄暗い家の中へ入っていく。

体の大きい男達がいる部屋を抜けて、坊主頭の男と共に一番奥にある立派な部屋へと足を踏み入れた。

 

「なんだ、クソガキ」

 

リウスが入るや否やドスの効いた声がかけられるも、リウスはいたって平静を装いながら声を出した。

 

「ほらこれ、ご要望の」

 

のそりと近付いてきた髭ぼうぼうの男が、リウスが懐から取り出した緑色の草を奪うように手に取った。

 

「はっ、よく見つけてきたな」

「あと、これ見て欲しくって」

 

リウスがごそごそと取り出したのは、先日エミールが見つけてきた小瓶だった。

どんなもんだとばかりに、リウスは胸を張ってみせる。

 

「これっていくらくらい?」

「ああ? こりゃあ・・・ガラス玉だな」

 

あまり興味のない瞳で、男は受け取った小瓶の中身をじろじろと見つめている。

 

「小さすぎるな。ガラクタだ、こりゃ。3ゼニーってところだな」

「300の間違いじゃないの?」

 

その言葉に、髭面の男がにやりと笑った。

 

「クソガキが。20」

「200」

「50」

「120」

 

即座に返されていく金額に、髭面の男は楽しそうに笑いながら頭をがしがしと掻いた。

 

「生意気なヤロウだ。クソガキ、青ハーブって知ってっか?」

 

きょとんとしているリウスに、その男はテーブルに置かれた真っ青な野草を手に取った。

 

「これだ。これ持ってくりゃ、そのガラクタ共々300ゼニー分で引き取ってやるよ」

 

しかしリウスはにやりと笑うと、また懐を探っていく。

 

「はい」

 

リウスが手に持っていたのは、髭面の男が持っているものと同じ、真っ青な野草だった。

 

しかし髭面の男は笑うでもなく、リウスを強く睨み付けていた。

 

 

「・・・テメエ、おちょくってんじゃねえぞ。テメエの身ぐるみ剥いで放り出してもいいんだぜ?」

 

 

その言葉にびくりと身を震わせるも、身体に力を込めたリウスは負けじと髭面の男を睨み付けた。

 

「や、やってみなさいよ。そしたらもう、二度と持ってこないから」

 

しばらく髭面の男とリウスの睨み合いが続く。

しかし髭面の男はふっと力を緩めてリウスから目線を外し、手に持った野草をテーブルに置いた。

 

「・・・冗談だ。おい、袋6つに、塩を塊で渡してやれ」

 

じっと黙っていた坊主頭の男が部屋から出ていく。しばらくして、大きな皮袋を手に戻ってきた。

 

リウスは黙ってそれを受け取ると、髭面の男をじろりと睨み付けた。

男はその視線を受けながらも、やけに楽しそうな顔で笑いながら木製の椅子へ腰かける。

 

「何だ、足りねえってか? 少しイロ付けてやったくらいだぜ?」

「そんなんじゃない」

 

リウスは小さくそう言うと、足早に小屋の外へと足を向けていった。

 

 

 

 

十字路を過ぎ、少し歩いたところでリウスはもう一度溜め息を吐いた。

そのまま疲れたように小屋に背を預けて腰を下ろす。

 

「怖かった・・・」

 

つい、そう呟いてしまう。

 

一度口にしてしまうと、髭面の男との会話で脅された時の恐怖がますます強くなっていくのに気付いてしまった。

ふと見た自分の手が、かすかに震えているのを目に止める。

 

強くなる動悸を抑えながら、リウスはぎゅっと震える手を握り込んだ。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

目を閉じて自分に言い聞かせるように声を出すと、少し気分が落ち着いてきたように思えた。

そのままちょっとして、リウスは家に帰ろうと立ち上がろうとする。

 

その時はじめて、目の前に見知らぬ男が立っているのにリウスは気が付いた。

 

まるで枯れ木のように細く、背の高い男が渇いた唇を舐める姿を見て、リウスは気付かぬ内に冷や汗を流していた。

 

「なあ、その袋って何入ってんだよ」

 

へらへらと笑いながら、男はリウスの抱えている皮袋を指差した。

 

「・・・別に、何でもないわ」

「重そうだなあ。持ってってやろうか? 家はどこだあ?」

 

何も答えずに、リウスは家とは逆の、広場へ繋がる道を歩き始めた。

後ろから先程の男が付いてくるのを感じる。

 

 

「おい、無視すんな、よ!!」

 

 

ばっと影が横を通り過ぎる。

不意に抱えた荷物を引っ張られて、リウスは勢いよく地面を転がった。

足元に広がる水たまりに顔から突っ込んでしまう。

 

「あ・・・! ダメ! 返して! どろぼう!」

 

走っていく男の背は既に小さくなっている。

リウスは汚水に塗れた顔を拭いすらせずに駆け出した。

 

逃げていく男の背がどんどん離れていく。

息が切れ、悔しさに涙がこぼれる。

裸足に小石が食い込んで、じわじわと足の裏に痛みが広がっていく。

 

その時、離れていく男が誰かに取り押さえられるのが見えた。

 

息を切らしながら、その二人へ近付いていく。

周りにいる人たちは、迷惑そうな顔で見て見ないふりをしているばかりだ。

 

 

「お前か、ここらで最近悪戯してる野郎は」

 

 

取り押さえた男が、片手で細長い男の首を持って宙に浮かしていた。

 

取り押さえた男は先程の親分の家にいた、坊主頭の男だった。

苦しがる犯人が暴れるも、坊主頭の男は一向にその手を緩めない。

 

「おい、何とか言ったらどうだ?」

 

声にならない声で犯人が暴れ、その内に抵抗が少なくなっていく。

リウスはハッと我に返ると、その坊主頭の男の体を思いっきり叩いた。

 

「やめて! その人死んじゃう!」

 

その男の体は石のようで、リウスが叩き続けても怯みすらしない。

その坊主頭の男がぎろりとリウスを睨み付けた。

 

「何寝ぼけてんだ? てめえの荷物を取ったのはこいつじゃねえか」

「そうだけど、あなたがそんなことするのとは関係ない! いいから離して!」

 

坊主頭の男はじっと自分を叩き続けるリウスを見つめていたが、その内に溜め息を吐くと犯人の男から手を離した。

地面に転がった犯人が激しくせき込んでいる。

 

「次から気を付けろ」

 

そう言って坊主頭の男は盗まれた袋をひょいとリウスに投げ渡した。

 

そして咳き込んでいる犯人の首根っこを持って引きずりあげ、そのまま親分の家へと向かっていく。

リウスがお礼の言葉も言わずに俯いていると、坊主頭の男がリウスに呼びかけた。

 

「おい、クソガキ。てめえも来い」

 

 

 

 

リウスは親分の家の前に座り込んでいた。

 

配給所の前には人が徐々に増えていっている。

あと少ししたら配給が始まるので、いち早くここに集まってきているのだろう。

 

しばらくして、横の扉ががちゃりと開いた。

 

そこから出てきたのは、先程の坊主頭の男だった。

 

「何だ、いたのか。律儀なやつだな」

「何よ。あなたが待ってろって言ったんでしょ」

 

男は小さく肩をすくめると、リウスの隣にどかりと座った。

手に持った瓶をぐびりと仰いでから、その瓶をリウスへと差し出した。

 

「お前のおかげで捕まえられた、その礼だ。一口飲んでみろ」

 

おずおずとその瓶を受け取って、リウスは軽く舐めるように瓶に入った液体を口に含んだ。

果物のような、甘く苦い奇妙な味が口の中に広がっていく。

 

「・・・なにこれ」

「マステラ酒だ。何だ、ガキのくせに飲めるじゃねえか」

「それって・・・、お酒じゃないの?」

「酒だ」

 

リウスの手から瓶をひったくった男は、またぐびりと酒瓶を煽った。

それきり何を言うでもなく、男は酒を飲み進めていく。

 

リウスは何のつもりかと思いながら、居心地が悪そうに配給所の様子を眺めていた。

 

 

「・・・忠告してやる。頭を頼りすぎるな」

 

 

ぽつりと、男が小さく声を出した。リウスはきょとんとしたまま男の顔を見る。

 

「お前のとこのババアが病気で死んだだろうが。だからお前らは周りの連中から邪魔者扱いだ。病気が移ったらどうしよう、ってな」

 

「そんなこと、知ってるわよ」

 

男は無表情を決め込んでいたリウスをちらりと見てから、もう一度酒瓶を煽った。

 

「だからといって、頭を頼るんじゃねえ。お前らに何かあったとしても、頭はお前らを助けねえ。俺もそうだ」

 

リウスはもう一度、「知ってる」と短く呟いた。

 

「・・・お前は賢しいガキだ。だから弟を守ることだけを考えるんだな。間違ってもさっきみたいに、盗みを働いたヤツを助けようとするんじゃねえぞ。二度目は許さねえ」

 

今度は何を言わず黙ったままで、リウスはこくりと頷いた。

『さかしい』の意味は分からなかったが、それ以上にその後の言葉がリウスの胸へ突き刺さった気がしていた。

 

「最近は誘拐もクソみてえに多いからな。そこいら中、ピリピリしてやがる。周りに目を付けられることは止めるこったな」

 

「・・・ゆうかい、って? どういう意味?」

 

酒を煽る男に向けて、リウスは問いかけた。

 

「・・・これだからガキは面倒くせえ。連れ去られるって意味だ。毎日のように人が減ってってる」

「減ってるって・・・。何で分かるの?」

「頭はここの住民全員の顔を覚えてる。どこに住んでるのかもな」

 

リウスに向かって、男は初めてにやりと笑ってみせた。

どことなく誇らしげな顔のまま、何かを思い出したように口を開いた。

 

「あぁそういや、ここに呼んだ理由を言ってなかった。頭からの伝言だ」

 

既に、男の顔はいつもの仏頂面に戻っていた。

 

「髪がもう少し伸びたら、また売りに来いってよ」

 

今度会ったら言おうと思ってたことを言い当てられて、リウスは気まずそうな顔で頷いた。

 

「あと、これも持っとけ」

 

そう言った男が手渡してきたものは、細長い、やけに重さを感じる布きれの包みだった。

今までにない感触に、リウスは不安げな表情のまま包みを開いていく。

 

そこにあったのは、鈍い光を放つ、短めのナイフだった。

短めではあるが持ち手がしっかりしていて、刃は今研がれたばかりのように傷一つない。

 

「お前にそれを渡すのは頭の判断でもあるが・・・、無闇に振り回すんじゃねえぞ」

「・・・こんなの、どう使えば」

「そんなことは自分で考えろ」

 

しばらく呆気に取られたままナイフを見つめていたが、配給所から聞こえてきた鍋を叩く音にリウスは顔を上げた。

どうやら今日の配給が始まったらしい。

 

「あ、ありがと。これ、貰っとくわ。親分さんにもありがとうって伝えておいて」

「ああ」

 

リウスはすっくと立ち上がると、ぱんぱんと砂埃を払った。

 

「マステラ酒、ごちそうさま。配給もらわなくちゃいけないから帰るわ。・・・あと、荷物取り返してくれて、ありがとう」

 

すると何を思ったか、くっくと男が笑っている。リウスは怪訝な顔で首を傾げた。

 

「何よ」

 

「いや、やっぱりお前らは品が良いな。礼なんざ大体の連中は言いやしねえ。そんなお前らを捨てた親の顔が見てみてえって思ってね」

 

リウスは静かに沸き立っていく怒りを何とか鎮めながら、じろりと男を睨み付けるだけに留めた。

その視線に気付きながらも未だ笑い続ける男を尻目に、リウスは何も言わず自分の家へ向けて歩き始めていった。

 

 

 

 

 

 

その夜、リウスとエミールは一枚の貧相な毛布を一緒に被って横になっていた。

 

二人がいるところは廃材と布きれで作った簡素なテントの中である。

そのテントが小屋の中に置いてあるのは、すきま風を防ぐためだったり、外から誰が寝ているのか分からなくするためだった。

 

「ねえ、お姉ちゃん。どうしたの?」

「んー、何が?」

 

横にいるエミールが小さく声を出した。

リウスがころんと横向きになって間近にあるエミールの顔を見ると、暗闇の中でも心配そうに瞳を向けているのが分かる。

 

「なんか、元気ないから」

 

リウスはどきりとしたが、顔には出さないようにしながら答えた。

 

「そんなことないよ。エミールが拾ってきたガラス玉でご飯もいっぱい手に入ったし、今日は良い日だったよ」

 

エミールはリウスの顔をしばらくじいっと見つめていたが、その内にウトウトと眠くなってきたようだった。

しかしエミールは短く呻いてもぞもぞとし始める。

 

「なんか寒いね」

 

「なんだ、寒いの? こっちにおいで」

 

エミールがもぞもぞとリウスに近付き、二人はほとんど抱き合うようにして眠り始めた。

エミールの小さい体は暖かく、すぐにリウスも眠くなってしまう。

 

リウスの胸辺りに顔を横たわらせたエミールが小さく呟いた。

 

「お姉ちゃん、嘘はダメだよ」

「・・・何のはなし?」

 

リウスは強くなっていく眠気にぼんやりとしたまま聞き返した。

 

「だって、『支え合い』しなくちゃいけないんだよ?」

「・・・おばあちゃんはもういないんだから、それはもういいのよ」

 

「違うよ。ぼくがみんなを助けたいから、するんだよ」

「・・・優しいね、エミールは」

 

「お姉ちゃんも無理しなくて、いいんだよ」

 

小さくエミールが呟いて、そのまま何も言わずに黙っている。

眠ったのかな、などと考えていると、リウスの意識にもだんだん眠気が広がっていく。

 

 

 

「ねえ、お姉ちゃん?」

 

眠りかけていたリウスはゆっくりと目を覚ました。

自分の腕を握ったエミールの手が小さく震えているのに気付く。

 

「・・・ほんとに、お父さんとお母さん、迎えに来るの?」

 

ぐしぐしとした涙声でエミールが呟く。

まだ眠気に支配されながらも、リウスはぼんやりと周囲に広がる暗闇や、テントをほのかに照らす月明かりを見つめていた。

 

 

いつまでも、子供のままでなんていられるはずはない。

だから、私だって分かっている。

 

守ってくれる人がもういないのなら、自分こそが大切なものを守れる存在にならなくてはならないのだと。

 

 

そうして待っていれば、きっと父さんや母さんがいつか迎えに来てくれる。

またみんなでいっしょに暮らすことだってできる。

エミールだって、いつも笑って暮らせるようになるはずだ。

 

たとえ身が裂かれる程に恐ろしくても、それがほんのわずかな希望に過ぎなくても、待ち続けていれば、きっと。

 

 

この世界は恐ろしいことでいっぱいだけど、最後まで残ってくれた大切なものを、決して失くさないように・・・。

 

 

リウスはエミールの頭をぎゅっと抱きしめ、小さく深呼吸をした。

 

「・・・大丈夫よ、もうすぐ迎えに来るわ。それまで二人で支え合っていこうね」

 

すると、エミールがもがもがと声を上げている。

 

「お姉ちゃん、苦しい」

「ああ、ごめんごめん」

 

リウスが笑いながらそう言うと、不安そうだったエミールも少しばかり笑っているように見えた。

リウスの身体に寄り添うようにしながら、エミールが小さく呟いている。

 

「お姉ちゃんがそう言うなら、そうなんだね・・・。ぼくも、お姉ちゃんを・・・、みんなを守れるように・・・ちゃんと・・・」

 

 

そう言いかけたまま、エミールは小さく寝息を立て始めていた。

 

リウスはエミールの温もりをしっかりと感じながら、エミールの薄い桃色髪の頭を優しく撫で・・・、そのまま、静かに眠りについていくのだった。

 

 

 


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