Double Servant -Poetry of Brimir- 作:ねずみ一家
「・・・これで終わりだ、ガンダールヴ。君の情報はとても役に立った。後は、僕自身が見つけに行くだけだ」
ワルドは低い声でそう言うと、ぐったりと壁にもたれかかるリウスの首へ、杖を向けた。
「この野郎、やめろ!! おい、早く起きろ相棒! おい!!」
デルフリンガーが慌てて大声を出すも、リウスはぴくりとも動かない。
ワルドはその様子を無感情な顔で眺めながら、ぽつりと口を開いた。
「・・・すまない、ミス・リウス。もう君の妨害をこれ以上許す訳にはいかない。ここに残していくことも君のためにはならないだろう。これは、必要な犠牲なんだ」
ワルドが、短く呪文を唱えていく。
「ウィンドカッ「マジックロッド」
俯いたままのリウスが小さく呟くと、ワルドの構築していた魔力が砕け散った。
形となりかけた真空の刃は力を失い、音も無く霧散していく。
「な・・・なに・・・・?」
「カトリーヌは、やっと皆を守るために力を使えると笑ってた」
生々しい火傷がリウスの肌を焼いていたが、それに意も介さずにリウスはデルフリンガーを手に取り、ゆっくりと立ち上がっていく。
「よ、よし相棒! 嬢ちゃん連れて早く逃げろ! ここのメイジと合流すりゃ何とかなる!」
デルフリンガーの言葉にも答えず、リウスは痛みを感じていないかのように立ち上がると、ワルドを見ないまま一人呟いている。
「先生は、私を助けようとしてくれていた。いつも、いつも。自分が辛いだなんて顔にも出さないで、いつも笑ってくれてた」
「何故、動ける・・・っ!」
先ほど目の前の使い魔が呟いた『マジックロッド』という言葉。あの魔法は、先の戦いでも使われていた。
信じられない話ではあるが、おそらく魔法を打ち消す効果を持つ、東方の魔法なのだろう。
しかし今、この使い魔は自身の杖であるはずの武器など手にしてはいなかった。
にも関わらず、この女は、魔法を使ったのだ。
「おとなしく寝ていろ!!」
得体の知れない恐怖に冷や汗を流しながらも、ワルドはブツブツと呟いているリウスから数歩後ろへ下がった。
無駄だと悟りながらも底が見え始めている精神力を振り絞って、次こそおとなしくさせるためにエアハンマーの呪文を詠唱していく。
この時、自分は何故この女に近づきたくないという感覚を持っていたのか、ワルドには分からなかった。
「エア・・・」
「スペルブレイカー」
今度は呪文を唱え終わる前に、ワルドの魔法が掻き消されていく。
「く、くそっ・・・!」
「ルイズ。あの子は学院に帰って、立派なメイジにならなくちゃいけないのよ。
ねえ、ルイズはどこにいるの? なんで、皆をあんな目に合わせたの?
・・・ねえ。答えなさいよ、あなた」
リウスは顔を上げて、うっすらと笑いながらワルドを見据えた。
ワルドはその視線に背筋が凍りついた気がした。
この女は、正気ではない。
「相棒・・・?」
デルフリンガーを持った左手のルーンが徐々に輝きを増していく。
その輝きに合わせて、リウスはくすくすと笑い始めていた。
「く、くは。くははははははッ!!!」
甲高い笑い声が礼拝堂に響き渡る。
「あなたが、あなたがそうなのね! 父さんを! 母さんを! おばあちゃんを! エミールを! 先生を! カトリーヌを!!
ようやく見つけたわ! 私の運命を! 次はルイズだって言うのね!? 許さないわ! 許されないわ! そんなこと!!」
「・・・!? あ、相棒っ! 落ち着け! 心を落ち着かせろ!!」
デルフリンガーが叫ぶが、リウスは気にもせず、心底面白そうに笑い続けている。
その両目からは、涙がこぼれ始めていた。
デルフリンガーは思い出したように確信していた。
リウスの心の震えが、ガンダールヴの力をこれまで以上に強く引き出している。
しかし、それだけではなかった。
デルフリンガーにリウスの魔力が流れ込み、デルフリンガーと混じり合った魔力がガンダールヴの力を更に増幅させ続けている。
ルーンの光と共にガンダールヴの力が高まり続ける中、デルフリンガーはリウスの感情がとめどなく強まっていくことに気付き・・・、同時にそのあまりにも強すぎる感情に言葉を失った。
あまりにも深い悲しみと絶望。
何に向ければいいのかも分からない、暗く溢れんばかりの怒りを。
悲しみも、絶望も、恐怖も。何もかもが、憎しみに塗り潰されていく。
「許さない! 私はお前たちを許さない! 神も、運命も! これ以上は、許してたまるか!
嬉しいわ、ようやくお前たちを殺してやれる! 八つ裂きにしてやる!!」
リウスの瞳がワルドへ向いた瞬間、ワルドは電流が走ったかのように即応していた。
思考に至る前にルーンを唱える。
それは正に、幾多の戦いを潜り抜けてきた故の直観だった。
「フライ!!」
「ヘブンズドライブ!!」
ワルドと偏在たちが間一髪空中へと浮き上がると、礼拝堂の半分近くの床が一瞬落ち窪み、次の瞬間には轟音と共に床が宙へと吹き飛んでいた。
見ると、身の丈の倍ほどもある石柱達が地面から突き立っている。
「な、何だこれはっ!!」
ワルドは眼下の光景に戦慄していた。
この魔法の威力はトライアングル・スペルを優に超えている。それを、一瞬の内に・・・!
空に浮かび上がった男を目で追っていたリウスは、ただ身体中を駆け巡る莫大な魔力の感覚にのみ身を預けていた。
目の前の視界は真っ赤に染まり、手元で叫ぶように呼びかける声も単なる耳障りな雑音となって聞こえてくる。
「ソウルストライク!!」
デルフリンガーがリウスを止めようとする言葉にすら意にも介さずに、リウスの周囲にいくつもの巨大な光の球が浮かび上がる。
それらは尋常でないスピードで光の尾を引きながらワルドたちへと襲い掛かった。
「くそっ! エアハンマー!」
「「エアハンマー!!」」
ワルドはフライの呪文を解き、高速で詠唱したエアハンマーの呪文を光の球へ向けて撃ち出した。
同時に二人の偏在たちも同じようにエアハンマーを放つ。
迫りくる複数の光の球は風の塊に反応して爆音を鳴らしながら弾け飛んだ。
その光景を見たリウスは驚くような顔すら見せずに、凄惨な笑みを浮かべていた。
「・・・いいわね、その調子よ。魔法を習ったかいがあるわ。もっと、楽しませて」
リウスは先程の剣幕から一転、歌うようにそう言うと、そのままデルフリンガーを両手に構え直して着地した本体のワルドへと切り掛かった。
横から飛び出してきた二体の偏在がデルフリンガーを受け止める。
そのまま偏在たちが左右から怒涛の攻撃を仕掛けるも、リウスは先程以上の身のこなしで攻撃を受け流しつつ、楽しそうに笑ったままだ。
ワルド達の猛攻をくぐり抜けたリウスが、小さく何かを呟いた。
その瞬間、リウスを襲っていた二体の偏在が左右に大きく吹き飛ばされる。
「なっ!?」
「ファイアーウォール」
地面に打ち付けられた片方の偏在が立ち上がろうとした瞬間、リウスがなぞるように指し示した地面から大きな炎の壁が吹き上がった。
偏在は立ち上がろうとした体勢のまま燃やし尽くされ、そのまま炎に塗れて見えなくなってしまった。
「貴様・・・、何をした・・・!」
本体のワルドの言葉に、リウスは左手で口を隠しながらくすくすと笑っている。
「あなたも知ってるでしょう? 『ナパームビート』よ」
ワルドはハッとした顔をすると、次の瞬間には怒りの表情を浮かべていた。
「貴様は・・・! あの時、本気じゃなかったのか!!」
「あなた、うるさいわ。その口を削ぎ落とせば静かになるのかしら」
デルフリンガーが何とか止めようと声を掛け続けているが、リウスは気にも止めずにデルフリンガーを持った右手から構築した魔力を流し込んでいく。
「オートスペル」
その言葉を皮切りに、歯を食いしばったワルドの偏在が矢のように地面を蹴った。
そして本体のワルドも、偏在を巻き込む形で高速詠唱した魔法を解き放つ。
「ウィンドカッター!」
「マジックロッド」
しかしリウスはデルフリンガーを下ろしたまま、本体のワルドを見もせずに瞬時に魔法を破壊する。
肉薄した偏在が閃光のような突きを何度も放つが、リウスはほんのわずかな身のこなしでその全てを避け切り、そのまま一転してデルフリンガーで幾たびも切り掛かっていく。
明らかに、先程とは動きが違っていた。
『風』を読まなければ躱すどころか受けることすら出来ない速度、そしてこの斬撃の重さ。
ワルドの偏在は尋常でない速度の斬撃に、ルイズを人質に取るどころか瞬きをすることさえ恐れながらギリギリのところで耐え続けていく。
しかし偏在はいくつもの傷を受けながらも高ぶった感情を静め、冷静にリウスの動きを分析していた。
「デル・ウィンデ! ウィンド・・・」
「スペルブレイカー」
偏在の呪文が即座に破壊される。
しかし本体のワルドは、今だ!と胸の内で叫んでいた。
「ライトニング!!」
本体のワルドがリウスに杖を向けると、杖の先から強烈な閃光と共に電撃が四方八方へ向けて飛び交っていく。
突然の光と雷撃に目を細めたリウスは、即座に偏在を壁にすると、目を眩ませたままデルフリンガーを大きく横なぎに振るった。
しかし、偏在は歯を食いしばりながら何とかそれを受け止め、高速で自分の背後に風の層を作り出す。
雷撃が風の層に沿ってあらぬ方向へと流されていく。
「ここまでだ! ガンダールヴ!」
偏在はそう叫びながらデルフリンガーを全力で弾き返し、真下からリウスの喉へ向けて突きを放とうとする。
しかしその時、目に映ったリウスの表情に、ワルドの偏在はまるで周囲の時間がコマ送りになるかのような感覚に襲われていた。
楽しそうに小虫を捻り潰す子供のような、悪戯っぽい、残酷な笑み・・・。
そしてリウスの持つデルフリンガーが赤く、強く光り輝き・・・、ワルドの目前へいくつもの燃え盛る炎の槍があっという間に形作られていく。
次の瞬間には偏在の胴体に複数の炎の槍が突き刺さり、更に吹き飛ばされた偏在の頭上から無数の炎の矢が降り注いでいく。
ワルドの偏在は驚愕の表情を浮かべたまま一瞬の内に爆炎に巻かれると、後には何も残らず消え失せていった。
「馬鹿、な・・・」
本体のワルドは傷ついた手で杖を握りしめながら驚愕に目を見開いていた。
杖を持ったワルドの右腕は自身の雷撃によって酷い火傷を負っていた。
そうまでしたというのに、目の前の女性は魔法による疲れどころか、息一つとして切らしてはいない。
軽くデルフリンガーを振るい、微笑みを浮かべながらこちらを見つめている。
「ば・・・化け物め・・・!」
ただ一人残った本体のワルドが吐き捨てるように言うと、またもリウスは甲高い声で笑い始めた。
「あっはははは!! あなたがそれを言うの!? 私たちを、あの子たちを、あれだけ苦しめたっていうのに! 何度死んでも、いなくなっても、あなたみたいに形を変えて運命がやってくるのよ! 化け物はどっちだっていうの!?」
「狂人が・・・!」
ワルドは引きつった顔のまま、リウスに向けて吐き捨てることしかできなかった。
ワルドはかつて持っていた恐怖の感情を、確かに今感じていた。
そして、確信していた。
このままでは、殺されると。
「痛・・・」
ルイズは痛む体をゆっくりと起こした。
聞いたことのある声が、笑っている。
高らかに声を上げて、礼拝堂に笑い声を響かせている。
意識を朦朧とさせながらも、痛む頭に小さく首を振ったルイズは礼拝堂の光景へと目を向けた。
少し先に、リウスがいた。
ワルドもいた。
リウスは何がおかしいのか、喉が張り裂けるほどに笑っている。
そうだ、さっきワルドに殺されそうになって・・・それで・・・。
「リウス・・・? 何で、ここに・・・」
ルイズがリウスに向けて小さく呼びかける。
その声に、リウスではなくデルフリンガーが叫ぶように声を上げた。
「気が付いたか嬢ちゃん! 相棒を止めてくれ! このままじゃ相棒の精神力を吸い尽くしちまう!」
大きく笑っていたリウスが、ようやく気が付いたようにルイズへ顔を向けた。
「あれ、ルイズ。そこにいたの」
ルイズはびくりと身を震わせた。
リウスの目は焦点が合っていないように虚ろで、暗く、澱んでいるように見えた。
その顔はかすかな涙の跡を付けながらも、とても楽しそうな笑顔を浮かべている。
「そこで待ってて。今すぐ、こいつをバラバラに殺してあげるから」
耳を疑った。
リウスの様子は明らかにおかしい。
リウスはあんな目をしない。
あんなことを、言ったりなんてしない。
顔を強張らせたルイズに、リウスはにこりと微笑むとまたワルドへ向き直った。
-戦いは、嫌いなの。
ルイズはリウスの言葉を思い出しながら、凍りついたようにその背を見つめていた。
ルイズには、さっき見た顔とその背中が、何故かあまりにも悲しそうな姿に見えたのだった。
リウスがよそ見をしているのはワルドにとって絶好の機会だった。
しかしワルドは、恐怖に抗いながらも動くことができないでいる。
そして、リウスは笑顔を張り付けたまま、ワルドへと向き直った。
ぎょっとしたワルドの様子を見つめたまま、リウスは小さく呟いた。
「アーススパイク」
その瞬間、はっと我に返ったワルドは地を蹴って足元から突き立った石柱を回避すると、その勢いのままリウスに襲い掛かった。
しかしリウスはデルフリンガーの切っ先でワルドの杖を軽く受け流して、その柄をワルドの左胸に叩き込む。
「ぐうっ!」
ワルドが体勢を立て直すために後ろへステップを踏む。
リウスは薄い笑顔を浮かべたまま、ワルドへゆっくりと近付いていく。
「コールドボルト」
ワルドの頭上から複数の鋭い氷の槍が降り注いだ。
ワルドが瞬時に風を操りそれらの軌道を変えることに成功したが、その何本かはワルドの体に傷を作っていく。
リウスはそのままワルドへ近付いていき、隙だらけになったワルドの肩口へデルフリンガーを振り下ろした。
「くたばれ」
「フ、フライ!」
目に追えない程の速度でデルフリンガーが振り下ろされるも、ワルドは左腕を深く切り裂かれながら間一髪宙に身を翻した。
しかしその姿を目で追うリウスはくすくすと笑ったかと思うと、ワルドへと顔を向けた。
「間抜けね、あなた」
宙に浮かびあがったワルドの頭上で、空気が弾ける音がした。
「ライトニングボルト」
「ウ、ウィンド・・・」
ワルドが空気の層を作るも、間に合わない。
頭上から落ちた強力な雷撃にワルドが短く悲鳴を上げると、力無く地面へと落ちていく。
低い音と共に落下したワルドが小さく呻き声を上げている。
痛みに歯を食いしばりながら、火傷で傷ついた右腕を動かそうとしていた。
「ぐっ・・・が・・・」
「あら、生きてるの? やっぱり駄目ねえ。ライトニングボルトはいつまで経っても苦手だわ」
ワルドがなんとか起き上がろうと力を込めるが、どうにもできないようだ。
リウスはその姿を静かに眺めながら、地面に転がっているワルドへとゆっくり近付いていく。
「そうだ、さっきのコールドボルトならちょうどいいわ。腕も足ももぎ取ってあげる」
「や、やめろ相棒・・・。そこまでやらなくたって、嬢ちゃんだって喜びは・・・」
「うるさい。黙りなさい」
苛立ったようにリウスが声を上げた。しかしデルフリンガーは続ける。
「相棒は、ルーンに操られちまってるんだ。こんな感情、人には耐えられねえ。心を落ち着かせて・・・」
「黙れ!!!」
リウスが叫ぶ。
その声にデルフリンガーはかちゃっと柄を鳴らして口を閉ざした。
リウスは地面に転がったワルドをぎろりと睨み付けた。
「お前が、お前たちが悪いんだ。全部、皆いなくなったのは、お前たちのせいだ・・・!
どうせお前はまた私の前に現れる!! 何度来たって、何度でも殺してやる!!!」
リウスの左手のルーンはこれ以上ない程に光り輝いていた。
そのままリウスの頭上にいくつもの巨大な氷の槍が形作られる。
しかし次の瞬間、ワルドが甲高い指笛を鳴らした。
絹を裂くような鳴き声と共に、礼拝堂のステンドグラスが砕け散った。
そこから飛び込んできた大きな影がリウスへと襲い掛かる。
リウスは強烈な殺気を湛えた顔で、その影を睨み付けた。
「邪魔を、するな!!!」
数本の巨大な氷の槍が風を切る音と共にその影へと撃ち出される。
しかしその影は瞬時に身を翻して氷の槍を躱すと、かすった傷から血を流しながらもリウスにその爪を向けた。
リウスはデルフリンガーで咄嗟に爪を受け止めるも、その巨体の勢いに押されて吹き飛ばされていく。
その巨体は、ワルドのグリフォンだった。
リウスはデルフリンガーで滑らせるようにその巨体を受け流しながら、グリフォンの横腹へ向けて即座にナパームビートの魔法を放つ。
グリフォンは叫び声を上げながら大きく吹き飛ばされるが、空中で身を起こすとワルドへ向かって飛んでいく。
そのままスピードを緩めずに、グリフォンは爪で器用にワルドを拾い上げると、大きく羽根を広げて逃げるように飛び去ろうとしていた。
「逃がすか!!」
体勢を立て直したリウスの頭上に、数メイルもある渦巻く炎の球が浮かび上がる。
それをグリフォンに向けて撃ち出そうとした時、どん、とリウスの身体に誰かが抱きついてきた。
「駄目!! リウス!!!」
リウスはびくりと身を震わせた。
炎の玉が徐々に勢いを弱めて、消えていく。
それでもリウスがもう一度体に力を込めてグリフォンを見上げた時には、もうグリフォンの姿は見えなくなっていた。
「そんな・・・」
グリフォンが飛び去った大きな窓を見つめながら、リウスは震える声で小さく呟いた。
「何で、何で邪魔するの、エミール・・・。だってあいつが、あなたを、こ、ころ、殺して・・・」
がらん、とデルフリンガーが地面に落ちた。
リウスは両手で頭を抱えながら、ぶるぶると震えている。
武器を持っていないにも関わらず、リウスの左手のルーンは未だに周囲を照らす程の強い光を放っていた。
「何でいつも、邪魔を・・・。 何で、わたしに笑いかけるのよ・・・。だって、だから、先生も、カトリーヌも、みんな、みんないなくなっちゃったのに。
ぜ、全部殺さなくちゃ、わたしが殺さなくちゃ、また、みんな、いなくなっちゃうから・・・」
ルイズには信じられなかった。
あのリウスが、こんなにも弱々しい声で身体を震わせている。
リウスに抱きつきながらも頬に伝った涙を拭って、ルイズは力の限り叫んだ。
「私は、いなくならない! いなくなったりなんてしない!!」
「嬢ちゃんを見ろ! 見るんだ相棒! 相棒が守りたいのは、嬢ちゃんだろうが!!」
デルフリンガーが叫ぶのと同時に、大砲の音や爆発音が礼拝堂を揺らした。
王党派と貴族派の決戦が始まったのだ。
「くそっ! 戦いが始まっちまった! 今すぐ逃げろ、二人とも!」
城の外から聞こえてくる轟音を背景に、デルフリンガーはわめいた。
その時、ふっとリウスの力が抜けた。
地面に膝をつき、リウスは荒く呼吸をしながらぼんやりと周囲を見回す。
滝のような汗を流しながら、そのまま混乱した表情でデルフリンガーへ目を向けた。
「・・・デルフ? ルイズは、どこに」
リウスの左手のルーンが徐々に輝きを無くし、次第に消えていく。
「リウス!」
ルイズがしゃがみこんだリウスの顔を覗き込むと、リウスは青白い顔のままでルイズの顔を見つめた。
「・・・ルイズ? ああ、よかった。無事だったのね」
「相棒、正気に戻ったか!? 早いとこ逃げねえと!」
リウスは蒼白な顔を周囲に向ける。戦う兵士達や貴族達の怒号が礼拝堂にまで聞こえてきていた。
イーグル号もとっくの昔に出港していることだろう。
もう、逃げる時間なんて残されていないのは明白だった。
荒れた呼吸の中、リウスは何とか唾を飲み込むと、口を開いた。
「・・・デルフ。敵は五万、だったわよね」
「あ、ああ。そうだ」
リウスはゆっくりと立ち上がって、焦るルイズを強く引き離すと、転がるデルフリンガーを手に取った。
そのままふらつきながら礼拝堂の扉に向かっていく。
「え・・・。リウス、どこに・・・」
ルイズがリウスの傍まで駆け寄ると、その手を握って引き留めようとする。
「敵を止める」
「あ、相棒。無茶いうな、五万だぞ」
「五万だろうが十万だろうが、ルイズを殺させる訳にはいかない」
「馬鹿か!! 俺がここで喜んで送り出すとでも思ってんのか!?」
「言ったはずよ。ワルドが裏切ったら『共倒れ』だって。どうせ死ぬなら、少しでも止めてみせる」
「いやだ・・・!!」
ルイズが叫び、リウスは朦朧とした表情でルイズを見る。
リウスの手を握るルイズの手はかすかに震えていた。
「行っちゃ、やだ。一緒にいて、リウス」
涙ながらに訴えかけるルイズを見て、リウスの心の奥で何かが折れる音がした。
リウスはしばらくその姿を眺めてから、小さく笑った。
「私も怖いわ、ルイズ・・・。そうね、一緒にいよう」
二人は地面に座り込み、壁に寄りかかりながら礼拝堂を震わせる轟音の中にいた。
しばらく二人は何も言わずに、じっと城の中に響き渡る音を聞いている。
怒号や爆発音は既に城の内部にまで迫ってきていた。
ここに敵が押し寄せるのも、時間の問題だろう。
ルイズがリウスの左肩に頭を乗せる。
リウスは黙ったままルイズの頭を撫でようとして、右腕を走る痛みに小さく呻いた。
「・・・傷が痛むの? リウス」
「いたた、大丈夫よ」
リウスの右腕は酷い火傷に覆われていた。
全身にも痛みはあるが、特に右腕が酷い。
ワルドの電撃を受けた時、デルフリンガーを持っていたからなのだろうか。
「怖かったわ・・・。ワルドのこともそうだけど、私の知ってるリウスがもう戻ってこない気がして・・・。
本当に、よかった・・・」
「心配かけてごめんね・・・。わたしは、いつも謝ってばかりだわ・・・」
小さく呟いたリウスはそっと目線を落とした。
そして、先程思い出した記憶をもう一度思い返していく。
轟音に揺れる礼拝堂の中でしばらくそうしていると、横に座るルイズが静かに寝息を立て始めていた。
緊張の連続で疲れ切っていたのだろう。仕方のない話だと思いながら、これからどうなるのか、リウスはゆっくり考えを巡らしていく。
「わたしも、疲れちゃったな・・・」
誰に言うでもなくリウスは呟いた。
そして、そっと考えを途切らせると、リウスは寄り掛かるルイズの重みを感じながら目を閉じた。
そうしていると、急速な眠気が頭の中に広がっていく。
「あんな戦いの後だ、休んどけよ相棒。短い付き合いだったが、楽しかったぜ」
横に転がるデルフリンガーが小さく笑いながら声を出した。
リウスは少しだけ目を開けてデルフリンガーに笑い返す。
「デルフにも世話になったわね。本当に短くて、申し訳ないわ」
「いいから寝とけ。敵の連中には俺っちが説明しといてやるからよ。トリステインの大使だから優しく扱ってやれってな。ああ、ガリアかロマリアってことにしとくか?」
「ふふっ、任せるわ。デルフ」
リウスが小さく返すと、かちゃかちゃとデルフリンガーが柄を鳴らしている。
ふと、リウスは礼拝堂にあるブリミル像の足元へと顔を向けた。
そこには音も無く横たわっている、ウェールズ殿下の亡骸があった。
「殿下・・・、すみません・・・。約束は、果たせないかも・・・」
目がかすみ、身体中がじんわりとした虚脱感に包まれていく。
「先生・・・、カトリーヌ・・・」
ぼんやりとした感覚の中、目に映る暗闇へ向けてリウスは呼びかけた。
二人の顔を思い出すまいとすればするほど、二人の優しげな表情や幸せだった日々を思い出してしまう。
「わたしは、どうすれば・・・いいと思う・・・?」
そうして、リウスの意識は次第に暗闇の中へ飲み込まれていった。
そして少し経った後、礼拝堂の割れた床石から、ひょっこりと茶色の生き物が顔を出したのだった。
第二章、完!
ここまでお読みいただいてありがとうございました。
次回からは第三章となります。
第三章についてですが、出来るところまで週一更新を続けていきたいと考えています。
途中で一旦時間をいただく場合があるかもしれませんが、必ず更新いたしますのでお待ち頂ければ幸いでございます。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。