Double Servant -Poetry of Brimir- 作:ねずみ一家
朝食が終わり、ルイズとリウスは授業のある教室へと向かっていた。
教室に入ると、先にやってきていた生徒達が一斉にこちらを振り向き、くすくすと笑い始める。
ルイズは周囲の様子に対して特に気にした素振りも見せず、自分の席へと向かっていく。
ふと見ると、朝に会ったキュルケがこちらへ向かってひらひらと手を振っていた。
彼女の周りには男子生徒が囲んでいて、キュルケをまるで女王のように祭り上げている。
「やっぱり、ここの空いてる席に座ったらダメなの?」
「うーん、そうね。今日は使い魔の紹介も兼ねているから、なるべく近くにいた方がいいわね。座らずに立ってるのも後ろの邪魔になるから、座ってもいいんじゃないかしら」
「そう。ならよかった」
リウスは嬉しそうにルイズの隣に座ると、いそいそと荷物袋から持ってきた小袋の中から羊皮紙と羽ペンやインク瓶を取り出した。
準備を終えて教室を見回すと、色々な種類の使い魔が目に入った。
椅子の下でとぐろを巻いているヘビや、生徒の肩に乗ったフクロウ、机の上にはカエルやネズミがちょこんと行儀よく座っている。
その中でも、特に目を引いたのは見たことのない生物達だった。
宙に浮いた巨大な目玉・・・。ビホルダーもあんな目玉をしている。しかし、この生物のように触手はない。それよりもこの生物には翼もないし、どうやって浮いているのだろう。
下半身がヘビのようになっている女性・・・。オボンヌ、は確か人魚だったはず。どちらかといえばイシスに近いが、明らかに鱗の形状や尻尾の形がイシスとは異なっている。
巨大なトカゲがうろうろしている・・・。体の大きさはフリルドラやドリラーと似ているが、あれらはどちらかといえばイグアナだった。ここにいるのは完全にトカゲだ。
どんな生態をしてるのかしら、とリウスがその生物たちを観察していると、教室の扉が開いて優しい雰囲気を漂わせた中年の女性が入ってきた。
その女性は紫色のローブにふちの長い帽子を被っていて、それこそゲフェンによくいるウィザードハットを被った魔法使い達に似ている格好だ。
彼女は教壇に上がって教室の中を一瞥すると、にこりと満足そうに微笑んだ。
「皆さん、おはようございます。どうやら春の使い魔召喚の儀式は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
そしてシュヴルーズはもう一度ゆっくりと教室中を見回して、生徒と使い魔の姿を確認していく。
やがて、その視線がルイズとリウスに向けられた。
「ああ、貴方が。ミス・ヴァリエールはとても変わった使い魔を召喚したものですね」
その言葉を待ってました、とばかりに教室中が笑いに包まれた。
「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺にいる平民を連れてくるなよ!」
小太りの生徒が囃し立てると、教室が更に大きな笑い声に包まれた。
ルイズはおもむろに立ち上がり、野次を飛ばした小太りの男子生徒に向けて怒鳴る。
「違うわ! ちゃんと私が召喚したもの! リウスが召喚されちゃっただけよ!」
「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』が出来なかったんだろう!」
「っ! この・・・」
リウスはなおも反論しようとするルイズの袖を引っ張った。
すると、ルイズはキッとリウスを睨み付ける。
(何よ!)
(あんまり熱くなるとキリがないわよ。ああいった手合いには、正論を言ったり、逆に容姿とかで言い返してやりなさいな。流れを自分に持ってくるのよ)
横に座る使い魔と小声でやり取りをするルイズに対して、じれたように小太りの生徒が続ける。
「金でも掴ませて平民を連れてきたんだろう! お前はゼロのルイズだもんな!」
ルイズはふうっと息を整えると、軽く笑みを浮かべ小太りの生徒に向き直った。
「昔から事あるごとにつっかかってくるわね、マリコルヌ。何? 貴方、私に気でもある訳? デブが移るから話しかけないでくれませんこと?」
「なっ!」
女子生徒がその言葉に吹き出すと、男子生徒達が一斉に、ルイズのことが好きだったのか、道理でよくルイズにちょっかいを出す訳だ、と逆にマリコルヌと呼ばれた生徒を囃し立て始めた。
「こっ、このゼロのルイズ!」
「あーあ、それしか言えないのかしら。そもそもガラガラ声で何を言ってるのかよく分からないわ。それよりも早く黙らないと、ミセス・シュヴルーズに怒られちゃうわよ?」
そう言うと、ルイズは優雅に席へついた。
マリコルヌは怒りに震え、なおも言い返そうとするもなかなか言葉が出ないようだ。
「ミセス・シュヴルーズ! ゼロのルイズに侮辱されました!」
ルイズは座ったまま、いまだに騒ぐマリコルヌに顔を向けると余裕たっぷりの顔でにっと笑った。
「あーらら、今度はミセス・シュヴルーズに告げ口しちゃうの?」
今度はその言葉で教室中が笑いに包まれる。
マリコルヌの顔は真っ赤になっていたが、今度こそ何も言い返せないようだ。
周りの男子生徒が、もうやめとけ、お前の負けだよ、と言っているのが聞こえる。
見かねたシュヴルーズがぱんぱんと手を叩いた。
「はい、そこまで。ミスタ・マリコルヌ、ミス・ヴァリエール。お友達のことを馬鹿にするものではありませんよ。分かりましたか?」
「でもミセス・シュヴルーズ! ルイズの『ゼロ』は事実です!」
マリコルヌに馬鹿にされても、ルイズはどこ吹く風という具合に平然としている。
ため息をついたミセス・シュヴルーズが軽く杖を振ると、マリコルヌがすとんと席についた。
「あなたはその恰好で授業を受けなさい」
見ると、マリコルヌの口にどこからか現れた赤土が押し付けられていた。
マリコルヌは真っ赤な顔でもがもがと声にならない声を上げている。
(やるじゃない)
リウスが横目でルイズを見ながら笑いかけると、ルイズはにやっと笑いながら目線を返す。
その様子を、頬杖をつきながらも心底面白そうにキュルケが見つめていた。
(上手くいってるみたいね)
正直に言うと、キュルケはルイズが心配だった。
プライドを常に持ちながら、何があっても決して諦めないルイズの性格は、キュルケにとって好ましいものだった。
その甲斐があってか使い魔召喚は無事に成功したが、その召喚された相手は人間の女性である。
キュルケ自身ルイズの性格は気に入っていたが、その性格が彼女の人間関係に悪影響を及ぼしていることは誰が見ても明らかだった。
そのため、呼び出された使い魔と上手く行くかどうか、キュルケは気が気じゃなかったのである。
『もしかしたら今度こそルイズはへこたれてしまうかもしれない』
キュルケはそう考えていたのだが、今朝の様子と今のやり取りを見る限り、どうやら杞憂だったようだ。
そうこうしている内に授業が始まった。
まずは魔法のおさらいとのことだったが、その内容はリウスにとって非常に興味深いものだった。
魔法の系統は大きく分けて『火』『水』『土』『風』の4つであること。
『虚無』という系統があるが、これは伝説にしかない失われた系統であること。
系統を足せる数により、ドット、ライン、トライアングル、スクウェア、とメイジのランクが変わること。
この世界では、リウスが認識している『魔力』のことを『精神力』と呼んでいること。
「それでは、『土』系統の魔法の基本である『錬金』について説明しましょう。一年生の時にできるようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることにしましょう」
そういうと、シュヴルーズは短く呪文を唱える。
すると、教卓の上にあった石ころが光を放ち、光を放つ金属へと変わっていった。
それはどうやら真鍮なのだそうだ。
ゴールドと勘違いしたキュルケの言葉を否定しつつ、シュヴルーズはもったいぶったように自身のランクがトライアングルだと告げた。
リウスはそれらを羊皮紙にまとめながら、この世界の魔法がリウスの世界の魔法よりも応用が利くことに内心舌を巻いていた。
リウスのいた世界、ミッドガルドの魔法は、戦闘で活用するための魔法が中心となっている。
炎の矢を飛ばす『ファイアーボルト』や氷の矢を飛ばす『コールドボルト』、大地を隆起させる『アーススパイク』、空中から電撃を打ち込む『ライトニングボルト』などの魔法がその代表である。
それらは自身の魔力と大気中に漂う魔力を掛け合わせることで魔法現象を発生させており、ハルケギニアの魔法のように緻密な動作ではなく、良く言うと簡単かつ強力な、悪く言うと大ざっぱな魔法であった。
もちろん上級の魔法も存在しており、氷に風といった複数の魔力反応を掛け合わせることで吹雪を巻き起こす『ストームガスト』などもあるが、これもある意味では単純に二つの魔力反応を掛け合わせただけの代物だ。
また、リウスは先ほどのシュヴルーズの実践の際、彼女の魔力の流れを読み取っていた。
どうやら何よりも違うのは、ハルケギニアの魔法は自分の体内にある魔力のみを使用している、ということだ。
そのため、生まれ持った資質や血統に強い影響を受けているのかもしれない。
逆にリウスの世界の魔法は、最低限の資質を必要とはするものの、魔法は単なる技術であるという認識が強い。
それこそ、運動技能や製作技能と同じ部類である。
空中を漂う魔力を掛け合わせる技術さえ学べば、駆け出しのマジシャンであっても、ファイアーボルト、コールドボルト、アーススパイクなどの複数の属性を高レベルで扱うことができる。
そのためリウスの世界では、簡易的な魔力と魔法の構築式を埋め込んだスクロールというアイテムも存在している。
そのアイテムを使えば、空中にある魔力を扱えない、つまり魔法を使うことができない人ですらもスクロールに埋め込まれた魔法を容易く発動させることができるのだ。
まあ、いくらそういった技術があったとしても、結局のところ自身が持つ魔力の密度によってその威力が決まるため、駆け出しのマジシャンと才能ある熟練のウィザードが放つ魔法の威力は天と地ほども違うのではあるが。
シュヴルーズの授業によると、ハルケギニアでの土の魔法は単なる石ころを他の金属に変えたり、物質をより強固にしたり、逆に腐食させたりと多様な使い方が出来るらしい。
また、ゴーレムという人形を魔力によって作り出すことで、それを意のままに操ることも可能だという。
『土』系統は生活に根差した魔法。シュヴルーズは得意げにそうまとめると、一旦授業を区切った。
「さて、それでは『錬金』の実演をどなたかにやっていただきましょうか」
リウスが周りを見回すと、生徒達はわざとらしくシュヴルーズから視線を逸らしたり、メモを取るふりをしていたり様々である。
そのままふと横に座るルイズを見ると、ルイズはリウスのメモしていた羊皮紙を興味深そうに眺めていた。
どうやら、シュヴルーズの言葉が聞こえていなかったらしい。
当てられるわよ、とリウスがこっそり伝えようとした時、シュヴルーズが口を開いた。
「では、ミス・ヴァリエール」
「は、はい!」
「ここにある石ころを『錬金』で望む金属に変えてごらんなさい」
しかし、ルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじとしているだけだ。
「どうしたのですか? ミス・ヴァリエール」
不思議そうな顔をしているシュヴルーズに、キュルケが困った声で言った。
「先生」
「なんです?」
「それはやめた方がいいと思います」
シュヴルーズはますます不思議そうな顔をしている。
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケはきっぱりと言った。
すると、教室の生徒全員が頷く。ルイズは口を閉じたまま俯いていた。
「先生、ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。ミス・ヴァリエールの実技の成績が良くないことは存じております。しかし、非常に努力家であるとも聞いています。さあ、ミス・ヴァリエール、気にせずにやってごらんなさい。失敗を恐れていては何もできませんよ」
「ルイズ、やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。しかしルイズは立ち上がる。
「やります」
口元をきっと結び、覚悟を決めたようにルイズが教壇へ向かう。
すると、教室中の生徒達がそそくさと机の下へ隠れ始めた。
どういうことだろう、とリウスは呆気に取られながら彼らの様子を見つめる。
「さあ、ミス・ヴァリエール。この石ころを、望む金属に変えるのです。変えたい金属のイメージを強く念じなさい」
『錬金の魔法は、定められた呪文と術者のイメージによって望む金属へ変化させるようだ』。
そう羊皮紙に書き留めていると、すぐ後ろの席から声がかかった。
「あなた、隠れた方がいいわよ」
一方、ルイズはシュヴルーズの言葉に頷き、鈴のような澄んだ声で呪文を紡いでいく。
なんで隠れる必要が、と聞き返そうとした時、ルイズの目の前にある石ころを見たリウスは目を疑った。
異常なまでの魔力が、石ころの周りをぐるぐると渦巻いていたのだ。
呪文は先ほどシュヴルーズが唱えていたものと同じだったはずだ。
ただ、魔力の方向性が全く違う。
何よりも、この魔力の密度。目の前の石ころと混じり合うといった消費が行われずに、そのまま石ころにまとわりつくような形で魔力が凝縮され続けている。
しかし集まり続ける魔力は何故か霧散していない。
「何、あれ」
何が起きるか分からない。
そう感じたリウスが急いで机の下に隠れた瞬間、凄まじい爆音と衝撃が教室を揺らした。
耳をつんざく爆音に思わず両手で耳をふさぐ。
その音に驚いた使い魔たちが暴れだしたようで、獣の叫び声が辺りに響き渡った。
「ル、ルイズ!」
机からはい出したリウスは急いで教壇があった場所へ駆ける。
教壇は木っ端微塵に砕けており、数人の生徒達が近くにあった机の下敷きになっていた。
この破壊力。その中心にいたルイズは―
「ルイズ!」
慌てて教壇に近づくと、煤で真っ黒になったルイズがむくりと立ち上がった。
どうやら怪我一つしていないらしい。
ほっとして脇を見ると、壁に叩きつけられたらしいシュヴルーズが煤だらけになりながら気絶していた。見るも無残な姿である。
「だから言ったのに! あいつにやらせるなって!」
リウスの背後から生徒の叫ぶ声がしたので振り向くと、教室は阿鼻叫喚の大騒ぎになっていた。
爆発に近かった窓ガラスは割れ、吹き飛んだ机と椅子が散乱し、暴れる使い魔たちを生徒たちが慌ててなだめている。
「ああ! 俺のラッキーが! 蛇に食われた!」
「クヴァーシル、落ち着いてくれ! 爪が痛い!」
「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
生徒達が騒ぎ立てる中、当のルイズは頬についた煤をハンカチで拭いながら淡々とした声で言った。
「ちょっと失敗したみたいね」
その言葉を聞いた生徒達が猛然と反論する。
「ちょっとどころじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功率ゼロじゃんか!」
ここに至るまでに何度も聞いていた彼女の二つ名『ゼロ』の意味を、リウスはようやく理解するのだった。