Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第三十四話 ニューカッスル城

ルイズ達は一路ニューカッスルへと向かうことになった。

 

鋸の歯のような大陸の海岸線を沿い、なおかつ雲に隠れながらの航海だというのに、イーグル号は全く危なげなく宙を進んでいく。

 

やがて三時間ほど経つと、大陸から大きく突きだした岬が見えてくる。

その突端には高く立派な城がそびえ立っていた。

 

「あれが我がアルビオン王国最後の城砦、ニューカッスル城だ」

 

後甲板にいた一行にウェールズは説明をする。

しかし船は真っ直ぐニューカッスル城へは向かわずに、進路を下へと向け始めていた。

 

「なぜ、下に潜るのですか?」

「アレがいるからだ」

 

ルイズの言葉に、ウェールズが城の遥か上空を指差した。

岬の突端にあるニューカッスル城へ向かうかのように、上空から巨大な艦が降下してきている。

 

「かつての本国艦隊旗艦、『ロイヤル・ソヴリン』号だ。叛徒達のものとなった今では『レキシントン』号と名前を変えている。奴等は初めて我等から勝利をもぎ取った戦地の名前を付けているのさ。よほどの名誉と感じているようだ」

 

降下してきていたレキシントン号がゆっくり宙に止まると、城に向かって数十発もの砲撃を放った。

斉射の砲撃がルイズ達のいる甲板の空気を大きく震わせている。

 

「ああして、時々嫌がらせのように大砲を撃ってくる。今では子守唄程度にしかならないがね」

 

リウスは遠い雲の切れ目に佇む巨大戦艦を見つめた。その艦は、非常に巨大な艦としか形容できないほどの大きさである。

このイーグル号も戦闘用の艦であるようだが、船体の大きさや帆の高さは優に倍ほどもあり、砲門にいたっては倍どころではない数だ。

更には、艦上に数匹のドラゴンらしき影すら見える。

 

「備砲は両舷あわせて、百八門。おまけに竜騎兵まで積んでいる。あの艦の反乱から全てが始まった、因縁の船さ。もちろん、我等にはあのような化け物を相手できる訳がないのでね。雲中を通り、大陸の下からニューカッスルへと近付く。我等しか知らない、秘密の港というものがあるのだよ」

 

ウェールズの言葉通り、イーグル号は真っ白に塗りつぶされた雲の中をするすると進んでいく。

そのうちに大陸の下へ入ったのか、辺りは一転して真っ暗になり、ひんやりとした空気が一行を包み始めた。

しかしそういった中でもイーグル号は速度を落とさない。ウェールズや船員たちは全く心配をしていないような平然とした顔のままである。

 

しばらく航行していくと、頭上に黒々と穴の開いている場所へと辿り着いた。

 

ウェールズの指示に従い、ほのかな魔法の光のみを頼りにしながら、イーグル号はその穴へとゆっくり浮上していく。

 

その内、頭上に明かりが見え始めた。その光は徐々に強まっていき、最後には眩いばかりの光に包まれる。

そして一行が周りを見回すと、既に巨大な鍾乳洞に作られた秘密の港に到着していた。

 

 

イーグル号は大勢の人々が待ち構えている岸壁へと近付き、静かに停船した。

 

一斉にもやいの縄が飛び、乗組員たちがイーグル号へ縄を結わえつけていく。

艦は岸壁に引き寄せられ、車輪のついた木のタラップが艦にぴったりと取り付けられた。

 

「よし、荷を確認しろ。大使殿、ご案内しよう。付いてきてくれ」

 

ウェールズに促されて、一行はタラップを降りていく。

ルイズとリウスは一面に広がる鍾乳洞の様子に目を丸くし、ワルドは鍾乳洞の美しい光景にほうっと溜め息を吐いた。

 

「これは、美しい」

「驚いたかい? 子爵」

 

悪戯っぽく笑って振り返ったウェールズに、ワルドは両手を広げてみせた。

 

「それはもう。ここまでの旅路もさることながら、ここまで美しい光景は様々な場所を旅した私にも滅多にお目にかかれませぬ」

 

リウスはワルドの言葉を慎重に聞きながら、自身の胸の内でも同じような印象を抱いていた。

 

見事な円錐形の鍾乳石が大小問わずに垂れ下がり、それを覆う発行性のコケが天井や壁を星のように瞬かせている。

ルイズもその幻想的な美しさに息を飲みながら、周囲をきょろきょろと見回していた。

 

「ほほう、これはまた大した戦果でございますな。殿下」

 

タラップを降りたウェールズに、背の高い年老いたメイジが近寄ってくる。

老メイジは『イーグル』号に続いて鍾乳洞に現れた『マリー・ガラント』号を見て、痛快そうに顔をほころばせた。

 

「喜べ、パリー」

 

ウェールズは腕を上げて、洞窟中に響くような透き通った声で兵士たちへ告げた。

 

「みんな! 積み荷は硫黄だ! 我々は硫黄を手に入れたぞ!」

 

その言葉に、主人の帰還を待っていた兵たちが一斉に歓声を上げた。

 

「さあ、早く皆に見せてやろう。パリー、皆への指示をよろしく頼む」

 

ウェールズの言葉が聞こえているのかどうなのか、わなわなと身を震わせた老メイジが目を輝かせている。

 

「おお・・・! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! いやはや・・・これぞまさしく天の配剤というもの・・・! 最後の最後に、我々の名誉を守る機会を下さるとは!」

 

パリーは男泣きに泣き始める。

その老人は豪傑と言われるであろう体格の持ち主だったが、そんな人物が笑いながら豪快に泣いている様はなかなかに圧巻である。

 

「先の陛下にお仕えして六十年・・・。これほどに嬉しい日はありませぬぞ。彼奴らめが反乱を起こしてからというもの、苦渋を舐めさせられてきましたが・・・! 何、これほどの硫黄があれば!」

 

ウェールズは、ニヤリと一つ勇ましく微笑んで後を継いだ。

 

「そうとも。我らがアルビオン王家の誇りと名誉を、散華の瞬間まで叛徒共に示し続けることができるだろう!」

「おお、おお! この老骨、武者震いがいたしまするぞ!」

 

ウェールズ達は心底楽しそうに笑い合っている。

 

「して、殿下。御報告なのですが、叛徒共は明日の正午に攻撃を開始するとの旨、伝えて参りましたぞ」

「そうか、間一髪とは正にこの事だな! 戦に間に合わぬは武人の恥だ。始祖ブリミルも、我らに誇りある最後を見せろと仰られているに違いない!」

 

怯えた様子一つなく、ウェールズとパリーは興奮した面持ちで喜び合っている。

周りに控える兵たちも同様に、清々しいと言える程の笑顔を湛えていた。

 

(最後って・・・。それなのに何でこの人達、笑っていられるの?)

 

ルイズは目の前の光景が信じられなかった。

そのまま困惑した顔で、横に立つワルドを見る。

 

ワルドは喜び合う王党派の様子にも、いつものような微笑みを浮かべたままだ。

ルイズの視線に気付くと優しそうな眼差しでこちらを見つめ返す。

 

ルイズがそのままリウスを見ると、リウスも気付いたのか横目でルイズの顔をちらりと見た。

その顔には微笑みが浮かんでいたが、リウスはなんとなく少しだけ寂しそうにしながら彼らの様子を見つめている。

 

「さて、こちらはトリステインからの客人だ。重要な用件で我が国に参られた大使殿だよ。丁重にもてなして差し上げてくれ」

「これはこれは、大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます。遠路はるばる、ようこそアルビオン王国へいらっしゃった。大したもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。是非ともご出席くだされ」

 

 

 

 

 

ルイズ達はウェールズに付き従い、城の天守の一角にある彼の居室を訪れていた。

 

ウェールズの居室には豪華さなど微塵もなく、一国の王子の部屋とは思えない、簡素な部屋だった。

あるのは木でできた粗末なベッドに、椅子とテーブルが一組。

そして壁には、戦の様子を描いたタペストリーが飾られているくらいだ。

 

リウスは部屋にいる全員の姿が見える位置に静かに立ち、ワルドの挙動に全神経を集中させていた。

 

ワルドが裏切り者であった場合、動くとしたらここしかない。

 

ワルドはルイズの左側に立ち、ルイズと共にウェールズを見つめたままだ。

こちらの動きに気付いた様子はない。

この状況ならワルドがどんな行動をしても、動きを妨害、または魔法の破壊を行なうことができる。

 

ウェールズは机の引き出しから宝石箱を取り出すと、中に入っていた一通の手紙を手に取った。

宝石箱の蓋の裏側にはアンリエッタの肖像画が描かれている。

王子はその手紙をしばらく名残惜しげに見つめ、愛おしそうに口づけをしてから、開いてゆっくりと手紙を読み始めた。

もう何度も読み返していたのだろう。既に手紙は端々がぼろぼろになっていた。

 

読み終わったウェールズはその手紙を丁寧にたたみ、封筒に入れてからルイズへと手渡した。

 

「これが姫からいただいた手紙だ。この通り、確かに返却した」

「ありがとうございます」

 

恭しく手紙を受け取るルイズ。

 

しかしウェールズは渡した手紙をじっと見つめ、しばらく黙った後、ルイズへ向けて口を開いた。

 

「すまない、ラ・ヴァリエール嬢。その手紙の処分は、私に任せてもらえないだろうか」

 

ルイズはハッとした顔をしてウェールズを見つめ返した。

 

そして、リウスはそっと腰の短剣に手を伸ばしておく。

 

(ここで、どう動く・・・?)

 

しかしワルドは目を丸くしながら、固まったように動かないでいた。

 

「姫からの手紙に書かれていたよ。君へ手紙を渡した後、出来れば私の手で手紙を処分してくれと。姫がそう望むのなら、そうしようと思う。良いだろうか?」

 

ウェールズが淡々とルイズへ告げる。まだ、ワルドは動かない。

 

「・・・はい。構いません、殿下」

「ありがとう」

 

ウェールズはにこりと笑うと、ルイズが差し出した手紙を優しく受け取った。

 

そして自分の懐から、ルイズが持ってきたアンリエッタの密書を取り出す。

少しだけそれらの手紙を見つめ、愛おしそうに撫でてから、ウェールズはテーブルにあった蝋燭立てを手に取った。

そのまま蝋燭に火をつけ、部屋の窓をきいっと開ける。

 

ぴくりとワルドが動いたが、別段何かをしようとしている訳ではない。

 

(私の勘違いだった・・・?)

 

リウスが内心不審に思っていると、ウェールズは手紙を見つめてからぽつりと呟いた。

 

「・・・強くなったのだな、アンリエッタ」

 

そして、ウェールズは蝋燭の火にそっと手紙を当てた。

緩やかに二つの手紙が火に包まれていく。

 

「ウィンド」

 

火に包まれた手紙が優しい魔法の風に吹かれ、徐々に灰になっていく。

そして灰が舞っている魔法の風を、開け放した窓からゆっくりと外へ送り出していった。

 

「・・・これでいい。君の人生に、私は不要だ」

 

窓の外の風に煽られて散り散りになっていく灰を、ウェールズはじっと見つめている。

リウスはほっと息を漏らして、ワルドを見つめたまま短剣から手を離した。

 

任務は、完了だ。

 

「我が儘を聞いてもらって、すまなかった。明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」

 

そう言って向き直ったウェールズを見て、ルイズは服の端を強く握りしめた。

そして、決心したように口を開いた。

 

「あの、殿下・・・。先ほどの港で、『誇りある最後』だと仰っていましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」

 

ルイズは躊躇うように問いかける。

リウスはルイズを止めようかとも思ったが、すぐに逡巡を止めると、黙ったまま成り行きを静かに見つめていた。

 

「万に一つもないだろう。我が軍は三百、敵軍は五万だ。勝ち目がないのなら、我々に出来ることは勇敢な死にざまを連中に見せることだけだろうね」

 

王族の威厳に満ちた言葉に、ルイズは俯いた。

 

「殿下も、討ち死になさるおつもりですか?」

「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

 

ルイズはその言葉に黙ったまま、ウェールズの顔を見つめている。

それからしばらくして、もう一度深々と頭をたれた。

 

「殿下・・・。失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます」

「言ってみなさい」

「先ほど処分なさった手紙の内容・・・。あれは」

「ルイズ」

 

ワルドがルイズの肩を掴んでたしなめる。

しかし、ルイズはウェールズの顔を正面から見つめて、続けた。

 

「私は、幼少のみぎりより姫殿下のお傍に仕えさせて頂いておりました。この任務を仰せ付けられた際の姫さまのご様子は、とても大事な人を想うかのような・・・。それに、先ほどの手紙に対しての殿下の物憂げなお顔といい、もしや姫さまとウェールズ皇太子殿下は・・・」

 

ウェールズは優しい眼差しをルイズへと向ける。

 

「きみは、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかな?」

「・・・とんだご無礼をお許しくださいませ。しかし、そうであるならば、あの手紙の内容は・・・」

 

ウェールズは穏やかな表情のままで、ルイズに優しく笑いかけた。

 

「そう、恋文だよ。きみが想像している通りのものさ。彼女は始祖ブリミルの名において、永遠の愛を私に誓ってしまっている。あれが白日の下に晒されれば、重婚の罪によりゲルマニアとの同盟は叶うまい。

だからこそ、処分した。これで証拠は何も残っていない」

 

ルイズは潤んだ瞳で口元をキッと結んだ。

 

「でも姫さまは、殿下と恋仲であられるのでしょう?」

「昔の話だ。もう私は、彼女との繋がりを持ってなどいない」

 

ルイズは熱っぽい口調で、ウェールズへ食ってかかった。

 

「殿下、お願いでございます! トリステインへ、我が国へ亡命なされませ!」

 

しかし、ウェールズは寂しげな笑みを浮かべるだけだった。

 

「どうか、お願いでございます! これはわたくしの願いではございません! 姫さまの願いです! わたくしは恐れ多くも、姫さまのご気性をよく存じております! 王宮の中にあって、あの方は純粋な方でございます。殿下の戦死を、ご自分が愛した方がただ死ぬのを黙って見捨てる訳がございません! 姫さまは、たぶん手紙にも貴方に亡命をお勧めしているはずでございます!」

 

ウェールズは静かに首を横に振った。

 

「そのようなことは、一行も書かれていない」

「殿下!」

 

ルイズはウェールズに詰め寄った。しかしウェールズは堂々とした態度のままルイズを見つめている。

 

「私は王族だ。嘘などつかぬ。姫と、私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも私に亡命を勧めるような言葉は書かれていなかった」

 

ウェールズの微笑みには少しばかり陰が差していた。

ルイズはその顔を見て、涙の浮かんだ顔のまま寂しそうに俯いた。

 

「きみは、正直な女の子だな。アンリエッタが君を大事な友人だと書いていた理由も分かる気がするよ」

 

ルイズが落ち込んだ顔でウェールズを見つめる。

 

「あの手紙に君のことが書かれていたのさ。しかし、忠告しよう。そのように正直では大使は務まらない。しっかりしなさい」

 

ウェールズは優しげな顔で微笑んだ。

 

「しかしながら、亡国への大使としては適任だろう。明日に滅ぶ国家は、誰よりも正直なものだからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他にないのだから」

 

そしてウェールズは机の上に置かれている、水の張られた盆を見た。その盆の上には大小二つの針が載っている。どうやらこれが時計なのだろう。

 

「さて、そろそろパーティーの時間だ。君たちは、我らアルビオン王国が迎える最後の客人だ。是非とも出席してほしい」

 

ウェールズが居室の扉を開き一行を促すと、扉の外にいた衛兵が恭しく一行を部屋へ案内する。

しかし、ワルドだけは何故か部屋に居残っているようだ。

 

リウスはその様子を気にしながら、案内する衛兵に従って、落ち込んだ様子のルイズと共にその場を離れるのだった。

 

 

 




※一応のお知らせ

来週の投稿タイミングも、今週と同じような時間になるかと思います。
勝手ながらではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。


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