Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第三十三話 Flying Robber

それから数時間後。

おとなしく空賊に捕えられていたリウス達は空賊船の船倉に閉じ込められていた。

 

一行をここまで運んできた船、『マリー・ガラント号』の乗組員たちは自分たちのものだった船の曳航を手伝わされているようだ。

 

ワルドとルイズは杖を、そしてリウスは短剣やデルフリンガーを取り上げられた。

後は鍵を掛けてしまえば何も出来ない、という認識なのだろう。

 

リウスにとって言えば、その認識は明らかな間違いでしかない。

 

というのもリウスは別段何も持たなくても魔法を扱うことができる。

しかしリウスは特に何か行動を起こすでもなく、酒樽や穀物袋、火薬樽が雑然と置かれた船倉を静かに見て回っていた。

 

「空賊ねえ・・・」

 

リウスは明らかに重そうな砲弾の山を触りながら、もの珍しそうに呟いた。

 

「何よリウス。変なところでもあるの?」

「別に何でもないわ。こういったのが珍しいだけよ」

 

そんなことを言っていると、がちゃりと扉が開いた。

扉の先には太った男が器を手に立っている。

 

「飯だ」

 

扉の近くにいたリウスがその器を受け取ろうとする。しかし太った男はその器をひょいと持ち上げた。

 

「おっと、質問に答えてからだ」

 

口を開きかけたリウスよりも先に、男を睨み付けていたルイズが立ち上がった。

 

「言ってごらんなさい」

「お前ら、アルビオンに何の用だ?」

「旅行よ」

 

ルイズは腰に手を当てて、毅然とした態度で言い放った。

 

「トリステイン貴族が今時のアルビオンに旅行だと? 一体何の見物するつもりだ?」

「自分で考えてみたら?」

 

歯に衣着せぬ物言いに、空賊の男は苦笑いを浮かべる。

 

「随分と強気だな。トリステインの貴族は口ばかり達者なこった」

 

苦笑いを浮かべたまま、男は器をリウスに手渡した。

そのまま部屋の扉が閉められるのを確認してから、リウスはそれをルイズの元へと持っていく。

 

「ほら。先に食べちゃいなさい」

「あんな連中の寄越したスープなんて飲まないわ」

「食べないと、体がもたないぞ」

 

ワルドがそう言い、リウスが笑って器を差し出すと、ルイズは渋々といった顔でスープの皿を手に取った。

 

ルイズが先にスープを飲んでから、次にリウスへワルドが譲り、最後にワルドがスープを飲むといった具合で、三人は同じ皿のスープを回し飲みする。

 

飲んでしまうと、またやることが無くなった。

ワルドもリウスも、壁を背にして何やら考えているようだ。

一人残ったルイズはそわそわと落ち着かない。

 

その時、またドアがばたんと開けられた。今度は痩せぎすの男が立っている。

リウスは何も言わずにその男の様子をじっと見つめていた。

 

男は三人をじろじろと見回してから、楽しそうに口を開いた。

 

「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派か?」

 

ルイズ達は答えない。

 

「おいおい、黙ってちゃ判らないだろうよ。しかし、もしそうなら失礼したな。俺達は貴族派の皆さんのおかげで商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中を捕まえたら、それもまた商売になるって寸法さ」

 

男の口上を黙って聞いている三人だったが、ルイズがそれに答えた。

 

「じゃあ、この船はやっぱり反乱軍の艦なのね」

「いやいや、俺達は雇われてる訳じゃねえ。あくまで対等な関係で協力し合ってるのさ。まあ、てめえらには関係のない話だがな。

で、どうだ? 貴族派か? もしそうなら、ちゃーんと港まで送り届けてやるよ」

 

ルイズはもう一度男を睨み付けると、凛とした態度のまま、その空賊を見据えた。

 

「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。寝言は寝てから言いなさい。私は誇り高きアルビオン王党派への使いよ。アルビオンは王国だし、正当なる政府はアルビオンの王宮ね。わたしはトリステインを代表してそこへ向かう貴族なのだから、つまりは大使よ。だから、大使としての扱いをあんた達に要求するわ」

 

しばらく、沈黙が部屋を包み込んだ。

 

「・・・正直なのは確かに美徳だが、お前ら、ただじゃ済まねえぞ」

「あんた達に嘘ついて頭を下げるくらいなら、死んだ方がマシよ!」

 

ルイズがそう言い切ると、空賊が呆れたように鼻を鳴らした。

すると、リウスが小さくくつくつと笑い始める。

 

「流石ね、ルイズ。それでこそ私の見込んだ、私のご主人サマだわ」

 

その言葉にきょとんとしていた空賊はくるりと扉へ向き直った。

 

「・・・頭に報告してくる。せいぜい遺書でも書いておくんだな」

 

そう言って男は去っていった。

つかつかと近寄ってきたワルドがルイズの肩に手を置いた。

 

「いいぞ、ルイズ。流石は僕の花嫁だ」

 

ルイズは先程の男が言った『遺書』という言葉に戸惑いながら、複雑そうな顔をしてワルドを見る。

 

リウスはその様子を見つめながら口を開いた。

 

「ルイズの好きなようにやりなさいな。ルイズの判断なら、私は何も文句を言わないわよ」

 

程なくして、再度扉が開いた。先程の痩せぎすの男だった。

 

「頭がお呼びだ」

 

 

 

 

狭い通路や細い階段を抜けていくと、三人は立派な部屋へと到着した。

どうやらここが空賊船の船長室らしい。

 

がちゃりと扉を開けると、豪華なディナーテーブルに座った頭の男が大きな水晶の付いた杖を磨いている。

頭の周りでは、ガラの悪い空賊達がにやつきながら、部屋に入ってきたルイズ達を見つめていた。

 

頭の男はちらりと三人を見ると、磨いた杖を眺めながら口を開いた。

 

「トリステインの貴族は見栄ばかりだな。名乗ってみろ」

「大使としての扱いを要求するわ」

 

頭の言葉を何の躊躇もなく無視してみせるルイズ。

 

「たかが空賊如きがトリステイン王国の大使に口を利いて貰えるだけでも身に余る光栄だわ」

 

ルイズの更なる暴言にも、頭の男は何処吹く風といった具合に笑ってみせた。

 

「トリステイン貴族といっても、こりゃあ極め付けだな。お前ら、王党派なんだって?」

「何度同じことを言わせるつもり?」

「何しに行くんだ? あいつらは明日にでも殺されちまうんだぜ?」

「それがどうしたのよ。あんた達に言っても仕方ないでしょ」

 

周りにいる空賊たちの威圧感にも関わらず、ルイズは凛とした姿勢のまま挑発を続ける。

左右に控えていたワルドとリウスはその様子を黙って見守っていた。

 

頭はその三人の様子に意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「貴族派についたらどうだ? 今のあそこなら、メイジとなりゃ高い金で雇ってくれるだろうよ」

「笑わせないでちょうだい。反乱軍の貴族ならいざ知らず、トリステイン貴族に王座泥棒の片棒を担げだなんて。まるで韻竜に残飯を薦めるような所業だわ」

 

次々に辛辣な言葉を投げかけるルイズ。

その度に、周りにいる空賊達の目が鋭くなっていくのをリウスは感じていた。

 

しかしリウスは何も言わず、静かな顔のままルイズと頭の男を見つめている。

 

「・・・貴族派にはつかねえってのか? これは冗談じゃねえんだぞ。よく考えてから、口を開け」

 

最後通告とばかりに、頭の男はドスの効いた声で告げる。

一瞬身を強張らせるが、ルイズは胸を張って答えた。

 

「お断りよ。さあ、私たちを港まで連れて行きなさい」

 

険しい顔つきのまま、頭の男はぎいっと椅子に深く座り直すと、髭をいじりながら横に立つリウスを見る。

 

「ところで、お前は何だ? 姉じゃねえのか? おめえの妹が、エライこと言ってるぜ?」

 

リウスはルイズの頭をくしゃくしゃと撫でてから、一歩前へと出る。

 

「私はこの子の使い魔です」

 

「・・・ああ? 使い魔だと?」

「ええ。珍しいでしょうが、人間の使い魔です。なので、私はこの子を止めるつもりはありませんよ」

「はっ! 人間の使い魔だあ? そんなの聞いたことねえな」

「でしょうね。貴方にとっても、この部屋の方々にとっても、そうでしょう」

 

やけに丁寧なその言葉に頭の男は目を丸くしたが、その内に頭の男は大声で笑い始めた。

それと共に、周りの空賊までもが一斉に笑い始める。

 

「こんな愉快な冗談は聞いたこともないな! まさかトリステインの貴族相手からこんな冗談を聞けるとは思ってもいなかったよ!」

 

そうして笑い続ける頭の男と空賊達。

ルイズは彼らの豹変ぶりに、きょとんとしたまま固まっている。

 

「やれやれ、参ったな。空賊稼業にも慣れてきていると思ったんだが・・・。ご婦人、僕らのどこにボロがあったのかな?」

 

空賊の頭はその格好に似合わない、品の良い笑顔を浮かべていた。

その様子に、リウスもにこりと笑い返す。

 

「途中までは空賊だと思ってました。でもルイズの指輪には目もくれず、あんなに硫黄に目を輝かせて・・・。その上、航海に必要な穀物や酒、火薬が満載の船室に閉じ込めるだなんて凄い空賊船もあったものだ、って思い直したんです」

 

そしてリウスは胸の内で、「ほぼ全員がメイジだなんて単なる空賊とは思えないもの」と続けていた。

しかも彼らは並大抵のメイジではなく、相当な実力と魔力を持ったメイジの集団だとも感じ取っていた。

 

そう、まるでトリステインのグリフォン隊のような、規律ある一個の軍隊でもあるかのように。

 

「なるほど。ならば我々が貴族派ではなく、王党派であることも見抜いていたようだ。ともあれ、途中までは空賊と騙せていて安心したよ。

ああ、失礼した。まだ名乗っていなかったね」

 

その言葉に、周りに控えていた空賊達は笑みを押さえてから一斉に直立する。

 

頭の男が黒髪のカツラと眼帯を外し、付けヒゲをびりびりと剥がして、それを無造作にテーブルへ放り投げた。

 

すると百戦錬磨の頭の男は、あっという間に凛々しい金髪の青年へと姿を変えた。

 

「私はアルビオン王立空軍大将にして本国艦隊司令長官、同時に本艦イーグル号艦長・・・といっても、今は飾り程度にしかならない肩書きかな。大使殿にはこちらの方が通りが良いだろう」

 

金髪の青年はテーブルの前で笑みを浮かべ、堂々と自身の名を告げた。

 

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

ルイズは小さい口をあんぐりと開けた。

リウスは、まさか皇太子本人とは、とルイズ程ではないにしろ驚いた顔をしている。

ワルドは興味深そうにウェールズを見つめていた。

 

「アルビオン王国へようこそ。大使殿。さて、御用の向きをうかがおうか」

 

ウェールズはそう言いながらルイズ達に席を促したが、ルイズは未だに固まったままだった。

呆けたような顔でウェールズの顔を見ながら立ち尽くしている。

 

「その顔は、どうして空賊風情に身をやつしているのか? といった顔だね。金持ちの反乱軍には続々と補給物資が送り込まれる。敵の補給路を断つのは戦の基本だが、敵だらけの空域で王軍の軍艦旗を掲げていたのでは、あっという間に反乱軍に囲まれてしまうだろう? まあ、空賊を装うのは苦渋の選択といったところだ。君の使い魔殿は気付いていたようだがね」

 

ウェールズはゆっくり、丁寧に説明を続けていった。

しかしルイズは未だに固まったままである。

 

「我が国においても王党派など圧倒的な少数派だというのに、よもや国外に我々の味方がいるとは夢にも思わなかった。大使殿には誠に失礼なことをした。君達を試すようなことをして、申し訳ない」

 

ウェールズはにっこりと微笑んだが、まだルイズは信じられないといった顔のままだ。

目的の人物にこんな場所で出会ってしまうなどということに、心の準備が全く出来ていなかったのは仕方のない話である。

 

懸命に事態を理解しようとするルイズの様子に、ワルドが一歩前に出て優雅に頭を下げた。

 

そして一方のリウスは、自身の警戒心を数段階引き上げながらその様子を眺めていた。

 

空賊の頭がアルビオンの皇太子だと名乗ったことについてではなく、むしろその緊張はワルドへと向けられている。

思わぬところで目的の人物に辿り着いたことによって、ワルドがどんな行動を起こすのかが分からないからだった。

 

「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」

「ほう、姫殿下から。君は?」

「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵と申します。そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢と、その使い魔のメイジにございます。殿下」

 

ウェールズは興味深げな笑みを湛えながら、緊張した様子のルイズとリウスを流し見た。

 

「ヴァリエール家といえば、あの大貴族のか。そして・・・、そうか。使い魔でありながら、君はメイジなのだな。

ワルド子爵といい、きみらのように立派な貴族が私の親衛隊にあと十人ばかりいれば、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに! して、その密書とやらは?」

 

その言葉にやっと我に返ったルイズはアンリエッタからの手紙を取り出した。

そして恭しくウェールズに近付いたが、はたと途中で立ち止まった。

 

「あ、あの・・・。失礼ですが、本当に皇太子殿下ですか?」

 

ウェールズは悪戯っぽく笑うと、満足げに頷いた。

 

「僕個人の扮装は君のお眼鏡にかなったようだね。少々遊びが過ぎたようだが、僕はウェールズだよ。その証拠をお見せするとしよう。ラ・ヴァリエール嬢、右手を出してごらん」

 

言われるままに、おずおずとルイズは右手を差し出した。

ウェールズは自身の右手に嵌る指輪を外すと、そっとルイズの手を持って指輪同士を近付ける。

 

その瞬間、ウェールズの指輪を飾る宝石と、ルイズの『水のルビー』が共鳴を始めた。

二つの宝石から放たれた二色の光は絡み合い、やがて美しい虹色の光を振りまいていく。

 

「この指輪は、我がアルビオン王家に伝わる『風のルビー』だ。君のそれはアンリエッタが持っていた『水のルビー』だね?」

 

柔らかい眼差しで水のルビーを見つめるウェールズに、ルイズはこくりと頷いた。

 

「水と風は、虹を作る。王家の、そして国家の間に架かる虹さ」

 

ウェールズはにこりと微笑んで言うと、疑った非礼を詫びるルイズを手で制した。

 

「いいんだ、ラ・ヴァリエール嬢。このような状況では仕方のないことだし、大使としては正しい対応だ。

それに、我らにとっては君たちが最後の客人となるのだから、どうか気を使わずに楽にしていて欲しい。それが我らにとっての慰みにもなるのだよ」

 

ルイズは皇太子にそう言わしめてしまう現状を思い、悲しそうな顔をしながら一礼した。

そしてルイズはアンリエッタからの手紙をウェールズに渡す。

 

ウェールズはルイズから手紙を受け取ると、愛おしそうに花押に口づけをした。

そして折り目ひとつ付けないよう丁寧に封を開き、便箋をゆっくりと取り出す。

ウェールズは真剣な眼で文字を追い、わずかに目を細めてから静かに呟いた。

 

「・・・結婚するのか。アンリエッタは・・・、私の可愛らしい、従妹は・・・」

 

その口調にはどこか寂しげなものが感じられ、ルイズは何も言えずに頷いた。

 

そのまま最後の一行まで手紙を読み終えて、ウェールズは微笑んだ。

 

「委細了解した。姫は、とある手紙を返して欲しいとのことだ。何よりも大切なアンリエッタからの手紙だが、彼女の望みは私の望みだ。喜んでそうするとしよう」

 

ルイズはほっとしたような、どこか物悲しいような顔でもう一度頭を下げる。

 

「ただ、残念なことに姫の手紙はこの船に乗せてはいないんだ。空賊船などにあの可愛らしい姫の手紙を連れてくる訳にもいくまい。君達には面倒をかけるが、ニューカッスルまで同乗してくれたまえ。なに、戦いが始まるまでには君達を帰すことができるだろう」

 

 

 


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