Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第三十二話 大空の珍客

「なあに、ルイズ。何をにやにやしてるの?」

 

リウスはルイズの柔らかな髪に櫛を通しながら、ルイズと空飛ぶ船のベッドに腰掛けてお喋りをしていた。

 

ルイズは起きてからというもの、昨日のことで心配そうな顔をしたり、リウスが動けることに安心したり、昨日の無茶に怒った表情を浮かべたり、それから何やらにやにやし始めたりと、表情をころころと変えている。

 

「別に何でもないわよ?」

 

リウスにはそう言うルイズの顔があまり見えないが、また口元が上がっているのは何となく分かった。

 

「わかった、何か良い夢でも見たのね」

「そう、良い夢見たのよ。なんか、ほっとしたわ」

「リラックスできたのなら良かったわ。どんな夢を見たのか聞いてもいい?」

「だーめ」

 

つんと澄ました仕草をしながら、ルイズは目を瞑って笑った。

 

今まで一緒にいて、リウスのことは分かっているつもりだ。

リウスは人を信頼しているが、心の底からリラックスして人と話しているかと問われれば、そんなことはない。彼女は、常に警戒しながら人と接しているのだ。

 

もちろん異世界からやってきたということも影響しているのだろう。

しかしそれ以上に、過去の体験が彼女の性格に強く現れていることを、ルイズも薄々気付いていた。

 

夢に現れた『先生』や『カトリーヌ』。二人に語りかけるリウスは、それとは違った。

きっと二人はリウスにとって大切な人達なのだ。

二人と話している時のリウスの気持ちが、ルイズにも伝わってきていたのだから。

 

リウスの夢を見て、ルイズには思うところが山程あった。

常に身を切り刻まれるかのような悲しさや、果てしないまでに広がっていく憎しみ。

リウスはあのままだったらどうなっていたのか分からない。

 

しかし最後には、あの二人がリウスを救ってくれたのだ。

それがルイズにはとても嬉しかった。

 

そして、それとは別にもう一つ嬉しいことがあった。

 

リウスの夢を見ていない時は、リウスの気持ちは分からない。

しかし二人に対しての態度と同じものを、今この時、確かにリウスから感じていた。

自惚れなのかもしれないが、それでもルイズにとってはまるで自分が救われていくような、とても嬉しいことだった。

 

ルイズはもう一度嬉しそうに顔をほころばして笑った。

しかしさっきまでとは違い、そこには一抹の寂しさが含まれている。

ルイズは昨日決意したことをもう一度思い返していた。

 

リウスは、ハルケギニアに突然連れてこられた。

それでもリウスは自分と一緒にいてくれると言い、私も今まで考えまいとしていたが、やっぱりリウスにも待ってくれている人達がいるのだ。

 

だとしたら、何としてでもリウスを無事に元の世界へ帰さなくちゃいけない。

まだどうやってリウスを元の世界に返せばいいのかは分からない。

でも、いつまでもそれに甘えている訳にはいかなかった。

 

「アルビオンが見えたぞー!」

 

そうしていると、外から船員らしい人の大声が聞こえてくる。

目を見合わせたルイズとリウスは、連れ立って甲板へと向かっていった。

 

 

 

 

甲板に出たリウスは、目の前に広がっている光景に思わず息を飲んだ。

 

先にある雲の切れ目には、まさに大陸と呼ばれるにふさわしい黒々とした大地があった。

大陸ははるか視界の続く限り延びていて、地表には山々がそびえ立ち、川が流れている。

 

「驚いた?」

 

ルイズがリウスに得意げな顔で言った。

 

「知ってはいたけど・・・、これは流石に驚くわ」

 

ハルケギニアに来る前まで生活していた、ジュノーのような街一つどころではない、余りにも尋常ではない光景だった。

リウスは『浮遊大陸』という意味をようやく理解できた気がしていた。

 

「なんなの、あれ。ずっとあるの?」

 

リウスが若干的外れな質問をする。

 

「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中に浮遊して、主に大洋の上をさまよっているわ。でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称『白の国』」

 

ルイズはそのまま大陸の下半分を指差した。

 

大河から溢れた水が空に落ちて、白い霧になる。

そして霧は雲となり、その雲は大雨になってハルケギニアの広範囲に降り注ぐのだとルイズは説明した。

 

リウスが得意げなルイズから説明を受けていると、鐘楼に上った見張りの船員が大声を上げた。

 

「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」

 

リウスとルイズは船員の言う方向を見た。

確かに、この船よりも一回り大きい船がゆっくりと近付いてきている。

舷側に開いた穴からは、巨大な大砲がいくつも突き出ていた。

 

「あれって・・・」

 

リウスが眉をひそめたのと同時に、ルイズもぽつりと心配そうに呟いた。

 

「いやだわ。反乱軍・・・、貴族派の軍艦かしら」

 

 

 

 

後甲板で、ワルドと並んで操船の指揮を取っていた船長は、見張りが指差した方角を見上げた。

 

黒くタールが塗られた船体は、まさに戦う船を思わせている。

こちらにぴたりと二十数個もの砲門を向け続けていた。

 

「アルビオンの貴族派か? お前たちのために荷を運んでいる船だと教えてやれ」

 

見張り員は船長の指示通りに手旗を振った。しかし、黒い船からはなんの返信もない。

副長が駆け寄ってきて、青ざめた顔で船長に告げる。

 

「あの船は旗を掲げておりません!」

 

その言葉に、船長もみるみるうちに青ざめていく。

 

「してみると、く、空賊か!?」

「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及んでおりますから!」

「逃げろ! 取り舵いっぱい!」

 

その叫びに船の上がやおら慌ただしくなる。

乗っている船が緩やかにスピードを上げながら方向を変えていくが、時すでに遅し。

黒船はこちらの船を越えるスピードで並走し始めると、脅しの一発をこちらの進路めがけて放った。雷のような轟音が響きわたり、砲弾が雲の彼方へと消えていく。

 

青ざめた船員達が見つめる中、黒船のマストに四色の旗色信号がするすると昇っていく。

 

「停船命令です、船長・・・」

 

船長は苦渋の決断を強いられていた。

この船にだって武装がないわけではない。しかし、移動式の大砲が三門ばかり甲板に置いてあるだけだ。

二十数門も片舷側にずらりと並べたあの船の火力からすれば、こちらの大砲なんて役に立たない飾りのようなものだった。

 

船長は助けを求めるように、隣に立っているワルドを見つめた。

 

「魔法は、この船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」

 

ワルドは落ち着き払った声で言った。

その落ち着いた様子を恨みながらも、船長は口の中で「これで破産だ」と呟いて、船員に命令した。

 

「裏帆を打て。停船だ」

 

 

 

 

いきなり現れて大砲をぶっ放した黒船と、行き足をゆるめて停戦した自船の様子に、ルイズは怯えた顔でリウスに寄り添っていた。

 

「空賊だ! 抵抗するな!」

 

黒船から、メガホンを持った男が大声で怒鳴る。

 

「空賊ですって?」

「空賊・・・。盗賊の類か」

 

黒船から鉤のついたロープが放たれてこちらの船の舷縁に引っかかった。

手に斧や曲刀などの得物を持った屈強な男たちが、船の間に張られたロープを伝ってこちらに向かってくる。

 

「リ、リウス・・・」

 

ルイズの怯えた様子を気にしながらも、リウスは前甲板で黒船を睨み付けているグリフォンをちらりと見た。

 

ここからならアルビオンまでグリフォンで行けるかもしれないが、ワルドがグリフォンに命令を下しているようには見えない。

つまり、従うべきだという判断なのだろう。

 

すると、ルイズの肩にぽんと手を置かれた。いつの間にかワルドが後ろに立っている。

 

「ワルド・・・」

 

リウスはワルドをちらりと見て、空賊たちに聞こえないよう小声で囁いた。

 

「ワルドさん、無理ですか?」

 

それからグリフォンを見たリウスの視線に、ワルドも静かに声を出した。

 

「やめた方がいい。三人乗るとなると難しい上に、あの数の大砲がこちらに狙いを付けている。おまけに、向こうにメイジがいるかもしれない」

 

前甲板にいたワルドのグリフォンが立ち上がって空賊達へ威嚇を始めている。

しかしその瞬間、グリフォンの顔が青白い雲で覆われた。グリフォンはゆっくりと甲板に倒れ、寝息を立て始める。

 

「眠りの雲・・・。確実にメイジがいるようだな」

 

どかどかと音を立てて甲板に空賊達が降り立った。

 

その中に、派手な恰好が目立つ一人の空賊がいる。

汗とグレース油で汚れて真っ黒になっているシャツの胸をはだけさせ、そこから赤銅色に日焼けした逞しい胸が覗いている。

ぼさぼさの長い黒髪は赤い布で乱暴にまとめられ、ぶしょう髭が顔中に生えていた。

更には丁寧なことに左目が眼帯で覆われている。

 

「船長はどこでえ」

 

どうやら空賊の頭なのだろう。荒っぽい仕草と言葉遣いで辺りを見回している。

 

「わたしだが」

 

震えながらも精一杯の威厳を保った声で船長が手を上げる。

頭は大股で船長に近付き、抜いた曲刀で顔をぴたぴたと叩いた。

 

「船の名前と、積み荷は?」

「トリステインの『マリー・ガラント』号。積み荷は硫黄だ」

 

空賊たちの間から感嘆の声が漏れた。

頭の男はにやっと笑うと、船長の帽子を取り上げ、自分でかぶる。

 

「船ごと全部買った。料金はてめえらの命だ」

 

船長が屈辱で震えているのを横目に、頭は甲板に佇むワルド達に気が付いた。

 

「これはこれは。貴族の客まで乗せてるのか」

 

近付いてきた頭の男はリウスとルイズをじろじろと見つめてから、リウスの顎を薄汚れた手で持ち上げた。

 

「二人とも良い女じゃねえか。似てはいねえが、おめえら姉妹なのか? おれの船で皿洗いをやってみる気はないかい?」

 

男たちは下卑た笑い声を上げた。

リウスは顎に添えられた手を払いのけないまま、頭の男をじっと睨み付けている。

 

すると、横からルイズがその手をぴしゃりとはねつけた。

燃えるような怒りを込めて、男を睨み付ける。

 

「下がりなさい! 下郎!」

「おっと、こりゃ驚いた! 下郎ときたもんだ!」

 

男たちが大声で笑った。そのまま頭の男がルイズへと近付いていく。

 

「なんだ、お前が皿洗いをやりたかったのか?」

 

「その子に近付くな」

 

低く冷たい声に、頭の男がリウスをもう一度見る。

 

「あん?」

「その子に、触れるんじゃない」

 

傍目には怒った女性が強がっているだけに見えたかもしれないが、頭にだけは分からせる、それほどの静かな怒りと殺意をリウスは放っていた。

 

「落ち着け、やめるんだ」

 

内心焦りを感じていたワルドがリウスの肩に手を置いた。

 

しばらく頭の男を睨み付けてから、リウスは目を閉じて、静かに息を吐いた。

 

「・・・分かりました」

 

頭は知らずごくりと生唾を飲んで、「おお、怖い怖い」とその場を取り繕うように言った。

 

「よし、てめえら。こいつらも運びな。身代金がたんまりと貰えるだろうぜ」

 

それから他の空賊達がやってくると、ルイズ達の簡単なボディチェックを始めた。

とはいえ杖を取り上げるくらいで、残りは服の上から手で確認するだけである。

 

ルイズに触れている空賊をリウスが睨み付けていると、まるで安心させるかのようにルイズが小さく笑顔を浮かべた。

 

 

抵抗できそうな手段をおおよそ取り上げられた後、ルイズ達はマリー・ガラント号と空賊船の間にかけられた木板の桟橋を渡って、空賊船へと向かう。

 

その時、リウスは目の前のルイズの指で輝く『水のルビー』をただじっと見つめているのだった。

 

 

 


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