Double Servant -Poetry of Brimir- 作:ねずみ一家
ごつごつとした岩で出来た巨大ゴーレムが、窓の向こうからこちらを覗いていた。
巨大ゴーレムの肩には誰かが座っている。
その人物は、長い緑色の髪を風になびかせていた。
「フーケ・・・!」
憎々しげにリウスは口を開いた。
その言葉を聞いて、土くれのフーケはわざとらしく嬉しそうな声を出す。
「感激だわ。覚えていてくれたのね」
「あ、あなた、牢屋に入っていたんじゃ・・・!」
恐怖をぐっと堪え、ルイズがリウスの肩にしがみつきながらも叫んだ。
そのルイズの様子に気付いたリウスは、ルイズを庇うようにしながらもう一度フーケを睨み付ける。
「親切な人がいてね。わたしみたいな美人はもっと世の中のために役に立たないといけないって、出してくれたのよ」
フーケは嘯いた。そんなフーケの隣に、黒マントを着た貴族が立っている。
あいつがフーケを脱獄させたのだろうか? その貴族はしゃべるのをフーケに任せ、だんまりを決め込んでいる。
白い仮面を被っているので顔は分からないが、体格から男のように見えた。
「・・・お節介なヤツもいるものね。それで、何の用?」
リウスは腰の短剣を握ると、ルイズと共にじりじりと後ろへ下がる。
あの仮面の貴族がどの程度の実力か分からない以上、ここで戦うのは得策ではない。
「素敵なバカンスをありがとうって、お礼を言いに来たんじゃないの!」
フーケの目が吊り上がり残酷な笑みを浮かべる。
その言葉と同時に、ベランダのあった窓から部屋の中へと巨大ゴーレムの腕を突き入れた。
「アーススパイク!」
リウスは瞬時に短剣を引き抜くと、その腕に狙い澄まして魔法を叩き込んだ。
石の床からせり出した三本の石柱がゴーレムの腕に突き刺さり、ぎぎ、と音を出してゴーレムの腕が動かなくなる。
その隙にリウスはルイズを連れて部屋の外へと飛び出すと、一階への階段を駆け下りていった。
降りた先の一階も、修羅場となっていた。
キュルケ、タバサ、ギーシュと、そしてワルドが魔法で必死に応戦しているが、多勢に無勢の言葉そのままに苦戦しているようだ。
宿の外に陣取っている傭兵の数といったら、まるでラ・ロシェールの傭兵をかき集めてきたのかと思う程である。
床と一体化しているテーブルの脚を折って盾にしているものの、外の傭兵達はメイジとの戦いに慣れているようで、しっかりとキュルケ達の魔法の射程を見極めた上で射程外から弓を射掛けていた。
しかも暗闇を背にしている傭兵達に地の利があり、屋内で迎撃するには分が悪いと言わざるを得ない。
ルイズの盾になったリウスは短剣で飛んでくる矢を切り払いながら、素早くキュルケ達の陣取るテーブル裏へと飛び込んだ。
「おかえり、リウス。ルイズも」
「ただいま。ちょっと見ない間に凄いことになってるわね」
「見ての通りよ。大変だわ」
軽口を叩き合うリウスとキュルケ。
他の貴族達は突然の襲撃に、カウンターの下へ逃げ込んで震えているだけだ。
「フーケも来てるわよ」
懐に仕舞っていた小さな荷物袋へ目を通しながらそう告げると、そのリウスの言葉に一行は驚きを隠しきれない様子だった。
一方で「俺を使え! 使ってくれ相棒!」と騒ぐデルフリンガーに対して、リウスはどこ吹く風といった具合である。
「そんな・・・! 捕まったんじゃなかったんですか!?」
「脱獄したみたいね。もう一人メイジがいるみたいだし、本当に大所帯なことだわ」
「参ったね」
ワルドがそう呟くと、タバサがこくりと頷いた。
石のテーブルには矢が雨のように降り注いでいる。この調子では迂闊に顔を出すこともできない。
「傭兵達は断続的に魔法を使わせ、精神力が無くなったところで突撃する戦術を取っている。どう対処するか考えなければならない」
「そこで俺っちを持った相棒がバーッと駆けていってこうバッタバッタと・・・」
「メチャクチャ言わないでよデルフ。そんなの無理に決まってるでしょ」
「僕のゴーレムで防いでみせる!」
タバサの言葉に、ギーシュが杖を持つ手を震わせながら言った。
「無理」
「無理ね」
「やめた方がいいわ」
しかし無情にも、タバサ、キュルケ、リウスがほぼ同時に告げた。
「ワルキューレじゃあ、あの数の矢や剣は受けきれないわよ。今は大人しく・・・」
「やってみなくちゃ分からない!」
リウスの言葉半分にギーシュはそう叫ぶと、颯爽と隠れたテーブルから身を乗り出した。
「卑しき傭兵諸君! 僕は『青銅』のギーシュ! 無礼な君達には、僕のワルキューレが・・・ぐえっ!」
リウスは慌ててギーシュの首根っこを掴むと、テーブルの陰に引き戻した。
その瞬間に、先ほどギーシュがいた場所へ雨のような矢が降り注ぐ。
「な、何を・・・」
「なにやってるの! 死ぬつもり!?」
「あっぶないわね、まったく・・・。トリステインの貴族は口ばっかり達者なんだから。勇気と無謀の違いくらい、辞書に乗せといてほしいものだわ」
リウスがギーシュを叱りつけ、キュルケとルイズがじろりと睨み付けた。
タバサは咄嗟に構えた杖を地面に下ろす。
それを受けて少し頭が冷えたのか、ギーシュは冷や汗をダラダラ垂らしながらしどろもどろとなっていた。
「す、すみません」
「まったくもう、気を付けてよ? とはいえ、どうしたもんかしらね」
この傭兵の数では、街の衛兵達が来たとしても対処し切れるとは限らない。
かといってこのまま消耗戦をしていてもいずれ攻め込まれてしまうだろう。
それだけなら、全員で脱出も可能なのだが・・・。問題は、フーケと白仮面のメイジである。
あの二人が追ってきた場合、容易く逃げ切れるとは限らない。逃げ切れなかった場合はここにいる傭兵達が全て追いかけてくる。
もし、外でこの数に囲まれたとしたら・・・。
「いいか、諸君」
リウスが必死に考えを巡らしていると、ワルドが低い声で話し始めた。
一行は黙ってワルドの話へ耳を傾ける。
「このような任務は、半数が目的地にたどりつければ成功とされる」
ワルドがそう言うと、静かに考え込んでいたタバサが青い瞳をワルドの方へと向けた。
自分とギーシュ、キュルケを杖で差して「囮」とだけ告げた。
それからタバサは、ワルドとルイズとリウスを指して、「桟橋へ」と呟いた。
「時間は?」
リウスが呆気に取られていると、タバサが即座に答える。
「今すぐ」
「聞いての通りだ。裏口に回ろう」
「え? え?」
「ちょ、ちょっと!」
ルイズとリウスは驚いた声を上げた。
「彼女達が敵を引きつける。囮だ。その隙に僕らは桟橋に向かう」
「で、でも囮だなんて・・・。大体どうやって逃げるつもりなのよ!?」
ルイズは動揺しながらキュルケたちを見る。
リウスはそれに代わる方法を思いつかない自分に歯噛みしていた。
「ま、仕方ないわね。あたし達は何も知らないんだし、そっちの三人で行くしかないのよ」
「ぼ、僕は・・・」
「アンタはこっち。勇猛なるギーシュさまが、かよわい女生徒達を放っておくつもり?」
「桟橋に向かうのは少人数の方がいい。ギーシュのゴーレムは便利だから残って」
ギーシュは不貞腐れたような態度をするも、確かにそうだと無理やり納得した様子で頷いた。
「君らはかよわくないだろう・・・、ただタバサの言い分は一理あるのかもしれないね。
うーむ、ここで死ぬのかな。死なないのかな。死ぬ、死なない、死ぬ、死なない・・・」
一人でぶつくさと呟きながら、ギーシュが薔薇の造花でできた杖で確かめ始めている。
タバサはリウスを静かに見つめ、こくりと頷いた。
「あなたの負担にはならない。行って」
「そうよ、ルイズも安心して行きなさいな」
キュルケもタバサの言葉へ重ねるように告げた。
自分たちが外に出れば外の傭兵達もばらけるかもしれないが、傭兵達が思っていたよりも多すぎる。
それにフーケや得体の知れないメイジがいる以上、ここに三人を残していくのは余りにも危険すぎるのだ。
でもこれ以外に方法はない。
だからこそ、ここに三人を残していくのなんて・・・。
リウスは悩みに悩んだが、この場は分かれて行動する以外にないように思えた。
時間だって限られている。
リウスは悔しそうな表情で頭をがしがしとかいた。
「ああもう・・・!」
傭兵たちの隙を作るため、そして突入を遅らせるために、リウスは全力で魔法を詠唱し始めた。
隠していた呪文の一つをワルドへ見せてしまうが、この場ではしょうがない。
「ソウルストライク!」
一瞬で詠唱を終えたリウスの頭上に、1メイル弱ほどもある十個の光の球が次々に浮かび上がった。
かと思うとそれらは蛇行するように尾を引いて、宿の入り口へ向けて飛び去っていく。
「ぐわっ!?」
「な、何だ、何の魔法だ!? バカ、押すんじゃねえ!」
入り口の外へと飛び出していった光の球が密集していた傭兵達を根こそぎ薙ぎ払うと、次いでリウスが呪文を完成させる。
「ファイアーウォール!」
入り口のすぐ外に、入り口を覆うほどの炎の壁が立ち現れる。これなら突入を大分遅らせられるだろう。
「これは・・・凄いな。さあ、今の内だ。遅くなればこちらが不利になる」
リウスの魔法に目を丸くしていたワルドがルイズを促す。
リウスは殿としてルイズの後ろにつくと、残る三人に振り返った。
「三人とも、危なくなったらすぐに逃げるのよ!」
そう言って、リウスはワルド、ルイズと一緒に厨房にある勝手口へと駆け出していった。
その後ろ姿を見送って、キュルケはふうっと溜め息を吐いた。
「まったく。ルイズもリウスも、心配性なんだから」
やれやれといった風に笑うキュルケへ、タバサはこくりと頷いて杖を握った。
「あれなら大分時間は稼げる。これでフーケ達を引きつければこっちのもの。もう少しの辛抱」
大きな音で自分の顔を叩いて、ギーシュは一つ気合いを入れる。
「よ、よし! やろうじゃないか、二人とも!」
「ええ、火傷しない程度にね」
二人は杖を抜き放ち、ニヤリと笑い合った。