Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第二十五話 ひとときの休息

「一人では危ないので、よければ送っていきましょうか?」

「いえ、これでもメイジですからね。問題ないですよ。お勤めご苦労さまです」

 

その親切な衛兵の一人に、リウスは笑顔を返した。

 

少し前に、一行は明日の朝一番で船を出す予定の商船があるかどうかをラ・ロシェールの門番に問い合わせていた。

しかし、どうやらアルビオンがラ・ロシェールに近付く月の重なる夜、『スヴェル』の月夜が明後日のため、船を出すには明後日でないといけない、ということだった。

 

船が出ない以上どうしようもないため、一行は貴族向けの宿場だと聞いた『女神の杵』亭に泊まるということにしたが、リウスだけは一旦別行動を取ることにした。

先程の襲撃についての情報を得るために衛兵の詰所へ向かい、ついでにアルビオンの現状を詳しく尋ねていたのである。

 

衛兵たちは相当忙しいらしく、リウスがメイジだと聞いて渋々対応していたのだが、学院の衛兵でありラ・ロシェール出身でもあるドニの名前を出すと一転、表情を変えて色々なことを教えてくれたのだった。

 

「相棒。あんなに心配してたってのに嬢ちゃん達をほっぽっといていいのか?」

 

衛兵の詰所を離れたリウスに対して、背負っていたデルフリンガーが声を出した。

街中では喋るなと言っていたのにこの有様であるが、無視して騒ぎ始められたらもっと面倒なことになりかねない。

 

「ワルドさんとルイズだけなら一緒にいたけどね。別れる前にタバサとキュルケにもお願いしてきたし大丈夫だと思う。アルビオンへの港町なら情報も入ってきてるだろうし、どっちにしてもどこかのタイミングで来る必要があったのよ」

「さっき聞いた内容のことか? スカした貴族の兄ちゃんにでも聞けばよかっただろーに」

「ワルドさんのこと? うーん・・・、いつ船が出るのかも知らなかったみたいだし、あんまり当てにはならないかな」

「なんだ、あんまり信頼してねーんだな」

 

まあね、と短く答えたリウスに、ふーん、と生返事をするデルフリンガー。

しかしまだ話し足りないのか、また背から声がかけられた。

 

「しっかし相棒も慣れてやがんね。いつもこうやって話聞いてんのか?」

「仕事柄ね。先にツバつけとけば動きやすいでしょ?」

「ツバつけとけば・・・、ってその使い方おかしくねーか? ともかく襲撃はあるかもしれないってことだな。俺っちをどう使ってくれるか楽しみってなもんだ」

「そんなの楽しみにしてんじゃないわよ。あと、そろそろ静かにしてなさい」

 

デルフリンガーが静かになったのを見届けてから、リウスがラ・ロシェールの街道を歩いていると、道端に多くの空き瓶やら得体のしれない生ごみやらが転がっていた。

ごろつきらしい連中が酒場の前で喧嘩をしているのを尻目に、リウスはさっさと宿屋へ向かって歩いていく。

 

今のラ・ロシェールには多くの衛兵たちが臨時で送られてきているらしいが、それでもアルビオンから逃げてきた傭兵や移民による問題が日に日に増えているそうだ。

 

そして、アルビオンについても良い話はほとんど聞けなかった。

かといってトリステインにはどうすることも出来ないらしく、今は他の国と同様に静観を決めてゲルマニアとの同盟締結に動いているとの噂である。

 

いよいよ、アルビオン王家は無くなってしまうだろう。

そう衛兵達は語っていた。

 

アルビオンの王族を襲っている貴族派は、『レコン・キスタ』という組織の元に反乱を起こしているようだ。

その組織が掲げているのは、どうやら東方にあるという『聖地』とやらの奪回と、貴族による共和政を目的とした革命を全ての国に対して行なっていくことなのだそうだ。

しかし、それを聞いたリウスは嫌な予感しか頭に浮かばなかった。

 

共和政ということは、君主を持たない、または君主が形式化されるということだ。

メイジという武力を持った集団が、王族という分かりやすいトップを持たなくなるということ。

それによって、一体どんな混乱が生まれるのかなんて分かったものではなかった。

 

この世界がどうなるかなんて私には分かりようもない。

正直に言うと、ハルケギニアもこの国の行く末も、私の知ったことじゃあないのだ。

ただ、私の守りたい人達が笑って暮らせればそれでいい。

 

しかし、この戦はよくある話のように全てを巻き込んでいくもののように思えた。

そしてこの『よくある話』には、必ず弱者の犠牲がつきものとなる。

かつて、リウスの世界にあるシュバルツバルド共和国が、レッケンベル社という組織に力を奪われていった時と同じように。

 

それはともかく、とリウスは思考を切り替えた。

 

思っていた通り、ラ・ロシェール郊外で貴族が襲われるという事件は起こっていないらしい。

グリフォンに乗ったメイジについての知識を衛兵に尋ねてみたところ、そういったメイジは王家直属の貴族か、それに相当する凄腕のメイジだという認識をちゃんと持っているようだ。

 

だとすると、峡谷での襲撃者たちはほぼ間違いなくこの任務を妨害しようとしている連中なのだろう。

他の目的があろうがなかろうが、間違いなく言えることは現状が楽観できる状況ではないということだった。

 

リウスは懐に仕舞い込んだ小さな二つの皮袋にそっと触れる。

 

この皮袋は今回の旅でリウスが持ってきた少しばかりの荷物であり、片方には百枚ばかりのエキュー金貨、もう片方には青く輝く魔法石が入っていた。

この魔法石、ブルージェムストーンは一部の魔法の触媒となるが、数が七個しかない上にハルケギニアで補給することはできないだろう。

しかし、今回の旅で使い切ることすらもリウスは視野に入れていた。

 

(七回か・・・。足りないことはないだろうけど)

 

リウスはもう一度その数字を頭に刻み込むと、周囲を警戒しながら皆が泊まっている宿屋へ繋がる道を足早に歩いて行くのだった。

 

 

 

 

一方、リウスを除く一行は『女神の杵』亭に到着していた。

この宿はラ・ロシェールで一番上等な宿だそうで、一階が酒場、二階が寝室というハルケギニアではオーソドックスな宿屋である。

 

街で一番上等ということは貴族相手に商売をしているということであり、この宿はそれに見合った非常に豪奢な内装となっていた。

テーブルからして床と同じ一枚岩を削り出したものであるらしく、顔が映り込むほどピカピカに磨き上げられている。

その様相から着席するだけでも相当な金額がかかると判る代物だった。

 

その内の一番入り口に近いテーブルで、旅の一行は数本のワインボトルと上等な食事の皿を並べて適当に食事を始めていた。

 

しかし今の一行にはリウスと、そしてワルドの姿もなかった。

リウスは衛兵の詰所へ道中の襲撃を伝えに行き、ワルドはというとアルビオンへの出発を直接交渉しに行くということで、ひとり船着き場へと向かっていたのだった。

 

「全く・・・、リウスもワルドも・・・。一人じゃ危ないかもしれないのに・・・」

 

ルイズは二人の行動にぶちぶちと文句を言いながら、ローストビーフを一切れ口に放り込む。

キュルケは何やらぶすっとした顔をしながら、ワイングラスを傾けていた。

 

「リウスなら問題ないでしょ、一人の方が動きやすいとも言ってたし。ルイズの婚約者殿も衛士隊隊長なんだからウデに自信がおありなのよ」

 

なにやらキュルケがご機嫌ナナメなのは、先程いつものようにワルドへ言い寄ったものの、けんもほろろに扱われたためである。

それと同時に、あの氷のような目を向けてきたワルドがルイズの婚約者だと聞いて、キュルケはひとり心配なような不安なような気持ちを覚えていたのだった。

 

(まったく! 美女をあんな目で見るだなんて、本当に不躾だわっ!)

 

自分は不躾でないと自負するキュルケは内心の思いをいちいち口に出さなかったが、それでも気に喰わないとばかりにぷりぷり怒りながらワインを煽っていた。

 

「やあ、遅くなったね」

 

そうこうしているとワルドが戻ってきた。

ギーシュは疲れのあまり食事も程々にぐったりとした体勢でいたが、ワルドを見るやぴしっと姿勢を正している。

 

ワルドは一行の空いた椅子に座ると、手ずからボトルを取って、ワインをグラスへ注いでいった。

 

「残念な知らせだ。やはりアルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」

「そうなの。急ぎの任務なのに・・・」

 

ルイズは不機嫌を隠さずに眉根を寄せた。

 

「遅くとも明後日の夜には出発できるようだ。明日はゆっくり休んで英気を養うことにしよう。積もりに積もった話もあることだしね」

 

ワルドはそう言ってルイズに向けてウインクを投げかけると、ルイズが照れくさそうにもじもじとしている。

キュルケはますます面白くなさそうにワインをぐびりと煽った。

 

そうして一行は学院の話やワルドによる魔法衛士隊の話、目を輝かせているギーシュがワルドに様々な質問をする等をしながら過ごしていった。

料理の皿が少なくなってきた頃、会話はルイズの使い魔であるリウスの話へと移っていった。

 

「それにしても東方のメイジを使い魔にするとはね。ルイズ、ミス・リウスはどんな人なのかな? なにやら随分と戦い慣れているようだが」

「確か、えっと、シュバルツバルドっていう国で学者をしながら、ボウケンシャってのをしていたって言ってたわ。色んな国を回って、色んな人の頼みを受けて」

「へえ、流浪のメイジってやつなのかな。貴族崩れなのかい?」

「リウスは貴族じゃないって言ってたけど・・・」

 

キュルケが自分のグラスに注がれたワインをちびりと飲んだ。

 

「どちらにしても、良い意味で貴族らしくはないですわね。平民だろうが何だろうがお構いなしに話してるかと思えば、学院の先生相手でもちゃんと意見して。ゲルマニアでも珍しいタイプの人ですわ」

「すごく立派な方ですよ、ミス・リウスは」

「はしばみ草のサラダ、大盛りで」

 

疲労もあって一行の料理はなかなか減らないが、店員へサラダの追加を頼んだタバサはその健啖家っぷりを存分に発揮していた。

料理の八割はタバサが食べているといってもいい程である。

 

「君達は随分とミス・リウスを信頼しているようだね。僕は東方について少し興味があるんだが、何か東方についてのことを話していたかい?」

「そんなには話してくれないわ。あまり話したがらないの」

「そういえば、私達もそんなにリウスのこと知らないわね。リウスも良い年齢なんだし、素敵な殿方でもいたことあるのかしら」

「お肉、追加で」

 

はしばみ草のサラダを持ってきた店員へ、タバサがまた追加の料理を頼んでいる。

その瑞々しい緑色のサラダを見たギーシュが何か思いついたように口を開いた。

 

「前にミス・リウスが言っていたんですが、東方にはイグドラシルっていう大木があるらしいですよ。実や種は万能の薬で、葉っぱは死んだ人を・・・あだっ!」

 

突然、キュルケがギーシュの頭をすぱんっとひっぱたいた。

 

(ギーシュ。あなた、リウスがあまりその話を他の人にしないでって言ってたこと忘れたの?)

(ご、ごめん。つい・・・)

 

ひそひそ話をしている二人に向けて、ワルドがいたって真面目な顔を向けた。

 

「死んだ人を、何かな?」

「い、いやその」

「お供え」

 

黙々と料理を食べていたタバサが小さく口を開いた。

その意図にすぐ気付いたキュルケがタバサの言葉を継いで発言する。

 

「そう、死んだ人のためにお供えするらしいですわよ? そういう風習があると言っていましたわ」

 

キュルケがあっけらかんとした態度でそう言葉を添えた。

しばらくワルドは真面目な顔のままギーシュとキュルケを見ていたが、何やら観念したように静かに笑った。

 

「そうか、死んだ人のためにね。一度その大木を見てみたいものだ」

 

ワルドがそう言葉を区切った時、リウスが宿に帰ってきた。

 

「ごめん、遅くなったわ」

「ほんとに遅いわよ、心配したんだから。平気? 何にもなかった?」

 

ルイズはむすっとした様子をしながらも、リウスを気遣ってあれやこれやと質問を投げかけている。

 

「何にも無かったわよ。ちょっと衛兵に話を聞いてただけ」

 

リウスは空いた席に腰かけると、先程の襲撃者たちについて知り得た情報を一行へ説明する。

そして、ワルドも出発が明後日にならないと出来ないことを改めて告げた。

 

「それなら今すぐにも出発したいところだが・・・、出発できないからには仕方がない。今日はもう寝るとしよう。先ほど部屋を取った」

 

ワルドが鍵束をじゃらりと机の上に置いた。

 

「ミス・キュルケ、ミス・タバサ、ミス・リウスが相部屋だ。ギーシュ君は一人部屋となる」

 

へえ、とリウスが少し驚いた顔をする。

そう来るなら次に続く言葉は・・・。

 

「そしてルイズと僕が同室だ」

「そんな、ダメよ! まだ私たち結婚してる訳じゃないんだから!」

「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

「で、でも・・・」

 

ちらりとルイズがリウスの顔を見た。

ルイズの視線に気付いたリウスは、穏やかな表情のまま自分のグラスにワインを注いでいく。

 

「ギーシュくんが一人部屋なのは良くないと思いますよ」

 

一行がリウスの顔を見る。

リウスがワインをちびりと飲んでいる中、ワルドは少しばかりの微笑みをリウスへと向けた。

 

「どういうことかな?」

「いつ襲撃があるかも分かったものじゃない、だから一人で部屋にいるべきではない、ということです。

まぁ私がギーシュくんと相部屋になってもいいのですが、親密でない男女で泊まるのは褒められたことじゃないでしょう?」

「そ、それはちょっと・・・!」

「な、なに言ってるのよリウス! ダメよ! ぜったいダメ!」

「あら、リウスったら。どういうことなの?」

 

ギーシュとルイズが慌てたように声を上げ、何を思ったのかキュルケが目を輝かせながら前のめりになってくる。

 

「本当はみんなで一つの部屋にでも集まってた方がいいんだけどね。それぞれ個室に泊まるのならそういうのもアリって話よ」

 

リウスがそこまで言うと、キュルケは前のめりになった体勢から椅子に深く座り直した。

 

「なーんだ。危険だから、ってこと?」

「? そうよ、他に何かある?」

 

きょとんとしたリウスの様子に、キュルケは「つまんないの」と一言漏らしていた。

ギーシュは心なしかほっとした様子であり、ルイズは「それでもダメ!」とわあわあ騒ぎ立てている。

 

ワルドは少し溜め息を吐くと、観念したように声を出した。

 

「・・・分かったよ。ルイズもそれは嫌なようだし、流石にそこまでしてもらう訳にもいかないからね。ルイズとミス・リウス、僕とギーシュ君で別れて泊まることにしよう」

「すみません、ありがとうございます。ルイズと話している時には部屋に入らないようにしますので」

「ああ、そうしてくれると助かる。ではルイズ、すまないが僕の部屋まできてくれ」

 

ワルドはそう言って鍵束から一つの鍵を抜き取ると、ルイズに目配せをした。

 

「ええ、じゃあ・・・」

 

二人で話をするだけなら、とルイズは特に反対する様子もなく、ワルドと一緒に階段を上がっていった。

 

もちろん、リウスは二人の会話が気にはなった。

しかし盗み聞くつもりなんてなかったので、とりあえず食事にしようと店員へいくつかの料理を頼んでいく。

 

正直に言って空腹だったリウスは、まず大盛りで運ばれてきたタバサおすすめのサラダへと手を付けるのだった・・・。

 

 


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