Double Servant -Poetry of Brimir-   作:ねずみ一家

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第二十四話 渓谷の戦い

「すっかり暗くなっちゃったわね」

「ここがラ・ロシェールの峡谷ですよ・・・。ここの道を越えればすぐのはずです・・・」

 

馬を更に何度も替えて飛ばしてきたので、リウス達は出発した日の夜中にはラ・ロシェールの入口まで辿りついていた。

 

先程まではすぐそこにワルドのグリフォンが見えていたものの、峡谷の中に入ったためにグリフォンには少し距離を離されてしまったようだ。

リウスとギーシュは険しい山の中を縫うように進んでいく。

 

「よし、あともう少しだ。元気が出てきたぞ。ああ、それにしても早く柔らかいベッドで眠りたいな・・・」

 

ぶちぶちと愚痴をこぼしているギーシュを尻目に進んでいくと、月夜に照らされた峡谷の隙間から遠目に街の灯が見えた。

その向こうには山のような巨大な黒い影が見える。

あれがラ・ロシェールのシンボルともいえる大樹であり、アルビオンへの船着き場なのだろうか。

 

「よくもまぁこんな所に街なんて作ったものね」

「あの街はトリステインのスクウェアメイジが総出で作ったらしいですよ。ここにはアルビオンが定期的に近付きますからね」

 

心なしか、街の灯を見てギーシュも元気が出てきたようだ。

 

少し進むとまた街の灯は峡谷に隠れて見えなくなってしまったが、ギーシュは背筋を正してキビキビと馬を進ませていく。

リウスを先導しながら進んでいくギーシュの姿に、リウスは微笑みを浮かべてから小さく一人呟いた。

 

「アルビオンが近付く、ねえ。当たり前のように大陸が浮かんでるなんて、凄いもんだわ」

 

『白の国』アルビオンは、一定のコースを持ってハルケギニア上空を浮遊しているらしい。

その浮遊大陸の下半分は流れ落ちる水によって常に白い雲で覆われているので、『白の国』という通称で呼ばれているのだそうだ。

 

そんな大陸と行き来するためには空を飛べなければならない。

そんな疑問を元にリウスが調べた結果、ここハルケギニアには数多くの空飛ぶ船が存在していることが分かった。

 

しかも、当たり前のように平民にも使われているレベルで、である。

 

その事実にリウスはとても驚かされた。

リウスが住んでいた国、シュバルツバルド共和国にも飛行船というものはあるのだが、それはせいぜい数えられる程度の数でしかないのだから。

 

そうリウスが感慨に耽っていると、ふいにギーシュの頭上にオレンジ色の明かりが見えた気がした。

その瞬間、ギーシュの馬の周りに何本もの松明らしきものが投げ込まれる。

 

「うわっ! なんだ!?」

 

ギーシュが悲鳴に似た声を上げた途端、複数の矢が辺りに降り注いでいく。

ギーシュの乗った馬がいななきを上げて前足を大きく宙に振り上げた。

 

「うわわっ!」

 

馬が前足を上げた拍子に、態勢を崩したギーシュが地面に転がった。

ギーシュを振り落した馬はラ・ロシェールに続く道を走り去っていく。

 

「っ! まずい!」

 

リウスは身を低くしながら急いでギーシュの傍へ馬を走らせると、ギーシュの元へと飛び降りた。

その瞬間リウスの乗っていた馬に数本の矢が突き刺さり、馬は悲鳴を上げて暴れまわりながら闇の中へ走り去っていく。

 

リウスは飛び降りた勢いのままギーシュの襟首をひっつかんで近くに引き寄せると、腰に差してあった短剣に触れながら一瞬で詠唱を完了させた。

 

「アーススパイク!」

 

勢いよく目の前に発生した石柱から、いくつもの矢を弾き返す音が聞こえてくる。

 

その音を耳にしつつ、リウスは次にするべき行動を瞬時に判断していた。

先ほどの矢の軌道から襲ってきた相手の位置は分かったのだが、今この時点で背面から攻撃されたらひとたまりもない。

 

「ギーシュくん! 前と後ろにワルキューレを!」

「え、あ、わ、分かりました! ワ、ワルキューレ!」

 

地面へ戻っていく石柱との入れ替わりに、ギーシュのワルキューレが二人の前後に立ち現れた。

それぞれのワルキューレが大盾を構えると、片側のワルキューレから矢が弾き返される金属音が聞こえてくる。

 

「ななななんだ、野盗か!? 山賊か!? それともアルビオンの貴族連中か!?」

「こら、ギーシュくん。ちょっと落ち着きなさい」

 

リウスはわたわたとしているギーシュの顔を両手で掴み、自分の顔へと無理やり向きなおさせる。

ギーシュは唾を飲みこむと、ようやく落ち着いたかのようにリウスの目を見た。

 

「いい? 私がワルキューレの後ろから飛び出したら、あなたはワルキューレを盾にしてラ・ロシェールへ走りなさい」

「え、え。どういうことですか!?」

「長々話してる余裕はないわ。分かったわね? 私は後から付いていく。あなたは全力で走ること。絶対にワルキューレからは出ないようにして」

 

敵が弓矢を使っている今はまだいいが、この状況で魔法を撃ちこまれたら非常にまずい。

このままワルキューレに隠れ続けていれば一網打尽にしてくれと言っているようなものだ。

ワルドがすぐ来てくれればいいが、どうなるかは分からない。

 

そう考えたリウスはギーシュの顔から手を離すと、ワルキューレの陰から矢が飛んできた方向を見る。

 

月明かりに照らされた峡谷の上では、多くの人影が動き回っていた。

 

(あそこか)

 

短剣を引き抜いたリウスは人影の動きをじっと見つめながら口を開いた。

 

「ギーシュくん、用意して」

「は、はい」

 

人影が二、三のグループに分かれたのを見つめていたリウスは、その一つへ向けて慎重に詠唱を開始した。

 

「ファイアーボール」

 

リウスの詠唱が完了する。

するとリウスの頭上に1メイル程の炎の塊が浮かびあがり、その炎の塊は凄まじい勢いで崖の上へと向かっていった。

炎の塊は着弾する寸前にいくつもの炎へと分裂し、それぞれが意思を持つかのように尾を引きながら崖上の人影に襲い掛かっていく。

 

いくつもの炎が爆発する音と共に男達の悲鳴が聞こえてくる。

その瞬間にリウスはワルキューレの陰から飛び出すと、崖の上の状況をもう一度確認した。

 

続いて、ギーシュが少し戸惑いながらもワルキューレと共にラ・ロシェールへ続く道を走り出す。

リウスは炎に照らされた崖の上にギーシュとワルキューレへ弓を向けた数人の男を見つけると、その手に持つ短剣を勢いよく向けた。

 

「ファイアーウォール!」

 

黄金に輝く短剣を通して宙に火花が散ったかと思うと、その男達の目前に身の丈ほどの炎の壁が立ち現れた。

駄目押しとばかりに先ほどファイアーボールが着弾した近くにも炎の壁を発生させると、峡谷に更に大きな悲鳴が響きわたる。

 

リウスが走っていくギーシュの元に向かおうと駆け出した時、矢の飛び交う音が聞こえてきた。

どうやら狙い撃つのは諦めてそこらじゅうに矢を放っているようだ。

リウスは偶然当たりそうになった矢を短剣で切り払おうとする。

 

すると、急に突風が吹いて目の前に竜巻が発生した。

月明かりの中、目の前に飛んできていた矢が宙へと吹き飛ばされる。

 

「大丈夫か!」

 

羽ばたく音と共に現れたのはグリフォンに乗ったワルドとルイズだった。

 

「ギーシュくん、ストップ! 私達は問題ありません!」

「はあ、はあ。た、助かった」

 

息を切らせているギーシュの様子をリウスはさっと見たが、どうやら矢は受けていないようだ。

ワルドが風を操って矢の軌道を変え続けている中、グリフォンがリウスの近くへ降りてくる。

 

「ミス・リウス、状況は?」

「敵は崖の上です。矢が中心で、数は不明。メイジがいるかは分かりません」

「そうか、なら僕が行こう。ルイズはここで待っていてくれ」

 

ワルドが崖上を睨み付ける中、リウスはグリフォンから降りてきたルイズを受け取る。

ルイズを降ろしたことを確認したワルドは、グリフォンを崖上へと駆らせていった。

 

「二人とも大丈夫? 怪我はない?」

 

ルイズが心配そうな顔できょろきょろと二人の身体を見回している。

 

「問題なしよ。だけど馬がいなくなっちゃったわね」

 

すると上空からグリフォンとは違う大きな羽ばたきが聞こえる。

その聞き覚えのある羽音に、地上に残っていたリウスは夜空に浮かぶ影を見上げた。

 

「あれは・・・、シルフィード?」

 

しばらくして崖上の声も聞こえなくなると、グリフォンとシルフィードが三人の傍の地面に降り立つ。

そしてシルフィードの背から赤毛の少女が飛び降り、ばさりと髪をかき上げた。

 

「はーい、お待たせー」

 

そのよく見慣れた顔はキュルケだった。リウスの横に立つルイズがキュルケに怒鳴りつける。

 

「はーいお待たせーじゃないわよっ! 何しに来てんのよアンタ!」

「助けに来てあげたんじゃないの。あんな朝早くから馬に乗って出かけようとしてるんだから、これはこの『微熱』のキュルケが助太刀に向かわなくちゃいけない場面じゃない?」

「そういうことじゃないわ! さっさと帰って!」

「あーら、つれないわねぇ。いいじゃないの、ラ・ロシェールはすぐそこなんだし」

 

二人がぎゃあぎゃあと言い合っている中、リウスは複雑そうな顔でグリフォンから降りてきたワルドに声をかけた。

 

「賊はどうなりました?」

「それよりも、怪我はないかい?」

「ええ、どうにか」

「それはよかった。あの炎は君の魔法なのかな? それに驚いたのか、さっき僕が崖上に着いた時にはもう盗賊共が森の中へ逃げ込んでしまっていてね。残念ながら取り逃がしてしまったよ」

「そうでしたか。目的を知りたかったのに、残念です」

 

リウスがシルフィードへと顔を向けると、シルフィード上のタバサはパジャマ姿にナイトキャップという出で立ちである。

どうやらキュルケに無理やり起こされて追いかけさせられていたようだ。

ルイズとキュルケの言い合いには我関せずといった具合に、シルフィードに跨がったまま眠そうな顔でぼんやりとしている。

 

「ツェルプストー、私達はお忍びでここに来てるのよ。シルフィードみたいな大きい竜を連れてこられたら意味ないじゃない!」

「だったら先に言いなさいよ。本当に気が利かないわねヴァリエール」

「言ったらお忍びの意味がないじゃないの!」

 

二人はいまだに言い争いを続けているようだった。ふと、リウスの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「・・・おーい。相棒ー、だれかー。俺っちはここにいるぞー・・・」

 

「あ、忘れてたわ」

 

そういえば、馬に積み込んでおいたデルフリンガーのことをすっかり忘れていた。

少し遠くから聞こえてきているため、暴れ回った馬から落ちたのかもしれない。

 

「荷物が向こうに落ちているみたいなので、ちょっと取ってきますね」

 

ルイズとキュルケがぎゃあぎゃあと言い争っているのを尻目に、リウスはワルドへと断りを入れた。

 

「む、そうか。君達の馬も無くなってしまったことだし、僕とルイズは先にラ・ロシェールで宿を取っているとしよう」

「一緒に行った方がいいのでは? 先ほどの襲撃もありましたし、危険ですよ」

「・・・そうか、そうだな。一緒に行こう」

 

あっさりとそう告げたワルドはルイズの元へと近付くと、ルイズの肩に手を置いた。

 

「ワルド・・・」

 

ワルドはルイズを見てにっこりと微笑むと、シルフィードに跨っているタバサへと顔を向けた。

キュルケはワルドの姿を見て、何を思ったのか目を輝かせている。

 

「そこの君、この二人をラ・ロシェールまで乗せてきてくれないか? 馬が無くなってしまったんだ」

 

ワルドがタバサに向けてそう言うと、タバサはこくりと頷いた。

 

「では諸君、今日はラ・ロシェールに一泊し、明日の朝いちばんにアルビオンへ渡ることにする」

 

 

 

 

 

タバサとリウス、キュルケとギーシュはシルフィードの背に乗ってラ・ロシェールへと向かっていた。

前方で先導しているグリフォンの背にはワルドとルイズの後ろ姿が見える。

 

「ひでえ・・・、ひでえよ相棒・・・」

「ごめんってば。確かにすっかり忘れてたけど」

「せっかくの出番・・・、せっかくの機会が・・・。もうその短剣への嫉妬で頭がどうにかなっちまいそうだぜ・・・」

「頭、ない」

 

タバサの突っ込みにも関わらず、デルフリンガーは未だブツブツと文句を言っている。

そうしていると、キュルケがにやっと笑いながら口を開いた。

 

「それにしても、ここらの野盗はグリフォンに乗ってるメイジを襲うくらい胆が座ってるのかしら。それとも、リウス達のお忍びに関係してるの?」

 

その口調は暗に教えてくれと言わんばかりである。

リウスは特に動揺も見せずに平然と答えた。

 

「さあ、どうなのかしらね。ここらへんに貴族を襲うような酔狂な野盗がいるなら、もっと有名になっててもおかしくなさそうだけど」

 

リウスは以前、学院の衛兵に『メイジ殺し』なる傭兵や衛兵がいることを聞いていた。

メイジのような魔法を扱う者相手でも、魔法を使わずに卓越なる技量のみでメイジに勝つことのできる平民のことだ。

しかしそういった類まれな平民は野盗などに身を落とさずに傭兵や衛兵として働いていることが多いと聞いていたので、そういった技量の持ち主がいたとはどうにも思いにくい。

 

(ファイアーボールが当たった中にいたのかもしれないけど・・・。今となってはもう分からないわね)

 

私の魔法が直撃した賊の中にメイジやメイジ殺しがいたのかどうかで、考えられる状況はずいぶん変わってくる。

 

あの賊たちの中にメイジはちゃんといたが、魔法の相性の問題で奇襲には使えなかったという可能性もあるにはあるのだ。

例えば、グリフォンを迎撃できる賊がちゃんといたが、私の魔法によって先にやられてしまった、とか・・・。

 

ひとまず今考えるべきなのは、あの賊共の目的、そして奴らの目的によるこの旅の最高と最悪とは何なのか、である。

 

最も問題がないのは、奴らが単なる物盗りだったという場合だろう。

別に任務に支障も出ないだろうから、ラ・ロシェールの衛兵にでもこの件を伝えておけばいい。

 

最もマズいのはもちろん、あれが私達を狙った計画的な襲撃だった場合だ。

 

その場合に考えなければならないのは『こちらの行動を把握されている』かもしれないことであり、先ほどの襲撃が『この任務を頓挫させるのに不十分なもの』だったことである。

 

この任務を頓挫させるのに不十分な襲撃だった理由、それは3つに分けられる。

つまり、『この任務を頓挫させるつもりだったが失敗した』のか、

『最初から頓挫させるつもりがなかった』のか、

『任務とは関係ない、他の目的があるのか』だ。

 

単に相手の思惑から外れて襲撃が失敗したのであれば、相手が間抜けだっただけである。

 

最初から任務を頓挫させるつもりがなかった場合でも、話は簡単だ。

明らかに強いメイジ以外を狙うこと、つまり全体の戦力を削ることを狙っていた可能性が高い。

 

あとは、他の目的がある場合だが・・・。

 

実際に矢を放ってきたことを考えるに、ギーシュくんと私を狙っていたはず。

その理由とは・・・? ギーシュくんもトリステインで有力な貴族だと聞いているし、私はヴァリエール家の子女が持つ使い魔だ。

東方のメイジだと公言しているので、それも関係しているのかもしれない。

あとは・・・、仮にこの任務で犠牲者を出した時に、ワルドさんがどういう状況に陥るかも考えなければ・・・。

 

(うーん。他の目的まで考えるとキリがないし、不毛な気がするわね)

 

リウスは、今目の前を飛んでいるグリフォン、そしてその背に乗るワルドとルイズを見つめた。

 

どの可能性であったとしても、襲撃があった以上危険であることには変わりはないのだ。

 

「キュルケ、タバサ。二人には詳しく言えないけど、ラ・ロシェールで襲撃があるかもしれない。私たちを降ろしたら、帰った方がいいわよ」

 

リウスはシルフィードの背に視線を落としながら、真面目な顔でそう告げた。

 

「あと、ギーシュくん。貴方はどうする?」

 

その言葉は、『帰った方がいい』と雄弁に物語っていた。

呆けたように口をぽかんと開けていたギーシュだったが、少し怒ったような顔で口を開いた。

 

「ミス・リウス、馬鹿にしないでください。僕は僕の意思でここにいるんです。今さら帰るくらいなら、最初から名乗り上げたりなんかしません」

 

次いで、キュルケが赤髪をかき上げながら口を開いた。

 

「私達はただ物見遊山でラ・ロシェールに行くだけ。ヴァリエールとそのお仲間の行き先が偶然同じだからって、私達がわざわざ行き先を変える必要なんてどこにもありはしないわ。そうでしょう?」

「心配」

 

タバサはキュルケの発言に頷きながら小さく声を出す。

三人ともが三人ともリウスの言葉に反論すると、デルフリンガーも鞘をかちゃかちゃ鳴らしながら声を出した。

 

「いいじゃねえか相棒。旅の仲間は多い方がいいに決まってるぜ」

 

その言葉を聞いたリウスは、視線を落としたまま静かに諭すような声を出した。

 

「あなたたちの実力を疑ってる訳じゃないわ。ただ、危険すぎる。ワルドさんと私がいれば、どちらかがルイズを守ることはできると思う。でも・・・」

「心外」

 

タバサがこちらへ向き直って、今度ははっきりと言葉を挟んだ。

 

リウスが顔を上げると、キュルケも憮然とした顔をして口を開く。

 

「そうよ、それなら尚更だわ。貴方たちに危険なことがありそうだって言うなら、私達が協力する理由にもなるでしょう? 友人が危ない目に合いそうだっていうのにハンカチを振って見送るだけだなんて、ツェルプストーの家名にあるまじきことだわ」

 

「そうですよ。そういうことなら、何が何でも帰る訳にはいきません。僕たちは貴族なんです。

守られるだけの子供じゃないんですから」

 

 

(お姉ちゃん、こんなのぜんぜん平気だよ。僕だっていつも守ってもらうだけの子供じゃないんだから!)

 

 

突然、リウスは弟エミールの姿が見えた気がした。

 

床に伏している自分。

止めようと手を伸ばすけど、エミールはそのまま外に向かっていく。

笑いながらこっちに手を振っている・・・。

 

 

リウスは自身の顔を歪めると、顔を見られまいとするかのようにもう一度視線を落とした。

 

「・・・争いから逃げることは恥なんかじゃないわ。危なくなったらすぐに逃げて。それだけは、約束してほしい」

 

そのリウスのただならぬ様子に、三人共がこくりと頷く。

 

「だーいじょうぶよ、そんな危ないことにはならないって。リウスったら心配性なんだから」

 

そう言いながら、キュルケがリウスの肩に優しく手を置く。

リウスはびくりと身を震わせるが、キュルケの笑い顔を見るとほっとしたかのように笑顔を浮かべた。

 

「そうね、私の杞憂なら一番いいわ。・・・あの、遅くなっちゃったけど、皆ありがとう」

 

一瞬三人が驚いたような表情を浮かべ、次には微笑みを投げ返していた。

 

「いいのよ、リウス。友人なら重い荷物を分け合うのなんて普通のこと。あなただけが重荷を背負う必要なんてないのよ」

「これは僕の任務でもあるんです。僕こそ感謝を言わなければならないですよ。さっきは助けてもらってありがとうございました」

「あらっ、もうそんなことになってたの? ギーシュは無理しないで帰った方がいいんじゃないかしら」

 

キュルケがギーシュの言葉をからかい、ギーシュは任務のことを漏らしそうになりながらもしどろもどろに反論している。

 

タバサは先程までほとんど気付かない程度の微笑みを浮かべていたが、もういつもの無表情に戻っていた。

リウスの顔をじっと見つめたまま、タバサは口を開いた。

 

「問題ない、ふたりは私が守る。あなたの負担にはならない」

 

短くそう伝えると、タバサはくるっと前に向き直った。

 

「・・・ありがとうタバサ。いざとなったら、お願いね」

 

リウスのその言葉に、タバサは前を向いたままで小さく頷いた。

 

リウスが前方を見ると、ラ・ロシェールの街の灯が美しく瞬いているように見えた。

確かにその光景はとても美しかったのだが、リウスの目にはその灯が不気味に光輝いているようにも見えるのだった。

 

 

 

 


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